幸せな過程   作:幻想の投影物

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キリよく区切ったらいつもより少し短くなりました
※11/19(火)後書きにて追記アリ


虚中の虹

「いや、参った。どこから情報は漏れたんだろうね」

 

 ふぅ、とわざとらしく一息つきながらワルドは帽子を立て掛けて個室の壁に寄りかかった。下手に座るより、立ちながら一度身体を落ち着けたいと言う事なのだろう。参った参ったと言いながらに頭を掻いていると、帽子の静電気で絡まってしまったらしい髪の毛が何本か抜けて、少し目じりに涙が溜っている。

 一部隊の隊長であるにもかかわらず、どこか間の抜けたワルドの奇行に緊迫した空気を抜けていくのを感じる。ルイズは相も変わらずね、と出会ってから今に至るまでの彼の評価を不変の奇人と評した。

 

「ただ、休憩もしていられないのが僕の辛いところだ。そろそろ甲板に上がってくるよ」

「どうした」

「ここの交渉の時、夜明けにギリギリ飛び立つ予定だったのか風石が足りないというのが船長の言でね。僕の魔法で風石分の追い風を作ろうって提案さ。チップも多めに渡してあるし、アルビオン開戦の知らせを受けてから客足が減った船長はこの提案で快諾してくれたんだ」

 

 じゃ、そう言う事だから。と言って休憩室を出たワルドの姿を見送ると、どこか虚空を見上げていたディアボロも何かをはっきり見たかのようにして安堵の息を吐き、部屋を出て行った。その際にルイズと視線を合わせて何らかのやり取りを見せたあと、ディアボロの背中は締まる扉によって見えなくなる。

 休憩室に二人取り残されたキュルケとルイズ。最近少しずつ友好が増えてきたこの二人だったが、ディアボロ含めワルドも、ルイズが背伸びをするような相手が居なくなったことで彼女の張り詰めていた気もかなり抜け出てしまったようだ。

 

「…あら、いつものヴァリエールに戻ったじゃない。やっぱりあの二人の前だと、その貧相な身体を少しでも大きく見せようとしていた訳ね? 微笑ましいわ」

「キュルケうっさい。わたしだって本当は普段やっかみにしか使ってなかった頭を、ディアボロが来てからはフル回転させてて辛いのよ。少しでも早く、彼の前で彼を追い抜かないと……って」

 

 それでも、と。悩ましげにルイズは自分の両手を見た。

 それは宿屋での行動と同じ。人を手に掛ける事が必要だとは言わない。キュルケはあの時傭兵を焼き殺していたが、それは恐らくキュルケにはあの放漫な身体を目当てに近寄る馬鹿貴族以上の下衆が居たからであろう。最初はどんな事がきっかけとなったかはルイズには知る由もないが、キュルケは間違いなく人を殺すと決めたらやり遂げるだけの決意を持つ事ができる。

 

「何を悩んでいるのか知らないけど、剣で殺すのも魔法で殺すのも一緒よ。それにね、ルイズ? アナタはあたしが認めた個人的なライバルなんだから、もっと対照的になってほしいの」

「……対照的? それにライバルって…また大きく出たものね、わたしの過大評価とでも言うつもりかしら」

「違うわよ。…癪だけど、咄嗟の機転や知識面ではあたしがルイズに勝る事はない。地力の大きさはあれど、あなたの観察力や判断能力はいつも正しかったわ。感情を表に出している時はそうでもないけど、でも見ているあたしは少なくともそう思った」

「見てたって……あんた、まさか」

「最近、また練習始めてるわね。しかも今度はあたしが考えもつかなかった方向で」

「………ストーカー?」

「ち、違うわよ!? 家柄のライバルがどんな感じか、興味を持ったら予想以上に凄かっただけよ! 魔法の腕とかじゃなくて、その精神の在り方が」

 

 羨ましいわ、とストーカー呼ばわりから平常心を取り戻したキュルケは煽情的な頬笑みを浮かべた。悩ましげに吐き出される息は同性のルイズから見ても官能的で、自他共に絶賛するルックスがそれを引き立たせている。

 女性として既に完成にも近い成熟を誇っているキュルケは、しかしルイズの事を自分よりも上だと称賛したのである。

 

「…キュルケ、病気?」

「せっかく人が雰囲気出してるのに台無しじゃない。そう言う所は羨ましくないわ」

「羨むんだったら、その無駄な脂肪いくつかよこしなさいよ。こっちはいくら食べてもガリガリにしかならないってのに……」

「へ、食べて太らない? …そう言えばいつもクックベリーパイほうばってるのにダイエットしてるのは見たこと無い……ちょ、ちょっと詳しくその辺聞かせ――」

「はいはい。分かった、分かったわよ。こっちもちゃんと落ちついたから」

「―――あらそう?」

「ええ、おかげさまで」

 

 ふぅ、と吐き出した息は白く染まる事はない。風石の副次的効果で冷暖房の空調もしっかりと聞いた部屋は常温で、とても過ごしやすい。貴族専用の休憩席と言うこともあるのだが、今ここでその事実は必要ないだろう。

 ハッキリと向かい合ったルイズは、キュルケに尋ねた。

 

「…そう。そっちの言った通りに失敗魔法をどう活かすか、それを調べてるの」

「学院のスクウェアメイジが掛けた“固定化”を一撃だもの。でも、あなたが馬鹿にされた時に放った爆発で一人も死者は出ていないのよね。精々が気絶か吹き飛ばされた時の怪我程度だわ」

「当然だけど、わたしは四大属性どころかコモン・マジックですら爆発が起きてるわ。アンロックに関しては鍵ごと破壊するからある意味成功だけど…」

「それを成功と言ったらこの世の泥棒全員がメイジよ」

「そりゃそうよね。当たり前」

 

 ひらひらと手を振ったルイズは、近くにあった観葉植物の葉っぱを一枚ちぎった。

 

「ちょっと見てて。これが研究の成果」

「…危なくない?」

「コントロールはある程度」

 

 その言葉と共に、ルイズは「ウル・カーノ」と発火のルーンを唱える。

 テーブルに乗せられた観葉植物の葉っぱは小さな爆発に包まれ、小さい煙が晴れた頃には葉肉が焼け煤けた繊維のみが残っていた。

 

「あら、火属性の魔法成功ってこと?」

「ちょっと違うわ。次、見てて」

 

 もう一枚観葉植物の葉をちぎり、見比べるように繊維だけとなった葉の横に並べる。ルイズはタクト型の杖を指揮するように気楽に振り、次のルーンを口にした。

 

「ウインド」

「あら」

 

 ポンッ、と膨らんだ袋から空気が弾けるような音がした。爆発には違いないが、先ほどの爆発と比べて更に小規模なそれは、対象の葉っぱをテーブルの向こう側まで吹き飛ばすにとどまる。葉っぱ自体はなんの損傷も無く、本当に風で吹き飛んだだけのようだった。

 

「…属性の効果がそのまま、爆発の何かに関係してるのね?」

「有り体に言えばそう。土属性だと葉っぱじゃなくて石だけが罅割れるほどに傷ついたわ。水属性の魔法だと逆に生き物の水気を吹き飛ばす様な爆発が起きて、カサカサになった。ディアボロの居た場所の知識だと水属性の反応は無理やり水を分解して酸素と水素だけにしたファンタジーな水素爆発にも近いとか言われたけど……まあその辺は割愛するわね」

「聞いてるこっちもワケ分かんないから是非そうして」

「で、この反応を見る限り、わたしは一応四大属性に“反応”はしているみたいなの。だからと言って出来るのは爆発を介した現象だし、比較すると他のドット以下の更にそれより下になるわね。…でも、属性に反応する。つまりは爆発(これ)って、始祖ブリミル(・・・・・・)の作った魔法法則の一つ(・・・・・・・)である事が証明されているわね」

「先住魔法の類じゃなくてよかったじゃない。そうだとしたら異端審問ものよ」

「ええ、その辺りは本当に安心したわ。…でも、言いたいのはそんな事じゃ無いのは…分かってるわよね? いまここで気付いた自分自身ですら認めたくもないし、信じられないけど…無能だったわたしには到底あり得ない、なんて」

「…虚無、とでも言うつもり?」

 

 キュルケが眉を跳ねあげて言えば、ルイズはそれ以外にないわと答えた。

 その応答からしばらくの無言が続き、窓の外からは上空に居ることでハッキリと強くなった月光が部屋に注ぎこまれている。両者ともに向かい合う椅子の方へ体重を預けた途端、苦笑ともため息ともつかない声が口から漏れ出ていた。

 

「異端審問より遥かに面倒事じゃないの! 始祖の血を引いた王家の一角、公爵家のアナタならありえなくもない、なんて思うけど。流石にソレはこじつけかしら?」

「両親のランクで子供の才能が初期から現れる、なんてのは良くある事でしょ? 逆にわたしは気付きたくなくて、初めてその発想に思い至ったわよ。ああもう! キュルケ、あんたのせいで逃げ道無くなっちゃったじゃない」

「でもルーンも全然違うのに発動できるなんて、それこそ“神の如き所業”よね? 案外なんでもこなした伝説をなぞらえてみれば、ルイズ。そっちの爆発が起こす現象は不思議じゃなくなってきたわ。あーやだやだ。貴方たちを追いかけて来て、まさかの一大発見に立ちあうなんて聞いて無いわよ」

「こっちこそ厄介事は御免よ。せめて馬鹿にした奴らを見返す程度のささやかな才能が欲しかったのに……食事の度、本気でささやかな糧を祈ってたから始祖ブリミルがご褒美にくれたとかそんなアホな理由じゃないでしょうね? わたしの才能(これ)

「むしろそれならアナタの才も見事に隠れてラッキーね。実際そんなわけないけど」

「…これも試練なのかしらね。ええ、分かったわよブリミル! この馬鹿らしい運命を与えたもうたのは、このわたしに対する試練(・・)だと受け取ったわよ!! あぁもうっ!!」

 

 貴族の娘とは思えない程に取り乱したルイズ。その様子は先ほどまで目に知的な光を携えていたことすら霞んでしまいそうな、年相応の悩める思春期の女子そのものである。親から譲り受けた美しい桃色の髪を傷つけないようにしながら、頭を押さえてその場にうずくまるルイズだったが、彼女の様子を見ていたキュルケは何だか可愛いなどと思っていた。

 顔をふくれっ面にする可愛い可愛いお人形さんだ。だが、血が通った人間であるが故に、そんな人形として見るのは着せかえる時に留まりそうではあるが。

 

「ふしゃーっ!」

「どうどう」

「誰が馬よ」

「寧ろ子猫ね。ほらほら、ごろごろー」

「……いや、ノリでそのまま撫でないで欲しいんだけど。妙に落ちつくのがムカつくわ」

「そんな事より貴女の髪すべすべなのねぇ。お手入れしてる?」

「ヴァリエール傘下の水メイジ一家からの献上品。オリジナルオーダーね」

「こっちは水メイジもそう多くないし、いたとしても産業開発に回されてるからそういうのは輸入に頼るほかないのよねえ。今度分けてちょーだい」

「余裕があればね」

 

 はぁ、とキュルケの膝の上に乗せられたルイズはさらさらと髪を弄ばれながらも母性的なキュルケの膝からは動こうとはしなかった。最近癒しを求めていたと言うのは否定できないし、そもそもたった今弾きだした結論から「ワルドが最初だけ狙っていた」のはこの虚無と仮定した才能かもしれないと、答えが繋がったからである。

 となれば、こんな才能は祭り上げられるに相応しい。ワルドが王族にそのまま還元するかはどうかとして、自分は旗本に掲げられる未来が一つ確実なヴィジョンとして見据える事が出来たと言ってもいい。ディアボロと共に、精神と個人としての高みに登りたかっただけなのに、キュルケには言わなかったガンダールヴのルーン、それを根拠とした仮定的な虚無の才能。こんな人生を爆発(・・・・・)させるような出来事は寧ろ必要無かった、とルイズは二度目の溜息を吐いた。

 しばらく髪の毛を弄っていたキュルケもその内飽きたのか、また違った色気を出す褐色肌の手をルイズの頭に乗せ、ふと思いついたように口を開いた。

 

「そう言えば、ディアボロ…彼の事はどう思ってるの、ルイズ」

「ワルドじゃなくて?」

「何でもかんでも色恋に結びつける訳じゃないわ。あたしだって、一応は友達になった奴の色んな事を知りたいの。もう一人の方が聞けないし、聞かないから」

「ああ、あのタバサってトライアングルの……それにしても、ディアボロかぁ」

 

 自分と似たような桃色の髪、という事から話し始めたのかもしれないし、それとも彼自身が抱える何かに惹かれたからわたしは過去を乗り越えるためにも立派な自分を目指そうとしたのかもしれない。

 彼が来るまでないまぜになっていた感情は、何処を辿ってもやはりディアボロが居てくれたからこそ整理をつけられた事が多い。どんなときも味方と断言してくれた彼を思い出せば、焦燥感に駆られる心はクールダウンし、怒りを撒き散らそうとする無様な姿を晒そうとした時は、すぐさま自分自身を見直して怒りをそのまま表には出さないようにできる。

 どれもこれも、彼と言う一人の味方が出来たことによる余裕から来る安心感だ。そう、ディアボロという男は恐怖を撒き散らすと同時、その庇護下に居る者に対しては多大なる安心をくれる。まさしく人の上に立つに相応しい男であるのだ。

 

「…うん、色々考えてみたけど」

「けど?」

「大切な人。……まだ、色々分からなくてそうとしか言えない…かも」

「親愛とか、そう言うのは無いの?」

「どうなんだろう。まだ分からないけど、かけがえのないパートナーって広い意味で言った方がしっくり来るわね。何かに固定して当て嵌めるみたいな、そんな事はできそうにもないわ」

「あなたがそこまで言うなんて、随分と器が広いのね」

「その程度で収まるような評価かも、分からないわよ?」

 

 改めて考えてみても、底が見えない。

 彼の持つ異能…「スタンド」はまだまだ本調子でなくて、持っている特殊な能力の一つを発揮する事はできないと言っていた。そして自分自身の心変わりには随分と疑問を抱いていたようだし、帝王に拘る程に誰かの上に立っていようとする。でもそのおかげでわたしや、あのメイドのシエスタみたいな人間は救われたり、何か強い意志に目覚めたり。

 それでいて最初はただ遠いとしか感じられなかったディアボロが立っている場所は、より一層先の見えない、底の見えない恐るべき人物という感想しか抱けない。

 

「わたしはまだあんまり……彼の事は分からない」

「……そう」

「それでも言える事は一つあるわ」

 

 目を閉じて、キュルケの膝の上でルイズは言い残した。

 

「ディアボロは……わたしが目指す道。そして、乗り越えるべき……人よ」

「…羨ましいわね、ホント」

 

 夜も遅い。世紀の大脱出の為、労力も酷く使ってしまった。

 二人の少女はまどろみを覚え、夢の世界に落ちてゆく。

 

 

 

 

「…………」

 

 部屋の外で聞き耳を立てていた人物はゆっくりと扉を離れ、寝静まった二人を起こすまいと足音を立てずに遠ざかろうとした。しかし、廊下の角から突如として伸びてきた力強い腕によって、その行く先を阻まれる。

 

「ワルド、立ち聞きとは婦女子に対する礼儀がなっていないようだな。ン?」

「……君か。驚かせないでくれ」

 

 まさか、自分の隠密を破られるとは思っていなかったのだと、ワルドは突如として現れたディアボロに対して正直に話した。そんな返事が帰ってくるのは、流石のディアボロにしても予想外の出来事である。目を少し見開き、片眉をつり上げて疑問の表情を形作った。

 

「何故素直に言うのか、なんて言いたげだね」

「貴様の行動はスパイにしては酷くお粗末だ。そして任務を請け負った一部隊を率いる者としては語るも馬鹿馬鹿しい。なのに腑に落ちんのだ……貴様は何故、此方を裏切る心算でありつつ其れを隠そうとはしない?」

「……言った筈だよ。僕は、ルイズに惚れ直したと」

 

 何の迷いもなく言い切ったワルドに、今度こそディアボロは表情を歪めた。

 

「…この船が落ちても困る。配置に戻り、そこで続きを話すとしよう。ついてくるかい?」

「当然だ」

 

 ぶっきらぼうに答えた巨漢の言葉を受け、ワルドは無防備にも背中を見せながら甲板へ続く船内を歩いて行く。その後ろに追従したディアボロは近くに掛けてあった厚手のコートを上から羽織り、冷たい上空の空気への防寒装備をこしらえた。

 少しの間無言が続き、甲板へ出る階段をワルドが昇り始める。そこで初めてワルドの方から尋ねたいことがある、との言葉が発せられた。

 

「君が隠れていたにしても、そこに居たのは想像すら難しいと思うんだ。……ガンダールヴの力以外に、何か隠している事があるのかな?」

「さて、どうだろうな」

「君の装備、そして言葉から返答はイエスと受け取らせて貰うよ」

 

 彼が見たディアボロは、そう。デルフリンガーを帯刀していない状態だ。

 鞘に収めたデルフリンガーはルイズとキュルケの居る部屋に荷物と一緒くたにされており、現在の彼は厚手のコートと普通の服以外は武器らしい武器を何一つとして身に着けていない。拳で戦うインファイターという印象をディアボロに持っているワルドとしても、ガンダールヴのルーンが持つ効力のメリットを考えればナイフの一つでも持っているべきだと思っている。

 故に、ガンダールヴに匹敵する「切り札」があるのだと、ワルドは考えた。

 

「さて……まずは何から話そうかな」

 

 甲板に辿り着いたワルドは、操縦士や船員の耳に入らないよう「サイレント」の魔法を使って自分達の会話を聞こえなくした。最初はいきなり何をしたんだと疑った船員達も貴族らしい秘密の話の為だとすぐに思いいたって二人の周囲に近づかないよう作業を進めて行く。

 ようやく腰を落ち着け、一対一で話せる状況になった。

 そこでディアボロが、まず先手を切ることにしたらしい。

 

「其方の目的を話して貰おう。嘘の類はすぐさま見抜いてやる…とだけ言っておいてやる」

「嘘、か。まぁルイズにはともかく……君には先に話しておくよ。後で話しておくなり何でもすると良いさ」

 

 そうだね、と帽子の淵を握ったワルドが語る。

 

「この旅に同行できた理由は、まぁ事前に君たちの事を知っていたからだ。それで行動に映すまでは、グリフォン隊隊長という貴族の中でも軍の中でも特別な階級を数年前から何とかして掴み取った。そして立場を利用し、アンリエッタ王女に接触。こうして君たちの旅に僕が同行するようアピールしたと言う訳さ。なんとも賭けの強い命令だったが、何とかこなせてホッとしているよ」

わたし()が召喚されたその時から、すでに知っていたようだな」

「真っ先に命令は降りて来たよ。“時は来た”ってね……運命とか何とか言っていたけど、まあ任務内容以外の辺りは聞き流したから詳しくは説明できないね」

 

 ワルドの反応は、ますますディアボロの額に皺を寄せる結果となった。

 スパイだと公言した上で、敵の勢力の一人だと言い放った上で、自分達に何の遠慮もなく情報や個人の目的、そして陰謀の裏を話してきたのだ。こんな人間はディアボロの支配したパッショーネだけではなく、全てのマフィアやギャングを探したって何処にもいないだろう。まるで風のように、飄々とした人柄は地に足がつく事はないと公言しているかのようでもあった。

 

「どっちのスパイだか分からんな……話を続けろ」

「スパイか、似たようなものなのかな?」

「続けろ、と言っているのだ」

「…それでまぁ、僕に命じられた事は三つ。一つ目に“虚無”の才能を眠らせるルイズを手に入れる事。二つ目はアンリエッタ王女の手紙を回収する事。そして三つ目は―――ウェールズ皇太子の殺害だ。三つ目に関しては、“レコン・キスタ”の軍勢の被害を減らす為、士気を上げる最大の要因の排除。それから此方の持つ何かしらの秘術の為、死者のウェールズが必要だと言う事だね。…ああ、残念ながら僕は秘術(それ)を知らないから、無い情報は聞かせられないよ」

「どうせ滅ぶ定めを辿る国家の王に興味はない。だが…手紙の回収はトリステインとゲルマニア同盟を引き裂く手段と言うのは分かる。解せんのはルイズだ……返答によっては、そのレコン・キスタとやらを壊滅させる必要がある」

「…大きく出たね。流石にそんな事を言われたのは初めてだ…そんな事はどうでも良いか」

 

 ルイズ。そう、ルイズだ。

 この話の中心に置かれるほど、ルイズは重要視されている。その事がディアボロには気がかりで、一切接触のない筈のルイズに伝説とも語り継がれる第五の属性「虚無」という称号が与えられるのは……ディアボロにも予想はできていたが、あくまで憶測の域を出ないに過ぎなかった。

 それ以前に、ルイズはディアボロが認めた光。自分の上に押し上げるべき光であり、その光を受けて自分と言う影を大きく成長させる半身である。その自分の意志を通すべき人間であるルイズが、馬の骨やクソカスにも劣る未知の人物によって運命を左右されるなどあってはならぬ未来だ。そんなものはエピタフの予言にすら見えていないのだから。

 

「ルイズは、真に虚無の魔法を扱う才能がある。それはあの爆発が一つの証であり、始祖の血を分けた王家の血筋を引くことからも決定づけられていた。僕が初めてであった頃ではそんな事は知らなかったが、今はそれだけの価値が彼女に付けられた。……ああ、彼女に出会う前はそれでいいと思っていたさ」

「……情に絆されたか。だがやはり、未来が見えん筈だ。それだけの宿命を生まれながらに背負わされているのであれば、確定した未来などそう容易くは訪れん」

「……成程。未来予知か、君の力は」

「そう言う貴様は風の全てを(・・・)扱えるのだろう(・・・・・・・)? 此方の全貌は明かせてはいないようだが、貴様…読めているぞ。そして宣言しておこう。ここは射程圏内だ」

「………ふむ、冗談や狂言では無い様だ。素晴らしい力の持ち主だね、君は」

 

 称賛するようにワルドが拍手を送る。杖に手を掛けすらしていない彼は、よほどの自信があるのか、はたまたディアボロに関しては何もしてこないと言う事を読み取っているのか。共通して両者が感じている事は、手の内は明かせても互いに「底」が知れないと言う事のみ。

 唐突に、帽子を目深に被りなおしたワルドが口を開いた。

 

「……僕は、ルイズと出会って…彼女を侮っていた。これは彼女にも言ったことだが、何時までも目の前のオールを手に取らず、湖に浮かぶ小舟の中で怯えているだけだと思ったんだ。だからこそ僕がオールの取り方を教えて、常にその小舟の中で主導権を握ろうと思って近づいた」

「…何とも浅はかだな」

「ああそうさ。僕を笑ってくれて構わない…そして気付いたのさ。彼女に潜む強い光に。僕は幻影を見ていたんだ……既に小舟どころか、湖の向こう岸で地に足をつけていた彼女の強い意志に騙されてね。…それを壊しちゃいけないと思ったのは、過去の情からか、僕の中でまだ踏ん切りがつかない大切だった人(・・・・・・)が重なったのかは分からない。でも……何故か彼女に惚れていた。それだけは(・・・・・)確かなんだ(・・・・・)

 

 笑ってくれたまえよ、とワルドは自分をすら笑う。

 まるでピエロが自分の行動を抑えきれず、自らを笑ってしまうような大失敗に終わった劇の役者のよう。まったくもって自分自身を裏切っていたことに気付いた裏切り者のワルドは、ここにきて再び仕えていた主を見限っていた。

 

(だが、僕の中ではまだ……命令した男の言葉と、自分の意志。そして母の言葉が焼きついて離れない……風は偏在するが、僕は此処にしか居ない。皮肉なものだね、どうにも)

 

 深く被った帽子を再び上げると、ワルドの目には何の感情も見せていないディアボロの冷徹な表情が待ちかまえていた。オーク鬼すら泣いて逃げ出しそうな威圧感だね、と飄々(ひゅうひゅう)吹き荒ぶ風の様な感想を抱いたワルドは、己の軽さに再び苦笑を零す。

 

「迷いを帯びたな? だが、ぶれない意志は…三つの柱として建っている」

「……何かな。君は詩人だったのかい?」

「見えない怪物に喰われた狂詩人ほどではないが、貴様の数奇な未来は見える」

 

 ドドドドド……と地響きのような感覚がワルドの心を穿つ。

 感覚でもない。魂に直接揺さぶりを掛けるような違和感は、唐突にディアボロから発せられる強大な力の違和感ッ! 血潮に直接ビートを刻まれるようなこの感覚こそッ! そう、ディアボロの―――

 

「……この、感覚…! そうか、これが君の力―――」

「未来という運命の道標を見てやろう…貴様は既に、行動を始めている!」

 

 ディアボロの前方に、一体化するかのようにしてキング・クリムゾンが腕を広げている。その空を見上げた額の顔。二つ目の知覚が見つけ出す感覚こそ、時を越えた未来の姿ッ! 彼には見えていたのだ。これから起こる馬鹿馬鹿しい茶番(・・・・・・・・)の始まりが……。

 

「く、空賊だッ! ちくしょう…アルビオンが見えて来たって時に、霧に紛れて出てきたやがった! 俺たちの事は知られていたのか!?」

「き、貴族様~! どうにか助けて下さいよォ~~~いいでしょっ、ねっ?」

「サイレント解除…どけっ!」

 

 あたふたと慌て始める船員を押しのけ、ワルドは先ほどまでの沈んだ表情から戦う者の顔として一気に気持ちを切り替えた。広大な空中大陸、アルビオンを背に盛大な見せ方でやってきた空賊を前にして、魔法を使い過ぎたワルドは碌に対応できるかどうか、自分の残った精神力と交渉を始めている。

 ディアボロは一度だけ鼻を鳴らしてやると、其れに気付いたワルドへ何か言いたげな視線を送って、ルイズ達が現在眠っている休憩室へと歩を進めた。

 

「……参ったね。ここは僕が治めなくちゃならないのかい? 無茶を言うよ、使い魔君」

 

 初めてディアボロへとそんな口を利かせて、彼の吐き出した溜め息は風と共に消ゆ。

 

 

 

 

 ずずぅん…と小さく振動が船全体を襲った。

 あからさまな揺れに、ドリームワールドへ招待されていた休憩室の二人はぱっちりと目を覚まし、異常事態だと知らせているような騒がしい喧騒を廊下の向こう側から耳に入れる。バンッ、と開け放たれたドアからはまるで造った(・・・)かのような悪人面がぞろぞろと手下を引き連れ、小説にでも書いたかのような下卑た笑い声を発している。

 キュルケは何が起こったか分からない顔をしている辺り寝ぼけているのだろう。一気に頭を覚醒させたルイズは、いま此処に居る賊の中でもトップらしい男に長姉譲りのキツイ視線を浴びせてやった。

 

「おう、別嬪がいるじゃあねえか。むさくるしい男ばかりかと思ったが、こりゃ儲けもんだ!」

「…空賊、いえ杖を持っているからアルビオンの貴族派ね。こんな客船を襲って何の用?」

「肝の据わった嬢ちゃんだ。だが分かってんだろ? 貨物船なら貨物を奪い、客船だったら荷物を奪う。ついでに綺麗なお嬢さんもな。みーんな、振るってご応募してくれるったらありゃしねぇ!」

「韻は踏んでるけど、60点よ」

「ハッハッハ! 手厳しいな、ついでに採点審査の為に一緒に来てもらうぜ。おっと、抵抗はしない方がいいってもんだ」

 

 すでに杖は向けている。自分の爆発なら活路を無理やり出すことも出来るだろう。

 だが、やはり―――

 

「……うぇ、なによこの状況!?」

「やっと目が覚めたの?」

 

 この場には起き上がりで戦えないキュルケが居る。あの憎らしい程豊満な胸の谷間から杖を取り出す時間は無いだろう。それほどの間合いの短さだ。そしてディアボロがこの場に来ていないと言う事は、つまり。

 

「…とりあえずは従うわ。その前に仲間と合わせて」

「ちょっとルイズ!?」

「いいだろう。船の仕事も出来ねぇテメェらは船倉に一緒にしておくに限るってもんよ」

「抑えなさい、キュルケ。こんなの危機でも何でもないわ」

 

 一番初めだけだったが、ディアボロの威圧を受けた事があるルイズにとってはまだまだ危険な域では無い。そして自分のパートナーである彼が全く動いていなくて、一緒に居るかもしれないワルドの居る方向も争ったような音が聞こえないと言う事は、捕まっても何の問題もないと言う事だと理解していた。

 一応は根拠らしい根拠のあるルイズに何とか納得したのか、キュルケも其れに大人しく従ってルイズと共に投降する。ルイズの持っていたあからさまな杖は取り上げられたが、キュルケの胸の谷間に挟まっている杖は取り上げられない。ボディチェックもしないことから、空賊にしては何かがおかしいとキュルケも感じ始めている。

 そうして、ルイズは何も言わずに空賊らしき団体の案内を受けて向こうの船の船倉に放り込まれたのだった。

 

 

 

「…イタタ、見事に関節決められたよ。いくら何でも水夫5人掛かりは酷くないと思わないか?」

「此方は8人だがな」

 

 船倉の扉を開けると、そんな呑気な会話が聞こえてきた。一応は立派にも見える服を着ている事からディアボロも此処に放り込まれていたらしく、ルイズは何事もなく出会えたことにほっと息をつく。それと同時に、ルイズの後ろで開いていたドアが閉じられ、鍵のかかる音が聞こえてきた。

 

「ミス・ツェルプストー。ルイズ。無事だったのか」

「それらしい抵抗もしなかったわよ。それと……」

 

 外の監視に聞こえないよう、小声になって言う。

 

「キュルケの杖は取り上げられなかったわ。ボディチェックも無かった」

「それに空賊にしては歩き方が無理やり崩してる感じね。それと消しきれてない高級そうな香水の匂い。ラグドリアン印の香水とまでは行かないけど、白の国アルビオン製天然水を材料にした爽やかな感じのシリーズ物よ。あれって空賊じゃなくて、王家が御用達って噂もあるわ」

「……ミス・ツェルプストー。その諜報能力を買いたいんだが、グリフォン隊に来るかい?」

「男らしいのは好きだけど、男くさいのは趣味じゃないわ」

 

 そこで疲れたように座りこんで、四人は普通の声量で話し始めた。

 

「ディアボロ。どう?」

「問題はなかろう。我らが道の落とし穴にすらならん」

「心強いことだね。やれやれ、ディアボロ君がいるとここまで頼りになりそうだとは思わなかった」

「…………」

 

 視線でルイズが「スタンドの事を話したのか?」と聞いてきたが、彼は小さく首を振ることで否定する。何らかの力がある事は匂わせたが、未知という恐怖の一端を知らせただけでディアボロ自身力はほとんど見せてはいない。

 だが、と彼は沈黙の空気を無理やり飛ばすように言い放った。

 

「空賊の頭と思しき男だ……ワルド、貴様も気付いているのだろう」

「正統派過ぎるね、彼らは。足並み揃って、傭兵や賊と言うよりは軍隊だ。最初に武器を向けられた時、弓の構え方と大砲が同時に此方へ向けられる錬度は異常なほどに高かった。歴戦を逃げ抜く傭兵と言うよりはむしろ…ってヤツさ」

「それに、さっきのあたしが言った香水もあるわ。キナ臭いことやってるのね」

 

 キュルケの何気ない一言に、ワルドは風を感じて見張りの人間がびくっと肩を震わせた事に気付いた。やはり、と内心で裏付けを取った四人は更に会話を続ける。

 

「そう言えばディアボロ…何か見た(・・・・)?」

「少しばかり小奇麗な宝石だが、その“水のルビー”と似ていたな」

 

 敢えてその単語を大きく口に出す。

 

「そうだったそうだった。確か空賊の頭も同じような宝石のついた同じ意匠の指輪をはめていたんだったか。トリステインに名高きグリフォン隊の僕とした事が、とうとう年で耄碌でもし始めてしまったかな」

「あらいやだ。そんな立派なお髭を生やしてもまだまだお若いのは分かっておりますわ。ねぇ? ルイズの素敵な婚約者さん」

「褒められても機嫌のいい笑いしか出ないよ。振り向く事はないと思いたまえ」

「あら残念。代々ヴァリエールの恋人を掻っ攫うのがあたし達の家のならわしなのよ」

「そんな確執と因縁しか生まないモンはあんたの代で終わらせてくれると良いんだけど? これから姫殿下がそっちの国王と結婚なさると言うのに、両国の大家が剣呑じゃ他の貴族に示しがつかないったら」

 

 次第に騒がしいトークになって行く四人の会話内容は、酷くわざとらしく聞いている方が恥ずかしくなってしまいそうなものだった。そして壁の向こう側で聞き耳を立てていた者のバタバタという掛け足の音が聞こえて来て、一人の人物がドアの鍵をアンロックの魔法で開けて入ってくる。

 額に冷や汗が浮かんでいる男に向かって、ワルドは語りかけてやった。

 

「これはこれは、空賊の統領殿。何ようで参られたのか」

「……一つ聞いておきたいが、そっちは何のためにアルビオンに向かっていたんだ?」

 

 崩れているような、礼儀正しい様な言葉遣いである。

 ルイズは自信満々に、そして礼儀を示して言い放った。

 

「我らがアンリエッタ王女からの使いとしてやって参りました。密書の言伝と、そちらが持つ“手紙”の回収に。申し遅れましたが、わたしはトリステイン公爵家三女のルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

「……参ったよ。まさか支援物資じゃなくて密命の徒が彼女から来るなんて。これは私の予想が甘かったようだ」

 

 空賊の統領らしき男はその場にいる仲間に指示を出す。すると、汚らしいボサボサの髪がそのままずり落ち清潔に整えられた毛髪が現れる。歪んだ表情は引き締められ、一階の軍人に劣らぬ戦人の顔つきになり、一変した部下達の様子がこの船を一気に豪華に引き立てているようにも思えた。

 

「だが今度は此方が驚かせる番だ」

 

 ニッと爽やかに笑みを浮かべた彼は右手をルイズに差し伸ばす。

 

「私はウェールズ・デューダー。アルビオン王国皇太子だ。ようこそ、親善大使の諸君。アルビオン空軍最後の旗艦、イーグル号は君たちを歓迎しよう。盛大にね」

 

 まさか時の最高権力者が船長を兼任しているとは。そんな驚きを隠しきれないまま、ルイズはウェールズ皇太子の右手を握り返したのであった。

 




ここまでがテンプレ。
大体ゼロ魔はここまで来て失踪者が多いので、この山を乗り切って頑張りオリジナル持っていきたいですね

11/19(火)追記
ゼロの使い魔、原作をようやく全巻まとめ買いが出来ました。今までは二次創作の知識と設定のみに頼っていたので、これからかなりの期間が原作を読みきるために更新停止となります。
改めてオリジナル展開のプロットを組み直しますので、今しばらくお待ちくだされば幸いです。活動報告にも同様の記載がありますのでご質問の類いはそちらにどうぞ。

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