IS学園での物語 作:トッポの人
終わりませんですた。
私が観客席に着いた頃には通信ウィンドウ越しに感じていた陽気な雰囲気は消え失せていた。
「『ははは! どうした、大した事はないんだろう!?』」
「ちっ、でかい声でよく喋る……!」
それもそのはず、騒々しい音の先にいるのは櫻井くんと私達が最後に見た時からその姿を変えていたVTシステムだった。
ラファールの姿が変わっていないから制限を半分まで解除しているはずなのに一方的に櫻井くんが押されている。それも単純な力で。
「これは?」
「……パワーアップして第二ラウンドみたいよ」
会長に訊ねると簡単に教えてくれた。口調はいつもと変わりないけど、その苦い表情がどれだけまずい状況かと伝えてくる。
機動力が高い二機を相手にしたからか、その二機に追い付けるよう背中に増設されたウィングスラスターが連続して光を放つ。
「
会長がぼそりと呟いた名前には聞き覚えがあった。国家代表クラスでも安定して成功するのは難しいとされる瞬時加速の一つ。
更に地面を蹴るその独特な移動方法は見間違えるはずがない。
「あれは櫻井くんの……?」
「ええ、さっき春人くんの力を手に入れたって言ってたわ。身体能力と言った方がいいかしら」
なるほど、だから櫻井くんが力で押し負けているのね。恐らくパワーアシストで無理矢理彼の身体能力を再現しているんだ。お互い同じエンジンを積んでいればあとはアクセルの踏み方と搭乗者次第。でもアクセルの時点で差がついてしまっている。
多分、もう櫻井くんは『一刀修羅』を使ってしまったのでしょうね。彼は出し惜しみはしないタイプだからこの局面で使わないのはおかしいもの。
「くっ!?」
「『そらそら、どんどん盾がなくなるぞ!』」
「櫻井くん……!」
ともあれまずいのは充分分かった。今も刀の他に『ヴァーダント』を使って防いでいるが、各接続部分だけを狙って徐々にバインダーを減らしている。態とそうして焦らせているようだ。このままじゃ……!
その時、私の前にウィンドウが開かれた。
《やぁやぁ! 久し振りだね!》
「し、篠ノ之博士!?」
「ね、姉さん?」
《やっほー、箒ちゃん!》
突然現れた篠ノ之博士に大声をあげると妹である篠ノ之さんは勿論、皆がこっちへ顔を向ける。
《いやぁ、箒ちゃんと話すもの久し振りだね!》
「え、ええ」
《布仏、聞こえるか!?》
余程妹と久し振りに話せるのが嬉しかったのか、前会った時よりも破顔させている。それを見るのも次いでやってきた織斑先生と話すまで。
《簡単に言う。あいつを助けるのにお前が考案したものを使いたい!》
「っ、しかしそれはリスクが……!」
織斑先生が言っているのはゴーレム戦後に考案した簡易的な非常装置だ。使えばまた櫻井くんは全力で戦えるようになる。
でもそれは未完成で、使ってしまえば本当に後がないというものでもある。何も対策をしていないからだ。制限時間内に終わるかなんて分からないから、このままでははっきり言って博打に近い。
しかし、使わないと彼もボーデヴィッヒさんもダメだというのも分かっている。
《ああ、大丈夫だよ。私が開発したものを使えば今考えてるリスクはかなり軽減されるから》
「えっ……?」
《本当か!?》
《うん、単純だったけど途中までは良かったよ。あともう一捻りだったね!》
「…………」
呆気に取られてしまった。笑顔を浮かべながらこの人は簡単に言ってのける。まるで商店街のくじ引きで外れを引いたかのような気軽さで。
私だけじゃなく、整備科の皆でどうしたものかと頭を悩ませていたものをあっさり作っていたらしい。口振りから察するに設計データから読み取ったんだと思う。
片手間に作ったんだろうけど、それは常人が幾ら頭を捻っても出てこない代物。デュノア社を撹乱させるためのデータといい、本当にこの人は規格外だ。
《まぁそれでも軽減だからね。あんまりやり過ぎるとダメなんだけど、そこははるくんに任せよう》
《という事だ。やってくれるな!?》
「……はいっ!」
そう言うけど、これで櫻井くんのための舞台は整えられる。私が想定していた状況よりも遥かに良い状況で。
対策が出来ていなかったから凍結させていた機能を解凍させようとすれば、もう途中まで進行していた。
《はーい、もうやってるよー!》
「悠木?」
《いやいや、絶体絶命のヒーローがヒロインのおかげで形勢逆転。私好みの展開じゃないの》
「ふ、藤尾!」
新しくウィンドウが開かれたと思えばそこには悠木と藤尾が。更にウィンドウの後ろにはいつも手伝ってくれている皆がいた。
どうやら状況を見て整備室から操作していたらしい。ありがたいけど、そのにやにや楽しそうにしてるのはやめて。
《愛しの彼へ説明するのは虚に任せたよ》
「だ、だからそんなんじゃ……!」
《こんな状況だからね、簡単に言うんだよ!》
「えっ、簡単に?」
《あのね――――》
そうして何故か櫻井くんが戦っているのを尻目にどう説明するかのレクチャーが始まった。確かにこんな状況で長々説明するのもおかしいから簡単にしなきゃいけないのは分かるんだけど、何で英語で言わなきゃダメなんだろう?
黒い刀が鈍く光を放つ。その鋭さを示すかのように。下から上へ切り払うようにすると受け止めた刀ごと両腕をかち上げられた。
「『そぉら、隙だらけだぞ!』」
「がっ!?」
そう言いながらVTシステムは足を振り払うとその軌道に沿って衝撃波が生まれる。何度もやった事がある『牙』だ。それが今度は俺に襲い掛かるそれは両腕のGNプロトソードを砕き、言う通り隙だらけの腹部へ。
『春人、前!』
「っ!」
「『ふんっ!!』」
「か、はっ……!」
痛みに耐える間もなく、次いでやって来たボディブローからの肘打ちで地面に叩き付けられると残っていた『ヴァーダント』が無理矢理引き剥がされた。
お陰様で背中は『ヴァーダント』の接続アームだけという非常に寂しいものに。
「『さて、これで小賢しい盾もなくなった訳だが……』」
「っ……!」
「『これでもまだ大した事はないと言えるのか?』」
むしりとったバインダーを足元に落とすと今度は俺の首を掴んで無理矢理立たせると話を続ける。戦う前にも訊いてきた内容だ。
「……ああ、大した事はない」
「『そうかそうか。やはりそうくるか。そこまで強情だと少し興味が沸いてくるな』」
何度問われても俺の答えは変わらない。最早ここまで来るとこいつも俺が言わないと予想していたのか、期待通りだと言わんばかりの反応が返ってくる。
「『どうせもう終わりだ。切り札も切ったお前なんて簡単に倒せる。だがその前に何と比べているか教えてくれないか』」
「…………教える理由がない」
「『確かにその通りだ。なら理由を作ってやろう』」
右手の黒い『雪片』がゆっくり遠くに避難していたシャルとまだ気絶している一夏に向けられた。その次にまたゆっくりと観客席にいる皆へ。
「『言わなければ、まずはあの二人。その次は観客席のやつら。ここまで言えば分かるだろう?』」
「…………ちっ、分かった」
こいつがやってみせた行動は直接言われるよりも雄弁に語る。言わなければ何をするか、何が起きるのかを。
想像させられた悲惨な事に比べれば、俺個人のつまらない事情なんて些末な事でしかない。せめてもの反抗の意思として舌打ちを一つしてから話始めた。
「……お前よりも強いやつがいた」
「『ほう?』」
「……お前よりも怖いやつがいた」
目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。クラス対抗戦の時にやって来たゴーレムの姿を。
初めて死というものが本当に身近にあるものなんだと教えられた。殺されていてもおかしくない状況だった。
「『我らよりも強いものと戦ったから大した事がないと?』」
「…………話は最後まで聞け」
「『む?』」
話の途中で遮って勝手に納得し出すが、そうじゃない。確かにそれもあるかもしれないが、大元はもっと別のところにある。
「……お前よりも強くて、怖いやつがいた」
さっきの言葉を繰り返して実際目を閉じてみた。やはり目に浮かぶのはゴーレムの姿。でもそれだけじゃない、浮かぶのはそれともう一つ――――
「それでもそいつに立ち向かっていくやつがいたんだ」
白い騎士の後ろ姿だった。
「切り札が使えなくっても、唯一の武器を壊されても……! そいつは立ち向かって行ったんだ……!」
何もなかった。切り札の『零落白夜』はエネルギーが尽きかけていたから使えなくても、唯一の武器も壊されても……それでもあいつは立ち上がった。
「その時のそいつの状況と比べたら、今の俺の状況なんて大した事じゃない……!」
目の前のこいつが強くないと言えば嘘になる。怖くないと言えば嘘になる。あくまで比較すればあのゴーレムの方が強いってだけだ。
だがこっちはエネルギーがまだ残っているし、武器もある。切り札も……いつ使えるか分からないがあるにはあるらしい。そう考えればこっちの方が遥かにましだ。
「こんな状況で怖じ気付いてたらそいつに合わせる顔がないんだよ……!」
あいつがどう思ってるかなんて知らないが、俺も負けてられない。負ける訳にはいかない。
「『どんなものかと思えば……下らん。時間の無駄だったな……もういいぞ』」
『うん……うん! 春人、オールオッケー!』
聞いて損したとでも言いたげに降ろしていた切っ先を喉元に突き付ける。
そうは言うがこっちとしては無駄な時間ではなかった。いい時間稼ぎにはなったようだ。あとはこいつからどうにかして離れるかだけ。
「『お別れだ!』」
「バースト!」
「『っ!?』」
『うぇえええ!? いや、でも!』
別れの言葉を告げた瞬間、VTシステムの足元に転がっていたバインダーが爆発を起こす。バインダーに搭載されていた二本分の爆発はとても大きなものだ。その大きさは掴まれていた俺も当たり前のように巻き込んでいく。
「『自分もろともだと!? 馬鹿か貴様!』」
「そんな事は知っている!」
爆発する寸前に手を離したから直撃は避けられたが、その代償は少なくない。更に刀の代わりに言葉を突き立ててくる。
しかし、これで距離を取る事は出来た。切り札を切るには充分な距離だ。それをミコトも察してくれる。
『行くよ、トライア……へ?』
「…………ん?」
「『何だ……?』」
ミコトが何かを言い掛けた瞬間だった。何処からともなく聞こえてくる、この場には決してそぐわない跳ねるような音は一時的に戦いを中断させる。
音の正体は未だ分からないものの確実にこちらへ近付いてきており、やがて俺達の前にその姿を現した。というより舞い降りた。
「…………ウサギ?」
『ふ、ふおおお……!』
何処からともなくやって来たのは赤いウサギ型のロボットだった。自身よりも大きな耳を左右に振りながら俺の元へ。
どうやら音の原因はこいつらしい。身動ぎする度にさっきの音が鳴っている。そしてこいつとは初めて会うのに何故か俺に懐いているようだ。俺の顔を見て首を傾げるように身体全体を傾かせる。
ん? 何だ? てかウサギにしちゃでかいなこいつ。
『えっとね、大丈夫か? だって』
おお、心配してくれてるのか。まぁそれなりに大丈夫だって伝えてくれ。
「『来るか』」
本当ならありがとうと一つ撫でたいところだが、生憎そういう場面ではない。意識をまた目の前のVTシステムに集中させようとすれば、向こうも感じ取ったのか刀を構えた。
「…………?」
「『む?』」
『ふむふむ、ちょっと訳すね』
しかし、ウサギが俺の前に出ると今度はVTシステムをじっと見つめる。拍子抜けしてまたそっちに意識が向けられた。
『あいつが戦う相手か……』
ミコトには何が言いたいのか分かるらしく、ウサギの行動を翻訳してくれる。
すると今度はその場で飛び跳ねて宙返りをしだした。何度も何度も。今度は何が言いたいのやら。少なくとも喜んでるのは間違いない。
『心が躍るなぁ!』
躍ってるのは身体なんですがそれは……。
何だこのウサギ。強い相手と戦う事に心ピョンピョンするとかバトルジャンキーかよ。是非ウサギさんって呼ばせてください。
《櫻井!》
「……織斑先生?」
《これからもう一度全力で戦えるようにしてやる! ありがたく受け取れ!》
「……了解」
いや、それよりもこのウサギさんは一体何ですか?
と思っていれば装甲が再度展開される。もう『一刀修羅』は使ったから今日は見る事はないと思っていたのに。
そしてまた機械音声が流れ始める。ただ聞こえてくる内容はいつもと違っていた。
《Max Hazard on》
「『っ、させるか!』」
ブレードキックの時の音声が流れ、VTシステムが近付こうとするよりも俺も聞いた事がない音声と共に更なる変化が起きる。
《Are you ready?》
今更聞くな。
《Over flow!》
「『何!? ぐぅ!?』」
展開された装甲が弾けるように飛んで行き、その下にあったほぼ素のラファールが現れた。『ヴァーダント』の接続アームさえ取り外し、かなりシンプルな見た目に。
そして飛んだ装甲が目の前まで迫っていたVTシステムを迎撃し、その足を止める。立ち止まったところへウサギさんが飛び蹴りというか体当たりによる追撃で押し戻すと、そのまま高く飛び上がった。
「えっ」
そして今の反動か、何故かウサギさんの手足がポロリと取れてしまう。それはもう綺麗に根本から。
どう見ても壊されました。本当にありがとうございます。
う、ウサギさぁぁぁん!!
『大丈夫。あれはそういうものだから。それよりもSEが……本当にあるなんて私そんなの聞いてない』
どういう事かと訊ねる直前、バラバラになったはずのウサギさんの手足が俺の元へ飛んで来た。
身構えた先、ウサギさんの前足の部分がラファールの腕に。後ろ足の部分が足に。そして胴体はそのまま胴体に新たに紅の装甲が追加され、大きな耳は背中から流れるようにされている。
《ヤベーイ!》
何だこれ。ウサギさんを纏ったはいいが、どうすればいいのか分からん。これで全力で戦えるようになったの?
《さ……んん、春人くん!》
「……はい」
『おお……!』
一人困惑していると今度は布仏先輩から通信が入る。恐らくこれの説明をしてくれるのだろうが、何処か恥ずかしそうにしているのは気のせいだろうか。
《その機体について説明するけど、時間がないから手短に!》
「……お願いします」
《コンセプトはたった一つ!》
「『シェアアア!!』」
「くっ……! ん?」
話の途中で列泊の気合いと共にVTシステムが再び突撃。右手の黒い刀が僅かに動いた。
慌ててこっちも動こうとすれば本当に身軽になっている。全力で動いている時のように身体が軽い。
これならやれる。そう理解したのと布仏先輩のたった一言の説明はほぼ同時だった。
《
『!!』
「『シッ!』」
「ふっ!」
「『ぬ、ぐっ!?』」
真っ直ぐ振り下ろされた刀を直前で横に避けてから受け止めると相手の脇の下を潜って顔面へ裏拳。怯んだ隙に刀を奪うと投げ捨てた。
「『がぁ!』」
「ふんっ!」
「『ぐぅぅぅ!?』」
お返しにと破れかぶれに出された左拳を逸らして右の上段蹴りが入ると少したたらを踏んだ。空かさず追撃に踏み込んでから右手で掌低により距離が開けた。
なるほど……全てを振り切れ、か。悪くない!
「ありがとうございます、布仏先輩!」
《はるるん、私もー!》
「ああ、布仏も助かる!」
二人へ感謝を述べているとVTシステムが今度は何も言わずに仕掛けてくる。不意討ちでもするかのように飛び掛かり、その拳を振りかぶって。
「全て……振り切る!」
「『!?』」
こちらからも飛び掛かり、跳び後ろ回し蹴りで迎撃。上空へ弾かれた相手を追い掛けるべく、地面を蹴って飛び上がる。
「おお」
その時、ウサギさんの耳からもスラスターの光が灯りいつもよりも速度が出てしまう。
あっさりVTシステムを追い越してアリーナのシールドまで行くと、今度はシールドを足場に再度跳躍。狙いは言うまでもない。
「せいっ!」
「『ぐはっ!』」
VTシステムにまた跳び後ろ回し蹴りをして飛んでいく方向を地上に戻し、今度は瞬時加速で再び追い抜く。
「ラスト!」
「『っ!!』」
三度目にもなるとさすがに両腕で防御されたが、まぁ構わない。加減していたとはいえ、ダメージはちゃんと与えられた。
『は、ハイパートライアルクロス……』
何それ技名? めっさオサレやん。俺が考えたトリプルブレードキック(ブレードなし)よりは確実に。
『だっ……!』
おう、やめろ。その続きは言わんでくれ。
「……さっきも言ったが、もう一度言う。ボーデヴィッヒを解放してくれないか?」
「『くっ……!』」
「…………また口数が少なくなったな」
「『っ!』」
さて、膝を付いたままのVTシステムへ近寄って話し掛ける。もしかしたら作戦でも考えているのかもしれない。
とにかく黙ったまま答えようとしないこいつについ言ってしまった。
「……俺が話してたやつはどんな相手でもお喋りだったぞ」
「『っ、化け物め……!』」
「…………それは良く言われる」
俺が悪態を吐いたからか、向こうも悪態で返してきた。言ったんだから言われもする。それはいいが、おかげで平和的な解決は出来なそうだ。
Wだったり、ビルドだったりと忙しないです。
次回こそ……終わりに……人類に黄金の時代を……