ヒスイ達が城から出て、城下町に下りると、町は海賊が来たことにより大騒ぎとなっていた。
国の者よって大差はあるが、海賊は世界において危険な存在として見られている。
そのため当然、海上に海賊船が見えたというのは騒ぎの火種に成り兼ねなかった。
「海賊だ!海賊が来たぞーっ!」
町には、そう言って周りに警告をする者や、安全な建物に入る者、武器になりそうな物を手に港に向かう者もいた。
そんな騒ぎの中を、ヒスイ達三人は駆け足で港へと向かう。
「おいおい。騒ぎになり過ぎだろ……」
人混みとすれ違い、ヒスイは苦笑いで呟く。
「当然ですよ。民にとって、海賊は危険な存在なのですから」
ヒスイの言葉を聞き、リナは冷静な表情でそう言った。
「そういうもんかね」
ヒスイが再び呟いた時、ふと人混みの中から彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ヒスイ!なんなのこの騒ぎ!?それに海賊って……」
「ああ、エクレールか。なんなのも何も、海賊ひとつでこの騒動だよ」
そう言うとヒスイは大きくため息を吐く。
そんなヒスイの軽薄な態度を見て悟ったのだろう。エクレールは口元をヒクつかせて問いかけた。
「もしかしてその海賊って……?」
「ああ。お前も良く知るあいつだよ」
そう答えると、ヒスイはもう一度大きくため息を吐いた。
ヒスイとエクレール。二人のやり取りを見ていたリナは、海賊が誰なのか本当に知りたいという気持ちで一杯になった。
「さっきから一体誰なんですか?その海賊って」
「着いたらわかる。てか後でちゃんと紹介すっから、とりあえず今は港に向かうぞ」
内心少々納得がいかないながらも、リナはヒスイの後ろ走り港へと向かった。
港に着くと、そこには闘争心で殺気立つ民の男の群衆と、それをなんとか宥めようとする兵士達で大騒ぎとなっていた。
「皆落ち着け!海賊は我々で対処する!だから全員建物の中へと入るのだ!」
「いいや入らねぇ!町は俺たちで守るんだ!!」
「そうだーっ!俺たちが守るんだーっ!!」
「血気盛んだねぇ……」
兵士達が何とかして民間人を建物の中に避難させようとするが、闘争心剥き出しになった彼らを止めるのはとても容易なことではなかった。
「血気盛んだな、全く」
それを見たヒスイは、ため息混じりに呟く。
だがその時だった。
「お待ち下さい!」
ヒスイの隣にいたリナが、民衆に向かって大きく声を上げた。
「皆さんの言いたいことはわかります。しかしここは我々に任せ、安全な建物の中に避難して下さい!」
第一王女である自分が説得すれば、あるいはこの騒動は治まるかも知れない。リナはそう思い行動した。。
だが現実は違い、
「ふざけるな!誰だてめぇは!!」
民達はリナに向かって罵声を放った。
「えっ?そ、それは……」
リナは威圧され、思わず黙った。いや、そうせざるを得なかった。
何故なら、リナは今まで一度も王女として公衆の面前に出たことがなく、この国の大半の者が彼女を第一王女であると知らないからだ。
しかし臆することなくリナは叫んだ。
「私は、私はフローライト王国第一王女、リナ=フローライトです!」
「はっ!今まで公衆に顔を出さなかったお姫様が、今更何の用だよ!」
「うっ……」
民が言っていることは尤もだ。リナは内心でそう思い、俯く。
何故彼女が彼らに一度も顔を見せなかったのか、それにはちゃんとした理由があった。それは医術を学ぶため、忍んで行動していたから。
ほとんどの時間を医学に費やし、ほとんどの時間城の中にいることがなかった。
(――私では、どうすることも)
リナはこの時、自分の無力さを知った。そして同時に思った。
(――民の信用を得ていない私なんかが、交渉の場に立ってよいのでしょうか)
と。
そんなリナを傍目に、ヒスイが一歩前に出た。
「落ち着けバカ共」
「ひ、ヒスイ!だけどよ!」
民たちは勿論ヒスイのことを知っていた。それは“疾風”としてではなく、フローライト王国に住む民の一人として。
だからリナは思った。自分ではなく、ヒスイがーー民からの信頼を得ているヒスイが交渉の場に出ればよいのではないか。彼がすべてをこなせばよいのではないか、などと。
「お前等の言いたいことは尤もだ。だがここは任せて、お前たちは建物の中に入っててくれ」
「な、なんでだよ!?俺たちの勝手だろ!?」
瞬間、ヒスイの中の何かが切れるような、そんな音がした。
「なんでか?なんでかだって?んなもん決まってんだろ……」
ヒスイは大きく息を吸い、言った。
「お前達を守りたいと、第一王女リナ=フローライトの思っているからだ!」
空気を振動するほどの声。それから発せられた声を聞き、ある者はハッとした。
そう、隣村ではある噂があったのだ。王女が、村人の怪我や病気の治療をしていると。
「だから、その思いに答えてやれ。お前たちに守りたい家族がいるように、こいつはお前等の命を守りてぇんだから」
「ヒスイ……」
瞳を揺らがせながら、リナはヒスイのことを見た。
ああ、そっか。私が医学を学んだ理由。それは、民を守りたかったからなんだ。
リナは呟いた。そして決心した。自分の口ではっきりとそれを伝えようと。
「皆さん、お願いです!私は皆さんが死ぬ姿を見たくない、だから!」
「おい、あれはなんだ!?」
だがその時だった。一人の男が、遠くを指さし叫んだ。
「ひ、ヒスイあれ!」
それに気がついたエクレールも、海上線を指す。
その隣にいたマリアもまた驚愕の表情を見せているため、何事かと思いヒスイとリナはそちらを見た。
するとそこには、
「なっ……どうなってやがる……!?」
こちらに向かってくる海賊船。その後ろを追うかのように、数十隻はあろう禍禍しい形をした船。そのどちらもが、この港に向けて進行しているのが見えた。
「に、逃げろ!よくわからないが、建物に逃げろー!!」
海賊船なんかとは比べ物にならない程の禍禍しいオーラを放つ船に、民達は恐怖し逃げ出した。
それを気にすることはなく、ヒスイは海上を険しい表情で見る。
「おい、どういうことだあれは」
「わからない。でも」
「うん。あれ、追われてる」
「くっそ……!」
歯をギリッと食い縛り、舌打ちするとヒスイは港の足場から飛び海の上を駆け出した。
さながらものスゴいスピードで走る彼を見たエクレール、マリアの二人は顔を見合わせると、港に着けてあった一つのボートに乗る。
「いくわよエクレール。掴まりなさい!」
そう言うとマリアは、ボートに一枚のシールのような物を貼った。
そこには何やら刻印のような絵柄が描かれている。
そしてマリアが何かを呟いた瞬間、ボートはヒスイの速さに引けをとらないスピードで海面を走り出した。
「一体、何が……」
一人港に取り残されたリナの問いに、答える者はいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フローライト王国に向けて進行する海賊船には、男達が数十名、まだ幼い少女が一人乗船していた。
たった一人しか乗っていない少女は、髪は少し青みを帯び、長さは首の付け根辺りまである。腰には小さなサーベルが左にある鞘に納められ、右にあるホルスターには一丁の拳銃、頭には丁度良い大きさの三角帽子が乗せられている。
そんな彼女の服装は黒のタンクトップの上にオーバーコートを羽織り、ショートバンツを履いている。
そんな少女は、この海賊船の幼いながらにしての船長であった。
「全速力で逃げるよ!私が舵を取るから、後の者は全員水奏術で砲弾を防ぎなさい!」
水奏術。それはこの世に存在する魔術の一種だ。水を表す“ルーン”という刻印を刻み、水を操る術のことを人はそう呼んだ。
男達の首の辺りにはそのルーンが焼き刻まれており、彼らは術を使って飛んでくる砲弾を防いでいた。
「お嬢!前にはあの国が!」
一人の男が叫んだ。船が逃げれば逃げるほど、前にはフローライト王国の港が近づいてきている。
「そんなことはわかってる!でもこの船はあの国のために沈められるわけにもいかないの!」
そう叫び、少女は船を操縦しながら自分も水奏術を使い砲弾を相殺していく。
彼女が操る船の背後には約数十隻の船の船団が、船目がけ休む間もなく大砲を撃ち続けている。
それを間一髪のところを総動員で術を使って相殺することでなんとか今は無傷で航行している。
しかし背後を取られては、方向転換しようにもそれでは砲弾の雨の餌食となってしまう。
かと言ってこのまま進めば、フローライトが危険に晒されてしまう。
そしてもう一つの問題が、
(――マズイ……みんなに疲労の色が……っ!)
魔術の使用による疲労であった。
魔術は便利だ。しかしその反面、使用の際には術者の“気力”を必要とした。
そのため長時間使用し続ければ、当然体には疲労が表れた。
「このままじゃ……いずれ」
確実に沈められる。そう少女が思った時だ。
「お、おいしっかりしろ!」
仲間の一人が、疲労から倒れた。
それが一瞬の隙を生んでしまったのだろう。
「っ!?しまっ……!」
相殺仕切れなかった砲弾が、船に向かって迫ってきた。
直撃する。そう誰もが思った時だった。
突然強い向かい風が吹いたかと思うと、砲弾は空中で音を立て爆発した。
何事か。少女がそう思った時、
「ちょいとお邪魔するぜ」
一人の青年、そうヒスイ=シジスモンドが、背中に少女エクレール=シトリンを乗せて船の上に降り立った。
「ヒスイ!それにお姉ちゃん!」
少女は歓喜の声色で二人の名前を叫んだ。
「状況を説明しろ、マリネ!」
ヒスイの叫び声に答え、マリネと呼ばれた少女は状況の説明を行った。
なんでも彼女達は何のトラブルもなくクサントンの陸地に着くはずだった。実際問題なく到着間近、クサントンの大陸が望遠鏡を覗いて見えてきたと思った瞬間、背後に突然水中から数十隻船が出てきたそうだ。
(――潜水船?そんな技術、まだ生まれていないはずだが……)
内心疑問に思いながらも頷くと、ヒスイは声を上げた。
「状況と経緯はわかった。エクレール!港の外れにある洞窟を知ってるだろ?この船をそこまで案内してくれ!俺は後ろの船を沈めてくる!」
「わかった、気をつけてね!」
エクレールの見送りの言葉を聞いたヒスイは、船の上から飛び出し、再び水上を駆けて砲弾を撃っている船に向かった。
ヒスイが水上を駆けている時だった。爆発音がしたと思えば、船の一隻が沈んでいくのが見えた。
「早速やってんのか、バカメイド」
そう呟くとヒスイは大剣に手を掛け、鞘から一気に引き抜き一隻の船に向けて振り抜いた。
刹那、剣先から大きな圧力を持った斬撃のような物が海を駆け船に迫っていく。
そしてそれが当たったかと思えば、船は真っ二つになり沈んでいった。
次にヒスイは海上から別の船の甲板に降り立った。
だがそこに待ち受けていたのは彼にとって、いや人類にとって信じられない光景だった。
「なっ……!?」
船に乗っていたのは数百はいるであろう魔物の群だったのだ。
思わずヒスイはその光景に息を呑んだ。
(――魔物が潜水船を作り上げただと?それじゃまるで)
知能があるみたいじゃないか。ヒスイはそう思った。
この世界における魔物には知能がない。それは人だけではなく、人以外の種族にもそう言われていた。
だが目の前の光景は、魔物の認識を覆す物だ。それは大砲、武器、船、これらの物が知識がなければ当然扱うことが出来ないと誰もが知っていることだからだ。
「ヒスイ!」
そんなことをヒスイが考えていると、遠くから声が聞こえた。聞き覚えのある声、そうマリアだ。
「ヒスイ!これ一体何なの!?」
マリアもヒスイ同様、目の前の光景に興奮し動揺していた。
二人がこれだけの反応を示すのだ。余程のことなのであろう。
「わからねぇが、考えるのは後だ!とりあえずこいつら全員片づけるぞ!」
そう言うとヒスイは、大剣を振り下ろした。
轟音と共に、強大な風圧が魔物を襲い吹き飛ばす。
「そうね、わかったわ」
対しマリアは頷くと、数本の銀のナイフを手にし投擲した。
投擲したナイフは寸分の狂いもなく、魔物一匹一匹に突き刺さる。そしてマリアが指を鳴らした直後、ナイフは光を放ち魔物と共に爆散した。
「くっ、数が多すぎる!」
だがマリアはナイフを投げながら歯噛みをする。
一隻で数百といるのだ。それが数十隻となれば、乗船している魔物は数知れない。
「このままじゃ日が暮れるわよヒスイ!」
魔物を大剣でなぎ倒しながら、ヒスイは考えた。この状況の打開策を。
そして思いついたのは、これだった。
「マリア!俺に掴まれ!」
言われ、マリアは突早にヒスイの肩に掴まった。
ヒスイはその瞬間、船の甲板を思い切り踏み、高く跳躍する。
「なっ……!?ちょ、何を」
マリアの言葉には耳も傾けず、ヒスイは大剣を高く上げ、円を描くように振り回した。
するとどういうことだろう。まるで嵐のような突風が吹き荒れ、大気中の空気が彼のの大剣に集まり始めたではないか。
マリアは船に乗っているのが魔物だと知った以上に驚愕した。
ヒスイの持つ力、それが何かマリアは大体の見当が付いていた。
可能性として上げられる物、それは風奏術。水奏術同様、その名の通り風を操る術のことだ。
だがマリアは聞いたことがなかった。大気を揺るがすほどの風を操れるかということを。
ヒスイは大剣に風を集め、一気に解き放ち、船を一掃するつもりなのだ。
(――こいつが規格外だというのは知ってるけど、こいつ一体何者なの?)
エクレールに次いでヒスイと付き合いが長いマリアでも、おそらくはエクレールですらも彼の力の招待は知らない。
だがそんなことを考えている間に、大剣には見て取れるほどもの凄い圧力が集束されていく。
そして、
「ぅ……おらぁ!」
横やり一閃。大剣から暴風が放たれた
まるで天の災害かのような破壊力を持った圧力が、魔物達の船を襲った。
当然それに船が耐えられるわけもなく、物の数分とも経たずに数十隻はあった船が、一つ残らず破壊された。
それでも尚暴風は数分間吹き荒れる。
「うっ……くっ……!」
飛ばされそうになる体を、必死にヒスイの体にしがみつき振り落とされないようにするマリア。
だが彼女は必死にしがみつけばしがみつく程、徐々に力が抜けていく。
そして、
「っ!?きゃあぁぁあぁああーっ!!?」
風が収まるあと少しという所で、マリアの手はヒスイの肩から離れ、下にある船の残骸に向かって真っ逆様に落ちた。
下にあるは木々の残骸。しかし粉々になったわけではなく、船の一部が浮いた状態になっている。
その中で先端が尖っている残骸に向かい、マリアは逆さまに落ちて行っているのだ。
落ちる勢いが大きいため、このままでは確実に木の先端が彼女の体を突き刺してしまうだろう。
マリアはそれだけは避けようと身を反転させようとするが、力が入らず、自分の得物であるナイフを投げることすらもままならない。
もうダメだ。そう思い目を閉じた時だった。
「悪い悪い」
いつの間にか残骸の上に降り立っていたヒスイが、彼女の体を受け止めた。
「大丈夫か?」
顔を覗き込み、ヒスイは問いかけた。
「し、死ぬかと思ったじゃない!」
当然マリアの返答は罵声だった。
だがふとあることに気が付いた途端、彼女の頬は赤く染まった。
そう。マリアは今、ヒスイにお姫様抱っこをされるような形になっているのだ。
「そうか、何とか間に合ったようだな。ん?どうした?顔が赤いが、熱でもあるのか?」
「だ、だだだ大丈夫よ!ほ、ほら早く港に戻りましょ!」
そう言うとマリアはモゾモゾと動き、自分からヒスイの背中に移動する。
一体何だと言うのか。そんなことを思いながら、ヒスイはマリアを背に乗せたまま海上を走り、港へと戻ったのだった。
「ヒスイ背中に……乗ってる」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない……エヘヘ……」
どうだったでしょうか?
戦闘は想像しやすいように細かく描写を書いているつもりなのですが、読者様方はどう感じていらっしゃるのか気になります。
次回は私史上初の変態キャラが出てきます。というか、今回すでに出たんですけどねww
では、次回でまたお会いしましょう。