姫騎士と傭兵   作:姉川春翠

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5.

 

「おい、じじい。連れてきたぞ」

 

 ぶっきらぼうな口振りと供に謁見の間に入ったヒスイは、続いて入ってきたリナを親指を立てて指し示した。

 謁見の間にいたのは王だけではなく、純白の高貴なドレスで身を包み、金の首飾りを身につけた一人の女性、リナの母親である王妃の姿もあった。

 王妃はリナの姿を見た途端に目に涙を浮かべ、直ぐ様娘に駆け寄って身体を抱き締める。

 

「あぁ!リナ……!心配したのですよ?」

 

 リナの身体を強く抱き締めながら、王妃は涙声で言った。

 

「ゴメンなさい、お母様。私は無事戻ってきました」

 

 自分の母が泣くほど心配していた。そう思うとリナは申し訳ない気持ちで一杯になった。

 お互いに抱き締め合い、無事を喜ぶリナとその母親の姿を見て、リナの側近のメイドであるマリアは口元に笑みを浮かべる。

 

「全く、心配で泣き止まない母さんを慰めるのは苦労したぞ?」

 

 自分の娘、そして妻を見ながら、王は苦笑いを浮かべ遠い目をして言った。

 その表情から察するに、相当苦労したのだろうと思うと、リナもまた自然と苦笑を浮かべていた。

 

「うむ。リナも強いんだからと言ったんだが、一向に泣き止まなくてな。一日徹夜にもなった」

 

 ヒスイはそれを聞き、おいおいと小さく呟く。

 そして同時に、ある疑問が思い浮かんだ。

 

「そういやバカメイド。お前あいつがいない間何してたんだ?」

 

 リナが不在、と言うことはマリアの仕事は無いに等しい。そのため一体何をしていたのか。それが気になったヒスイは声を潜めて本人に聞いた。

 

「じ、王の命令で、森の魔物の小さな群をエクレールと一緒に討伐してたわ」

「……特に変わったとこはなかったか?」

「ないわ。ただ……」

 とマリアは一度切り、真剣な眼差しでヒスイを見て言った。

 

「あいつら、得物を持ってたわ」

「やっぱりか……」

 

 ヒスイの発言に「やっぱり?」とマリアは首を傾げる。それを見たヒスイは、リナと出会い、城に戻ってくるまでの事を話した。

 

「じゃあ姫様は、得物を持った魔物に殺されそうになったってこと?」

「ああ、そうなるな」

 

 マリアは俯き、無言になった。おそらくは自分のせいだと思っているのだろう。

 それを悟ったヒスイは、そっとマリアの頭の上に手を置いた。

 

「安心しろ。お前のせいじゃねぇよ」

「で、でも……」

 

 と、何かを言おうとして、マリアの顔が真っ赤に染まった。そう気がついたのだ。自分の好きな人の手が頭の上に乗っていることに。

 

「あ、ああああんた!何してんのよ!?」

 

 小声でお互い話していたはずが、突然の出来事にマリアは大声を上げた。

 それを聞いたリナ、王妃、王の三人は何事かとそちらを向く。

 

「ん?あ、悪い。エクレールの頭いつも撫でてたから、つい癖が出た。嫌だったか?」

「嫌じゃないわよ……ていうかむしろ……」

「あ?何か言ったか?」

「な、なんでもないわよ!」

 

 ヒスイとマリア。まるで夫婦漫才かのようなことをしている二人を見て、リナは思わずくすくすと笑った。

 

「な、なんですか?姫様?」

「いえ、結構お似合いだな~と思いまして」

 

 リナがそう言った瞬間、マリアは口を噤み、まるで熟れたトマトのように真っ赤に顔を紅潮させた。

 対するヒスイは、

 

「は?何が?」

 

 などと見当違いのことを口にする。

 それが癪に触ったのだろう。マリアはヒスイに無言で睨み、肘打ちを食らわせた。

 普通ならばここで痛みに悶えるのはヒスイだ。だが当たり所が悪かったのか、はたまたヒスイの身体が見かけに寄らず堅かったのか、マリアは肘を抑え痛みに涙目になって悶えた。

 

「そ、それで何か有益な情報は得られたの?」

 

 マリアは震え声でヒスイに問いかける。

 

「ま、一応はな。だがそれに関しては後でエクレールも交えて話をするつもりだ」

 

 そう告げるとヒスイは、リナの下に歩み寄った。

 

「ほれ。話すんだろ?」

「えっ?ぁ……はい」

 

 ヒスイの言葉に最初きょとんとしていたリナだったが、その意味がわかると頷き、すぐに表情を変えた。

 

「お父様、お母様。そしてマリア。話があります」

 

 あまりにもリナが真剣な声色で言ったため、マリアと王妃は何事かと彼女の真剣な表情を見る。

 対し王はその反面、落ち着いた表情で口を開いた。

 

「何かね?改まって」

「え、えっと……その」

 

 王に問われ、リナの表情は一変し、不安を募らせたような表情に変わった。そう、彼女はまだ心の準備が出来ていなかったのだ。

 だがそんなことはお構いなく、王は口を開き言った。

 

「黙って医学を学んでいたことかね?」

 

 リナは唖然とした。

 何故知っているのか、誰から聞いたのか。彼女の頭の中はそれで埋め尽くされるほど一杯になる。

 

「お父様、何故それを?」

 

 誰も自分が医学をお忍びで学んでいたことを知らない。リナはそう思っていた。ヒスイ以外には話していないのだから。

 とそこで彼女は、ヒスイ以外という部分に反応を示した。

 

(――ま、まさか……)

「いや実はつい先ほど、隣の村人H殿から手紙が届いてな。それを読んで知ったのだよ」

 

 そう言って王は見せびらかすように一枚の紙をひらひらとさせた。

 手紙は普通ならば兵士が持ってくるはず。だがそれはなかった。ではいつの間に?

 そんなことがリナの頭の中を張り巡らせた。そして同時に“H”という文字に覚えがあった。

 リナは反射的にヒスイのことを見る。すると彼の口元は、ニヤニヤとしていることに気がついた。

 

「まさかあなたが?」

 

 リナは声を潜めて隣にいる青年に問いかける。

 

「さあ?俺は“隣の”村人じゃないからな」

 

 ニヤニヤと「隣の」を強調したことから、リナは確信を得た。目の前にいるこの青年が、父に手紙を渡したのだと。

 思えばリナは何度もある場面に直面していた。いつの間にかヒスイが行動を起こしている場面に。

 それから鑑みるに、一瞬にして手紙を渡すなんて芸当、彼にとって見れば朝飯前のような物だった。

 

「リナ……」

 

 ニヤニヤとしているヒスイのことをジッと見ていたリナは、ふと父親に名前を呼ばれ、不安と恐怖が入り交じった怯えた瞳でそちらを見る。

 

「は、はい……?」

 

 やはり叱られる。リナはそう思った。

 

「よくやったな」

 

 だが王はリナを叱ることなく、むしろ優しく彼女のことを誉めた。

 意外だったのだろう。リナは父の誉める言葉を聞き、思わず素っ頓狂な顔をして「へっ?」と言った。

 

「怒らないの……ですか?」

「何故民を救った者を叱る必要があるのだ?」

 

 未だ飲み込めないリナは、唖然とした表情で王のことを見つめた。

 ヒスイに言われ、迷いがありながらも決心をしたはずのリナであったが、彼女の心の中には多からずも怒られるという念が存在していた。

 だが実際はそんなことはなく、むしろ父に誉められた。そう思うとリナの顔には、嬉しさで自然と安堵が溢れていた。

 

「まあ、一人で突っ走ったことは反省しなさいと言うがね」

 

 はっはっはっと高笑いをする王に対し、リナは直ぐ様身を縮こませる。

 

「そこでだ。お前がもう一人で突っ走ることのないよう以前から考えていた話を持ち込もうと思う」

 

 そう言うと王は、懐から一本の紙筒を出して広げ、中の文章を読み上げた。

 

「ヒスイ=シジスモンド。貴殿に姫、リナ=フローライトの直属護衛騎士の認を命ずる。尚拒否権はない」

 

「「「……は?」」」

 

 王が書状を読み上げたのとほぼ同時に、ヒスイ、リナ、マリアの三人は声を揃えて疑問の声を発した。いや、どちらかと言えば「何言ってんだこのじじい」と言うのに等しい。

 

「ちょ、ちょっとお待ち下さいお父様!」

「む?何か問題があるかね?見たところお前は彼を気に入っているようだが」

「えっ?そ、それは……」

 

 王の言葉に、リナは否定も肯定も出来なかった。出来たことはただ、頬を赤く染めることだけだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!私がいるのよ!?」

「不満かね?だがこうすれば貴殿もほとんど一緒にいれることになるが」

「なっ……!?」

 

 マリアの発言に対して王は述べ、マリアはそれを聞き顔を真っ赤にさせた。

 

「まあ、それに。これからのことを考えると、彼の力が必要になるのでな」

 

 そう言うと王は意味深に間を置き、そして言った。

 

七傭兵(エプタ・ミストフォロス)の内の一人“疾風”の異名を与えられた彼の力をな」

 

 王の言葉を聞き、リナは思わず我が耳を疑った。

 七傭兵(エプタ・ミストフォロス)。それは世界に名を轟かせる七人の傭兵の総称である。

 千の兵士を前にしても、傷が付くことはないと言われている程人間離れした並ならぬ者に与えられる名声でもある。中には本当に人間ではない者も存在するのだが。

 その内の一人が、自分の命を助けた青年ヒスイだと言うのだからリナが驚くのも無理はない。だが同時に、彼女は道理で聞き覚えがある名前だとも思った。

 七傭兵(エプタ・ミストフォロス)の“疾風”と言えば、七人の中でもトップ3には入る実力と名声があると言われている者だ。“疾風”という言葉を出せば、百人中百人が彼の名前を出しそうなほどである。

 

「ま、まさかあなたがそんなスゴい人だとは……」

 

 思いもしなかったと、リナはそう口にした。

 だがどうやらこの場で知らなかったのは、彼女だけのようであった。

 

「そんなスゴいもんでもねぇよ」

 

 驚きを見せるリナに対しそう吐くと、ヒスイは内心「このじじい……」と呟いていた。

 正直に言うとヒスイは“疾風”という二つ名を与えられたことを誇りに思うどころか逆にとても嫌気が刺していた。それは王も知っている。

 だと言うのに、目の前のご老人は軽々しく口にしたため、ヒスイは少し王のことを睨んだ。

 

「ん?あれ?ちょ、ちょっと待って下さい」

 

 ふとリナはあることを思い出した。

 それは、今朝城下町で出会った少女のことだ。

 

(――確か名前は、エクレール=シトリン)

 

 そして、ヒスイの言っていた事も思い出した。

 

(――一緒に傭兵をやっているって……まさか)

 

 リナの頭をある言葉が横切った。

 “迅雷”。そう呼ばれている人物の名前もまた、エクレール=シトリンと言ったのだ。

 “疾風迅雷”。よく人々は彼らのことを総称する。

 理由は、傭兵としての行動をする場合よく一緒にいると言われているからだ。中には、夫婦で傭兵をやっているという噂も存在している。断じて違うのだが。

 

「え、エクレールとは夫婦なのですか?」

 

 それでもリナは、どうしてか聞かずにはいられなかった。

 

「は?なんの話だ?」

「そうですよね。ええ、わかっていますもの」

 

 マリアとのやり取りで見るからに、夫婦という説は間違いだと一目瞭然ではあった。

 

「つかじじい。言わないという約束の下俺はこの国にいるんじゃなかったのか?ああ?」

「ん?したっけかな?」

 

 この野郎。ヒスイは素直にそう思った。

 どうしてやろうか。大剣で切り伏せようか、それとも顔面を一発拳で殴ろうか。考えはしても、当然実行はしない。

 

「で?どうかねヒスイ。君程リナの護衛に適した人物はいないのだが?」

「断る。つっても聞かねぇんだろ?拒否権はないとか言っていたしな」

「うむ。飲み込みが早くて助かるな」

「しっかしこれからの事ねぇ……」

 

 そう呟くと、ヒスイは面倒くさそうにため息を吐いた。

 それを見たリナは、ある疑問が浮かぶ。それは父である王が言っていた「これからの事」についてだ。

 一体何をしようと言うのか。そんな疑問が浮かんだのだ。

 

「あの、お父様。これから何をしようと言うのですか?」

「そうだな。近日中、お前には海を渡り、他国に友好関係を結ぶよう交渉しに行ってもらう」

「「えっ……?」」

 

 これには後ろで静聴していたマリアも思わず声を上げた。

 交渉。一体なんのためなのか、二人には思い当たる所がなかったのだ。

 

「な、なんのためですか?」

 

 その問いは、王の代わりに最初から気づいていたヒスイが答えた。

 

「お前等は、この国が一体どのようにして成り立っているか知ってるか?」

「はい。ほとんどが自給自足によって成り立っていますね」

 

 彼らのいるフローライト王国は、作物の生産に最も適した気候四季、豊富な森林、鉄鋼石などが掘れる山など、他の大陸とは違い繁栄に適した物が多く存在していた。

 そのため国のほとんどが、民の労働により十分賄うことが出来るような状況が数年間続いていたのだ。

 しかし、そんな国に大陸にある大きな問題が発生した。それは魔物の突然変異及び凶暴化である。

 繁栄を得ていた時期の魔物は大人しく、例え襲ってきても護衛の兵士がいれば対処出来るほどであった。

 だが近年。特に最近では、魔物が人を襲うということが多くなり、だけでなく凶暴化もしくは突然変異の影響により尋常ならぬ被害が出ているのだ。

 そのため、鉄鋼や木材のために壁の外に出るのは危険とされ、次第に資源の貯蓄も減ってきているのだった。

 だが、問題はこれだけではない。どういうわけか、作物生産のための土地が徐々に枯れ始めているのだった。

 国にいる地学者達にも原因がわからず、おそらく魔物の問題と何か関連があるのではないかと推測されているのだ。

 

「そう言えば、聞きました。最近食糧が減っていると」

「ああ。まだ貯蓄はあるが、それも長続きしないだろうな」

「そこで考えたのが、貿易ということね」

 

 フローライト王国は、別に貿易を行っていないということはない。しかし国の成り立ち上の問題により、そう盛んに貿易を行っていなかっただけである。

 

「ですが、この国はまだ世界中に名を知られてはいません」

「ええ。なんせ、この国が“国”として成り立ったのが、ほんの数年前のことですものね」

「はい。ですから、そもそも国のトップに会えるかどうか……」

「まあ、そこで俺の出番なんだろうな」

 

 最初はどういう事かわからなかったリナであったが、暫くして理解した。

 何処とも知れない国の王や姫だけが行ったところで、おそらく誰も相手にはしないだろう。

 ではヒスイはどうであろうか?彼は世界に名声を広げている傭兵の一人だ。少しくらいは話を聞いてくれるかもしれない。

 それこそ、自分だけで交渉の場に行くよりかは。

 

「何分この国には大臣とかがいねぇしな。一番適しているのは王の娘の姫。その護衛が名声を持った者と来れば、まあ少しは話を聞いてくれるだろうな」

「でも、あなたが“疾風”であると信じなかった場合は?」

「そん時は、俺が実力を示せばいい。と言いたいんだろ?じじい」

 

 ヒスイの問いかけに、王はにこやかに頷き、それを見たヒスイはうぜぇと呟く。

 そんなやり取りを傍目に、リナは果たして上手く行くのだろうかと不安になった。

 確かにヒスイと王の考えは最もだ。だが、果たしてそれで交渉の場に参加出来るのか。そして、自分なんかが交渉を行ってしまって良いのだろうか。

 そんなことがリナの頭の中を横切る。

 

「まぁ、この国が“あの事件”によって国内にいられなくなった者やわけもなく国外追放を受けた者達の集まりだからな。ヒスイ、お前には存分に働いてもらおう」

「まあそれは構わないんだが、どうやって海を渡る気だ?漁業のためならともかく、この国にある船は海を渡るには小さすぎるぞ?」

「それなら心配ない。今日お忍びで来る者が」

 

 と王が何か言おうとした時だった。

 突然謁見の間の扉が勢い良く開けられ、兵士が焦りの表情で入ってきた。

 

「で、伝令!海上に一隻の海賊船がこちらに向かって進行中の模様!」

「な、なんですって!?お父……様?」

 

 兵士の伝達事項を聞き、リナは声を上げて王の顔を見る。

 だが王の顔には焦りがなく、それとは別に呆れたような表情を浮かべていた。

 

「なあじじい。誰がどこに、どのようにして来るって?」

「あの馬鹿者……人の目に入らぬようにしろとあれほど念に念を入れて手紙を書いたと言うのに……」

 

 うなだれる王を、ヒスイはジトッとした目で見る。

 どうやらヒスイは、海賊船の正体がわかっているようだ。

 

「……あのバカ」

 

 いや、ヒスイだけでなく見るとマリアもわかっているようだ。

 たった一人だけよくわからないリナが現状の判断に困っている時だった。

 

「おい、リナ。行くぞ」

 

 ヒスイが顔に呆れた色を浮かべてそう言った。

 

「えっ?行くってどこに?」

「どこってそりゃ……」

 

 ヒスイは一度大きくため息を吐く。そして口を開いて答えた。

 

「海賊に会いに……だよ」

 

 

 




どうでしたでしょうか?

次回はまた新キャラが登場します。お楽しみに。

では、次回でまたお会いしましょう。
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