太陽が東の水辺線から顔を出し、鶏が騒がしく鳴き始める頃。閉められたカーテンの隙間から、一筋の日の光が射し込んできた。
それを目に浴びたマリアは、眩しそうに少し顔をしかめると、ゆっくりと閉じた瞼を開く。
彼女の視界に写ったのは昨晩自分がいたはずの部屋とは違う天井。
微睡みの中マリアは、今自分がどこにいるのかを模索した。
部屋に漂う香り。それで彼女は一体自分がどこにいるのかを把握する事が出来た。
(――ああ、ここは……姫様の部屋か)
現在いる場所、それが自分が好きな人物の一人であり大切な人でもある少女の部屋だとわかると、マリアは少し安心した。
そして身を右横に向けると、そこには一国の姫であるリナ=フローライトの姿があった。
可愛らしい寝顔で眠るその姿に、マリアは自然と微笑みが出た。
何故自分がここにいるのかはわかっている。それは昨晩訪れた部屋の主が、眠っている間に連れてきた。そう推測し、マリアは少し寂しい気持ちになった。
自分が最も思いを寄せて止まない人物だからこそ、普段は見せない弱い自分を見せることが出来た。泣くことが出来た。
でも、それはやはり彼にとって迷惑でしかないのだ。そうマリアは思うと、寂しい気持ちを隠すことは出来なかった。
泣きたい気持ちを必死で抑えながら、マリアはふと、目の前の少女に自分の過去を話していないと気がついた。
それは彼女に出会った時から避けてきたことだった。心配をさせたくない、いやそもそも知ってほしくない。
そう思い、マリアはリナに過去を話さないで来た。きっとこれからもそうするだろう。
だが内心では、心の奥底ではいつかは話さなければならないと思っている。それは今ではないのだが。
(――昨夜はあんなこと言いましたが、私も人のこと言えませんね)
昨夜。それは浴場でリナに言ったことだ。
マリアは気がついていた。自分が何かを隠すように、目の前の彼女もまた何かを隠しているのだと。
それでも知ってほしくはなかった。過去のことを。嫌われる、そう思っているから。
(――それにしても、本当に毎度思いますけど……可愛い寝顔ですね)
リナの寝顔を見て、マリアは再び微笑んだ。
今にも指で突っつきたくなるような柔らかそうな頬。口づけしたくなるような滑らかな唇。
(――って、私は何考えてるのよ!?)
気がつけばマリアは、リナの顔と自分の顔が触れ合いそうな程接近していた。
すぐさま距離を取り、紅潮するマリア。
(――な、なんで?今まで一緒に寝たときもこんなことなかったのに)
少しパニックになりながらも、マリアは身を起こした。
「えっ?あれ?服着てない!?」
そこで気がついた。自分が昨晩着ていたはずの寝間着が、体から脱げていることに。
「ま、まままままさか!姫様!?」
見るとリナも服を着ていない。
(――え?えっ?まさか姫様と裸で寝たの!?)
最早思考が追いつかなかった。だが自分が何かしたという記憶がない。
と、そこでふと左横に目をやると――
「えっ?ええっ!?ヒスイ!?」
ヒスイが眠っていた。
「う、嘘私……まさかヒスイと……?」
「――っ!?」
と、そこでマリアは夢から覚めた。
思わず飛び起き、辺りを見回して自分の体を見回すマリア。
「ゆ、夢?な、なんて夢よ……」
そう言って額に手を当てるマリア。心臓の高鳴りは周りに聞こえそうな程に大きくなっていた。
内心、夢じゃなければ良かったのに。と思いながら右横をみる。
「姫様の部屋、というのは夢じゃなかったのね」
右隣には、服は着ているがリナが眠っていた。
段々と恥ずかしさで自分にイライラし始めるマリア。だがふと、大事なことを思い出した。
「そう言えば、今日出航か……」
この国を離れ、友好を結ぶために航海に出る。今日はその大切な初日だった。
マリアはベッドから下り大きく伸びをすると、部屋から出た。
リナの部屋の隣にはマリアの部屋がある。そこで普段のメイド服に着替える。
そしてまた部屋に戻るが、リナは未だ眠ったまま。
「姫様。朝ですよ?起きてくださーい!」
体を揺すり彼女を起こそうとするマリアだが、本人は「うーん……」と唸るだけで、一向に起きようとはしない。
「姫様!姫様ってば!」
熟睡を通り越し、最早死んでるんじゃないかと思うほどに起きないリナ。
声を漏らしていたため、それはまずないが、このままでは埒が明かない。
意を決したマリアは――
「姫様、起きろー!」
布団とシーツを同時に引っ張り、リナをベッドから落とした。
ビタンっ!という痛そうな音とともに地面に落とされ、リナの口からは「ひうっ!?」という可愛らしい悲鳴が漏れた。
「う、あうー……」
涙目になりながら、体を起こすリナ。落ちた衝撃で意識が覚醒したようで、少し不機嫌そうにマリアのことを見た。
「おはようございます、姫様♪」
それを全く気にもせず、マリアは満面の笑顔で朝の挨拶を口にする。
「少し乱暴じゃありませんか?優しく起こすことが出来ないのですか?マリア」
「いつまでも起きない姫様がいけないのですよ。今日は出発の日なのですよ?準備も碌にしていないじゃないですか」
マリアに言われ、リナは思い出したかのように「あ……」と声を漏らす。
航海初日。だと言うのに自分は何の準備もしていないことに気がついたのだ。
「普通なら昨夜の内にするものですよ?」
「マリアは終わっているのですか?」
「い、いえ私も終わってませんけど……」
どの口が物を言うかと言わんばかりに、リナはマリアの口を引っ張った。
「偉そうなこと言えないじゃないですか」
「ふぁ、ふぁっへー」
「だってじゃありません!大体怪我したらどうするんですか!」
手を離し、腕を組んで頬を膨らませるリナ。
「うぅ……ゴメンナサイ」
勢いに敗北したマリアだったが、内心リナの仕草を見て可愛いなどと思っていた。
「まあ、言ってることは最もだったので許して上げます」
ふぅと一度息を吐き、満面の笑顔で言う。
「おはよう、マリア」
「っ……。はい、おはようございます」
挨拶を交わし、二人はくすくすと笑い合った。
「ささっ、まずは早く着替えて朝食を済ませますよ姫様」
「はい、そうですね」
返事をした、リナはいそいそと服を脱いで着替え始める。その際、何故か彼女の裸を見ないよう慌てて顔隠したマリアなのであった。
着替え終えたリナ達は、食事を採るために部屋を出ていった。あるのは静寂と、二人が寝ていたベッド、そして机に置かれた二冊の本のみ。
そんな中、部屋のドアを音を立てずに開け忍び入る者が。ヒスイだ。
中に入ったヒスイは、静かにドアを閉めると、机の本に近づいた。
二冊がきちんと重なっている中、下の大きくそして分厚い本を手に取り一枚ページを開く。
どうやらヒスイは昨晩見たこの一冊の本が気になって、この部屋を訪れたようだ。
「この本、見たことあると思ったら昔俺の家にもあったやつか」
呟き、また一枚ページを開く。そこに書かれている文章は、古代において使われていた文字で書かれている。
「古代文字の書物か。確かあのじじいが王立図書館に結構の数置いてたんだっけか?」
そう言い、ヒスイは表紙を見た。そこにも古代文字でタイトルらしき物が。
それをヒスイは難なく読み上げた。
「“究極の医療術とその真意”ねぇ。なんとも胡散臭いな」
再びページを開きながら読み進めていくと、ふとヒスイは横目でもう一冊の本を見た。どうやら辞書のようだ。
古代文字は今でこそ辞書が存在するが、それなしで現代語訳出来る者は世界に両手で数えられる者だけ。
公に知られていない者も中にはいるだろうが、それでも多い人数は存在しない。いても十人かそこらくらいである。
それは古代の文字が難解であるため。そして正しく訳すことが難しいためであった。つまり読めると言っても、大雑把にしかわからないということだ。
「まあ、辞書はあって当然だろうな」
だがヒスイは、辞書もなしにほぼ完璧に、細かい内容まで読むことが出来た。
何故読めるのかは本人にもさっぱりと言っていい程わからないのだが、ヒスイはそのことに大して気にも止めていないのだった。
それはさて置き、ヒスイが本を読み進めていると、ふと廊下から話し声が聞こえた。声から察するに、リナとマリアの二人のようだ。
「おいおい、まだそんなに時間経ってねぇぞ」
慌てて本を元の位置に戻し、ヒスイは入り口側の天井に引っ付くことで身を潜めた。さながら忍者のようである。
「忘れ物ってなんですか?姫様」
「図書館に返さないといけない本です。うっかり忘れてました」
扉が開き、リナが中に入った。どうやら忘れ物を取りに来ただけのようで、マリアは入り口の前に立って待っている。
(――間一髪だったな……)
リナが机に近づくのを見ながら、ヒスイがこのままやり過ごそうと思った時だった。
本を触れた瞬間、リナが突然ヒスイのいる方向を見上げたのだ。
しかし、そこにはヒスイの姿がなかった。
「気のせい、でしょうか?誰かいるようなきがしたのですが」
小首を傾げ、本を手に取りリナは部屋から出てドアを閉めた。
「早く行きましょう姫様。私もうぺこぺこです」
「マリアってよく食べるのに、なんでそんなに細くて綺麗な体をしているのですか?」
「えっ?そ、それは知りませんよ」
「なんで顔を赤くするのですか」
二人の話し声が遠ざかり、部屋には再び静寂が漂った。
「危ねぇ危ねぇ」
そう言い、ヒスイは風とともに、どこからともなく姿を現した。
「気配は完全に消していたはずなんだが」
また戻って来たりしないだろうかと、入り口に目をやりながら机に近づくヒスイ。
そう言えば本はリナが持っていったな、と思いながら机の上を見たヒスイは不審感を抱いた。
机に、あの古代文字で書かれた本が置かれていたのだ。
「持っていったのは辞書だけだと?」
また忘れていったのか。いやリナは二度も同じ失敗はしないだろう。そう考えた場合、答えは一つだった。
「じゃあ、これはあいつのってことか?」
刹那、謎の目眩がヒスイを襲った。一瞬よろめき、倒れそうになった体を近くの椅子に座ることで凌ぐヒスイ。
息が荒く、視界がはっきりとしない。
「くそっ……なんだってんだ」
額に手を当て、歯を食い縛る。尋常ならぬ汗が流れ始め、それは床に何滴も落ちた。
そんな彼の脳裏に、ある光景が映った。
顔だけが真っ白な少女。その小さな手には、机と同じ書物が抱えられている。
息を切らし、ヒスイは無意識に舌打ちする。この光景が何かはわからない。だが心の奥底から怒りがこみ上げてきた。自分に対する怒りが。
なんとなか治まり、ヒスイは再び本を手に取る。
「そういや、俺の家ってどこだったか……?」
独りでに呟くと、ヒスイは本を置き部屋から出ていく。
部屋の中には、ただ一冊の本がポツンと取り残されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
城の食堂では、騎士団の人間や訓練兵の者達で一杯となっていた。活気溢れる賑わいの中には、リナとマリアの姿もある。
この食堂の朝食はバイキング形式で、今回も特別にエクレールが作った物だった。理由としては、実は言うと国の料理コンテストで毎年優勝しているためだ。
兵士たちの話声で賑わい皆笑顔である中、たった一人少々不機嫌そうにヒスイは列に並んでいた。原因はリナの部屋で起こった目眩や、その際に見えた光景に対し向ける自分への怒りであろう。
ヒスイはバイキングであるにも関わらず、料理は一切取らず、コーヒーだけを手にして人気のない席に座った。
「どうしましたか、ヒスイ?何か食べないのですか?」
そんなヒスイのことが心配だったのだろう、リナとマリアの二人は彼と同じテーブルに座り、問いかけた。
「あんま食う気がしないんだよ」
「それはいけまんね」
そう言い、リナは自分の皿をヒスイの前に差し出した。
「ですがちゃんと食べてください。一日三食は絶対です」
「いや、だからいらないって」
「これはお願いしてるんじゃありません。食べろと命令しているのです」
リナの強い勢いに押し負けるヒスイ。内心面倒だと思っているのだが、彼女は逃げる暇さえも与えてはくれないようだ。
「お前はどうするんだよ?」
「私はまた取ってくるので、ご心配いりませんよ」
そう告げ席を立つと、料理を取りに列に並びに行った。
それを見送り、ヒスイはふと視線を感じそちらを見る。
「何があったかは知らないけど、食べなかったら怒るわよ?」
視線の正体は、パンをかじりながら上目遣いで睨むマリアだった。
少々面倒くさそうにため息を吐くヒスイ。いらないという念が膨れ上がってくる。
「いらないんだがな……」
「食べなさい。あなたのことを考えての行為よ?絶対に食べなさい」
へいへい、と生返事をする。が、内心思っていた。リナには叶わないなと。
抵抗は無駄だと諦め、再びため息を吐き、フォークを手に取った。皿の上のスクランブルエッグを一口食べるヒスイ。
「ん、美味いな」
心なしか少し機嫌がよくなったのだった。
食事を終えると、三人は出発の準備のために、ヒスイは自分の家にマリアとリナの二人はそれぞれの部屋に戻った。
部屋に戻ったマリアの部屋には、そう多くはない荷物がベッドの上に置かれていた。どうやら、少しは準備を昨晩の内にしていたようだ。
部屋の鍵を閉め、そっと机の引き出しを開けるマリア。無言で見つめる先には、二丁の銀メッキの銃と銀製の弾丸が数発入っていた。
銃はリボルバー式で、柄の部分には何やら変わった模様が刻まれている。銀製の弾薬にも同じ模様が小さく刻まれており、さながら何かの呪術道具のようだ。
「
呟き、マリアは銃を一つ手に取った。彼女の華奢で小さな手にしっかりとフィットしているその銃は、窓から差し込んだ光により輝きを放つ。
見つめ、マリアは昔のこと思い出していた。リナにはあまり知ってほしくない過去を。
カートリッジを引き出しから取り出し、一発一発丁寧に弾丸を込める。その姿はどうしてか絵になる光景だった。
弾薬を詰め終わり、マリアはそれを何やらケースのような物に納めた。
残ったのは弾薬のない銃だけ。それをホルスターに入れると、左右の太股の辺りに取り付けた。
「よし!」
気合いの一斉と共に小さなトランクケースを閉めるマリア。それを荷物の鞄に入れた彼女は、部屋の鍵を開け出ていった。
謁見の間。ここが五人の集合場所だった。
いるのはリナとマリネ、そして少し迷っていたマリアの三人だ。
「遅いね二人。はっ!まさか!?」
「安心しなさい。それはないわ、多分」
何やらよくわからない会話をマリアとマリネがしていると、部屋の大きな扉が開いた。
「悪い悪い。遅くなった」
「う、うんゴメンね」
心なしか、エクレールの顔が赤い。もしやと思い、二人が声を発そうとする。
「遅かったですね?どうしたんですか?」
「ああ、いや。エクレールが頭撫でて欲しいって言うもんだから」
ガクッとマリアとマリネはうなだれた。二人が何を想像していたのかは、想像したくないものだ。
「んじゃ行きますか」
ヒスイの声に、四人は頷く。すると先ほどまで椅子に座り寝ていた王が口を開いた。
ちなみに熟睡していたようだ。
「ん?おぉ、出発するのか」
「「「「「あ、じじいは黙っててください」」」」」
とんだご挨拶。しかもリナまでも今回じじいと言ったため、王は少々どころじゃなく泣きそうになった。
そんな王は無視して部屋を出た一行。しっかりと迷わず、迷宮城と名付けられたフローライトの城の廊下を歩いていく。
その際五人は一切言葉を交わさなかった。それは当然だ。
「姫様とその他一同に、敬礼!」
騎士団長のような赤いマントと騎士甲冑が特徴の男の号令とともに、訓練兵を含む総勢が敬礼をし始めていたからだ。
両足を揃え、左手は腰の鞘を持ち、右手は心臓辺りに押し当てる。
レイピアと呼ばれる騎士団全員が所持する剣を持ち行う敬礼は、国に命を献上するという意を持っていた。
その光景に内心圧倒されながらも、リナ達はその間を歩き城門へと向かう。
そして、城の門が開き飛び込んできたのは――
「姫様ーっ!いってらっしゃーい!」
「あんたはこの国で、いや世界で最高の人だ!だから頑張ってこいよー!!」
歓声を上げ見送る民達の姿だった。
「こいつは驚いたな」
どうやらこれは想定していなかったようで、ヒスイは思わず声を漏らした。
ついこの間まで国の姫がどんな人物かも知らなかった者達が、今回その姫のために集まっている。それが驚き以外何物でもなかった。
だがリナは驚きと同時に感動した。目を輝かせ、今までに経験したことのない物に辺りを見回す。
民から一度も姫と認識されたことがなかった彼女にとって、新鮮でとても素敵な光景だった。
「すごい……」
城下町に住む者で外に出てない者はいない。皆姫一行の旅路を見送りたいのだ。
ヒスイはそれを見ながら思った。ついこの間まで姫だと認識されていなかったのにな、と。
「にしてもこれじゃ港に行けないなぁ?」
ニヤニヤと笑い、ヒスイはリナに近づいた。
「ちょいと失礼するぞ」
「ふえっ?」
素っ頓狂な声を発したリナを無視し、ヒスイは彼女をお姫様抱っこする。
「てめぇら!このバカ姫から話があるそうだ!聞きたい奴は中央広場に時計塔に集まりやがれ!」
そして民衆に叫び、リナを抱えたまま時計塔に向かって一直線に跳躍した。
「おい、姫様が演説するみたいだぞ!」
「中央広場に急ぐぞ!」
民達は声を上げ、一斉に広場に向けて走り出した。すると城門前の階下を埋め尽くすような民衆の群は、跡形もなくなくなった。
「まったく、いつもいつも、いいとこばっか持っていって……」
それを見、ため息混じりに呟くマリア。
「それは姫ちゃんに対して?それともヒスイかな?」
まるでからかうかのようにそう言うマリネ。だが彼女は、目の前のメイドが次に何を言うかをわかっていた。
マリネの言葉に微笑み、マリアは言った。
「そんなの、どっちもに決まってるわよ」
「フフフ、そっか♪じゃあ急ご!」
「うん。演説が終わったらすぐ船に乗れるように」
「ええ、わかってるわ」
そう言うと三人は、船がある洞窟に向けて駆け出したのだった。
一方で、中央広場の時計塔に向け跳躍したヒスイは、塔の展望スペースに着地し、リナを下ろした。
「な、なんですか突然!?」
顔を真っ赤にし、ヒスイに憤慨するリナ。だが気にも止めず、彼は彼らしからぬ行動を取った。
「えっ……?」
右膝を付き、顔を下げ、右手を心臓に当てるヒスイ。誓いの儀式の際に用いられる体制を取ったのだ。
「我、ヒスイ=シジスモンドは誓う。貴殿のために我が命、我が剣を捧げよう。それが例え、世界を敵に回そうとも」
最初、わけがわからないとでも言うような表情をしていたリナだったが、理解するとすぐに真剣な顔になった。
「ヒスイ=シジスモンド。面を上げなさい」
リナの命に従い顔を上げるヒスイ。その顔はいつになく真剣である。
「あなたを私の騎士として迎えます。その剣その命、私のために存分に振るいなさい」
「仰せのままに……」
暫く間、沈黙が二人を包んだ。だが途端二人は堪えきれず、吹き出すと大きく笑い声を上げた。
「に、似合わねぇなやっぱり!」
「そ、そうですね!」
思う存分笑い、二人はすでに集まって来ていた町の者達の方を向いた。おそらく皆、ヒスイが誓いの儀を行っているのを見て、黙っていたのだろう。
「ほらお姫様。あいつらに何か言ってやれ」
「はい……!」
返事をし、リナは深呼吸をした。
目を閉じ思い浮かべるのは、一昨日の光景。民達に憤慨を受けたあの場面だ。
物思いに耽るのをやめ、リナは声を張り上げて叫んだ。
「皆さん!私はフローライト王国第一王女、リナ=フローライトです!今回、私のためにこんなにも沢山の人に見送って貰うことができて、感謝と歓喜の気持ちで一杯です!!」
吹き渡る風。それに乗ってリナの声は町に、隣村に、大陸中にまでも響き渡った。
「私は、出発するまでずっと悩んでいました!今まで国の人に存在すら知られていなかったような姫の私が、国のために動いてよいのだろうかと。思っていました!私以外にも適任者がいるのではないかと」
でも――
「そんな悩みは間違っていると知りました!私がこの国の第一王女である以上、この責任はいつかは必ず私が背負わなければいけなかったのだから!!」
リナの声を、国中いや大陸中にいる多くの者が聞いた。
ある者は姫の演説姿を見ながら。ある者は、集まりこれからのことを話し合いながら。またある者は自分が今やるべきことをしながら。
そしてある者は、我が娘の声を聞き微笑みながら。
「私はこれから、皆さんのより良い生活のために海に渡ります!長く困難な道のりかもしれません。でも、皆さんの笑顔と頑張る姿を胸に秘めながら、頑張ります!!」
「おう、頑張ってこいよー!」
「姫様なら絶対にやれるわ!私たちフローライトの民が、信じているんだもの!!」
途端、リナの目から涙が止めどなく溢れだした。
――考えもしなかった。今まで顔も出したことがない自分を、こんなにも優しく見送ってくれるなんて。
――考えもしなかった。皆の声が、こんなにも嬉しい物だなんて。
「ありがとう……!」
涙声を上げそうになりながら、彼女は彼女は振り絞って叫んだ。
「いってきます!!」
瞬間、民達は一斉に歓声を上げた。老若男女問わず、それぞれがリナに対し見送りの言葉を叫び捧げる。
それを背後に、リナはヒスイの方を向いた。
「おいおい、泣くなよ?みんな笑顔で送ってくれてるんだからよ」
「……。そう、ですよね」
涙を拭い、リナは微笑む。
「行きましょう、ヒスイ」
「ああ……行くか」
返事をすると、ヒスイは先程と同じ様にリナを抱える。そして一度時計塔の屋根に跳んで登ると叫んだ。
「んじゃ、行ってくるぞバカども!!」
「姫様死なせんじゃねぇぞヒスイ!絶対にだぞこのバカ野郎!!」
「つうかそんなことよりも、せぇーの!」
「いってらっしゃい姫様!!」
民の声にリナは、今度は満面の笑顔で答えた。
「いってきます!!」
するとヒスイは屋根から屋根へと跳び移りながら港へと向かった。
港ではすでに搭乗したマリア、エクレールそしてマリネの三人が今か今かと待ち構えていた。
大きな海賊船は帆を畳み、錨を降ろして停止している。
「来たよ!」
最初に声を上げたのはエクレールだった。
それに反応し、船長としてマリネが声を張り上げる。
「野郎ども!錨を上げ、帆を張りなさい!風は丁度北風。進路は真南に位置する、通称“赤の大陸エリュトロン”!!」
マリネの声を聞き、乗船員の男達は慌ただしく動き始めた。その間に舵を持ち準備完了まで待機する。そして――
「帆を張るぞ、準備はいいか!」
中年の男が声を上げる。その男の号令と同時に、帆がバサッと張られた。
「……あれは」
宙を舞い、リナを抱えながらヒスイは帆を見た。そこには――
「国旗……?」
フローライト王国の国旗が、大きく描かれていた。
船の甲板に着地したヒスイは、すぐさまリナを下ろす。
「遅いよ二人とも。危うく出港するとこだったよ」
帆を見上げるリナを見ながら、マリネは言う。
「そうかいそうかい」
リナを見ながら微笑み、そう吐くヒスイ。
すると中年の男が横切り、マリネの横に着く。
「もう動いていますが、かけ声をお嬢」
「うん、わかった」
男の言葉に応え、マリネは大きく息を吸い、声高らかに叫んだ。
「出航ーッ!!」
刹那、北の方向から強い風が吹いた。風を帆に受け、船は海上を走り出す。
潮風に吹かれながら、リナは船の先端辺りに立つ。
これから何が待っているのか。不安と、まだ見ぬ物に対する期待を胸に空を見上げる。
だが彼女は、ふとハッとしたように国の方を振り向いた。
「お父様……?」
リナの呟きは、船が進む波の音と、吹き渡る風の音と供にかき消された。
第一章
姫騎士と王国――――完
えー、ついに第一章が完結しました。
いやー、短いようで長かった。でもこれはまだまだ続きます。
次回から第二章に入りますが、新キャラが沢山登場する……はずです。
数えてないのでわかりませんが、結構出ます。お楽しみに。
では、次回でまたお会いしましょう。