幸せな過程   作:幻想の投影物

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墓碑銘

 墓碑に刻まれるのはその下に眠る人間の過去である。

 ならば生きた墓碑を持つ存在がそこに在れば、そこに刻まれるのは―――未来か。

 

 

 

 スタンド使いは総じて生命力が高い。

 そもそもスタンドは「矢」に選ばれて得る、特定の場所で生還した者がスタンドを扱える、聖人が遺体ながらに認めたものが力を発現させる。こうした様々なスタンドの取得方法の中で総じて言えるのは、スタンド使いに選ばれるとき、必ずその人物は死の危機に脅かされているということだ。逆にスタンドを手にするに相応しく無ければ、トマトペースト状の液体となって死亡する。

 死線を乗り越えた人間は特殊な力に目覚めると言う話もあるが、生命力が高くなっているのは真実だと考えられるだろう。事実、舌や腕などにに大穴があいたはずのホル・ホースという男や我らが(ジャン)(ピエール)・ポルナレフはいつの間にか怪我を治していた。このディアボロを打倒したジョルノを含め、寝る様子も見せずに旅を続ける「ジョジョ」の一行など、常人よりも少ない睡眠量で済ませても平気な顔をしている人物はスタンド使いに山というほど存在しているのがこの現状だ。

 

 ハルケギニアに召還されたディアボロという男もまた、その例に漏れずスタンド使い。新たな、いや初めての主となったルイズ・フランソワーズの眠りに落ちる姿を見届けた彼は、外敵や予想外の事態に備えて部屋の内側、ドアの近くでずっと見張りを続けていた。

 だがまあ、彼の目的はそれだけではない。ディアボロという男は何かしらの行動をするとき、それはたった一つの意味で動くことは少ない。それには目的以外のもう一つの意味が存在するというものなのだから。

 

「朝、か。さすがに太陽は一つのようだな」

 

 眩しげな光で目を傷めないよう、手をかざしながらそう告げる。

 このディアボロ。鎮魂歌の輪廻に囚われていた頃には終ぞ朝焼けなどというものを見たことがなかった。いや、見る機会はいくらでもあったのだが、こうして落ち着いた状態で穏やかな朝を迎えることがなかったのである。

 恐らく、いや絶対にパッショーネのボスだった頃にはそんなことは冬場の弱った蚊ほども気にも留めなかっただろう。しかし今の彼はこうした穏やかな時間というものがひどく新鮮に感じてしまっている。そのために朝焼けを見るのにどうして非難すべき点があろうか。いや、無いのだ。

 

 そうして太陽の光を眩しげに見つめてどれほどの時が経ったのだろう。彼は不意に、そんなまだ赤さを残している太陽に向かってスタンドを繰り出していた。

 キング・クリムゾン。イギリスのプログレッシヴ・ロック・グループと同じ名を冠した彼のスタンドは直訳して紅の王。帝王としてパッショーネの頂点に君臨したディアボロに相応しい強力な性能と、彼の輝かしい道を示唆するかのような能力と、スタンドにしては珍しい二つめの力を持っている。

 一つが確定した未来を見通す力。自分の不幸な姿が見えた時は覚悟しなければならない欠点はあるが、それは彼の歩む道を作るきっかけともなる。しかし、その彼の御自慢の能力―――「時を吹き飛ばす力」は、一時的なものなのだろうが、失われていた。

 

「キング・クリムゾン」

 

 口にし、力の発動を促すが、窓の外に見える風はそよいだ事を自覚し、木から落ちる木の葉は自分の意志で着地を認識している(・・・・・・)

 そして、自分はいつものスローな世界に入る事は出来なかった。

 あるべき筈の過程を吹き飛ばす力。それは、彼の力が及ぶ範囲全ての者たちの時間を吹き飛ばす。こう言っては分かりにくいかもしれないが、客観的な視点の例としてあげるなら「食べようとしていたケーキが能力発動後、いつの間にか自分の口の中に入っていた」という認識をすることになる。

 その「吹き飛ばされた時間」をディアボロは自由に動く事ができ、吹き飛ばせる時間は限界で数十秒にも及ぶ。無論、持続力がE(最低値)のキング・クリムゾンが数十秒の時間を一気に吹き飛ばすような真似をすればスタンドパワーはしばらく使えなくなるだろうが。

 

「エピタフの力はまだ使えるようだが…これは、本体たるオレの精神が様変わりしたことによる効果か? 何にせよ、懐かしき修行とやらを始める必要がある、か」

 

 彼自身、もしや(・・・)とは思っていた。

 帝王として君臨し続け、帝王に相応しい力とまで言われていたキング・クリムゾンの能力。しかし、それは帝王であることを止め、ルイズという主人に従属した現状では帝王という肩書も過去のもの。更には持っていた筈の野心もさっぱりと消え失せている。その代わりに大きな敬意と深い安心が彼の胸にあるのだが。

 スタンド能力は、本体が望む力や本体の在るべき姿に合わせた力が多く、新しくスタンド使いとなった者はその力を認識するのはそう難しい事では無い。とはいえ、この弱体化にも等しい現象を「体験」するのはディアボロとて初めての事だ。

 せめて数秒でも飛ばせる力が残っていたならば。夢っ! 思わずにはいられない! とも言いたいだろうが、ディアボロと言う男は無い物ねだりをするような性格ではない。目の前に手に入れられる力が在るなら、喜んでその手に収めようとはするが。

 

「む、もう日もそれなりの高さだな……」

 

 思考も進んでいたのか、彼が窓の外を見上げると既に日が高めの場所まで傾いていた。他の部屋からも起床するような生活音が聞こえてきたので、スタンドを引っ込めたディアボロは己を救ってくれた真実―――主が寝息を立てているベッドまで近づいて、彼女の体を揺さぶった。

 

「起きろ、もう他の奴らも起き始めている」

「う、ううん……? ちい姉様…じゃなくてディアボロ?」

 

 安心しそうな雰囲気に思わず似ても似つかぬ優しい姉の姿を重ねてしまったルイズだったが、すぐに目の前にいるのが例のディアボロだという事を思い出す。

 

「覚えていたようでなによりだ」

 

 肩をすくめて見せると、彼女ものっそりと起き上がった。

 寝ている分には眠れる森の美女も棺桶を譲る程の美少女っぷりだったが、朝に弱そうな寝言を言った時点で初恋の魅了も冷めてしまいそうなものである。だが、ディアボロが彼女にそう言った恋慕の情を抱く事はないだろう。

 

「あ、あー……そうそう、そうだったわね。あ、それから私の事は名前で呼んでくれる? あなた相手に敬称使わせると、何か違和感があって」

「分かった。外で待っているとしよう」

 

 ひとり納得したように頷いたルイズはディアボロにしっしっと払うような動作をする。マントもそのままに着込んで寝てしまったものだから、裾はよれよれ服はしわしわ。彼女が着替えをするため、年頃の男に退室を促した事を彼は明白に読み取った。

 ドアを閉めて寄りかかる。スタンド使いは精神力も何もかも常人とは比べ物にならない程タフであるが、列車の車輪に巻き込まれれば死ぬし、麻薬中毒者の振りまわす小ぶりなナイフで貫かれても死ぬ。結局は人間の範疇から抜け出せないという事は身を以って知っていたディアボロは、存外に寝ていないことが足に来ているな、と自分の状況を冷静に判断していた。

 

「あら? ヴァリエールの御家族かしら。使い魔も召喚出来なかったゼロを連れ戻しに来たってわけ?」

 

 すると、突如として甘ったるい雰囲気を撒き散らした女性が目の前の扉から出てくる。

 

「……」

「よく見ると中々良い男。はぁいミスタ、お出迎えご苦労様ですわね」

 

 あからさまに男を誘惑する娼婦の様な雰囲気に、ディアボロはぶれることなく悠然と立ち尽くす。ルイズの部屋の前に来たということは彼女の知り合いだと見当はつくが、前口上の彼女を下に見る発言からして余り良い仲では無いのだろうな、と見当をつける。しかしそれにしては彼女がルイズと呼ぶ時はそれほどに蔑みの感情が含まれていないような。

 ディアボロが考察を始めた所で、彼の隣に在った部屋が開き、同じピンクブロンドの髪をした恩人が顔を出していた。

 

「幻獣用の藁を片付けてたら遅く…って、キュルケ」

「おはようルイズ。遂にお迎えが来るなんて、やっぱり公爵家は情報網が広いわねー。お見送りは必要かしら」

「ディアボロは家族じゃないわよ! 私の使い魔になってくれたんだから!」

「使い魔? あら、ゼロの貴方が成功したって言うの!」

「したわ!」

「証拠はあるのー?」

 

 ニヤニヤとするキュルケの前に、無骨な手が一本差し出された。キュルケという女性に差し出されたのはいつものように恋心を募らせる熱に浮かされた男の物では無く、ただ在るがままを表すかのような力強いもの。

 

「…契約した時に刻まれた。これは証拠にならないのか?」

「喋れたのね、というか…本当に契約のルーンじゃないの。ルイズ、貴女人間を召喚したってわけ。やっぱり面白い子」

「でも成功は成功よ」

 

 フン、と鼻を鳴らす様に言うルイズは自信満々である。

 

「そう? でも、使い魔って言うと幻獣の方がずっといいわよねぇ。ほらフレイム、挨拶しなさい」

 

 その自信を覆さんと言ったキュルケの背後から、熱気を放つ火蜥蜴が現れる。普通の体勢で人の腰ほどもある巨大なそれは、尻尾に燃え盛る命の炎を灯していた。ディアボロは内心でぎょっとしたが、これもスタンドでは無くこの世界特有の文化の一種だったか、と納得して興味深げにその「フレイム」を眺める。

 しばし見つめていた所、フレイムはディアボロに野生の感として「何か」を感じ取ったのだろう。彼の中に在るモノを恐れ、数歩引きさがってキュルケの部屋のドアに後ろ脚を当ててしまった音を立てた。

 

「あらフレイム? どうしたのよ」

「それが貴女の本性かしら。メイジを見る時は使い魔を見よと言うけれど、意外と小心者だったようね。それにしても、サラマンダーに“炎”なんて安直な名前つけちゃって」

「名前さえつけてあげられない人には言われたくないけどね。そっちは人間だもの」

「勝手に言ってなさいよ。ディアボロ、食堂はこっちよ」

 

 不機嫌さを隠そうともせずにディアボロを案内し、彼もまた彼女の後ろについて行く。普通の男なら真っ先に自分の体に劣情を抱く筈が、珍しい奴もいたものだとキュルケはディアボロに関心を持ったが、召喚できてよかったじゃない、と本心を心の中でのみ開帳する。

 

「フレイムー。あの子ちょっとだけど…雰囲気変わった?」

 

 聞かれても、先日パートナーになったばかりのサラマンダーには分からない。

 フレイムはきゅるる、と高い鳴き声を鳴らして返すことしかできないのだった。

 

 

 

「分かっていたけど、火のトライアングルはやっぱり羨ましいわね。あの炎の大きさもサラマンダーとしてはかなり価値が高いだろうし……」

 

 ぶつぶつと小言を呟く彼女の傍で、サラマンダーの判別方法もジャポーネの錦鯉の様な物かと納得していると、当然だが様々な人間がすれ違う姿を見る。しかしその大半がルイズの存在を知って、それでいて侮辱しているのだろうか。キュルケの様に自分が彼女の使い魔である事を示すため、左手を体の前方に置きながら歩いていると、自分の事を使い魔だと分かったのか、マントを羽織った者たちは皆驚愕して此方に指をさし始める。

 どうせよく無いものだろうから彼は聞きとろうとも思わなかったが、その中にはあのルイズが、とでも言いたげな感情を表に出した間抜け面を此方に晒している者が一番多かった。

 気まずい雰囲気は他者との関わりをほとんど持たなかったディアボロであっても居心地の悪いもの。せめて彼女だけでも現実に引き戻そうと目的地を訪ねた。

 

「………食堂はどのあたりだ?」

「こっちの魔法で言う属性で分けた塔のうち、真ん中の本塔の中よ。なに、お腹すいたの?」

「生憎とお前に救われるまでは碌なものを口にできなかったのでな。もっとも多かったのは様々な毒物だった」

「…何度聞いても、絶対に体験(・・)したくない話ね」

「ある意味で黄金の体験(・・・・・)とも言えるだろう。安直ではあるが」

 

 上手いことを言っているのになぜ安直なのだろう? ルイズは彼の死体験を「ゴールド・エクスペリエンス」というスタンドによって起こされたものとは知らないからこそ首をかしげる。一方のディアボロといえば、あの惨劇をジョークとしていえる程度には立ち直れているか、と己に評価を下していた。

 

「見えてきたわ。騒がしいのは嫌い?」

「さほどでもないな」

「それはよかったわ。それじゃ―――ちょっとは覚悟して」

 

 ルイズが入った瞬間、とまではいかないが、彼女が食堂にいることが気が付いたルイズと同色のローブを纏った者たちが横にいるディアボロの姿を見て驚きに目を剥いた。その証拠となるルーンにはやはり相応の視線が注がれており、廊下で交わされたような会話があちらこちらから巻き起こっている。

 

 これほどまでとは。ディアボロは少なからずルイズという少女がどれほど「落ちこぼれ」としてのレッテルを張られているかを体感する。まして、大事な進級の儀式があった翌日だ。この限られた学園という空間内の噂が駆け回る速さは奥様ネットワークよりも早かったのだろう。

 

「ここが私の席。あ、そっちは別のやつのだから座らないようにね。ちょっと、そこのメイド!」

「は、はい。何用でしょうか貴族様」

「彼のために食事を作ってやってほしいの。ディアボロ、希望でもある?」

「久方ぶりの食事だ。腹を満たせるならそれでいいとも」

「だって。とにかくお願いね」

「わかりました。それでは…ディアボロ、さまでしたね。厨房までついてきてください」

 

 東洋人に良くみられる綺麗な黒髪をしたメイドの少女に連れられ、ディアボロは厨房まで案内されることになった。そこにはいかにも、といった風のコックが厨房を取り仕切っているようだ。

 

「マルトーさん、賄いか何か作れるものはありますか?」

「おおシエスタか。そこの兄さんは?」

「貴族様が連れられてきたんです。それで貴族じゃないから食事が欲しいと」

「かぁ~! これだから貴族ってのは不躾だなぁ、おい! アンタも苦労してんだろ? ちょっと待ってな、すぐに美味いもん食わせてやるからよ」

 

 僅かな時間を待っている間に、彼に興味を持ったのか黒髪のメイドが話しかけてきた。

 

「マルトーさんも苦労してまして…その、貴族様と仲が良かったように見えましたがこのことは言わないでおいてくれませんか?」

「……実はこの地に来たのが初めてでな。貴族制度が徹底した社会だということは理解できたのだが、そんなに貴族というのは酷いものなのか?」

「異国からの客人でしたか。えっと、確かに私たち平民は貴族に使われるがままに過ごしてきましたけど、いい人もたくさんおられますよ。例えば、ほら、そこの席で食事を摂っているミスタ・コルベールなど。ですけど、やっぱり…」

「そうか」

 

 過剰な反応もなしに、ディアボロはこの土地に浸透する現状の一端を垣間見た。ルイズも貴族が平民を使って当然の一人だということは、会話の節から少しくみ取れるところもある。初めて言葉を交わしたときの高圧的な言葉は命令しなれている人物の癖が読み取れたからでもある。

 しかし、ディアボロがそう長い間考えることはできなかった。

 

「お待ちどうさん。しっかり食って頑張れや兄ちゃん。あのヴァリエールに召還されたんだってなぁ、そっちの生活もあるのにかわいそうによ。噂が食堂中で広がってやがるぜ」

「いや、彼女が召還してくれたからこそオレはこうして生きている。恩も敬意もなくすことは忘れるつもりはない」

「ほう! こりゃたまげた。その恩を利用されないよう、貴族には気ぃつけろよ」

 

 心底貴族に対して嫌味ったらしく言い放ったマルトーは厨房の奥に消えていった。だが、彼も全ての貴族が嫌いというわけでもなさそうだ。もし心の底から本当に嫌いだったとしたら、今頃この厨房で包丁やお玉を手に料理をふるまってはいないだろう。

 

「………ふ」

 

 完食したディアボロは、本当にいつぶりになるのだろう。まともな食事を舌で味わい、腹を満たして満足そうに笑みを浮かべた。空腹は最高のスパイスになるともいうが、それを実践する日がこようとは彼とて思わなかったに違いない。

 

「お皿はこっちで洗っておきます。頑張ってくださいねディアボロさん」

「あの料理長に礼を言っておいてくれ。…その、なんだったか」

「…? ああ、私はシエスタと言います」

「そうか。シエスタ、また会った時には頼む」

 

 笑顔の彼女にも例を告げ、席を立ったディアボロは本当に平穏な時間だと、ボスとして君臨していた時代にも味わえなかったほのぼのとした日常に思わずほほが緩みそうになる。だが、彼は裏の人間として過ごしてきた、世間一般でいう危険人物には相違ない。

 日常に浸かりきってはいけない。主人のために己の研磨を止めてもいけない。それでいて両立を図ってただ拾ってもらった命を十全に全うする。それらすべてをやらなくてはいけないのがつらいところだが、そうした目標として彼がこの地で過ごしていくことを決めたのは、ここで接してくれた給仕の皆が見ず知らずの自分に関わってくれたことだった。

 他者との繋がりを無くす事を第一に考えていた彼がこのような決意をすることになるとは、なんと言う皮肉であろう。

 

「食べ終わった?」

「まあな」

「そう、嬉しそうで何よりだわ」

「なに?」

 

 言われて、ディアボロは初めて己の口の端が満足気につり上がっていることに気付いた。なるほど、先ほどシエスタが笑っていたのはこの顔のせいだったのか。

 

「それじゃ―――」

「ミス・ヴァリエール! 探しましたぞ!」

「って、コルベール先生?」

「ルーンを見るに、彼が使い魔なのですな?」

「は、はい! 彼とは同意の上でコントラクト・サーヴァントをこなしました」

「つまりは成功であると! いや本当に良かった。ミセス・シュヴルーズには話しを通してありますので、最初の授業の間は彼をお借りしますがよろしいですかな?」

「…どうするんだ、ルイズ」

 

 ディアボロは問いかけるが、約束もあって彼女の答えは決まっていた。

 

「行ってきなさい。授業は私だけでも構わないもの」

「……これで私が教師などと、耳が痛い」

「あら、どうなされたのですかミスタ」

「…すまないね。ミス・ヴァリエール。君も大丈夫かな」

「ああ…問題は無い」

 

 平静を装っているように見えるルイズであるが、使い魔のお披露目の意味を含めた一回目の授業に使い魔を連れていかないとなると、彼女がまた辛い思いをするのは明白だった。それでもルイズは、コルベールという教師の為にディアボロの時間を割く事にした。向こうに一人で行ってもシュヴルーズが使い魔の事を言えば信憑性は高まるという打算もあったが、それ以上にコルベールが最後まで付き合ってくれていた事に「恩」を感じていたからだった。

 

「授業が終わった頃には私達の調べ物も終わるでしょうから、頑張ってください。ミス」

「ええ。ディアボロ、ミスタ・コルベールに粗相のないようにしなさいよ」

「分かっているさ」

 

 ディアボロの答えに満足したのか、ルイズは嘘か本当か平静を装ったまま食堂の入口を抜けて行った。それを見送る中、コルベールが彼に向かって一礼をする。

 

「いやはや、人間だというのに彼女の声に応えて下さり真にありがとうございます。私はジャン・コルベール。二つ名は“炎蛇”で、この学院で教師を務めております。私の事はコルベールと呼んで下されば」

「いや、救って貰ったのは俺の方だ。ディアボロと言う。好きに呼んでくれ」

「ではディアボロくんと。それにしても救われたとは――いや、深くは聞きますまい」

 

 自然な動作で握手に及び、二人もまた食堂を抜けて歩き始めた。

 

「ふむ、その左手のルーンを見せてもらって構いませんかな」

「やはりこれは使い魔の証か。文字のようにもみえるが」

「ええ、様々なものもありますが、特に彼女の為には深く調べておいた方がいいかと思いまして。……ほぉ、遠目で見たがやはり珍しい形だ。スケッチさせて貰っても?」

「好きにしろ」

 

 左手を心臓より上の高さに上げながら、コルベールの指示で角を曲がって廊下を突き進む。授業も近いのか生徒の姿はほとんど見えなくなり、この二人だけが世界に取り残されているような錯覚にも陥りそうだ。

 

「何故、そうまでルイズを気に掛ける? 奴はオレを呼んだ、そして人間が呼ばれるのは異例の事だと何となくだが理解した。しかし、お前がルイズの為に教師の時間を割いてまでサポートしようとする理由が分からん」

「……私も教師として、こう言ってはいけないのでしょうが、彼女は学院きっての劣等生でしてな」

「劣等生だと? 此方の人間は知らないであろうオレがいた場所の知識を披露した際に難なく取り込み、納得して受け入れる程の器量を持つルイズが? だとすると、この学院はよほどの最高階級しかいないことか。嘲笑も教育の一つに含めたとするなら、な」

「耳が痛い話ですな。これも私達教師の宿命ともいえるのですが。…ですが、彼女の劣等生という称号はただのソレでは無いのです。彼女は座学でトップの一角を占め、貴族としても申し分のない感受性の高さ。更には努力を惜しまぬ最高の生徒と言えるのですが……」

 

 普通の生徒として求められる事以外。ディアボロは一つの答えに辿り着いた。

 

「魔法、か?」

「はい。実技はいつも失敗ばかり。いや、失敗しかできないのです」

 

 悔しそうに、その原因を突き止められない自分を恥じるように、下唇を噛んでコルベールは目を伏せた。持っているスケッチ用のペンが軋みを上げているのを見て、ディアボロは落ちつけと諭す。

 

「あ、ああ申し訳ない。…その失敗の中で、ディアボロくんが召喚された。使い魔召喚の儀式も立派な魔法の一つです。唯一と言っても過言ではないこの成功に対し、これまで何もできなかった分を少しでも返そうと意気込むのは人として当たり前ではないですかな」

「……そうか。そうだな」

「さて、スケッチも終わりました。図書館もすぐそこですぞ」

 

 よく言われるが、話こんでいると時間が経つのが早い。いつの間にか図書館に辿り着いたコルベールは受付で教師用の閲覧スペースへ申請を届けると、ディアボロを連れて「フェニアのライブラリー」へと足を運んだ。

 教師以外の人間が入館することに図書の係りは渋ったが、コルベールの剣幕を前に根負けしてディアボロの事を渋々承認する。これで準備は出来ましたな、とコルベールは愉快そうに笑っていた。

 

「オレは文字を読めんが、大丈夫なのか」

「一般的な使い魔の書物は其方にあります。文字は君の手に在るルーンと同じものを探すだけで構いませんよ。私はあちらにいますので何か見つかったら呼んでください」

「ああ。これも奴の為になるのなら」

 

 そう言って本棚の森の奥地に冒険しに行ったコルベールを見送って、何かに気が付いたかのようにディアボロは肩の力を抜いた。リラックスしたのはあんまりにも片肘を張り過ぎて、いつの間にかいつもの自分らしく無かったことが原因。

 自然体に戻った彼はコルベールに指定された場所の本棚に辿り着くと、二冊の本を手に取って開いた。

 

 ―――キング・クリムゾンッ!

 

 そして現れるのは彼の半身。悠然とした姿のそれは、変わらぬ姿形でそこに在りながら、やはりどこか足りない(・・・・)という雰囲気を醸し出している。この半身を見た時の物足りなさが無くなった暁には、能力も元に戻っていればいいのだが。ディアボロは今はその考えを伏せて、机の上にもう一冊の本を置いた。

 

 そして彼はスタンドにも本を読ませながら、一気に二冊のペースでルーンの挿絵が入ったページを飛ばし飛ばしに探していく。単純な作業と言う事もあって、頭の片隅で最後に本を読んだのはジョルノ達が来るどれくらい前だったかな、と言う具合に己の過去を振り返ったりもしてみる。

 そんな中だった。頭の中に浮かび上がる、エピタフが作り出す予知の光景である。

 

 ――慌ただしいコルベールの姿が見える。そして威厳ある髭をこしらえた老人に必死の形相で話し、その手には一冊の古めかしい表紙の本が。

 

「…あれか」

 

 読んでいた本を閉じると、スタンドの驚異的な動体視力で近くの本棚全てをチェックする。自分の任された範囲にその本が無いことを確認すると、スタンドを引っ込め、彼はコルベールの元へと歩みを進めた。

 コルベールの明かりを反射する見事な頭頂部を見つけたディアボロは、魔法使いとしてごく当たり前の「宙に浮いている光景」に少しばかり唖然としたが、すぐさま自分の探すものを頭に思い浮かべて周囲を見渡し始める。

 

「ディアボロくん? どうされましたかな」

「いや、少し占いをしてみた結果…ああ、コルベール。丁度触れている背表紙の横…そう、それだ。多分それが目当ての本になるだろう」

「…? まぁ、君がそう言うのでしたら」

 

 そして取った本のタイトルは「始祖ブリミルの使い魔たち」。

 最初は古書の中でも伝説や伝承の類でしかない題名に首をかしげたが、とにかく調べてみない事には変わりがないだろうと文献を読み進めていく。レビテーションという浮遊魔法の下で沈黙を保っているディアボロに少し気を掛けながらページを捲って行くと、不意にその手はピタリと在る一節で止められることになった。

 

「こ、これは…! まさかそんな!? 学園長に報告せねば!」

 

 レビテーションを解き、地面に降り立ったコルベールは脇目も振らずに駆けだしていた。一冊の本を後生大事に抱え、必死な形相で学園長室へと向かっていく。ディアボロはそんな彼の様子を見て、己のスタンドを傍にぽつりとつぶやいた。

 

「エピタフの未来に狂いは無し」

 

 未だ帝王として在り続けるには十分な力だ。そう笑うと、スタンドの目の奥には光が灯る。ほんの一瞬の輝きだったが、それはドス黒い光ではない(・・・・)。そう、まるで田に顔を覗かせる稲穂の様な黄金の―――

 




ボスのカッコよさを再現するのって難しいですね。なんか、喋り方と性格のかぶっただけの別人臭がします…

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