幸せな過程   作:幻想の投影物

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8・23追記
文章を一部校正しました。
『内容』誤字修正+一部文章書き足し


安全装置

「ふうん、ガリアの方から来たんだ」

「国外留学ってこともあって、年は貴方よりも一つ下になるらしいわ」

「そっちの親はどんな考えでこっちに送ったの?」

「……気まぐれ」

「気まぐれって…えぇー? そういうもので良いの?」

「あんまり詮索しないでもいいんじゃない? 問題起こしたってわけでもないのにねぇ」

「珍しいわね、他の奴なら根掘り葉掘り聞こうとするツェルプストーが止めるなんて。気にいってるの?」

 

 ルイズがそう尋ねれば、無駄に豊満な胸を張ってキュルケは哂った。

 

「自慢の親友よ。アンタとは違って風のトライアングルだから優秀だし」

「ああ、そう…そりゃ良かったわね……」

「……やっぱり、彼が来てからアナタ変わったわ。余裕って言うか、前までなら私と話すことすらしようとしなかったじゃない」

「無駄なエネルギー使うのに疲れただけよ。そう言う分では、このタバサって子の方が一番楽な生き方かもしれないわね」

「そうでもない」

「あら…それは悪かったわ」

 

 ルイズは、少しばかり感情の見えないタバサの声色に多少の黒色を感じ取る。感じ慣れた後ろめたい感情を察知するのはお手の物だが、こういうのは処世術にも使えるかしらと一考した。

 

「それはともかく、貴女魔法の練習はしてるの?」

「昨日もやってたわよ。あんたが放り投げた男ども照らして確認しようとライト使ったわ。相も変わらず杖の先で小規模な爆発が起きたけどっ」

「コモン・マジックでも失敗するのね。…ああ、錬金でもアレなら仕方ないかしら」

「そろそろ人をおちょくるのもいい加減にしときなさいよツェルプストー」

「そう言う反応を見るのが面白いんじゃない。分かってないわねぇ」

「キュルケ、悪趣味」

「ほら、親友にも馬鹿にされてるじゃないの。ちょっとは改めなさい」

「そう言われても簡単に――――」

 

 キュルケが言い切る前に、地面が揺れて轟音が鳴り響いた。

 本塔の中庭あたりで話していた三人は、その正体を確かめようとして巨大な土ゴーレムの姿を目撃する。ボロボロと土の欠片を撒き散らしながらも、地面から己の体を延々と作っては零していく様は言いようも無い気味の悪さが目立っていた。更に悪いことには、それは学院の宝物庫を殴りつけているではないか。

 

「ど、泥棒ぉ…!? 学院に直で侵入してくるなんて……」

「もしかして、街で噂になってた土くれのフーケじゃないの?」

「シルフィード。……二人とも、乗って」

 

 とにかくこの場所に留まっていれば、殴る度に雪崩れおちてくる土の破片に埋められてしまう。そう判断したタバサは口笛を吹いて己の使い魔である風竜を呼びだすと、二人まとめて背中に乗せた。子供とは言え三人分の重量はそれなりのものであるが、タバサの風竜はものともせずに離陸する。土の欠片が視界を遮る中、何とか上空に逃れた三人と一匹は闇夜に紛れた暗い色合いのゴーレムを観察していた。

 

「これ、大きいわね。少なくともトライアングルクラスのメイジよ」

「…本当に貴女冷静になったわね。それで、どうするの?」

「ディアボロから教えて貰ったけど、爆発って発掘作業の時なんかに通路を確保するために使うらしいわ。火薬を混ぜた物にカガクハンノーって物を起こさせるみたい」

「それがどうしたってのよ……」

「まあ早い話が――――こうして見るのよッ!!」

 

 ルイズは己の杖を取り出し、ゴーレムに向かって突き出すように杖を振るった。

 

錬金(・・)ッ!」

 

 一度作り出されたゴーレムは、同じ土メイジかつ実力が相手よりも上でなければ支配権を握る、もしくはゴーレム自体に変化系の魔法で崩すといったことは不可能である。そんな常識があるからこそ、ゼロでしかないルイズが錬金を掛けた瞬間、何をするのかと思ったキュルケは驚愕と疑問の声を上げようとした。だが、それは続く爆音によって掻き消されることになった。

 ゴーレムの殴ろうと上げられた腕の辺りが、爆音と共に破裂する。動きにそこまでの支障はなさそうに見えるが、ルイズは冷静に錬金の呪文を紡いで第二射を放つ。続けてもう片方の拳を狙った魔法は収束地点を違え、ルイズはアッと声を上げる。

 

「あ、間違えた!?」

「ちょっと!?」

 

 キュルケの罵倒もむなしく、学院の宝物庫の壁にぶち当たった爆発は、表面の瓦礫を吹き飛ばすほどの威力を見せつけた。その際に小さな罅が入ったのだが、ゴーレムはこれ幸いとその地点に向けて無事だった拳を殴りつける。それによって完全に壁を崩落させた事で目的は達せられたのか、ほんの数秒ばかりゴーレムは巨大な置き物となって動かなかった。

 

「宝、盗まれてる」

 

 ゴーレムの不気味な行動に目を取られてルイズ達は固まっていたが、タバサの一言でこの相手が「土くれのフーケ」ではないかと言う事を思い出し、そのフーケの職業が泥棒で合ったことに辿り着く。しかしその予想が立てられた瞬間にゴーレムは活動を再開し、学院をまたぐ巨大な壁をものともせずに乗り越えて消えて行った。

 トライアングルクラスだけでも手に負えないのに、巷を騒がせる程のあれだけのゴーレムを操る実力者だ。実戦経験などほとんどないキュルケやルイズ、そして実戦を知っているタバサはとにかく手出しはしない方が良いだろうとそのゴーレムを見逃す。突如としてぐしゃりと魔法の効力を失った土の塊を見届け、再び訪れた夜の沈黙に三人は口を開く事は出来なかった。

 

「してやられた」

「…そう、ね。あー……トリステインに貢献したと思ったその日には学院で厄介事の原因になるなんてね。失敗魔法使わなきゃ盗まれることも無かったかもしれないのに……」

「そうそうアナタのせいよー? 土のスクウェアが態々張ってくれた固定化の魔法駄目にしちゃうなんてね」

「駄目押し出来る場所見つけた途端にソレ!? あんたは意地汚いったら、もう!」

 

 ギャアギャアと生まれたての飛竜のように騒ぎ立てていた二人だったが、そのうち目の前で起こった現実に引き戻されてしまう。微妙な静けさの前に二人揃って深いため息を吐くと、学院長室へ向かう足を進めるのであった。

 

 

 

 翌朝、教師達の喧騒が学院の一角で巻き起こっていた。それはルイズの爆発以外の真実を報告した内容によるもので、オスマンが各教師達に招集を呼びかけていたからである。見事なまでに拳の形に崩壊した宝物庫の壁を取り囲みながら、教師は誰に責任を掛けるかと言う事で白熱した議論を交わしている。宝物庫の当直であったミセス・シュヴルーズが全責任を負うべきだと誰かが声を張り上げている一方で、そんな喧騒に参加しなかった三人の人間が食堂裏の休憩所で話しあっていた。

 

「いつもお疲れ様です、お二方。お茶を淹れておきましたよ」

「おお、復帰早々すまねえなあ。よう我らが代弁者、シエスタのために一肌脱いだって話じゃねぇか。毎度のことながらありがとうよ」

「斬ったのは剣程度に過ぎん。それよりもこのわたし(・・・)が貴様らの代表であるかのように扱うな。うっとおしいぞ」

「そりゃあ残念。……ん? ディアボロさんよ、オマエ自分の呼び方違ってなかったか?」

「む? …ああ、それもそうだな。貴様らにはあまり素を見せんようにと思ったまでだ。気に喰わずとも意見を聞き入れたりはせん」

『か~っ! 傍若無人だなぁ、旦那ァ。んでもって素直じゃねぇったらありゃしねぇ』

「あ、デルフリンガー様。他の方が驚かれるので声量は落として下さい…」

『おっとと、こりゃ失敬。いたずらに驚かせるより斬る方が剣らしいわな』

 

 カチカチと柄の上に在る金具を鳴らしていた喋る魔剣は、ディアボロが無言で押し込めることにより強制的に口を閉ざされた。マルトーはと言えば、デルフリンガーの事を知って以来、どこか近寄りがたい雰囲気のあるディアボロ相手に気楽に話せる仲介役という事で、何かと魔剣の同行を強要したのが一時間前の会話内容だ。

 そうした平和なモーニング・タイム。馬鹿らしいほどに火薬や赤血球の鉄錆びた匂いも無い世界に浸ること数十分後、学院の騒がしさを原因とした場所から訪れた使者が何かと物騒な剣幕でディアボロに近づいてきた。

 

「ディアボロ、いる? 盗賊退治の時間よ!」

「……シエスタ、茶は片付けておけ」

 

 ドスドスと圧倒的な存在感を放ちながら、謳い上げるように従者へ命を下すのだ。

 

 

 

「それで、今回はまたどんな厄介事を引っ張って来た?」

 

 嫌そうな声色ながらも、表情は一切変わらず淡々と出かける支度をするディアボロの言葉に、ルイズは苦虫を噛み潰して飲み込んだような表情を隠さずに言い放った。

 

「どんなも何も、盗賊退治よ盗賊退治! まったくもうっ、最近の貴族ときたら背中を見せてばかりで巨悪や壁ってヤツに立ち向かおうともしないなんて―――信じられないったら!」

「落ちつけ……激昂するんじゃあない。程度が知れるぞっ」

「ああ、もう。本当だわ、まったく」

「話にもならんな……」

 

 口ではそれらしい事を返しながらも、随分とディアボロの主―――ルイズ・フランソワーズはご立腹らしい。曖昧にも己の怒り具合を見せつけんとあーだのこーだの、この現在の貴族に対して不満の言葉を吐き散らかしている。

 まったくもって無駄なことだとは思いながらも、無駄無駄、と言いつつ相手を無効化する宿敵を思い浮かべてしまうのはディアボロが恐怖や畏怖を忘れない人間だからであろう。記憶の地面の底から這い出してきたミミズどもを蹴散らしながら――後でちぎった所から増える事を知っていて――ディアボロは考えを振り払っていた。

 さて、どうしたものかとデルフリンガーの鞘と、ある程度の水分を確保したディアボロは目を伏せる。いい加減ルイズに元に戻って貰わねば、これから行くであろう任務の内容を聞く事は出来ないからだ。正直馬鹿らしいとは思いつつも、完全に周りが見えていない彼女に向かってディアボロのスタンドが現れたと思ったその時には、既にデコピンは放たれていたッ!

 

「痛ッ!? ちょ、こ、これ…ビリって……ビリッときた……!」

「マヌケが。落ちついたか?」

「まぁ、お、落ちついたわよ…痛い……」

 

 背後にスタンドの腕を浮かばせながら聞き返す彼に怯えながらも、ルイズは何とか平静を取り戻した。直後に外へ行くためのミス・ロングビルが操る馬車に乗せられ、ディアボロはキュルケやタバサとの再会を果たす。

 

「おい、ますますもって分からんぞ。何がどうなっていると言うのだ」

「盗賊退治」

「タバサ、彼は説明されてないみたいだからそれだけじゃ分からないわよ。どうせアレだけ我を忘れてたヴァリエールの説明不足でしょうに」

「その通りだけどもっ! …ああ、もう。せっかく自制できるようになったと思ってきた所でこれよ。ホントにやんなっちゃうわ」

 

 項垂れたルイズは最早再起不能にも見える。全員が乗り込んだ後、馬車が発信する中でツンツンとタバサが杖の端でつついている情けない主の姿があったが、それを視界から追いやって、ようやくまともな説明をくれるであろうキュルケへとディアボロが向き直った。

 

「あはん」

「……」

「ちょ、ちょっと冗談ですわよ!? えー、コホン。……まぁ、早い話が昨日の夜に街を騒がす大泥棒“土くれのフーケ”が学院の宝物庫を襲撃してね、まんまとあたし達の眼前で持って行かれたのを朝方、教師達で取り返そうって話になっていたのよね」

「それはそれは、説明御苦労だミス・ツェルプストー。……結果(・・)こうなっている(・・・・・・・)時点で、話の行く末は理解できたがな」

 

 ふぅ、と息を吐きだすディアボロはどこか悟った様な印象を受けた。それもその筈、ギャングのボスとして君臨していた時、そんな不祥事が起きた際にクズどもがどう動くかなど目が乾くほどに見て来たからである。

 どの世界に行っても、人間は変わらない。シエスタやルイズを見て浮かび上がっていた気分は現実に浸食され、ディアボロは生きて行くことのむずかしさをまた一つ知ったのであった。

 

「トリステイン貴族にはさぞや耳の痛い話でしょうねー」

「……わたしだって信じられないわよ。トリステインが誇る大魔法学院の教師がまさか、生徒の目の前で責任のなすりつけ合いをするなんてね! いつも最強を謳っているミスタ・ギトーはどうしたっていうの? 風のスクウェアが聞いて呆れるわよっ!」

「……あの、ミス・ヴァリエール? わたくしもいることをお忘れなく…」

「あ、すみませんミス・ロングビル。貴女に言った訳では無いんです」

 

 馬の御者(ぎょしゃ)をしている女性はどこか気まずそうに言った所で、ディアボロは初めて手綱を握っている彼女の存在に気がついた。あまりに黙々と進んでいたので人形か何かだと思い込んでいたのである。

 

「…む? 誰だ」

「貴方が決闘騒ぎを起こしたミスタ・ディアボロ」

「そう言う貴様はロングビルと言ったか」

 

 しばし空白の時が訪れる。

 ロングビルは眼鏡をくっと押し上げながら、ふわりと笑みを見せた。

 

「どうしてここに、と仰りたいのでしょう? 生徒たちの安全のため、お目付役と言うのもありますが…わたくしは朝一に逃げるフーケを目撃していまして。そのことから勇気ある生徒達の案内役を仰せつかっております」

「案内役か。ちなみに聞いておくが、どれだけかかる場所だ?」

「それにはあたしがお答えしますわ、ミスタ。片道四時間ほどらしいですわね」

「あら、台詞を取られてしまいました」

「……四時間? ああ、そうか。もう一つ聞かせて貰いたいが、盗まれたのはどう言った代物だ」

 

 なんせ、取り返すとはいってもどのような物か分からなければ取り返しようも無い。そう言って肩を竦めて鼻で笑ったディアボロの隣で、ようやく負のループから抜け出せたルイズが復活する。せめて会話の輪には入ろうと、また出しゃばろうとしたキュルケを差し押さえて言葉を挟んだ。

 

「ああ、盗品の事? わたしもよくは知らないけど、“破壊の杖”っていう物らしいわ。ミス・ロンビル、あなた詳しくはご存じない?」

「私もそう詳しくはありませんが…(ワンド)と言うには大きく、筒の様な形で(ロッド)ほどの長さがあると聞き及んでいます。学院長が言うにはワイバーンすら一撃で葬る力を持っているとか……」

「あのワイバーンを!? トリステインはそんな恐ろしい物を持っていたって言うの?」

「ああ、いえ、勘違いなさっているようですが…オールド・オスマンにとって恩人の形見らしく、使うつもりは無かったとだけ言って昔語りは終わってしまいましたのでそれ以上は……」

 

 早口に言い切ったロングビルはそこで言葉を区切った。それ以上の話を知らなかった、と言うのもあるのだが、何よりディアボロから突き刺さる視線があったからだ。それは実にさりげなく、顔の横をかすめて飛んで行く小鳥の様な感覚。しかし込められた感情は用心深い鷹よりも鋭いもの。

 こうも訝しげな視線を向けられる理由はまだ出していない(・・・・・・・・)。だというのに、何故こうもこの使い魔は――?

 

「フン」

「………………ふぅ」

 

 誰にも聞こえないように小さく息を吐き、ロングビルは手綱を握り直した。

 ディアボロもそうだが、先ほどから会話に参加しようともしない青髪の少女を不気味に思いながら、思惑の交差した馬車は目的地へと向かって行くのであった。

 

 

 

 到着、それと同時に狭くなった道を徒歩で歩くフーケ討伐隊が練り歩く。薄暗さと時折響く野生動物の声が何とも人間の恐怖感と言う物を揺り起こすのだが、ある程度道中で鬱憤を吐き散らしたルイズと、その使い魔であるディアボロは自然体で歩を進めていた。

 

「お化けでも出そうな雰囲気ね。まぁ昼間だから出た所で日の光があるんだけど」

「……お化け」

「ちょっと止めなさいよルイズ。そう言う事は思っても口に出さない者でしょうに」

「―――見えてきました、あの小屋がフーケの今の根城だと言うことらしいです」

 

 会話のさなか、ロングビルの指が示す方向に一団の視線が集中する。しかし、ソレはどう見ても人が住んでいた形跡もクソも無い廃屋だ。今にも朽ち果てそうな場所に住むモノ好きなんているのだろうか? 流石の盗賊と言えど、家の崩落に巻き込まれればお得意の足が駄目になる可能性があるというのに。

 

「“破壊の杖”があるから、焼き払うのはもっての他よねぇ。しかも周りは森だし…あたしがついてきた意味あったのかしら?」

「そうでもない。森の木々は生きて水を吸い上げている上に、こうまで湿気が多くてはちょっとやそっとでは燃え広がる事は無いだろう。いざとなれば主犯もろとも盗品を焼き尽くせば無駄な労力も必要あるまい」

「あ、あの…オールド・オスマンの恩人の品と言う事でここは一つ……」

 

 焦ったように声を出したロングビルを一瞥すると、ディアボロはルイズに視線を回した。いの一番に引き受けた彼女に決定権を譲ると言う意味を込めたものである。受け取ったルイズは一つ頷くと、タバサに先行を譲る様に言った。

 

「私?」

「あんたちっこいし、キュルケみたいに無駄な脂肪も無いから小屋の床を踏みぬくなんてヘマも無いでしょうしね。いざとなったらお得意のトライアングルスペルで切り抜けてみなさい。わたしが持てない力ってのを見せて貰うわ」

「分かった」

「ちょ、ちょっとヴァリエール!? あんた何言って……」

「どうせこの子、実戦経験豊富って奴でしょ。じゃなきゃ幾ら才能あるからってわたしより一つ下でトライアングル。しかもシュヴァリエなんてヤツはいるわけないわよ。ま……そう言う事だから、お任せするわ」

 

 ルイズの指示は作戦でもあり、彼女に信用をおいたことの表れでもある。込められた意図に気付いたタバサは一つ頷くと、杖を握りしめて小屋の中へと入って行く。残り四名が待ちの体勢になったところで、ここは教師としての役目だと言ってロングビルが周囲の偵察に行ってしまった。

 三方向をキュルケ、ディアボロ、ルイズが見張って待つこと数分。タバサは自分が持っている杖よりもずっと大きな筒状の物を抱え、三人の元へ戻って来た。抱えたモノを見せつけるように抱き上げながら、小さな声で事実を言う。

 

「破壊の杖」

「…これが? 杖、に見えなくも無いけど…ここが持ち手かしら?」

「ほう……これが破壊の杖とはな。言い得て妙とは思わんでも無いが」

「ディアボロ、知ってるの?」

 

 その問いを返そうとした時、異変は起こった。

 昨夜三人娘が見た巨大なゴーレムが突如出現し、四人の上から拳の形をした影を落としたのだ。迫る影に気付いたルイズは一瞬でディアボロと視線を合わせて大きく叫ぶ。

 

「避けるわよっ!」

「きゃぁぁぁあ!?」

 

 悲鳴を上げるキュルケをディアボロが抱え、片手でデルフリンガーの柄に触った彼は一瞬でその場から飛び退いた。ルイズは再び錬金の呪文を唱えると、とっさの判断で爆風に身をまかせながらタバサを抱きかかえながらその場から離れる。その直後、爆発でいくらか軽量化した土の拳が地面と接触。決して小さくは無い揺れを残し、再び振り上げられることになった。

 

「やはりな、ようやく尻尾を出したか」

「な、何よ…? フーケはあたし達が来るのが分かっていたって言うの!?」

 

 キュルケの叫びに対する返答だと言わんばかりに、続けざまにもう一方のゴーレムの拳が振り下ろされる。ルイズ達の方向へキュルケを抱えて移動したディアボロは、デルフリンガーの刃を完全に引き抜いて片手に構えた。彼の巨体とデルフリンガーの刀身の長さは妙にバランスが取れており、その形が正しいと言わんばかりに彼の戦闘準備が整えられる。

 

「一旦退却」

 

 破壊の杖を抱えたタバサが口笛を吹くと、いつぞやの風竜・シルフィードが現れる。すぐさま竜の背に飛び乗った彼女に続き、キュルケが竜に乗った所でディアボロは声を発した。

 

「ルイズ、貴様もいけ」

「…せめて誘導ぐらいはするわ」

「貴様が潰されればこのオレが恩を返す相手が居なくなるだろう」

「ふん、それで(・・・)? あんたはわたしがやられると(・・・・・)思っているの(・・・・・・)?」

 

 自暴でも何でもない。勝算があると言わんばかりの態度にディアボロは妙な場所で気に喰わんやつだと視線を反らした。

 

「好きにしろッ。ただし死ぬことは許さんぞ……」

「…乗らないの!?」

「そう言う事よ。あんた達は上空から支援攻撃でもお願い」

「もう、知らないからっ!」

 

 場の空気を読んだタバサがシルフィードを飛翔させ、ゴーレムの射程圏外から逃れた。そんな風竜という大きな的になっているタバサ達を狙ったのか、一瞬遅れてゴーレムの拳が叩きこまれる。土煙に桃色の髪をなびかせながら、脅威に向かい合う主従は竦むことなく立ち向かっていた。

 

「首謀者は誰か分かる?」

「話の初めから目星はついていたが、昨日の貴族と同じだ。尻尾を出した所を握りつぶして叩く。ルイズ、ロングビルが出てきた場合警戒を怠るな」

「ああ、この騒ぎで出てこないんだもんね、っと―――!?」

「ふんっ」

 

 ルイズを抱え込むと、ディアボロは再び飛んだ。別の場所に彼女を下ろしたディアボロは、まったくもって遊戯にも及ばないこの茶番に対して辟易とした感情を併せ持つ。土埃ばかりが舞う場所など自分にとって相応しくない。それどころか、これは貴族であるルイズや帝王である自分に対しての不遜の極みであるとディアボロは負の感情を渦巻かせた。

 

『おっ、いいね相棒。昨日よりも心が震えてらぁ』

「心…?」

『おっといけねぇ、疑問何ざ振り払っちまいな。ドス黒い相棒の心は最高の力の塊なんだぜ? そのまま激情に任せて俺を振るってくれやっ!』

「なにかよくわからんが―――まぁいい。くらえッ!」

 

 イライラを発散するように、魔剣デルフリンガーが振るわれる。一見ただの鉄の直剣にしか見えないソレは、圧倒的なまでの威力を以ってゴーレムの下部に接触、後に切断という結果が残された。刃の長さが圧倒的に足りていないと言うのに、まさかの御業に対応できる手段などこの木偶が持ち合せている筈がない。重力に従って切断された箇所から倒木の様に倒れて行く所を、メイジ達の張り上げる声と共に狙い撃ちを受けることになっていた。

 

「錬金!」

「ファイアーボール!」

「ウィンディ・アイシクル」

 

 頭部や胸部に当たる箇所を魔法で吹き飛ばされたゴーレムは、まだ指の辺りをガクガクと動かしながらも地面の土を利用して再び立ち上がった。土くれとは、錬金の手間を省いた究極のスタミナを表す異名らしい。アレだけ体積を浪費させたにもかかわらず、土そのものを吸い上げて無限に再生するこの土人形は疲れと言う物を知らないらしい。初めて襲ってきた時と同じ姿を取り戻したゴーレムは拳を握りこむと、厄介だと判断したディアボロの方向に腕を薙ぎ払ってきた。

 しかしそれも避けられる。このゴーレム、巨大な見た目と図体の通りに動きが非常に遅いのだ。予備動作という名の隙も大きく、小さな人間を襲うには余りにも不向きだと言っても良いだろう。こう言う自分よりも大きな物を見せて人の恐怖心をあおったりするのならば適任だろうが、戦いに恐れを抱かない人間からしてみれば案山子にも劣る出来だと言わざるを得ない。

 ディアボロは再びの薙ぎ払いをジャンプして避け、近くにあった木の幹を蹴ってゴーレムへと接敵する。ディアボロを捕まえようとしたゴーレムの土腕を足場にし、頭に流れ込む最適な方法で振りぬいたデルフリンガーが接触する瞬間、ほんの一瞬だけキング・クリムゾンの拳が出現した。石畳の床すら崩落に追い込む最強の拳は、ゴーレムにとてつもない衝撃を与えて刃の一撃を通り易くする道を敷いた。既に崩壊は目前! ディアボロはデルフリンガーを一文字に構えた。

 

「ぬぅんっ!!」

「ファイアーボールッ!!」

 

 更に前進したディアボロがゴーレムの腹を突き破りながら、ただの一閃にしてその身を散らしたゴーレムはルイズによる追撃の爆発を受け、切り落とされた上半身を完全なる塵と化して地に降り注ぐ末路を辿る。再び起き上がる気配が見えないことから再起不能だと判断したディアボロは、デルフリンガーを半分だけ納刀してルイズと合流した。

 

「狙いはつく様になったわ。それより、使ったのね」

「コイツ一振りで切ったように見せかけるパフォーマンスだ。観客(カリエンテ)は決定済みだ」

「ちょっとちょっとぉ! 凄いじゃないあんた達っ!!」

 

 興奮した様な声が空から降って来て、タバサの風竜が地面に降り立った。

 背中から乗り出したキュルケはディアボロの大立ち回りを見た事で、元から高いテンションが振り切っているようだ。

 

「今のどうやったの? こう、剣でスパッて切り抜けてゴーレムを正面から抜き去って行く……すっごく格好よかったわよ!」

「ああハイハイ、ってあんたこう言うの好きだっけ?」

「好きも何も…強くて格好いい男はあたしのものよ! 決まってるじゃない!」

「いつもの病気」

「ああ、なるほどね」

 

 ほとんど難なく、と言っても良いほどにゴーレムの襲来を切り抜けた一行はどこか戦争に勝った後のムードを漂わせていた。しかし待てどもロングビルが現れる気配は無い。

 ゴーレムを破壊する際、再生を停めるには術者の精神力切れか魔法の核となる部分ごと原型すら無くすように消滅させる方法が一般的に知られている。前者の場合は術者は非常に危険な状態になる事が多く、戦争で命を落とす土のメイジはゴーレムや仲間を守るための壁を作るために精神力を使い果たした所を狙われるとも言われるほどだ。

 故に、土くれのフーケ候補であるロングビルが現れないのはルイズとディアボロにとっては確信に至るには十分な理由となった。しかし宝を置いて姿を現さないと言う事は何かがおかしい。ルイズが疑問を持ったその時、ディアボロは既に彼女に対して視線を向けていた。

 

「ああ、そう言う事」

 

 小さく呟いたルイズはタバサに近寄る。

 

「ねぇディアボロ、さっきは破壊の杖を知っている様な口ぶりだったけど…これって何か知ってるわけ? あなたの居たところにもこれと同じものがあったとか?」

「その通りだ。これはここで言う魔法のような破壊を生みだす物体で、杖ではなく銃の延長に当たる代物と言えるだろう」

「銃ぅ~? ワイバーンを一撃って言う凄い杖が、銃と同じですって!? あんなに意味の無い武器モドキがこれと一緒だなんて…オールド・オスマンはあたしたちをからかっていらっしゃったのかしら」

「同感。とてもそうは見えない」

 

 ここ、ハルケギニアでは銃という武器そのものが研究段階であり、完成品は貴族たちの笑い話として全土に広がっている程のものだ。曰く、銃弾は火メイジに近寄る前に溶かされ、風メイジによって吹き飛ばされる。銃そのものは土メイジに容易く錬金されてしまい、水メイジによって打てない状態に追い込まれる。

 そんな四大属性全てに劣るものだと、ディアボロが言ったのだからこう言う反応も仕方のないことである。だがルイズだけは、ディアボロの住んでいた世界との意見交換によって「ディアボロの言う銃」がどれだけ恐ろしいものか見当がついていた。

 

「貴様らは……そう、ルイズの爆発が…教室の一角を吹き飛ばしたのを貴様らは見た事があるな? あれの数十倍の威力を発揮するものがこれに詰まっている。吐き出されるのは弾ではなく火薬の塊の様なものだ」

「火薬を吐きだす…? でも、せいぜい十メイル程度しか飛ばないんでしょ?」

「それどころか百メイル以上は確実であろう」

「ひゃ、百メイル…!」

「それで、どう使うのよ?」

 

 意地悪気な笑みを浮かべたルイズの表情は、事前に知らされた物以外では「そんな嘘がまかり通るとでも?」と言った風に見える事だろう。しかしっ! ディアボロとの無言の打ち合せによって最も「聞かせておく」言葉をルイズは引きだしたのである。

 ディアボロは表情を変えずに、淡々と「説明」するように言い放った。

 

「このスコープを開き、十字の中心に破壊対象を据えて引き金を引くだけだ。ちょっとした手順は必要だが、それだけでこの世界で言う平民でも屋敷の一つは粉々に破壊可能だ」

「…意外」

「そんなに…?」

「ああ、そうだともルイズよ……。わたし(・・・)の言葉に嘘はあったか?」

「ええ……そう、無かったわね(・・・・・)

 

 まったくもって、嘘偽りなどどこにもない(・・・・・・)

 そう嘯いたルイズ達の下に、息を切らしたロングビルが姿を現した。今ここまで全力で走って来たと言わんばかりに汗をかき、膝に手をついて肩で息をする始末だ。自慢の美貌も汗で化粧が少しばかり崩れてしまっている。

 

「おや、どうしたのだミス・ロングビル」

「み、皆さんの居る方向からかなり離れていたようでして……すみません、あのゴーレムは何とか退治したみたいですが、教師のわたくしが傍に居られないだなんて……」

「気にする事はありません。わたしたちは現に、怪我一つ負っていないんです。それどころか、あの場の教師達と違ってここまで背中を向けない(・・・・・・・)貴女は、とても立派だと言えます」

「…それもそうね、ギトーなんかと比べるとミス・ロングビルはご立派ですわ」

 

 キュルケが同調するように頷くと、ロングビルは華の様な笑顔を咲かせた。

 

「ああ、そうだタバサ。ちゃんと破壊の杖をミス・ロングビルに渡しておきましょう」

「破壊の杖、取り戻した」

「…ええ、聞き及んでいた特徴と一致しております。フーケが捕まえられなかったのは残念ですが、良くやりましたね皆さん」

 

 タバサから大事そうに受け取った彼女は、片手を持ちやすい様トリガーの方に掛け、もう片方の腕で抱えるようにして確認していた。ロングビルの慰労の言葉に頷き、ルイズは帰還を促す旨を伝える。

 

「ありがとうございます、ミス・ロングビル。早く学院に戻って学院長に報告しましょう」

「ええ――――そうは、させないけどねぇ……!」

 

 なんだ、と皆がロングビルを見た瞬間、豹変する。

 学院の教師の中でも屈指の美貌と呼ばれていた顔は鋭い笑みにかき消され、妖しさを醸し出す妙齢の女性としてのミステリアスさがにじみ出るようになった。片手に在る杖はしっかりと彼女に握られ、高速かつ正確に唱えられたルーンが近場の精霊達に魔法行使を呼び掛ける―――!

 

「アース・ハンド」

「むぅぐ……」

「なっ―――」

 

 ギーシュでさえ、花弁から土の手を錬成する事が出来ていた。ともすれば、トライアングルクラスのメイジが同質の呪文を使えばどうなる? その答えが、アース・ハンドによって両手両足、そして呪文詠唱が必要な口を防がれた四人の姿である。

 身動きなど取れようも無い蓑虫の様に捕らわれ、抵抗する手段を完全に失っているのだろうと判断した下手人は、彼らの反抗的な表情からああ、と何でも無い様に言い放った。

 

「おや、ゴーレムの制御で魔力を使い果たしたんじゃないのかって顔してるねぇ…?」

「―――!」

「そうそう生き急がなくともいいじゃないか。まぁ、ペース配分ってヤツ? 天下の大泥棒が引き際を見誤るなんてありえないだろうに、ねぇ……? 引き際を知り、決して捕まらないから大泥棒は名が売れるんだよ」

「ご、おぉぉ―――ッ」

「おっと、させないさ。アンタは何よりも不安要素だったからね」

『旦那ァッ!』

 

 相手の杖がさっと振られる。ディアボロの手に握られていたデルフリンガーが新たなアースハンドに弾き飛ばされ、近場の地面に突き刺さる。手を伸ばせば届きそうな位置にあるが、まずその動きそのものをロングビル…いや、「土くれのフーケ」の魔法が彼らの体を拘束してしまっているのだ。剣を取り戻そうにも動かすことが不可能。絶体絶命のピンチ、と言う状況だ。

 フーケはニヤニヤとしながら、手に持っている「破壊の杖」を弄り始めた。

 

「確か、この十字の半透明な板を起こしてアンタらに照準、そして引き金を引くんだったねぇ。ワイバーンをも殺したってぇ箔が嘘じゃないか、アンタらを使って試させてもらうとするよ」

 

 哂うフーケに、慈悲と言うものは全く存在しない。彼女はこうして傷つく者がいると分かっているからこそ盗賊家業を続けており、それで死人が出ようともディアボロのように何とも心に痛みを感じる事も無い。どんな理由を抱えていようとも、世間一般で言う「悪」に属する人種であることは間違いない。

 彼女はその破壊の杖にどれだけの値段がつくか、皮算用を思い浮かべながらに引き金を―――引き絞った!

 

「……あ?」

 

 だが不発ッ! この隙を逃さずディアボロが動く!

 

「オオオオオオオオ―――――ッ!」

 

 引き金が重く沈みきらず、弾が出ない事をいぶかしみ、調べようと視線を外した瞬間にディアボロからスタンド「キング・クリムゾン」が土の拘束を破壊しながら出現。スタンドの足を纏わせ、ルーンの効力を発揮した際にも匹敵する速度を以ってフーケへ突撃する! 次の瞬間、彼女の腹には容赦ない拳の一撃を沈め込まれていた。

 

「か、はぁっ……!」

 

 インパクトの瞬間、次いでその直後の余韻。全身を余すことなく駆け巡った痛みと言う電気信号にフーケの脳内がかき乱され、拳に詰め込まれた慣性の力が体を浮かせて吹き飛ばす。衝撃の全てを受けとったフーケは地面と平行になりながら殴った方向へ飛び、一本の木に背中をしたたかに打ちつける事で泡を吹いてその意識を落とした。

 同時に魔法の効力が無くなり、ただの土となったアース・ハンドの残骸をルイズ達が振り払う。白目をむいて気絶しているフーケにタバサが手慣れた様子で捕縛用の縄を結ぶと、気絶している盗賊を担ぎあげた。

 

「フーケ、いやロングビル……貴様の案内(・・)御苦労だった。任務はこれにて終了だな」

 

 

 

 フーケは警備の者に引き渡され、功績を残した一行は学院長室に呼び出されていた。貴族である三人が並び、その後方にディアボロがたたずんでいる。

 

「皆の者、よくやってくれた。フーケは牢に収まり、破壊の杖は依然変わりなく宝物庫に収まった。全て元の鞘と言う奴じゃな」

 

 顎髭を撫でながら、快活そうに学院長は笑った。

 

「あー…じゃが、ああまでせんでもよかったんでは無いかの? ちと乱暴すぎる傷跡が痛々しゅうて…美人が、の? その台無しと言うか……」

「どうせ死刑になる人間。いくら醜くなろうと知った事ではあるまい」

「過激じゃのう。なぁディアボロ君や、あんな美人が死ぬことに何の良心も疼かぬのか?」

「知らんな。人の上に立つ役目ならば、ハニートラップという言葉を聞いた事もあると思うのだが…ン? どうしたと言うのだ」

「う、うむむ……」

 

 あーだのこーだの、美人に関して議論をまくし立てるオスマンはディアボロの冷たい切り返しにバッサリと心を切り捨てられ、更にはその議論を発展させた本人として功績を立てた生徒達からも養豚場の豚を見る目で見られたオスマンは、場の空気は此処で一転だと言わんばかりのわざとらしい咳をした。

 ようやく本題に入れるのか、と辟易した空気を感じながらも無理やりにオスマンの明るい声色が学院長室に響き渡る。

 

「ミス・ヴァリエール、及びミス・ツェルプストー。以上の二人にはシュヴァリエの爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰を待つがよい。ミス・タバサに関してはシュヴァリエを既に冠しておるので、精霊勲章の授与を申請しておいた。君達はこれだけの功労を持つに相応しい行いをしたのじゃ、胸を張って誇りなさい」

「はい」

「…はい」

 

 勢いよく答えるルイズと、ほとんど自分の実績が無い事を自覚して一瞬遅れたキュルケの返答がオスマンの耳に届く。先ほどオスマンの馬鹿らしい話の相手をしていたディアボロと言えば、不遜な態度のまま胡散臭そうに学院最高責任者を睨みつけているばかりだ。今更取り繕った所で、と言いたげな雰囲気がにじみ出ている。

 

「あー、ディアボロ君はミス・ヴァリエールの使い魔なのでな。そもそも貴族に与えられる爵位や勲章は無い。悪く思わんでくれ、国の在り方をそうそう変えておっては、ハルケギニアに誇る魔法学院の名が廃るでの」

「元より他人から与えられる肩書に興味は無い。他人の価値観にしか目を向けず、己を頂点として考えない者には未来すら与えられん」

「おうおう、その通りじゃな。ミスタ・コルベール、おぬしも変な実験しておらんと、こう言う事を言えるようになってみせい」

「はい、精進させていただきます」

 

 コルベールの真摯な返答に、学院長は満足そうに手を打つ。

 さぁ、とルイズ達に向かって手を広げ、演説者の様に老人は振舞った。

 

「さぁさぁ今宵はフリッグの舞踏会! そしてフーケ退治を見事成し遂げた君たちが今回の主役となる。全生徒の模範となるよう、着飾り美しく振舞いたまえ!」

 

 言い切ったオスマン老に頭を下げ、三人は退室して行った。

 

「ああ、チョイとディアボロ君。待ちなさい」

 

 ディアボロも厨房に行って舞踏会の下準備の手伝いに行こうとしたところを、オスマンの手招きと悪戯心あふれる老獪な笑みによって引きとめられた。ルイズ達に先を行かせたディアボロは、開いていた扉を閉じてフン、と鼻を鳴らす。

 

「ミスタ・コルベール、君は彼を座らせたら下がりなさい。舞踏会の準備でもしておくとええじゃろ」

「分かりました。それでは、くれぐれも問題を起こさぬように」

「信用ないのう……」

 

 コルベールに導かれてオスマンと向き合う形で腰を下ろしたディアボロは、こうした「対等」という立場に立たされることとなった。コルベールの退出と共にオスマンは顔の前で手を組み、ディアボロと視線を合わせて椅子に腰かける。そうした静かな部屋の中に、老人の声が唐突に響いた。

 

「のぉ、わしは君の様な稀有な存在を知っておる。我が使い魔モートソグニルとて、君と同類なのじゃからな」

「ギチチッ」

 

 オスマンの机の上に、一匹の白いネズミが現れた。しかしそれを見た瞬間、ディアボロは忌々しげに表情を歪めた。

 

「…このオレが、そのドブネズミ(・・・・・)と同類だと(・・・・・)…? 寝言は寝てから言うんだな、耄碌ジジイ」

「ミス・ヴァリエールが居なくなった途端にそれか。やれやれ…こ奴のこれを見ても(・・・・・・)同じ事が言えるかの(・・・・・・・・・)?」

「ギ、ギギィ―――」

 

 モートソグニルが上を向いて嘶いた瞬間、その前方には機械仕掛けの一つ目の骸骨に四本の支える足が生えたような「(ヴィジョン)」が浮かび上がった…! 禍々しいオーラに満ちたそれは、ディアボロだからこそ、より鮮明に感じ取ることが出来てしまうっ!

 そう、ソレの名を忘れたことなど無い…彼の半身でもあるソレの名を、彼は驚愕に声を震わせながらに呟いた。

 

「スタンド……そのネズミが、学院長の使い魔とやらが……スタンド使い…!」

ラット(・・・)。この子を強調した能力故に、敢えてわしはそう呼ばせて貰っておる」

 

 骸骨は上歯の方向へぐるりと回転し、その砲身をディアボロの横に向けた。

 その弾丸はッ……何のためらいも無く発射されるッ!

 

「ぬぅぅぅぅ…!?」

「おやおや、この子はチーズの代わりにハエだの、牛だの……挙句の果てには人間だの…ともかく肉が好きでなぁ。君の隣で飛んでいた鬱陶しいハエを撃ち落としたようじゃな」

 

 その言葉に従って左の地面を見れば、ドロドロと溶けた肉塊からハエの足や複眼らしきものが見える。ほんのちょっとした原形をとどめていない程にドロドロになったそれは、ネズミが喰うのには丁度いいほつれ具合と言ったところか。

 

「無機物、生物問わずにドロドロに溶かしてしまう弾丸を、このモートソグニルは数百メイルは離れた地点から狙撃可能。しかもこの大きさじゃから見つけるのは着弾した方向から探し当てるしかない。げに恐ろしき能力……始祖ブリミルすら思いもよらん、戦いと己を前面に押し出した力…それが、このオスマンが使い魔モートソグニルの持つスタンド……ラット」

「…だからどうすると? このオレにスタンドの詳細を話したから…腹を割って全てを話せとでも言うつもりか」

「いやいや、わしはまったくそんなつもりは無い。ただ、そのスタンドについてはくれぐれも内密にして欲しいと言うだけじゃよ。君のスタンド―――キング・クリムゾンと言ったかな」

「ッ! クソジジイ……オレも勘が衰えていたようだな、だが、ここで禍根の芽を見つける事が出来るとは僥倖に他ならん…!」

「ま、待て待て待て! 脅すつもりは無いと言っておるじゃろっ! その金と赤の超人をはよう引っ込めてくれい」

 

 口封じを即座に考えたディアボロが立ちあがったが、スタンドが見えたうえでそう言い切ったオスマンの言葉に引っ掛かりを感じ、キング・クリムゾンの拳はオスマンの眼前で停止する。鼻先が微妙に当たってヒリヒリとした痛みに耐えながらも、オスマンは真っ直ぐにディアボロを見つめていた。

 

「……ふん、少し前なら貴様は殺していたが、ここで騒ぎを起こした所で今度は終わりのある死が来るのみか。此方のメリットが少なすぎる」

「やれやれ、理由はどうあれ助かったわい」

「緊張感に欠けるな、貴様」

「こうも胆力持っておらんと、王宮の馬鹿どもに喰いつぶされるでの」

「チ、ヂヂヂヂィッ」

「ネズミが。主人に種族すら偽られた身で、情に絆されたか?」

 

 へーこらと従うモートソグニルの欠けた耳を見ながら、ディアボロは椅子に座りなおした。空気が殺伐としたものから戻って行く事を感じながら、オスマンは神妙そうに指を組む。どうにも扱いにくい相手だが、ルイズに従うという事を決めたこの男に再び悪の芽が萌える事は無い。確信にも似た気持ちを隠し、疲れ果てた老人はゆっくりと頷く。

 

「この力…ハルケギニアには過ぎた玩具じゃ。このモートソグニルや、君の様な自制心のある者。そして近くに目覚めたあのメイドのような者ならば、信頼に足る。しかし決してこの力を言いふらすことはせんで欲しい」

「言われずとも。そこいらの凡人や覚悟の無い塵芥に教えた所で何になる? スタンドを万が一手にしたとして、破壊衝動を抑えられずに暴走するか己のスタンドに喰い殺されるのがオチだ。そしてそれを見た阿呆がまたタカってくる……カスにも劣る陳腐な劇をこうして始めろと?」

「何度も言うが、君はちょいと言い過ぎじゃね? まぁ、盗み聞きしておった事は今ここで謝らせてもらっとくがのう、どこぞの組織を率いたボスというなら任せておくとしよう。君なら間違い(・・・)は無さそうじゃ」

「ここまで阿呆のような話をし、最後がこれだと? まったくもって無駄な時間を強いられたものだ」

「とことんミス・ヴァリエールがおらんとスイッチ変わっとるんじゃなあ……まぁ、君も下がってよろしい。シエスタと言ったか、あの巨乳メイドと積もる話もあるじゃろうしな」

 

 最後に、どこまで知っているのか。そんな視線を浴びせられたままにバタン、と乱暴な手つきで閉められた扉を見て、オスマンは全身から汗を吹きだしながら椅子にもたれかかった。ギャングのボスと正面切って話すのは実に恐ろしい。メリットがどうと言って自分を殺すことは取りやめてくれたようだが、実際の所アレは、本気で殺すと言えば既に殺す行動を終えている人種だ。

 彼を抑えつけるのには、自分の全力とモートソグニルの協力があっての力が必要になる。だがそうまでしても生徒達が近くに居れば、あれは平然とそれらを盾に使いながらルイズの為になる行動が何かを探しつつ此方の命を奪いに来る。

 

「本気で戦いたくは無い男じゃ。ミス・ヴァリエールが完全に制御できておればよいが……高望みのし過ぎはガラではない、か」

 

 憂鬱そうに言いながら、オスマンは椅子にもたれかかって深い息を吐いた。

 部屋を照らす青赤の双月だけが、今の老人に許された休息である。

 




シエスタのスタンドについて明かそうと思っていたのに、いつの間にか変なところで展開が伸びてしまいました。
次回こそ、次回こそは……

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