On your mark   作:夜紅

20 / 20
お久しぶりです。投稿も話の展開も遅いですが、完結までお付き合い頂けると嬉しいです。想像の中にいる、大人ヒカルさんが本当に好き!ヒカあか未来編の妄想が止まらないので、いつか書きたいです。

感想・評価ありがとうございます。励みになります。


仲間

夜空が明るくなるほど大輪の花が咲き、散っていった。花火大会が終わりを迎える。

「それじゃ、帰ろうか」

名残惜しいが、大勢の人々に混ざって会場を後にする。家まではしばらく歩かなければならない。

(痛い…)

あかりは慣れない下駄で歩いていたせいか、鼻緒が擦れて痛くなってきた。きっと赤くなっているだろう。しかし、ここで足を止めて迷惑をかけたくない。我慢を決めたところで、ヒカルに声をかけられた。

「…足は痛くなってないか?」

「ちょっと痛いかも」

あかりの考えていることはお見通しのようだ。

「そこのコンビニまで行って、ちょっと休憩しよう」

 

コンビニに着くと、ヒカルはあかりの足を見て絆創膏を買って来た。

「絆創膏を貼って、鼻緒を解してみよう。しゃがむから肩につかまって。体重かけていいからな」

言われた通りヒカルの肩に体重を預けた。自分とあまり変わらない身長なのに、背中が大きく見える。

「ヒカル、ありがとう」

「我慢させてごめんな。もっと早く気付けば良かった。結構深めに指入れて履いてた?」

「…うん」

ヒカルが謝ることなんて何もないのに。張り切って下駄を履いてきた自分が悪いのだ。

「浅く引っ掛けるぐらいで大丈夫だからな。踵が少しはみ出すけど、それで良いんだ」

右足に続き、左足の処置も丁寧にしてくれた。

「出来たぞ、もう少し頑張ろうな。大丈夫だから」

言われた通り、浅めに下駄を履いて歩く。

「さっきより痛くない」

「良かった。この後も痛くなったらすぐ言うんだぞ」

あかりに合わせ、ペースを落としてゆっくり歩いてくれる。先ほどと同じように手を引いてくれるのが、あかりには嬉しかった。

 

明日が来るのが怖くなった。花火の明かりが消え、人通りが減ったせいか小さくなっていた不安が再び大きくなる。

「…ねえヒカル、どうしよう。最近思うように打てなくなっちゃった」

気が付けば、あかりの口から本音が出ていた。一度話始めた口はもう止まらない。

「…プロ試験で、仲の良い友達も敵になるのが引っ掛かっちゃって。勝ったのに嬉しくなかった」

そういう世界だという事を分かっているつもりだった。プロ試験という振るいにかけられ、残るのはほんの一握りだと。

「…強くなりたいと思っているのは、皆一緒だと思う」

理由はそれぞれ違うだろうが、大きな目標の一つには入っているだろう。

「そう考えてみると、同じ目標に向かっている友達は、敵じゃなくて仲間なんじゃないか」

その言葉が、あかりの胸にストンと落ちた。

「そっか!そうだね!私、大事なこと忘れそうだった」

強くなるために、いつだって切磋琢磨して励んできた。そんな和谷たちは、あかりの中では仲間だ。スッキリしたところで、あかりの家に着いた。

「ねえヒカル、今日は本当にありがとう!楽しかった」

「オレも。また明日な」

 

翌朝、あかりはいつもよりスッキリ目覚めることが出来た。布団から抜け出して、カーテンと窓を開ける。深く息を吸って、朝の爽やかな風に満たされていく。

(もう大丈夫)

出かける支度をしてヒカルの家を訪ねた。

「おはよ。復活したみたいだな」

あかりの表情は晴れ晴れとしている。何か吹っ切れたようだ。

「おはよう!ヒカルのお陰よ。昨日はありがとう」

「あかりが元気になったみたいで良かった。それじゃ、始めるか」

「お願いします!」

 

(集中出来ているみたいだな)

今日のあかりは特に冴えている。まだ粗削りな打ち方もあるが、時々ヒカルをハッとさせるような一手を打つ。あかりの碁が見え始めて嬉しい。佐為からヒカル、ヒカルからあかりへ。この先、あかりからまた誰かに繋がるのだろうか。この先の未来を想像すると楽しい。

(ああ、だから)

自分に碁を教えてくれた人たちは皆、持っているものを惜しげなく与えてくれたのか。“こちら”に来る前、考えたことが何度かあった。もしもあの時、あかりに本気で指導していたらどこまで行けたのだろうと。それが今、叶えられている。あかりはヒカルが教えた分だけ応えてくれる。石の持ち方もルールも全く知らなかったのに、今やプロ棋士になれる実力を付けたのだ。誰かに教えるのが楽しいと思うようになった。もうしばらくだけ、見ていたい。あかりが描く“もしも”の未来を。

 

あかりが投了し、終局を迎える。検討の前に休憩だ。

「ヒカルが強いのは分かってるけど、悔しい!」

「十分強くなったよ。あかりの碁が見えてきた」

「本当?ヒカルにそう言ってもらえると嬉しいな」

「今日から、もう一段階上の検討をしよう」

その一言で、あかりの目が輝いた。

 

「あかり、ここでツケるのは99点。100点はハネ」

「どうして?ここも良いと思ったんだけどなあ…」

今までは99点でも良いとしてきたが、あかりは十分100点を狙える実力がついてきた。厳しいことを言っている自覚はあるが、もっと上にいけると信じているからこその指導だ。自分もそうして教えられた。

「ヨセに入ってからの進行が複雑になるけど、こんな感じで選択肢が広がる」

「本当だ!」

実際に打ってみせると分かったようだ。ヒカルは説明があまり得意ではないので、こうして上手く伝わると嬉しい。

 

「やっぱりヒカルの指先には、神様が住んでるみたい」

あかりはプロになりたいと考え始めた頃から、冗談抜きでそう思っている。

「えー?神様には…まだ程遠いかなあ」

ヒカルにとっての神様は、たった1人。声はもう思い出せない。顔も朧気になってきた。残されたのは、思い出と碁。ずっと忘れないと思っていた。今は忘れていくことに怯えている。表情、交わした言葉、仕草。その全てを覚えておきたいのに、もう忘れてしまったことのほうが多いのだろう。

(オレの中の佐為が、消えていくみたいで寂しいけど)

楽しかったことより、色濃く残る後悔がある。その後悔も、忘れていく記憶と一緒にこれから先も抱えていく。佐為のいない温度に慣れることはないけれど、もっと前に進みたい。

「いつか、神様を超えられたらいいな。オレもあかりに負けないように頑張るよ」

「うん!」

再会した日に、あれから強くなったと胸を張れるように。お互い本気の勝負が出来るように。何度も並べた、佐為の遺した最後の棋譜。ヒカルはあの日の続きを、ずっとずっと待っている。

 

それからあかりは全勝した。今日は、プロ試験の最終日。今日はヒカルが送り出してくれたので、無敵の気分だ。

「藤崎さん、ボクは君と対局する日をずっと待っていた」

「うん、私も楽しみにしてたよ」

いよいよあかりとの対局を迎える。あの日から、お互いどれだけ強くなったのだろう。途中で迷いのあったあかりの目は、もう真っ直ぐ前を見つめている。これからどんな棋譜が出来るだろう。緊張と期待で、心臓がいつもより速く脈を打つ。強いプロ棋士と打つのとは、また違う緊張感が心地良い。

「それでは始めてください」

アキラは碁盤を通して問いかける。

(あれから、誰とどんな碁を打ってきた?)

序盤はじっくり腰を据え、地を稼いでいくらしい。無駄のない綺麗な打ち筋だ。綺麗な石の並びが出来始めるが、それを乱すようにあかりを試す一手を打った。ヒカルのこともsaiのことも気になるが、あかりの実力だって知りたいのだ。ずっと2人を追いかけてきたのだから。

 

(塔矢君、さすがだわ)

攻守のバランスがきちんと取られており、一切の妥協を許さない。確かにプロ入り確実と言われるだけの実力がある。あの日からずっと、あかりと同じように碁と向き合い続けてきたのだろう。ただひたすら高みを目指して。アキラが試すような一手を打ってきた。

(私だって負けないんだから!)

 

(一見、悪手に見える)

しかし、今は悪手に見えても後に最強の一手になる可能性がある。何通りもの展開を予想するが。

(しまった!)

決して油断していなかった。しかし予想外の展開に翻弄され容赦なく攻め立てられる。まるでsaiのように。

(やはり進藤はsaiなのだろうか)

小さく首を振る。今は目の前の勝負に集中しなければ。アキラもこの日のために積み重ねてきたのだ。あかりに、ヒカルに追いつくために。

(まだまだ!)

難しいが、活路はある。アキラは石を握りなおした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。