姫騎士と傭兵   作:姉川春翠

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 暗い闇の中、たった一人走る少女がいた。

 エクレール=シトリン。七傭兵(エプタ・ミストフォロス)の一人“迅雷”となった少女だ。

 彼女の息は荒く、瞳には恐怖一色に染まっている。

 目には涙が溜まり、顔色も優れないまま少女は闇の中を走った。まるで強大な何かから逃げるかのように。

 周りには何もない。建物や木、石ころでさえもその闇の中にはそこには存在しない。あるのは一人の少女の姿だけ。

 それでも走った。その先に何かがあると信じて、ただひたすら走り続けた。

 走って、走って、走り続けて。一体どれぐらい時間が経ったたのかもわからなくなった時、ふと遠くの方に一筋の白色光が見えた。

 

「――っ!」

 目に涙を浮かべながら、少女は自然と笑顔になった。そこには安堵の色が映っている。

 きっと光の先に、自分の愛する者達がいる。大好きな人達がそこで待ってくれている。

 そう胸に抱きながらエクレールは走った。光に手を伸ばし、笑顔のまま少女は飛び込む。

 

 しかし、そこに待っていたのは絶望と恐怖、ただそれだけだった。

 光の中には確かに愛する者達がいた。ヒスイもマリアもマリネも、まだ友人になったばかりもリナの姿もそこにはあった。

 だが、それは死体だった。体は血で真っ赤に染まり、そもそも本当に彼らなのかという疑問を抱くぐらい惨たらしい姿となっている姿が、希望であったはずの光の先に転がっていたのだ。

 

「ぁ……えっ……?」

 

 悲鳴を上げることすら忘れ、エクレールは目の前の光景に絶望し、恐怖し、言葉を失った。

 次第に少女は、我に返っていく。目の前の光景を、存在を認識し始めていく。そして、完全に自我が戻った時――

 

「っ……あなた、は……」

 

 目の前にフードを被った男が現れた。男は次第にエクレールにその闇と血に染まった手を伸ばしていく。

 

「い、いや……!いやぁあぁあああーっ!!」

 

 それを少女は闇に向かって、悲痛と恐怖に染まった叫び声を上げた。

 

「――っ!?」

 

 そこでエクレールは悪夢から覚めた。

 布団を跳ね退けて飛び起きた体は嫌な汗でぐっしょりと濡れている。

 当然息も荒く、体は小刻みに震えた。

 

「あ、あぁ……」

 

 恐怖が少女の心を縛り上げた。次第に凍り付き、まるで感情のない人形のようになりかけた時――

 

「大丈夫。大丈夫ですよ?」

 

 身も心も温もりでそっと包み込む者がいた。リナだ。

 

「怖い夢を見たのですね?でも大丈夫。あなたには私が……私たちが傍にいますから」

 

 エクレールの心に張り付いた氷が、次第に溶けていった。

 呼吸も落ち着きを取り戻し、先ほどまで恐怖により消えそうになっていた瞳の中の光も宿っていく。

 

「リ……ナ?」

「はい、私ですよ」

 

 瞬間、エクレールの目には涙が流れ始めた。

 そして、リナの体にしがみ付くように抱きつき――

 

「あ……あぁ……あぁああぁ――っ!!」

 

 声を上げて泣いた。恐怖と、支えてくれる者がいる事の嬉しさ。その両方が入り混じった感情を、少女は泣くことで吐き出していく。

 リナはそれを全て包み込むように優しく抱き締めたのだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 エクレールの泣き声は城の中を響き渡り、謁見の間まで聞こえていた。

 そこではヒスイと王が二人きりで話をしている真っ最中だった。

 

「エクレールは大丈夫であろうか?」

 

 王は少し心配そうに言った。

 

「大丈夫だろ。リナがいるしな」

 

 無表情だが、一瞬口元に笑みを浮かべてヒスイは答える。

 ヒスイもほんの数分前まではエクレールの傍に座っていた。それも城に着いてから一睡もせずに。

 だが今すぐにでも話さなければならない事を思い出し、彼は王を呼び出したのだった。

 

「ただ……」

 

 王の問いかけに答え、一度言葉を置いた。

 

「あんまりあいつを戦わせない方がいいな」

「何故だ?」

 

 一度息を吐いたヒスイは、再び問いに答える。

 

「今回の一件、多分あいつは心にトラウマを抱えちまっただろうしな。普段から優しすぎるせいか、あいつメンタル面そんな強くねぇしほぼ確実だと言っていい」

 

 回答に王は納得したように頷いた。死にそうな目に遭ったのだ、当然だろうなと。

 

「まあ、メンタルで言えばマリアもマリネも強くはねぇだろうけどな」

 

 ヒスイの発言に、確かになと言うと、王は傍らに置いてあったグラスを持ちワインを一口飲んだ。

 

「おいじじい。こんな時に酒かよ?つかまだ日が暮れてもねぇだろ」

 

 見ると外には、夕日が昇っていた。時刻で言えば、四時から五時の間と言った所であろうか。

 

「うむ。おそらく酒を飲むのは最後になるかもしれんしな」

「は?」

「いや、なんでもない。こちらの話だ」

 

 そう言うと王は二口目を飲み込むと、口を開いた。

 

「それで、話とは何かね?お前の方から話とは珍しい」

「おい、あれ(・・)は何だ?」

「あれとは?」

 

 王の返答に、ヒスイは睨み付けた。

 

「とぼけるな。お前が原因だってのはわかってんだよ」

「話が見えんな」

 

 王は不気味にニヤリと笑みを浮かべた。

 対しヒスイの怒りはさらに強くなったのだろう。声色に凄みが増した。

 

「もう一度問う。リナの腕の刻印(・・・・・・・)、あれは何だと聞いてるんだ」

「知らんな」

 

 ヒスイは歯をギリッと噛んだ。

 王の態度を見るに、リナの腕の刻印の正体がわかっているはずだ。そう思い、背の大剣に手を掛ける。

 

「あいつのあれは危険だ。使い続ければいずれ身を滅ぼし、下手すれば確実に死ぬ」

「だから、なんだと言うのだね?」

「てめぇ……!」

 

 ヒスイは瞬間、剣を引き抜いた。だが、

 

「やめておけ。周りを巻き込み(・・・・)たくはないだろう?」

 

 王のこの一言で、剣を戻さざるを得なかった。

 そうだ。ここでこいつとやり合っても意味がない。そう脳裏で考えながら、ヒスイは睨む。

 

「まあ安心するがいい。あれは連続して扱わなければいいだけだ。そうさせなければどうという事はない」

「……そうか。そういうことか」

 

 悟った様にヒスイは口を開いた。

 

「お前が俺をあいつの護衛にさせたのは、本当はそういう意図だったんだな?そして、お前が国交を結ぶ理由、それは――」

 

 間を置き、告げた。これから起こるであろう最悪の事態を。

 

「魔物との戦争、それを見越してなんだろう?」

 

 それを聞き、王は不適な笑い声を上げた。

 

「お前は本当に察しがいいな。良すぎるくらい察しがいい」

「ありがとうよ。誉め言葉として受け取っておいてやる」

「だが、半分正解と言ったところかな」

 

 なに?とヒスイは疑問を漏らした。

 見ると王が、まるで全てを見下すような眼差しであることに気が付く。

 

「儂はただ、人間どもに手を差し伸べてやろうと思っているだけだよ」

 

 大抵は相手の言葉でその真意を当てているヒスイでも、今回ばかりは王の言葉の真意を掴めなかった。

 いや、どちらかと言えば王が掴めないようにしたと言った方が正しい。何故なら――

 

(――こいつ、なんだ?)

 

 王の周囲に、異様な圧迫感が漂っていたからだ。

 それに飲み込まれそうになる自分を抑えながら、ヒスイは背を向けた。

 

「てめぇに言われるまでもなく、あいつにはあの術を使わせはしねぇ。それが例え、あいつの意志があっての行動だとしてもな」

 

 そう告げると、謁見の間から一人の青年は姿を消した。

 

「ふっ……お前では無理だろうがな」

 

 一人部屋に取り残された王は、そう言ってグラスの中のワインを全て一気に飲み干し、不気味に笑みを浮かべたのだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 数十分して、リナの胸の中で泣いていたエクレールは、落ち着き始めていた。

 涙を寝間着の袖で拭い、リナの方を向く。

 

「あ、えっと……その、ありがと……」

 

ほのかに赤く頬を染め、感謝の言葉を口にするエクレール。

 対しリナは微笑みを返し、そっと彼女の頭の上に手を置いた。

 

「当然の事をしたまで、ですよ。フフフ、撫でたくなりますね。エクレールって」

「あぅ……」

 

 口をキュッと閉じ、エクレールは撫でられ俯く。どうやら少し照れているようだ。

 そんな時、ふと部屋の扉をノックする音が鳴った。

 

「はい、開いてますよ」

 

 リナの声を聞き入ってきたのは、ヒスイだった。

 

「おう、生まれたか?」

「はい♪元気な女の子ですよ。泣き声を聞こえてましたか?」

 

 瞬間、ボンッという音が聞こえそうなくらいエクレールの顔があっと言う間に真っ赤になった。

 泣き声が城中に聞こえていたことに対し、彼女は恥ずかしいと思ったのだ。

 

「おう、よく聞こえていたぞ」

「うぅ……人が怖くて大泣きしたって言うのに、なんでそういうこと言うの?」

「だって、とても可愛かったですし♪」

 

 リナの言葉に、エクレールは顔だけでなく耳まで真っ赤にした。

 余程恥ずかしいのだろう、今にも泣きそうな顔をしている。

 

「ん?どうした?熱でもあるのか?」

 

 それを熱があると取ったヒスイは、エクレールの額に手を当て、熱を比較するかのように自分の額にも手を当てた。

 

「特にない見たいだが、大丈夫か?エクレール」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 あまりにも突然の出来事だったため、エクレールは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「な、なんだ?変な声上げて」

 

 そんな光景を見ていて、リナは思った。

 一体彼はどこまでが本気なのだろうかと。おそらく最初の一言は自覚があっただろう。だが一方で、それ以降の行動にはなんの自覚がないのでは。

 

(――なるほど。マリアが天然記念物と言っていたのも納得が……)

 

 内心納得したように呟くと、苦笑いになるリナ。

 

「あ、そうだ」

 

 その時、ふと何かを思い出したかのようにエクレールは声を上げた。そして――

 

「あの、ヒスイ。ゴメンね?一人で勝手に突っ走ったりして」

「ん?ああ。寿命が縮むかと思ったぞ、ったく」

 

 ヒスイの返答に、少女は身を縮める。その行動が反省していると思わせたのだろう、ヒスイはため息を吐き、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「気にするな。大体この一件は俺が――」

 

 と言い掛けた時、ヒスイは横目である人物の方を見た。リナの方を。

 そしてヒスイが思っていた通り、リナは睨んでいた。

 

「ヒスイ?一昨日も言いましたよね?今回の一件はあなただけ(・・)のせいではなく、私達のせいでもあると」

「あー、わかってる」

「いいえ、絶対わかっていません。今だって俺のせいだって言おうとしていたでしょう?」

「いや、俺たち(・・)のせいだって言おうとだな」

「目が泳いでますよ?」

 

 二人のやり取りを見ながら、エクレールはふと疑問に思った。一体、どれくらい自分は眠っていたのだろうかと。しかし――

 

「えっと、あのさ」

「エクレール、少し黙っていて下さい」

「え?あ、はい……」

 

 ヒスイに説教をするリナの勢いに負け、聞くことが出来なかった。

 

「大体、あなたは何で面倒くさがりなのに全部責任を負おうとするのですか?意味がわかりません!」

「あー、それは前も聞いた。それよりも」

「それよりもとは何ですか!」

(――どうしろってんだよ……)

 

 リナの説教を左に受け流しながら、ヒスイは深くため息を吐く。

 それをただ見ていることしか出来ないエクレールは、二人を見ながら思った。どこか夫婦みたいだな、と。

 

「ヒスイ、聞いているんですか!?」

「はいはい……」

「その返事、絶対聞いてないでしょう!?」

 

 ちなみにリナがヒスイを説教している間、部屋の扉の前にマリアとマリネの二人が立っていた。

 二人はリナに言われ、城の大浴場の掃除を頼まれていたのだ。掃除のほとんどはマリネの水奏術を使い手っとり早く済ませ、細かいところはマリアが行った。

 そんな風呂掃除が終わったことを知らせようと思い部屋にやってきた彼女たちだったのだが――

 

「いいですか!?あなたは何でもかんでも自分のせいにしないで下さい!確かにあなたにも非があったかもしれませんが」

「いや、大部分は俺が」

「だーかーらー!」

 

 などと、とても入れそうにないのだ。

 

「ねぇマリア。書き置きして先入らない?」

「ええ、そうね。あれだけ怒ってる姫様は初めてだわ」

 

 仕方なく二人は、風呂の掃除が終わったことを紙に書き、扉に挟んで大浴場へと向かうのだった。

 

「おい。つかいい加減エクレールを風呂に入れさせてやれよ?」

「逃げようたってそうは行きませんからね!?」

「だー!このアホを誰か止めろ!」

 

 後に口喧嘩へと発展していくヒスイとリナのやり取りは、約一時間続く。

 

「あ、あの二人とも……私一体何日……」

 

「「うるさい!」」

 

「ひうっ!?ふ、二人とも仲良くしてよぉ……」

 

 そんな中たった一人いたエクレールは、ある意味フードの男や死なんかを遙かに凌駕した恐怖を感じ、今にも泣き出しそうになっていたのだった。

 

「いい加減にして下さい、この天然記念物!」

「天然記念物ってのが何かは知らんが、うるせぇ!このお騒がせ駄姫様!」

「なんですって――ッ!?」

 

 

 

 






どうでしたでしょうか?
今回、本当ならば女性陣のお入浴だったのですが、一個丸々それに使いたいと思い、そしてヒスイとリナの喧嘩シーンもちょっと入れたいと思いこのような形となりました。

次回は入浴シーンですが、皆さんお待ちかねだったでしょうかね?
え?待っていたわけがないだろう?そうですよねーw

では、次回でまたお会いしましょう。
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