いつも温かい感想をありがとうございます。励みになります。愛をこめて書くので、続きはまたゆっくり待って頂けると嬉しいです。
追記:間違いを教えて頂きありがとうございました。
このまま黙ってやられるアキラではない。
(まだ守らない。ボクはもっと上に行く)
これまでは落ちついた手順を踏んでいたが、勝負に出る事にした。やや強引だが上辺に出来た厚みを活かして左辺を荒らしにいく。安全圏にいては強くなれない。
(荒らされるのは想定内。焦っちゃダメ。地合いは私の方が有利)
真正面から迎え撃ってペースを崩さないあかり。ヒカル曰く、相手を見極めてギリギリまで踏み込んでくるのがアキラの強さだと言っていた。あかりも負けていられない。
(塔矢くんはどう来る?)
右辺を割られると地に甘く見えるが、あえて打ち込みを誘い主導権を握りに行く。
形勢はあかりに傾いている。しかしアキラが喧嘩を売ってきた。複雑になりそうな争いは避けたくなるが。
(そうなると、塔矢くんの狙っている展開になるかもしれない)
ここで守りに入ると厳しそうだ。ヒカルならこの時どうするだろう。
――ここに置くと面白いだろ?
アキラの後ろで、悪戯っ子の様に意地の悪い笑みを浮かべたヒカルが見えた。ヒカルの幻影が石を置いた先は。
(!?)
予想外の一手にアキラは混乱した。ここでアキラも長考を挟む事になった。そうこうしているうちに時間は過ぎ去り、食事の時間を迎えた。
「伊角さん、行こうぜ」
「そうだな」
和谷は伊角とともに食堂へ向かおうとしたが、ある一角の異様な雰囲気に動けなくなった。周りの受験生が次々と席を立つ中、あかりとアキラはじっと動かない。それに気が付いて足を止める。
「…⁉」
雰囲気だけではない。その内容もまるでプロ同士の対局を見ているかのようだ。2人ともこの対局をしなくてもプロ入りが確実なのに、どちらも全く手を抜いた様子がない。序盤の堅実な運びの後に見える、お互いを試す様な打ち方。特にあかりの一見悪手に見えるような一手が、アキラを悩ませているようだ。そう、その打ち方はまるで。
(…sai?)
和谷の脳裏をある人物の名前が過ぎる。少し前にネット碁に現れた、謎に包まれている打ち手。やはりあかりが碁を教えてもらっているという幼馴染が気になるが。
(いけない。まずは自分のことだ)
午後には続きの対局がある。人のことを考えている場合ではない。何度か深呼吸をして足を動かした。伊角の肩を叩く。
「伊角さん」
伊角の顔が真っ青になっている。場の雰囲気に呑まれているようだ。気持ちはわかるが、今は自分の事に集中するべきだ。動けなくなっている伊角の背中を押して部屋を出た。
(もう行かないと)
周りの受験生がほとんど食堂へ行った頃、あかりは我に返った。お昼を食べる時間がなくなってしまう。食べる時間が惜しいが、この後の為にお腹を満たしておかなければ。アキラは夢中で碁盤を見ている。
「塔矢くん」
あかりが声をかけると、弾かれたように顔を上げた。
「ああ、ごめん。君との対局があまりにも楽しくて」
アキラは劣勢にあるが、その目は輝いている。あかりと同じく時間を忘れていたようだ。
「ご飯を食べに行かない?時間がなくなっちゃうわよ」
「僕は対局の間に食事をとらないんだ。気にしないで行ってきて」
「分かったわ」
集中を切らしたくないのかもしれない。反対にあかりはしっかり食事を摂りたいので、アキラを置いて部屋を出た。
後半戦開始。悩んだ末にアキラはあかりの狙いが予想出来ずに翻弄された。悪手かと思えば、後から見ると攻めの一手になっている。楽しい。終わらないで欲しい。もっと打ちたい。楽しい時間はあっという間で気付けば終局を迎えた。
「…負けました」
「ありがとうございました」
あかりは小ヨセまで読み切ると、二目半差でアキラの勝利を悟り負けを宣言した。
「悔しいけど、楽しかった!あの時よりももっと強くなったね。また負けちゃった」
「ボクも久しぶりに楽しく打てたよ。また打とう」
この年の合格者はあかり、アキラ、真柴だった。
一方、あかりを見送ったヒカルは何となく気持ちが落ち着かず。あかりを信じているが、見送る側というのはやはり色々と考えてしまう。会場へ無事に着いたか、いつも通り対局出来ているのか、食事はきちんと摂っているのか。未来であかりを好きになってからは、つい聞きたくなってしまう。
(ヒカルの過保護!って言われるまでがセットなんだよな)
思い出して口元が綻ぶ。少し恥ずかしそうな表情で言ってくるところがまた良いのだ。
「さて、オレは散歩にでも行くかな」
この日、気軽に出かけた散歩がヒカルの二度目の人生で転機となる。