On your mark   作:夜紅

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大変な世の中ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。なぜか夏って切ない。蝉の声、お祭り、花火、どれも賑やかなのに。


今回も好き勝手に書いています。いつも感想欄が優しくて安心します。返信は出来ませんが、全て読ませて頂いています。


可惜夜

本戦開始後から、あかりはアキラと同様に連勝し続けていた。今日の相手は和谷。和谷は同じ夢を追いかける仲間だが、同時にライバルでもある。負けられない。

「藤崎!分かっていると思うが、手加減はなしだぞ」

「もちろん!お互い全力で」

院生に入ったころから感じていたが、あかりは強い。和谷から見て、最近は更に調子が良さそうな印象を受けていたが。

(ここまで力を付けているなんて)

じわじわと真綿で首を絞められていくようだ。形勢は白のあかりへ傾き苦しくなる。

(楽しい!)

あかりに引っ張られて、自分の棋力も底上げされていくようだ。普段以上の力を出せている気がする。黒の生きる道が見つからなくなるまで、夢中になっていた。

 

和谷が投了し、対局終了の挨拶をして和谷は先に部屋を出る。

(嬉しいはずなのに、なんか嫌だなあ)

仲間を蹴落として先へ進むのは、あまり気分の良いものではなかった。

「またな、藤崎」

複雑な表情のあかりに対して、和谷は蟠りなど一切感じさせず笑顔で去っていった。そんな和谷に少し救われたが、小骨が喉に引っ掛かったような感覚は残ったままだった。

 

今日もやってしまった。緩手だ。相手に主導権を与えたことで、負けてしまった。普段ならしないミスと、勝てただろう相手。家に向かう足取りが重い。あの日からどうやらスランプへ陥ってしまったようで、あかりはあれから3連敗。

(ヒカルに、合わせる顔がない)

足を引きずるようにしてなんとか家に着く。毎日のようにヒカルが指導をしてくれるが、当然そんな精神状態で身が入るはずもなかった。

「…今日はここで止めにしよう。ここ最近、集中出来てないぞ。何かあったのか?」

あかりの不調をヒカルはとっくに見抜いていた。気が付いていて、今まで知らないふりをしてくれていた。3連敗目の今日は、相当酷い顔をしていたのだろう。

「なんでも、ないの」

ヒカルが寂しさと心配が混ざった顔をする。

(違う、そんな顔をさせたいわけじゃない)

苦しいなら、吐いてしまえばいいのに。意地っ張りな自分が邪魔をする。

 

しばらく続いた沈黙を破ったのは、ヒカルだった。

「あかり、今夜は花火を見に行こう。近くの河川敷であるみたいだ」

「…行かない」

またあかりの中の天邪鬼が邪魔をする。

「俺が見たいんだ。あかりと。頼むよ」

珍しくお願いされた。ヒカルは狡い。こういう時、大人だと感じる。自分が幼いと感じる。あかりの感情に聡いのは、将来の自分と一緒にいたからだろうか。大人だからだろうか。

「…しょうがないなあ」

あかりの返事に、ヒカルの顔が柔らかく綻ぶ。本当に嬉しそうな笑顔に、悩んでいたことが馬鹿らしくなった。

「ありがとう。この後迎えに来るから、準備出来た時に電話して」

そう言い残し、ヒカルは部屋を出て行った。

 

あまり人が多いところには出かけたがらないヒカルが、花火大会に誘ってくれた。数年間は碁にどっぷり漬かっている生活だったので、2人きりで行くのは初めてである。冷静になってきた途端、恥ずかしくなってきた。

(ヒカルと、2人っきりで花火大会?)

クーラーをつけているのに、体も顔も熱い。しかし時間は待ってくれない。指導中も2人きりのことが多いが、それとこれとは別だ。

(こうしちゃいられないわ)

あかりは浴衣を引っ張り出し、着付けをしてもらいに母のもとへ向かった。選んだのは、白地に深紅の牡丹が描かれた浴衣と同じく深紅の帯。

 

「お待たせ。行こうか」

ヒカルが身に着けていたのは、濃紺地に細かく縞模様の入った浴衣に白帯。手に持っているのは扇子。着こなしも仕草も、凛として様になっている。なんだか悔しい。

「ヒカル、もしかして和服は着慣れてるの?」

「ああ、和服で対局する機会も多かったからかな」

それから、と恥ずかしそうに付け加えた。

「自分でも着られたら良いのにっていう独り言を聞かれててさ。塔矢が教えてくれたんだ」

「それは…厳しそうね」

「そりゃあもう。ちょっと後悔した」

うんざりした顔のヒカルが可笑しくて、思わず噴き出した。

 

「…やっと笑ってくれた。悩んでいる理由は無理に言わなくてもいいからさ、もっと頼ってほしい」

ヒカルの顔が綻んだ。頑張っていた自分が全部崩れていく。ハンカチで涙を優しく拭われた。

「あかりが1人で辛い思いしてると、オレも辛いよ」

ヒカルのほうが辛そうな顔をしていた。胸がキュッと締め付けられる。自分が思っていたよりも心配をかけていたらしい。

「ごめ…ううん、ありがとう」

「いいえ。あかりはやっぱ笑ってたほうがいいな。後、浴衣も似合ってて可愛い」

「へっ!?」

ストレートな誉め言葉に、間抜けな声が出てしまった。

「行こうか。花火の時間まで、屋台を見て回ろう」

「ちょっと待ってよ!」

照れる間もなく、手を引いて歩くヒカルにされるがままになっていた。

 

あれからいろいろな屋台を回っている間に、打ち上げの時間になった。夜空に大輪の花が咲いては、一瞬で散っていく。次の花火が打ちあがるまでの間、再び闇夜と静寂に包まれる。ヒカルと2人だけの世界になったように感じられた。夜が暗くて良かった。真っ赤な顔も、落ち着かない様子も、見られなくて済むから。

(ずっとこんな夜が続けばいいのに)

こんなにも明けてしまうのが惜しい夜は、初めてだった。

 




和服の進藤プロに夢を見ています。本編からズレるの分かっているのですが、ヒカあかの甘い話がもっと見たいし書きたい!
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