IS学園での物語 作:トッポの人
そういえばミコトちゃん聞いてくれる?
『春人くんの話ならミコトちゃんいつでもうぇるかむですよー』
ありがとセンキュー。
でな、ラファール・セットサーベラってようはセブンソードなんだよ。両肩の大剣、背部の両手剣、量子格納領域に刀が二本、そしてブレードキックも含めて七本なんだけど。
『あー、 リュウキがそう言ってたね』
今ミコトが言ったようにセットサーベラの名付け親は悠木先輩だ。藤尾先輩がウサギさんとの合体形態に名前を付けたと聞いて自分も付けたくなったらしい。
別に断る理由もなかったので付けてもらったらこうなったのだ。
でも春人くん気付いちゃったのです。
『ん? 何に?』
とある大魔王がこう言いました。余の手刀こそが地上最強の剣である、と。つまり余の魂喰らいて奔れ、銀の流星。聖剣エスカノール、って事なんですよ。
『色々混ざって分かりにくいけど、手刀も刀剣に数えたいって事?』
そうです。そうすれば七本から更に増えて九本。セブンソードからナインソードになる訳で。
『すっごく安直な名前だね……』
名前に関しては俺に期待しないでくれ……。
帰り道に機体についてミコトと話していた。と言ってもまだ朝の段階だが。
それでも今日は珍しく朝の訓練が早く終わったので喜ぼうとしたらこれからは時間は短く、内容は濃くする方針に切り替えるとの事。辛い未来しか見えない。
ともあれ、朝の訓練が終わったのなら大人しく自室に帰るまで。何処で道草を食う事もなく真っ直ぐ部屋に戻る。何故かと問われれば答えは言うまでもない。
「お帰り、春人」
「……ただいま」
エプロンを着用した箒が今もせっせと俺の部屋の事をしてくれているのだ。いつもお任せなのだから早く帰れる時くらいは手伝わないと。
「……今日捨てるごみはこれか」
「ああ、それだけだ……と、待て」
「……他にもごみがあるのか?」
「違う違う」
「?」
扉の近くに置いてあったごみ袋を手に再び出掛けようとすると、それを見た箒が洗濯物を干すのを中断してこちらへ近付いてくる。
待てと言われたので素直に待つが他にもごみがあるのではないとしたら何だろうか。
俺が悩んでも出てこない答えは箒が目の前まで来たら直ぐに分かった。
「いってらっしゃい」
何とも素敵な笑顔でただそれだけを言いに来たらしい。言葉と共に胸元で小さく振られる手も添えて。
「……いってきます」
「ああ、いってらっしゃいっ」
「…………ああ」
少し呆気に取られたが、俺も応えるとそれが嬉しかったのか表情に隠す事なくもう一度いってらっしゃいと口にした。また呆気に取られそうになったが何とか持ち直してごみ捨て場へ。
挨拶は大事だが、昔の人もただ応えただけでこれだけ喜ばれるとは思いもよらなかっただろう。
『いやー実に楽しそうにしてますなー』
いや、本当にね……俺には無理だな……。
微笑ましそうに言ってきたミコトの言う通り、最近の箒は凄く楽しそうだ。掃除とか洗濯物を干してる間もずっと鼻歌を歌っていて正に上機嫌そのもの。前と何も変わらないはずなのに。
あとでその理由でも聞いてみよう。
「お帰り」
「……ただいま」
そんな事を考えながらごみ捨てを終えるとこれまた笑顔で箒が出迎えてくれた。何度見ても美少女の笑顔は得でしかない。こんな状況にしてくれた神様ありがとう。
「……シャワーに行ってくる」
「着替えはそこにあるのを使ってくれ。あと脱いだのは洗濯するからな」
「……分かった」
用意してくれた着替えを手にシャワーで汗を流し、丹念に身体を洗う。
汗臭いのは嫌というのもあるが、以前からやたらと女子と近距離でのコミュニケーションが多くなってきていた。汗の臭いで変に不潔な男と思われたくはない。
「――――♪」
多少時間を掛けてシャワーを終えれば、箒が洗濯物を干していた。その機嫌の良さを表すように鼻歌混じりで。
冷蔵庫の冷えたミネラルウォーターを一口飲んでから声を掛けてみた。
「……箒。俺も何か手伝おうか?」
「んー? もう少しで終わるから大丈夫だ」
「……いや、しかし」
満面の笑みでそう言ってくるものの、簡単には引き下がれない。何とか食い下がれば箒からある提案がされた。
「なら私の分の飲み物を用意してくれ」
「……何がいい?」
「お茶があるだろう。それでいい」
「……分かった」
言われて冷蔵庫からお茶を取り出す。
これは前に皆が遊びに来た時に置いていった飲み物の一つだ。
これ以外にも大量にあるが、冷蔵庫に入りきらず常温で放置していた。菓子も優先していれたがそれでも入りきらず、布仏に食べて貰ったのもある。皆はしゃいでいたのか冷蔵庫のサイズはすっかり忘れていたらしい。
「……そうだった」
やる事を思い出した俺は箒の分の飲み物を用意すると、ベッドの脇に置いてあったタブレット型の端末機を持ってきて調べものを始めた。
洗濯籠の片付けも終わり、用意していたお茶を手に俺の隣にやってくる。
「何をしているのだ?」
「……大きい冷蔵庫を探している」
「ああ、なるほどな……。買うのか?」
「……そのつもりだ」
俺の拙い話し方でも箒が察してくれた。この部屋の家事をしてくれているからだろう。本当にありがたい。
この話をするにあたって、既に織斑先生には話をして許可を得ていた。当たり前だが元々ある家電を売ったりしなければ問題ないらしい。
というよりも室内のほぼ全てを自分のお気に入りの家具に変更している人もいるとの事。俺の身近で言えばセシリアがそうだとか。
「…………ふむ」
「高い買い物だからな。よぉく考えろ」
しかし、こうして家電量販店のサイトを見ているがどれがいいのかよく分からん。
隣でお茶を飲む箒の言う通り、安くないどころか高い買い物だ。間違えましたじゃ話にならない。
と、その時ふと閃いた。相談相手を作ればいいという事に。
「……箒はどれがいいとかあるか?」
「私か? な、何で……」
「……使用頻度は俺と同じくらい多い。出来れば一緒に考えて欲しいが」
「わ、分かった。私も考えよう」
「……ありがとう」
実際はむしろ箒の方が多いかもしれない。そうだとすれば尚更箒の意見を無視する訳にはいかないだろう。
肩を寄せあってテーブルに置いたタブレットを眺めていると当然の質問が出てきた。
「ちなみに予算はどれくらいで考えているんだ?」
「……そこは気にしなくていい。金ならある」
「そ、そうなのか」
一部の人しか知らないが定期的に入る収入が出来た。とある一件で俺のISの稼働データを定期的に倉持技研に渡しているのだ。
元々一夏の稼働データを解析していたらしく、そこに俺のも解析するようになれば類似点が見つかるかもしれない。
そう思って渡すようにしたら、お礼として学生には有り余る金を貰えるようになった。
出所もブラックではなく、大手を奮って使える。試しに調べてみたが、このサイトに載っているのなら一番高いのでも余裕で買えた。
「しかし、これだけでは何とも――――はっ」
「ん?」
『その時箒に電流が走った』
値段の制限がないと分かるもどれにするか決めかねていると、箒が何かに気付いた。
「や、やはりこれだけでは分かりにくいなっ」
「……そうだな」
「そうだろう!? なら実際に行って見た方がいいんじゃないか!?」
僅かに頬を赤らめた箒が勢いよく捲し立ててきた。
確かに写真だけでは分からない事がたくさんある。使い勝手とかは実際行ってみないと分からない。
でも何故急に声を張り上げて来たんだ。しかも今も期待するかのようにじっと俺を見つめてくるのは一体……。
『あー……春人が通販で買うと思ったからじゃない?』
むぅ……そんなつもりはなかったが……。分かりにくい態度だとは思うし、仕方ないか。
「……今日にでも行ってみよう」
「う、うむっ。善は急げというしな。そうしよう」
行くと分かるや頻りに嬉しそうに頷く。
何故嬉しそうなのか気になるが、俺が訊ねるよりも早く箒が注意するように言ってきた。
「み、皆には内緒だぞ」
「…………何故だ」
「こ、こういうのはこっそりやって驚かせるのがいいんだっ」
「……ふむ」
なるほど、いつの間にか冷蔵庫が大きくなってて俺達二人を除く皆がびっくり。それを見て愉悦すると。悪くない……悪くないぞ。
それによくよく考えれば箒と一夏の事を考えると言わない方がいい。変に周りに誤解を生むと箒に迷惑が掛かる可能性がある。
「……分かった。それで行こう」
「うむっ。楽しみにしてるぞっ」
綺麗な笑顔を浮かべて言う箒。楽しみで楽しみで、今にもスキップでもするかと思ってしまうほど。
そうか、そんなに皆をびっくりさせたかったんだな。さっきも嬉しそうな理由はこれからだったんだ。
『春人はその内刺されると思う』
えっ、こわっ。理不尽な暴力が春人くんを襲うじゃん。
「よし、行くぞ」
「…………ああ」
放課後、冷蔵庫を買いに行くべく私服に着替えてから箒と待ち合わせ。
ここに来るまで大変だった。今日の訓練に参加しないと分かるや否や、皆が不満ですとアピール。別にサボりではなく、所用だと言えば更に不満そうに。何でだ。
まぁ新しい冷蔵庫が来れば理由も分かって収まるだろうと考え、いざ駅前の家電量販店へ。
「……箒」
「ん……何だ」
「……歩きにくくないか?」
そしていい機会だからと仮想デートをしようとなった。箒の相手役という名誉ある役目を受けたので恋人のように俺達は手を繋いでいる。
歩調を合わせるとか色々気を付けてはいるが、慣れない事をしているので念のため訊ねるも杞憂に終わった。
「大丈夫だ。ありがとう」
「……そうか」
さっきから箒の笑顔が絶えない。歩き出してまだ僅かだが多分これでいいんだろう。
「……これだけ熱心に練習されれば一夏も幸せ者だな」
「む。一夏ではなく将来の相手、だぞ」
「…………すまない。そうだったな」
少しからかうつもりで言ったら口を尖らせて不満をアピールしてくる。
しかし、何故今更一夏の名前を伏せるのか。バレバレなのに。
『面と言われると恥ずかしいじゃん?』
なるほど……そういうものか。その割には恥ずかしさよりも間違えられた苛立ちのようなのが見えるが……。
「……その相手とは上手くいっているのか?」
「ああ。お弁当を作ってみたがとても美味しそうに食べていた」
「……そうだったのか」
どうやら知らない間に自主的にそんな事をやっていたらしい。得意気に話す姿やその内容から察するに手応えは充分のようだ。
以前に俺も食べてみたが非常に美味しいものだったと覚えている。武器としてはかなり強力だ。そこをもっと押していこう。
「……男を掴むなら胃袋を掴めというしもっとやってみたらどうだ」
「ふふっ、ではまた食べてくれるか?」
「……任せろ」
「ああ、任せたぞっ」
笑顔がいつもより輝いて見えるのは充実した日々を送っているからだろうか。
こうしてたまにの相談役と味見役しか出来ないけど箒は順調なようです。恋が実るといいんだが。
『全ては春人次第ですね』
責任重大だなぁ。まぁやれる事はやるさ。
さてさて、そんな甘酸っぱい話をしながら家電量販店に着いた。
持ってきたタブレットを眺めながらあらかじめ目星を付けていた冷蔵庫を探していく。
「えっと……」
「……あれか」
店としては大型で置かれている台数も相当だったが、二人で探せばあっという間に見つけられた。
「これは――――」
「それはですね――――」
実機を目の前にして二人で色々確認していれば、店員さんが近寄ってきて詳しく説明してくれるように。
熱心に聞く箒とそれに答える店員さんの後ろで完全に空気と化した俺。たまにちらちら見るのはなんなんだ。
見たいのも一通り終えると最初に決めた冷蔵庫の元へ行き、再度確認。一緒にもう一度見てみるがやはりこれが一番いい。
「春人、これにしないか?」
「……俺もそう思っていた。これにしよう」
「ではすみません。これでお願いします」
「はいっ、ありがとうございます! ではこちらへどうぞ」
深くお辞儀されると早速レジへ案内された。
会計を済ませれば慣れた手付きで伝票が差し出される。
「では宅配いたしますのでこちらにお名前と住所の記入をお願いします」
「わ、私が書くから春人は適当に彷徨いていてくれ」
「……分かった」
本当は素手で持って帰りたかったんだが、口を挟む暇もなく宅配で送る事に。
率先して書くと言ってくれた箒にその場を任せて少し離れたところで様子を見ていると、周囲の音に紛れて店員さんとの会話が聞こえてくる。
「その年で――――」
「――――ええ、まぁ」
「……?」
何か箒が若干照れてるのは何でだ。
と、伝票の確認も終わったところで箒が俺の元へとやってきた。少し遅れて店員さんもやってくる。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
「いえいえ、またのご利用お待ちしております」
二人してお礼を言ってからエスカレーターに乗る。自然と会話は冷蔵庫の話になった。
「……そういえばいつ届くんだ?」
「早めにお願いしたから明日の夕方には届くらしい」
「……そうか」
意外と早いな。まぁその前に不機嫌になった皆への説明をどうするか考えないと。
その後、付き合ってくれたお礼として門限ギリギリまで箒に付き合ってから学園に戻る。
行く前の不機嫌が直っていない皆には明日になれば分かると土下座しながら説明して何とか事なきを得た。
その翌日――――
「はい、これを冷蔵庫に入れてくれ」
「……分かった」
いつ来るか分からない冷蔵庫に箒と二人で待ち構えていた。
ビニール袋に入れられた濡れたタオルを四つとスポーツドリンクも四本入れる。これがこの冷蔵庫、最後の仕事になるだろう。
「今日も来なかったね」
「……すまない。明日からは参加するから」
「ん……。約束、ね」
「……分かった」
待っている内に一夏と鈴を除くいつものメンバーが俺の部屋にやって来て、今日も訓練に来なかった事に簪を始めとして文句が出る。
ちなみに一夏と鈴は少し遅れてから来るらしい。二人で買い物をしているのだとか。
むぅ……簪と約束した手前、今日来なかったら明日からは箒に任せるしかないな。
「はーいっ。春人出てくれ」
「……分かった」
と、そこへ漸く待ち兼ねていた物がやってきた。インターホンが鳴ると返事をした箒が冷やしていたものを取りに冷蔵庫へ。代わりに俺が応対する。
「お待たせしましたー! お届け物です」
「「「?」」」
そこには三人の男性と台車に乗せられた冷蔵庫が。良かった、これで明日からはちゃんと訓練に参加出来る。
「確認させていただきます。櫻井春人さん――――」
「……はい」
「と篠ノ之箒さんのお部屋で間違いないでしょうか」
「はいっ」
「おー」
『わぁお』
「「「っ!?」」」
えっ。
驚きのあまり声を出す事すら出来ず、代わりにあとからやって来た箒が元気よく返事をする。
「お疲れ様です。これ良かったらどうぞ使ってください」
「あっ、ありがとうございます!」
固まる俺の代わりにサインを済ませた箒が冷蔵庫の置場所へ案内し、配達員の方に冷えた濡れタオルとスポーツドリンクを渡していく。
初夏だというのに茹だるような暑さの中ではその冷たさは天国にいるような気分だろう。
「「「……」」」
「…………」
対してこちらは背中に感じる冷たい抗議の視線がまるで地獄のような寒さを感じていた。身動きが一切取れない。
「では失礼します!」
ま、待ってくれ! 俺を連れていってくれ!
無論、配達員の方にそんな俺の願いなんて届くはずもなく。あとにはニコニコと笑みを浮かべて新しい冷蔵庫へ中身を移していく箒と。
「春人さん……今のは何でしょうか?」
「…………何だろう」
「――――♪」
怖くてまともに見れない皆さんと正座して尋問を受ける俺がいた。箒の鼻歌がやたらよく聴こえる。
「何よ、そんな面白そうな事やってたんならちゃんと呼びなさいよ」
「…………面白くはなかったぞ」
「あたしが楽しめるじゃない」
こいつ……。
夜、一夏と鈴も合流して部屋で三人モンハンをしていた。他の皆もある程度機嫌が良くなったので一安心と言ったところか。
俺の膝の上で俺のプレイ画面を見ていたラウラが話し掛けてきた。
「嫁よ、これは狩りをしているのか?」
「……そうだ。それで倒した素材を使って武器を作ったりしている」
「なるほどな……む?」
「……ん?」
何かを思い出したらしく、こちらへ顔を向けてきた。
「そういえば学園でいいものを見つけたんだ」
「…………いいもの?」
「ああ。その内、嫁にも見せてやる」
「……期待している」
ラウラの言ういいものが何か気になるが今は目の前のハンティングに集中しないと。
「あら、一夏くんゲーム落ちてきたわよ」
「えっ? これしか持ってきてなかったんですけど……」
と、一夏が持ってきた鞄からゲームソフトが落ちてきた。それだけなら問題ない。よくある話だ。
だが落としたゲームソフトが問題だった。楯無さんがそのゲーム名を読み上げる。
「ときめき……メモリアル……?」
「えっ」
まさかの恋愛ゲームだった。皆が女性が描かれたパッケージへ目をやり、何となくそういうゲームだと分かると次に一夏へ白い目を向ける。特に鈴は目がやばい。
「い、一夏……これは何……?」
「いや、それは……! 何だ、何だそれ!?」
『本当に分かんないみたいだね』
白式と話したのかミコトが言うには本当に分からないらしい。どうりでやたら動揺していると思った。
「……待て。本当に分からないみたいだ」
「は、春人ぉ……!」
そのまま皆に伝えると若干泣きそうな声の一夏。しかし、一夏が分からないとなれば当然このゲームは何なのかとなる訳で。
「あれ?」
と、その時、シャルがパッケージを開いたら何かを見つけたようだ。
「何かメモ入ってるよ」
「メモ……?」
そこには一夏の親友が女心を勉強するために鞄に入れたと書かれたメモが。ゲームで勉強になるかは甚だ疑問ではある。そんな事を言ったら俺は百戦錬磨だからな。
とにかく、一夏のバッドエンドは防げたようだが何やら楯無さんが興味津々にパッケージを眺めている。
「ふむふむ。自分を磨いて疑似恋愛をして楽しむゲームなのね……」
嫌な予感しかしない。そしてその予感は的中してしまった。
いつの間にか持っていた扇子が勢いよく開かれる。そこには「Let's enjoy」と書かれていた。
「よし、やってみましょう! 操作は一夏くんね」
「えっ、俺やった事ないですよ?」
「いいから、いいから。元々一夏くんのお勉強のためなんだしっ」
言われるがままに一夏はゲーム機を起動させときメモのソフトを入れる。
綺麗なアニメーション映像が流れ、女性陣が感慨深い声を出し、俺と一夏は肩身の狭い思いをしていた。
と、やった事のないゲームのため当然のようにニューゲームから始める。
するとこういう恋愛ゲームとしては異質な主人公の名前を変えるところに辿り着いた。
あまりゲームに詳しくない他の皆も決められたものだと考えていたため、感心したような声が聞こえてくる。
「へー。これ自由に主人公の名前決められるみたいね……ねぇ、一夏くん名前は――――」
「ああ、いいですよ」
何か楯無さんが俺を見てニヤニヤしていたのは何だろう。物凄く嫌な予感が止まらない。
慣れない事をやっているためか、一夏が言われた名前を呟きながら入力していく。
「さ、く、ら、い、は、る、と……」
「…………おい」
『おお?』
何だその新手の個人攻撃は。
「…………何で俺の名前なんだ」
「いや、楯無さんが……」
「このゲーム、色んな女の子と会うみたいだし……とすれば春人くんが適任じゃない?」
『面白くなってきましたっ』
「……いや、適任ではないでしょう」
しかも面白くもない。だが抗議も空しく、いつの間にか進められていたためそのまま俺の名前でやる事に。
だがこのゲーム、重要な女の子とのデートでは最後に出てくる三つの選択肢を間違わなければ嫌われる事はない。
「あっ、悪い印象与えちゃった」
「「「あぁー……」」」
「お兄ちゃん女心が分からなすぎるよ……」
「えぇ……?」
と、思っていたらさっきから一夏が三択を間違えまくる件について。
しかも何故か俺がやらかした事になるのは何でだ。思わず変な声出ちゃったよ。操作しているのは一夏だぞ。
「ダメですわね。全然ダメですわ」
「…………すみません」
『ピザ献上しなきゃ……』
何故か出会ったばかりの頃のSの波動を出しながらセシリアがそう言う。やはり怒りを納めるためにはピザを献上するしか……。
いや、違う!
「……一夏、貸せ」
「う、うん? どうしたんだ?」
それまで黙って見ていた俺が急にコントローラーを寄越せと言ってきたので驚いている様子。
「俺が、俺が櫻井春人だ……!」
「あんた何言ってんの」
呆れたように言う鈴を差し置いて、一度セーブしてからまたニューゲームで始める。
『何で一から始めたの?』
俺は出来る子だと証明するためには途中からではなく、最初からじゃないと無理だ。
『ほうほう。具体的にはどう証明するの?』
やるのは二つ。
一つは隠しキャラを全て出す事。もう一つはキャラ全員の好感度を最大まで上げる事だ。
『で、出来るのそれ?』
実はこのゲームやった事あって所謂ハーレムプレイもやった。まぁ実際はそんなエンディングはないので一人に絞らなきゃならないのだが。
勿論、やり方も誰がどの選択肢で好感度が上がるかも覚えている。
そして俺が出来る子だと証明するのは早かった。
「おお、また凄く良い印象を与えたぞ。さっきからずっとだ」
「さっすがはるるーん」
ふははは!! やれる、やれるぞ!!
一夏の言う通り、全ての女性の最高評価の選択肢を間違える事なく選んでいった。
やはり俺はやれば出来る子。
「さすが本物は違うわね……この女誑し」
「えぇ……?」
だというのに何故か楯無さんから罵倒されるという事態に。出来ないと周りから言われるし、出来たら女誑しと言われる始末。理不尽さを感じずにはいられない。
「うぅむ……よく分からないが、先程の一夏のを考えるとこれは凄いのだろうな」
「そうですわね、これまで一切好感度が下がるような事はしてなかったみたいですし」
「それどころかさっきいなかった子までいるからもっと難しいと思うよ」
「うん、検索したらこれで全キャラみたい」
皆も漸く俺がやった事の凄さが分かったらしい。俺は自分がやれば出来る子だと証明したのだ。
万事は全て上手くいった。あとは誰とエンディングを迎えるかだけだ。実に簡単な話だ。
――――そう、イレギュラーさえなければ。
『フラグが立ちました』
いやいや、ないって。ここまで来たらもう立ちようないって。
「……誰とのエンディングが見たい?」
さっきも言ったように俺はこのゲームを既にプレイしている。今更誰とのエンディングを見たいとかはなかった。
だからそう皆に訊ねた時だった。勢いよく皆の顔がこちらへ振り向いたのは。かなりびっくりした。
「わ、私はこの剣道少女なんかいいと思うが……」
「…………分かった」
顔を赤くしながら箒は当初からいるヒロインを示してくる。なるほど、箒の推しはこの子なのか。
見たいと言うならばそうしようとそのヒロインに連絡しようとした時。
「お待ちください。わたくしとしてはこの貴族の少女がいいと思うのですが」
「…………ん?」
セシリアが待ったを掛けてきた。
セシリアが推すヒロインは別のキャラだったようでどっちにしていいか悩んでしまう。一対一だ、他の皆の意見を聞くべきか。
「いやいや、お兄ちゃん。ここは隠しキャラでもある男装少女なんかいいんじゃないかな?」
「嫁よ。分かっているだろうが、この軍隊経験ありの女を選べ。損はさせん」
「春人くん。私はこの生徒会長がお勧めなんだけどなー?」
「やはりここは記念として隠しキャラを選ぶべき。生徒会長の妹がお勧め」
「…………」
待て待て待て。何だこれは、何がどうなっている。
このゲーム、ヒロインが多いのはそうなんだが、ここまで綺麗に推しのキャラが被らないなんてあるのか。
はっ! そうか!
「わ、分かった。順番に全部見ていこう」
「そ、そうじゃなくて一番に選ぶのは誰……うぅん! どのキャラかと言う話だ」
「…………何だと」
俺が見つけた希望の道は呆気なく閉ざされた。つまり箒の説明から察するに俺が最初にどのキャラを選ぶのかを見ているらしい。
「ねぇねぇ、はるるん」
「…………何だ」
どうしたものかと悩んでいれば背中に乗っていた布仏がニコニコと笑みを浮かべながら問い掛けてきた。
「生徒会の秘書さんとかその妹とかはヒロインじゃないの?」
「ほ、本音!」
ど、どういう事だ。新勢力か。
「…………多分立ち絵がないからヒロインじゃないと思う」
「そっかぁ……残念だったね、お姉ちゃん」
「本音っ!!」
「ご、ごめんなさいっ」
どうやら布仏と虚さんの推しのヒロインは立ち絵がないキャラだったようだ。何てマニアックなところを。
パターンは六通り。どれを選べばいいかシミュレーションしてみる…………が、どれも人が違うだけで結末は同じだった。選ばれた人が喜び、残りの人が俺へジト目を向ける。これではいけない。
と、そこへ乾いた拍手の音が聞こえてくる。
『凄いね春人ー。今六つの結末を同時に考えたねー』
マオはやめろ!
どうするどうする。嫌な汗が流れる中でかつてないほど頭を働かせている俺が考え付いたのは――――
「消灯の時間だぞ」
そう、タイムアップだった。
織斑先生のこのお告げには誰も逆らえず、皆部屋に戻っていくだけ。俺の作戦勝ちだ。
「じゃあまた明日続きねっ」
「えっ」
皆様よいお年を!