On your mark   作:夜紅

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感想が嬉しくて書いている途中で何度も読み返しています。いつもありがとうございます。更新する瞬間はこれでいいのかと不安なので、安心して書けます!


碁盤の贈り主

時間が空くと篠笛工房へと足を運ぶ生活が1ヵ月続いた。健吾は友人を数人連れてくるようになった。篠笛工房というよりも、ちょっとした囲碁教室が出来上がっている。ヒカルは数人に多面打ちで指導していた。

「良いね。面白いところに打つじゃん」

「ここに打ったら楽しいかなって」

「そうだな。その気持ちは大事にするんだぞ」

ヒカルは子どもたちが間違えても、絶対に否定しない事を心がけていた。佐為が自分にしてくれていたように。型にはまらない自由な発想は、碁打ちの誰もが求めている神の一手になるかもしれない。子どもたちは驚くような成長速度で上達していく。未来が楽しみだ。

 

ヒカルは対局の解説等、大勢に向けて説明するのが苦手だ。感覚で打っている部分も多く、考えている事を言語化するのは難しい。指導碁だとそれが伝えやすく感じる。アキラは逆に指導碁が厳しいと言われていたが、大勢への解説は評判だった。得意なことが正反対だったせいか、セットで呼ばれる事は多かった。

(オレにはこっちの方が向いているかもしれない)

以前は強くなる事だけが目的で、ひたすら上を目指していた。過去に戻ってからは人を育てるようになり、そちらにも興味が湧き楽しくなってきた。

(指導碁なら、saiとして活動しても良いかな?)

自分が指導し続けて上手く行けば、周囲で似た様な打ち方の人物が増えてあかりのカモフラージュもある程度は可能になるかもしれないが。

(これについては、慎重に考えよう)

プロ棋士として順調にスタートしたあかりの足枷にはなりたくない。

 

子どもたちの帰宅後は2人の時間だ。ヒカルは篠笛を習い、志水は囲碁を習う。志水はヒカルに敢えて何も聞かなかった。プロか院生なのではと疑ったが、もしそうであればこんな場所へ来る時間などないだろう。何か事情があるに違いない、望まれた時に話を聞こうと考えていた。ヒカルはその気遣いを感じており、それが有難かった。

 

学生には自由時間が多い為、ここへ来ない日も河原や公園で篠笛の練習を続けていた。打ち指という独特な奏法が気に入っている。

「曲が様になってきたね。今度、何かの行事に出てみるかい?」

「良いの?」

「勿論だよ。そこに貼っているように、隣の神社で祭りがあるけどどうかな?」

志水はポスターを指差して誘った。

「折角だから出てみようかな」

「人に聴いてもらうというのも、上達には大事な事だからね。ヒカルくんはメロディを、私はハーモニーを担当にしよう。途中で失敗しても止まっても大丈夫。対応するよ」

こうして篠笛奏者としての初舞台が決定した。

 

少し肌寒くなってきた頃に本番を迎えた。ヒカルは用意された衣装を広げて着ていた。黒の着物に青磁色の羽織。着物を着始めた頃は窮屈だったが、今ではとても気に入っている。背筋がスッと伸びて気が引き締まるような気がするのだ。

「おや、自分で着られたのかい」

未来の塔矢アキラに習ったなどとは言えない。

「まあね。変なところはない?」

「うん、よく似合っている」

「へへ、ありがとう。立派すぎる衣装まで用意してくれて」

「ヒカルくんの初舞台だからね」

 

涼しくなってきた夜は地域の人々で賑わっている。参道の両脇に並んだ屋台や提灯の明かりが綺麗だ。あかりは和谷たちと見に来るらしい。

「志水先生、お久しぶりです」

「久しぶりに先生の演奏が聴けるのを楽しみにしています」

「ああ、いつもありがとうございます」

会場に入りあかりを探していると、目の前にはすぐにちょっとした人だかりが出来た。

「志水先生?」

「君、知らないで一緒にいたのかい」

志水はプロの篠笛奏者らしい。現在は表舞台から引退し、篠笛の製作と販売をしているとの事。

「ええ、志水さんってスゴい人だったの?もっと早く言ってよ」

「知らないでいてくれたからこそ良かったんですよ。分かっていたら、あの店に入り辛いでしょう。今日は私の弟子の初舞台ですので、よろしくお願いします」

「まあ、可愛いじゃない。楽しみにしているわ」

和やかに談笑が終わり安心したのも束の間。目の前にはもっと信じられない人物がいた。

(塔矢先生!?)

こちらを見て真っ直ぐ向かってくる。

 

「健三さん、お久しぶりです」

「ああ、行洋くん。忙しかっただろうに来てくれたのかい。今日はこの子の初舞台だよ」

きっとこの人が碁盤の送り主だろう。

(大丈夫。志水さんは約束を破るような人じゃない)

努めて平静を装う。

「ああ、君が例の子か。初めまして。私の名は塔矢行洋」

「初めまして。オレの名前は進藤ヒカル」

行洋に握手を求められてうっかりその手を握ってしまった。不味いと思った時にはもう手遅れだった。

 

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