4/18 ご指摘頂いた分を修正しました。ありがとうございます。
いよいよプロ試験の予選の日。今の実力であれば、十分に合格が期待できる。しかし普段と違う環境と緊張の中、いつも通りに打つのは難しい。それは自分も経験済みだ。
「時間に余裕持って出発したほうがいい。そろそろ行こう、駅まで送るから」
「…うん」
あかりの足取りは重い。ヒカルが手を引っ張るようにして駅まで来た。緊張しているのか、表情が硬く落ち着きがない。どうにか不安を取り除いてやりたくて、あかりの頭に手を伸ばして撫でた。俯いていた顔が上がり、ようやく目線が交わる。
「あかりなら、大丈夫だ。今まで頑張ってきただろ。全力で打つだけだ」
もっと何か言ってやりたいが、残念なことに昔から自分は口下手だ。
「ヒカル…」
不安そうな表情が、勝負師のそれになった。もう大丈夫だ。
「いってらっしゃい。気をつけて」
「行ってきます!」
ヒカルには見送ることしか出来ない。この先は、あかり自身が道を切り開くしかないのだ。
あかりの姿が見えなくなるまでホームに立っていたが、ふと思い出した。
「あれ?もしかして今日は塔矢も受験するのか?」
もしそうだとしたら非常に面倒なことになりそうだ。嫌な予感と頭痛を無視したい。深い溜息を吐き、頭を抱えて家に戻った。
会場に入って、あかりは大きく息を吸い込んだ。自分と同じように棋院へ向かう人々がいる。ここにいる誰もが、自分と同じように研鑽を積んできたのだろう。自分より年下の子から、ずっと年上の大人まで。その空気に押しつぶされそうになる。受付に行かなければならないのに、足が竦んで動かない。その時、知っている声があかりを呼んだ。
「おーい!藤崎!」
「あかりちゃん!」
振り向くと、院生仲間の姿が見えた。
「和谷くん、明日美さん、おはようございます」
「今日は頑張ろうな」
「うん!」
「受付は済ませた?まだなら一緒に行こう」
同時刻、アキラは混乱していた。予選の受付に並んでいたところ、見覚えのある姿を見つけたからだ。
(あの人は、まさか)
自分がずっと追い求めていたうちの1人かもしれない。周りにいるのは院生だろうか。ヒカルもここに来ているのだろうか。
(人違いかもしれない)
叫びたい気持ちをぐっとこらえて、深呼吸。それから、できるだけ穏やかに声をかける。
「あの、もしかして藤崎さん?」
「あなたは…塔矢くん?」
どうやら見間違いではなかったようだ。
「塔矢!?」
周りが騒がしくなるが、もうアキラの耳には聞こえない。
「久しぶりだね。進藤も来ているの?」
「ううん、ヒカルは来てないよ」
「そっか…」
ヒカルが来ていないことに落胆したが、今日はあかりがいる。再び対局出来る日を、心待ちにしていた。
「ずっと、ずっと君と打ちたかった。楽しみにしている」
それだけ一方的に伝えると、会場の中へ消えていった。
残されたのは呆けた顔のあかりたち。
「びっくりした…」
「知り合いだったのか?」
「小さい頃、一度だけ会ったことがあるの」
ヒカルと共に、塔矢名人の囲碁サロンへ行ったのだ。あの頃で既にプロ入りしても不思議でない強さだったのだ。今の彼は、どれだけ強くなったのだろう。想像すると背筋が寒くなったが、アキラとの対局はとても。
(楽しみ!)
予選が幕を開ける。