幸せな過程   作:幻想の投影物

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とりあえずこれだけ投下します。
次回は他の作を書くため遅れそうですが、オリジナルでバンバン書いていくつもりです。


Stand up to

「観衆の中とは粋な真似をする。このディアボロ、あまり人前で姿をさらすことは無かったのだがな」

「つまりはヴァリエールの偽のカモフラージュとして隠されていたってわけかな。そんな秘蔵の使用人も、ここで見納めになるとは悪い事をしちゃったかもしれないね」

 

 ギーシュが気障ったらしく言い放てば、確かにその通りだと周囲が湧きおこる。

 ヴェストリの広場は広場の名の通りに広く、魔法の打ち合いをしても十分な余地があった。ただ、決闘にうってつけの場所として伝えられている割に地面に草花が生い茂っているのは、そもそもが学生間の決闘が禁じられているからである。だがここで戦うのは使い魔と貴族。生徒と生徒では無い。つまりは何の問題も無いという事だ。

 

「さて諸君、これから決闘が始まるという訳なのだが異論は無いね!」

 

 ギーシュが本来なら訴えるべき頬の痛みも、手加減されていたからだろう。すっかり腫れも引いてしまって先ほどのディアボロが何をしたのかを忘れている。その状態で、彼はこの場を沸かそうとした演劇じみた言葉を吐きだした。

 そう、彼にとってこれは一つの劇なのだ。圧倒的な力を持つ彼が突き進む快進撃のお話。そしてギーシュは生意気な平民をたたきのめし、そんな平民を使い魔だと言い張ったヴァリエールは名前に泥を塗られて失墜に。彼の中では、この上なくチープで完璧なシナリオだった。

 それが実現するならば、と言っておくべきであろうが。

 

 少しずつ静かになって行ったギャラリーの垣根を分けた先、そんなディアボロを見ている二人組が遠巻きに眺めている。特徴的な燃えるような赤の髪を持ったキュルケと、彼女の隣で本を持って読んでいる青髪の小柄な少女。恐らくは青髪の方はキュルケに連れられてきたが、この決闘自体に興味は無いと言ったところか。しかし二人の少女もこの場ではあくまで傍観者だ。そう気にする必要もないだろう。

 

「ディアボロ…だったね。僕はメイジだ。だから魔法で戦わせて貰うとしよう」

 

 ギーシュが薔薇の杖を振り、一枚の花弁がディアボロと彼の間に漂う。

 魔力を込められたそれは、瞬く間に一体の人型へと昇華された。

 

「――ワルキューレ!」

 

 それはルイズが失敗していた錬金の魔法を発展させた「クリエイト・ゴーレム」という魔法。土のメイジならばどのランクであっても生成が可能だが、造られたゴーレムの質や大きさなどを鑑定するによって、土メイジの技量をランク以上に正確に見分けることが出来るとも言われている。

 ギーシュが作り出したのは腰の細い、一見アンバランスに見える女性型の青い兵士。戦乙女(ワルキューレ)の名を名乗るには装飾や見た目が貧相にも見えるが、問題なのはこれが我々を支える地面よりも遥かに固い「青銅」でできていることだ。青銅の塊で人を全力で殴ればどうなるか? その結果は聞くまでも無いだろう。

 それと同じだ。どんな属性であってもメイジであるからには魔法を使える。それ故に平民から恐れられる存在が貴族とも言える。定着したイメージの問題でしかないが、大半が恐ろしいという想像に当て嵌まってしまうのがこの世界の「常識」なのだ。

 

「……成程、パワーはありそうだな。構造面に問題は多そうだが」

「魔法の知識も無い平民(・・)の君に授業のおさらいをするとしよう。メイジの操るゴーレムは、多少の傷なら魔法で修復可能だ。……もっとも、君程度に傷をつけられるなら、の話だがね」

「そうか。ご教授感謝しよう……受講料はウォーミング・アップに付き合ってくれるだけでいいな?」

「その減らず口をどこまで叩けるかな…? 行けッ、ワルキューレ!」

 

 ギーシュの薔薇の杖が振り下ろされ、物言わぬ青銅人形がディアボロに襲いかかる。主人のルイズは何も言わない。キュルケはルイズの使い魔がどんなものかと期待に目を輝かせ、ギャラリーはディアボロの勝ち負けで賭けすら始める始末だ。

 だが、ディアボロの目に映っているのはそんな青銅人形などでは無い。彼のキング・クリムゾンが一能力「予知」によって映される未来の己の姿だけだ。その姿を見てディアボロは冷や汗が吹き出しそうになるが、エピタフの予知は絶対。「覚悟」を決めて逆に一歩を踏み出した(・・・・・・・・)

 そこで遅れてやってきたシエスタは、今にも振り下ろされんとするワルキューレの拳を見て絶望する。そして彼女の頭が思い描いてしまったのは、殴られた箇所から陥没し、血を噴き出すディアボロが倒れ伏す姿。そんなものは―――見たくもないのに。

 

「嫌ぁぁあああああああああっ!!」

 

 絶叫と共に、一つの人影が吹き飛ばされた(・・・・・・・)

 

 

 

 学園長室は緊迫感に包まれていた。

 コルベールが持ちこんだ資料。それに記されていたのは始祖に仕えていたとされる四人の使い魔の内、「ガンダールヴ」と呼ばれた使い魔のルーンがディアボロのものと一致しているという事実だったのだ。

 コルベールの取った正確なスケッチと、ディアボロのアドバイスで探し出した文献のルーン文字は何一つ食い違いも無く記されている。更には「神の左手」と呼ばれていたルーンが彼の左手に現れたという点まで伝承と一致してしまったのだ。

 始祖の再来―――そう思わずにはいられなかった。

 

「重大な事です。これは王宮に報告をしなくてはならないのでは…?」

「いや、その必要はないじゃろう」

 

 威厳に満ちた白ひげをたくわえた学園長、通称「オールド・オスマン」は笑いながらに遠見の鏡と言うマジックアイテムで向き合うディアボロの姿を映し出した。そこに映るのは一瞬の光景を切り取ったもの。いわば写真のような場面だ。

 そして、オスマンはそこに映るディアボロの顔を覗きこんだ。

 

「この男、目の中には漆黒の意志が垣間見えた。恐らくは人を殺すことに何のためらいも無いが、それでいて己は間違っていないと覚悟できている人間じゃ。ミスタ・コッパゲール君、君も君なのだから(・・・・・・・・)分かってはいたのじゃろう?」

「コルベールです……ですが、今の彼はそんな恐ろしい過去を持っていたとしても、同族の匂いと言うか、私と似たような雰囲気を感じたのでミス・ヴァリエールには黙っていたのですが…」

「しかし、それだからこそなのじゃよ。王宮の連中はゲルマニアとの政略結婚に大いに不満を持っておるばかりか、戦争をしかけたくてウズウズしておる阿呆な法院長もおる。そんな輩に伝説の再来だと、戦争を始めるきっかけ(・・・・)として十分な理由を持つガンダールヴが知られればどうなる? 答えは、この学院の生徒が戦争に駆り出される、じゃよ。重ねて言うようじゃが、君だからこそ、そのような事は望んでおらんだろう?」

 

 軽快に笑う老人は、とてもいつものエロジジイにも等しいセクシャルハラスメントを繰り返す色ボケには見えない。ズタボロに言ってしまえるものだが、そのような前科を持っているオスマンは此処まで言われてしかるべきなのである。

 ただ、コルベールはオスマンの生徒を思う気持ちには他の教師以上に共感していた。故に、このような穏健かつ未来を見通した真の姿に、憧れたのだ。

 

「……未来を見通す慧眼。おみそれしました、オールド・オスマン」

「いいや、これくらいは頭に血が上っていなければ君でも思いついたであろうに、クソハゲ君」

コルベール(・・・・・)だっつってるでしょうがッ! ……おほん。とにかく、私の研究者癖も自重した方がよさそうですな」

「おーおー、是非そうしてくれい。こちとらいちいち些細なことで春絵…業務の邪魔をされると困るんじゃ」

「……お言葉ですがオールド・オスマン。私の眼には机の上には何も乗っていないように見えますね」

「………さてさて、話しは一旦――」

「誤魔化さないで下さりますかなッ!?」

 

 とんだボケの応酬に入った所で、突如としてドアが蹴破られる勢いで開け放たれた。

 

「大変です、オールド・オスマン」

「ミス・ロングビル。騒々しいが何かあったのかね」

「ヴェストリの広場で決闘騒ぎが始まっています。止めに入った教師たちは悪乗りした生徒たちに止められて事態の収拾は図れないと報告を受けました」

「決闘…? まったく、暇を持て余した貴族ほどタチの悪いもんもそうなかろうて。ところで、決闘騒ぎの中心は誰じゃ?」

「一人はギーシュ・ド・グラモン。もう一人は…桃色の髪に緑の斑点模様がある男です。何者かも情報が入っていなくて」

「……あ、そういえば彼のことをすっかり忘れてここにきてしまいました」

「ミスタ・コルベール……君という奴は」

 

 深い息を吐いたオスマンに、緑髪の秘書ロングビルが言った。

 

「教師たちはみな一貫に“眠りの鐘”の使用許可を求めていますが、どうなされますか?」

「グラモンの方はたかが子供の癇癪といったところじゃろう。それにいちいち秘宝を取り出していては最近話題のフーケにも手に余る宝物を嗅ぎつけられる。放っておくがよい」

「わかりました。ではそのように」

 

 ロングビルが退室していくのを見届けると、オスマンはコルベールに鋭い視線を送った。

 

「はて、ここに連れてくると言っておらんかったかの? じゃが先ほどはすっかり忘れていたと聞こえたような……」

「その、申し訳ありません。どうにも興奮すると周りが見えなくなって」

「やれやれ。まぁ君の報告では信用はできる相手のようじゃ。ここで改めて見定めるのもよいかもしれん」

 

 オスマンが杖を振ると、壁の鏡が広場の様子を映し出した。これも「遠見の鏡」というマジックアイテムの一種で、まさにファンタジーがつまった外見と性能を兼ね備えているといえるだろう。先ほどとは違い、ライブ映像を映し出すそれに二人は集中する。

 そして広場の光景が鏡の中に浮き上がった瞬間、コルベールは我が目を疑った。

 

 

 

「ぐぅぅ……!?」

 

 シエスタの悲鳴をBGMに、ディアボロは青銅の拳を真正面から受け止めていた。だが人間程度がその勢いに耐えきれるはずもなく、足は浮き上がって打たれた腹から吹き飛ばされる。先ほどのお返しとでもいうのか、2・3メートルほどを地面と水平に飛んだディアボロは無様にも大地と熱い抱擁を交わすこととなってしまった。

 

「やはり口だけの平民だね。これじゃあ決闘じゃなくて処刑になってしまったかな?」

 

 薔薇の杖を口元に持っていき、優雅に笑ったギーシュの姿は余裕そのもの。一方、地面との摩擦面が赤くなっているようにも見えるディアボロは、立ちあがる最中に視界の端にへたり込んでいるシエスタの姿を見つけていた。

 その上で、彼は語る。

 

「………成程、パワーは人間並み(Cクラス)…いや、それ以上(Bクラス)といったところか」

「ワルキューレは曲がりなりにも青銅。つまりは金属だ。人を殴り殺すには十分な威力を持っているに決まっているだろう? やれやれ、相当に学がなかったみたいだね。いや、それだけ考える頭があれば、僕に逆らうなんてする筈もないか。

 さぁルイズ! 君は止めないのかい? このままでは君の苦労して隠してきた使い魔モドキがくたばってしまうかもしれないよ?」

 

 言葉を投げかけられたルイズはフンと鼻を鳴らすと、挑戦的な笑みを浮かべたままに言った。

 しかしそれはギーシュへの返答ではない。ディアボロへの命令(・・)だ。

 

「ディアボロ、覚えたのなら……やっていいわよ(・・・・・・・)

「いいだろう」

 

 このやり取りには周囲も首を傾げざるをえなかった。

 ギーシュの予想通りに「ヴァリエール家がルイズのために使い魔としてカモフラージュ用の使用人を送った」のだとすれば、確かに彼女の身の回りの世話はできるだろうがとても平民が貴族に勝てるとは思えない。平民の中では「メイジ殺し」と呼ばれる傭兵や戦闘者もいるが、それは武器を持って初めてなされる事。無手のディアボロがこれからどうするかなどは想像もつかなかった。

 そうして観衆の視線が中央に集中している間にギャラリーの合間をすり抜けたルイズは、先ほどの食堂で見かけたシエスタの姿を確認し、そちらに歩いて行った。ディアボロが殴られ、無様な姿をさらしたことで茫然自失としていた彼女の横に行くと、手を引いて立ち上がらせる。

 

「ほら、起きなさい」

「あ…ミス・ヴァリエール?」

「さっきも言ったように、ディアボロを信じなくてどうするのよ。確かに一発やられたけど、あいつそこまでダメージが入っているように見えてる?」

「……いいえ、おなかを抑えてもおかしくはないはずですが…あれ? 服も破けてない」

「私には見えてたけど、ああいう使い方もできるのね」

 

 先ほどの光景。ルイズだけにははっきりと見えていた。

 ディアボロのスタンドが彼の前に出て拳を受け止め、衝撃だけを拡散させて吹き飛ぶ。地面に体が擦った時はDIOと戦った時の承太郎のように「スタンドで自分を包み込む」ことによってダメージを軽減する。

 もちろんスタンドが殴られた分などの痛みはあるだろうが、スタンドの耐久力は人間のそれを遥かに超えている。キング・クリムゾンに限らない話であるのだが、近距離パワー型スタンドの拳は数多の建物を壊しているにもかかわらず、その手に一切の傷がないことからそれは明白な事実だ。

 つまり、ディアボロは依然として無傷。無傷なのであるッ!

 

「うん、ここなら全体を見回せるからちょうどいいわ。あなた、本当にいい位置(・・・・)に居てくれたわね」

「は、はぁ。恐縮です」

「とにかくゆっくり見てなさい。そして勇気を信じるの。勇敢な戦う姿には敬意を払う。私たちができるのはこの三つのUだけよ。あら、意外と上手い事言えたわ」

 

 視点を戻すと、ディアボロが立ち尽くしているだけなのに、あれだけ湧いていたギャラリーも、ギーシュも、誰一人として声を出すことはできていない。ディアボロがスタンドを出現させたその時から、すでにこの場は一人の帝王に支配されていたのだから。

 ディアボロの瞳の奥に眠っていた光は再び眩いほどに輝きだし、ライトの光点を絞るようにギーシュへと向けられている。彼の傍らにて浮いているキング・クリムゾンも、初めてルイズが見たときの威厳が損なわれていないどころか、むしろここにきて凄味が増しているようにも見えた。

 

「………!」

 

 ギーシュはそれに再び恐れを成す。

 そうだ、この感覚だ。なぜ忘れていたのか、いや何故忘れようとしていたのか! それはこの平民が放つ圧倒的な雰囲気に呑まれる事を、貴族としての自分が良しとしなかったからだ。その現実から目を背けるために、自分は―――?

 彼は肝の底から震えあがる。しかし、後には引けないのだ。それどころか、先ほどの先制攻撃であちらにも浅くは無いダメージがある筈。そう思った時、既にギーシュは人間に立ち向かう無謀なノミの如く、ワルキューレを向かわせていた。

 

「……はぁッ!!」

 

 拳を振りかぶった破れかぶれのワルキューレに対し、ディアボロは型に嵌った正拳突きを繰り出した。どこまでも真っ直ぐと放たれたそれは、彼の脳裏に予知された光景の通りにワルキューレの腹を凹ませて吹き飛ばす。ワルキューレが地面に着くころにはバラバラのゴミとなって辺りに散乱する。

 それは焼き直しの光景を更に焼き直したものであった。

 

「一つ、言っておこう。確かに貴様のワルキューレとやらは中々のものだった。このオレを吹き飛ばすほどの威力を出せるのだからな……しかし、それだけだ……」

「な、何だって!? 僕のワルキューレを愚弄するかッ!」

 

 帝王の隣には紅の王。

 王を従えた帝は一歩、憐れなる謀反者へと歩みを進めた。

 

「青銅は遥か昔より銅とスズを交ぜた錆にくい合金として使われ続け、歴史ある武器としても知られている……だが貴様のそれは人型であるにもかかわらず、上っ面だけを加工したに過ぎん。そうなれば、動作は酷く鈍重になり、骨と可動部を分けてもいないのに関節部を一体化させてしまっている事で、関節そのものが持つ強みが全く活かされていなかったぞ……」

「だ、黙れ黙れ黙れェッ! 魔法も使えない平民が、偉そうに指図するんじゃあないッ! 僕が上! お前が下だ!! ワルキューレェェッ!」

 

 ギーシュは薔薇を振る。

 土のドットメイジである彼が成せるのは、青銅人形を七体作り出して操る事だけ。ここまで魔法の源である精神力を使いきってしまえば、連戦を続けたスタンド使いと同じように魔法を繰り出すだけでも命の危機に陥り昏睡してしまうだろう。

 だが、そのギリギリならば何ら問題は無いのだ。流石のディアボロと言えど、七体からの同時攻撃は防ぎようがない筈。巧みにゴーレムを操る魔力の糸に命令を下しながら、ギーシュは一歩も動かず集中する。必ずやかの敵を殺さねばならぬと思ったのである。

 

「これは……過去だ。オレのではない…お前の、過去………」

 

 ワルキューレが方位陣形を取る。しかし、それらは全て無手。武器とはつまり平民の武器であり、貴族は魔法衛士隊のような接近戦を主とする者たちでさえ、杖と己の技量によって勝負する。ギーシュにとって剣を執るというのは恥なのだ。

 だから、己の体を、己の技を表現したこの拳で以って、直接手を下す…!

 

「人の成長は…そのような過去に打ち勝つ事で……過去を顧みる事で遂げられる。え? お前もそうだろう? ギーシュ・ド・グラモン」

 

 七体の拳が順に突き出される。ディアボロは後ろに目でも付いているかのようにそれを避けて行く。屈み、真上に来た青銅の腕を引き寄せ盾にする。二体の拳を受けて大破したそれを投げ捨て、他の二体を巻き込む投擲。残った四体に向き合い、彼はもう一つの拳(・・・・・・)を強く握りこんだ。

 

「そう……残ったこの四つほどだ。大体四歳ごろから、人はれっきとした記憶を持ち始める。少なくともオレはそうだった。つまりは叱られた過去……嬉しかった過去を持ち始めたのだ。覚えはあるだろう? そして、その時に望んだ物と言うのは何だったか………」

「う、うぅうう……ぁあ……!」

 

 杖を持つ手が震える。ディアボロの言葉だけで、ギーシュのバラバラに散らばった過去の欠片がすっかり元の形に嵌めこまれていく。過去とはどれだけ冷たい石の下に忘却されていても、何時の間にか路上に投げ出されるミミズのように這い出てくる。ディアボロの言葉は、それらが這い寄るきっかけに過ぎなかったが、思い出す為の原動力となった事は確かだった。

 ギーシュの瞳に、忘れられない記憶が、忘れてしまった過去が映し出されてきた。

 

「ぼ、僕は……父上の様な強さに憧れた…でも、ドットから抜け出せなかった僕は、せめて他の事で父上を目指して……そして、器に合わない真似を……」

「ぬぅぉぉぉぉッ!!」

 

 キング・クリムゾンの拳がディアボロのそれと重なる。

 ルイズと一瞬の交差で彼と視線を合わせると、彼女は一つだけ頷いた。

 足払いをかけ、転倒したワルキューレのひらひらとした腰布を引き裂いて己が拳に巻き付けた。スタンドの腕だけを出現させると、纏わせた裏拳を叩きこむ。硬質な感触が布を通じて全体に広がり、戦乙女の全身は罅だらけになって崩れ去る。残った足の部位を引っ掴んで他の一体にめり込ませると、真っ直ぐ横に突き出した右足で蹴りぬいた。

 ディアボロの右足は青銅乙女の腹を貫き、偶然にも魔力の核をも破壊する。

 

「残るは一体……そして、原初の一……おまえのランクはドット、と言うそうだな。この始まりの一を持つというのなら……来るがいい」

 

 そう言って、ディアボロはワルキューレが隣に立ったギーシュを見る。

 ギーシュの近くに控えたワルキューレは、自分で動かしたようにも思えたし、勝手に動いたようにも思えた。だが、ギーシュの魔法が術者と共にあろうとしたことには間違いは無い。魔法は僕と共にある。何時だって僕の隣で、確かにそこに在ったんだ。

 

「……ディアボロ、と言ったね。これまでの醜態は貴族にあるまじき焦り……醜い姿をさらしてしまった事を、ここで詫びさせてもらうとするよ」

「………」

 

 ギーシュはうつむいたまま、造花の薔薇の杖を握りしめる。例え造花といえど、薔薇を模しているのだから茎には棘があり、その棘が手を蹂躙して血を滲ませてきた。だが、これでいいのだ。

 思い出した。彼はその「過去」を。自分もルイズの様に、ただ憧れの父上に迫るために必死に魔法の練習をしていた。その途中では何度も何度も、自分が誇れる力を手にすることが出来なくて、膝を折っては土を握りしめていた。

 そんな時に出会ったのだったか、錬金の練習中に見た輝き(・・)は。

 美しく物静かで、土にまみれた中で人が生み出した原初の力。武器として振るうために思考錯誤を繰り返し、鈍い光沢と歴史の重みを背負った青銅の光。混ぜ合わせる事で生み出された金属は、自分が唯一手を出せた厳かな力だったではないか。

 

「僕は誇り高き軍人グラモン家が四男ギーシュ・ド・グラモン。二つ名は“青銅”のギーシュ。ここからは貴族の名にふさわしい戦い(・・)をさせてもらう」

 

 ワルキューレが構えをとり、ギーシュの命令を待つ。

 ディアボロは構えも無く悠然と、彼の瞳を見つめていた。

 位置は対角線上。間にワルキューレが挟まり、正にこのゴーレムを抜けられればギーシュは絶体絶命のピンチに陥ることになる。この相手の全てを見渡せる位置では、先手を取り動き始めた方が不利となるだろう。

 

「行け……ワルキューレ!」

 

 だが、あえてギーシュはワルキューレを向かわせた。愚直なまでに一直線に、まるでただ只管に鍛えていた幼い時代を象徴するかのような青銅のゴーレムは鋭く変形させたレイピアのような手刀で以ってディアボロに突撃を仕掛けるが、ディアボロは見えざる第二の自分、スタンドで僅かに軌道を反らして手首を固定。ギーシュが違和感に気付く前に、横っ腹を殴りつけて破壊すると、彼は目標へと突き進んだ。

 こうなってはギーシュに最早ゴーレムは作れない。メイジと言っても人の子である限り、人の拳を頭に受けただけで死ぬ可能性がある。ならば青銅のゴーレムをも打ち砕いたディアボロのスタンド付きの拳を受けたらどうなるか? ガラス細工よりも脆く、スプラッタよりもおぞましい結末になる事は目に見えていた。

 

「だけど…僕の過去を克服するという事とはつまり! これだぁぁぁぁッ!」

 

 薔薇の花弁を撒き散らし、ディアボロが向かってくる方向へと向かわせる。今更目潰しのつもりか? メイジと戦った経験が浅い彼は、スタンドよりは厄介なことにはならないだろう。そんな油断を持っていた事は否定しない。

 ギーシュはその一瞬の間にルーンを唱える。速さが売りの魔法衛士隊よりは劣るものの、ドットスペルの単純なスペルならばほんの一瞬でカタが付く。それだけあれば、十分だ。

 

「アース・ハンド!」

「なっ、何だと!?」

 

 花弁がいくつか集まり、空中から合計四つの土の手が射出された。ディアボロの四肢を固定するように掴まれた土の手は投擲物では無いので、ほんの一瞬でもスタンドパワーを軽減する事が出来る。その間にギーシュは走った。向かうべきは未来ッ!

 

(ああ、怖いさ。まさか平民でこんなオークよりも力強い奴がいるなんて思わなかった。……でも、僕は皆が見ている前で醜態をさらすことはできない。なぜなら、僕はグラモン家の人間であり、誇り高きトリステインの貴族なんだ。

 馬鹿らしいさ、逃げ出したい程怖いさ。でも、この彼は何の気まぐれか思いださせてくれたんだ……原初の力への願いを…困難に出会う恐怖を乗り越え、己が物とする誓いをッ! ならば、それに応えるのが貴族なんだ!)

 

 だから向かったのだ…ディアボロの方向(・・・・・・・・)へと。そして拳を握りこむ。ワルキューレの様に力強くも無い、だらけた貴族として過ごしてきた毎日は幼いころの筋肉をすっかり衰えさせた。だが、体のどこかがほんのちょっぴりでも、筋肉の使い方(・・・)を覚えていればそれで十分なのだ。

 

「おおォォォォォォォ!!」

「ヌゥァァァアアアアア!」

 

 土の手も弾き飛ばされた。こうなれば最早魔法を使う精神力は無く、自分の意識を保つので精いっぱいになってしまう。だがそれでいい、コレがいいのだ。すごく、良いッ! 彼の体に己が一矢を叩きこむ姿を見届ける事が出来るのだから。

 

 ディアボロは向かってくる拳ではなく、ただギーシュの目を見て懐かしい光景を脳裏に思い浮かべていた。何十、何百と言う死の連鎖へと至る前、ジョルノ・ジョバァーナを始めとするブチャラティやポルナレフが宿していた輝きにも似た光を。

 だがこれは「黄金の精神」ではない。どこまでも己の為に培った力を象徴するかのような力強い輝き。光はまだまだ未熟だが、いつしかそれは太陽を思わせるほどに成長するであろう「夢を宿した光」だ。完成された黄金では無い、そこに至る為の素質をこの小僧は持っている!

 ならば自分は立ち向かわなければならない。漆黒の殺意を思い起こせ、ディアボロ。己への到達を決して許さず、己が絶頂に坐したあの感覚だ。忘れようも無い、今の平穏に匹敵する心地のいい唯一だった居場所……紅の王宮を!

 

 スタンドが拳を纏う。隣に浮き上がり、まさしく共に立つ者としてこの夢の半ばに在るものと立ち会うのだ。エピタフが見せる未来は現れなかったが、これを我が墓碑に刻むまでも無い。帝王は依然として、この、ディアボロなのだッ!

 

「ラァッ!!」

「やぁぁッ!!」

 

 ギーシュの拳はディアボロの腹に、ディアボロの拳は―――ギーシュの眼前に。

 

「………は、ははは……僕の負け、かな」

「…………」

 

 ギーシュの手はスタンドを纏ったディアボロを殴ってボロボロだった。更に精神力も限界ぎりぎりまで使い切ったメイジの辿る道は皆同じである。

 次いで崩れ落ちるはギーシュの体躯。膝を降り、体の全てを己が属性でもある土の上に預けて、彼は気を失った。だがその顔は納得で満ち足りた表情。負けてなお、何かを掴んだ者の清々しい笑顔。ボロボロになった手を大事そうにもう一つの手で包みながら、浅い眠りへと意識を預けたのだ。

 

「る………ルイズの使い魔が勝ったぞぉぉおおおおおおおおおッ!?」

「おおおおおおおおおおおお!」

「何者なんだ……奴は何者なんだぁぁぁああ!?」

「……ああ、馬鹿な(カリエンテ)が見ていたのだったか」

 

 群がるように押し寄せようとしたギャラリーの姿が目に入り、ディアボロは終わったばかりの体を再び動かそうとしたのだが、そんな空気を読まない貴族たちでも止められてしまう一言と言うのは存在するらしい。

 

「沈まれぇぇぇぇい! 小童共、この様な場所で何をやっておるか……直接の関係者以外は各自持ち場に戻って授業を受けに行くのじゃ!」

 

 そこに現れたのは、威厳のあるひげを蓄えた老人――オールド・オスマン。

 最高責任者の感情が籠った喝を受けた生徒達は、各々の脳裏に自分の親から叱られた光景を思い出しながらすごすごと熱を冷まして戻って行った。その間にコルベールが関係者やギーシュの介抱をするための水のメイジを呼び寄せている。

 

「ディアボロ、と言ったかの。わしはここで学院長を務めておるオスマンと言う。先ほどのメイジ相手にも恐れぬ攻防、実に見事な立ち振る舞いじゃった。彼を召喚したミス・ヴァリエールも使い魔を信頼した物言いは君にも大きな影響を与えたようじゃな」

「は、はい。ですがオスマン老自らこのような場所にご足労いただくとは……」

 

 ルイズはその姿も限られた機会にしか見る事は無いので驚いているようだった。

 

「よいよい。さて、積もる話は後にして、まずはそこのメイドの子に言っておくべきことがある。学院長として、現二年生たちを平民の挿げ替えを当たり前と考える貴族に育ててしまった事を詫びたい。立場上頭を下げる事は出来ぬが、使用人たちの扱いに関しては良い方向で検討させておこう」

「ありがとうございます。オールド・オスマンの寛大な心に感謝を」

 

 深く頭を下げたシエスタは、次いでディアボロにもかばって貰ったことに感謝を告げて業務の為に走り去って行った。彼女の後を追う者はいないが、涙を流す彼女を追うような不躾な輩はこの集まりの中に居なかったからともいえよう。

 

「オールド・オスマン。ミス・モンモランシの御協力もあってミスタ・グラモンの応急措置は終わりました。右手以外に目立った外傷は無いようですし、一日安静にしていれば精神力も回復して目を覚ますでしょうな」

「おお、よくやったコルベール君。では、ミス・ヴァリエール。ミスタ・グラモンも後に同様に言いつけるつもりじゃが、明日より二日間を謹慎とする」

「な、何故ですかっ!?」

 

 ルイズが身を乗り出して抗議する。しかし彼女を見下ろすオスマンの目は教師然としたものだった。

 

「これが子供の決闘であれば、使い魔と貴族のものとしてわしもお咎めは考えておらんかった。じゃがディアボロ君は列記とした大人じゃ。大人と子供、そして両人が力を持つ同士であれば最悪の事態が起こっていた可能性もある。幸いにもディアボロ君があのグラモンの四男に成長のきっかけを与える良い大人(・・・・)だったのが、せめてもの情けじゃ。なに、謹慎と言ってもメイドはつけるから食べるものには困らんわい。ゆっくりと使い魔と語り合うとええじゃろ」

「……分かりました」

「納得したようで何よりじゃよ。納得(・・)は何よりも人の気持ちに優先されるからの」

 

 オスマン老はそれだけを伝えると、ギーシュをレビテーションで浮かせて連れて行った。その傍らには金髪の巻き毛の少女、モンモランシーがついている。どうやらあの戦いで魅力に気付き直したのか、よりは戻っていたようだ。

 だがルイズはそんな事は目に入っていなかった。あのオスマンでも見る事が出来なかったディアボロの隣に佇んでいた者、スタンドとは一体何だったのか。信頼して見守っていた事で何故か自分は心の内が高揚していたが、その安心感は何だったのか。

 

「どうした、ルイズ」

「あ、……ううん、何でも無いわ。部屋に行きましょ。また話したい事ができたの」

「そうか。どうせオレも二日は好きに動けん。知識の交換にはいい機会だ」

 

 尽きる事無く湧き上がってきた疑問が彼女を捕えきる前に、ディアボロが話しかけた事で彼女は思考の海から引きずり出された。本当にタイミングのいい使い魔なのね、と笑って、彼の隣に立って世間話や先ほどの戦いについて話し始める。

 スタンド・バイ・ミー。彼の隣は二つある。ならば、その片方に自分が居ても許されるだけの結果を手にしよう。ルイズは固く、此処に誓った。

 




ということで、あまり派手な戦闘にはなりませんでした。申し訳ありません。F・F並みに知的な戦いを書くといった誓いはどこにいったんだ……って位のギーシュ主人公っぷりでした。

果たして、ディアボロが真の帝王として時の力を取り戻すのはいつになるのか。
ここまでお疲れさまでした。

※2013/06/30 誤字、脱字の修正と一部文章の改定を行いました。

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