仕事人間のジャーファルさんが、何やら趣味の仕事に集中出来ていないようです。▼ホワイトデーにて、シンジャのお話

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ホワイトデーは眠れない。

今日は、なにやら王宮中が騒がしい。

廊下を歩きながら、はて、と首を傾げる。何か行事でもあっただろうか。そういえば一ヶ月ほど前にもこんなことがあったような……。

立ち止まって考えていると、聞きなれた声が耳に入ってきた。

「えぇ!?まさか、それで渡さなかったの!?」

「仕方ないだろ、タイミング逃しちまったんだからよ……」

「そういうのはさりげなーく渡すもんでしょ?タイミングなんて気にしてる場合じゃないよ!ほら、もう一回チャレンジしてきなよー」

「無理無理!無理だって!!」

振り返れば、シャルルカンとピスティが揉めていた。

ひとつため息をつき、面倒だと思いながらも注意をしようと二人に歩み寄る。

「何を騒いでいるんですか」

「ジャーファルさん!聞いて聞いて、シャルルカンが意気地無しで……」

「おいピスティ、やめろって!」

ピスティが何か言いかけたところで、シャルルカンがそれを止める。一体何を焦っているのか、そもそも何の話をしていたのか。

そんな私の疑問に答えるかのように、ピスティはなおも喋り続ける。

「シャルルカンがヤムにプレゼントを渡せなかったんだよ。ほら、今日って、一ヶ月前のお返しをする日でしょ?だからせっかく準備したのに、この有様なの」

「ああああ!!ちがうんですジャーファルさん、これには訳があって……!!」

やれやれと首を降るピスティと、顔を赤くして喚き立てるシャルルカン。そんな二人のやり取りは、もう頭に入ってこなかった。ピスティの言葉を聞いて、あることを思い出したからだ。

このところ仕事が忙しくて、すっかり忘れていた。今からちょうど一ヶ月前、私はあの日……

 

 

「お疲れさまです、シン」

そう言って、小さな箱を渡す。

するとシンは不思議そうに受け取り、私の顔とそれを交互に見やる。

「急にどうした?まさか開けたら爆発する、とかじゃないだろうな」

「何言ってるんですか……」子供じゃあるまいし、と呆れてみせ「今日は大切な人にプレゼントを渡して、日頃の感謝を伝える日なんだそうですよ」

「そうか、それは知らなかったな」

「知らなかったって、あなた、あんなに沢山貰っているじゃないですか」

「ああ、これか。やけに多いと思っていたんだ」

納得するシンの横には、大量のプレゼントが山積みになっている。王という立場だけあって、日頃から感謝されているということだ。

ヤムライハやピスティが話していたのを聞いて私も大切な人に渡そうと思ったのだが、こんなに貰っているんだから、やはり迷惑だろうか。そんな遅すぎる心配をしていると、ふいに、優しく頭を撫でられた。

「な……、いきなり何を……」

驚く私のことなど気にも留めず、シンはそれを続ける。

「まあでも、お前に貰ったことがいちばん嬉しいな。俺はお前にとって“大切な人”ってことになるんだろ?」

「……そうですね」

改めて言われるとなんだか気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうに答えてしまう。にこにこと微笑むシンを直視できなくて、先ほどからうつむいたままだ。

私はこの人のこういうところが少し苦手であり、同時に好きでもあった。

 

 

結局その日は、いちばん大切なことが伝えられないまま夜が更けていった。

今更こうやって思い出していること、伝えられなかったことを後悔しても遅いのはわかっている。が、どうしても今夜あの人に会って、大切なことを言わなければならないような気がした。

目の前の二人に「あまり騒がないように」と釘をさし、仕事に戻る。

書類の整理をしていても、部下に指示を出していても、いつもより集中できなかった。普段ならあっという間に過ぎているはず時間すらも、とても長く感じた。

ようやく仕事を終えて部屋を出ると、私は、自分の目に飛び込んできたある光景に、やはりそう来たかと頭を抱えた。

「はい、これはお返しだよ」

「きゃー!!シンドバッド様ぁー!!!」

きらきらとした笑顔を振りまくシンの周りには、辺りに響く黄色い悲鳴の発生源が、ありえないほど群がっている。ある程度の予想はしていたが、まさかこれほどまでとは。

今シンに近づくのほ危険だと察し、回れ右をしてドアに手をかける。

と、その瞬間、後方から私を呼ぶ声がした。

「おーい、ジャーファル!話があるから、あとで俺の部屋へ来てくれ!」

この馬鹿……。こんな状態で言わなくてもいいことをわざわざ大声で言うことが、どれだけ無駄でどれだけ目立つか。それに、変な噂が立ってしまうかもしれない。そのことをわかっていながらこういった行動をとったのか、それとも本当の馬鹿なのか。今の私には、そんなことどうでもよかった。

「王様が政務官殿を自室へお呼びに!?」「お二人って、そういう関係だったのかしら?」「やだ、私の方がドキドキしてきちゃった!」

これはもう手遅れ以外の何物でもない。

向けられた視線から逃げるように部屋へ戻り、怒りと恥ずかしさで震えた手で乱暴にドアを閉める。しばらくの間は外に出られそうにないな。そう思うと、なんだか頭が痛くなってきた。

 

ドアの向こうが静かになった頃を見計らって、素早く外に出る。幸い、シンの部屋へ向かう途中は誰ともすれ違わなかった。

「失礼します」

ドアをノックし、返事を待たずに中へ入る。

「やっと来たか、ジャーファル」待ってたぞ、と言うや否や私の顔を覗き込み「なんだ、さっきのことで怒ってるのか」

「怒ってはいません。ただ今後、あの状況でのああいった行動は謹んで頂きたいと思っているだけです」

「やっぱり怒ってるじゃないか、かわいいな」

にやりと笑いながら、シンが言う。本気なのか冗談なのかわからなくて、なんと答えたらいいのかもわからなかった私は、無理矢理本題に移ろうとする。

「それで、話というのは」

「ああ、お前にこれを渡したかったんだ」

言いながらシンが差し出したそれは、私が一ヶ月前に渡した物と似たような小箱だった。

「これを、私に……?」

冗談だ、と思った。これは何かの冗談に違いない、と。

「何を驚いているんだ?」

「だって、これは…………」

そう、これは。私の目線の先にある、私がシンへのプレゼントにもつけた、このリボンは。

「自分にとっていちばん大切な人への贈り物には、この赤いリボンをつけるそうだな」シンは私と同じところを見つめて「お前からプレゼントを貰った次の日、ピスティに教えてもらったんだ。正直驚いたし、嬉しかった。だから俺も、気持ちを伝えてみることにした」

信じられない。今の状況を、私に向けられた言葉を。この気持ちは、一方的なものだと思っていたから。

手元から目線を外したシンは私の方を見ながら、

「ずっと前から好きだったんだ、ジャーファル。俺の中でいちばん大切なのはお前だ」

「か、からかわないでください!あなたは一国の王なんですよ、それなのに私なんかを……」

その先の言葉が続かなかったのは、唇を塞がれていたからだと気づいた頃には、当然ながら手遅れだった。

「これでもまだ、俺がお前をからかっているように見えるか?」

先ほどと同様、にやりと笑うシン。

数秒間の口付けから解放された私は、驚きと羞恥で紅く染まっているであろうこの顔を見られたくなくて、後ろを向く。

まだ、自分の口から言っていないことがあった。ずっと心の中に隠していたこと。

「私も……あなたに伝えなければならないことがあります」

返事はない。半開きになった窓から入ってくる風の音だけが、やけに響いていた。ひとつ深呼吸をして、うるさい鼓動を鎮めようとする。会話の相手には背を向けたままだ。

「もう随分前から、あなたと共に時を過ごすことが、私のいちばんの楽しみでした。あなたには幸せでいてほしかったし、あなたの為なら何だってできた。あなたに好かれたかった。あなたのことが、好きでした」

「うん、知ってた」

「……は?」

シンの口から予想外の言葉が発せられ、思わず振り向く。

そこには、今まで以上に意地の悪いにやにや顔があった。シンは腕を組みうんうんと頷きつつ、どこか嬉しそうにぺらぺらと喋り出す。

「知ってたよ、ずっと気づいてた。だってお前わかりやすいもん。いやあ、見てて面白かったっていうか、かわいかったな。いつも笑いを堪えるのに必死だったんだぞ」

「あなたって人は……!」

「まあまあ、そう怒るなって」

「これが怒らずにいられるか!」

つまり、私はこいつの手のひらで転がされていたということか。

そんな心の内を知ってか知らずか、シンがなだめるように私の頭を撫でる。

「でも、決して遊びという訳ではない。俺は本気だ。シンドリアの王だとかその部下だとかは関係なく、お前が好きなんだよ」

そして、そのまま抱きしめられた。私の反論の余地もなく。

あなたは無茶苦茶だ。そう言おうとしたが、不思議とこれ以上怒るのも馬鹿らしくなってきた。この人に優しく抱きしめられていると、なんだか心地が良くて、この上ない幸福感で胸が満たされる。

無意識にシンの背中に腕を回し、抱きしめ合う形になる。

ああ、今夜は眠れそうにないな。そんな思考が頭をよぎり、それがあながち間違いではなかったことを、これから少し後の私は知ることになる。


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