おキヌちゃんサイドストーリー編です。
「……私は人間が嫌いです。彼を裏切った人間が嫌いです」
「小竜姫様……」
絹は知っている。戻った記憶の中で、横島に人々はひどい仕打ちを行っていたことを……。そして絹自身にも……。
「……あなたは別です。最後まであの人を信じてくれました」
「ついて来てください」
小竜姫は絹を異界の門に誘う。
異界の門に入る際、弱々しく、
「何もできなかった私がもっと嫌いです」
そう言った小竜姫の表情に影が落ちる。
絹は小竜姫の後をついて行く。異界の門を抜けると、見覚えがある風景が見えてきた。
妙神山の全貌が見えてきたのだ。正確にはその修験場なのだが。
山門の左右の扉にはそれぞれ鬼の顔が嵌まっている。彼らは生きており、この修験場の門番の役割をしていた。
「ほう、久し振りだな人間」
「小竜姫様が下界から、人を入れるのは50年ぶりか」
絹は門の鬼にそれぞれ会釈をして、小竜姫の後に続く。
小竜姫は絹に湯あみを勧め、絹は了承する。
絹はここ2週間風呂すら入っていないありさまで、巫女服も大分傷んでいた。
湯あみの後、客間の和室に通され、食事が用意されていた。
「まずは、食事をとってください」
「あの……横島さんは……」
「後でお話します」
絹は早く聞きたいのを抑え、食事をとる。
その間二人には会話が一切なく、静寂がその空間を支配していた。
絹が食事をとり終え、一息ついたところで、小竜姫は正座のまま、深く、畳に額が付くほど、頭を下げた。
「小竜姫様、なにを……」
「申し訳ございません。私がもっと、彼の事を気づいてあげればこのような事にはなりませんでした。曲がりなりにも、彼の姉弟子を名乗っておきながら、何もできませんでした」
絹は小竜姫の突然の謝罪に困惑する。ましてや彼女は力を持った本物の神である。
そして、小竜姫の態度から、横島は既に故人になってしまったのではないかと悟る。
「小竜姫様、私は何も知らないのです。できれば、横島さんの事をお教え願えませんか?」
横島が故人だとしても、絹は真実を知りたかった。
「本来、下界の者に話すことはできないのですが、貴方なら……その資格は十分あります」
小竜姫は一度目を瞑り、語りだす。
「おキヌさん。あなたは彼の文珠を使いましたね……」
「はい」
「推測ですが、それであなたの本来の記憶が呼び戻ったのだと」
「では、この記憶が真実なのですね」
「そうです」
「おキヌさん。あなたは今お幾つですか?」
「お恥ずかしながら70まで生きながらえております」
「今の下界の様子はどうでしょうか?以前と様変わりしてませんか?」
「はい、妖怪、妖魔、幽霊などが存在しません。さらに神の存在すら稀薄です」
「そうです。あなたのお知合いでも、いらっしゃらない方がいるのではないですか?」
絹は小竜姫の問いに対し頷く。絹は記憶が戻ってからというものの、過去に出会った人々を家人を使って捜索したのだが、存在すら確認できなかった人たちが横島以外にもいた。
「はい、ピートさんやシロちゃんとタマモちゃんも存在のかけらも見つけられませんでした」
「この現世には、妖怪、妖魔、幽霊は存在しません。魔族、そして神すらも、一部を除き現れないでしょう」
「では、どこに?」
「分離したのです………世界を分離させたのです」
「………」
絹は気づく、それは横島がなしたのではないかと……
絹の記憶では、横島は妖怪と人間の間を取り持つために奔走していたのだ。
その時の横島は19歳~20歳。それは絹と横島が恋人どうしであった期間でもある。
「それをなしたのは、一介の人間である横島さんです」
続けて小竜姫は語る。
そして、絹は驚愕な事実を知ることになる。
横島は妖怪と人間との世界規模での戦争が避けられないことを悟り、世界各地を巡り世界分離を行う準備をしていた事。
今を生きる、人間、妖怪、妖魔、幽霊などすべて、存在をそのままにした状態での分離は不可能と思われたが、横島はアシュタロス戦で宇宙の卵に触れている。それをヒントにした……
いわば、宇宙の卵に現世をコピーし、そこに生きるものすべてを分別したのだ。
そして、宇宙意思による反動力を抑えるため、疑似世界を分ける際、スライドさせるように、ずらしていったのだと。
絹はそこで疑問に思う。
一介の人間が、あの魔神アシュタロスでさえ、なしえなかった事が可能なのかと。
その絹の疑問を見透かしたように小竜姫は言う。
「当時の横島さんの霊力は、私を大幅に超え、師匠である斉天大聖老師と同格でした」
絹は驚きに一時思考が止まる。
小竜姫は一息つき続きを語りだす。
横島はその際一番最初に行ったことは、横島の存在のすべての記憶、記録の消去。
近しい人間には直接文珠で行ったとの事だった。その一番最初が絹だったと……
神と魔族の介入を防ぐために、一時的に世界の時を限りなくゼロに近づけさせた。
そして、世界分離のために、疑似宇宙の卵を生成、世界を術式で覆う。その際使用した文珠は888個。それを同時にコントロールし、徐々に分離させたのだと……
そして、最後の仕上げに、世界への外部からの神や魔族による介入をできなくするために、さらに宇宙意思の反動を抑えるために、自分自身の生命、魂、存在そのものを利用し、分離した世界そのものを封印しようとしたのだ。自身を犠牲にしてまでも。
この方法は横島の存在が斉天大聖老師と同格だからこそ無し得られる。そこまでの存在だと、もはや、世の理の一部となり、完全に消し去ることができないからだ。
自らが結界となり、永遠に世界を外界から守り続ける。それが、横島が最後に取る手段だった。
そこで、絹は疑問に思う。この話の出所はどこなのだろうと、本人しか知りえない話が混ざっているからだ。
小竜姫は直に語る。
「彼は、世界分離まで、成功させました。後は、彼自らの存在を犠牲にして、最後の封印を施すはずでした。しかし、封印の最中に最高神様の介入により、止められたのです」
そして、最も絹が聞きたかった事を小竜姫は言った。
「彼は生きてます」
「!?小竜姫様!!横島さんはどこにいるのですか!?」
「彼に会うことはできません」
「なぜですか!!」
語気を強くする絹
「彼は天界の咎人です。罪を償うために、囚われております……何もない世界、精神だけがただ覚醒している世界。そんな場所です。そこで罪を償っております………神すらも発狂するのではないかという場所です」
「なぜ、横島さんが!!」
そこで小竜姫は語気を強くして言い出す。
「彼は世界を救いたかった!!地球で生きるものすべてが平等に生きる世界にしたかった!!ただ、それだけだったのに!!………」
「しかし、彼は世界の本来ある理を歪めてしまったのです。それは天界の規定により罪……」
「今のこの地球は横島さんの犠牲により、人間は生き延びました。妖怪と人間が戦争を起こした場合、あの時点で人間が滅ぼされる結果になっていたでしょう。
それなのに、人間はおろかにも!!また戦争を起こし!!争い!!戦い!!傷つけあう!!………彼がなしたことはなんだったんでしょうか……」
小竜姫はそして涙する。
「私は、彼に気付いてあげれなかった。私は彼と実質3年も一緒に修行に励んだというのに」
「老師様も今もなお落ち込んでおられ、あれから外にも出られておりません」
「……横島さんの罪は許されるのでしょうか?」
「神族、魔族共に彼の罪を軽減させるよう嘆願がありました。また、彼は功績を多数残しております。少しは短くはなりましたが……彼の刑期は後50年」
「それでは横島さんはもう……」
絹はその後の言葉が出なかった。絹は横島と会うことがかなわない事。それと横島が刑期を終える前に寿命が尽きてしまう事を……
小竜姫は絹の意図を読み
「横島さんの肉体は当時のままです。ある意味封印と同じです。おキヌさんも体験していると思います」
絹は約350年前に生まれ、53年前に封印を解かれ、蘇った人間である。
横島の場合それだけではない。霊力の大半を失敗した封印に持っていかれたとしても、魂の力は通常の人間を大きく上回る。実際に18歳から外見は変わっていないのだから。
絹はここにきて初めて笑顔を出した。目には涙が浮かばせながら。
「そうですか……。会えないのは非常に残念でなりませんが……、生きていてくれただけでも……」
「そうですね。きっと彼の事です。『あー死ぬかと思った』とか言って飄々と出てくるかもしれませんね」
小竜姫も絹の前で初めて笑顔を見せる。
「そうかもしれませんね」
そして、彼女らは50年ぶりの再会と共にこの後、お互い好意を寄せる横島について、一晩中語ったのである。
横島のMAX状態はかなり凄かったようです。
サイドストーリーおキヌちゃん編は後2回の予定です。
横島・絹と人間との間に何が?
ルシオラの霊体(魂)は?
霊力が斉天大聖老師と同格?
18歳?
などの疑問は徐々に語る予定です。