姫騎士と傭兵   作:姉川春翠

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1.

 

 

人間の言う世間というのは世界の大きさに反して意外と狭いと感じるときがあるものである。

 例えば、ある場所にいくと偶然友人と出会ったりするとその感覚を感じるというようなことがなかったであろうか。

 

「なるほどな。つまりお前がお騒がせ姫か」

 

黒髪の、白を基調としたロングコートを羽織る青年ヒスイもまた、そのような感覚を感じていた。

 

「お、お騒がせって!ま、まあ否定は出来ませんけど……」

 

 クサントンのほとんどの面積を誇るこの膨大な森林で、偶然とは言え依頼のあった姫を見つけることが出来たのだから、当然と言えば当然の感覚である。

 ヒスイとフローライトの姫がいる森の大きさの中、襲われていた姫の命を助けたヒスイ。

 そんなまるで運命なのかと言えるような出会いに、

 

「はぁ……」

 

ヒスイは面倒くさそうにため息を吐いていた。

 

「そういや、礼と名前聞いてないな」

「あ、それもそうですね」

 

 そう言うと少女は一度小さく咳払いをする。

 

「フローライト王国第一王女、リナ=フローライトです。この度は命を助けて頂きありがとうございました」

「ああ、うん」

「な、なんですかその反応は!?」

 

 どうにも堅苦しい挨拶が苦手なヒスイは、リナの感謝の言葉に対しなんとも言えないような微妙な表情をして生返事をした。

 その反応がやはり彼女癪に触るわけで、

 

「第一王女であるこの私が感謝したというのに不満ですか!?」

 

と彼に突っ掛かった。

 

「ああいや。見た感じお前、俺と同い年だろ?」

「え、ええ……」

「だからまあ、あんま堅苦しいのは面倒と言うか、反応に困ると言うかだな」

「は、はあ?」

 

ヒスイが何を言いたいのかあまり理解できないでいるリナは、一度首を傾げた。

 

「ではなんと言えばよろしいと?」

「いや、まあ普通に言えばいい」

 

 ヒスイのその言葉聞き、リナは少し考えるような表情をして俯く。そして、再び向き直ると、

 

「では。ありがとうございました」

 

笑顔でヒスイに向かってそう言った。

 

「ああ、まあ細かいことは気にしないでおくか」

「一体あなたは私にどんな注文をしたいのですか」

 

 未だ微妙な反応をするヒスイに対し、リナはため息混じりにそう言った。

 

「それにしても、少し喉が渇きました」

「ん?飲むか?」

 

リナが少し物欲しそうに言ったのを見て、ヒスイは腰に付けていた水筒を手渡した。

 受け取ったリナは一言「ありがとう」と言うと、水筒の飲み口に唇を着けて中の水ゴクゴクと飲んでいく。

 そんな様子から彼女がよっぽど喉が渇いていたのだと見て取れた。

 

「おお。いい飲みっぷりだ。ん?」

 

 しかし、少し感心したように見ていたヒスイはあることに気がついた。

 

「悪い。それ俺が口着けたやつだ」

 

 少女に手渡した水筒が、ほんの少し前に自分が口を着けた物であると。

 

 ヒスイの言葉を聞いたリナは驚き、思わず水を喉の気管の変なところに飲み込んでしまったためにその場で噎せた。

 

「な、なんですって!?あなた確信犯

ですか!?」

「んなわけねぇだろ?悪かったな。わざとじゃねぇんだから許せ」

 

 目の前の青年の謝罪にリナは「もぅ……」と少し頬を赤く染めながらため息を吐く。

 どうやら彼女は満更でもなかったようだ。

 

「つか、お前なんで護衛の兵士とかいねぇんだ?」

「え?えっと、それは……」

 

 リナの反応を見たヒスイはなるほどと思った。

 どうして護衛がいないのかは知っているヒスイだったが、理由が知りたい彼は彼女の反応で悟った。何か、父親などに知られたくない事情があるのだろうと。

 それを知られないために護衛に着いていた兵士を撒いて単身隣村まで向かったのだろう。

 

(――まあどちらにしても、あのバカメイド。もうちょっとしっかりしろよな)

 

 ヒスイは内心でここにはいない誰かに対し愚痴を呟いてリナの顔を見た。

 

「別に深入りはしないが、せめて今度から心配する者や探す者の身にもなってくれ。今回は運良く俺が通りかかったから良かったものの」

「……はい、すいません。以後気をつけます」

 

リナの表情とすぐに出てきた謝罪から、彼女が反省しているのだとわかると、ヒスイはそれ以上何も言うことはなかった。

 

 一方で彼らが歩くこの森は、大陸のほとんどを占める広大な面積を持っており、当然帝都までの道のりも短くはない。故に二人はこの森を今いる位置で考えるとあと二日、最低でも一日は時間を必要とした。

 しかもこの森には魔物がいる。そのため、お互いに警戒もしながら進まなければならない。

 

 それが精神的にも肉体的にも疲れを与え、さらに言えば先ほど魔物に襲われ単身戦っていたリナは、どう見ても疲労した表情をしている。

 そんな彼女を見たヒスイは少しため息を吐き、

 

「疲れてるみたいだがどうする?休憩するか?」

 

と問いかけた。

 対してリナは、

 

「いえ、大丈夫です。早くお父様を安心させないと」

 

と言いながらも、少し息を切らし荒くしながらも先を歩いて行こうとする。

 明らかに無理をして進もうとする彼女を、ヒスイはあまり感心しなさそうに見る。しかし彼女の立場上にも問題があるのだろうと思い、

 

「じゃあ、俺が疲れたから休憩な」

 

と言って近くの木の下に腰掛けて座った。

 彼が立ち止まり、自分一人だけで進むのは心許ないどころか危険だと感じたリナは、仕方なく休憩することにする。

 その際、ヒスイが自分を心配をしての行為だとわかっているため「ありがとう」と小さく感謝の言葉を口にした。

 

 暫しの休憩に入った二人だったが、先ほどとは裏腹に、お互い言葉を交わすことはなかった。

 ヒスイが無言のため自分も無言でいたリナであったが、そんな静かな時間が少し心苦しいと感じた。

 

「あの、どうしてあなたは私を助けようと思ったのですか?」

 

 唐突に彼女はヒスイに関するような話題を持ち出した。

 

「なんでそんなことを聞く?」

 

 それが不思議に思ったのか、問いに対しヒスイは逆に彼女に問い返した。

 

「あ、いえ。こう言ってしまうと失礼なのですが、あなたは多分面倒くさがりなのではないかと。それで、私の声を聞いても、最初は助けようとはしていなかったんじゃないかと思ったんです」

 

 リナの推論は間違ってはいなかった。実際確かに,ヒスイは最初無視しようかと考えはしていた。

 

リナの問いと推論に、少しヒスイは面倒だなという呟きが聞こえそうな表情をしていた。

 だが途中で表情が少し変わり、彼女の顔を見て口を開いた。

 

「実際のとこ言うと、わかんねぇんだよな」

「わからない?」

 

 ヒスイの回答に、リナは小首を傾げた。

 

「いや、なんて言うかだな。俺にもわからねぇんだよな。お前の声聞いて少ししたらなんか知らねぇが、助けねぇといけない気がしてだな」

「は、はあ……?」

 

 今正直に言うとリナは、目の前の青年が何を言っているのか、何が言いたいのかがよくわからないでいる。

 それは言っている本人も同様であって、お互いどういうことなのかわからない状態に陥った。

 

「だがまあ、否定はしねぇよ。確かに俺は最初無視しようとしていたからな」

「そうですか」

 

 リナはそう言った後思った。今回の件、自分は偶然が重なり合ったのだと。まるで適当に集めた歯車が全部かみ合うかのように。

 そして、それによって自分が今を生きているのだと。

 

 リナはスッと立ち上がると、ヒスイの方を向いた。

 

「十分休憩しましたし、進みませんか?」

「ん?そうだな」

 

 リナの言葉にそう返事すると、ヒスイは近くの木に立て掛けていた大剣を背負った。

 

「その剣、大きいですね」

「そりゃ、大剣だからな」

 

 そう言うとヒスイは、森の道を再び歩きだした。

 

「私が聞きたかったのは、どうしてそんな大きな剣を振るうのか、だったのですが……やはり話してはくれませんよね」

 

 先を歩くヒスイの背中を見つめながら、リナは独りでに呟く。

 

「おい、置いてくぞー!」

「何故なんでしょう。初めてお会いしたはずなのに、どこか暖かく、そして懐かしいのは」

 

 再び独りでに呟いた少女は、先を行く青年の後を追って、駆け出した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 森の中を歩き続けてどれくらいしたのだろうか。ヒスイとリナの二人の周りの木々の先は夜の月光によって照らされていた。

 暗い森の中ひたすら歩いていた二人だったが、さすがに道の先が見えづらくなって来たために今回はここで野宿をすることに決めた。

 

 落ちていた木々を集め、持っていた火種であるライターそれに火を付け、焚き火にするヒスイ。そんな彼の姿を、リナは少し不思議そうに見ていた。

 

「どうした?そんな不思議そうな顔して」

 

 ヒスイの問いにハッとすると、リナは口を開いて答えた。

 

「あ、いえ。火種を持っているなんて、準備がいいんだなぁと思って」

 

 リナの発言を聞き、ヒスイは呆れたように大きなため息を吐いた。

 

「あのな、お前。この森の中なんの準備もせずに歩いていたのか?一人で」

 

「い、いえ……食料は持っていたのですが、村に着くまでに使い果たしてしまって」

 

 彼女の口振りからして、どうやら村には到着していたのだとわかったヒスイは、それでもやはり呆れるしかなかった。

 

「火元は必ず準備する。食糧は現地出発前にその場で調達。これ常識だぞ?」

「うっ……仕方ないじゃありませんか。帝都から出たのほんの数回なのに」

 

 じゃあお前のその腰に着けているポーチはなんだ。ヒスイはそう問いたくて仕方がなかった。敢えて聞かないのが彼ではあるのだが。

 そして同時に、

 

(――こいつ、よくこんなんで単身帝都と村を往復しようなんて考えたよな)

 

と、切実にそう思った。

 

(――つうか、よく村にたどり着けたな)

 

 ヒスイは本日何度目かわからないため息を吐く。

 だがふと、焚き火に当たっているリナの顔がウトウトと眠そうにしているのに気がついた。

 

「眠いなら寝とけ。俺が見張っといてやる」

「いえ、大丈夫です」

 

 そう言うかいなや、リナはまるで意識が途切れたかのようにそこから横になり、そのまま眠りについた。

 

 半分呆れたような顔をしながら、ヒスイは自分のコートを、毛布を掛けるかのようにリナの体に掛けてやった。

 なんだかんだ言いながらも心優しい部分がある彼は、ほんの少し微笑み、座って目を瞑り暫しの休息を取ることにする。

 しかしその時、突然茂みの中から物音が聞こえた。

 ヒスイは側に置いていた大剣を握り茂みの中を警戒する。すると、茂みの中から小さな唸り声を上げて、数十はいる魔物が出てきた。

 種類はゴブリンと呼ばれている小さくはあるが、群になると驚異をもたらさす魔物だ。

 

「おいおい、冗談キツいぜこりゃ」

 

 それを見た一人の青年は、大きくため息を吐いた。

 

 




どうでしたでしょうか?

区切りのいいところで区切っているため文字数が少ないと感じるかと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。

では、次回でお会いしましょう。
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