幸せな過程   作:幻想の投影物

6 / 15
Calm Fire & Hard Flame


穏やかな炎 激しい炎

 謹慎期間の解かれる朝が来た。

 あれから二日、話し合いによってある程度の知識交換をしたディアボロとルイズは、それぞれの文化の違いを吟味しながらも今後のディアボロがこの異界の地でどう適応して行くべきかについて討論したが、結局のところはルイズの傍で使い魔として過ごし、少しずつ世界に触れて行けばいいという事になる。

 余った時間はディアボロもこの世界の文字を解読に掛かっていたのだが、既存の地球にあるどの言語とも文字は似つかず、しいて表現するならアラビア語のように繋がった文字が英語に似た羅列と意味を持ち合わせていたという辺りであろうか。

 コルベールにシエスタ経由で図書館の本を借りていたディアボロは、元々勉強熱心だったルイズの指導の元、たったの一日かけただけで、日常で使う様な用語程度なら覚える事が出来ていた。しかし、やはり文章や文の構成となると一朝一夕で覚える事は、流石の彼と言えども難しい。ひな鳥にいきなり飛び方を教えるのではなく、まずは翼の動かし方から教えるような光景であったと、隣で見ていたシエスタは後に述べる。

 

≪うむ、良い時間を過ごせたようじゃの。では、謹慎期間はこれにて終了。ミス・ヴァリエールも授業に後れを取るとは思えぬが、コルベール君に二日分の範囲はまとめさせておいた。リストを受け取り、自主勉強をしておくとええじゃろ≫

「わたしにそのような措置を下さり感謝します、オールド・オスマン。……って伝えておいてちょうだい」

 

 そうした一日の日常を過ごした後、桃髪の二人はようやく広くも狭苦しい部屋からの外出を許されることになった。オスマンから学院伝達用の使い魔越しにメッセージを残して久しぶりの娑婆の空気を味わった。

 窓も大きく、開放的な空間では外の空気を取り入れる事も出来るが、やはり自由に歩き回れるのとそうでない場合とでは大違い。日光に照らされた草木の様に、中庭に移動したルイズは伸び伸びと深呼吸を行う。

 

「あ~ッ! やっと終わった。肩がこっちゃうわ、もう!」

「ふん」

「あら、ディアボロはそんなに解放感とか無いの?」

「あるが…そこまで大袈裟なものでは無いな」

「言うわねぇ、ホント……」

 

 元々隠れ住み、表通りに姿を現す際はドッピオに任せていたディアボロだ。ライオン像の中に隠していたデータディスクでブチャラティチームを呼びだした時のように、薄暗く、己の正体がばれにくい環境でのみ本質を見せていた彼にとってはむしろ、奇襲・策略・不意打ちを行える狭い部屋と言った空間は独壇場だ。

 「レクイエム」の影響で誰とも知らぬ相手に死にざまを見続けられていた時もあったが、それらをひっくるめても、こう言った広々とした空間の方が、まだまだ慣れにくいのである。

 

「そう言えば、聞いておきたい事がある」

「なに?」

「あの決闘の前、授業の際に使い魔を連れて行くと言っていたが…あれは常なのか?」

「言ったかもしれないけど、顔合わせとか紹介を兼ねた特別授業だからいつもじゃないわね。あ、でも前期の一ヶ月くらいは使い魔を慣らさせるために傍に置いておくのもいるわ。聞き分けのない幻獣やメイジに従わない使い魔が暴れたら大変だもの」

「つまり、オレは聞きわけがあるので傍に置かずともいいという事か」

「人間サマほど不安定なのも居ないと思うけどね。…ま、しばらくは言われた通り遅れた分に目を通しておかないとね。知ってる知識があっても、授業の進行度はその都度で違うんだから」

 

 勉強熱心と言うか、ルイズの努力は元々魔法の為に向けられていたものである。だが、ルイズも途中で何事かを放り投げる様な性分では無かったし、常日頃の慣習は日増しに自分の特徴ともなっていった。ルイズにとっても、文字の羅列と向き合う時間は嫌いではない。

 しかし、そうなれば暇になるのはディアボロだ。ルイズの傍で授業を聞いておいてもいいが、彼女から聞く限りでは二年生の授業範囲は魔法を使うメイジにとっての魔法実戦、活用方法を教授する講義・実習が主体になるらしく、ディアボロが知っておきたい「常識」を学ぶのは一年生の領分。貴族であるルイズと平民であるシエスタからの視点でこの世界の基本は分かっていたが、後はどうしようもない。

 

「…む、そうだな。厨房の奥にでも行くか」

「じゃあしばらくは自由行動になるわね……っと、そろそろ時間じゃない! ディアボロ、アンタは好きにしてていいから、またお昼に会いましょ」

「ああ」

 

 忙しそうに掛けて行く彼女は、他の魔法の「レビテーション」「フライ」などの空中移動に慣れた者たちとは違い、息も切れていない様子。何とも皮肉なことに、魔法に頼れず生きてきたルイズは、他の貴族よりずっと健康的な身体をしているようだ。

 ディアボロはそんなルイズの様子を一瞥すると、長い髪をなびかせながらアルヴィーズの食堂へ向かって行くのであった。

 

 

 

「本当にありがとうございます。この学院、どうしてかメイドばっかり多くて…こう言う男でのいる力仕事はからっきしだったんです」

「…あの老人の趣味がうかがい知れるな」

「え、何か言いましたか?」

 

 何でも無いと彼は返し、斧を握って勢いよくシエスタの方向に振り下ろした。

 そして、真っ二つにされた物が転がって切り株の上から転がり落ちて行く。こう言う単調な仕事も楽ではないのだが。内心でそう毒づいたディアボロであったが、ここなら食堂の裏手でほとんどの視線に晒される事も無く静かに過ごせる。

 シエスタの手によって乗せられた薪を確認すると、彼はもう一度斧を振り下ろした。

 

「わあ……! 本当にお上手!」

「はっ!」

 

 切り株の向こう側にいる彼女は、メイド服が汚れないように注意しながらも小さい椅子に座って薪を新しく補充すると、ディアボロの鮮やかな手並みを楽しみながら、目の前で気持ちいい位に両断されていく薪を見つめていた。

 

 ところで、ディアボロもなぜこのような人目につかない場所で仕事を請け負ったかと言うと、それは勿論、バレないこのチャンスを利用してシエスタを消す為……ではない。当然だ。

 本当の理由は、元来目立ちたくも無い性分であるのに、決闘騒ぎをしてしまった事で様々な生徒から送られる視線を気にし始めたからである。こういった一時的な騒ぎは直ぐに収まるとディアボロも知っていたので、シエスタからこうした余り人前に出ない仕事を選んでもらったのだ。マルトーからも男手が足りないという事から笑顔で快諾もされている。

 ともかくディアボロは召喚されたばかりで「恩」を大事にし過ぎ、ガラにもなく舞い上がってしまった失態を犯した実感もある。珍しくもあの彼がそのような回顧をしている間に、シエスタは必要とする分の薪は全て割って貰いましたと仕事の終了を告げた。考えに没頭し過ぎ、いつの間にやらそれなりの時間が経過していたようだ。

 

「後は薪を集めて縛っておくだけですね。他のメイドの子と私でやっておきますから、ディアボロさんは休んでいてください」

「ああ、分かった」

 

 シエスタが厨房の横に在る休憩室を指さして駆けて行くと、見送った彼も斧を所定の位置に戻して左手の甲を見つめた。そこに刻まれている見慣れないルーンを眺めながら、さながら初めて見る生き物を見つめる少年のような困惑を内心に押しとどめ、今は誰も使っていない場所の椅子にゆっくりと腰掛けた。

 

 ほぅと息をつき、ディアボロは三度左手のルーンを見つめ、思考する。

 彼が手に斧を持ったとき、コレは多少なりとも輝いていた。父なる太陽光には及ぶべくもなく小さな光だが、所有者たるディアボロにとってははっきりと見える程度には光る。そのことを意識したのは他でもない。あの立てかけてある斧を手に取った時に流れ込んできた知識によるものだ。

 その知識曰く、ディアボロの体格と斧のサイズや重さからどのように振り下ろせば薪がきれいに割れるか。加えて人知を超える身体能力を有せるようになる体でどのように扱えば戦うことができるのか。これまでディアボロがスタンドを扱い、戦うために鍛えてきた体そのものさえも基盤に含めた知識がディアボロの頭を支配し、それでいてただ放り投げるようにぞんざいな扱いで知識だけが放り投げられてくる。

 そこで、このディアボロは考える。こんな便利な知識(もの)はこの世界に来る前には持ち合わせていなかったし、この世界の住人が日常的に扱っているようなものでもない。となると、その知識が流れ込んでくる源流がこの体からあるはずだ、と。

 

 ディアボロの自己認識はとても精密だった。すぐさま体の異常と、シエスタの前で薪を割りつつ自己認識の網を広げていき、この左手のルーンからの強烈な同調感(・・・)に気付いたのだから。そこにあるのはただのルーン。だが、使い魔として刻まれるからには特別な補助能力もつくのだろうと、ルイズから教えてもらった使い魔の講座の中に含まれている。その成果は、言語形態すらまったく違うはずのこの世界で会話だけでも自分の言語(イタリア語)として作用していることからも一目瞭然。それ以前から話せていたのは、使い魔が潜るという「鏡」の存在によるものだろう。(召還直後、もしかしたらルイズ以外の言葉はわからなかったかもしれないという仮説も考えている)

 

 ただ、「光る」という意味での発動条件に関しては不明。今のところは斧を持ったときに光る程度であったし、それ以外の休憩室のコップや服の端を持ったとしても反応はしない。スタンドを出した時も、光ることは無かった。

 

「…せっかくの余暇だ。このディアボロの体に刻まれたからには、徹底的に利用するための解明も悪くはないな………」

 

 これさえあれば、スタンドを行動不能にされた場合や本体だけでの状況対処も可能。集団戦ですらスタンドと組み合わせて使えば突破は可能になるかもしれない。ディアボロがふと思いつくだけでもその可能性は七色に富んでいる。スタンド使いは如何に己のスタンドの幅を見極め、相性の悪い相手をも手玉にとれるかが重視されるシビアな世界。その中でもトップクラスの実力を有し、かつポルナレフが行った対処を一瞬で見抜くように、己が弱点や相手の対応策すら見極めているディアボロという人間はこの世界には強すぎる刺激であり「一味違う」存在。その娘でさえハチャメチャかつ短期間での急成長を見せていることを考えるなら、存在が公になった時には争いの火種として求められてもおかしくはないのである。

 とはいえ、はるか前に前述しているが、ディアボロも目立ちたがり屋というわけではない。むしろ隠遁とした生活や暮らしを主とし、今となってはルイズのために陰ながら動くこともいいのではないかと、ジョルノが聞けば無駄と言いそうなほどに、他人を気遣える位には心のゆとりができてしまっている。この左手のルーンの原因究明や立証も、ゆっくりと確実に、必要に駆られない以上は数少ない己の娯楽として進めていく予定だ。

 

「……ディアボロさん? お昼になりましたので昼食をお持ちしました」

 

 考えをまとめ終わったとほぼ同時に、シエスタが小さな声で彼を呼んだ。

 ディアボロは残念なことに、貴族に楯突ける平民として、そして貴族を圧倒する希望としてマルトーを筆頭とした厨房連中に人気がある。それは、一種の信仰すら出来上がりそうな勢いすら存在してしまっているのだが。そういったことから、無駄にちやほやされないように腹を割って話し合ったシエスタ以外には、必要な時以外他の厨房スタッフとは顔を合わせないようにしているのだ。

 

「無理を言わせたか?」

「いいえ、こういう時には結構運がいいですから。私としては苦にもなりませんよ」

「それなら、これからも頼らせてもらおう」

 

 頼る、という言葉に組織のボスだった頃を思い出す。あの時は信頼に足る人物をポルポに見極めさせていたが、実際のところはスタンドに目覚めて個性をより濃くした面々に裏切りや暗躍をされまくりの日々を送ってきたディアボロ。こうした過去もあってか、シエスタはルイズの次点で、ディアボロにとっては信頼に足る人物としてほんのちょっぴりは認められていた。そうはいっても、まだまだ……。もし彼女が死んだとしても、その程度では動揺もしないであろう。もはやディアボロは死んでも無事な身体では無い。本当に、元の人間へと解放されている。

 

 そんなわけで、シエスタと言う態のいい隠れみのを手に入れたディアボロは出された食事に手をつけた。見た目地味なパスタだったが、使われている食材は貴族に出す様なものの賄い食。マルトーの腕も相まってそれなりに舌の肥を取り戻したディアボロが唸るような出来だった。

 しかし、こうもイタリア風の食を食べているとどうにも恋しくなるのがある。

 

「ピッツァ・マルガリータが食いたくなるものだな……」

 

 シエスタに聞こえない程度に、咀嚼する口の中で声を反響させる。

 そう、思い浮かべるのはアツアツのピッツァだ。この世界にも在るかもしれないが、ネアポリスでドッピオの息抜き時に食べたピッツァは舌鼓を打つ程だ。話は変わるが、あれでもドッピオはまだ子供の域を出ない。ギャングの腹心としての面も強かったが、我の強い思春期の少年としての性格は抜けきらない。

 そんなドッピオが表に出ている時は、ボスとしての仕事もひと段落終えて、彼自身が眠りに着きたい時。勿論ドッピオにも「ボスへ」の命令の伝達など仕事があるが、任務完了のときと最低限の指令で終える事も珍しくは無い。それらから生まれた自由時間の中で、ドッピオも外食は普通に行う。

 故郷イタリアから生まれた文化は好きだ。例え苦い思いでしか無くとも、あのサルディニア島では幸せな事もあった。妻として唯一認めた女性と過ごしていた頃だ。トリッシュがしっかりとした記憶を持ち、この自分に迫る足掛かりになるまでの短い期間。確かに、「イイ」と言える記憶が存在している。たったそれだけで、故郷を思うには十分なのだ。

 

 食事を終え、メイドの皆が配膳に出払っている隙をついてシンクへ食器を入れる。その後しばらく裏口の壁に身を預けて待っていると、ルイズの所から別のメイドが歩み寄って来た。

 

「ボーノ。この後、何かするべき事はあるか?」

「えっと、無いかな。足りて無かったのは力仕事くらいだしね。あ、そう言えばミス・ヴァリエールが呼んでいたから、早く行った方がいいよ!」

 

 またね、と手を振るメイドを背にしてルイズの方へと歩き始めるディアボロ。彼女も気付いたのか、口の端についたパイのカスをなぞり取りながら彼の到着を待っていた。席の横に着いたと同時、残った小さな一欠けらを口の中に入れ、大好物である「クックベリーパイ」の甘味を堪能してから、彼女は祈りをささげた。

 

「―――糧をありがとうございました……。あ、来たわね。私も午後はアンタに合わせようかと思って待ち合わせてたの。何処か行きたい場所とかある?」

「この時間、コルベールはどこにいる? 少し教師の奴に聞きたい事がある」

「コルベール先生? いつもは変な自室に籠ってると思うけど……わたしじゃ分からない事なのかしら」

「このルーンの事だ。少し、面白い現象が起きたのでな」

「面白い事、ねぇ」

 

 斧を持った時、数メートル…いや、数メイルは簡単にジャンプできそうなほど体が軽くなり、斧の武器として(・・・・・)の扱い方が頭の中に知識、経験となって流れ込んできた事を伝えると、流石の博識なルイズもそのようなルーンの効果には覚えが無かったのだろう。首を捻り、ディアボロの原因究明の道のりに一枚かむ事を約束した。

 

「確か火の塔が自室兼研究室って一年の授業の時に言ってたっけ。火の塔はここからそう遠くは無いから、場所さえ覚えれば―――」

「ディアボロ君、やっと見つけたよ!」

「―――ギーシュ?」

「奴は……」

 

 胸元をはだけさせ、気障ったらしい雰囲気を放つ金髪の少年。その辺りはディアボロとの決闘前から変わっていなかったが、どことなく、言い表すのも難しいが…そう。身に纏う空気が、少しばかり前よりも固くなったようにも見える。

 食後で走ったせいか、少し腹の辺りを抑えながらもギーシュはディアボロの近くで息を切らさずに停止した。ディアボロが近くで見下ろすと、そのはだけた胸元から下には少しだけ浮き上がりそうになった腹筋が見える。しかし、その付き方は未熟なもので始めたばかりと言う感じがはっきりと感じられた。

 

「どうしたのよ、また難癖でもつけるつもり?」

 

 ルイズが額に皺を寄せて言い放てば、彼はぶんぶんと首を横に振った。

 

「とんでもないさ! むしろ、ずっとお礼を言いたかったんだ。“決闘”では何一つ及ばなかったけど、だからこそ彼と闘った事で如何に自分が未熟なのかを思い知った。それに、鍛え直すきっかけにもなったんだからね」

「アンタまさか、謹慎中は部屋にモンモランシー呼んで魔法の練習し続けてた?」

「おや、良く分かったね。部屋はあんまり大きく無いから簡単な練習や鍛練しかできなかったけど、モンモランシーの治癒魔法の腕も結構上がったんじゃないかな?」

「あっきれた…!」

 

 あっけらかんと言い放った彼の姿に、ルイズが単純なヤツ、と言った風に盛大に息を吐いた。それから、心外だなぁと文句を垂れたギーシュは改めてディアボロに向き直ると、突如として頭を下げる。

 彼は大きくはないが、芯の通った声色で言い放った。

 

「どうか、鍛え方を教えてください。あなたから感じる気配は、父上と同じく戦うもののそれ。さらに肉体は理想的な筋肉の付き方です。もしかすると、父上以上かもしれない……だから、強者と判断させてもらいました。僕が強くなるための一歩として、指南だけでもお願いしたいんです!」

「………」

 

 ディアボロとしては面倒極まりない提案だった。更に言えば、タイミングも悪い。ルイズと張り切ってルーンの事を調べようとしていたのに、出鼻を挫かれたのだから。

 しかし、一度相対した者としてどこまで這いあがれるかも見てみたい、という興味もある事は確かだ。精神的に一皮剥けたディアボロがこの世界に来てからと言うもの、新しい観点を手にした彼にとっては新鮮な出来事の連続。そのうちの一つとして、ギーシュもその中に含まれている。

 しかし、ここで少しばかり天秤は揺れる。己が興味を先にするか、はたまた他人の願いを聞き入れるか。以前なら前者を迷い無く取ったであろうディアボロの選択は――

 

「今は少しコルベールに聞きたい事がある。忘れんうちに聞いておかねば、見逃すには厄介な物なのだ。故に、断らせてもらおう」

 

 前者であった。やはりディアボロとしても、ルーンの事は早々に最低限の事は調べておくべきだと判断した。確かにルーンの解析には時間をかけるつもりだが、足掛かりも無ければそれだけ考える有用な時間が減る。それに、ディアボロの脳裏には予知(エピタフ)の時に垣間見た「始祖ブリミルと使い魔の伝説」の本の映像が頭にあるのだ。

 

「…そう、かい。残念だけど、僕の我儘だしね」

 

 頼めないとなれば、師と仰ぐための口調も元に戻しても構わないだろう。そう判断して、残念半分・納得半分を胸に抱いて、ギーシュはヴェストリの広場に足を向けた。とりあえずは自主的に組んだメニューをこなし、弟子入りの志願もまだまだチャンスはある、という思考に行きついたからであろう。

 

「それじゃ、またチャンスがあるなら申し込ませて貰うよ」

「ちょっと…主人のわたしは無視なワケ?」

「彼が君に卸され続けるようにも見えないけどね。ただ、少し羨ましいよ。ゼロのルイズ?」

「また言った! ちょっと、アンタねぇ!?」

 

 軽くからかうような口調で行ったギーシュは、微笑みながら廊下の向こう側へと消えて行った。嘲笑でない辺り、彼の様子を見たルイズも毒気が抜かれてしまう。何ともぶつけようのない怒りをこさえたルイズは、げんなりとした雰囲気で歩みを進めた。

 

「……とにかく、私もリスト貰わないといけないわ。コルベール先生のトコに行きましょ」

「騒がしい奴だな」

「どっちが?」

「両方だ」

 

 そうだろうなと肩を落とし、何とか見た目は立ち直ったルイズが先導する。先ほどのギーシュも含め、随分と気丈な事だと内心感心しながら、ディアボロもその後を付いて行くのであった。

 

 

 

 ジャン・コルベールの私室は、トリステインどころか、ハルケギニアでも珍しい鉄とオイルの匂いに溢れていた。その上、何かを焦がす様な匂いが鼻孔をくすぐり、ハルケギニアの住人が嗅ぎ慣れそうにもない現代地球の機械製造所にもよく似た雰囲気が作り出されている。

 その熱界で唯一の住人であるコルベールは、禿げ散らかりそうな頭をオイルに濡れた手で掻きながら、熱心に一つの「機械」の製造に取り組んでいた。時折火の魔法を使って要所をくっつけ、失敗作の教訓を生かして排熱孔の調節をも行う。そんな時、自室のドアがノックされて現実へと意識が返された。

 

「おや、どちらですかな」

「ルイズ・ド・ラ・ヴァリーエルです。ミスタ・コルベールに少々伺いたい事があって参りました。お時間よろしいでしょうか?」

「おや珍しい。とにかく、入って構いませんよ」

「失礼します」

 

 ドアを開けた瞬間、ルイズの顔がこの慣れないオイル臭さに歪んだ事を確認して苦笑する。作っていた最中の試作品、とびだすヘビくん(仮称)をテーブルに置くと、「固定化」の魔法を掛けて現状維持を保つ。

 此方でお話しましょう。そう言いながら臭さを追い出す為に窓を開けて椅子への着席を促すと、ドアの向こうからもう一人の桃色の髪を持つ人物が扉で屈みながらに現れた。何となくルイズが訪れた理由を感じ取っていたコルベールは、やっぱりかと。苦笑ながらにディアボロへ挨拶を送った。

 

「聞きたい事は分かっています。その、左手のルーンの事ですね?」

「はい。ディアボロが言うには、斧を持った時に体が羽よりも軽くなったと。先生が授業で彼をお連れした時、どうやらルーンの事で調べていたと聞きましたから」

「此方へ来た、と」

 

 使い魔の言葉を信じているいい主人だ。召喚した相手は人間であっても、このように立派な心を持つルイズにコルベールは内心で嬉しさが込み上げて来ている事を感じた。

 

「それをお話するにはオールド・オスマンの前の方が良かったのですが、貴方達が尋ねに来たからには教えましょう。ですが、他言無用を約束してくれますか? 少々、厄介なものでして」

「緘口令…分かりました。始祖に誓って、隠すと誓います」

「厄介事はご免こうむる。オレも言いふらしはせん」

「……なるほど、貴方達の言葉を信じましょう」

 

 目とたたずまいを見て判断したコルベールは、しばらくオスマンから借りている例の本(・・・)を本棚から取り出し、栞を挟んであるページを開いてルイズ達に見せた。そこに描かれていたルーンは、ディアボロの左手に在るものと全く同じ形をしている。

 

「これは…」

「ディアボロ君が見つけてくれていたんだ。ミス・ヴァリエール、彼は本当に優秀な使い魔ですね」

「あ、ありがとうございます!」

「それじゃあ、本題に入ろう。この本によるとディアボロ君のルーンは“ガンダールヴ”と読める。ブリミルが仕えさせた“始まりの三人”の中でも詠唱中の守りを敷いた神の盾、とも呼べる役割のようです」

「……え?」

 

 始祖ブリミル。誓ったばかりの始祖の名がこんな所で出てくるとは思わなかったルイズは、ディアボロの方をハッとして見た。しかし、彼は古代のルーンが浮き上がるとはな、という物珍しさ位しか思っていないでルイズほどの衝撃を受けていないようにも見える。

 少しばかり固まった彼女をさておき、ディアボロは話を切り出し続きを促した。

 

「名称は分かった。だが聞きたいのはこのルーンにどのような効果があるかなのだ。使い魔に刻まれるルーンは視界の共有など、何らかの力があると聞いた。その昔話に出てくるような代物であれば、まだ何かがある筈だろう?」

「ええ、実に聡明な考えを持っているようですね。……と言いましたが、少し残念な答えがあります。君の言う事はもっともながら、これにはハッキリとしたルーンの効力が記されている訳ではないのですよ。伝承なら、記されているんですがね」

「伝承?」

「謳い文句のようなものですな」

 

 それが手掛かりの可能性は無きしにも非ず。その視線の意味を理解したコルベールは、さらっとその一節を読み上げた。

 

「“神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる”……このほかにも、あらゆる“武器”を使いこなし、千の軍勢を単騎で壊滅させる力を持つと語られています。ディアボロ君が斧を手にした際に感じたのは、この伝承が元になったものかもしれませんな」

「武器……か。確かに、あれなら武器として十分に殺しうる鋭利さを持った斧だ。とすると、このルーンは武器に反応して光るという事になるのか?」

「ルーンが光る? おお、それならいい識別になりますな」

「―――って、ちょ、ちょっと待って下さい! 伝説って、本当ですか!?」

 

 ようやく我に返ったルイズが話を遮ると、ディアボロと語り合っていたコルベールは心苦しそうに顔を神妙なものに変え、彼女へと伝えた。

 

「…オールド・オスマンも秘匿の限りを尽くすそうです。“ガンダールヴ”は神の再来…王宮に報告しようものなら、そういった看板として掲げられ瞬く間にゲルマニアかガリアとの戦争に発展するとのこと。ですので、他言無用と言ったのですよ。研究者として湧きあがる好奇心だけは、お恥ずかしい事に捨てきれないのですがね…ははは。

 その分、私達にできる事なら惜しまないとも考えています。私達は、誇り高きトリステイン王国の魔法学院の教師ですからね。知らない事や、分からない事があったら生徒に教えるのが、役目です」

「そうですか…貴重な話、ありがとうございました。ミスタ・コルベール」

「いやいや、そう畏まるものでもありませんぞ。……ああ、ミス・ヴァリエール」

「何でしょう?」

「思い出しましたが、これを持って行きなさい。二日分の授業で行われた範囲のリストです。貴女ならば、労も要せずに理解できるのでしょうけど」

 

 そう言えば、オスマン老からの伝言をあの衝撃的な話で忘れていた、とルイズはリストを受け取り、一礼する。

 

「しかし、流石は公爵家の淑女ですな。こうした礼儀を重んずる貴族にするにも、学院の新入生は魔法への夢が強すぎて……」

「わたしも魔法には人一倍の憧れがあったのですけど」

「―――こ、これは失礼! ですがミス、貴女は」

「分かっています。ディアボロが私の魔法の証明ですから。ね、ディアボロ」

「……ん? ああ、そうだな」

 

 二人が学院の事情を話し始めた辺りからルーンの事で考えを没頭させていたディアボロは、ルイズの声でやっと我に返った。流石と言おうか、思考中に主人の言葉を聞くくらいには集中を裂く事も出来るのが彼なのだろう。

 

「おや、日もそろそろ暮れてまいりましたな」

「この二日、メイドと使い魔と話しこんでいましたが、人と話すと時間は早いものですね」

「そうですな。さぁ二人とも、暗くならないうちにお戻りなさい。春と言えども冬の名残は夜を冷やします。風邪をひいてしまっては、解かれた謹慎もふくれっ面となるかもしれません」

「今日はありがとうございました。ほら、アンタも」

「…時間が空けば、また此方に寄らせて貰おう。ルーンだけではなく、興味深いものも見させてもらった」

 

 ディアボロの視線の先には、コルベールが着手していたとびだすヘビくん(仮称)が。そこで何か通じるものがあったのか、コルベールは頭と同じく輝かしい笑みを浮かべて二人を見送り、部屋のドアを閉じた。

 オイルの匂いが立ち込める部屋に得意の「ライト」の魔法で明かりを灯すと、窓を閉めて余計な風が入らないように密室を作る。ディアボロも興味を寄せたらしい開発途中の品を温かな目で見つめ、彼は思い立ったように立ち上がった。

 

「そうだ、宝物庫には奇妙な工芸品や破壊の杖があった筈。あれらに私の作る物と似たような物があれば…あるいは」

 

 防寒と貴族の証であるマントを着こみ、コルベールは学院長室の一階下に在る屈強な宝物庫を頭に思い浮かべて足を進めて行った。その先で彼はロングビルと出会い、教師では無く一人の「男」としての炎を燃え上がらせることになったのだが……コルベールは、喜ぶのをやめた。

 

 

 

「すっかり遅くなっちゃったわねー」

 

 自室に戻り、いつものように定位置でもあり寝床でもある椅子に座るディアボロに、ルイズはベッドの上から話しかけていた。

 

「まだ明るいし、コルベール先生のところはちょっと匂いがアレだったから…水浴びてくるわね。ディアボロ、留守番お願い」

「使い魔として、“主人を守る”任務の一つ目か」

「あ、そうかも。責任重大だからちゃんと成し遂げなさいよ?」

 

 ディアボロの見立てでは、このハルケギニアの世界観は中世ヨーロッパと似たような文化圏であると考えられていた。先ほどの水浴びもその一環。ディアボロのいた現代ではバスタブやシャワーを浴びるのが一般的で、特に暑い日などはオスティアの海で過ごすローマ市民が多い。その原型ともなる水浴びは、やはりディアボロの考えを裏付けるようなものだった。

 そんなときである。ルイズの出て行ったドアの隙間に、少し前に見たような赤色がちらりと体をのぞかせていた。

 

「…向かい部屋の使い魔だな。何の用だ……」

 

 少し覚めた視線をその使い魔――フレイムに向け、訝しげな表情を作る。ここまでの向かい部屋の主、略称キュルケ・フォン・ツェルプストーは召喚翌日のディアボロと顔を合わせただけで、これと言った接点もない。ルイズの交友関係としても候補は上げられたが、あれは悪友と言った雰囲気でちょっかいを掛けあうような、親しみもその程度といったものだ。

 ずっと此方を見つめてくる使い魔と、それに見下す視線を送るディアボロ。奇しくも使い魔同士のにらみ合いが数秒続いた所で、ディアボロの表情の変わらなさと内面の怒りを感じ取ったフレイムが根負け。きゅるるる……と情けない声を出しながら背を向け、また彼へと視線を移していた。

 

「きゅる」

「……来い、と?」

「きゅる!」

 

 喜ぶ様は手乗りサイズなら可愛らしいものだったろうが、前足を地に付けた状態で人の腰ほども高さのあるサラマンダーを見ても溜息しか生まれない。

 

「其方の主人がオレに用事があり……貴様は呼ぶためにルイズが居なくなるのを待った。それほどまでに其方は準備を整えていたと……。成程、其方の苦労は察する…個性的な主人を持つ者同士、種族は違えど労の一つは共感できよう……」

「きゅるる」

 

 全くその通り。じゃあ! とディアボロの顔を嬉しそうに見上げたフレイムは、早速案内しようとして―――

 

「だが断る。思い通りに事を進めることが出来ると思っている奴に、このオレが従うと思ったか…? 伝えておけ、オレはルイズに留守を任された。小さかろうと、記念すべき初の任務を失敗するつもりは見落としがちな壁の染みほども無い、とな」

「きゅ!?」

 

 その時、不思議な事が起こった!

 フレイムの体は突如として浮き上がる…いや、目に見えぬ何かに(・・・)持ちあげられた(・・・・・・・)のだ。腹にある不思議な指の感触は、確かに人のそれ。だが、目の前のディアボロは指一本動かす事も無ければ杖を持ってもいない―――

 

「少しばかり、忘れていろ」

 

 如何に破壊力の高いスタンドであろうと、それは使用者の精神によって大きく左右される。ディアボロのスタンドはフレイムの頭部を軽く小突き、気絶の作用で彼の中に存在した筈の気絶前後の記憶(とき)吹き飛ばした(・・・・・・)

 

「フン……なんともセコい能力の再現だ」

 

 まだ力の戻らない己へと吐き捨てるように言い、フレイムをキュルケの部屋の前まで投げ捨てる。生き物である限り怪我は免れないだろうが、一見鱗などが丈夫そうにも見えるので彼は気にせずドアを閉めた。鍵をかける事も忘れない。

 

≪ああもう! 私には既に決めた人がいるんだから、あんた達との関係は終わっているのっ。見た目だけの男は帰りなさいなっ!≫

 

 その直後、向こうの部屋に溢れていた男どもの対応として炎が弾けるような轟音で終わり、フレイムの状態を確認したキュルケがようやく使い魔の異変に気付く。キング・クリムゾンの使用を「感覚の共有」で見られていなかった事が、唯一の幸運だったのだが…やはりというべきか、部屋の向こう側から扉を開ける音が聞こえてきた。

 しかし、鍵をものともせずに一瞬の間をおいて、赤毛の少女の姿が彼の視界に移ることとなった。

 

「はぁーい、ミスタ・ディアボロ。ちょっとお時間取らせていただきますわね」

 

 此方の返事など初めから期待していないような物言いで、部屋に乗りこむ赤毛が一人。

 そして、ディアボロもここでようやく思い出す。メイジと言う人種は、誰でも鍵開け(アンロック)の魔法が使えたのだったな、と。

 




ディアボロは受難。しかも原作の時の占い師の言うとおりに人を殺していないから、まったく幸福になることもできていません。思えば、ディアボロの大転落は矢を手にするまではナランチャの死で賄えていましたが、それからは一人も殺せていないのでGERくらったんでしょうかね。
平和な世界ほど、ディアボロははじき出される運命なのか……果たして

少しディアボロが黙りすぎて、寡黙通り越して沈黙キャラになってしまいました。
しかも意外と独り言多いのがディアボロの特徴でもあるのに、ほとんど口にしない…いや、考察を台詞文だけだと小説では滑稽かな、と思ったからこうなっちゃったんですけども。

今回のジョジョ豆知識(?)

そう言えば、知ってる人の方が多いかもしれませんが、アブドゥルの「クロス・ファイヤー・ハリケーン」ってあるじゃないですか。あれって「Jumpin'Jack Flash」の歌詞の最初の方にありました。もしかしたらこれが由来? (作者達はまだ把握して無い)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。