IS学園での物語 作:トッポの人
シャルル・デュノアの登場により騒がしかった教室は鳴りを潜めている。いつもと同じ場所とは思えないほどにだ。
まぁ現れたのは世界で三人目の男性操縦者様だ。それはそれは驚くのも仕方ない。
何せ、今の今まで秘匿されていたのだ。知っていたのなんてここの教員とフランスの一部くらいだろう。
世界でたった三人という絶滅危惧種を取り上げなかったのもそうだが、今更やって来たのも気にかかる。はっきり言えば怪しくて仕方ない。
だが、かといって怪しいので来るなとも言えないのだ。そうするとフランスがうるさい事この上ないからな。結局はこうして受け入れるしかなかった。
こいつの実家であるデュノア社の状況を省みるに、狙いは男性操縦者のデータと現段階で既に単一仕様能力が使える白式のデータか白式そのものといったところか。そのための男装だろうしな。随分と雑だが。
さて、この転校生はどうしたものかな。
私や真耶が動ければ早いのだが、私達は教師だ。そんな迂闊に動く事も出来ない。下手をすればあらぬ疑いを掛けられたと大事になるだろう。
かといって一夏に気を付けろと言ってもあまり意味をなさない。疑っていないだろうからな。むしろあいつからひょこひょこ近付いていきそうだ。
と、なれば……。
チラリと視線を動かせば冷ややかな目でデュノアを見ている櫻井がいた。
中性的で整った顔立ち。それに加えて華奢な体型。日本人にはとても似合わない濃い金髪を首の後ろで丁寧に束ねていた。
浮かべる笑顔は人懐っこい友好的なものでとても眩しい。
『だが男だ』
やべぇよ、本当にこんな男っているんだ。知らなかった……。ブリタニア皇帝のせいで名前は厳つく感じるけど。
『デュノアのおかげで薄い本が厚くなりそうですよっ!』
それは薄いままにしておけ。確かにその手の女子に人気ありそうだけどさ。
「はいっ。こちらに僕と同じ男性がいると聞いて――――」
「「「き――――」」」
「き?」
「「「きゃあああ!!」」」
クラスの誰かが絞り出したような台詞。それに反応するデュノアを遮るようにあがる黄色い悲鳴。あがる悲鳴は簡易的な音響兵器となり、聞き慣れない男子達に襲い掛かる。
「えっ、えっ?」
「ぐ、ぐおおお……!」
「三人目の男子!」
「美形で守ってあげたくなる系の!」
「王子様系の織斑くんやぶっきらぼうに投げる系の櫻井くんとはまた違ったタイプ!」
デュノアと一夏に関しては分かるんだけど、何で俺だけ技名なの? おかしくない?
目の前で繰り広げられる不思議な空間にデュノアも面食らってるようだった。音響兵器の直撃を受けた一夏は撃沈したが、デュノアは平気だったらしい。
まぁデュノアも文句なしにイケメンの部類に入るから聞き慣れているんだろう。
ちなみに俺が平気なのは音が来る前に耳を塞いだからである。いきなり大声出されてもそうすれば大丈夫ってウヴォーさんが言ってた。
『ソッスネ……』
えっ、素っ気なくない?
『素っ気なくなくない?』
どっちだよ。
「皆さん、静かにー! まだ自己紹介は終わってませんからー!」
山田先生の言葉に全員が視線を向ける。これだけの騒ぎにも関わらず何も言わないもう一人へ。
「わっ……」
漏れた声は誰のものか。一気に静まった教室にはその声はあまりにもよく聞こえた。
無理もない、そこには妖精がいたのだから。
光を浴びて輝く銀髪。腰まで届くほど長い髪は何も手入れなんてされていないようにも見える。
小柄な体型と合わさって妖精のようにも見えるが、左目を覆う眼帯と鋭い右目が妖精ではなく冷たい人間なのだとこちらに教えた。
それにしても何処かで見た事がある気がする。何か、結構見た事あるような……。
『シュライバーじゃない? 春人好きそうだし』
おお。なるほど、それか! しかも狂乱状態とかかなりやばいな。でも眼帯の位置が左右逆なんじゃが……ま、まぁよくあるイージーミスってやつだろ。
「あ、あのー……」
「…………」
「うぅ……」
いつまで経っても何も言わないので山田先生が恐る恐る訊ねるも、腕を組んで完全に無視。見る事さえしない。
頑なその態度に教師なのに若干涙目な山田先生はかなり可哀想だった。
やばい、俺よりコミュニケーション下手くそな人初めて見たかもしれん。
「はぁ、挨拶をしろ。ボーデヴィッヒ」
「了解しました、教官」
えっ、何か始まった。
見かねて織斑先生が銀髪少女、ボーデヴィッヒに話し掛けると漸く反応した。やたら畏まった言葉と敬礼付きで。
教官と呼ばれた織斑先生の顔が苦笑いしているように見えるのは気のせいだろう。
「ここではそう呼ぶな。今の私は先生で、お前は一般の生徒だ。織斑先生と呼べ」
「はっ!」
『あっ、これラウラ絶対分かってないよ』
言われて敬礼はやめたが、返事と共に取った直立不動の姿勢はまだ軍隊ごっこをしている証しにも見えた。
ともあれ、ミコトがラウラと呼んだ少女の自己紹介が漸く始まる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
うん。……ぅん?
「……えっ、以上ですか?」
「以上だ」
「えっと、ふ、二人ともフランスとドイツの代表候補生なので皆さんも仲良くしてくださいね」
「はぁ……」
山田先生の問いにボーデヴィッヒは胸を張って答えた。何も恥じる事なんてないのだと。そんなボーデヴィッヒに対する山田先生のフォローが光る。
教え子の堂々たる姿に溜め息と共に頭を抱える織斑先生。そういえば俺は聞いてなかったが、一夏も最初の挨拶は中々だったらしい。それを思い出しているのだろう。
「っ、貴様――――!」
「んぁ? へぶっ!?」
何かに気付いたボーデヴィッヒが決められた席に向かう途中、いきなり一夏の頬に平手打ち。気の抜けていた一夏から乾いた音が鳴り響いた。
「い、いきなり何しやがる!?」
「認めない。貴様が教官の弟などと……!」
殺されるくらいのレベルで殴られても回復するくらいのドMの一夏でもさすがに怒ったらしく、何かを言うボーデヴィッヒに食って掛かる。
これはまずいかと思ったが、誰かが動くまでもなく直ぐに行動に移した人がいた。
「――――おい」
「っ!!?」
そう、ブラコンお姉ちゃん織斑先生である。
一夏を訳も分からず叩かれたとあってはこの人が黙っていない。音もなくボーデヴィッヒの背後に近寄るといつもの五割増しくらい冷たい声で話し掛けた。
「あ、う……!」
「礼儀はちゃんと教えたつもりだったがな……もう忘れたのか?」
「い、いえ、そんな事は!」
「なら何をすべきか分かるな?」
「は、はい……」
絶対零度の声を放つ織斑先生に人が変わったようにあわてふためくボーデヴィッヒ。滝のような汗がその心情を物語っていた。
直ぐ背後で威圧されながら、やがて観念したように一夏へ頭を下げた。
「すまなかった……!」
「えっ、お、おう」
物凄く不服そうに謝られても、それまでの事もあって一夏としては戸惑うしかない。
ていうかこれ一夏めっちゃ可哀想なやつじゃん。当事者なのに殆ど話してないぞ。
『私の一夏に、手をあげたなぁぁぁ!!』
ブラコンお姉ちゃん怖い……。
「今何か変な事を考えなかったか?」
「…………いえ」
「ならいい」
織斑先生曰く変な事を考えていたら矛先が俺の方へ。びっくりしすぎて二文字しか喋れなかった。
「さて、HRは終わりだ。各人、着替えて第二グラウンドへ急げ。それと櫻井」
教室を後にしようと立ち上がった俺に織斑先生から声が掛かる。またさっきの事でも言おうとしているのか。
「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男だろう」
「……はい」
「頼んだぞ」
えっ、何で俺だけ? 一夏も男ですけど?
「おい、早く行こうぜ」
「うん」
「…………ああ」
織斑先生の意図を考える暇なんてなく、行動を余儀なくされる。
HRも終われば次はISを使っての授業だ。という事は着替える必要が出てくる。
本来ならIS学園は女子校なので各教室で着替えるのだが、そこは今年からやってきた俺達男子。空いてるアリーナの更衣室で着替えるしかない。
ただ問題なのは何で一夏はデュノアの手を取ったんだっていうね。幾ら急ぎでもそれはやらなくないか? 俺が気にしすぎなだけかな。
「これから実習の度にこの移動だから覚えてくれ」
「う、うん」
移動しながら一夏がデュノアに説明している後ろを俺が付いていく。デュノアが何処か上の空なのは繋がれた手のせいかもしれない。
「あー! 転校生発見!」
「織斑くんと櫻井くんも一緒!」
「げっ」
「……早速か」
『団体さんのお出ましだぁ』
HRが終わったのだ。他のクラスからも女子生徒がやってくるだろう。噂の転校生を一目見るべくぞろぞろと。
既に階段に続く道は塞がれてしまっている。仮にここをどうにか突破したとしても、今度は同じくやってきた違う階の先輩方を相手にしなくてはいけない。
「春人、頼むぜ」
「……デュノアはどうする?」
「初めてなんだから初心者コースでいいだろ」
「……分かった。失礼する」
「わっ。えっ? ん? 何の話?」
何の話か付いていけてないデュノアを尻目に俺達は着々と準備を進めていく。といっても準備する事なんて窓開けるのとデュノアを持ち上げるぐらいなんだが。
「……先に行ってる」
「いってらー」
「行かせるなー!」
「ねぇ、行くってその先には窓しかないんだけど……?」
段々どういう事か分かってきたのか、デュノアの声に不安の色が帯びてくる。暴れる前にとっとと済ませよう。
「……外に繋がってるだろう?」
「こ、ここ四階……!」
抗議の声を無視して俺は飛んだ。デュノアを連れて広大な空へ。今日もいい天気だ。
「きゃあああ!?」
「おっしゃ、俺も!」
デュノアの悲鳴をBGMに地面に左足を軸にして右足で円を描くように着地。そこへ遅れて一夏も俺目掛けて飛び降りてくる。
「あらよっ、と!」
空いていた左手を掲げてバレーボールのトスをするように落下してきた衝撃を吸収すると、もう一度飛んでから一夏は華麗に前宙を決めてから着地。
最初は無難に着地してたのにここ一週間くらいで芸術点求めるようになりやがった。
「よし、早く行こうぜ!」
「……ああ」
と、一夏の演技の評価もそこそこにアリーナへと急いだ。ぐったりしたデュノアを抱えて。
「さすがにISなしで飛び降りるのはやめようよ……」
「ご、ごめん」
「……すまなかった」
復活したデュノアからの切実なお願いだった。一夏と二人してグラウンドに土下座である。時間には余裕で間に合ったが、まさかあんなにぐったりするなんて。
『いや、あれはデュノアじゃなくてもビビるよ』
そうなのか……。中学は早く帰りたい時とかはよく使ってたんだけど。
一夏にやった時も目キラキラさせて喜んでたから良いもんだと思ってたが。今も楽しんでるっぽいし。
「もういいよ。次からは気を付けてね。今回はそれでいいから」
「……本当にすまなかった」
「ごめんな?」
「だからもういいって。このままだと他の人達に僕が酷い人だって思われちゃうよ」
再度謝って顔をあげてみればデュノアは笑みを浮かべていた。今の俺達の姿を見られたら困るのは自分だからと軽い冗談も付けて。
それに俺と顔を見合わせた一夏も笑った。多分デュノアとなら今後もやっていけると思ったのだろう。俺も同感だ。
「ありがとな。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ」
「……櫻井春人だ。春人でいい」
「僕はシャルルでいいよ。よろしくね一夏、春人」
「……すまない。その心遣いはありがたいが、俺はデュノアと呼ばせてもらう」
「いいけど……何で?」
不思議そうに訊ねてくるのも無理もない。でも何というか、しょうがなかった。
俺の中でシャルルってブリタニア皇帝のイメージが先に出てきちゃうんだよ。そのイメージが払拭されるまでデュノアと呼ばせてもらおう。
『理由が……』
すまない、本当にすまない……。
「気にすんなよ。こいつ、俺の事名前で呼ぶのにも一ヶ月掛かったからさ」
俺の肩を組んで代わりに説明する一夏は何故か嬉しそうだ。デュノアと呼ばせてくれと言った時はほっとしたような様子さえ見せていた。
うん、説明してくれるのは助かるんだけど、何で俺の肩組んできたの?
「そうなんだ。二人は仲良いんだね」
「二ヶ月も一緒にいればな。シャルルも直ぐに仲良くなるって。なぁ?」
「…………そうだな」
「何かげんなりしてないか?」
すまん、お前が言うと何か意味深に聞こえるんだ。これまでの行動もあってな。
何となくだが、織斑先生が俺だけに頼んだぞって言ってきたのが分かった気がする。
多分、一夏がちょっとホモっぽいからそれが切っ掛けでトラブルにならないようにしろって事なんだろう。
『あぁ、うん。んふっ』
何でちょっと笑ってるの?
「よし、全員いるな。では並べ! 本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を行う!」
織斑先生の号令に我が一組と合同訓練相手である二組が綺麗に並ぶ。と、いつも織斑先生の横にいるはずの山田先生がいない事に気が付いた。
すると何処からともなく空気を切り裂く音が。空を見上げればその正体も分かった。
「ど、どいてくださいー!!」
ラファールを纏った山田先生だ。どうやら制御出来ない状況にあるらしい。
「はぁ……櫻井、山田先生を無事に止めろ」
「……了解です」
山田先生の指示に従おうとしたら更に上位存在である織斑先生から止めろとのご命令が下された。しかも無事にとの事。
何で俺なんだと思う反面、日々の訓練により身体は素直に動いていた。
山田先生を止めるぞ、ミコト。
『おはようございます。戦闘行動を開始します』
告げられた言葉と共に展開されたラファールに興奮を隠せない。俺の中で言われたかった台詞ランキング上位だ。戦闘じゃないけど。
もうミコトちゃん好き!
『ぜっっったい私の方が好きですぅー!!』
何張り合ってんの!?
時間もないから冗談はそこまで。山田先生を受け止めるべく、空へ飛ぶと両手を広げる。いつでも瞬時加速を使えるように用意して。
「ぐっ!?」
身体に感じる衝撃は俺にぶつかって尚、突き進もうとする。真っ直ぐに地面へと向かって。
しかし、離さないように両手でしっかり掴まえれば多少はこちらで制御出来る。
「えっ……? あっ……」
ぶつかった瞬間からスラスターを全開で吹かしているが、加速していたせいか向こうの方がパワーがあるらしく押し込まれる。
このままでは仲良く地面に激突だ。そうはさせじと瞬時加速を発動させればスレスレのところで何とか停止。
「……無事、ですか?」
「は、はい」
念のため避難した場所から少し離れたところに軌道修正して着地。ISを解除してから一応訊ねれば織斑先生の依頼通り山田先生も無事なようだ。
「……そうですか、っ!?」
返事をした瞬間に、いやもっと言えばその前からだったのかもしれない。とにかく背後の方から感じる何かを確かめるべく振り返った。
「「…………」」
「…………???」
そこには不満そうにしている箒とセシリアがいた。まるでリスのように頬をこれでもかと目一杯膨らませて。
むっちりした頬の二人は何かを言いたそうにこちらに視線と無言の圧力を送り続けている。
『むちぃってしてますね……』
な、何だあれ? 何が言いたいんだ?
「おい、色男。セクハラで訴えられたくなければいい加減離れろよ」
素朴な疑問はいつの間にか近付いていた織斑先生によって解決された。
と、同時に一気に血の気が引く。どうすればいいのかは身体が分かっていた。考える時間さえ惜しい。
「っ! す、すみません!」
「い、いえ! その、大丈夫ですから……」
勢いよく離れてから謝るとギリギリセーフだったようで山田先生から許しをもらえた。
かなり恥ずかしかったようで、山田先生の顔が朱に染まっている。
「さて、オルコットに凰。山田先生と模擬戦をやってみろ」
「あ、あの……二対一では……」
「さすがにちょっと……」
「安心しろ。今のお前達なら直ぐに負ける」
その後、あっさり挑発に乗った二人は山田先生と対決。見事、織斑先生の言った通りの結果となった。それどころか被弾さえしていない。
戦っている最中、織斑先生が山田先生は元代表候補だったと言っていたがここまで凄いとは。
「さて、IS学園教員の実力が分かったところで授業に移る。各専用機持ちをリーダーとして、出席番号順に別れろ!」
織斑先生の号令に各生徒は従い、綺麗に各班ごとに別れた。デュノアやボーデヴィッヒが来た事により、今まで同じ班だったものと別れたりするのだが……。
「よろしくね、はるるん!」
「うぅん、ここは変わんないね」
「よ、よろしく頼む」
「……こちらこそよろしく頼む」
布仏、相川、箒と何か初期からのメンバーは綺麗に残ったな。どうなってんだ。
「さぁ、まずは歩行訓練からだ。順次終えたところから次に移れ」
言われた通り、用意したISを使って基礎の基礎である歩行訓練から開始。初心を忘れない心構えは大事だ。とてもとても大事だ。
「はるるん、お姫様抱っこしてー」
「…………何でだ」
「女の子の夢だからー?」
何故疑問系なんだ。あとその夢を頼むから俺で叶えないでくれ。
何故布仏にお姫様抱っこをせがまれているかと言うと、普通ISは次の人が乗り込みやすいように屈んでから装着解除するのだが、最初の女子が立ったまま解除したから乗り込めない状態に。
すると解決案として出されたのが、俺がラファールを展開して女子を運ぶというもの。何でやねん。
「いやー、ごめんごめん」
「……別にいい」
相川が明るく笑いながら謝ってくる。先ほど言った最初の女子である相川が。変なところで妙なドジっ子みたいなのを見せてきた。
とにかく、今日のノルマを終わらせないと居残りになってしまう。急がなければならない。背に腹は変えられないのだ。
「わぁ……!」
注文通り布仏を持ち上げるとまるで欲しい玩具を見つけた子供のような声が飛び出た。本当に夢だったらしい。
「えへへ、はるるんありがとっ!」
「…………どういたしまして」
嬉しそうに声を弾ませる布仏は次の瞬間に俺の頭へ手を伸ばし、ゆっくり撫で始めた。
「良い子、良い子っ」
「……やめろ」
「何で? はるるんは良い子だよ?」
「……そういう話じゃない」
こちらの言い分に不思議そうに首を傾げる。何かおかしいのかと本当に心の底から思っているんだろう。
と、撫でていた手が止まり、ゆっくり下がっていくと今度は俺の頬に触れてくる。
「んー……むー……」
「……今度は何だ?」
「はるるんが頑張ってないかの確認ー」
何だそれ。
確認も無事終えたようで布仏は歩行訓練も無事終えた。頑張ってないかの確認はとりあえず大丈夫らしい。基準がよく分からん。
「……次は箒か」
「う、うむ。運ばれる覚悟は出来ているぞ。来い、春人!」
布仏の次は無駄に威勢のいい声と共にほんのり顔を赤くして両手を拡げる箒。
恥ずかしさを誤魔化しているようなその表情からは確かに覚悟が窺える。さっきまで頬を目一杯膨らませてた人とは思えないほど引き締まっていた。
さぁ、いざお姫様抱っこへ。
「あっ……」
抱えあげると消えてしまいそうな微かな声をあげて、箒の顔は緩んでしまった。
あれっ? さっきまでのちょっとカッコいい箒さんは一体何処へ?
「そ、その……春人、少しいいか?」
「……何だ?」
「出来ればゆっくり……そう、物凄くゆっくり運んで欲しいのだが」
一体どういう事なのか、箒の口から出たのは何とも容易い要望だ。しかし、この急ごうとしている状況で何故そんなお願いを。
『こ、高所恐怖症なんだよ……』
飛行訓練は平気だったのに、この高さはダメなのか。なんて微妙な高所恐怖症なんだ。
まぁでも大体分かった。そうしなきゃダメならそうしよう。
「……分かった。早かったら言ってくれ」
「ああ、ありがとう」
短く礼を言うと箒は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に。一方、俺はそんな箒と顔が近い事に内心ドキドキしていた。
「ふふっ」
「……?」
ゆっくり運んでいると不意に箒が笑った。幸せが思わず溢れてしまったようなそんな声を気にするなという方が無理な話。
「……どうした?」
「いや、これいいなと思ってな」
訊ねてもはっきりとはしない答えが返って来た。しかし、こちらを見ながら何処かうっとりとした声色は余計に興味を惹かせる。
これとは間違いなくお姫様抱っこの事だろう。布仏曰く女の子の夢なのだから。
「……何がいいんだ?」
「ふふっ。さぁ、何だろうなぁ」
幸せそうに微笑む箒はやはり曖昧にしか答えてくれない。俺がその良さを分かるのは随分と先の話になりそうだ。そもそも分かるかどうかも怪しいが。
前書きのはただやりたかっただけなんだ……本当にすまない……。