On your mark   作:夜紅

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こんにちは!
感想、お気に入り、評価、励みになります(*- -)(*_ _)相変わらず書きたいところを書きたいだけ書いてる小説を読んで頂き、ありがとうございます。
そろそろアキラ出したいなあ



想い

sai――今話題になっているネット上の棋士。

その素性は不明で、日本人ということしか分かっていない。日本のプロではないかという問い合わせは、棋院へ各国から問い合わせが来ているらしい。しかし、知りたいのは棋院側も同じである。ログインの時間帯は夕方から夜の2時間だけ。そんなsaiにプロも勝負を挑んだが、今まで一度も負けていない。反撃を許さず、こちらからは予想もつかない一手を打ってくる。誰かが言った。まるで現代に蘇った秀策のようだと。

 

「saiの棋譜を研究したんじゃないか?」

伊角の言う通り、確かにその説が有力に思える。

「そうだけど、それだけじゃない。そんな気がする」

「はは、和谷の勘は鋭いからなあ。ここでいくら予想立ててもどうしようもないし、本人に聞いてみようか」

 

「おーい、藤崎」

対局が終わったのを見計らって、和谷はあかりに声をかけた。軽く自己紹介をし、本題に移る。

「いきなりで悪い。その…藤崎はネット碁やってるか?」

「ネット碁?」

「saiっていう強いやつがいてさ、そいつの打ち方がお前の打ち方に似ていたんだ。だから、そいつの棋譜を研究しているからだと思ったんだけど…」

きょとんとしたあかりの顔を見ている限り、知らないようだった。ここで和谷の頭にもう一つの仮説が出てきた。あかりの師匠が、もしかしたらsaiかもしれない。

 

「そういえば、藤崎の師匠は?」

あかりが不思議そうな顔でこちらを見ている。和谷の初対面でいきなり踏み込みすぎかもしれないという考えは、頭の隅に追いやられてしまった。溢れる好奇心は止められない。

「同級生の幼馴染だよ」

返ってきた答えは納得いかないものだった。だが、チャットでの妙に子どもっぽい言動が引っかかる。

(saiは子ども!?そんなはずない)

あれほどの打ち手なのだから、当然大人なのだろうと思っていた。

(いや、でも)

仮にその幼馴染がsaiだったとして、saiは誰に碁を教えてもらったのだろうか。

「その幼馴染が誰に碁を教わったか、知っているか?」

 

言われてみれば、ヒカルの師匠の話は聞いたことがなかった。あかりの覚えているヒカルは。

「――最初から、強かった」

「え?」

声に出てしまっていたらしいが、和谷と伊角には聞こえていなかったらしい。

「ううん、ごめんね、分からない」

「そうか。いきなりいろいろ聞いて悪かった。何か困ったことがあったら、いつでも相談乗るから。またな」

そう言って2人は帰っていった。

 

あかりはその日、どうやって帰ってきたのか覚えていない。ずっとヒカルのことが頭の中をぐるぐる回る。あかりはこれまでずっと、ヒカルに指導してもらってきた。最初から強かったなんてことが、あるはずがない。あかりが碁をはじめたのは小学1年生になったばかりのころ。ヒカルはその前に、誰かに教えてもらっていなければおかしい。1人で強くなるには無理がある。ヒカルの祖父の顔が浮かんだが、祖父が教えた様子はなかった。囲碁教室に通いだしたのも、あかりがヒカルに囲碁を習い始めた後だった。

 

小学校入学を機に突然大人びた雰囲気になった幼馴染。最初から強かった囲碁。誰も知らないヒカルの師匠。saiという棋士。繋がりそうで繋がらない。和谷の言っていたように、saiと何か関係しているのだろうか。考えれば考えるほどヒカルが分からなくなっていった。思い返せば、ずっと一緒にいたにもかかわらず、ヒカルのことを何も知らない自分がいたことに、なんとも言えない気持ちになった。嘘をつかれたことはなかったのに、まるで嘘をつかれた気分だった。

 

「あかり、おはよう。初手合いはどうだった?」

「…っ」

いつものように指導碁をしてもらいにきたが、あかりは真っ直ぐヒカルの目を見ることができなかった。

「何かあったのか?」

「…ヒカルは」

少し間が空いたが、ヒカルは待っていてくれた。

「ヒカルは、saiを知っているの?」

 

ヒカルは、雷に打たれたような衝撃を感じた。

「さい?誰だ?」

そう返すので精一杯だった。ヒカルのその震えた声が、あかりに答えを教えてくれる。

「ネット碁で強い人なんだって。昨日、言われたの。私の打ち方がsaiに似ているって」

聞いてきたのはきっと和谷だ。以前の自分の状況が重なる。居心地悪い思いをさせてしまったかもしれない。焦る気持ちと、申し訳ない気持ちが混ざる。こんな日が来るかもしれないとは、薄々感じていたが、こんなに早いとは思っていなかった。もう、いっそすべて話してしまえたら、どんなに楽だろう。でも。

(あかりは、拒絶するかもしれない)

あかりが幼いころ一緒にいた“ヒカル”ではない。それを知ったとき、あかりは自分を受け入れてくれるだろうか。それが一番怖かった。

 

「あかり…」

「ねえヒカル、saiはヒカルの師匠なんでしょう?」

雷に打たれたような衝撃とは、こんな感じだろうか。いきなり核心をつくのだから、堪ったものではない。

「…完敗だよ、あかり。全部話す」

心のどこかでは、誰かに全部話してしまいたかったのかもしれない。そう思えたのは、“こっち”に来て一番に気づいてくれたのがあかりだったせいだろうか。ヒカルは腹を括った。

 

 


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