幸せな過程   作:幻想の投影物

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長らくお待たせしました。
例の如く長いので適度に目を休ませることを推奨します。


ペルソナ舞踏会

「それじゃあ、改めて立候補させていただきます。ギーシュ・ド・グラモン。誉れ高き軍人グラモン家が四男のギーシュと申します。以降お見知りおきを」

 

 ルイズに「水のルビー」と呼ばれる王家の秘宝と一通の封筒が渡されて少し。ギーシュはアンリエッタの目の前に跪いていた。その整った礼儀の形は、礼節を弁える貴族らしくも己を誇示する意思が滲み出た矛盾がある。それほどまでの意志の強さは、圧倒的な敗北を前にしたが故か。さて、語られることは彼の胸の内ばかり。

 

「まぁ、あのグラモン家の息子とは。しかし、どうしてここがお分かりに?」

「恥ずかしくも、麗しき姫殿下の姿がお見えになられたので後をつけた次第。この無礼は謝罪いたしますが、どうかかの任務に私めをお使いになられてほしいのです。この身は軍人の息子、元より死ぬ覚悟は定まっております故」

「是非もありません。かのグラモン元帥の強靭な意志を受け継いでおられるならば、断ろうはずもありませんわ。よって、不徳はわたくしの名の元に取り除きましょう」

「ありがたき幸せ」

「顔をお上げになって、わたくしたちは最早共犯者なのですから」

 

 その言葉を聞き、ルイズははたと聞き返した。

 

「共犯者、ですか?」

「ええ、これから向かう先は戦乱のアルビオン。その中に密偵を送りこむ他国の王女は、空き巣の如き卑しいものに違いありませんもの。ですから、貴方たちの罪はわたくしの罪ともなりましょう……」

「王家の為ならば罪ごときは些細事。あなたのおともだち、ルイズの名に懸けて」

「成功を確信して待ちますわ。それではお邪魔したわね、ルイズ」

「いいえ、わたしたちの事はお気になさらず。夜の道はお気をつけて」

 

 アンリエッタは黒いマントのフードを深くかぶり直すと、闇に紛れて扉の向こう側に消えて行った。足音がほとんど聞こえない辺りは、お忍びの御姫様を何度も演じているが故の慣れであろう。ここまでの習熟度を得るまで一体どれだけの「脱走」を繰り返したかは知らないが、ルイズから見ればお城の警備兵へ謝罪の念を送るばかりである。

 

「っし、参加成功。明日からよろしく頼みます、師匠(マスター)

「いい加減くどい奴だな、え?」

「ここで諦めるなんてありえないよ、程度は弁えるけどね」

 

 気障に笑顔を浮かべながら、これ以上女子寮に留まる事は流石に風評被害が危ないからとギーシュもルイズの部屋の窓から去って行った。彼は土のメイジだが、最低限レビテーションの呪文は扱える。それで浮かび上がりながら、壁を蹴って勢いよく消えて行く彼の姿はすぐさま見えなくなっていた。

 まったくもって、ディアボロを召喚してから騒がしく忙しい日々が舞いこんできたものだと、アンリエッタに渡された水のルビーを見て思う。明日の速い朝に備えるためにも必要なものを取りそろえた彼女は、多少蒸した夜を過ごすべく、ベッドのシーツにくるまったのであった。

 

 

 

 昨夜の蒸し暑さが一気に冷めて、数キロにも及ぶ靄が立ち込めていた。お忍びの特務、という点においては非常にありがたいものであるが、ここで一つ(きり)(もや)の違いについて簡単に言っておこう。霧は見渡せる範囲が1km未満の濃度が高いものであり、靄は10kmほどまでなら何とか見渡せると言った薄い状態を指す。

 現在はその靄の方である故、学院から覗かれる心配などが懸念されるであろうがこの際に肝心なのは「敵」に此方の正体が探られることだ。多数のベテランメイジ…つまりは教師が治めているこの魔法学院に悪意を持って近づこうものなら、仮にもスクウェアであるギトーが気付く可能性が高い。つまりは視力による認知の外ですら無ければ、この学院からの動きを観想する事は出来ない。

 

「フン。小難しい事を並べ立てても敵らしき影は微塵も無い、か」

「どうしたのよディアボロ。なんか見つけたの?」

「その逆だ。何も見つからん」

『こんな朝もやすら見通しちまうのか、旦那にゃぁ驚かされてばかりだァな!』

 

 そっけなく吐き捨てた言葉にデルフリンガーが反応する。この剣も幾度も戦場をくぐりぬけて来てなお、魔法の加護があるとしても折れることなく生き残って来た戦士の道具だ。そのため、遂に来てしまったいつであっても戦闘を想定とした場で戦いの初心者達の為に柄と鞘の間を開けておいたのだが、ディアボロも半ば予想通りに雑談すらペラペラと楽しんでしまう始末である。

 だが、働きに関しては信用してくれていいとは本人、いや本剣の言。ディアボロの観察眼は真偽が見抜けぬ節穴では無いゆえ、幾ら煩かろうとデルフリンガーにとっては幸いにも口が閉じられる事は無かった。

 そうしたやり取りをしていた二人に近づいてくる人影があった。二人の旅支度より多い荷物に包まれるようにも見えるその姿は、ギーシュという少年。自分の馬へ荷物を括りつけながら、遅れてすまないと彼は謝罪を述べた。

 

「なによその荷物。食糧はともかくとして……なに、ホントに?」

「これがないと朝起きれなくてね。あとはトレーニング用の諸々さ」

「…目覚まし時計か。恐ろしく古いが」

 

 ディアボロの呟きに、耳ざとくギーシュが目を瞬かせて聞き返した。

 

「へぇ、これってディアボロの故郷にあったのかな? 是非詳しく聞いておきたいね。と、その前にちょっと使い魔を連れて行きたいんだけど…いいかな?」

「使い魔…そう言えば見たこと無かったわね。メイジと使い魔は一心同体の通り連れて行っても問題ないと思うわ」

「それは良かった。おいで、ヴェルダンデ!」

 

 ギーシュが地面に向かって呼びかけると足元の土が盛り上がり、ぼこっと割れた土の中から巨大なモグラがはい出してきた。ジャイアントモール。名の通り巨大なモグラは、髭の伸びた真っ黒な鼻をヒクつかせながら主人であるギーシュに擦りよって甘えている。大きさはキュルケのサラマンダーより一回り小さいくらいだろうか。それでも、十分大きいことには変わりないのだが。

 

「お腹一杯ミミズを食べて来たのかい? そうか、それは良かった! これでこれからの長い旅路にも困る事は無いね」

「モグラって…わたしたち、天空に浮かぶアルビオンに行くのよ? いくらモグラが地中を進むスピードが速いって言ったって、流石に邪魔になると思うのだけど」

「……え?」

 

 モグラとギーシュ。二人揃ってショックを受ける様子は見事なシンクロ具合である。

 

「だがこの大きさなら脱出経路を掘らせるには丁度いいかもしれん。ある程度までなら連れて行けばいい。いざとなれば肉盾か、非常食にもなる」

「……えっと、モグラって食べれたかしら?」

「ルイィィィズッ! 論点はそこでは無いと思うなぁ!?」

 

 ディアボロは自分の発言でうろたえ始めた一行に頭を抱えそうになるが、また一人近づいてくる気配を感じ取ってすぐさま臨戦態勢を整えた。キング・クリムゾンの固まったような表情で立ち込める「もや」の先を見据えると、どこか高貴さを醸し出す装束を着こなした髭が特徴的な人物がこちらに優しげな視線を向けて歩いて来ていた。

 自分の事を見ていると分かったのか、こちらに駆け寄って来たその人物はディアボロの警戒もなんのその、帽子を脱いでお辞儀する。

 

「やぁ、君たちが姫殿下の依頼を請け負った勇者君たちかな? 魔法衛士隊が一つ、グリフォン隊隊長のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。貴族階級は子爵さ。よろしく頼むよ」

「フン、味方か。ルイズの使い魔だ。腕のきく傭兵とでも扱って構わん。だが命を受けたからには相応の働きを期待させて貰おう」

「グリフォン隊……その隊長だなんて! 僕はこんな奇跡がまだ信じられないよ。ああっと、ギーシュ・ド・グラモン。よろしくお願いします、ワルド子爵」

「そう畏まらなくても構わないさ。僕も一人の衛兵に過ぎないからね、今回ばかりは貴族階級は飾りだと思ってくれたまえ」

 

 爽やかな笑顔を綻ばせた彼は、ギーシュとは違った大人らしい清純さが感じられる。グリフォン隊という一戦闘部隊を率いる者としてもその引き締まった肉体は相応の圧力や威厳と言ったオーラが滲み出ているようで、ギーシュはその圧迫感に生唾を呑み込んでいた。

 その紹介の前から少し時間が止まっていたルイズも、ようやくその口を開くに至った。

 

「……ワルド様?」

「久しぶりだなぁ、ルイズ。僕のルイズ! まさか、婚約者の護衛を任されるなんて本当に光栄の極みだよ!」

「ワルド様!」

 

 先ほどまでの荘厳な雰囲気とは一転し、まるで年に一度であった友好のある親戚へ対するようなそれになった彼は、身に付けている装飾品で傷をつけないように気をつけながらもルイズを自分の目線にまで彼女を抱きあげる。

 真っ直ぐに、子供のような無邪気な視線でルイズを見つめる彼からは親しさという安堵を感じさせる雰囲気があり、それに呑みこまれたルイズは恥ずかしげに首を振った。

 

「その、二人の前ですから…」

「おっと、二人きりじゃなかったんだったね。君達、すまないね。ついつい浮かれてしまったようだ」

「感動の再会を邪魔はできませんとも。ルイズ、君にはとてつもない婚約者がいたもんだ!」

「あ、え、ええと……とりあえず! 下ろしてくれませんかワルド様…」

 

 どうにもいたたまれないのはルイズの方である。カミングアウトの連続に、さらには16の良い歳であるにも関わらず幼子にするような扱いは流石に厳しい。その意図を汲んだらしいワルドはもう一度ルイズに謝ると、それじゃあ出発だ! と清々しい号令をかけた。

 

 

 

「あのフーケが脱走!? チェルノボーグの牢獄から一体どうやって……」

「どうやら外から手引きした奴がいたらしい。何と言っても、フーケはトライアングル以上の実力を持つ魔法使いでもあるからね、犯罪集団にとっては引く手数多だったんだろうさ」

 

 グリフォン隊の名に偽りなく、颯爽とグリフォンの背にまたがったワルドが時事をルイズに語って聞かせている。その両隣に並走してディアボロとギーシュが馬を駆り、安定したペースで走っている姿は中々絵になっている。

 そんな中、ひとつの無機物がカタカタと金具を揺らして騒がしく言い放った。

 

『ハッハァー! やい娘っこ、楽しそうじゃねーかよ』

「インテリジェンスソード! 君の使い魔は随分珍しいものを得物にしているんだね」

「そうね。ともかく頑丈だから、ディアボロが扱っても折れないのが一番だって彼が言ってたわ。それ以外にも剣そのものの経験が強いって」

「戦いに関しても、最高の使い魔を召喚できたみたいだねルイズ。そう、強い武器や鋼の体を持っていても、戦場ではそれを扱う経験が無ければただの木偶にしかならない。彼は随分と屈強なようだし、歴戦の傭兵を召喚したってところかな?」

 

 ちらりと問いかけるように視線を投げたワルドに、ディアボロはさぁなと短く返した。

 

『旦那、気難しいもんでね。まぁ気にしなさんなや若造』

「僕を若造とは、これまた驚かされる。どれほどの時を生きてきたんだい?」

『さぁな? そうだ、始祖の時代からってのはどうだ!』

「……ハッハッハ! それは凄い。だったら、魔法が掛かっている筈のインテリジェンスソードがそれだけボロボロなのも頷けるよ。…おっと、談笑に興じている間にもまた日が高い位置にあるな。少し急ぐが、ペースは平気かな?」

「次の(替え)も近いですし、これを乗り越えたらラ・ロシェールに急がせましょう。隊長のグリフォンは持ちますか?」

 

 挑発的に問いかけたギーシュに、ワルドは得意げに鼻を鳴らして応えた。

 

「ギーシュ君、心配は御無用だ! むしろ今は君達に合わせていたのでね。コイツ(グリフォン)も遠出の機会も最近は少なくて、まだまだ走り足りないようだ」

「ねぇワルド。あなた、ちょっとはしゃぎすぎて無い?」

 

 まるで少年のように振舞う彼に、過去の面影とそれでもなお衰えない彼の若々しさを正面から受け止める位置に居るルイズが訪ねれば、そうかもしれないとワルドは再び笑って見せる。

 

「なんせ軍規は厳しくてね、隊長ともなると心の安らぐ時は中々訪れない。とすると、ある程度の自由が許されるこの任務はうってつけなわけだよ、僕のルイズ」

「呆れた! 立派になってたからさっきはどもっちゃったけど、変わらないのね」

「男はいつまで経っても心は少年だよ。いつだって恋焦がれることに老いはないのさ」

「……もう、ホントに子供。なんだかわたしが年をとった気分だわ」

 

 ワルドの本質を垣間見たからだろうか、はたまたディアボロとの語らいの中で冷静さを身に付けたからだろうか。ルイズはこの婚約者の言葉に苦笑を禁じ得ず、彼の腕の中でグリフォンの温かさを感じて毒気を抜かれてしまった。

 その指に水のルビーの煌めきを感じながら、舞いあがっていた過去の自分が引っ込んでしまって、いまの自分に戻っていく事を感じるルイズなのであった。

 

 

 

 その日の夜も更けたころ。ペースは落としていたせいか深夜と言ってもいいほどの暗闇の中に一行の姿はあった。トリステインの貴族という意味でもひときわ目立つピンク色をした髪の持ち主である二人は闇にまぎれるよう帽子をかぶっているが、上を見上げていることもあってその特徴は端から見えてしまっている。

 それもその筈。港、と銘打たれたラ・ロシェールの入り口は幅の広い臨海が展開されているのではなく、ごつごつとした岩や小石が転がる自然の道であったからだ。ある程度の道らしき跡はあるのだが、それも小石が毎日位置を変えて転がっているのか探すにも一苦労。暗く道の明かりすら見当たらないこの場所は、どうにも酷いものであるとディアボロは眉間にしわを寄せている。

 

「……この感じは。みな気を引き締めろッ、伏兵がいるぞ!」

 

 風のメイジであるワルドの叫びが一行の耳に届く。同時に、ばれたとあっては意味も無いと言わんばかりに岩山の上から幾つもの燃え盛る松明が落とされた。火の手を広がらせてあぶるのではなく、人間以外の動物()を牽制するための手段。

 山賊などでは無い、知恵ある行動に何か気付いたディアボロが小さく目を見張ったが、生憎とそれに気付く者はいなかった。同時に、矢が風を切って飛んできたのだから尚更だ。

 

「ギーシュ、壁!」

「分かってる! 錬金ッ」

 

 馬から飛び降り、すぐさま胸元から造花の薔薇(メイジの杖)を取り出したギーシュが地面に向かって魔法を行使する。そして凄まじい錬度で現れた人の身の丈ほどある上側にカーブのついた即席の盾が一向に振りかかる矢の雨を受け止めた。青銅では無く、固いながらも湿気を帯びた土は衝撃を吸収して矢の兆弾による被害を防ぐ。兵法書と、父親から送られた戦いの心得を身に付けて来たギーシュの真価が此処に来て発揮されていた。

 

「おや、君は動かないのか?」

得物(リーチ)の差だ。適材な貴様ら魔法使いに任せておこう」

 

 デルフリンガーを鞘の中に収めると、彼に譲る様にディアボロが言う。

 

「我武者羅に突っ込むようなイノシシじゃなくて助かるよ。やはり君は要人警護には最適だ。特に今回の様な任務には……ね?」

「フン、どうだかな」

「では、お披露目しよう! 風のメイジの力を! ……と?」

 

 さっと杖を振り上げたワルド。既に風の様子で敵の位置は確認できており、あとは敵のいる位置に向かって風魔法(エア・ハンマー)を打ち込めば済む話だったのだが―――ちょっとばかり、異変が起きた。

 まず見えたのは火炎のごうごうと燃え盛る光。一瞬映った緑色の体が空を駆けていたかと思うと、力強い羽音と共に竜巻が岩山の上を陣取っていた人間達に降り注ぐ。これは一体どうしたことだ。危険も既にないと悟ったか、ギーシュやルイズが土の壁から顔を出して其方を覗いてみると同時に鎧を着た男たちが転がり落ちる音が聞こえてきた。強かに岩肌に体をぶつけ、最後はこの山の固い地面に叩きつけられたのだ。痛いどころで済む筈がなく、声という声もあげられずに呻いている様子が聴覚一つで聞き取れる。

 

「……これは、どうした事かな。たしかお忍びだったと聞き及んでいたのだが」

「俺に聞くな。おおかた、靄を見通す色狂いが燃え上がったのだろうよ」

 

 ディアボロの返しに、ルイズがあらと声を上げる。

 

「ディアボロ。随分トリステインに染まったみたいね」

「マルトーがポエムをしたためていてな。その発表に付き合わされて見ろ、誰でも少なからずは影響を受けかねん」

「それはまた…災難だったね」

「黙っていろ。小僧に同情される云われも無い」

 

 しまった、と思った時には時遅し。なにかと色々抱え過ぎて頭を抑えたディアボロ達の元に、例の羽音の持ち主が近付いてきた。周りの埃を舞い上げながら着陸した幼竜に乗っかっていたのは、最近ルイズと馬鹿をするようになったお決まりの二人である。

 

「ハァーイ、ルイズ! あんたまた面白そうなことやってるじゃない。タバサ叩き起こして後をつけてきちゃったわよ」

「……眠い」

 

 なんというか、どこまでもいつも通りの二人を見てルイズは深い息を吐くばかり。

 

「…ねぇワルド。あなた気付かなかったの?」

「流石に上空は探知範囲外さ。ましてや、地上へ既に探知を敷いていてはね」

「ギーシュ、ディアボロ」

「最後はグリフォンに追いつくのもやっとさ」

「…奴らから目的を聞きだそう。目ざとくお国事を聞きつけた輩なら背後(バック)を聞かねば後が厄介だ」

 

 不機嫌そうに目を反らしたディアボロが鎧の男たちを回収し、ギーシュもそれに同行してアース・ハンドの魔法でしっかりと逃げないように固定する。それから盛り上がって来た後方の黄色い会話を聞き流しながら、ディアボロは座らされた男の前に立つと威圧するように彼らを見下ろした。

 ギーシュは何も言われずともその後方に控え、わざとらしく杖をちらつかせる。牽制に加え、彼らの命はこの杖一つで決まるのだという脅しも含めた行為である。

 

「さて、場も整ったことだ……貴様ら、何のために襲った?」

「ハッ! 随分みなりのいい奴が近付いているって仲間が見つけたんだ。俺たちゃ明日も知れない傭兵でね、貴族様のおこぼれにあずかろうとしただけさ。…おおそうだ! なんなら、これでも貰ってくれや、ペッ!!」

 

 吐き出した唾がディアボロの足元に落ちる。へっへっへ、と下品に笑った傭兵にやれやれと首を振ったディアボロは首を横に振りながらその男に近づいたその時、鎧の上からアッパーの形で殴りつけた。鎧に生身の拳を当てたことに正気を疑うような視線が集まったのだが、

 

「ガッ!?」

 

 男は、たったそれだけを言って命尽きる(・・・・)。たった一発、たった一発の拳だ。胸倉をつかみ上げるように殴っただけでその男は絶命してしまったのだッ!

 最初は状況が理解できていない男たちだったが、仲間の動向が開き切った様子と、口から流れ出来た尋常ではない血液の量を見て悟る。喋らなければ殺される。だが、男たちの雇い主もまた…喋れば殺すと、そう言った。

 

「ふむ、口を割らんな……? ああ、少し教えてもらえば私はこれ以上手は出さん…。口止めでもされているのか? だがそれも監視がついていなければ逃げれば済むことだ……それが分からん程に腐った脳ミソを詰め込んでいる訳でもあるまい? 話した方が楽だと、この私は思うのだが、どうかな……ン?」

 

 子供をあやす時に言い聞かせるような、それでいて威圧と言外に一人ずつ死んでいくと言う恐怖を染み込ませて。ディアボロは優しげな声色で言い放った。そして、ディアボロの言葉に男たちの中には「喋っても逃げればいい」「利益は十分貰っている」という思考が思い浮かぶ。

 それからはあっという間だった。男たちの中でも誰かが身じろぎする度にギーシュが杖をちらつかせたことで、ジッパーの壊れたカバンよりも、底の抜けたバックよりも酷くベラベラと証言が集められる。曰く、仮面をかぶった男に襲撃を言い渡された。それ以外には何もないのだと。

 金払いがよく、襲撃の依頼も殺しきることは別に求められていない。メイジが居るとは知らなかったが、それでも以来の中でも破格の報酬だったことから死の危険も含めて二つ返事で受けたのだと、男たちは皆声を小さくその「依頼人」に聞かれないように真実を吐いた。

 

「ギーシュ、魔法はどの程度で解ける?」

「僕らが去ればすぐにでも。なんなら、ここで逃がしてしまおうか?」

「それでいい。…ああ、一人死んだ事は隠しておけ」

「言われずとも。風評被害は貴族の天敵さ」

 

 ギーシュがもう一度杖を振るうと、傭兵たちを縛り上げていた土の拘束が解かれる。悪魔よりも残酷な男からいち早く逃れようと、悲鳴を上げて彼らはその場を去って行った。その場に、一人の死体をを残したまま。

 ギーシュもそれには見かねたのか、頼んだ、と言えば地面にぼこっと穴があいて、その中に男の死体が隠される。ジャイアントモールのヴェルダンデがギーシュの命令を理解し、掘っていた地面の穴の中に適当に落としたのだった。

 

 それからすっかり騒がしくなった彼女たちの元に戻れば、男一人でどこか気まずさもあったのかワルドの助かった、という安堵の息を吐く様子が見える。それから様子を一変させたグリフォン隊の隊長は事の次第をディアボロ達に聞きだした。

 

「何やら仮面の男に依頼され、命を握られた状態だったようです。凄腕のメイジで、支払いも良かったことから組織の計画的犯行か、権力のある貴族が裏に居たかも知れません」

「ふむ……だがその傭兵は」

「叶わぬと知って逃げていった。今頃は下山の為に汗水と涙でも流している頃だ」

「ならば捨て置こう。気をつけるべき敵の存在があると知れただけでも収穫だからね。ともかく話をまとめていたのだが、女神の杵亭にて一拍の後、朝一番で出港する事に決まったよ」

 

 ワルドの様子がどこか疲れたように見えるのも仕方がない事だろう。そんな彼の横から、その豊満な胸を張ってフンスと威張るキュルケが顔を出していた。

 

「当然、あたし達も参加させていただきますわ。戦力はトライアングル、ドットのギーシュとは比較も出来ない自負はありましてよ」

「…という一点張りでね。ルイズ、ディアボロ君。君達に意見を聞きたいのだが」

「ゲルマニアに言いふらされてもたまんないわ。道連れでいいわ」

「死んだところで口煩い相手が減るに過ぎん」

「満場一致か。仕方ない、かな」

 

 当然ながら、あまり良いとは言えない展開に渋々ながらもワルドは従うしかなかった。特徴的な小麦色の肌はゲルマニア人の証であり、密告などの心配はなさそうだが彼女の拗ねて帰ってしまえばこの任務に出張った意味すら、トリステインの未来の全ても無くなってしまう。何より、「任務」を重んずるワルドにとって任務失敗の可能性は出来る限り抑えるべきであるのだ。

 四人から六人と言う大所帯に増えてしまった一行は、その貴族と言う立場から有り余る資金を女神の杵亭につぎ込み、明日への宿賃として支払うのであったとさ。

 

 

 

「なんとか今日中に着けて何よりだ。スヴェルの翌日までに一日、準備を整える時間が出来た。貴重な時間だからな、各自明日の過ごし方を部屋で決めて来てくれたまえ」

 

 そう言ってワルドが部屋の鍵を受け取って、鍵束から鍵を渡していく。

 

「スイートルームさ。僕とルイズ、ディアボロ君にギーシュが同質。君たちは予定外だから、同室にしておいたけど構わないね?」

「ええ。婚約者様だものね? それじゃあルイズ、大人の階段でも何でも昇っていらっしゃいな」

「昇らないわよ! その話題が下に行きつく癖どうにかならないの?」

「お父様やお母様ゆずりだもの。清き血をどうして蔑ろに出来るかしらね? さぁ、行きましょタバサ。今度食べ放題で奢ってあげるから」

「…ハシバミ草、2スタック」

 

 ちゃっちゃと部屋の中に消えて行く二人に手を伸ばせど、悪態も何も出て来ることなくルイズは項垂れるばかりであった。キュルケといると精神的な疲労が絶えないと言う事もあり、ルイズは一応は久しぶりに出会った昔馴染みとの語らいも精神安定には丁度いいかもしれないと思ってワルドと部屋の中に入って行こうとした。

 その前に、顔だけ出してディアボロに伝えておく。

 

「ああディアボロ。……今日と明日くらい、自由にしてもいいからね?」

 

 顔を赤くしてすぐさま引っ込んだ部屋からは、錠前の締まる音が聞こえてきた。

 

「……青春ですねぇ、師匠」

「慣れん事を言っただけに過ぎん。小娘が」

 

 ディアボロの頭にノイズが奔る。まだ妻に裏がばれていなかった頃。トリッシュと過ごした日々……ノイズがかった思い出が現れては、無理やりにルイズの面影と重ねようとしてくる思考。

 まるで浸食されているようだと、頭の中がかき乱されている彼はそのそぶりを表に出す事すらせず、鼻を鳴らすだけでその「洗脳」の力から己を取り戻した。

 

 ―――この思いは、ルーン。貴様如きに強制されたわけではないッ! このオレが、オレであり続けるからこそルイズへと誓った忠誠……思い出を引きずり出したところで無駄だぞ…。トリッシュは、もはやオレの娘ですら無い…ッ!

 

 ディアボロは断言し、抗った。

 自分の意志で光を見つけ、自ずから動く事でその形を成す。そこには偉大なる魔法だろーと、国に伝わる伝統だろーと何も関係がない。ルーンの鳴らす頭の中の警鐘は消えて行き、クリアになった思考の中でディアボロは再び己がこの世界で生きる意味を格付ける。

 頂点を、絶頂の先に進むことこそがシエスタに見出して貰った己が道。師事されたものであれど、それは己が進む事を強要されたのではなく選択した道でしかない。故に、それを進むことに何ら間違いなど無いのであると、固く誓う。

 その表情は表に出ていたのだろうか。ギーシュの、憧れに満ちた顔がディアボロの視界の端に映った。恐らくは表情では無く、目から己の心情の一端を垣間見たのであろう。その事に関して何も言わず、ディアボロは与えられた部屋の扉を開けるのであった。

 

 

 

 ワインの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。天蓋付きのベッドは如何にもと言った雰囲気を醸し出し、その目前には二人の男女が控えている。高級そうな造りも座り心地も並みでは無い椅子にそれぞれが体を預けながら、髭を蓄えた美麗な青年と、まだ少女らしさが抜けていないが造られた人形よりもなお美しい顔立ちの少女が向き合っていた。

 カツン、と当てられたグラスの硬質な音が無音の部屋に響き、フクロウの寂しげな声が遠くから聞こえてくる。青い月夜を水面に映した紅いワインを煽って、二人は笑顔を見せ合っている。

 

「おや、あまり手が進まないようだね?」

「寝る前のワインは控えるようにしているの。ワルド、軍務は大変だって聞くけど、まさかヤケを起こしてたっぷり飲んだりしてないでしょうね?」

「残念ながら、少しはある。まぁ体験談から二日酔いが酷くて、それ以降はさっぱりだけども」

「やっぱりお茶目で子供らしい時もあるのね。ああ、それと個室で帽子はご法度よ」

「おっと失礼。君と共に居る時間があると知って舞いあがってしまったようだ」

 

 取り外したつばの広い帽子を外し、灰色の長髪を露わにさせる。どこか似通った髪形同士が向かい合って、どことなく面白さが込み上がって笑みを漏らした。

 

「姫様からの任務、何か受け取ったものはあるかい?」

「旅の安全に水のルビーと、それからお返しの文を一つ。姫殿下もお人が悪いったら、水のルビーは国宝なのに売ってしまって旅費にしても構わないって」

「なんとまぁ。流石は姫殿下。まだまだお姫様気分が抜けていらっしゃらない」

「あら…ソレ、正面から言ってみなさい、反逆罪よ?」

「オーク鬼の居ぬ間になんとやら、さ。流石に本音を晒したくもなる」

「それじゃあ、あなたも晴れて立派な共犯者なワケね。姫さまの仲間が増えて下さったなんて言ったら、あの方の顔がすぐに思い浮かぶわ」

 

 口を手元で隠してくすりと笑う。ルイズも中々に言うような性格になったのは、常にぶっきらぼうにも見える厳しいディアボロの隣でそれなりに過ごしてきたからだろう。ただ、彼と出会って、彼から与えられた言葉で自分の中にあった錠前の幾つかが粉々になったことは確かだ。

 ルイズが好きなクックベリーパイが焼けるよりも早く、彼女は満たされた。

 

「君は……変わったね。もう夢見るご令嬢では無いようだ」

「よく言われるの。でも、変わったことに後悔なんてしてない。人間は絶えず変わり続けるからこそ、歩き続けるんだって思えるようになったのよ。だってホラ、歩いて足を動かす度に少なくとも姿勢は変わるじゃない」

「ハッハッハ! そんな些細な事でも良いのかい? だったら、欲に目がくらんで奔走する子豚の様な貴族たちはその内ステーキとして皿の上に並べられるかもしれないなぁ」

 

 先ほどまでの厳粛な空気はどこに行ったのやら。ワルドがグラスを零さないようにしながらも、軽快な笑い声を部屋の中に響かせる。近くに居たらしいフクロウは、びっくりして何処かに飛び去ってしまった。

 そうしてこらえきれない笑いをひとしきりに吐き出した後、目の端を拭いながらワルドは笑って言い放った。

 

「だったら、君が始祖に近いメイジかもしれない事も言っておくべきかもしれないね」

「あら、こんな失敗続きの三女が? まぁ努力は続けてるけどね」

「君の使い魔、ルーンを拝見したところ“ガンダールヴ”のようじゃないか。しかも左手とはこれまた伝説通りだ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ルイズは急速に内側の感情が冷めた。

 アンリエッタに話した事も無い。そしてワルドは言わずもがな。学院側としても王宮への報告は戦争の火種を作ると言ったことから、既に王宮がガンダールヴの事を把握している筈も無いはずなのに。

 表面上は何一つとして笑みから変わることなく、それでいて自然な価値で興味ありげな瞳を形作って見せる。あのモット伯爵と対峙した時と同じ、相手の口を滑らせるような演技をするために無邪気な仮面を被って見せた。

 

「知っているかな、始まりの使い魔の伝説は」

 

 それを知らず、くっくっと喉を震わせて細目で話す男はルイズの変化を見逃していた。

 

「聞いた事は。魔法が使えないだけあって本だけは沢山読んだのよ、わたし」

「じゃああのディアボロ。彼のルーンを読み解いた事は?」

「残念だけど、使い魔にできる事を試した位ね」

「力の片鱗くらいは…見た事があるんじゃないか?」

 

 悩んで、思いだす素振りをするルイズ。そして、彼女は敢えて是と答えた。

 

「そうか…やっぱり、君は偉大な魔法使いになれる可能性を秘めているんだよ、ルイズ。僕もスクウェアになった途端に世界が開けて感じて……そう、力がどう動くかなんてのも理解できるようになった。その僕が言うんだから、君は間違いなく未来を約束されているさ」

「ワルド、力説は良いけど少しばかり距離が近いわ。これじゃ婚約者じゃなくて…恋人の距離よ」

「それでいいんじゃないか! …ああ、僕と結婚して欲しいんだ。ルイズ」

 

 ワルドの瞳を覗きこみ、ルイズは燃え盛る炎を見た。

 気高く荒々しく、それでいて…何かに違和感を感じる炎。暴風に巻きあげられた様な不自然な燃え上がり方は、とてもではないが個人が宿した感情と言うよりも植えつけられた何かがある気がしてならない。

 前にディアボロとシエスタに行ったようにも、ルイズも幼少期の経験から心の変化には、特に負の方向へは聡い方だ。だからこそワルドについてはただの得体の知れない何かと断じるよりも、何か引っかかるものを覚える。

 同時に、こんな打算的に動けるようになってしまった自分がどこか変わり果ててしまったかもしれないと、あのディアボロの二つ身を見たその時より思い続けてきた感情を発露させた。

 

「……ねぇ、ワルド?」

「何かな」

「あんまりにもいきなりで、レディに対する迫り方じゃないと思うの。わたしもちょっと戸惑ってるし、何より一つ言わせて貰いたいのは……」

 

 言葉を区切って、ルイズは笑う。

 

「ありがとう。嬉しいわ」

「……敵わないね、本当に」

「そう、かしらね」

「君は遠くに行ってしまっているようだ。ボートに僕が居ない間に、その手で向こう岸を探して一人で渡れてしまったのか。僕が魔法の風ではしゃいでいる間に、どこまでも己の体を使ってたった一人で……いや」

 

 ワルドが立ちあがる。

 マントを脱ぎ捨て、身軽になった彼はベッドに倒れ込んで右腕を顔に乗せた。

 隠れてしまった顔から覗く口は、嬉しそうに吊り上がっている。

 

「そうか。そうだったのか……なるほどね、これは、僕も身の振り方を考えないと」

「別に御免なさいとは言ってないのに」

「違うさ。君以外の女性に目移りする予定なんて無いよ。ただ、僕はこれほどまでに子供であり続けるしか無いなんて……この世界は残酷だと思ったまでだよ、ルイズ」

「グリフォン隊の隊長が子供? じゃあ、隊員は幼児なのかしらね」

「いいや違うさ。僕の率いる部隊は―――」

 

「馬鹿ばっかり、さ」

 

 こればっかりは、ルイズも仮面の下から笑みを漏らしてしまった。

 

 

 

「89…90…91ィッ!」

「………」

 

 その別の部屋で、どこまでも正反対な二人が全く違う高さにその身を置く。

 片方は地面に、片方は椅子の上に。別段下の者を見下ろすことも無く、椅子に座る男はその目を閉じながらに部屋の中を見渡していた。何と不思議な事かと思うかもしれないが、別段不思議な事は何もない。

 椅子よりも高い位置に、赤と金の像が浮かび上がっているだけなのだから。

 

「100……っと。ノルマも上々、馬に乗ってきたにしては上出来かな?」

「…終わったのなら、寝ていろ。ひよっこめ」

「タマゴの殻くらいは取ったつもりなんだけどな」

 

 ギーシュが立ちあがり、その手をハンカチで拭きながらに苦笑する。

 キング・クリムゾンはディアボロの目が開かれると同時に消え去り、再びディアボロの中の力として眠りにつく。その第三の瞳が見通した先には、ディアボロに待ち受ける試練と言う名の運命が映し出されていたのだ。

 

まだ時間はある(・・・・・・・)……か」

「そうだね、まだ一日も……ああそうだ。ディアボロ、君に聞きたい事がある。あの傭兵を殺した時―――どうやったんだい?」

「…さて、な。殺気は交えていた。ショック死でもしたのではないかと思うが?」

 

 その真相は、やはりというかキング・クリムゾンの「手」によるものだ。

 時に、承太郎のスタンド「スタープラチナ」が承太郎の体を通り抜け、心臓を一時的に掴んで止めた事を覚えている者はいるだろうか? 何と言うほどでもない。ディアボロは、その前例を知らないままに今のキング・クリムゾンにできる限界を試みたに過ぎなかった。

 まずスタンドはスタンド、またはスタンド使いでなくては触れられないという大前提がある。それに関しては壁も幽霊のように通り抜ける事が出来、果てには大きさすら極小にして人体に潜り込まれることも可能であると言うのはほとんどのスタンド使いが知らない、スタンドの素のままの可能性だ。

 これに関してはディアボロも能力とパワー以外にあまり目を向けていなかったのだが、この世界に来てからはルイズは当たり前として、シエスタや他の人間からも多方面のアプローチを掛けられている。その経験から、スタンドの「時を吹き飛ばす」能力が使えない今、この最高クラスの性能を誇るキング・クリムゾンにできる事を模索していたのだ。

 それで、先ほどの物体の透過が出てくる。単純に、殴りつけた瞬間にスタンドの腕を現出させ、目にもとまらぬ正確さであの男の心臓を握りつぶし、そして手を引いたのが先ほどの真相。

 なんという試み。何と人道を踏み外した者の思考かッ! だがそれにディアボロは新たな可能性を感じ、絶頂よりも高みへと踏み出す足掛かりを得たと言っても過言ではなかった! そう……彼はまたしても、この世界にて己が道の一歩を踏み出したのだ。

 

「アレには身に覚え(・・・・)があってね……君に殴られた…そう。あの時さ」

「ほぅ、辿り着いた事は褒めてやろう。だが憶測に過ぎん事を語って、貴様は満足か?」

「それが君の魔法に等しい何かなのか、それとも学んだ技術によるものかは分からない。でもね、僕はこう思ったんだ」

 

 振り返って、ディアボロへその右拳を真っ直ぐに向ける。

 

「これからは君から目を離さないよ。その技……その経験。どれもが可能性を実感し始めた僕にとっては最高の素材(マテリアル)だ。錬金を得意とする土属性のメイジに恥じぬよう、技術の全ては見て盗ませて貰うとするよ」

「師事は諦めたか? いや……だが面白いぞキサマ。このオレ(・・)を前に、はたして再び啖呵を切れるかどうか……」

 

 その瞳がギーシュに向けられる。

 圧倒的な、地面がひっくり返って押し潰してくるような感覚。立っていられなくなる程の圧迫感。培ってきたモノ、その全てが今の結果を否定するようにそびえ立つような錯覚を覚えながらも、ギーシュは冷や汗を流すだけでその場にとどまった。

 

「…黄金を」

「………」

「僕はこの手で、黄金を目指す。僕の青銅で、黄金に勝る頂点を掴む。その頂に立ててもまだ、ディアボロ……君に見下ろされるままであるかもしれない。だけど誓うよ。君の隣に並び立てたら、今度は追い越す番だ」

「そこにあるしかない(ドット)の貴様に、何ができる?」

「全てさ。点さえあれば、何もかもが始まる。終わりは無く線が張り巡らされて、それは僕の命尽きようとも受け継がれる……その手にした黄金よりなお輝く、未来へ向かって…ね」

「その未来に、いるのか?」

「いるさ。それまでに培った全てがね」

 

 首を振ったディアボロは、額に皺を寄せた。

 

「フン」

 

 やはり、見間違いなどでは無い。

 このディアボロと対峙した者は皆、己が身を恥ずべき黒として己が黄金の精神を見出すのか? 否、否である。この身こそを頂きとしたからには、その道標として我が絶頂が使われてきたのだろう。ならば、この身は更なる頂きを目指そう。黒き殺意も衰えし今、我が身がどう染まるのかはエピタフですら見通せぬ未来……だが、その道は見えているのだから!

 

「さて、と。少し恥ずかしい事を言ったかもしれないね。僕はもう眠らせて貰うよ」

「…………」

 

 目を閉じ、その声には応じぬことにした。

 赤青の双月が照らす中に、思いは違えず姿を現したとするのならば? 答えはそう、待つのみである。そうであるのだと……今のディアボロには、そう思えたのだ。

 




一ヶ月以上も更新止めたのって凍結以外で初めてかもしれません。
ともかく、本当に申し訳ありませんでした。久々に書くので方向性だのキャラだのが上手く書けていないかもしれません。
例の如く本編が進むのは遅いかもしれませんが、なんとかオリジナル展開に持ってこれるよう頑張ります。

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