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原作読んでみたい!
(プロ試験の仕組みが分からないなんて言えない)
静かな部屋に、ただ石を打つ音だけが響く。
「すごい…!」
あかりは開いた口が塞がらない。もちろん緒方だって強いが、ヒカルはそのさらに上を行く強さ。今の自分にはまるで考え付かないような一手が、布石が、どれも新鮮だった。ここまで打てるようになる過程が、一体どれだけ険しい道だったのだろう。それでも、ヒカルはさらに先を見つめ、研鑽している。
「…まだ、“あいつ”には全然及ばねえよ」
少し困ったように笑うヒカル。“あいつ”が誰を指しているのかは、もう分かっているけれど。あかりが物心つく頃から、ヒカルの中にはいつも佐為がいる。大好きなヒカルの師であり、ライバル。そんな立場にいる佐為が羨ましくて、眩しい。自分もヒカルの隣に立ちたい。それは幼いころからあかりが碁を続ける原動力になっている。
「ねえ、ヒカル」
今、ヒカルは二度目の人生を歩いている。それでも碁を続けるのはどうしてだろう。
「ヒカルは、どうして碁を続けるの?」
その質問にあまり間を開けず、迷いのない答えが返ってきた。
「遠い過去と、遠い未来を繋ぐために」
ヒカルの中で、それはずっと変わらないだろう。
「いつかまた、あいつと打ちたい。それまではオレの碁を、あいつの碁を高めて、また誰かに繋ぐんだ」
それはきっと、ヒカルが歩き続けるための願い。
(そっか、だからずっと前を向いていられるんだ)
胸が熱くなった。ヒカルの碁は、確かにあかりへ繋げられている。碁に限らず、自分も誰かへ何かを繋げられるだろうか。
「そういえば、もうすぐプロ試験だろ?せっかくだから、俺の記憶に残っている一番棋譜、見せようか」
「見たい!」
案の定、あかりは食いついた。そんなあかりが可愛くて緩みそうな口元を必死で抑え、真剣な顔を作る。
「ただ、今から見せる棋譜はここだけの話だぞ。この世界では存在しないし、これから先も絶対に出てこないから」
「わかった」
もう、“これから”生まれることはない棋譜だけど。だからこそあかりには見て欲しかった。
「ヒカル、これは誰の棋譜なの?」
「誰だと思う?」
あかりに“sai”の棋譜を見せるのは初めてだ。
「塔矢先生と…ヒカル?じゃないみたいだけど」
「半分正解。これは塔矢先生と佐為の棋譜」
佐為と聞いて、あかりは目を丸くした。
「佐為!?」
「な、凄いだろ?」
あかりは食い入るように、じっと碁盤を見つめていた。
「うん…もっと何か言いたいのに、凄いしか感想が出てこない」
「だろ?」
あかりは真剣な顔で盤面を見つめる。
(そっか、この人の碁が、私にも繋がってるんだ)
まだ神の一手――は分からないけど、神の一局はこの一局かもしれないと、本気で思った。
「この対局はここで塔矢先生が投了したんだけど、実は塔矢先生がここから逆転するための一手がある。どこに打てばいいと思う?」
「え、そうなの?うーん…分かんない」
きっとすぐに分かるものではない。
「じゃあさ、約束しよう。正解が分かったら教えてくれ。そしたら、そうだな…あかりの言うことをなんでも一つ叶えるよ」
その一手にあかりが気づく時、自分はまだこの世界に存在しているだろうか。こちらの世界が実は長い夢かもしれないと、時々不安になる。
“向こう”へ戻りたくないと言えば、嘘になるけれど。
「え、本当?約束だからね!」
できるなら、プロ棋士としてのあかりの行く先を、もう少しだけ見守っていたいと思った。約束をしたのは、“こっち”に存在する理由にしたかったのかもしれない。
今日はアキラのプロ試験予選の日。どんなに強くても、院生でないため外来扱いとなる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
母がいつも通りに送り出してくれた。
(ボクはキミたちに、追い付いて見せる)
プロになり様々な棋士と対局を重ねれば、経験と共にきっと力がついていくだろう。そうして自分が強くなった先に、あの二人がいるなら。
ライバルの存在は、ずっとアキラの手を引っ張ってきた。負ける気がしないというのは、きっとこんな気持ちだ。そして棋院の中へ、足を踏み入れた。