星いざないの詩   作:麻戸産チェーザレぬこ

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きよら――形容動詞ナリの名、『ら』は接尾語。『きよら』は『きよげ』とともに清浄な美しさの意があるが、さらにその美しさに光り輝く気品を加え最高の美しさを表す。『きよら』は本体そのものがにおい立つ美しさを表す。又、選ばれた者にだけ用いられる『きよら』。




三ノ輪銀
「ただいま」「おかえり」の言葉は心とともに在り、魂と重なっているのだとわたしは思う


二、 枯れた花こそきよらなり

 

 

 

 一発目は何が起こっているのかわからないため受けてしまう。傷口が、開く。二発目を、意外と最初のパンチが効いていたためかわすことが出来なかった。

 

 おいおい、銀ちゃんこんなに元気なやつだったのかよ。バーテックス、助けに入らなくてよかったんじゃね?

 

 それでも痛いのは最初の方まででありそれからは碓氷ホロケウの胸に顔を埋め、泣き声を噛み殺す。男のほうは流れる血を拭きとりあえず身体だけでも冷えないよう上着を被せたけれども、ほろわれてしまう。

 わななく少女を見つめる。

 

「ごめん、っ。ほっ……、ぃッく、けう…………ごめんね」

 

 考えるまでも無い。

 行くぞ、銀ちゃんよ――返答を聞かずにこの男は人形のような少女の手を握った。ともに一歩を踏み出したしかし、少女は俯いたまま。

 ホロケウは背中に彼女をおんぶしながら、彼の家がある市までやって来た。又、ホロケウは青い精霊をラマッタクイカヨプにオーバーソウルさせていた。

 歩いている途中に欠伸をすれば空を見上げるようなかたちになったので、頭とおでこがこつんとなった。

 

「あ~、なぁ、月おおきいぞ」

 

 ホロホロの背中の上で黙りこくっている銀と云う少女に語りかけるも一向にヘンジをしない。ずっとこの調子である。

 やれ困ったなとホロホロは内心つぶやく。

 そしてもう一度なにか言ってみることにした。

 

「もう少しで着く」

 

 背中のお姫様は家の塀に視線を凍結させているようでどこ吹く風。

 やっと、しばらく歩いてやっと、少女が口開(くちひら)く。

 

「つかれた」

 

 口にし、絡めている腕の力を失くした。

 逆にホロホロは腕の位置を改める。背中におぶさる女の子が固いアスファルトへ(したた)かに打ちつけずに済み、さるはおんぶされたままであることに疑問をもつ。

 ――ん……? と聞こえたのだろうかホロホロが銀をみやり、そして、正面に向きなおる。

 するとホロホロが何かを発見。

 

「自販機ハッケンっ! なんでもいいぞ」

「水ならなんでも」

「そーかい」

「……ホロケウ、怒ってない?」

 

 その次にマヌケたような言葉が発せられる。釣られてしまい少女の口が半開きになった。

 再度、ホロケウが話す。

 

「ほい、水。アレは気にしちゃない。…………、むしろ俺にあたってくれて善かった。明日もってかもう今日の朝だけど、銀ちゃんに付き合う。ってゆうよりさせてくれ」

「――じゃぁさ。ホロケウじゃないんだよね。あたしの………………、あた、し、あた――」

「よせよ、泣くなら。とりあえず今、休むのがだるくなるまで休め。ぶれた心のままじゃイイもん食っても、気持ち悪い」

 

 ホロケウみてる。目、放してくれない。……私とちがって、すがすがしいよ

 

 …………。

 耳がちょっとあかくなり、ぷいっと少女が目をそらす。

 

 

 

 

「ッフ、着いた」

 

 ホロホロの足はガタガタだった。

 ドアノブを回してみたが

 

「開かない、ふ、フザケんなよ」

「鍵かけてたことも忘れてた? あほくさ」

「……――ッフ」

 

 彼は白くなった。

 すると誰も手をかけていないはずなのに勝手に動く。二人がごくりと唾をのんで、ホロホロにまわしている腕が絞まってゆく。シワが現れた。

 ドアが開かれた。

 ホロホロは驚き、抱かさっている方は感心しため息をつく。

 

 ホロケウの妹、さん? 全然似てないっ

 

 ホロホロが震えながら指さした、その対象者は白銀の長い髪に躑躅の瞳、日焼けを知らぬ顔で十にも満たないだろう幼い女の子がにこり、ほほえむ。

 柔和な幼女は腰巻きの一部分をグリーンを基調とし、幻想動物を模すメリーゴーランドがあしらわれたゴシックロリィタのジャンパースカート、隠せない肌を白の袖長のワンピースで覆う。そして、可愛いらしいうさぎさんスリッパを履く。

 白銀の少女がゆっくりと前へ出た。

 

「酷い」

 

 眉間にうっすらシワを寄せ、聞く者には泣いていると思わせる声。

 ぺたぺた、おぶさる彼女の頬をさわる。

 

「お風呂沸いていますので浸かりませんか? 熱いですよ」

「言ってるぞお」

「いいのホロケウ、……じゃあいただく」

 

 ホロホロは降ろし目の前の子に預ける。

 そして少女二人はお風呂場へ向かっていく。途中、白銀の少女がホロホロを向いたのだがホロホロは居間に向かっていたので気づかない。

 小さく頭を横に振って、ホロホロが連れてきた彼女についていく。

 

 

 ホロホロはソファにどかっと座った。しかし、顔は青ざめている。

 頭が蝕まれてゆくような痛みに襲われているのだ。銀とぶつかり、自身も腹が減っているが銀に食べ物を与え、銀に殴られ、痛みと空腹に襲われていても銀をここまでおんぶして……

 〝三ノ輪銀が死んでいる〟

 

「ハオの野郎の使命より、こっちをなんとかしねぇとな」

 

 口にした途端、脳裏に浮かんだ。あの〝ユルく〟〝なんとかなる〟が擬人化したあの人間を。

 

「オレよりアイツがいいだろうに」

 

 次いで気だるげに、彼お手製の儀礼用具――銀に使った――を取り出しすぐそこに置かれた机にそれを置く。

 青い精霊がでこにのってくつろぎ始める。

 横になっていればうとうとと僅かながらも気持ちよく成ってくる。船をこぐなか時計が目に入ってきた。

 そのためさらに、頭を悩まさせてしまった。顔がげっそり痩せる。

 この、多種多様なる観葉植物に見守られ、棚もテーブルも木製で、木々特有のやわらかさに包まれた安らぎの居間に、鍵穴の無い服装の側に、感情を読み取ることが不可能極まりない『鉄の処女』が鎮座する。

 乙女が、看病をしている。

 

 ――…………っォ……。

 

 

 

 

 

 この家の風呂場は結構な広さである。そもそも、この家自体がおおきく周りに何もない場所に建っていた。

 人二人が住むには無駄でありかつ多少の不気味さを呼び起こすだろう家ではあるのだが、実際に敷居をまたげば無駄や不気味さは感ぜられず、この家と云う空間にどうしてだろうか、寛大さを、覚えてしまう。受動ではなく能動であり。

 不思議と感ぜられるのだ。

 なにもかもうけとめてくれるようなそんな感覚が。

 

 家族(みんな)いなくなった、からか……。

 

 確かに思い出があった。そう確かに一緒に過ごしたのだった、いや違う。今もわたしの近くにいるんだ。これからもずうっと一緒にい、笑いあっていく。

 そして少女は言い聞かせた。こんなのは孤独でもないし、もし孤独であったとしても誰がこのグチャグチャをなんとかしてくれるのだろうか。

 俯く少女を幼い子供は憐れんでいるかの如くじっと隣にいた。

 白銀の女の子が自分より年上の女子を引いてドアを静かに開く。湯気が出迎えると後ろの子が目を大きく見開き、前に立つ子は見やりまたやわらかに微笑む。

 湯気をまんべんなく浴びた理由からかシルバーグレイの髪をした少女のしんたいが火照った。

 躑躅色な瞳の子が彼女の左手を祈るようににぎり一緒に入りましょうと声をかける。

 

「あのぉ、髪洗ってもいいですか」

「ん? あたしの?」

 

 満面な笑みでうなずいた。

 弟も大きくなったら、この白銀の少女のように可愛らしく笑うのだろう。一番目はあまり見込みがなさそうだが、まぁ、そうゆうのはいいことだな、と彼女はにこりとなった。

 

「いい、一人でするから」

 

 ぺいッ、と白銀の少女は外に追い出されてしまった。

 

「なにやってるんだろ」

 

 浴室の、鏡に映る自分を見る。崩れた自分、そして独り。家族は消え、〝三ノ輪銀〟も既にいなくなってしまった。《三ノ輪銀》は存在するらしいが。

 傷ついてしまった唯一無二の友達を、かけがえの無い弟たちを家族を、そして神樹館のみんなに神樹様を護るためにバーテックスを追い返そうと立ち向かった時は、恐怖なぞ覚えなかった。

 でも〝今のわたし〟は違う。〝家族〟も〝わたし〟も消滅しこれから〝   〟は誰に悩みを打ち明ければよいのかわからなくなった。

 孤独が〝わたし〟を引きずり込もうとし〝   〟は怯え、〝   〟すらも消えてゆくのではないかと。

 ねぇ誰かそばにいてっ――!!

 浴室の中は暖かいというのにシルバーグレイな少女は震える体を抱え、しゃがむ。

 動悸ははやくなるいっぽう、在りし日を思うには着衣したまま溺れもがき、沈むより重く、辛うじ繋がっていたお土産のやくそく、ただいまのやくそくは今にもドブに棄てられる。

 ぐらり、ぐらり、足と腰掛けは意味をなさ無くなった。汲まれたお湯は少女の踵にしっかり蹴られた。太腿の裏の傷グチは開かれ時をかけ、広がる。

 両腿、両膝かぶは伸びてい、左脚のふくらはぎからつま先まではタイルの壁に備え付けられた棚にのかっていた。女の子は上を向かないままりょうてを伸ばした。無機質な、シャワー栓だった。そして、たくさんの水が流れ出す。

 

「『家に帰るまでが遠足なのよ、銀』……ァは、んぐ ――ッ」

 

 少女の周りの静寂を掻き消す。

 

「家にかえるまでってもう――無いのさぁああ――、ずっと迷子だよ! 独りぼっちで、かえれないなんて、いやだよぉ」

 

 長く、長く、流れ、零れ、こびりつく…………。

 

 

 

 だれが、いったんだっけ…………

 

 

 

「須美だ」

 

 唯一無二の友達の須美が『家に帰るまでが遠足なのよ、銀』と言ったのだ。

 

「園子ぉ!」

 

 唯一無二の友達の園子は『今はひと味違うよ~甘口じゃなくて、ビターな私だよ~』と男な発言をしたのだった。

 

 園子があたしと須美に遅れて、最後にゴールした園子をおもいっきり抱きしめてなでて、そしたら須美もはいってきて、そしてともだちをいっぱい受けとめて……

「ごめんね、わたし、おまえらまで消してた――、みんなも――――あ、いたいよ…………!!!」

 

 ごめんを繰り返す。

 それからは、心を落ち着かせるのに時間がかかった。

 曲げ物でお風呂を汲み、顔に元気よく浴びせた。

 

「すぐにおかえりなさいを、言わす」

 

 薄まった赤色は微塵も残らなかった。

 

 

 髪を乾かし、脱衣場から出ると可愛い幼子が立っていた。

 

「ごめんさっきの。風呂入りたかったよね」

 

 幼子は首を振る。

 

「湯殿、――あ」

「『ゆどの、――あ』?」

「お風呂は先に済ませたので大丈夫ですよ」

「そ、そう」

「名前、まだでしたね。私の名はジャンヌと申します」

「わたしは――……」

「三ノ輪銀さん、ですよね」

 

 ジャンヌはそっと彼女に手を差しだした。

 

「寝室はこちらですよ」

 

 ジャンヌは居間を通り過ぎようとしたが立ち止まった。

 

「眠ってしまいましたか。それにしてもやはり、王はスピリット・オブ・レインを遣わしましたね」

「? どうしたジャンヌ、立ち止まって」

「失礼しました。ホロケウさんがぐっすりとお休みなさっていたので、ほっとしていました。見ていられないほどお身体が酷かったから。ですが――――」

「っ!?」

「私が一緒にいたいと想うのはあなたです」

 

 ジャンヌが抱きついた。

 

「仲良くしあってもいいですか」

「な、仲良してって」

 

 ふわり、いい香りがするジャンヌの抱擁。

 

「ずっと、こうしていても、よろしいですか…………」

「うん」

 

 これ以上、何かを失ってたまるかと決意したようにジャンヌを抱きしめた。

 少女二人は眠りについた。同じベッドで。

 むくり。白銀の、躑躅な瞳の少女が無防備な姿の少女をみつめる、頬には涙の軌跡。眠る子は何かを言っているよう口をうごかしていた。

 ――私はとても悲しい、と頭をやさしくなでながら子守唄を唄う。柔和な、聖母のような、しかし影があるほほえみで祈った。

 

 

 

 

 

 空は東雲。

 

「だあ゛あ~いでぇーー」

 

 ホロホロは二日酔いに似通った気持ち悪さを抱え込んでいた。そんな経験はない。そうなのだ、二日酔いはしなかった。

 

「だったようなっと」

 

 窓を開け、天に届くくらいの大きな伸びをする。

 ホロホロは目を閉じる。すると階段の方から音が聞こえてきた。

 

 バーテックスは人に迷惑をかけるとハオは言った。そして、送り込んだ。丸くなりすぎだろ。

 

 ホロホロを〝この世界〟に飛ばした元は人間だった神様のことである。人間でありながらも人間を忌み嫌い、神に成った暁にはほとんどの人類を滅ぼし、シャーマン達だけの世界を築き上げようと企てて、確かに神に成り人類を滅ぼそうとした。

 またハオが神に成ってから時はあまり経っていない。

 そんなハオが〝この世界〟の人間たちを助けることについて、考える。

 

「ホントーにこれだけか。ハオ」

「碓氷くん、昨日はごめっ――」

「夜から謝ってばっかじゃないかよ銀ちゃん。つらくなれば人当たりがきつくなんのはしょうがねえし、オリャー((オレは))体は車にはねられても吐血するテードだから、心配すんな。あと碓氷なんて他人行儀だろい」

「そっか、そうだよな。ホロケウ」

「それに、立ちなおるってのが結構大切なもんだもんな」

 

 ホロケウはにこやか顔になった。

 少女は目をそらしてしまった。

 

「にしても、早えな。善いことだ」

「トラブル体質の持ち主でさ、よく学校とか特訓とかに遅れるからね」

「そ。んじゃあ飯つくるからぼけっとしといていいぞ」

「それは悪いって、手伝うよ」

「そか、ありがとうなっ」

 

 久々にホロホロは気持ちよくご飯づくりを行えた。包丁がいつもより軽く感じたり、ぐつぐつ煮えたり炒められたりしている食材たちは歌っているようにも思えた。

 ホロホロを手伝うと進んだ子はテーブルを拭き、盛りやすいように食器を並び終え、らんらんとする彼の背中を見ている。

 ホロホロは意識だけを向ける。

 

「腹減ったか銀ちゃん、なら味見してくれ」

 

 湯気がのぼるニンジンを菜箸で運ぶ。

 いただきますと少女は手に取り咀嚼する。飲みこむ。

 

「そっちこそよそよそしい、ええっと――――その、銀、でいい」

「りょーかい銀!!」

 

 今度は目をそらさない。

 

「じゃあ銀『ホロケウ』なんて呼びづれぇだろ、あだ名でいい」

 

 ホロホロは少し明るい表情のまま持ち場に直る。

 調理する音だけが聞こえてくる。

 相変わらずホロホロは楽しそうに料理をしていて面白い男の子だなーと思う。彼女はホロケウに助けられたけれどもあの登場の仕方思いだすと、アホな登場だった。助けに来てくれたのかと安堵したが勇者状態の自身の頭と衝突し、血を流し気を失っていた。頭にきたというよりは園子をみているのと同じように気が抜けてしまった。

 病院の時、満身創痍とは雖も自分に着いてきた。

 ここに来るまでも、自分を背負い気遣ってくれた。

 

 あほくさって愚痴っても降り落とすことなんてしなかったし小言すら言わなかった……。サイテーだな

 

「んでどーよっ」

「まって」

 

 ボロボロのまま私を助け続けてくれた男の子、か――…………

 

 そして今はピンピンしながら朝ごはんをつくっている。

 

「――ははっ!」

 

 ホロホロはアホな顔しつつ首を傾げる。

 

「っっく、ぷ! はっはっははは――ご、ちょごめん、おっほっ、ごほっ――――あだなさあ」

 

 ホロ坊とか、どうよっ!!

 

 笑顔で、気持ちよく言う。

 

「『ホロ坊とか、どうよっ!!』」

 

 ホロ坊は銀の発言を復唱する。

 二人は合わせた。

 

 ――ホロ坊とか、どうよっ!!――

 

「ああ! そりゃあ確かに笑えるわっ――ホロ坊かーうん、ちと幼いがホロ坊かあ、おっけーおっけ」

「まじ、か……よ!?」

 

 ――ん? と屈託のない目で彼女に問いかけてくる。

 

 あーうん、こりゃホロ坊だわ~

 

 少し罪悪感を感じてしまう。

 

「なぁ~ぎん、味見まだったよな?」

「いい味だがしょっぱみが足らんな、うん」

 

 棒読みで返そうと思ったが、可愛そうになりやめたのである。

 三人は朝食を食べ、身支度を終えて家を出た。早々にもジャンヌが二人と別れたが彼女には彼女なりの用事があるらしい。

 

「あっちーなあおい」

「そりゃー、毎日うどん食べないからだぁ、あとうどん食べなかったら死ぬから」

「――はっ、なんだそりゃ。バカじゃね?」

「ホロ坊! 言ってもいいことと悪いことがあるぞ!!」

「なっなんだよ! 俺バカにしてねえよ!? お前がアホなこと言――」

「そ こ に な お れ! お し お き だっ!!」

「ツバっ――! そして急っ!?」

「そうだよ君っ! うどんは美味しいんだよっ」

 

 漫才をする両者の間に紅い髪の少女が割り込んだ。

 

「新しく引っ越して来た人におすそ分けしようと思ったのにっ!!」

 

 またう、どんかよ……

 

 ホロホロはまた肩を落とす。この()以外にもホロホロに対してうどんを持ってきた近隣の方たちがいたのだった。

 心の中で首を横に振る。

 

「好きだぜ、うどん!」

「本当に!」

「――、ほ、本当だとも、ハハハ」

 

 むぅっ!! と紅い少女はホロホロを睨む。どちらかが背中を軽く押されたらそのまま口吸いするだろう間隔。春の香りがホロケウを包み込む。

 ひとり頷き、近所のお子さんは顔を緩めて引き下がる。

 

「はい、傷まないうちに食べてね。こほん、私、結城友奈! 貴方たちのお名前は」

「私は、その、みのわぁ……ぎん、三ノ輪銀だ。引っ越して来たのは私じゃないけど」

「碓氷ホロケウ」

「ほろ、けう? くん」

「呼びづれ―だろ。あだ――」

「呼びづらくないよ。むしろかっこいいなぁ、まるで孤高の狼みたい。だからこれからは〝ほろけうくん〟でいい?」

「ああ」

 

 銀と名乗った少女はホロホロの歯切れの悪さを見逃さない。

 

「三ノ輪さんはどこの人」

「イネスんとこ」

「へ~いいな~毎日イネスに行けるよね? わたしもイネスの近くに生まれたかった」

「ぬ! お互い時間あったらイネスで遊ばない? 結城さん」

「うん、じゃあこれ家の電話番号」

 

 友奈は腕時計を見た。

 

「稽古の時間だっ! また今度ゆっくり!」

 

 友奈は去ってゆく。

 

 

 電車を使い、二人は〝銀〟の故郷に着いた。

 駅のホームから出た。出てきたのはホロホロだけ。振り返れば、たたずむ少女。

 ホロケウは目をつむる。あのような顔を見たくない。濁った薄氷の(おもて)はどしゃ降りの跡。

 ホロケウはガラス越しに空を見上げ、そこから視線を下げ辺りを見渡す。遠くの山に霧のカーテンが垂れ下がっている。駅内に明日の天気が伝えられた。猛烈な雨らしい。

 ――ひっで、こりゃあと漏らす。咳払いをし、少女の瞳をまっすぐ見つめた。

 

「待合室のほうクーラー利いてるだろうからそっちに行こっか」

 

 少女の握られたコブシをホロケウは包みこみともに歩む。彼の手に血が着くけれど、拭うなんてことは後にも先にもしなかった。

 

 まだ早い、のか

 

 三十分くらい座っていただろうか。腰が疲れたホロホロが席を立とうとしたら左腕の裾を掴まれる。どことなく少女の呼吸は整っていない。

 彼は赤の他人(たにん)。親切で見知らぬ他人(ひと)に過ぎないから言葉で伝える選択肢がはじめから無く、遠回しな行為すらも出来無い。

 それでも、だ。

 堕ちゆく少女はそれでも、なんとか行動を起こしている。ここに来たことがその証明。

 ならば少女()の使い捨ての杖となるしかない。ホロケウと云う杖は少女をたぶらかせてはならず、少女を導くのは二人の友達。

 待合室にご婦人方が入ってきた。

 

「大岡さんの(みつる)くん昨日の遠足熱で行けなかったらしいねー」

「かわいそうに」

「あと絵画の題材が遠足のーー、なんだっけ」

「本人はともだちを描きたかったらしいよ」

 

 もし少女がそこまでの、ただの勇者でただの人間の女の子だったならここに来ることも、()(とき)、立ち上がるなぞ出来無かっただろう。否、無い。

 ホロケウは視界の端で、少女の頭が横へと動いた、ようにみえた。ゆっくりではあるけれどもしかっりとした強さが確かにあった。

 まだ、終わっていない。なぜなら、――――ひとりぼっちだけれども歩ける足があり、掴み、放り出さない手があり、闇をも見渡せる瞳があり、微笑ましい表情、声があり、ごめんなさいを言えるおもいびとが誰一人消えたというわけでは無く、ただいまを待ちつづける人がいる。そして確かに、わたしは、三ノ輪銀は生きているのだ。又、帰る処は一つじゃないんだ。

 銀の、絹を思わす髪が揺れた。

 母親達の会話を聞いていたホロホロが銀に漏らす。

 

「遠足に、修学旅行とか行ったことねーな。やっぱ面白いか?」

「――うん。うん! すきだ、いこう…………っ! だっておみやげを、おみやげを持って帰ってくるって、えんそくしんぶん書くって――――――やくそくしたんだ」

 

 銀がホロホロを外へ連れ出した。

 

「くよくよはあたしにゃぁ似合わん! わんぱくな夏のぎんぎら太陽がわたしなんだッ! 知らなかったっしょっ」

 

 にっしっし、笑う。

 改めて二人が歩きだした途端!

 

 

 

 

   わたしたちのともだちをかぁああえせえッッっ!!!!!

 

 

 

 

「ボロっ――ボロッッ!?」

 

 ホロホロの喉元に痛烈なラリアット! 下腹部で玉砕する音が二回!!

 

「――……すみっ! そのこ……!」

 

 ぎみのんさんーーーーーー!!!

 

 園子、須美、銀は抱き合った。

 

「なんで、……どうしてっ勝手にいなくなるの~~!!」

「ぎんっ!! わたしたちをたよってよ!?」

「ごめん、……ごっめ、ん。ちがうんだあ! に、とおッさんも、かあさんしん、じゃたからッッ、そのこに、すみも消えちゃったって――! っ、そうかって、にねっ――いないって、おもて――――、ねぇ……わたしだよね!? わたし、三ノ輪銀っていう…………ともだち!!!! だよねっっ!?」

「ぎんは三ノ輪銀よ!」

「そうだよっ、みのさんは三ノ輪銀」

 

 わたしたちの、だいすきなぁっ! ――ともだち!!

 

「わたし、もっ――だ、いす…………き! だっ!!!」

 

 須美、園子、銀は泣きつづけた。三人は三人を抱きよせた。もう二度と誰も失わないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのですか? 最期まで見守らなくて」

「善いにきまてっる……っ銀に必要なのはあの子らだ。それ、にノドもたまもヤベェっ。あと、どこ行ってた」

「大赦」

「たいしゃ? それってなんだよ」

「あの子たち勇者を生み出し、この世界の守り神『神樹』を祀る者たち。そしてこの国の最高機関」

「そこに行けば、銀の家族を助け出せるのか?」

「少なくとも手掛かりはつかめるかと」

「なんも無いよりはマシっては、やっぱぁー、うん、ナラン。大赦がダメなら神樹はどうだ? その神サマは大赦のどこにいる?」

「大赦本部に乗り込まないと分かりません」

 

 白銀の少女は俯いた。

 

「すみません。神樹が一体どこにいるのかも分かりません」

 

 鼻で笑い、ホロホロは白銀の少女に案内してもらいながら目指した。

 着いた時にはもう、日は西の山に隠れつつあった。東の空はうっすら藍色となり星が幾つか煌いている。

 今いる処は大赦の抜け口と云う、大赦の人間しか知らない処にいる。一般家庭サイズで大きくはない、とうてい門とは思えない門の前。

 ホロホロは深く息をつく。

 

「でーだ、おまえ誰だよ?」

 

 そこにいるのはホロホロとジャンヌだけ。

 静寂ののち静かに開かれる。暗闇に浮かぶ、仮面。

 

 

 

 

 

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