「心を……壊す、だと?」
「とはいっても、君の言う博打を更に勝ちにくい手へ
どう言った内容か、思いついたばかりの策をせめて成功につながる様にと祈らんばかりにウェールズは続ける。
「エルフの秘薬には心を壊す代物があると、聞いた事はあるかね?」
「……風が運ぶ噂程度ならば」
「そも、薬と言うのは治す為に作るから難しいのであって、壊す為だけならば水のスクウェアクラスだと多少苦労を掛けるだけで作れるだろう。ただし、やはり我々の体に作用を及ぼすからには効果のムレがあるだろう。私はその薬を、我々の都合の良い様に記憶と人格をバラバラにするためだけに作って貰おうかと思っている」
「いや―――驚いた。甘ったれた死に急ぎかと思えば、豪胆な事を」
「お褒めにあずかり光栄だよ、グリフォン隊隊長殿」
しかし、とワルドは聞き返す。
「此方としてはどうでもいいが、それでは其方の反撃すらできなくなるのではないか? 所詮私はちょっとした勧誘側だ。手段を提示しただけで、元々王党派だった者がどうなろうと知った事ではない。後は野となれ山となれとも思っている」
「それでいいのだ……と言いたいが子爵殿。少しだけこの作戦に協力してほしい事がある」
「ほう?」
「心の壊れた私たちを連れて行き、洗脳の手段によってクロムウェルに操られそうになった時、だ。なるべく心や記憶を戻すことは不可能だと進言してもらいたいのだ。その、始祖の御業でさえもな」
「我らが始祖そのものにも不可能があると欺け、と言うのか。これはまた王家に似つかわしくない発言だな」
「良いではないか。クロムウェルの言う始祖の力が我々アルビオン王党派の敵なのだ。今更牙を剥いたところで何を言われるわけでもない。もう、覚悟の上だ」
ウェールズはここ一番の笑顔を見せる。その内に秘める心には、薄暗くも確固とした信念が抱かれているようでもあった。ワルドがそれに気付く事は容易い。だからこそ、こうしてどんな形であろうと戦い抗おうとする姿を―――トリステイン上層部にも見たかった。
今と成っては叶わぬ夢、そう切り捨てることしかできない己の実が恨めしいが、やはりそれでも国を愛する心は何処かに残っていたのか。売国奴が今更何を思っているのか、と自分を卑下したくもなってくる。そのような様々な思惑を抱えながらも、ウェールズがまた何かを言おうとしている事に気付いた。
「……その目は、何か? まだ何かあるのか」
「その通りだ、子爵殿。最後に君には、やってもらいたい事がある。それさえ達成できたならば、我々が次に目覚めた時には最大限君のために手を貸すことを誓おう」
「…なんとも、安い案件だ。それでそのやってもらいたい事とは?」
「我々が雌伏の時を過ごす最中、貴殿には―――」
その数十分後、アルビオン城内は忙しない空気に包まれることになる。
反対に静かになった王子の部屋から移動した
手紙を括りつけ、一匹のハトを飛ばして送る。その書便に書かれているのは、王子の口から直接聞いた王党派軍勢の事細かに書かれた勢力図。まさかの王子本人からお墨付きをもらってしまったこの裏切りとも何とも言えない微妙な行為に、ワルドは自分のどっちつかずな立ち回りを初めて恨んで深いため息を吐きだしていた。
「……物憂げね? 随分と疲れているようだけど」
「ああ、ルイズ」
声に反応して後ろを振り向くと、月の光を全身に受けたピンクブロンドを輝かせる片想いの相手がいる。先ほどの書便のやり取り、見てたわよ。と彼女が言ったことから此方の動きは全て見られていたらしい。
ワルドは思う。どうにもこうにも、ルイズも随分と豪胆になったものだと。前に見た時の彼女は正しく、自分でオールを使えない幼子だった。でも今はどうだろうか? ……そう、圧倒的なまでの従者が付く事でルイズという女性は今までおざなりにして来た精神面の成長を一身に受けているような気がする。
だからこそ、脆く儚げな美しさすらある。今はこの不安定さが自分にも似ているのかもしれない。そんな共感から想いを寄せているが、もし完全に成長した彼女であればどうなっているのだろうか。この身はそんな輝かしい未来を想像し、彼女に擦り寄っているだけなのかもしれない。
「難しい顔。そんなに皺寄せるといかつい顔つきになっちゃうわよ? 甘いフェイスのプレイボーイさん」
「き、君は本当にルイズか?」
「……うんやっぱ無理あったわよね。キュルケに聞いたのが間違いだったわ」
額に手を当てる苦労人っぽい姿。これも、最近のルイズがすることが多くなった表情。尖りに尖っていた性格が丸くなってしまったことで、自分以外が今まで以上に破天荒に思えて来てしまっているのだろう。自分もそれに一躍買っていると思うと、ルイズの中にも憂いの乙女としての表情を形作っている実感が沸き上がってどうにも興奮する。
美しい女性はどの時代であっても財宝にも勝るとは言うが、いや、自分がただこのルイズ・フランソワーズという一人の女性に入れ込んでいるだけなのだろう。でなければ彼女のどんな姿でも見れることに感謝しているなど、ただの変態のやることだ。
「前置きはまあ、もういいわ。そんな事より」
「……ああ」
「レコン・キスタに送ったのね。この死にかけた王党派の命を握った紙を」
「その通りさ。ウェールズ様きっての願いだ」
「ッ!? ウェールズ皇太子さまが?」
「君には、話しておいた方が良いだろう」
そうして伝えた。ウェールズ達王党派はレコン・キスタに下るのだと言う事を。そして雌伏の内にて屈辱を受け入れ、必ずや祖国の復興を誓っているのだと。細かな計画に関しては、何処に目があるか分からない故にルイズへ話すことはできなかったが、彼女もその事は重々承知していたのかそうなのね、とだけ言って目を伏せた。
「姫殿下も、お喜びになられるのか悲しまれるのやら」
「少なくとも平常心は保てないだろうね。馬鹿な判断を下さない事を祈りたいが」
「自国の姫に向かってその暴言。ワルド、やっぱりあなたのことが分からないわ」
「分からないのはこっちの方だよ。まさか、あんな要求をされるとは誰が思うのか。言いだしっぺの法則なんて誰が言い出したのか。是非とも首謀者をぶん殴ってやりたいね、まったく」
両手を広げて首を振る。ワルドがオーバーなリアクションをしていたその時、ハトに括りつけた書便はクロムウェル大司教の手へと渡っていた。
「おお、おお! よくぞ来たワルド子爵の使いよ。誰かおらぬか!? この功労者…いや功労鳩には是非とも休息と安らぎを与えてやらねばならぬ!!」
「では、わたくしめが」
「是非とも頼むよ元王党派幹部殿!」
目の奥に生の輝きを無くした男がハトの入った籠を持って行く。まるで万年演技をしているかのような大きな態度の男―――オリヴァー・クロムウェルは丸まった書便を開いて王党派の事細やか過ぎる勢力情報に目を通すと、内容の理解はできなくともこれだけ書かれているのだから間違いは無い、などと言った判断を下した。
「……うん?」
諜報では絶対に手に入る事は無い筈の情報すらあると言う事に何の疑問も抱かず、自分の操る軍師にその勢力図を渡して布陣を作るよう言いつけた彼はもう一つ括りつけられていた紙に目を通していた。
「ほお、ワルド子爵ほどの男から直接私に…? うむ、やはり上に立つ者として生の声と言うのは聞かねばならぬと言うものだ!」
クルクルと広げた紙の上下に分銅を置く。すると、クロムウェルの目は面白可笑しく見開かれると同時に喜色に満ち溢れた声色になった。
「ほう、ほうほうほう! これはこれは、ウェールズ皇太子が自ら!? なんともいいではないか、是非にとも知らせなくてはなるまい!! 戦わずして収まるとは、いやはや無益な戦いを避ける事が出来るとは! 思いもよらなかったぞ皇太子殿!」
―――ウェールズ他王党派の大隊は恐れの余り服毒によって心も記憶も亡くした廃人と化した。肉体は生きたままであるが故、是非とも全員に始祖の御業を使っていただきたい―――
ワルドの簡素なもの言い。信者達の言葉を聞いてきたクロムウェルとしては疑わしい所が無いでもない。だが、それ以前に自分に王たちが恐怖したと言う一文がクロムウェルの心を、判断力を曇らせている。この効果は決して長く続くものではない、というのは作戦を提案したウェールズも、その補佐を任されたワルドも十分に分かっている。
だが、必要なのは彼らが「始祖の御業」によって操られるまでの短い時間で十分なのだ! そう、たったの一晩明けるまでの時間で必要十分条件を満たしている! まるで戦場で一瞬の油断が命を落とす確率がたったいま、クロムウェルという男に覆いかぶさっているのだ!
「は、はっはははは! 素晴らしい! 欠損した死体よりかは生きた人間の方が使い勝手が良い。まったくもって、ワルド子爵は素晴らしい働きをしてくれたものだ。これは王党派の者たちを仕切る権利でも与えてやるべきか? ああ、この素晴らしい指揮官に恵まれたことに感謝したまえよワルド子爵!」
決して低能とは言い切れない大司教はしかし人心掌握の術には非常に長けていた。その結果が、信者を動員したレコン・キスタの結成とその統領への就任。更には「始祖の御業」をも手にしている。そんな彼にとって最早恐れる事は何もないかと思われた。
しかし、此処に来て再び彼の心を動かす出来事が起きたのだ。遥か高みに居る筈の王が、我らが主神である始祖の血を引く王たちが、この自らを恐れて服毒を選んだ。それはすなわち、始祖の子孫たちが、始祖そのものが自分に下った事と同義である。
出世欲の収まりどころを知らない男は、あまりにも
笑う、笑う。この時ばかりは曇天よりなお曇ったクロムウェルの視界には勝利の栄光しか見えていない。ウェールズの輝かんばかりの太陽は、曇天の向こうで絶えず笑みを浮かべているにも関わらず……。クロムウェルが勝つか、ウェールズが勝つか。ようやく敗北が決定されていた戦争は、どちらが勝つとも分からない運を天に任せる戦へと持ち込まれた。
少し時間は遡り、「女神の杵」亭にて。
数多の傭兵を黙らせ、トライアングルの中でも戦いのなんたるかを知り得る土のフーケと戦う事を選んだ二人は背を合わせて孤軍奮闘、背水の陣を繰り広げていた。魔法の使えない傭兵の一部はどちらが勝つかに賭けている傍観者と化しているが、魔法で傷を負った者たちは怒りで我を忘れてギーシュやタバサに襲いかかる。貴族、そして魔法の使える者という箔が何とか牽制の役割を果たしているものの、実戦経験の乏しいギーシュにはやはり動きの荒さが目立つのか傭兵、引いてはフーケのゴーレムが繰り出す拳の的になりかけていた。そんな激戦の中でのワルキューレ操作人数は「4体」。それぞれが無手で傭兵たち相手に大立ち回りを繰り広げており、ギーシュ自身も薔薇の杖を片手に傭兵の注意を引きつけつつワルキューレで一撃カウンターをかまして場外へ放り投げている。
「タバサァ! とにかく傭兵全員どうにかできないかな!?」
「地面固定」
「ッ! 了解!! 錬金……」
杖を一振り、自分の足に土をまとわりつかせたギーシュは泥臭い足の感触に不快感を感じながらもその場に踏みとどまる。しかしそれは格好の的であると言わんばかりに怒りの形相で剣を振り上げた傭兵がギーシュに殺到する。フーケはまだ精神力が続いているとはいえ、狂ったようにも見える行動にギーシュを見捨てて厄介な水のトライアングルから撃破しようと身構えた。そんな時だった。
「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ……」
強い一陣の風が吹き荒れる。びゅうびゅうと風しか感じられなかったそれは地面をまくり上げ、周囲の小石などの残骸を巻き込みながら冷たい暴風へと変貌する。ギーシュを襲おうとしていた傭兵は構わず剣を振りおろしていたが―――固い何かに剣は弾かれた。
驚愕に表情を染める傭兵は、それ以上意識を保つ事ができなかった。寒い、ただ寒いとしか感じられず、自分の体は無数の氷粒によって吹き飛ばされた。細かで強い振動が全身を襲い、吹き飛ばされた傭兵がいた一方で、ギーシュとタバサはまったくの無傷!
蒼い風が、周りを取り囲んでいる。内側から見る光景はあまりにも幻想的で、その荒々しい蒼の中にある美しさにギーシュは鉱石を磨きだす時にも似た感銘を受けていた。が、すぐに頭は疑問の色へ切り替わった。
「アイス・ストーム」
「これは…何故僕たちだけが無事なんだ?」
「ルイズが薦めた本、台風の真ん中は無風」
「彼女が風について…? そうか、彼女は風メイジが多いヴァリエール家の三女!」
「気をつけながらこっちに。ギーシュの居る場所はまだ風が強い」
「わ、分かった」
錬金で慎重に地面ごと体を動かし、タバサとピッタリ背中を合わせる位置でギーシュは足の固定を解いた。巻き上がる水色の竜巻の中では、逆に外の様子が何一つ伺う事ができない。恐らく外は大変なことになっているだろうという想像はしながらも、彼は細心の注意を払いながら外に居る「
「……タバサ、傭兵は全て去ったみたいだ。フーケの姿も無い」
「分かった」
短い言葉でタバサの魔法は解かれ、蒼い幻想の暴風は肌寒さだけを残して姿を消す。
いつの間にか戦う場所を変えていたのか、自分たちがいたのは
初めてとも言える実戦、なんとか生き残る事ができたと一息ついたところでギーシュは共に戦った彼女が倒れそうになっていることに気付き、膝を折る前に抱きとめた。
「タバサ、大丈―――ぶっ!?」
痛い。頬を杖でぶたれた。
「痴漢」
「い、いや僕は君の身を案じてだね!?」
「なら、別にいい」
あいも変わらずの無表情、だが眼鏡の下にある瞳は確かな疲労を表していた。
アイス・ストームは水のトライアングルスペルに属し、数あるトライアングルの中でも水と風の属性を混合させた制御の難しい高等魔法である。いくら実戦で使用する事が出来ようと、その制御と威力の大きさに少なからず精神力を削ぐものを、彼女はこの小さな体で十数秒もの間維持し続けていたのだ。その労力たるや、ドットの自分では理解しきれないものなのであろうとギーシュは思う。
「ええっと、シルフィード君! 彼女がお疲れの様だから背に乗せてやってくれないか」
「―――きゅい!」
そして、ギーシュはフェミニストらしく女性であるタバサをいたわることにした。タバサの使い魔であるシルフィードは幼竜に属するのだろうが、その体の丈夫さは4人の子供を乗せても平気なことで証明されている。なにより、この大きな体格で温める事も出来るだろう。そんな考えの下シルフィードにタバサの世話を任せたギーシュは頭を掻きながら、これからどうするべきか悩み始めた。
「……ふぅ。タバサ君、多分まだ起きているんだろう? これからどうするつもりかな」
「後を追う。キュルケが心配」
「…ああ、確かに彼女は戦えるかもしれないけど、別段軍人の家を出ているようにも見えないし、あれほどの“覚悟”を備えたヴァリエール主従に比べると不安になるのも仕方ないか」
「今すぐにでも行くつもり」
「……分かった、分かったよ。その代わり、潜入のために僕のヴェルダンデも連れて行ってもらう。空の領分は君に任せるけど、土掘りにおいては此方のほうが一日の長があるからね」
「好きにして」
こちらを見下ろし、乗ってと目で訴えかけてくる彼女に従って風竜の体に飛び乗った。ヴェルダンデもひっつく様にしがみついているが、流石は
まったくもって、ルイズの周りにはとんでもない実力者がそろっているものだ。唯一実力も、覚悟も正しく「ドット」クラスのギーシュは自分をそうして蔑んだ。
バサッ! バサッ!
強く羽ばたいた翼が三回目にして空中への切符を得る。4度目の羽ばたきに勢いよく地面を蹴ったシルフィードは天高く飛び上がり、己の翼によって推力を作りながら船とは比べ物にならない速度で超高度を目指し飛び立った。
冷たく感じ、薄くなっていく筈の空気は風竜の精霊使役によって人間でも耐えられるように調整される。そうして大空の旅を碌な装備も無く旅立つ事が可能なファンタジー遊覧飛行を決めこんだ二人は、白の国アルビオンに続く空の道へと消えていくのであった。
早朝、ウェールズはパーティーに出席した貴族、そして父親である現国王ジェームズ一世を再びホールへ集めていた。そこにはルイズとキュルケ、ワルドとディアボロの姿もあり、重要な役者全員が集まった事を確認したウェールズが声を張り上げて宣言する。
「ここホール一帯に我が魔法サイレントを張らせて貰った! 観測班、魔道具の盗聴反応を報告せよ!!」
「ありません。ウェールズ殿下の完璧な魔法に敵も手は出せない事は確実でしょう!」
「防諜よぉしッ!! では諸君、私と、このワルド子爵によって考え付いた一世一代の大きな賭けに乗るつもりはあるか!? まずはその意志の有無によってこの地を発つ者、残る物に分かれてもらいたい!」
「我ら全員、一丸と成って敵に報いる限りぃ!!」
「ウェールズ殿下、出撃の御命令を!!」
「諸君らの気兼ねはようく伝わった!! だからこそ、その覚悟をも水泡に帰す可能性があるこの“賭け”に乗るや否や、この場にて決めていただきたいのだ!」
「なっ……!?」
誰かが上げた疑問の声はすぐさま波紋となって場に行きわたる。
されど、ざわざわと騒いだのはたった数秒! このレコン・キスタには無い生きた人間同士の王党派の団結力の高さがここまで生き残ってきた覇気を感じさせているっ!
「……いいだろう。諸君らはこの賭けに乗る、と言う事か? いや、計画を聞いてからでも遅くは無い。ではワルドくん、まずは君からこの壇上でお願いする」
「了解した、ウェールズ殿」
「ワルド? あなた一体……」
「まぁ、見ていてくれよルイズ。これが僕と彼の答えだ」
まだ何か言いたそうなルイズを押しとどめ、ワルドはウェールズの隣に立った。ウェールズやジェームズという王族を前にして礼も無く、なんて不作法なと罵る声があったがそんな小さな疑問もワルドの第一声にて吹き飛ばされる。
「王党派よ、私はレコン・キスタの一員だ」
「なにぃ!?」
「静粛に! いまは我が友人、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが話しているのだ。これを聞けぬ者は我が配下とは認めんぞ!!」
「……ウェールズ。これは一体?」
「父上、よく聞いていてください」
何度も騒ぎ立とうとする王党派の貴族を黙らせたウェールズはワルドに目配せした。
「再び発言を賜った。そう、確かにこの身はレコン・キスタに所属しているが私は奴らの操り人形では無い。しかし、この操り人形と言う言葉が真実となってしまうような恐るべき“始祖の御業”というものをクロムウェルは有している。これは――」
ワルドの口からクロムウェルの手段が語られ、その誇りも何もかもを馬鹿にした非道さに王党派は怒りを募らせ始めていた。それらが爆発する直前に、しかしと言ってワルドは聞く者の心を覚まさせる。君達も死ねば、奴らの思い通りになってしまうだけなのだ、と。
それを聞き、今度は顔を青ざめさせる者が溢れた。だからこそ、この冒涜的な秘術に対抗しうるべく、ウェールズが考え出した案がある。そうして、皆の希望の星であるウェールズへと話の柱を握らせた。
「…このように、ワルド殿は決して我々の敵では無い。いいや、愛に目覚めた戦士だとも言えよう! 彼の清純な心に応えられずして、何が貴族か? 何が王か! そうは思わないかお前達!!」
「然り! 然り! 然りッ!」
「だからこそ、彼の情報を私なりに纏めた結果私は―――君達の中に居る有志と共に雌伏の時を過ごすことに決めた!! 一旦は奴らの軍門に……汚辱にまみれながらも下るという決断を下したッ!」
「――――!?」
「ああ、そうだ! 蔑むがいい、馬鹿にするがいい。これが私の決断だ!!」
ざわざわと再び場が騒がしくなる。この繰り返しの中、その勢いと威圧感から抗う意志のあるルイズ達は冷静にこの状況を分析する会話を繰り広げているようだった。
「……なるほど、ふるいにかけている訳か」
「ふるい?」
「とある道具だ……。細かい網目があり、何かと混ぜられた小さな粒のうち、一定以上の大きさのものだけを網目の上に残し残りは下に落として種類を分けるものだ」
「つまりそれで、最後まで裏切らない付き従う相手を選ぶってこと? 同じ仲間なのに、信用ないのねえ……あの皇太子さま」
「いいや、奴は信頼を試しているのだ……階級的な社会の立ち位置ではなく、一個人として本当に従う意志があるのかを判断させている。恐らくはこれで、少なくとも6割以上の人間は身を引くだろう」
「ええ? 仮にも貴族よ。そんな訳が―――」
キュルケの信じられない、と言った発現と同時、ウェールズは「心を壊す薬を飲む」という条件を繰り出していた。それによって、一歩下がった王党派の貴族は8割にも至る。
「あ、った……」
目を見開いて個人に仕える者たちというのがどんな人間かをキュルケが見つめる中、ウェールズの作戦説明は続けられた。
「では、今ので私と共に来てくれると誓ってくれた者18名はこの薬を。残りの者たちは……国から離れ、愛しい者たちを守り続けるのだ!!」
「し、しかしウェールズ様!! そのような賭けなど」
「いいや、私は限界だ!! 推すねッ!! いつまでも敗北の国として、敗北の皇太子として言い伝えられたのでは男が廃る! なによりアンに向ける顔が無い!! 我が祖先が作り上げた勝利の証とも言える国を、乏しめる事など出来るはずがないっ!! ここまで言われても操られるだけの無駄死にをする貴族など皆―――この城から出て行くがいい!」
「……す、すみません。俺は無理だ!」
「お、おれも……駄目だ。そんな死に方は我慢なりません!!」
家族を惜しみ、命を惜しみ、本音をさらけ出した者たちが次々とホールから出て行き、朝一番の避難用の船へと足を向ける。慌ただしい声を荒げる者たちは、生への執着心で一杯だった。
そうして―――ホールに残ったのは20人。その誰もが、己の国のために、己の誇りを賭すための炎を瞳に宿していた。
「……ついてきてくれるのだな」
「私は、レコン・キスタにこの国が終わらされるのは我慢なりません」
「この身はただ、王の為に捧げるのみです。特にッ、あなたの様な勇敢な決断を下す王へと捧げるべきだと思ったまで!」
「ならばこの小瓶を持て! 中身をこのグラスの中に注ぐのだ」
「おおおおおおおおおおおお!!」
ウェールズを含め、20人の有志達はその手に己を破壊する毒薬の入れられたグラスを手に持った。これが最後だと言わんばかりに、ウェールズは己の父親へと振り返る。その手は、小さく震えていた。
「…おお、ウェールズ……お前は、真に国の復興を考えているのだな」
「はい父上。この命ではなく、誇りを賭す価値があるとワルド殿が気付かせてくれました。ならば私は、この国を支える星となるために喜んで泥をも被りましょう。そして、再び頂点へと舞い戻るのです。その時が―――アルビオン復興の時…!」
「朕は、もはや何も言うまい。全てをお前に任せるとしよう」
「ありがとうございます。……父上ッ!」
流した涙はグラスの中へ。
今から訪れる汚辱の時は、雌伏の時は……想像するだけでこの身を焼く思いに囚われる。されど一度己で決定し、その願いを他人にも託したからには遂行しなくてはならない。それこそが己に目覚めた美学であり、この身がなすべきことであるのだから。
「諸君! ……乾杯!!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯ッ!!」
ルイズが、キュルケが手を口で隠しながらその覚悟に感嘆する。
一度に飲み干した勇者たちは立ちどころにその場で血を吐きだし始め、ウェールズ達は激しい苦痛に苛まれながら己と言う個を失っていく。目に灯した生の光はなりを潜め、どこまでも空虚な息をするだけの生物に、生きているだけの物体へと変貌を遂げていった。
ただの薬ひとつで心が失われる光景は、見ていて気持ちのいいものではない。いろいろな何かを吐き出しそうになる気持ちをぐっとこらえながらも、これもまた「覚悟」の形の一つであるのだとルイズは必死にその姿を視界に捉えていた。そして―――彼らはただ、息をするだけの人形と化す。
「……では、彼らは僕がレコン・キスタへ連れて行こう。ウェールズ殿から預かった二つの願いを履行しなくてはならないからね。よってルイズ、君たちとはここでお別れだ」
「ワルド、あなた分かっていたのよね」
「そうさ。これが彼らの選択……そうですね、ジェームズ国王」
「…うむ。しかと、朕もこの目で見届けた。……最期に、我が息子の有志が見られて本当に良かったと、ただそう思わずには、いられん…!」
涙を流す王の姿は、悲壮に満ち溢れる。この代で、何故この様な悲劇の大戦が行われなければならなかったのか。そしてこの責を全て、次代を担うべき息子と勇気ある貴族達に背負わせなければならない運命を呪いたくもある。だがジェームズは、それらを涙とすることで全てを呑み込んだ。
「そして……朕の命も、今ここで尽きるようだ」
「そんな!?」
「よい、よいのだ赤毛の親善大使殿。そして屈強な大使殿に……最期の願いがある」
「いいだろう」
指名されたディアボロが前に出る。
ヨロヨロと椅子から立ち上がったジェームズは、ウェールズの指にはめられた風のルビーを取り外すとディアボロにそれを渡した。
「この風のルビーを、我が息子の意志と共に伝えていただきたい。そして……我が身を、死体すら残らず粉々にしてもらいたいのだ……身勝手、とは分かってい、る。……頼んだ、ぞ…希望の子らよ……」
「……死んだ、か」
ジェームズはその場に倒れこんだ。
息子の心が崩壊する瞬間は、覚悟していても寿命も近い体では耐えきれるものでは無かったのかもしれない。様々な思惑を残したまま、ここに事実上アルビオン王家は終止符を打たれたとも言えるだろう。ジェームズ一世の目は瞳孔が開き切っている。ディアボロはその死体に触れようともせず、スタンドを発現させっ!
「待ってくれ」
「…どうした」
「ここは、僕がやろう。いや、僕に任せてくれ。ウェールズと共に僕は―――レコン・キスタのトップに下剋上を成す。そのためにジェームズの死体にはもう一仕事してもらう。クロムウェルに操らせはしないけどね」
術者であるウェールズに代わり、効力が消える直前にワルド自身がサイレントの魔法を張り直しているため、この会話も聞かれる必要はない。よって、ワルドはそんな自分の組織を裏切るような事をのたまった。
ルイズも少なからず予想はしていたが、やはり自分と関わってからワルドというこの男は随分と身の丈を越えた事を成そうとしているきらいがある。惚れ直した、という言葉を信じるならばそれに値する行動だと、「馬鹿な男」のしそうな事であるかもしれないと納得しかけていた彼女はそれでも確かめたい事があった。
「ねぇワルド。一つ聞かせてもらえないかしら」
「いいとも」
「無事にまた会えるのよね?
「……さて、どうかな」
「ワルド!」
「分かった、分かったよルイズ。君に誓って無茶はしないと約束する」
嘘だと言う事はルイズにも分かっていた。彼女がこんな真摯な感情を表に出しているのに、ワルド自身がへらへらと笑って誤魔化す様な態度を崩してはいないからだ。こんな不安定な様子なんて、自ら死地に飛び込み無謀の限りを尽くそうとしていると言っているようなものだ。
だから、自分の納得のいくまでルイズはワルドに喰ってかかろうとして、その手を掴まれる。ディアボロでは無い。それは、ディアボロとは別の秘密を打ち明けたキュルケの華奢で小さな手。それでも掴む力とは別に、振り向いた時に見たキュルケの目は物語っている。行かせてやりなさい、と。
「……約束よ」
「ああ、約束さ」
帽子のつばを指ではじき、ワルドはウィンクして見せる。渋い見た目に反した若々しい行動は「憧れのグリフォン隊隊長」としての行動そのもの。甘いフェイスで偽り、しかしそれを知っている人間には真意を伝えるための行動ともとれる。
突如マントを翻し、ワルドは背を向けた。
「さて、お友達が来たようだ。既に船も出港しているだろう……あの子のドラゴンなら君たち全員が脱出可能だろうさ」
彼の言葉が終わると共にルイズ達のいる地面の近くが盛り上がり、瓦礫を吹き飛ばしながら一匹のジャイアントモールが顔を覗かせる。その下に続いて顔に土を被った金髪の少年がはい出してきた。
「ルイズ! キュルケ! 大丈夫かい!?」
「ギーシュ、アンタ何処から来てんのよ!?」
「どこって、安全な道さ。この下にすぐタバサのシルフィードが待っているから、早く来てくれたまえ。もうニューカッスルの上空は竜騎士隊と船でいっぱいだ!」
「ギーシュ君の言うとおりだ。君たちは早く行け」
「……いい加減、この茶番にも飽きてきた所だ。行くぞ、ルイズ」
「分かったわ。ディアボロがそう言うんなら、もう
「ワルド子爵も、早く!」
ルイズとキュルケが穴の中に入って行った事を確認したギーシュが叫ぶ。何も知らないとはいえ、彼の行動は実に正しい。しかしワルドは、ここで彼らとは行動を別にしなくてはならないのだ。
「僕は彼らを引きつける。寿命を迎えたとはいえ、ジェームズ王の死体は度肝を抜くには十分だろうからな」
「そんな―――わっぷ!?」
「早く行け。押し潰すぞ小僧」
渋るギーシュを抑えつけたディアボロがそのまま穴に消えていく。ディアボロはワルドに視線のひとつもくれてやらず消えていく辺りは、何とも彼らしいものだと一人残された男は苦笑した。
さて、これからは自分の戦場、そして独壇場だ。華麗な演説でも披露して、操られていない者たちの肝を抜くのが仕事。物理的にか、精神的にか、それはこれからの行動次第だが、ワルドの中には久しぶりに闘志と言う者が湧きあがっていた。吹き荒れる暴風、と言う者もいるだろう。だがっ! 彼の心は今澄み渡っている。自由に飛び回る風の自由気ままな気分に満ち溢れていたのだ……。
「“ウェールズ達の記憶を覗かれないようにする”」
帽子を押さえつけ、杖を振る。レビテーションの魔法で浮かび上がった廃人達とジェームズの死体はワルドに付き従うようにテラスへと動いて行く。
「“クロムウェルの力も奪う”。“両方”やらなくちゃならないってのが、“コウモリ”の辛いところかな。僕の覚悟は……ああ、できているさ」
サイレントの魔法を解除。目の前に現れたのは「味方」であるレコン・キスタの軍勢。ジェームズの死体を引っ掴んだワルドはそのジェームズの死んだ目を味方に見せないようにし、服ごとつり下げてひたすらに叫んだ。
「聞け! レコン・キスタの精鋭たちよ!! このニューカッスルは我が手によって墜ちた!! これが忌まわしき前王、ジェームズ1世の……最期である!!」
軍人の筋力全てを用い、力強く死体を投げた!
ワルドは一切の情け容赦なく、既に死しているその体に己の魔法を激突させる。
「カッター・トルネード!!」
風のスクウェアクラスにのみ許された風の暴虐。真空の層を間に、二つの局地的な竜巻が王だった者の体を切り刻む。腕を、頭を、足を、腹を、無差別に刻まれた肉袋からは血が雨のように飛び散らかされ、肉は塵となって跡形もない。まだ温かいそれらが真下に居るワルドの顔に飛び散るのも当然であった。
何と言う暴虐、何と言う野蛮! これが貴族のする事なのか? レコン・キスタで操られていない者たちはワルドの蛮行に息をのむ。恐れをなす。しかし何の迷いもなく、血を浴びてなお己の信じる光に向かうその視線は「畏れ」をも見ている者に抱かせていた!
「敵王、このジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが討ち取ったァッ!!!」
未だ降り注ぐ血を浴びる修羅の男。
その目を見開いた形相は後に、この光景を見ていたクロムウェルに対する最大の対抗手段となるのだが、そんな事は知った事では無い。ここまで踏み出してしまったからには、自分が目指す道と他人に託された道を歩まなければならない。それが、貴族としての己が持つ宿命、宿願となる。
ウェールズの熱き意志は同じ風を操る者として確かに受け取った。ならばこの身は、夢に向かう追い風となってやろうではないか。
すみません、また更新は遅れると思います。
これからもこのように遅々とした、内容も普通量程度の物になるでしょうがご了承ください。
熱いワルド、ゼロ魔側で一番書きたかったのが実はコイツ。需要はあるのだろうか。