姫騎士と傭兵   作:姉川春翠

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「まったくもう!」

 

 頬を膨らませながら、フローライト王国第一王女のリナは城の廊下を歩いていた。

 どうやら傭兵の青年ヒスイとの喧嘩は、つい先ほどまで続いていたようだ。

 

「ま、まあまあ。ヒスイも悪気があったわけじゃないんだし」

 

 リナの隣をヒスイの義理の妹であるエクレール=シトリンが歩く。手には着替えを持ち、見たところ、この女性二人は今から浴場に向かい、風呂に浸かるようだ。

 

「それにしたって、お騒がせ駄姫様なんて暴言はあんまりじゃありません?」

「んー、でもリナの天然記念物ってのもちょっと……」

「あれ、本人意味わかってませんでしたよ?」

 

 リナの返答に、エクレールは苦笑を漏らす。

 彼女とて、ヒスイが自分で多くの責任を背負おうとしているのを見るのは嫌だ。だがかと言って、ヒスイとリナが喧嘩をしているのを見ているのはもっと嫌だった。

 だからこそであろうか。エクレールは、どうやって二人を仲直りをさせようか考えていた。

 見たところリナはヒスイを嫌っているわけではなさそうだ。いやむしろ、

 

(――リナは、多分ヒスイのことが好きなんじゃないかな?)

 

 などと脳裏で考えるが、このままではおそらくギクシャクした関係となってしまう。どうしたものかと考えた時、エクレールはふとあることを思いついた。

 

「大体、私が心配して――」

「ねぇ、リナ?今夜、城の厨房借りられないかな?」

「えっ?お父様に言えば許して貰えるでしょうけど、どうしたんですか?」

「うん。ちょっとね」

 

 エクレールの考えた事、それは晩ご飯を作る事だった。

 彼女は、美味しい料理を食べれば、きっと二人は仲直り出来るんじゃないかと、そう思案したのだ。

 それに、今回の一件で周りに迷惑を掛けてしまった。そのことに対する謝罪も、この料理を作るということには含まれている。そして、

 

(――フフフ♪最っ高の料理を作らないとね♪)

 

 なによりもエクレール自身、料理を作ることが大好きであった。

 そうなれば早くお風呂に入り、すぐに料理を作らなくては。そう思っている間に、エクレールはリナとともに城の大浴場の扉の前に着いていた。

 扉を開けると、幾つか服などを置く棚が設置されており、内二つには着替えと思われる服が入っている。

 書き置きを見たエクレールは、この服の主が誰かわかっていた。いや、リナもだろう。

 書き置きを置いた人物、それはマリアとマリネの二人だ。紙には、

 

ーー何か忙しそうなので、ここに書き置きしていきます。風呂の掃除は終わりましたので、お先に入らせてもらいます。by マリア、マリネ

 

と書かれていた。

 しかし、それから時間は一時間ほど経過している。一体どれだけの時間入っているのだろうか。二人は疑問に思った。

 二人は脱衣所に入ると、服を脱ぎ始めた。お互いに、まるで雪のように白く透き通った肌をしている。

 そしてバスタオルを体に巻き、長い髪が湯に浸からないよう結って纏めると、浴場の扉を開けた。

 

「んあぁ……!」

「フフフ……ここ?ここがいいのかなぁ?」

「い、いい加減に離、くぅ……んぁ!」

 

 瞬間、二人は固まった。

 扉を開け、視界に飛び込んで来たのは、浴場の床に寝そべるマリアと、それにまたがるマリネの二人が戯れている姿だった。しかも、湯煙でよくは見えないが、明らかに男性いや一般には見せられないような光景がそこには広がっている。

 我が目を疑い、一瞬凍り付いたリナとエクレールであったが、少し納得したように頷いた。なんせ、マリネなのだからと。

 自分たちに飛び火しないようにと、二人は脱衣所に戻ろうとした。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 だが気がついたのか、それよりも早くマリネはいつの間にかマリアの体から離れていた。そしてエクレールの体に飛びつくと、エクレールの肌に顔を擦りつけ始めた。

 

「うえっへへへ……お姉ちゃんの体だ。お姉ちゃんの体だー♪」

「ちょ、ちょっと離れてよマリネ!」

 

 あまりにも鬱陶しく、同時に気持ち悪いと感じたため、エクレールは自分の体から一人の少女を引き剥がそうとする。しかし、こうなってしまったマリネの力は存外に強く、そうするのは簡単なことではなかった。

 

「この肌触り、そしてこの柔らかな感触……!お姉ちゃんだ、本物のお姉ちゃんだ!」

「どんな確かめ方!?ちょ、ちょっとどこ触って、ひゃぁ!?」

 

 到々マリネの手は、エクレールの豊かな膨らみに触れた。瞬間、エクレールは思わず甘い声を漏らし、身を仰け反らせる。

 

「ぐへへ……やっぱり直に触ると、感度が良いねぇ?」

 

 しかし、そんな時間は長続きしなかった。

 

「こんのぉ……私ならともかく、けが人のエクレールに手を出すなーっ!」

 

 先ほどまで襲われていたマリアが起き上がり――

 

「うっひゃーっ!?」

 

 罵声とともに、マリネの体を背負い投げを使って浴場の湯船に落としたのだ。

 大丈夫なのだろうかとリナが見守る中、マリネは湯船から立ち上がった。両手をニギニギさせると、ニヤケ顔になる少女。

 

「私はともかくってことは……マリアならいいんだよねぇ?」

 

 くけけけ、と不気味な笑い声を発しながら、マリネはゆっくりと例えるなら、まるでゾンビのように近づく。

 対しマリアは握り拳を作り、歯をギリッと噛み締める。体は怒りで小刻みに震え、今にも爆発しそうな勢いだ。

 

「何々?嬉しいのぉ?そうだよねぇ?あんなに気持ちよさそうにしてたもんねぇ?」

「えぇ?なんですって?いい加減私の堪忍袋の緒が切れるわよ?」

「またまた♪素直じゃないなぁ、マリアちゃんは♪」

 

 刹那、何かがプツリと切れるような音がした。それを察したリナとエクレールは内心、あぁ……と呟く。

 そう、マリアが切れたのだと。

 

「いい加減調子乗ってんじゃないわよ?この変態娘ーッ!」

 

 と、飛び掛かろうとした時だった。

 マリネが突然にやりと笑みを浮かべると、湯船に戻り始めたではないか。

 それには思わずマリアも立ち止まった。まさか諦めたのか。それならば好都合だ、と脳裏で考える。

 だが違った。

 

「ねぇねぇ、知ってた?」

 

 目の前の光景にマリアだけでなく、リナもエクレールも呆然とした。何故なら――

 

「水奏術って、こんな使い方もあるんだよ?」

 

 湯船からうねうねと、何やら触手のような形をした何かが出てきていたからだ。

 それは、マリネの持つ水奏術によって生み出された物。つまりただの術の乱用だった。

 

「あんた、絶対使い方間違ってるわよ」

 

 最早止める気力すらない。呆れたようにマリアはため息を吐いた。

 後ろの二人は苦笑いでその姿を見ている。

 

「フフッ……私は私の欲望のために術を使うの。そして、女の子にあんなことやこんなことをするんだから!」

 

 そう叫んだのと同時に、触手のような何かが三人に襲いかかった。

 ちなみにマリネの水奏術は、別に水に触れていなければならないというわけではない。例のフードの男と戦った際のように、近くに水があればどれだけ間に分厚い壁があろうと操ることが出来るのだ。普通の者には出来ないことであるため、つまりこれはマリネしか使うことが出来ない希少な力なのである。

 だがどういうわけか今回、彼女は水源である湯船に浸かっている。それが誤算だった。

 

「はぁ……エクレールお願い」

「えっ?で、でも」

「いいからやりなさい」

「――へ?」

 

 マリネは最初、何故マリアがエクレールと前後を交代し、同時にエクレールが一体なにをしようとしているのかわからなかった。

 だが気がついた。エクレールが持つ力に。

 

「ちょ、ちょっとストップ!触手くんたち!」

 

 しかし気がついた時にはすでに遅く、お湯の触手はエクレールの体に触れた。すると――

 

「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」

 

 触手を伝り、湯船のお湯に電流が流れた。

 そう。エクレールは触手が触れた瞬間、意識し微量の電流を身に纏ったのだ。当然それは触手に伝導し、そのまま湯船にも流れる。

 結果、マリネはそれにより体に微弱ながらも電流が迸り、痺れてその場に倒れたのだ。

 命令されたとは言え、正直こちらも力の乱用なものである。

 

「ふぅ……これで一件落着ね」

「なにを言ってるんですか?マリア……」

 

 安堵の息を吐いたマリアだったが、ハッとした。

 そう、この場には怒ると怖い()がいたのだと。

 恐る恐る、マリアは後ろ向いた。

 

「ひ、姫様?」

 

 当然。

 

「全員、そこに正座しなさい!」

 

 リナは怒っていた。しかもとんでもないほど。

 後、三人はリナの説教により数十分間正座する羽目になる。

 

「うぅ……なんでー」

 

 そんな中、マリアに命令されて行動を取ったエクレールは、涙目になりながら正座しているのだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 リナの説教はそんなに長くはなかった。説教と言っても、自分の欲望のために力を使ったりすることについて言った程度であった。

 説教が終わった四人は、その後湯船に浸かってゆったりとしていた。

 しかし、説教の影響、そしてマリネのバカの影響でそれなりの時間は経っている。

 

「よしっと。そろそろ私は上がろうかな」

 

 そう言って立ち上がると、エクレールは浴場から出ていこうとする。

 それを疑問に思ったのだろう。リナは首を傾げて、どうしたのかと質問をする。

 

「ん、ちょっと料理を作ろうと思ってね。今日の晩ご飯は私の手料理でも御馳走するよ」

「ああ、それで城の厨房を貸して欲しいと言ったのですね?」

「そう言うこと。というわけでマリネ、ちょっと手伝ってね」

「んー、お安いご用だよ♪」

 

 そう言うとマリネも湯船から立ち上がり、エクレールと一緒に出ていった。

 見送ったリナとマリアの二人は、また暫く湯船に浸かる。

 

「やっぱりお風呂は気持ちいいですねー♪」

「そうですね♪」

 

 そんなやり取りをし、まったりとしていた二人は、ふと顔を見合わせた。

 

「久しぶりに背中の洗いっこしません?」

「ええ、いいですよ?」

 

 二人は浴槽を立ち上がると、シャワーのあるところに向かった。

 二人はそこにあるプラスチック製の小さな椅子に座ると、まず最初にマリアがスポンジに泡を付け、リナの背中を洗い始める。

 

「マリアに背中を流して貰うのも久しぶりですね~」

 

 はい、と短く返事をしたマリアは、リナの背中を洗いながらふと彼女の左腕を見た。

 何とも奇怪な刻印が、左腕全体に痛々しいまでに刻まれている。エクレールの怪我を治す際に見たときもそうであったが、マリアはその痛々しさに耐えられず目を反らした。

 

「これを刻まれていたから、暫く一緒に入ろうとしなかったのですね?」

 

 マリアの質問に、リナは少し思い詰めたように俯く。

 

「ええ。怒っていますか?マリア」

「当然です。あのじ、お父上にご相談ならないのならともかく、この私にも何も言ってくれないなんて……」

 

 マリアは少し寂しげな表情で言う。

 背を向けたままそれを見たリナは、少し微笑んで前を見る。

 

「ゴメンなさい。でも、あなただけには何があっても、心配させたくなかったのです」

「何故ですか?」

「だって、私の一番の親友ですから」

 

 優しい声色で出てきたその言葉に、マリアは思わず頬を赤く染めた。

 

「で、でも……それでは余計に心配してしまいます。時々、痛そうに苦悶の表情を浮かべていましたから」

 

 桶に溜めた湯で背中を洗い流すと、マリアはぼそっと言う。

 それを聞き、どう思ったのかリナは微笑むと、後ろを振り向いた。

 

「次は私がマリアの背中を洗う番ですね」

 

 全てを包み込みそうなほどの優しい声色に、またもマリアは頬を染め、背を向けた。

 

「少しずつ、それを刻んでいたのですか?」

 

 問いにリナはええ、と短く返事をする。

 

「こんな大きな刻印、一気に刻んだら倒れてしまいますよ」

 

 刻印が刻まれた自分の左腕を横目で見ながら、マリアの背中をスポンジで擦るリナ。その瞳には、その頃の光景を思いだし、映し出されている。

 

「毎日毎日、泣きそうになるほど痛かったです。それでも私は誰かを助けたい一心で、この刻印を刻みました」

 

 聞き、マリアは振り向きはせずに腕の刻印を思い浮かべた。それだけでもやはり痛々しいと感じてしまう。

 それを毎日少しずつ刻んでいたのだ。痛みと苦しみは長い間続いただろう。と思うと、マリアは歯を噛みしめずにはいられなかった。

 

「だからいつも、最後にお風呂に入られていたのですね?」

「ええ、万が一にも他の人に、血を流しているのを見られたくはありませんでしたから」

 

 リナは答え、ふとマリアの肩が小刻みに震えているのが目に入った。

 不思議そうに後ろから彼女の顔を覗き込んだ一国の姫はギョッとした。

 何故なら、視界に入ったのは、顔を赤くして涙を流す従者の姿だったのだから。

 

「なんで……私は、役に立ちませんか?信用がないですか?」

「え、えっとそういうわけではなくて」

「だったらなんで!」

 

 マリアの罵声に、リナは思わず体をビクッと強ばらせる。

 

「なんで、私を頼ってくれなかったのですか……!」

 

 浴場の空気が、どんより重くなった。

 周りに心配させまいと何も言わなかった姫。例えどんな時であろうと、自分を頼って欲しいと考えている従者。お互いに思い合っているがために、今回のような出来事が起こってしまったのだ。

 

「私を頼ってくれれう゛ぁ、ひあっ!?」

 

 何かを言い掛けた瞬間、マリアはおかしな悲鳴を上げた。

 それは突然、何か背中に変な感触が走ったためであった。

 何事かと思い、後ろを振り向こうとするマリア。

 

「ひゃあ!?な、なんですか!?んくぅ!」

 

 どうやら原因はリナのようだ。見ると彼女は、マリアの背筋をそっと人差し指でなぞっていた。

 

「フフフ、マリアって本当にイジりやすいですよね?」

「やっ……はっ……!力が、抜ける……ぅ!」

 

 体を仰け反らせ、甘い声を発するマリア。

 対しリナは、満面の笑顔である。

 

「ふやっ……んっ……」

 

 そこでリナの、マリアに対する行為は終わった。

 瞬間、涙目になりながらマリアは睨み付ける。

 

「な、なにするんですか姫様!私が真面目な話をしている時に!」

「そう怒らないでください、マリア。私はただ、あなたと少し遊びたいだけですよ?」

「い、一体なんの遊びですか!?」

 

 怒りを露わにするマリアに優しく微笑み、リナはそっと彼女の手を取った。

 

「別に役に立たないとか、信用していないとかそういうことではありませんよ?」

「で、ではどういうことなんです?」

 

 質問に、微笑みから笑顔に変えて答えた。

 

「私にとってマリアは従者である以上に、大好きな親友なのですから♪」

 リナの言葉に、まるで鉄砲に射ぬかれたかのような顔をし、マリアは顔を真っ赤にした。

 

「うぅ……もういいです」

 

 少し拗ねたようにそっぽを向くと、マリアは自分で背中の泡を洗い流す。そしてそのまま湯船に行き浸かった。

 その始終を見ていたリナも、少々苦笑いをするもマリアの隣に座り湯に浸かる。そして目を閉じ、マリアの肩に頭を乗せた。

 

「――っ!?」

 

 一瞬体を強ばらせたマリアであったが、同じ様にリナに寄り添い、微笑む。

 二人はその後、数分間その状態でいるのだった。

 

 

 




どうでしたでしょうか?
何かアドバイスなどを頂けると幸いです。

そして次回、はっきり言います。次回はあまり期待しないで下さいw
なんせ次回は料理の描写を書くので、もしかしたらその内容が薄っぺらくなってしまう可能性がww
でもがんばりますので、よろしくです。

では、次回でまたお会いしましょう。
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