では、真由美さん編です。
横島は摩利から教えてもらった電話番号で七草真由美と連絡をする事にしたのだが、始めはルゥ・ガンフゥの事件以降、明らかに避けられていたため、個人的に嫌われているのではと思っていたため連絡しないで、摩利から生きている事だけを伝えてもらおうと考えていたのだ。
「もしもし、七草ですが、どなたですか?」
「ご無沙汰してます真由美さん。横島です」
「えっ……横島…くん…?」
真由美は摩利から先ほど、今から掛かってくる電話は私の知り合いだから必ず出る様にと訳が分からない連絡が来たのだ。その相手がまさか横島だとは全くの予想外だったのだ。
「はい、心配おかけしましてすみません」
「本当に、本当に横島くんなの?」
「横島です」
「……本当に?映像通信できる?」
生きている事を願いつつも、もうこの世にいないのではないかと思っていた人物からの連絡が入ったのだ。疑り深くもなる。
「たははははっ、なんか、恥ずかしいっすね」
横島は口調を何時もの調子に戻し、そう言いつつ映像通信に切り替えた。
「……横島くん………」
恥ずかしそうに笑う横島の顔を見た真由美は目に涙がたまる。
「そう言えば、真由美さんとこうして連絡するのは、これがはじめてっすね」
「そ、そうね……」
真由美はそう言いつつ、流れそうな涙を慌てて端末から顔を逸らしハンカチで拭う。
真由美自身涙が出るとは思ってもみなかったが、こうして再び横島の顔を見ることが出来たうれし涙だと気づく。
「すみません。連絡が遅くなりまして」
「いいのよ。横島くんが無事なら……」
真由美は、前々から横島に色々と聞いてみたい事、話したい事、謝りたかった事が等があったのだが、いざ本人と話が出来る状況となり、頭が真っ白になり何を話したらいいのか次の言葉がなかなか出てこず沈黙してしまう。
………
「すみません。俺、気づかないうちに何か真由美さんに嫌われるような事をしたみたいで」
横島はこの沈黙は、やはり真由美に良い印象を持たれていないではないかと、謝りだす。
「え?あっ違うの、横島くんの事嫌ってなんかいないのよ」
真由美は慌てた様に否定する。横島がまさか、そんな事を考えていたなんて思ってもいなかったのだ。自分の行動でどうやら横島を悩ませていた事に罪悪感が芽生える。
「えっ?だって、10月くらいからずっと避けてたでしょ俺の事、だから、なんかやっちゃったのかなと」
「ルゥ・ガンフゥの襲撃事件があったでしょ?あの時、助けてもらった事をお礼を言おうと思ったのだけど、その、あの、あんな事があったから……あの時の事を思い出すと横島くんの顔が恥ずかしくて見れなくて、つい逃げ出しちゃって、……ごめんなさい。誤解を招くような真似をして、悪いのは私なの」
真由美は最初は早口でまくし立てる様に言っていたが、途中また思い出したようで、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。
あの時の事とは、横島にルゥ・ガンフゥから助けられたが、その後、パンツがズレ落ち横島の男性の局部を間近で見てしまった事を指している。あの時は余りの衝撃的な出来事で気絶してしまったのだ。
「あの時の?………ああ!たはははっ、あれっすか…なんかすんません、不可抗力だったんで」
横島は最初、何のことか分からなかった様だが、ようやく思い出した様だ。
「いい、いいのよ、それはもう。……でも、ようやくちゃんと言えるわ。あの時私を助けてくれて、そして、摩利も助けてくれてありがとう。横島くん」
顔を真っ赤にしていたが、居住まいをただし、改めて横島にあの時のお礼を言う。
「いや、いいっすよ。達也の奴も体張って頑張ってくれたし」
「横浜でも、京都から駆けつけて、私達を助けてくれてありがとう」
真由美は電話越しに頭を再度下げる。
「たははははっ」
「本当にもうダメだと思ったの、でも、横島くんが駆けつけて、来てくれて嬉しかった」
「いや、俺のほうこそ、もっと早く行けたらよかったんですが……」
「ううん……でも、あの時の横島くん、なんだか年上に見えたわ、凛々しくて落ち着きのある様に」
「そ、そうっすかね?」
「あの時の私を救ってくれた考えられない様な力を振るった横島くんが『救済の女神』の後継者としての本来の顔なのね」
真由美は不思議と、あの巨大な力を操る横島を怖いとは思わなかった。むしろ安心感さえ感じていた。
「いえ、俺はそんなんじゃないっすよ」
「横浜を救った本当の英雄さんが何をいってますやら……」
真由美は悪戯っぽくそう言う。
「ちがうんです。俺はもっとちゃんとやれたはずなんです。それなのに救えなかった……1万人もの人が亡くなったんです。英雄なんていいもんじゃないですよ俺は……」
「……横島くん」
横島の予想外の返答に心苦しくなる真由美。
横島は何時だったかと同じようにどこか寂しそうでいて、辛そうな顔していた。そんな横島をそっと抱きしめてあげたくなる衝動に駆られる。
「……あの後、横島くんは何処で何をしていたの?みんな……ううん、私は心配したし、もう会えないと思っていたわ」
「今はUSNAに居ます。記憶をなくして倒れていた所を昔の友人が助けてくれて、それでUSNAに」
「記憶をなくして倒れていたって、それで音信不通に……今は大丈夫なの?」
「たははははっ、今はスッカリ大丈夫ですよ!」
元気よく答える横島を見て、ホッとする真由美
「横島くんのように力がある人が、そんな状態に?」
真由美は何気なしに疑問を口にする。
「たはははっ、油断大敵って奴ですよ。俺は弱点だらけの人間ですから」
頭を掻きながら、はにかんで笑顔で答える横島。
「ふふふふっ、横島くんは、あんなに凄い事を成したのに、何時もと一緒なのね」
真由美も自然と笑みがこぼれる。
真由美は十師族七草家の長女して育ってきた。
大人との接触の機会も多く、陰謀の渦にも巻き込まれやすい状況であった。処世術として、自然と外と内の顔を使い分け、相手の言動の裏を読んでしまうのだ。その最たるものとして、あの小悪魔的な笑顔と言動は、本人の性格によるところもあるが、相手の出方を伺ったり、相手との距離感を図ったりするものだった。
そんな真由美から見ても、横島は何時も自然体に見えた。
達也とは、どうしても大人たちと対峙する時と同様、化かし合いになる。結局いつも達也に一本持って行かれるが………ある意味似たもの同士なのかもしれない。
横島は、何時も大騒ぎを起こす手のかかる弟のような感じではあったが、徐々に接する内に見せる沢山の表情があった。
時折見せる凛々しい姿。その雰囲気は年上にも見える時があった。年相応に悩む姿も見た。そして、ふとした瞬間見せる悲しい表情は切なくなり、抱き留めたくなる。
まだ、真由美の中でこの感情は何なのかは整理できていなかったが、横島の無事な姿を見て、心の底から歓喜している自分に気がつく。横島に自分は好意をいだいているのだと……
「横島くんは、その……年上が好きだったりするの?」
真由美は自然とそんな事を質問していた。
「へ?えーっと、基本的に年上の綺麗なお姉さんが好きですよ!あっそう言えば、真由美さんは聞いているかもしれませんけど、京都で、四葉真夜さんと六塚温子さんと会ったんですけど、二人共物凄く美人でした!!やっぱあれですね。美人のお姉さんっていいもんすね!」
横島は真由美にそんな事を言ってしまった。
真由美は驚くと同時に呆れていた。
父、弘一から、横島が、十師族当主たちと会っていた頃聞かされていなかったのだ。さらに、自分の親ほどに年が離れている四葉真夜をお姉さんというあたりは流石に呆れるとしか言いようがない。
「そ、そうなの……」
年上好きな事を聞き、心の中でホッとする自分がいる事に気が付く真由美。
「急にどうしたんですか?」
「あっ、なんでもないわ、ところで横島くんは、日本にいつ戻ってくるつもりなの?学校にも私の方から色々と手をまわしておくわ」
「あーー、それなんですけど、ちょっとトラブルというか事件に巻き込まれちゃって、直ぐに日本に戻れそうもないんです。それと、学校というか、俺が生きている事を黙ってもらいたいんです。まあ、真由美さんのお父さんにはもうバレているかもしれませんけど。この事は達也とかいつもつるんでる友人には伝えてます。だから、真由美さんと摩利さん、達也にレオ、幹比古に、エリカ、美月ちゃんに、ほのかちゃんと深雪ちゃんは知ってます。それと、雫ちゃんがこっちで会いました」
「…わかったわ。そう、北山さんは会えたのね」
真由美は了解したものの、雫が横島に会っている事に胸がチクっと痛む。
「お願いします」
「横島くん、日本に戻る時は先に連絡入れてね。ちゃんとお礼も言いたいもの」
この後も横島とはたわいもない事を話していたが、こう言って横島との約束を取り付け通話を終わらせた。
真由美は、横島との通話を終え、嬉しい気持ちと安堵の気持ちが綯い交ぜたような不思議な感覚に陥り、ベットの上で悶えていたのだが……横島を失神させ記憶喪失にする位の衝撃を与える相手について思い当っていた。今、東京で起きている謎の連続殺人事件の件だ。被害者はすべて外傷が見当たらず、衰弱死したような状態で発見され、例外なく血液の1割を失っているのだ。魔法師ばかり狙われ、事件の真相を探るために派遣した七草の家人も既に何人も返り打ちにあっていた。
もしや、横島もそのような正体不明の殺人鬼に狙われ、やられたのではないかと……