「祝!劇場版総集編公開&おいでませアニメ2期放送決定記念SS」

という態でお送りするオーバーロード二次創作SS集。


◆『メイドインデイドリーム』:主人と統括の××シーンを目の当たりにした一般メイドがバグッてハニー。
◆◆『誰でも簡単、楽々SOUJI術』:ツアレ、がんばる。
◆◆◆『女教師、麗しの鉄拳』:ユリ・アルファVSゼンベル・ググーのガ○ンコファイトクラブ。

の、3本立てでお楽しみ下さい。

※劇場版前編入場特典小説ネタを多分に含みます。ネタバレ御容赦。

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「祝!劇場版総集編公開&おいでませアニメ2期放送決定記念SS」

◆『メイドインデイドリーム』

 

 

 

「――こら!」

 

耳元で誰かの声がする。

 

「こら!本当にこら!」

 

何度も煩わしい。

 

「ちょっとあなた!聞いてるんですか?」

 

ゆさゆさと身体を揺すられ、そこでようやく我に返る。

 

薄らぼやけていた視界が定まり、

口と口が触れ合わんばかりの距離に、先の声の主の顔が形作られていく。

余りの近さに反射的に仰け反り、その拍子に背後の壁に、したたか後頭部を打ちつけてしまう。

ゴツンという鈍い音と共に、ガチン、と頭の中で何かが切り替わったような・・・

 

「だ・・・大丈夫?すごい音がしたけど・・・」

「う、うん。平気・・・」

「でも顔が真っ赤ですよ?打ち所が悪かったのでしょうか?痛みますか?ここ?・・・この辺り?」

 

しゃがみ込み、抱きすくめるように腕を回すと、頭の後ろの痛打した辺りをそっと触れ、

そのまま労わるように優しく擦ってくれる。

 

「仕事中に呆けるなんて、何か心配事ですか?もし、悩みがあるならお姉さんが相談に乗りますよ?」

 

 

――自らを"お姉さん"と呼称する、一般メイドの中でも一風変わった彼女。

 

メイド長という肩書きを与えられているペストーニャ・S・ワンコを除き、

一般メイドの間に序列差はないが、生み出された順序による年齢差というものは微妙にある。

"年"齢というほどではない誤差に等しいものだが。

 

戦闘メイド達などがいい例だろう。

彼女達はユリ・アルファを長姉に、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマと続き、末の妹を合わせて7名で構成される。

戦闘メイドとしての格は同じでも、生み出された順序に伴う姉妹関係は彼女達自身の中に厳然と存在するのは、

普段の互いの接し方からも一目瞭然だ。戦闘メイド達は一貫してユリ・アルファを長姉として慕っているし、

ユリ自身も姉として恥ずかしくない振る舞いを常に心掛け、そして実践している。

 

では、一般メイドはどうか。

一般メイドは大きく3つのグループに分かれる。

 

これは、彼女達の創造主である三柱――"ホワイトブリム"、"ヘロヘロ"そして"ク・ドゥ・グラース"に因んだものだ。

グループ間に対立や蟠りがあるわけではないが、食事時などはやはりそれぞれのグループ同士で好んで輪を作る傾向にある。

そして、ある意味で姉妹といってもいいグループ内には、同様に年長者に対しての分別が存在する。

 

そんな一般メイドの中で、最も早くに創造されたのが彼女だ。

その後生み出されることになる一般メイドの雛形ともいえる存在で、彼女自身もそんな自分に誇りを持っていた。

彼女からすれば、ペストーニャを除く全ての一般メイドは、グループの隔てなく愛しい妹達。

故にいつだって彼女たちの手本となるよう、年長者然と振舞って来た。

 

自らをして"お姉さん"と称し、一般メイド同士の遣り取りにおいても、

どこか面倒見の良い、しっかり者のお姉さん的態度に徹するのも、その表われだ。

 

但し、これは彼女の、謂わば個人的な決め事に過ぎず、特に創造主によって設定されたものではない。

他の一般メイド達からすれば、微笑ましい子程度の認識なのだが。

 

ともあれ、そんな彼女にとっては可愛い妹の一人が、何やら心ここにあらずで上の空。

見かねて声を掛けたつもりが、必要以上に驚かせてしまったらしい。

慌てて助け起こそうと近寄ったものの、どうにも様子がおかしい。

何だか妙に緊張しているというか、挙動不審というか・・・

 

 

(・・・近い)

 

 

後退ろうにも背後は壁。せめてと膝を抱えるような姿勢で全身を縮ませる。

そうしたのは、これ以上接近されれば、人肌の温もりに当てられてしまったら、

理性を保てなくなる予感があったから。

 

心配げに覗き込んでくる同僚に対して抱いていい感情ではない。

自分は元よりのこと、彼女にだって"その趣味"はないだろうことも承知している。

それでも、どうしても先日目の当たりにした、あの光景が、フラッシュバックして平静ではいられない。

 

そんな自分の内面の葛藤など知る由も無い、ズキズキと痛む頭を撫で擦ってくれる彼女の、

ほんのりと赤みのさした健康そうな唇に、吸い寄せられるように釘付けになる。

今日の朝食のメニューにあった、フレンチトーストの甘い香りが微かに漂う。

互いの体温さえ感じられる距離にまで詰められ、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

我知らず呼吸が荒くなり、熱に浮かされたように瞳は蕩け、全身は汗ばみ、顔の火照りが止まらない。

 

本当に、自分はどうしてしまったのだろう?

 

いや、思えばずっとおかしかったのだ。

ここ数日、仕事も何も手に付かない日々が続いていた。

 

離れないのだ。

 

ナザリック地下大墳墓の絶対支配者にして、魔導国国家元首アインズ・ウール・ゴウンと、その宰相たる守護者統括アルベドの××シーン。

 

あの光景が。

 

もうずっと、

 

脳裏に焼き付いたまま。

 

 

直後に当のアインズ本人から他言無用を厳命されたものの、

それは、彼女一人の身の内にしまっておくには余りにも甘美で、余りにも扇情的で、

同時に、それは彼女自身の中の、ある感情を芽生えさせるには十分な程に衝撃的でもあったのだ。

 

主人と従者ではなく、男と女のそれを目の当たりにしたことが引き金となって、

これまで決して意識することのなかったその部分に、仄かに灯った熱。

その熱に、あれからずっと苛まれ、いよいよ身を焦がすほどに全身に燻り広がっていた。

 

せめて何らかの形で吐き出せれば解消もできたろう。

しかし相部屋であり、仕事中一人きりになる機会も、こういう時に限ってなかなか見つからないもの。

もどかしさは晴れぬまま、いっそ仕事に埋没してしまえば忘れられるかと期待したが、焼け石に水。

 

最早、決壊寸前のダム同然の、ギリギリで堰き止めていたものが、

呆け気味のところに頭を痛打したのが災いしたのか、

自分で自分が分からないような混乱状態に陥りつつあった。

 

 

「あら、アナタ。熱があるんじゃない?」

 

 

額に手が当てられ、そんな刺激にすらビクンと身体が跳ねる。

彼女の手から伝わってくるひんやりとした感触の心地良さ。

その心地良さと、続く彼女の一言が最後のピース。

 

 

「風邪かしら?――まさかっ!この世界特有の伝染病!?」

 

 

――それは、主人が最も恐れ、警戒した懸案事項。

 

魔導国建国後、首都たるエ・ランテルに新たに居を構える主人に、一般メイド達も当然付き従うつもりでいた。

その為に、メイド長が謹慎で不在の中、ナザリック地下大墳墓のそれと併せたローテーションの見直しなど、

執事であるセバスを中心に、一般メイド達同士でも意見を出し合って新たなシフトを作成。

 

外の世界、未知なる世界に対する恐怖はあるが、それでも主人への忠誠心はそれを凌駕する。

しかしながらそんなメイド達の並々ならぬ熱意とはうらはらに、

アインズは当初、エ・ランテルに一般メイド達を連れて行くつもりはなかった。

 

理由は、ナザリックとは比べるべくもないセキュリティの脆弱さ。

己の身一つであればどうとでもなるが、さすがに1レベルの彼女達まで守り切る自信はなかったからだ。

これは大量のアンデッドを様々な形で配備することで、何とか体裁を整えることができた。

 

そしてもう一つが、この世界特有の、存在するかもしれない未知なる病原体への危惧だ。

アンデッドであるアインズには関わりのないことだが、一般メイド達は病気や毒といった状態異常への耐性を持たない。

無論それ用のアイテムを持たせることで対処はしているが、絶対の保証はない。

 

決して口には出せない、24時間監s・・・アインズ当番から解放されたかったという第三の理由もあったのだが、

ともかく、メイド達の必死の懇願に押される形で渋々承諾はしたものの、

こと未知の病気に関しては、現状において尚、最大級の警戒をもって備えるよう厳命されており、

うがい手洗いの徹底に始まり、微細あらゆる予防措置が施されていたのだが――

 

 

そんな主人の危惧が現実になった?

一般メイドである自分に状態異常を看破する能力は無い。

しかしながら、目の前で荒い息をつく彼女の状態はハッキリ言って普通ではない。

仮に杞憂であったとしても、最悪を想定した上で対処をする必要がある。

私はお姉さんなのだから!

 

(ともかく、治癒魔法を使える・・・メイド長はいらっしゃらないから、誰か別の・・・)

 

意を決し、行動を開始しようとした時だった。

 

「ふ・・・こうか・・・けい」

 

「え?何て?今何て言ったんですか?!」

 

口をきくのも億劫なほど衰弱した(ように見える)彼女が、必死に何かを伝えようとしている。

懸命に耳をすませ、続きを促す。

 

「副・・・交感・・・神経・・・」

「・・・・・・・・・・・・は?」

「副交感神経の働きが高まれば・・・免疫機能も・・・向上するって」

 

ハァハァと息も絶え絶えにもたらされたのは、聞き覚えの無い単語。

ふくこうかんしんけい?

めんえききのう?

大量のクエスチョンマークが浮かんでは消えていく。

・・・一体この子は何を言っているんだろう?

 

うわ言のように意味不明な何事かを呟く彼女を見れば、顔中汗まみれ。

いよいよもって前後不覚になるほど意識の混濁が始まったということだろうか?

瞳は潤み、頬は紅潮し、依然息は荒い。いや、先程よりも「荒々しい」ものに変わっている。

それは苦しげというよりは、何か獲物を前に飛び掛るタイミングを伺う肉食獣的なそれ。最早一刻の猶予も無い。

 

うん?いや待て肉食獣?この状況でどうして肉食獣なんてイメージが出てくるのかしら?

 

 

――それは、

直感でもって嗅ぎ取った本能からの警告であったのだが、

歴戦の戦士職ならばその声に従い反射的に何らかの行動に移れただろう勘に、

単なる一般メイドが思い至る道理も無い。

 

そのまま視界が一気に流れると同時に、背中から叩き付けられる。

 

 

「う、うぐぅ」

 

 

目を開けると、視界を被いつくさんばかりに接近した肉食獣まがいの妹の顔と、

その向こうには、天井に張り付く八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の姿。

 

あんな所に何故?警邏の方だろうか?と様々な疑問が走馬灯の如く過ぎるが、

そんなことよりも困惑気にこちらに向けられる彼の、八つの目に写る自分の現状を総合するに、

床の上に仰向けに組み敷かれ、上から覆い被さられている模様。

 

余りの急展開にエクスクラメーションマークが混ざり出し、状況の整理がいよいよ追い付かない。

まるで鏡映しのように、困惑の色合いを強めているように窺える八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に、

無駄にシンパシーを感じている場合ではない。

 

「だからぁ、キスをするのぉ」

「はいぃぃいぃっ!?」

 

きす?キス?KISS?夢にキス?

キスって何語で何て意味だっけ?

 

「副交感神経を刺激するとぉ、免疫機能が向上するってぇ、アルベド様が仰っていたのぉ。それにはキスが最適だってぇ。だから私もぉ」

 

完全に発情しきったような、獣欲を湛えた目がぬらりと光り、唇がきゅうっと突き出される。

 

 

――タコがいた。

――私は貝になりたい。

 

 

(じゃなくてっ!キスで免疫機能!?いやいやいや、風邪が感染るといけないからキスはしないでおこうって歌があるんですが、

虫歯が移るだとかむしろ逆に不衛生じゃないですかねっていうかそもそも同性でするこっちゃないっていうか、えっ?そっちの趣味をお持ち!?

そりゃ性的嗜好はそれぞれですし個人のそれにケチつけるつもりはないけども私自身はれっきとした異性愛者であってちなみに理想のタイプはアインズ様で、

それはともかく、そこはお互いに尊重し合える関係でありたいというかどうか近付かないで下さいというかたった一度きりのファーストキスくらいは夢を見ていたい)

 

目を閉じたまま唇を突き出すメイド。

全体で見れば愛嬌タップリの姿も、今この瞬間は何かとてつもなく恐ろしいモンスターのように思えて、

お姉さんは非捕食者的恐怖から抑え付けられた両手を振り解こうともがくが、相手はレベル1の一般メイドである。

いや、自分も同じなのだが、何故かレベル1にあるまじき腕力で固定され、まるで岩のように動かない。

 

歴戦の戦士職ならば、頭突きなり膝蹴りなり、いくらでも手段を講じたろうが、

単なる一般メイドがそんな暴力的な発想に思い至る道理も無く。

壁ドンならぬ床ドン状態で押さえ込まれながら、唯一自由になる首から上を必死に動かすことで健気な抵抗を続けるも、

まるでひっくり返ったカメのような不様を嘲笑うように一切の躊躇なく急接近するタコ。

 

(っていうかさすがにそれはちょっとコラ本当にコラいい加減冗談はそのくらいに・・・ダメだったらダメダメダメダメ

 

お姉さんは大きく息を吸い込み、大声で叫ぶ。

肺に溜まっていた息を全部吐き出すような、そんな勢いで。

 

「助けてくださーい!!!」

「メイド様、ご乱心!メイド様、ご乱心!!」

 

 

お姉さんの腹の底からの絶叫を合図に、弾けるように行動を開始した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)

常に同様の事態に備えていたかの如く、一連の動作は精緻且つ迅速を極め、傷一つつけることなくタコ――メイドを引き剥がす。

間一髪で貞操の危機を脱したお姉さん。ぜぇぜぇと肩で息をつきながら、乱れた服を直しつつ八肢刀の暗殺蟲に感謝の意を述べる。

羽交い絞めにされたメイドは、陸揚げされたタコよろしく脱力し、うな垂れたまま。

 

「・・・それで、どういたしましょう?」

「・・・どういたしましょうね、本当に。ちょっと、おね、私には判断がつきかねる状況でして・・・」

 

上位者であれば、その場で何らかの処分を下すこともできたろう。

この場にいる者でいえば、シモベである彼よりはNPCである自分の方が上位者ではあるのだが、

しかしながら、さすがに一般メイドに過ぎない自分に、その責は荷が勝ちすぎる。そもそもそんな権限は与えられていない。

折りしもアインズは外出中、アルベドも不在という中で、途方に暮れる二人。

 

そこへ、騒ぎを聞きつけた他のメイド達が駆けて来る音が。

NPCを(しかも非戦闘員の一般メイドを)シモベが羽交い絞め、更に此方には事後よろしく色々乱れたメイド。

傍目にアレげなそんな状況を、悪い方に解釈しない方がおかしい。

 

(いけないっ!)

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に身を隠すように指示を出すと、自身は即座に居住まいを正す。

 

先程までの混乱振りが嘘のように、キリッとした表情で何事もなかったように振舞る様は、

まさしくプロフェッショナリズムに徹した超一流のそれ。

そしてその間、駆け付けたメイドはおろか一部のシモベ達にすら一切の気配を悟らせることなく、

己が身を隠し通した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の隠密能力もまたさすがといえよう。

 

二人のプロによるコンビネーションプレーにより、

結局この件は露見することなく、内々に収まった。

 

 

 

「はぁあー」

(よかったよー。お姉さん、本当によかったよー。)

 

ただでさえ歓迎されていないところに、

これが元で、エ・ランテルでの業務見直しなんて方向に動いてしまったら。

そんなことになれば、他の一般メイド達に申し訳が立たない。

 

トラブルの隠蔽ともなればそれは大罪だが、

こんなくだらないことで至高の主人の手を煩わせることの方が罪だろう。

それこそメイドとしてあるまじき行為。

 

私一人の胸のうちにしまっておけば済む話なのであれば、敢えて波風を立てることもない。

罪にも当たらないだろう。多分。大丈夫。お姉さんだし!

 

そんなことを考えながら天井を見上げれば、メイドの姿。

まるで虚空に浮かんでいるように見えるのは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)のみ不可視化している為だろう、

その腕の中でスヤスヤと寝息を立てている。

 

彼女とて自分同様、食事不要・睡眠不要の指輪は装備している筈だが、

意識を失うということと睡眠を欲するというのはまた別ということなのだろう。一つ勉強になった。

(意識を失っているだけならいいのだけど・・・注意しておかないと、また何処で爆発するかしれないわ)

 

そんなお姉さんの心配を余所に、

程なく覚醒した彼女は何事もなかったかのように通常通りに仕事をこなし、無事その日の当番を終わらせた。

その後も数日、ちょくちょく観察した限りにおいて、事後の経過も問題なし。

どうやら杞憂で済んだらしい。

 

(それにしても・・・)

 

一体・・・アレは何だったんだろう?

ひょっとして、おかしかったのはこっちなのじゃなかろうかと、

まるで白昼夢でも見せられていたかのような、そんな気分に襲われるも、お姉さんは考えるのを止めた。

夢なら夢で、何の問題もないのだから。

 

お姉さんと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は、今回の件をそのように結論付けたのだった。

 

「ここで何があったかは忘れて下さい」

「畏まりました」

 

頭を下げる八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)がどんな顔をしているのか、お姉さんにはそれを確認できなかった。

 

 

 

 

 

◆◆『誰でも簡単、楽々SOUJI術』

 

私、ツアレニーニャ・ベイロンが、ここ――ナザリック地下大墳墓に招かれ、メイド見習いとして働くようになってどれくらい経ったろうか。

 

外に出る機会が無いので、時間の感覚がよく分からない。

もうずっと、長い間暮らしている気もするし、ほんの数日間のようにも感じる。

それほどに、ここでの何もかもが外とは違い過ぎて、毎日が新鮮な驚きと感動に満ち、

濃密で宝石のような一時は、いっそ夢の中の出来事のようで、

眠ってしまうことが勿体無くて、目が覚めたら何もかも以前のままだったらと思うと恐ろしくて、

最初の頃は、だからなかなか寝付けなかったのを覚えている。

 

メイド見習いということで、仕事の際には常に先輩方の誰かしらに付いて頂かなくてはならないのが心苦しかったが、

それ以上に楽しかった。何しろ先輩方の驚くほどテキパキと仕事をこなしていく様は、まるで魔法でも見ているようで、

一日中眺めてても見飽きなかったから。

 

私が仕事に取り掛かるべく腕まくりをする間に、既に2つ3つは片付いているといった具合。

動作に一切の無駄が無く、それでいて全く見苦しくない。

雑巾搾り一つとっても、先輩方にかかれば洗練された美しい立ち居振る舞いに変貌する。

歩き方もそう。姿勢を真っ直ぐに保ったまま、足の運びも徒歩のそれ。

にもかかわらず、その速度はこちらがバタバタと駆け足でもってようやく追い付くくらい。

その度に、廊下を走るなと窘められては平謝り。

 

"言葉遣い""礼法"その他、メイドとして覚えるべきことは山のようにあり、

その日の勤めを終え、与えられた自室に戻ってからもその日教わったことを頭の中で反芻しては、

気が付いたことなどを心のメモ帳に書き留めていく日々。

 

確かに目の回る様な忙しさではあったが、

おかげで外での事を思い出す暇も無いのはありがたかった。

 

些細なことで当たり前のように殴りつけられ、その度に不様に足下に縋り赦しを乞い、

人間としての尊厳も何もかもを踏み躙られながらそれでも必死に笑顔を作り、

惨めを晒しつつも、それが甘露であるが如く悦び喘ぐ媚び諂い方を文字通りに心と体に叩き込まれ、

卑屈な生き方が身に沁みついていた頃と比べれば、どんなに忙しくても、自然に笑みが零れる今は、

ハッキリと「幸せだ」と断言できる。

 

お腹いっぱいにご飯が食べられて、

暖かいベッドで休むことが出来て、

まともな仕事が与えられて、

何より、愛する人の側にいることができて――

 

ここに招かれることが決まった時、セバス様はああ仰ったけれど、

私は十分過ぎるほど幸せだ。

 

あの日、セバス様に命を救われた幸運。

アインズ・ウール・ゴウン様に(理由はよく分からないけど)ここで暮らすご許可を頂けた幸運。

そうして生かされていることに、私は感謝する。

 

この先、どんなに辛い運命が待っていたとしても、

今この瞬間のことを思い出せば、きっと私は笑顔でいられる。

 

 

――そうしていつものように仕事が空けたある日のこと、セバス様から一つの辞令が申し渡された。

 

まだ正式な決定ではないし、詳しい日取りも定かではないが・・・という前置きの上で告げられたのは、

エ・ランテルでのメイド長という役職の内示。

 

アインズ・ウール・ゴウン様が新国家を建国され、その首都として定められた旧交易都市エ・ランテル。

その元・都市長の館――そして現在はゴウン魔導王陛下のお住まいとなっている館内の、

雑務全般を担うメイドを都市内の人間から雇い入れる。そのまとめ役を任せたいというものだった。

 

大役だ。

 

これまで、自分が経験したこともないような責任ある役職。

それ以上に外の世界で――元々そこで生まれ育った身でおかしな言い方だとは思うけれど――やっていけるのかという不安から、

僅かに身を強張らせてしまう。「いやだな」そんな弱音が一瞬脳裏を過ぎるが、手厚い温情の上に生かされている身だ。

どんな無理難題であろうと報いなければ、私はただの恩知らずになってしまう。

 

少しでもセバス様から受けた恩に報いるべく、並び立っても恥ずかしくないような、そんな誇りある人間でありたくて、

客人待遇ではなく働くことを選んだのだから。

 

但し、セバス様も直属の上司として引き続き帯同して下さるとのことで、それだけは聞いて少しだけホッとした。

 

 

それから個別指導による特訓が始まった。

メイドとしての基礎技能や基本的な振る舞いを、改めて徹底的におさらいする。

反復に次ぐ反復。同じ動作を、機械のように何度も何度も繰り返し体に覚え込ませる。

鋼の声色で指導に当たられるセバス様に気圧されつつも必死に喰らい付く。

それは体力・精神力共に疲弊する厳しいものだったが苦痛ではなかった。

虐げられているのではない、その奥に確かな愛情を感じられたから。

 

やがてエ・ランテル入りする日取りも正式に決まり、訓練もいよいよ追い込みモード。

個別のカリキュラムを、それぞれのスペシャリスト達から直接指導を受ける段階に入る。

――本日の項目は「歩行」と「掃除」。

 

歩行訓練の指導を担当下さるのは、ユリ・アルファ様。

スラリとした長身と颯爽とした雰囲気が魅力の、同じ女性としても憧れの存在の一人だ。

というか、ソリュシャンお嬢――様もそうだが、ここは先輩方含めて美人が多過ぎる。

初めて一般メイド一同を前に顔合わせをした際には、余りの美貌揃いにクラクラと目眩がしたものだ。

墳墓などととんでもない、ここは天国なのではないかと。

 

そんなユリ様のご指導による歩行訓練。

先に示して下さったユリ様のお手本がメイドの理想とするならば、

自分はというと、潰れたヒキガエルというか鈍亀といおうか、とにもかくにも不様極まる滑稽具合。

これまでも気を付けていたつもりだったが、意識が及んでいなかった細かな点を次々指摘され、

ただ歩くさえも、突き詰めれば立派な技能・技術なのだと改めて思い知らされる。

 

定められたライン上を何往復もしつつ、踏み出さないよう、歩幅は常に一定に。

改善点を指摘されては振り出しに戻ってやり直す、ひたすらに繰り返される地味な反復。

 

 

「――そこで止まってください。今、体の中心線が揺らぎました。利き脚と逆脚の筋力差を再度イメージして、

もう一度、あちらからやり直してください」

「――はい」

 

 

(利き脚・・・・・・筋力差をイメージ・・・・・・)

指摘された点を脳内で反芻し、実行する。

 

ユリ様のアドバイスはいちいちが論理的だ。その理知然とした印象通りの、具体的な指示を下さるのでやり易い。

きっと聡明な方に違いないとは思っていたけれど。いつかは私も、あんな風になれるだろうか。

 

――ここで働きたいと、メイドの仕事をしたいと言った。

決して侮っての発言ではなかったが、どこかで"自分でもできそう"という思いがなかったというと嘘になるかもしれない。

メイドといっても、外で自分がやってきた――やらされてきたことの延長には違いない、と。

実際にナザリックで働くようになって、先輩方の仕事をすぐ側で見せ付けられるにつけ、

そんな浅はかな考えは容易く粉々に打ち砕かれたわけだが。

 

単なる召使などではない。そこには仕える主人に相応しいだけの"格"が必要なのだと。

メイドの失態は、即ち主人の評価に直結するものなのだと。

そしてアインズ・ウール・ゴウン様という絶対支配者を戴く彼女達は、ともすれば悲壮な覚悟をもって、

しかしそれが当然であるかの如く、疑う余地もないほど盲目的に、自らの勤めに全てを捧げている。

そしてそれは直属の上司であるセバスとて同じだった。

 

心底にその重大さを痛感し、以来どれだけ辛くともこの程度の訓練で音を上げることはない。

一見地味なこんな訓練ですら満足にこなせない程に、自分には足りないものばかりなのだから。

末席とはいえ、ナザリックに属する身なればこそ、自分もまた同じ高みを目指さなければならない。

例えそれが比類なき高みであろうとも。この身の全ては――セバス様に。

 

 

そうしてかれこれ一時間。

やがて、ユリ様から本日の歩行訓練終了の旨を告げられる。

セバス様はやや物足りなさそうではあったが、

そしてもちろん自分だって――実際体力的には限界だったが――応えてみせるつもりだったけれど、

「疲労しているところに癖がついては今までの成果が水の泡になる」と厳に窘められ、

時間的に余裕はあったものの、今日の歩行訓練は切り上げとなったのだ。

 

「では、次の掃除の訓練の時間まで、少し休憩を取りましょうか」

「はい」

 

椅子に腰掛け心地良い疲労感に身を委ね、せめても背筋だけは伸ばしながら、

去っていくユリ様の凛とした後姿を思い浮かべる。

メイド長・・・・・・自分にそんな大役が勤まるものか甚だ自信はないけれど、

出来るものなら、私もあんな風な素敵な女性になれたらな・・・・・・と。

 

 

 

 

――そして、続く掃除の指導。

 

担当して下さるのは執事助手という、セバス様に次ぐ高い地位にあられる、

そして、こと掃除に関しては"ナザリック一"を自称して止まない、エクレア・エクレール・エイクレアー様(と、男性使用人様)

その正体はバードマン――正体も何も、見たまんまですが。初めてお目にかかった時は驚いたものだ。

 

そういえば、顔を合わせたことはもちろん、お声掛け頂いたことも何度かあるが、

こうしてエクレア様のお仕事を直接拝見するのは初めてかもしれない。

 

あんな手――翼(らしい)で、一体どうやって掃除をするのだろうかと当然の如く浮かんだ疑問は、次の瞬間いともあっさり解消される。

彼が手本と示してみせたその掃除の手際たるや、果たして先輩方のそれを遥かに上回っていたのだ!

 

拙いボキャブラリーで端的に表現するならば「サッと一拭き」

どこぞのキャッチコピーのような、文字通りのそれが目の前で起これば、

一瞬我が目を疑ってしまうのも無理からぬこと。

 

これでも先輩方の超絶技巧を、再現は難しくとも目で追うくらいは出来るようになっていたのだ。

目を皿のように、僅かな所作とて見過ごすまいと、いつも以上の集中力をもって臨んだにもかかわらず、

「あ、ありのまま(以下略」状態。

 

平面や曲面だけではない。複雑な凸凹も、どれだけ精巧な調度品の緻密な溝の奥底までも、

サッっと一拭き(しているようにしか見えない)するだけで塵一つ残さずピッカピカ。

ともすれば顔が映るくらい、エクレア様の曰く「舐められるほど」に新品同様の輝きが生まれるのだ。

 

「では、今見せた通りにやってみたまえ」

「・・・・・・も、申し訳ありません。もう一度お願いしても宜しいですか?」

「フム、仕方ありませんね。もう一度だけですよ?」

 

サッ。

 

「・・・・・・・・・・・・(えええええっ!?)」

 

何?何が起こってるの?どう引っくり返しても普通に拭いただけにしか見えないのだけど。

ひょっとしてあの雑巾がマジックアイテムか何かなのかしら?

 

「では、やってみたまえ」

「ハ・・・ハァ」

 

「オホン」と後ろから咳払いが聞こえる。

(いけないっ)

 

「"畏まりました"」

「・・・・・・か、畏まりました!」

「よろしい」

 

呆けた余り、つい素で返事をしちゃった!絶対印象悪くしたよー・・・

(お、落ち着くのよツアレ!こんな時こそセバス様に教えて頂いた呼吸法でもって・・・)

 

「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」(よし!)

 

受け取った雑巾を構え気合を入れる。

「し・・・失礼します(さっき見た通りに)」

 

ヌレッ・・・

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

ピッカピカどころかベッタベタになってしまった・・・。

エクレア様の拭いた跡と比べると、汚れを拡げたようにしか見えない・・・。

ていうか紛うかたなき普通の布だコレ!

 

「違いますね、こうですよこう」

 

サッ。

 

「こ、こうでしょうか?」

 

ウジャ。

 

「手だけで拭いてますよ。もっと腰を使うんです。下半身を目いっぱい使って、こう!」

 

サッ。

 

腰の使い方といわれても、そもそもエクレア様の腰の位置が・・・あそこか?

微妙にピコピコ動いてる尾羽の辺りを意識すればいいのかな?

「こ、こんな感じですかっ?」

 

ニョッ。

 

 

「・・・・・・誰が尻を突き出せといいました?」

「・・・・・・も、申し訳ありません」

「腰といえばここでしょう!ここですよ、ここをこうっ!!」

「ふわっ!」

 

腰の辺りをぐいっと捕まれ――翼で挟まれ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

すぐに、後ろからセバス様の咎めるような咳払いが聞こえた。

 

「エクレア、さすがにそれは・・・」

「・・・あぁ、失礼。レディに対する態度ではありませんでしたね。無作法をお許し下さい」

「い、いえ!お気になさらないで下さい!・・・飲み込みの悪い私がいけないんです」

 

「フム」と少し間を落ち着かせるように、エクレア様は男性使用人様から受け取った櫛で飾り羽を撫でつける。

しげしげとこちらを観察する眼差しに、間違っても好意的な色は見受けられない。当たり前だけど。

うぅ・・・、まさかこれ程とは思ってもみなかった。もう雑巾掛けのレベルじゃないよコレ。

 

「しかし困りましたね。雑巾掛けで引っ掛かるようでは・・・」

「申し訳ありません・・・」

「エクレア。さしでがましいようですが、少し宜しいですか?」

 

二進も三進も行かない様子を見かねたのだろうセバスが、助け舟を出す。

 

「何なりと、セバス様」

「見ていて思ったのですが、どうも貴方の要求レベルは高過ぎるのではないかと。

もちろん、ナザリックに属するメイドとして、相応の技術は身に付けて然るべきです。

ですが物事には順序というものがあります。一つのことに拘泥し過ぎて徒に時間を浪費するよりは、

別の課題で視点を変えるなり、少しずつ水に慣れさせてから要求レベルを上げていく方が効率的ではないですか?」

「なるほど・・・」

 

(セバス様・・・私の為に・・・)

正直このままでは時間いっぱい雑巾掛けで終わりそうな気配すらあった所、

もちろんやってる方としては必死なのだが、傍目にはさぞもどかしく映った事だろう。

 

物覚えの悪い自分の不出来を棚に上げて言えた立場ではないが、

ツアレ自身まさか雑巾掛けで躓くとは思いもよらない事態。

このままでは積み上げてきたなけなしの自信さえも払拭され兼ねない。

セバスの提案は渡りに船といえた。

しかしながら・・・

 

「しかし雑巾掛けは基本中の基本ですからね。これ以下となると、逆に難しいのですが」

 

(ですよねー)

 

実際雑巾掛けより簡単な仕事と言われても思い浮かばない。

煤払いだとか、掃き掃除だとかもあるにはあるが、

水拭き、乾拭き、ワックス掛けetc・・・何しろ掃除の基本はとにかく拭くこと。

痒い所まで手が届くのは、やはり雑巾掛けがシンプルにしてベスト、是即ち全ての基本なのだ。

それを頭に持ってきたエクレアの段取りは、むしろ至極真っ当なそれ。

 

問題は、せいぜいが銀貨くらいを想像したら交易共通白金貨を要求されたでござる・・・ということ。

ちなみに白金貨は金貨10枚、金貨は銀貨20枚分でござるよ!参考までに銀貨は銅貨20枚分でござる!

・・・つい昂ぶってハムスケ様みたいな言葉遣いになってしまった・・・。

早い話が、処置なしということだ。

 

――ふと脳裏を過ぎった「そもそもエクレア様って箒とか使えるのだろうか?」という疑問は、とりあえず脇に置いておく。

 

「では、こうしましょうか」

何やら思い付いたらしいエクレアから渡されたのは、2枚の雑巾。ん?2枚?

それを両手に1枚ずつ持たされ、壁の前に立たされる。・・・一体、何が始まるのだろう?とてつもなくイヤな予感がする。

 

「彼女はどうしても手だけで拭こうとして、体全体、特に下半身を使えていないように見受けられます。

その辺りの感覚を掴む為に、両手を使ってやってみましょう」

 

(えぇ~?)

 

「なるほど。片手が空いていると、どうしてもその手を使ってバランスを取ろうとしてしまう。

両の手が塞がった状態にすることで、体全体を使ったバランスの取り方が自然と身に付くということですか。

たしかに一理ありますね。さすがはエクレア」

 

(ありますかねぇっ!?)

 

いっそ拳法の修練じみてきた流れに一抹の不安を拭えないものの、ふと先程の歩行訓練を思い出す。

ユリ様も仰っていたではないか「左右の筋力差を意識して、バランスを取るように」といったようなことを。

あの時も、一瞬何のことやら混乱しかかったけれど、つまりは同じ理屈なのだ。

漠然と、漫然と体を動かすではなく、何処を動かすことで何処の筋肉に負荷がかかるのか、

更にはそれぞれの部位同士の連動を意識しつつ、それが一つの流れとなるように・・・河の流れのように。

――なるほど!ちょっと分かった気がしてきた!そういう方向ね!

 

「では、先程と同じように、私のやる通りに雑巾掛けをしてください」

「畏まりました!」

「良い返事ですね。では、いきますよ。ライトターン」

 

ぐるりと、右手――右翼に持った雑巾で、エクレアが円を描くように壁を拭く。

 

「ら、ライトターン!」

 

ツアレも、慌てて同じように円を描く。

 

「レフトターン」

 

今度は左翼に持った雑巾で円を描く。

 

「レフトターン!」

 

「ライトアップ&ダウン」

サッと、右の雑巾を上下に往復させる。

 

「ライトアップアンドダウン!」

 

「レフトアップ&ダウン」

「レフトアップエンダン!」

 

スタンスをやや広めに、軽く腰を落とした姿勢から、つま先立ちで膝を伸ばして目いっぱい、

肩甲骨から指先までを全体を使って大きく円を描く。壁の上辺から下辺までを満遍なく拭いていく。

何てことはない動作と思われたが、あっという間に全身に汗が滲む。

ワンセットだけでも結構・・・腿に来るなぁコレ。

 

「よろしい。今やった一連の動きを、体幹を意識つつ反復してみましょう。

その際、雑巾にかかる力は極力均一になるように。そしてキレイな弧を描くことを心掛けること。

慣れてきたら徐々にスピードを上げていきましょう。よろしいですね?」

 

「畏まりました!」

 

そうしてしばらく、エクレア様の指示と手拍子――翼拍子?に合わせて、ひたすら同じ動作を繰り返す。

 

「レフトターンライト!ライトアップ&ダウン!右上げないで、右下げない!」

 

「レフッターンライッ!ライアッダン!右上げないで、右下げない!?」

 

「少々前のめりになって来ていますよツアレ。頭のてっぺんを糸で吊るされているイメージ、そうです。

呼吸は一定に。丹田を意識して。吸って吸って吐いてー。吸って吸って吐いてー」

 

「ひっひっふー!ひっひっふー!」

 

「ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワンツー!

――いいじゃないですか、いいリズムです。ぐっどうぃどむ!ペンパイナッポーアッポーペン!

なかなか様になってきてますよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「イーッ!!」

 

「頑張りますっ!!」

 

いつの間にやらセバスに、男性使用人の方まで一緒になって発破を掛けてくれている。

出来の悪い私なんかの為にこんなにも一生懸命になってくれていると思うと、本当にありがたくて涙が出るほど嬉しくて(事実半泣き)

一方で、我思う。ナザリックのメイドとして、少しでも期待に応えられるように頑張りたい。頑張る気持ちはもちろんあるんです。

あるんですけどね・・・とてもじゃないけど今更口が裂けても言えっこないことなんですが・・・

 

(これ、絶対何か間違ってますよね!)

 

それがメイドとして求められる技能であればどんな厳しい特訓も耐えますが、

そしてもちろん、掃除に関してはスペシャリストであるエクレア様が言うからには、

きっと多分何かしらの効果はあるのだろうと信じたいのは山々だけど、

私如きが意見するなど不敬も甚だしいのは百も承知で問いたい。

誰でもいいから教えて欲しい。これは・・・誰向け?

 

先程は上手いことフォローしてくれたセバスに目を向ければ、心なしか楽しげにすら見える。

セバス様ってこういうノリが好きなのかなぁ。後に引けなくなってるだけとかじゃないよね?

アンタも途中までノリノリだったろと言われてしまえば、雰囲気に乗せられて冷静な判断力を欠いていた感は否めないのだけど。

 

――パンパンパンパンと、断続的に響くメトロノーム(羽音)に合わせて、反復、反復、また反復・・・

 

そうして何往復したろうか、百から先は数えていないけれど、

ようやく終了が告げられた頃には関節という関節がガクガクと震え、倒れないように堪えるのがやっと。

汗が滝のように滴り落ち、メイド服に、ハンカチに、驚くほどの染みを作る。

髪を乱し、ゼェゼェと肩で息をしながら、それでも痙攣する手足に必死に活を入れ、直立不動の姿勢を維持。

 

「どうですか?何となく掴めてきましたか?」

 

何が?と喉元まで出掛かった低音を慌てて飲み込む。

そうだ。そういえば下半身の使い方がどうのといったお題目で課せられた特訓だったっけ?

危うく当初の目的を忘れかけていた・・・。といわれても、正直さっぱり分からないのだけど・・・。

 

「そうですね、俄かには答えにくいでしょう。ですがっ、やってみれば分かりますとも。先程までの貴方との違いが。自ずと明確にね!

――さぁ、同じように拭いて御覧なさいっ!」

 

促さるまま、エクレア様の手本に従い雑巾をかける。

 

 

 

ほゎちや・・・。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

名状し難い空気が辺りを包む。

四者四様に視線を逸らし合う様が、互いの心情を明確に吐露していた。

 

 

(どうすんのこれ?)×4

 

 

場の空気を払拭するように咳払いをしたセバスが、胸ポケットから時計を取り出す。

 

「エクレア。予定の時間まではまだまだ余裕があるようですが・・・・・・本日はここまでにしてはどうかと。

というのも、疲労している時に無理にやりますと、変な癖がついてしまう可能性があり、

それを体が覚えたら今までの訓練が無駄になってしまいます」

 

ボーッとした頭の傍らで(セバス様・・・さっきユリ様が仰ったことと同じこと言ってる)と思ったが、当然口には出さない。

賢明さからではなく疲弊しきってそんな余裕もなかったからだが。

 

「・・・・・・確かにその通りですね。では今日はこのぐらいにしておきましょう」

 

セバスが軽く頭を下げ礼を伝える。ツアレも――正直問い質したい気分を押し隠し――同じように頭を下げて感謝の意を示した。

 

一体全体、果たして今の特訓に意味はあったのか。

依然目を合わせようとしないセバスや、男性使用人に抱えられ、そそくさとこの場を後にしたエクレアを見送りながら、ツアレは疲れたように唇の端を緩ませる。

聞くまでもないということだろう。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆『女教師、麗しの鉄拳』

 

鈍い打撃音と共に、2メートル近い巨体がゴム鞠のように一直線に吹き飛ばされ、信じられない程の速度で壁に叩きつけられる。

決して狭くはない訓練用の広間全体を揺るがせにするような、肺の中の空気が強制的に排出される程の衝撃が全身を襲う。

 

――しかし、健在。

 

それほどの速度で叩きつけられながら、不恰好ではあったがその場で着地をする、つまり受身が間に合ったということ。

 

それを見とめたユリは無表情のまま、しかし内心で喝采を送る。

対するゼンベルは、地べたに両手を着きながら、大きく深呼吸をし、乱れた呼吸を必死に整える。

若干受身が遅れ衝撃を全て殺すには至らなかった為だが、頭部はしっかり庇っていた為、意識は確かだ。

両手指の感覚に問題は無い。足も動く。実質的にはノーダメージで凌いだといっていい。

 

――いや、正確には今の攻撃はただの「吹き飛ばし」攻撃。

ダメージを与えることよりも、相手と距離を取ることに重きを置いた技。

故にダメージを被る方が、本来であれば論外なのだ。

 

しかしながら、それはあくまで同レベル帯での、対等な力量同士のこと。

「吹き飛ばし」それ自体に物理攻撃足り得るだけの威力があることに変わりはなく、格下相手であれば間違いなく必殺の一撃。

加えて吹き飛ばしによる地面、あるいは壁に衝突する事で被る追加ダメージを加味すれば、見るも無残な結末が待っていたことだろう。

斯く言うゼンベル自身、以前全く同じ攻撃を食らい、そのまま意識を飛ばされた経緯がある。

 

当然、それを踏まえた上での攻撃。

そしてゼンベルも、承知の上で敢えてそれを乞い、そして受けてみせたのだ。

以前とは違う、自らの成長の証明の為に。

 

結果は明らか。

無様に昏倒させられた前回と違い、戦闘継続は十分可能。

ザリュースを筆頭に、周囲で観戦するリザードマン達からも感嘆の声が上がる、相当な成長と誇っていい。

しかし、受け切れると踏んでいたゼンベル自身からすれば不満が残る結果。

 

打撃によるダメージそのものは殺せた。壁の衝突も、ギリギリだが凌げた。

しかし、そこは「吹き飛ばし」効果もろとも相殺して然るべき。

1・2の3で同じ攻撃が打ち込まれることは分かっていたのだから、完璧に防げなければならなかった。

首輪をつけたままとはいえ、差し引いても依然、彼我の力量差は歴然ということ。

 

(まだまだってことかよ)

 

自分から煽る形で挑発しておきながらの体たらく。

不甲斐無い自らに若干の羞恥と憤りを覚えるが、それは今考えるべきことではない。

ゼンベルは悠然とこちらに歩を進めてくる相手を見据え、そして構える。

 

対して、ユリ・アルファはその美麗な双眸に、微かな――

普段から彼女を見慣れている者でなければ気が付かないほど――喜色を浮かべていた。

 

「お見事です。それだけ動ければ合格点でしょう。よく訓練を重ねているようですね」

「ぅえ?」

 

想定外の攻撃に、思わず狼狽してしまう。

同じモンク職として、自分よりも遥かに高みにいる者からの賞賛の言葉。嬉しくない筈がない。

一瞬ではあるが、子供の様に狂喜乱舞したい衝動に駆られた程だ。

だが、今は実戦形式の訓練の最中。さすがにそんな心情を態度に出すことは出来ない。

頬が緩みかけるのを必死に堪え、繕うように咳払うと、真剣な面差しで向き直る。

 

「いや、まだまだ。まだまだ全然っすよ」

「そうでしょうか?」

 

一見殊勝な態度だが、しかし尻尾は素直だ。

垂れ下がっていたそれが、ピンと上を向き、それから誤魔化すように右に左に振り回される。

リザードマン達の独特の感情表現ではあるが、感情豊かで実に分かり易いとユリは思う。

 

褒めた内容は嘘偽りのないユリの本心だ。

 

彼自身が言い出したことだった。

指導前に、前回と同じ技を受けさせてくれないか、と。

恐らくは前回、一撃で昏倒させられたことが彼の中で蟠っていたのだろう。

 

あれはユリ自身、少々加減を間違えたと反省したところでもあったのだが、直訴するからには、それなりに研鑽を積んだ自負があるのだろう。

元より断る道理もない。この訓練自体、そもそもが実戦形式の、文字通り命懸けの極限の中で、能力・技量の、半ば強制的な底上げを目的としたもの。

とはいえ、では、さて、どれくらいに抑えればいいだろうか。一手二手交わしてみれば、丁度いいところを探れそうではあったが、

折角本人が積極性を見せているところに、こちらの情けで水を差すのも悪いし、指導する立場としては真摯に応えるべき。

 

とりあえずやり過ぎたと踏んだ前回を基準に、それでも昏倒で済んだことを考慮して、

前回よりも心持ち強めに打ち込んでみたところ、結果はご覧の通り。

100点とはいえないが、前回から格段の成長を見せてくれた。

 

教え子の成長を実感できることは、実に指導者冥利に尽きる。

付きっ切りの指導をしているわけではないので、指導者振るのも本来はおこがましいのだが。

 

(指導者・・・教師・・・。素晴らしい響きだわ)

 

別に戦闘狂というつもりはないが、ユリ自身、どちらかというと戦闘行為そのものは嫌いではない。

無論、どこぞの妹達のように弱者を嬲りものにする趣味はない。正面から全力で打ち合う、力と力の真剣勝負こそ本懐。

そして、それと同じくらい、人に何かを教えたり、指導するのも好きだった。

だからこそ、指導役を振られた時は、内心小躍りして喜んだものだ。

 

リザードマン達の、特に有望と思われる戦士達がここナザリックに招聘され、特別な訓練を課され始めた頃、

指導役の一人としてユリにも声がかかったのだ。

 

常日頃、ひ・・・待機時間を持て余し気味のところ、

仕事が増える分には大歓迎である彼女からすれば、二つ返事で引き受けるに吝かではなかったが、一方で不安もあった。

 

彼女の本業は戦士職。中でもとりわけ徒手での戦いに特化したストライカー。

純粋な戦士系ではあるが、剣や槍といった武器を使った戦いには精通していない。使えないといった方が正しいだろうか。

むしろ武器の扱いという点においては、リザードマン達に軍配が上がる。

その為に満足な指導が出来るかどうか甚だ自信がなかったからだ。

 

しかし、聞けばリザードマンの中に、同じく五体を用いた戦闘を主とするモンククラスを取得する者がいるらしい。

それが彼、ゼンベル・ググーであった。

なるほど、それで自分に声がかかったのかと納得しつつ、

意気込んで現場に足を運んだ初対面時の印象は、正直最悪だった。

 

何しろ言葉使いがまるでなってない。

元々、堅苦しい遣り取りが得意ではないのだろう。

不得手なりに必死で繕っているのは見て取れたので、そこまで咎めるものではなかったが、

たまに出る地の部分に、どうもチラチラと、どこぞの妹のニヤケ顔が重なって見える。

姉として、アレの普段の言動や行動には常々頭を痛めているところではあるのだが、

 

(コキュートス様の気苦労が偲ばれるわね・・・)

 

それも個性といってしまえばそれまでだが、それでも最低限の礼儀というものはある。

礼儀作法の指導でなくて良かった。指導は好きだが、ストレスの種を抱えたいとは思わない。

状態異常には耐性を持つ我が身ながら、この手の頭痛や胃痛はその限りではないらしい。

 

それで力が入り過ぎたわけでもないだろうが、そんなわけで前回の指導は開幕ぶっぱで終了してしまった。

せっかく頂いた仕事の機会を早々に打ち切らざるを得なかったことが、残念で仕方なかった。

だが、今回はもう少し浸っていられそうだ。

 

ユリは、心中胸を撫で下ろすと、そのまま悠然と歩を進め、

ユリにはまだ遠い、しかしゼンベルであれば十分に届く間合いで立ち止まる。

 

「それで、どうします?まだ戦意はあるようですが、このまま続けますか?」

 

(ちっくしょう、完全に舐められてんな・・・)

 

その間合いが意味する所は明白だ。

いや、ユリがその気であれば、先程の状態から立て直すきっかけすら与えず、

一方的に蹂躙することだって可能だったろうことを考えれば今更ではある。

 

「冗談でしょう?あんなもん腹の足しにもならねぇですよ。お楽しみはこれからっですって」

「そうですか、それは恐いですね」

 

ジワリ・・・と、対峙するユリから発せられる圧力が増す。

 

(こっちのセリフだっての)

 

頭では訓練と分かっていても、生物としての彼の本能は全力で警報音を鳴らす。

普段は物腰も温和で理知然とした彼女だが、当然ながらその戦闘能力はゼンベルのそれを遥かに上回る。

絶対的強者から向けられる殺気――ユリからすれば、せいぜい"やる気"程度のそれだが――を前に、後退ろうとする足を留めるのに精一杯だ。

だが、この状況で弱気を見せるわけにはいかない。

稀少な機会を有効に活用したいというのは、ゼンベルとて同じことだからだ。

 

そもそもが対等以上のモンク職と拳を交わす機会自体が滅多にない。

リザードマンは元より、ナザリック内ですら――素手でも強いという意味では吐いて捨てるほどいるが――本職となると多くはない。

そして、単に腕っ節が強いのと本職のそれとは天と地ほども違うもの。

モンクとしての技術を磨くのであれば、後者に指導を仰ぐ方が絶対的に効率がいい。

 

可能な限り、一秒でも長く、一歩でも近く、そして一撃でも多く。

 

(さりとて"待ち"は性に合わねぇし、ジャブで様子見なんて余裕は無ぇ)

 

自らを叱咤するように、気合と共にゼンベルが一気に間合いを詰める。

 

「こぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

不意打ち気味の突進。繰り出すのは最も得意とし、最も自信がある、間合い・威力共に彼が放てる最高の一撃。

発達した右腕を<アイアンナチュラルウェポン>で硬質化し、一個の武器と化した手刀を槍のように突き出す。

直線的な、竹を割ったような彼の性格を端的に表した、シンプルにして必殺の一撃。

 

だが、ユリにとっては何の変哲もない、そこらの手刀突きと大差ない。

 

ユリは残念に思う。元よりレベル差は仕方ない。

だからこそ、自らの優位を少しでも減らすべく、少しでも対等に近い条件で渡り合えるように、

ユリは事前にマジックアイテムの類を全て外した上で、この教導に臨んでいた。

今のユリは、その身を飾るメイド服とガントレット以外は、ほぼ"素"の状態である。

ガントレットは、無いと落ち着かなかったので嵌めているだけで、攻撃に使用するつもりはさらさらない。

形式美といおうか、体育教師の持つ竹刀みたいなものだ。

 

手抜きだとは思っていない。

そもそもパワーレベリングといっても、一方的な可愛がりでは身に付くものも身に付かないとユリは考えている。

それでいいなら、ただ強いだけのシモベでも相手にひたすら無謀な突貫を繰り返させていればいいのだ。

だが、自分に指導を任された以上、やるからには実のあるものにしたい。

 

前日にあれこれとメニューを組んだり、ビーストテイマーの職を持つアウラに相談したり、

ユリなりに真面目に、事前の準備を含めて真剣に取り組んでいるというのに。

だからお前も真面目にやれなどと押し付けるつもりはないけれど、

いや、彼なりに真剣に考えた選択なのだろうけども。

それでももう少し、何かしらの創意工夫を見せてくれてもいいではないか。

 

先程見せてくれた成長を思えばこそ、残念さに拍車がかかる。

ゼンベルというリザードマンが、あれこれと奇策を講じるタイプでないのは百も承知だが、

捨て身の覚悟といえば聞こえはいいが、無為無策の突撃など蛮勇以外の何ものでもない。

一流戦士たるもの、数手先を見据えた組み立てをすべき。

その首の上に乗っているものは飾りじゃないのだから。

 

(それはそれで嫌いじゃないのだけど)

 

どちらかというとユリの性質は、認めたくはないが実はゼンベルのそれに近い突貫タイプ。

分からないことに頭を悩ませるくらいならば、とりあえず一発殴ってから考えようの脳筋スタイルだ。

彼に何かを掴んでもらう為に、どう対処するのが最善だろうかと思案を廻らせた末に至った結論は、

悲しいかな「とりあえず殴り返す」だった。

 

迫る手刀をギリギリで掻い潜り、零距離から発剄を叩き込む。無論、戦闘継続が可能な程度に。

先の吹き飛ばしを凌いだ技術を勘案すれば、大体の匙加減は見当がつく。

(これくらいかしらね?)そんな青写真を描きつつ行動を開始しようとした刹那、

その瞬間を待っていたかのようにゼンベルが動く。

 

必殺の速度を持って放たれた手刀を、直前に引いたのだ。

 

 

――ユリの思考に一瞬の空白が生まれる。

 

 

そして間髪入れず、それを上回る速度で放たれる左の手刀。

 

右のそれが、最初からフェイントのつもりで放ったものであれば、あるいは見抜かれていたかもしれない。

あれは間違いなくゼンベルにとって全力の一撃。だからこそユリも、全ての注意力をその一点に向けてしまったのだ。

それを直前で留め、引く。相手側の機先を外す大胆な戦法も、しかし相応にリスクを抱える諸刃の剣。

人間種であれば大きくバランスを崩し、かえって致命的な隙を作りかねない無理矢理な体重移動は、

しかし、リザードマン達にあって人間種にはない部位――尻尾が、それを可能にする。

 

リザードマンと人間種、同じく二足歩行を主とする種族同士だが、

湿地帯での活動に特化し進化したリザードマン達の足の作りは、乾燥した地表や森の中での活動には余り適していない。

狩猟班に代表される、野伏などの職業を取得している者は別にして、ナザリックにおける訓練で先ず始めに彼らが直面する壁が、

湿地以外のフィールドでの身体運用への適応。

 

実戦を想定する以上、必ずしも自分の得意フィールドでの戦闘ばかりとは限らない。

実戦形式と並行する形で、ありとあらゆる地形で十全に力を振るえる様、その為の基礎訓練もまた徹底して行われている。

 

リザードマンのもう一つの特徴である長く太く発達した尻尾。

これを使うことで、人間種のそれには不可能な動きを可能にする強みも持つ。

尻尾を巧みに操り、時に点で、時に面で支えることにより、

どんな体勢にあっても常に重心を一定に保つことにおいては、

人間種のそれに比して、リザードマン達は遥かに優れていた。

 

そんなリザードマンだからこそ出来た、ユリの常識を覆すゼンベルの動き。

突き出した右腕を引き戻しつつ、左を繰り出す。

ボクシングでいうワンツーパンチに近い動きだが、本命である大砲を見せ技にする埒外戦術。

 

このようなやり方は、教科書的観点からすれば減点モノの発想だろう。

意外性以上に、上述したリスクの方が高過ぎるが故に、博打にすらなり得ない代物。

だが、矛盾するようだが、だからこそ仮に成立した場合、それは絶対的優勢を確立し得る。

 

尻尾を杭のように突き立てての急制動。

大きく振り回すことで生まれる遠心力で右から左への急激な転身を減速することなく行い、

同時にバネのように反発力を使って前方向への突進に乗せ、更なる加速を生む。

 

オマケとばかりに、尻尾の先端を僅かに跳ね上げ砂を巻き上げる小細工は、ゼンベルならでは。

子どもの悪戯レベルの、多少なり気を逸らせられれば御の字程度に咄嗟に放ったそれだが、意外にも効果は覿面。

目潰しにもならない砂粒に、ユリは思わず反応し顔を逸らしてしまう。

 

本来であれば取らなかったろう回避行動。

前述したように、石礫など投擲系武器耐性のあるアイテムを外していたことと、

創造主たるやまいこから授かったメガネに僅かでも砂が当たることを嫌った為の、

NPCにとって本能ともいえるそれが、決定的な間隙を生む。

 

不意をつかれ、更に回避を選択したことで大幅に反応が遅れたユリ。

種族特性を十全に活かした身体運用で、神速に肉薄したゼンベルの攻撃。

幾重にも重なった想定外がもたらした奇跡の所業。

 

両者の間のレベル差が、今この瞬間、限りなくゼロになる。

 

 

(取ったぁ!)

 

 

必中の確信の最中、――ゼンベルは見た。

 

その刹那の瞬間、

 

あのユリが、歯をむき出しに獰猛な笑みを浮かべるのを。

 

 

 

 

気が付いたときには、心配そうに覗き込むリザードマン達の視線に囲まれていた。

その辛気臭い顔が物語るもの――結果はお察しというヤツだ。

 

「おい、生きてるか?」

 

痛過ぎて何やら分からない。口を動かすのすら億劫だ。

 

「もう一本いっとくか?まぁ、うん。死ななかっただけ大したもんだ」

 

ザリュースからの、何ともいえない評価に、苦笑いを浮かべる。

ポーション一本では全快し切らない程のダメージも、

復活魔法を授かった直後にも似た状態だったが、どうやら首の皮一枚で生き残ったらしい。

ゼンベルは安堵する。元より死亡上等の、極限状態に身を置くのは嫌いではないが、

レベル消失や復活失敗のリスクを考えれば回避できるに越したことはないのだから。

 

身体を起こそうとするゼンベルを、ザリュースがとどめる。

 

「あぁ、無理するなよ。あんな一撃を受けたんだ。しばらく浸っておくのも、悪くないだろ?」

 

鬼か。

 

「何しろお前が呑気に寝こけてる間、こっちはこっちで散々だったんだ。

使えるポーションの数は限られているしな。お前だけ全快しようったって、そうは問屋が卸さん」

 

どんな理屈だよ。

 

――言われて見れば、揃いも揃ってボロボロだ。

目いっぱい絞られたということだろう。

 

「ユリ様からの伝言だ。『今日の動きはとても良かったですよ。今後もこれに驕ることなく、訓練を重ねて下さい』だとさ。

それと、あそこからの派生技についても幾つかご指摘も頂いた。明日以降の訓練メニューに追加しておけとのことだ。

随分な高評価じゃないか」

 

ニヤリと笑いながらのザリュースの一言を皮切りに、

他のリザードマン達も口々に賛辞を並べる。

 

「おうよ!マジすげぇっスよゼンベルさん!」

「まったくだ、ユリ様相手にあそこまで迫れたんだ!くぅーっ!惜しかったなぁ!!」

「まさかあの攻撃をフェイントに使うとは恐れ入った」

「いや、その前の目潰しも効果的だったぞ」

「何ですかそれ?目潰し?」

「だからお前はダメなんだよ」

 

そうやって盛り上がる仲間達を余所に、黙って天井を見上げたままのゼンベルを訝しく思ったザリュース。

 

「どうした?存外しおらしいじゃないか?心配しなくたってちゃんと回復はしてやるぞ?

それともアレか?直後にあんな反撃をもらっちゃ、記憶が飛んでても無理はないが・・・」

 

いや、よく覚えている。

 

彼自身をして、臆面も無く自画自賛したくなる程に完璧な攻撃だった。

自分でも驚くほど全ての動作が合致した、もう一度同じことをやれと言われても無理だろう、乾坤一擲の最高の一撃。

そんな奇跡を起こしたのが自慢の右腕ではなく、これまで盾として使うことの方が多かった左腕というのも、

何とも皮肉な話ではあるのだが。

 

いずれにせよ、あれ以上は望みようも無いほどの千載一遇の状況を作りながら尚、

突き付けられた現実の壁は余りに厚い。慢心など出来ようはずもない。

出直しだ。

 

(でも、ちょっとくらいは・・・しばらく浸るのも悪くねぇか)

 

そして、その左手の爪先に微かに残った感触を、噛み締めるように握り締めた。

可能な限り、一秒でも長く、一歩でも近く、そして一撃でも多く。その為に――

 

(これからはお前も、がっつり鍛えてやらねぇとな)

 

 

 

 

「なんか上機嫌っすね、ユリ姉?何かいいことでもあったんすか?」

 

自室にて待機中。たまたま居合わせた妹の指摘に、思わず自分の顔を撫でる。

そんなに表情に出ていただろうか。

ルプスレギナは元々種族的に勘が鋭いところがあるし、微妙な感情の機微を見抜くのが得意だ。

その勘の良さを、イタズラなどではなく、もう少しマトモなことに活用して欲しいものだが。

 

(・・・いや)

 

ユリは首を振る。

そうやって、自分の価値観を押し付けることの何と傲慢なことか。

それが正しい行いなのだと、そうあれなどと、

それは至高の御方だからこそ許される行為なのだ。

どれだけ下賎の者に対しても、私如きには分相応も甚だしい。

 

つくづく思い知らされたのだ。

あのリザードマン、ゼンベルの一撃は、そんな自らの傲慢さを物の見事に打ち砕いてくれた。

 

(こちらが教わる立場になってしまったわね)

 

メイド服の、その部分をそっと撫でる。

マジックアイテム故に既に痕跡は見とめられないが、ゼンベルの手刀は確かにユリに届いたのだ。

太陽が西から昇り東へ沈むが如き奇跡・・・などとさすがに大袈裟だが、

両者の間に横たわるレベル差だけを考えれば、大変な偉業には違いない。

 

胸中には、屈辱ではあるが、一方で晴れ晴れとした思いが去来していた。

次に会った時、彼は、彼らは、きっとまた格段の成長を見せてくれるだろう。

 

(私も頑張らねば)

 

決意も新たに、満足げに頬を綻ばせるユリの気分を、次の瞬間、台無しにする冷や水の如き一言が浴びせられる。

 

「何か今日のユリ姉、気持ち悪いっす」

 

 

その刹那、ルプスレギナは見た。

 

此方に迫り来る、

歯をむき出しにした獰猛な笑みを浮かべたユリの姿を。

 

 

 

 

 

 

(了)




皆さんお久し振りです。初めまして今日は。肝油と申します。

映画良かったですね。DVDで何度も観返しているとはいっても、
劇場の大画面・大音量で観るそれは、一味違った魅力に溢れておりました。

中でもやはり新規カットには心くすぐられますね。
鈴木さんやハムスケ戦、ツァ鎧の体の周りを回る武器とか、アレは格好良かった。

そして多重音声バンシーも素敵でしたが、
テレビ版でも大いに話題になったシャルティア問題をああいう形で端折るなんて(どっちも音がすごかったですね)

割を食ったブレインさんには気の毒だったけども、
そういえばパンフレットの監督インタビューにあった
ブレイン絡みの怪しい追加カットというのは何処のことだったんだろうか・・・

そして何より、九割方それ目的で観に行ったところもあった特典小説。
三吉君さんは一般メイドにも色々嫉妬を被ってそうで大変だ。
「アインズ様の玉体を洗った後の、飛び散った泡掃除という貴重な機会ががが!!」



皆様、ごきげんよう。
ナザリック地下大墳墓一般メイドの一人、お姉さんだよ!

種族レベル1のホムンクルスである一般メイド。
戦闘能力は皆無の賑やかしなどと揶揄される私達ですが、
私達とて至高の御方によって生み出された誇り高きNPC。
至高の御方々への――現在はアインズ様お一人ですが――忠誠心は他のNPCの皆様と同等、
メイドとしての技術、所謂"メイド力"に関しては、私達こそが優れていると自負しております。
あとご飯大好き!ふわっとろのオムライス!カリカリのベーコン!そして温かいミルク!!
ビバ!!!

・・・失礼致しました。

そんな一般メイドの仕事はナザリック内における雑務全般、とりわけ清掃は重要な任務です。
至高の御方がお住まいになる聖域に、ゴミ一つ、塵芥とてあってはならないのです!
埃を払うような仕事であっても決して手を抜くことはありません!

え?一番大変な仕事は何かって?
どの仕事も等しく大変ですよ。優劣を付けられるものではありません。
ですが、そうですね。敢えて、強いて一番を挙げるのであれば、やはり「アインズ様当番」ではないでしょうか。

この地にただ一人お残りになられた慈悲深き君であられるアインズ様の、至高の御方のお側に侍り、
24時間侵食・・・もとい寝食を共にする権利。
もちろんいと高き君のお側仕えともなれば、それ相応の能力を求められます。ぶっちゃけ大変。飯抜き上等。
ですが、これほど遣り甲斐のある仕事があるでしょうか!

もちろんアインズ様はアンデッドであられますから睡眠はお取りになりませんし、お食事も為さいません。
ですが、それは裏を返せば、常に動き回るアインズ様を眺めていられるということ!
ああ、不敬ながらその一挙手一投足、さりげない振る舞いの全てが気高く愛しい!持って帰りたい!!
リングオブサステナンス最高!!

・・・失礼しました。

そんな次第で、やはり大変な仕事ほど遣り甲斐もある、つまり競争率が高くなるのは必然でして、
その意味で「アインズ様当番」は、数ある一般メイドの仕事の中でも一番人気と言って良いのではないでしょうか?
え?2番?2番ですか・・・。いえ、2番でダメということはございません。
先程も言いましたが、私達の仕事に本来優劣はありませんからね。
どの仕事も等しく大変です。

ですが、そうですね。大変な・・・人気のある仕事というと、やはりアインズ様関係になってしまうでしょうか。
こればかりは仕方ありません。そうあれと!至高の御方にお仕えするべく生み出された、
それが私達一般メイドを始め、全NPCに共通する使命ですので!

例えば、お召し替えのお手伝いなどは人気が高いですね。
読書家で、普段は物静かなインクリメントもこればかりは鼻息も荒らになるほどです。
だって女の子ですから。服の着せ替えに夢中になるのは、これは本能というものでしょう。

は?ヨコシマな感情を抱いたりはしないのか?何と下世話な・・・
貴方のような方には理解できないかもしれませんが、私達は自分の仕事に誇りを持っております。
断じてそのような、個人的な欲望を優先させるような公私混同は致しません!

高貴たる玉体に目を触れるすら勿体無いというのに・・・指先が触れるだけでも満足です!一週間は洗いません!!

・・・あぁ。え?いえ、今の"洗う"で一つ思い出したことがありまして・・・。
以前まで人気の仕事がもう一つあったんですよ。
湯浴みのお手伝いなんですが。

まさかっ!直接、お背なを流すなどと!!
何度も嘆願したけど、こればかりは頑としてご許可を頂けませんでした・・・
ですが、アインズ様がお浸かりになった後の浴槽を清掃することはお許し下さったので。

アレも競争率が高かったんです。どうして過去形なのかって?
いえ、アインズ様は高潔な方。その白磁の顔を、常に清廉に保つことにも抜かりのない方でございます。
それは今でもお変わりありません。ただ、最近はお試しになられた新しい入浴法がいたくお気に召したらしく・・・

皆までは言いませんが、スライム――三吉君様と仰るのですが、彼・・・彼なのでしょうか彼女なのでしょうか、
性別は無いと思われるのですが、ともかく三吉君様に直接玉体を這わせ汚わいを濯がせるという手法を取られるようになりまして、
何しろ汚れ等が一切出ないものですから、浴槽の清掃し甲斐が全くないというか泡とかそういう文字通りのお零れがですね・・・
いえ!別に密かに手にもって恍惚に浸ったりなんてしませんけどね公私混同なので!!

そんな次第でアインズ様はご満悦なご様子で、でもメイド一同としては胸中は複雑なわけですよ。
分かって頂けます?理解不能?そうですか、まぁ貴方では分からないでしょうね、このレベルの話は・・・
あら?ソリュシャンさんじゃないですか?どうされたんですか?え?何の話をしていたのかって?
そんな大した話じゃないんですよ。実はかくかくしかじかの・・・って、ソリュシャンさんっ?
何処行くんですか、ソリュシャンさん?!

ソリュシャンさーーーーん!!!

一体どうしたんのかしら?あんなに取り乱したソリュシャンさんは初めてなような・・・
お姉さん、もしかしてちょっとしでかしちゃった?


・・・・・・ここで何があったかは忘れて下さい♪



そんな各話感想的な。

『メイドインデイドリーム』
DVD第一巻付属の特典小説「王の使者」に登場したメイドが主人公。
お姉さん登場のくだりは、見本として公開されておりましたので、皆さんご存知かと思います。
そうです。「お姉さんはぷんぷんです!」の人です。

アレが彼女の個性なのか、
あるいはシモベ全般に対する、一般メイドのごくごく平均的な対応なのかはさて置き(今回は前者で)
エンゲル係数高め設定のホムンクルスですが、性欲も相応に強かったりするのだろうか強いといいなぁと思いながら書きました。

シモベ達は本編における扱いが悪い分、色々妄想が捗って楽しいです。
アインズ様に手ずから赤い布を賜ってご満悦なハンゾウ・リーダーとか、
アンデッドの割に無駄に感情豊かなところなどが実に微笑ましい。
エイトエッジ・アサシンに代表されるシモベーズなりの頑張りも、何かしらの形で報われて欲しいものだと思います。



『誰でも簡単、楽々SOUJI術』
劇場版特典小説のテーマの一つと思しき「姉妹愛」
ベイロン姉妹もいつか再会を果たせるといいなぁと思います。

特典掲載のツアレ公式絵があんまり可愛らしかったもので。何しろこれまでの公式絵じゃ潰れた顔しか拝めませんでしたからね。
あんな可愛らしい子が・・・とかはさて置くとして、ネタの方は若干頭の悪い方向にシフトしてしまったのは、
どうにもセバスは中の人のイメージからギャグ要員的なポテンシャルへの期待が拭えませんで。
あとは「エクレアさんの!かっこいいとこ見てみたい!」的なノリで。

ともあれ頑張れツアレってことで一つ。


『女教師、麗しの鉄拳』
そしてトリを飾りますは劇場版特典小説の主人公、ユリ姉様のお話でした。
原作6巻のイビルアイ戦(2期に期待!)が好きで、ああいう近接上等の殴り合いを書いてみたいと思いまして。
アレは殴り合いというより鬼ごっこというか、アイちゃんはひたすら距離を取ろうと必死になってただけですが。

それと、最新11巻でもう少し活躍というか成長振りを披露する機会があるかと期待するも、
文字通りのお荷物どころか後半に到っては<完全空気化>という悲しい特殊技術発動のゼンベルにもスポットを!
リザードマンという括りでいえば、こちらも2期に期待ですね。

11巻の話題でいえば、明らかに変態だと誤解されてるコキュートス可哀相。
違うんです!あいつは某ペタン血鬼とは違うんです!
いつか生まれるであろうお世継ぎに、してあげたいことの予行演習だったんです!!他意はないんです!!!
お馬さんごっこの妄想は出来ても、果たして実際に乗せてる相手の具合までは判断が難しい部分!
部下に強要出来る内容でなし、さりとて同僚に頼むのも気が引けるところで咄嗟の思いつき!苦肉の策!・・・多分。
真実アインズ様にバブみられてオギャりたい妄想を抱いているのは統括だけ!

そして2期としてはシャルCHAIRにも期待だ!!




以上、特典小説がプレイアデスメインということで、
メイド中心の豪華?3本立てでお送りしました。
お楽しみ頂けましたら、また次の妄想話でお会いしましょう。
そしてビバ、2期!ビバ、オーバーロード!


肝油でした。


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