「おいそこの新兵。砂山と穴熊を連れて、この先にある土人の集落を見てこい」
隊長が俺の肩を叩きながら言う。
「……威力偵察でありますか?」
すぐに疑問を呈した俺に、隊長が告げる。
「…………赤目人の野郎共がどこにいるのかはわかったもんじゃない。それに威力偵察なんてするにしても、やつらの駐屯していそうなところを狙うだろう」
「それでは……何でありますか?」
隊長は静かに、重々しく口を開いた。
――――決まっているだろう。そう前置きしてから、ひげもじゃの古参兵は俺に言葉を浴びせかける。
「『飯を獲って』くるんだよ。」
「飯…………?」
「ああ。飯だ。」
「戦闘糧食のことでありますか? でも中隊本部からは、3日分の配食を持たされていたはずでありますが……?」
そう言うと、ギロリと、人を何人も殺してきたような鋭い目でにらみ付けられる。まるで蛇ににらみつけられた蛙かなにかのようにすくみ上がることしかできない。
「どうせ中隊本部のほうも飯はカツカツなんだ。渡してきた背嚢に空き缶かなんかでも混ぜて、量をちょろまかしてる筈だ」
変な形に曲がりくねった木の幹にもたれかかりながら、隊長は続ける。
「このまま敵を見つけぬまま中隊本部に帰るわけにはいかないし、かといって飯を食わないという選択肢はない」
隊長は鉄帽の下から射殺すような視線を俺に向けて、真剣みを帯びた低い声で告げた。
「このままだと俺たちの食う飯はすぐになくなって、草の根や木の葉まで食うほどの飢餓が訪れる羽目になるぞ」
「い、いや、でも…………」
「でも、ではない。俺たちの分隊は今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。やれ新兵、これは命令だ」
言いよどんだ俺に、隊長はいつになく冷酷な声色で告げた。
「隊長、今良いですか?」
双眼鏡で周辺の警戒をしていた砂山が、隊長に話しかけた。俺との会話を打ち切って、砂山の報告に耳をかたむける。
「前方300、擱座したトラックを発見しました」
「敵影は? 罠かもしれん」
「ぱっと見ではありますが、無し。ブービートラップの可能性も考慮しましょう」
砂山はそう言うと、偵察に行ってきますと一言告げて森の向こうに消えていく。
「……運が良かったな。手を汚す必要がなさそうだ」
隊長はぽんと俺の肩を叩いた。
砂山によって警戒の済んだトラックの元に、分隊の皆で向かう。土人とは言え、人を殺さなくて本当に良かった。
「これは……」
やぶれた幌に包まれたトラックの荷台に、整然と様々な物資が積まれている。
そのうちの一つ――濃緑のパックを隊長は手に取ると、勢いよく封を開け、内容物をその手のひらの上に転がした。
小さな肉の塊を丸めて干したような、奇妙な干し肉。そのうちのいくつかを俺に手渡すと、隊長は顎でくいっとしゃくった。
「食え」
そう促されて、おそるおそる干し肉を口にする。
かみ切れないほど硬い肉のかけらを奥歯で噛んで、唾液に浸した。そのとたんにポロリと肉のかけらが崩れて、咀嚼に巻き込まれて消えていった。
干し肉にしてはあっけなく、味わう暇もなく唾の中に溶けていった肉に拍子抜けしながら、もう一つ。つまんだ肉をおもむろに口内に放り込んだ。
固い皮を噛んだような感覚。思いがけず直面したかみ応えのある物体に、身体が勝手に唾液をまぶした。
初めは何の味気もなく、ゴムか何かでも噛んでいるようだった。が、噛み切れるようになるとなんとも言えない旨味が唾液の中に溶け出してくるようになった。
噛み切りやすいように柔らかくした干し肉を、味わって噛みつぶす。
「うむ。旨い」
みると、隊長が静かに干し肉を頬張っていた。
「せんじ肉みたいですな。広島の第11連隊で食った覚えがあります」
「赤目人の奴らこんな旨い肉食ってやがんだな……」
他の面々も口々に肉を口の中に入れていく。
「どうだ、新兵」
「旨いであります。ただ……」
言いよどんだ俺の目の前で、隊長は水の入った水筒をぐいっとあおった。
「喉が渇く。か?」
「いえ、酒の一つでもあれば最高のつまみであったのに。と」
なんだと、この不良め。隊長は幾分か楽しそうに笑って、肘鉄砲を胸にはなってきた。酒は成人してから。とでも言うつもりか
「自分に酒と女を教えたのは、隊長でありませんでしたっけ」
「言うようになったじゃないか。ほれ、もう一個やろう」
大きく開けた口の中に、隊長はその毛深い腕に似合わず器用に放り込んできた。
「隊長! よくわからんものが!」
「なんだと!?」
隊員の一人が黄色い包装の箱を手に持って、ぶんぶんと手を振ってくる。俺と隊長は、そいつのもとへと向かった。
「これです。えっと……」
「
隊長は紙のようなもので形作られた箱を力ずくでこじ開けて、銀色の袋を日の下にさらした。ぎざぎざの縁を思い切り引っ張ると力も無く中身を取り出すことが出来た。
「ほれ、毒味」
押しつけられた茶色い延べ棒のようなブロックを、おそるおそる歯を当てる。とたんにぽろりと崩れ出すブロックに、赤目人の異常さを見た気がした。こんな脆い食材、どうやって食べろというのか。
崩れた破片が歯と唇の間に落ち込む。いったんブロックを口から離して、舌でその破片を舐る。
「……!」
とたんに口の中に広がる、控え目な甘さ。唾液に溶けやすい食材のようで、歯の表面やいろんなところにこびりついたブロックのなれの果てを、無言で舐め取った。
「…………どうだ?」
「うまいです。なるほど、この甘さが……」
隊長たちは毒味役である俺の無事を確認した後、他の箱を開けて、ブロックの端っこをめがけて直にかじりつく。
「おお……もう少し甘かった方が良いな」
「赤目人の奴らにはこれくらいがちょうどよいのでしょう」
もぐもぐとブロック状の固形糧食を頬張る隊長たち。喉の渇きを覚えた俺は水筒の蓋を捻って開けると、思い切り中の水を呷る。
「確かに甘いですが、どういうわけか喉が渇きますね……」
「水を吸いやすいのだろうな。間違っても雨に濡らしてはいけない類の食糧だ」
隊長の言葉に、こくりと全員が首肯した。
飯テロになってないとか言わない。あとなんでせんじ肉とカ○リーメイトで飯テロしようと思ったのかなんて言わない。