基本、この話はアニメをなぞっていますが、途中から異なる展開へ進んでいきます。
第五十九層、主街区近くにある木の陰。
「ぐぅ~」
「くぁ~」
「すぅ~」
そこで三人のプレイヤーの姿があった。
黒ずくめ、片手剣使い。
もう一人は紫色の民族衣装のような長髪の女性プレイヤー。
最後の一人は枕代わりに盾の上に頭を乗せて幸せそうに眠る男の子。
あたたかな陽気を浴びて幸せそうに寝ている彼らのもとへ一人の女性プレイヤーがやってくる。
全身を白と赤の衣装をまとった少女は険しい顔のまま傍で寝ている黒の剣士こと、キリトへ近づく。
「なんだ、副団長さんか」
片目を開けたキリトは自身を見上げる相手、アスナを見る。
「他の攻略組の皆さんは時間など関係なく迷宮区へ潜っているというのに、あなた達はなにをしているの!?」
「……今日はアインクラッド内において最高の昼寝日和なんだよ」
そう言ってキリトは寝返りをうつ。
「アンタもここで昼寝してみたらどうだ?とても気持ちいいぞ。そこの二人も見てみろよ」
アスナが怒鳴ったにも関わらず起きる様子のないユウキとノビタニアン。
昼寝が好きなノビタニアンは完全に寝入っている。
ユウキは右に左へ動きながら時々、ノビタニアンの上へのしかかりかけていた。
こちらを見ている彼女を見ながらキリトは再び寝始めた。
彼らがいる場所は主街区から外れてはいるが“圏内”だ。
この中ではいかなる攻撃でもHPが減ることはない。
犯罪防止コード有効圏内といわれるこの中にいれば、デュエルなどの抜け道を除けば絶対的な安全が保障される。
抜け穴対策のため、キリトは一定距離にプレイヤーが近づくとわかるように設置されていた。
そのまま睡眠を続けるキリト。
しばらくして、アスナも横になって。
「やべっ、寝すぎたか?」
夕焼け空に気付いてキリトが体を起こすとすぐそばで寝ているアスナの姿があった。
今までの張りつめたような顔から一転して無防備な寝顔を見てキリトはどきりとした表情になる。
「おいおい、こんなところで寝ている奴がいるぞ?」
「のんきだなぁ」
帰り道途中から聞こえるプレイヤーに気付いてキリトはノビタニアンやユウキを見る。
そして言葉を失う。
ユウキは寝相が悪く、あっちこっちに移動する。
どうやら今回の寝相はかなり悪いもののようだ。
彼女はノビタニアンの上へ覆いかぶさっている。
知らないものからみればユウキが襲い掛かっているように見えない。
「ま、大丈夫だな」
ノビタニアンもユウキも互いをそこまで意識していない。
あくまで仲間意識の範囲内だろう。
そろそろ、現実を直視するかーとキリトは視線を向ける。
警戒心を強め、こちらへレイピアを構えているアスナの姿があった。
「ごはん、おごる……」
顔を赤くしているアスナの言葉にキリトは頷く。
「おい、あれって、閃光じゃね?」
「マジか、かわいいな」
「もしかして、あっちは紫の剣士?」
「傍にいるのは黒の剣士と白銀の剣士か……リア充爆発しろ」
第五十七層のNPCレストラン。
そこで四人はディナーを楽しんでいた。
ちなみにここの飯はキリトが持つことになる。
事情を知らないノビタニアンとユウキは食事代が浮くことに喜んでいた。
周りからの言葉にキリトはバツの悪そうな表情で片肘ををついている。
目立つのが苦手な彼はこの状況を苦手としていた。
アインクラッドの中でトップクラスの美少女のアスナ、
無邪気で明るいユウキ。
そんな二人ともし男子一人だけなら緊張で握りつぶされていただろう。
しかし、隣にはぽけーとした表情のノビタニアンがいる。
少しばかり救いだった。
「ありがとうね、キリト、僕たちのガードしてくれて」
「気にするなって、俺達は仲間なんだから」
ノビタニアンに対してキリトはそう返す。
「もう、ボクのことは無視?」
「すまない、そんなつもりはなかったさ」
「いつも思うけれど、二人は本当に仲がいいわね」
呆れたようなアスナの言葉にキリトが何かを言おうとしたとき。
「きゃああああああああああああ!」
大きな悲鳴が響いた。
突然のことに動き出したのはキリト、続いてアスナ。
ユウキとノビタニアンが最後に続く。
悲鳴の上がった場所へ向かうと目を疑うような光景があった。
教会から男性プレイヤーが首にロープをかけられて吊るされている。
何よりその胸元。刺々しい槍のようなものが突き刺さっていた。
刺さっている個所から赤いエフェクトが出ている。
それはHPが削られていることを指す。
「早く抜け!!」
キリトは大声で呼びかける。
男性プレイヤーは一瞬、キリトを見る。
槍に手をかけ引き抜こうとするが抜ける気配がない。
それに気づいたノビタニアンが走り出す。
ちらり、キリトと目が合う。
ノビタニアンが何をするか理解したのだ。
彼が教会へ入るのを確認してキリトは男性プレイヤーの前へ向かう。
少しばかりの時間が過ぎてキリトの目の前で男性プレイヤーの体が消滅する。
歯を噛みしめ叫ぶ。
「皆!デュエルのウィナー表示を探してくれ!」
もし、この騒動がデュエルによる流れだとするならプレイヤーの頭上にウィナーの表示がある。
しかし、どこにもそれらしきものがなかった。
落ちてきた槍をキリトは拾い、アスナやユウキと共に教会へ向かう。
降りてきたノビタニアンへ尋ねる。
「誰もいなかったよ」
「誰も!?」
「うん」
「どういうことなんだ……」
「外の方は?」
「ユウキやアスナも調べてくれたがウィナー表示はなかった」
「これはデュエルによるPKじゃない?」
「でも、デュエル以外でHPを減らす方法はなかったはずだよ!?」
「そうだ……このまま放っておくわけにはいかないな。圏内でPKできるなんて離れ業があるなら街の中も危険ってことになる」
「じゃあ、調査するんだね!」
「あぁ、ユウキ、ノビタニアンも手伝ってくれるか?」
「もちろん!」
「当然だよ」
「私も手伝う。こんなこと放っておけないわ」
四人は頷き、教会を出る。
「すまない、さっきの一件を最初から見ていた人はいるか?」
周囲がざわめきはじめる。
その中で一人の女性プレイヤーがおずおずと前へやってきた。
キリトはちらりと装備を見た。おそらく中層で活動しているプレイヤーだろう。
「ごめんなさい。怖い思いをしたばかりなのに、あなたの名前は?」
「あ、あの、私はヨルコって言います」
アスナの問いかけに女性ヨルコは頷く。
彼女の声にキリトは覚えがあった。
「さっきの悲鳴は、あなたがあげたんですか?」
尋ねるよりも早くノビタニアンが聞く。
「はい、私、さっき殺された人とご飯を食べに来たんです。あの人、名前はカインズって言います。昔、同じギルドにいたことがあって、でも、広場ではぐれて、探していたあんなことになって、うぅ」
限界が来たのだろう。
瞳から涙をこぼす。
ヨルコへアスナとユウキが傍による。
「その時に誰かを見なかった?」
背中をさすりながらアスナは尋ねた。
「一瞬、カインズの後ろに誰かいたような」
「その、嫌なことを聞くようだけど、心当たりはあるかな?カインズさんが誰かに狙われる理由、とか」
遠慮気味にキリトは尋ねた。
対しヨルコは首を横に振った。
明日、話をもう一度聞くということで彼女を宿へ送り届ける。
送り届けた後、四人は情報の整理をしていた。
「まずはあの槍の出所がわかれば犯人を追えるかもしれないな……ユウキやアスナはフレンドでアテはあるか?」
「武器屋の娘がいるけれど、この時間帯は無理ね」
「鑑定スキル……どうせだし、エギルさんのところへいこっか」
ノビタニアンの言葉でメッセージを打ち始める。
見ていたユウキは苦笑いを浮かべて。
「エギルさんも店で忙しいんじゃないかな?」
「俺が頼んだらアウトだろうな。だが」
キリトはにやりと悪人のような笑みを浮かべる。
「ノビタニアンなら話は別だ」
「ったくよぉ、お前の頼みなら容赦なく断るつもりだっていうのに……ノビタニアンを使いやがって」
「断れないのは知っていたさ」
過去、ノビタニアンに救われたことがあるエギルはつい、頼まれたら協力するという約束を交わした。
ノビタニアンがあまり欲深い性格ではないことから油断していたエギルだが、共にいた黒い悪魔の陰謀に巻き込まれたことは一つや二つではない。
「この時間帯は一番の稼ぎ時だって知っているだろう?」
「ごめんね。エギルさん、こっちも急ぎだったからさ」
「お前がそこまで言うなんて、とんでもないことみたいだな」
ノビタニアンはエギルへ圏内で起こった事件についてまとめる。
奥の部屋へ向かい、ノビタニアンは武器を見せた。
「これの鑑定をお願いします」
武器を受け取ったエギルは鑑定を始める。
「プレイヤーメイドだ。作成者はグリムロック……聞いたことねぇな。少なくとも一級の刀匠じゃねぇだろう」
「武器に固有名は?ほかに変わったこととかはないかな?」
「固有名はギルティーソーン……罪の茨だな」
「どうゆうこと?」
ノビタニアンは頭上に?マークを浮かべている。
しばらく眺めていたキリト。
「よし」
小さく頷いて槍を逆手にして自身へ向ける。
勢いよく突き刺そうとするとアスナがその手を止める。
「何をやっているの!?」
「試してみないとわからないだろ?」
「その武器で実際に人が死んでいるのよ!」
「でも、試してみないと」
「駄目よ!これはエギルさんが預かっておいて!」
アスナは怒りながら部屋を出ていく。
「キリトぉ、アスナも怒るよ」
「そうだな、もう少し女心とかを考えるべきだな」
「そう言われるとつらいな。わかった。助かったよ、エギル」
翌日。
キリトとアスナはヨルコと話をしていた。
ノビタニアンとユウキは他に目撃者がいないか教会付近を探すことになった。
ヨルコにグリムロックなどについて尋ねてみると、あることがわかる。
グリムロック、ヨルコ、カインズは『黄金林檎』と呼ばれるギルドへ属していた。
半年前、彼らはモンスタードロップでレア度の高いアイテムを手に入れる。
ギルドで使用する意見と売却する意見に分かれて、全体で採決を取った結果。売却になる。
競売にかけるため、リーダーのグリセルダという女性プレイヤーが一泊予定で出かけた。
しかし、彼女は死んだ。
その時に指輪がどうなったのか?どうして死んだのかその謎はわからないままギルドは解散したという。
「グリムロックさんというのは?」
「彼はグリセルダさんの旦那さんでした。もちろん、このゲーム内ですけど、二人はとても仲が良くてお似合いの夫婦でした。もし、昨日の事件の犯人がグリムロックさんだというのなら指輪の売却に反対した三人を狙っていると思います」
一度、ヨルコは目をそらして。
「指輪の売却に反対した三人のうち二人は、私とカインズでした」
「……もう一人は?」
アスナが尋ねる。
「シュミットというタンクです。今は聖竜連合に属しています」
「なんか、聞いたことあるな」
「聖竜連合のディフェンス隊のリーダーよ。大型ランス使いの」
「あの、シュミットに会わせてもらえませんか?彼も今回の件を知らないかも……もしかしたらカインズのように」
ヨルコは口を閉ざす。
「シュミットさんを呼びましよう。ノビタニアン君かユウキに頼みましょう」
「なら、一度、ヨルコさんを宿へ送ろう。俺たちがくるまで宿から絶対に出ないでくれ」
念を押してアスナがメッセージを飛ばす。
聖竜連合のホームへ向かう途中、ユウキとノビタニアンは会話をしていた。
「ノビタニアンは今回の事件、どう思う?」
「うーん、僕は難しいことはわからないからなぁ……でも、今回の件をはっきりしないとみんな安心しないからね」
「もし、これが殺人だったら……ノビタニアンはどうする?」
「止める」
迷わずにノビタニアンは答える。
「キリトの言葉だけど、このゲームはフェアなものだって、圏内殺人なんてこのゲームは認めていないはずだから」
真剣な表情でノビタニアンは答える。
ノビタニアンとユウキによって連れてこられたシュミットは終始落ち着かない様子でソファーに座っている。
いら立ちからか貧乏ゆすりをしていた。
対するヨルコは落ち着いた様子でシュミットと向かい合っている。
シュミットとヨルコの会話をキリト達は傍で見ていた。
だんだんと白熱していくヨルコ。
窓際にいた彼女だが、異変は起こる。
キリト達の目の前でヨルコは体を翻した。
その背中に短剣が刺さっている。
「ヨルコさん!!」
ノビタニアンが駆け出す。
窓から外へ落ちていくヨルコへ手を伸ばすも彼女の体は消える。
「アスナ!あとは頼む!」
「キリト君、ダメッ!!」
外へ飛び出すキリト。
アスナの静止も聞かずにキリトは跳躍して隣の建物へ移動する。
彼の眼はローブの人物へ向けられている。
「ボクが行く!」
「ユウキ!」
二人のAGIは高い。
あっという間にローブの人物へ追いつくという時、相手は転移結晶を取り出す。
キリトは投剣スキルを使って狙いを定める。
しかし、紫色のシステム障壁に阻まれる。
キリトがヨルコに刺さった短剣を拾い、宿へ戻る。
扉を開いて中に入ると。
「バカ!!」
アスナが涙目でキリトへ怒鳴る。
「無茶しないで!」
「……わ、悪かった」
引き気味でキリトは謝罪する。
「ユウキも無茶しないでね」
「うん、気を付けるよ」
優しく注意を促すノビタニアンへ苦笑しながらユウキは頷く。
「それで、どうだったの?」
「転移結晶で逃げられた。街の、宿の中なら安全だと思っていたのに」
「あ、あれはグリセルダのローブだ!グリセルダの亡霊だ!!俺たち全員へ復讐にきたんだ!」
恐怖で混乱し始めているのだろう。
シュミットが叫びをあげる。
「ゆ、幽霊なんだから圏内でPKができて当然だ」
「幽霊はいない。このPKには絶対システム的な何かがある」
キリトの言葉に誰も答えない。
この後、シュミットを聖竜連合本部まで送り届けた四人はマーテンへ戻っていた。
ベンチへそれぞれ腰かけながら考えていた。
「本当にグリセルダさんの亡霊だったのかな?」
「目の前であんなのものを二度も見せられたらボクも信じちゃうよ」
半ばあきらめたようにユウキが口を開く。
「そんなことは絶対にない。本当に幽霊ならさっきも転移結晶なんか……転移結晶」
「キリト?どうしたの」
ノビタニアンの質問に首を横へ振る。
しばらく沈黙していると。
「はい」
アスナがキリトへ何かを差し出す。
受け取って包みを開くとバゲットサンドが現れる。
「お腹すいていたら頭動かないでしょ?これを食べて休憩しましよう」
アスナも自分の包みを開く。
「早く食べないと耐久値が切れちゃうわよ」
「そ、そうだな!」
キリトはそれに一口かぶりつく。
「うまい」
黙々と食べ続ける。
その横のベンチで。
「はい、ノビタニアン」
「ありがとう、ユウキ」
同じような光景が広がっていた。
「準備いいな、これ、どこで買ったんだ?」
「売っていないわ」
呆気にとられるキリト。
「ま、まさか手作りですか!?」
「そうだけど?」
「う、うん、アスナは良いお嫁さんになりそうだな」
その言葉にアスナは頬を赤く染めて、キリトを叩く。
叩かれた際にバゲットサンドは地面に落としてしまう。
慌てて拾おうとするも耐久値が限界を迎えて消滅してしまった。
「あ、あぁ……」
がっくりとうなだれるキリト。
「……キリト君?」
「そうか!」
キリトは顔を上げる。
「どうしたの?」
「俺達は何も見えていなかった……見ているようで何も」
「どういうこと?」
「うん、これおいしいね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。頑張って料理したから」
「これ、ユウキの手作りなんだ!おいしいよ」
「ありがとう!」
二件の圏内殺人の解決へ結びつく答えをキリトが見つけた横で奇妙な光景が起こっていた。
それを気にせず、キリトはアスナへ謎解きをする。
自分たちが見ていたもの。
それは防具の耐久値が限界へ向かっていくというものだ。
カインズは自らの防具に槍を突き刺していたのだ。
限界値が迎えたときに転移結晶であの場から姿を消す。
そうすることで彼が死んだとキリト達は錯覚したのだ。
続いたヨルコの件。
部屋へ入る時からヨルコはすでに背中へ短剣を突き刺していた。
そして、限界が来るときになって半狂乱になった演技をして、外へ落ちて転移する。
こうすることで圏内において殺人事件が起こっていると錯覚してしまったのだ。
「でも、なんでそんなことを?」
「おそらくだけど、指輪事件の犯人をあぶりだそうとしたんだと思う……ヨルコとカインズはシュミットが犯人、もしくはつながりがあると見ている。だから、今頃、その答えを問い詰めているんだと思う」
第十九層、自らの隠していた秘密を明らかにしたシュミットだが、彼は麻痺毒を受けて動きを封じ込められていた。
ヨルコとカインズ、シュミット達の前に現れた三人組。
フードで顔を隠している三人の腕には棺桶と笑顔のようなマーク。
――笑う棺桶。
アインクラッドにおいて様々なギルドが存在している中で一番、危険なギルドがある。
SAO内最大で最も狂った犯罪者ギルド。
短剣を扱う“ジョニー・ブラック”
エストック使い“赤目のザザ”
メイトチョッパーと呼ばれる武器を使うギルドリーダーの”PoH”。
笑う棺桶のトップスリーがそこにいた。
「さぁて、どう料理したもんかねぇ?」
「ヘッド!あれやろう!殺し合わせて最後の一人を生き残らせるゲーム!」
子供のようにはしゃぐジョニーの提案にPoHはため息をこぼす。
「そんなこと言って、結局、生き残ったやつも殺しただろうが」
「ああー!それ言っちゃつまらないよ!!」
騒ぐジョニーをおいて、大型短剣メイトチョッパーをPoHは取り出す。
シュミットは己に迫る死を覚悟する。
その時、馬の鳴き声が轟く。
彼らが視線を向けると、大きな馬に乗った黒装束の少年と白銀のコートを纏った少年が馬から落ちた
「お、おい、もう少しうまく扱えないのかよ」
「無茶いわないでよ。僕が乗った馬はパカポコだけなんだから」
二人は言い合いながら立ち上がる。
「よぉ、PoH、相変わらず悪趣味な格好をしているな」
「フン、黒の剣士、てめぇには言われたくないな、それよか状況を分かっているのか?こいつらを助けに来たつもりだろうが、お前たち二人で俺たち三人の相手ができるのか?」
「難しいだろうな。ただ戦うだけならまだしもそこの三人を守りながらだと」
でも、と言葉を区切り。
「対毒POTは飲んできたし、結晶もありあまっている。何より俺とノビタニアンのコンビは最強。時間を稼げば援軍が駆け付ける。お前たち三人だけで攻略組の三十人と相手できるか?」
キリトはそう言うと剣を抜き、
ノビタニアンも盾と剣を構える。
SAOにおいて強敵とされるビーターとそのパートナーを相手にしてのデメリットを即座にPoHは計算した。
そして。
「引き上げるぞ」
PoHの指示に部下の二人も頷く。
覗くフードから鋭い視線でキリトを、隣にいるノビタニアンを睨む。
「黒の剣士、白銀の剣士、てめぇらは必ず殺してやる。お前たちの大切なものを根こそぎ奪ってな。特に白銀の剣士、てめぇをもっと絶望に叩き落してやる」
「やってみろよ。俺がいる限り、そうはならない」
一瞬、PoHとキリトが激しくにらみ合い、PoHは姿を消す。
彼らの姿がなくなったことを確認してキリト達は武器をしまう。
「また会えてうれしいよ、ヨルコさん。そっちのアンタは初めましてかなカインズさん」
「いえ、正確には二度目です。僕が死亡を偽装したとき、あなたと目が合いました。あなたには見破られるんじゃないかと予想していたんです」
「全部……終わったらきちんと謝罪に伺おうと思っていました……信じてもらえるかわかりませんけれど」
「キリトにノビタニアン!助けてくれた礼は言うが、どうしてわかったんだ?あの三人がここへくるって」
ノビタニアンによって麻痺の解けたシュミットが膝をつきながら尋ねる。
「わかったわけじゃない。ありえると推測したんだ。カインズさん、ヨルコさん、あの二つの武器を作ったのはグリムロックだよな?」
ヨルコとカインズは顔を合わせる。
しばらくして。
「最初は気が進まないようでした。もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって」
「でも……僕らが一生懸命頼みこんで、やっと武器を作ってもらったんです」
「……残念だけど、アンタ達の計画に反対したのはグリセルダさんのためなんかじゃない」
「それは、どうゆう」
「圏内PKなんて派手な演出をしてみんなの目を引いてしまえば、いずれ誰かが気付くと思ったんだろう。俺も少し前に気付いたんだ」
キリトは語りだす。
指輪事件の隠された真実を。
彼が話す内容はアスナとの会話で気づいた結婚システムについて。
結婚すればプレイヤー同士でアイテムが共有される。
ストレージ共有について話をしていたところである点に気付いたのだ。
「結婚している片方が死んだ場合、その人が持っているアイテムは片方の結婚相手のもとへ向かう。犯人の足元へドロップせずにグリムロックの足元にドロップされたんだ」
「じゃあ、グリムロックが指輪事件の犯人なの?グリセルダを殺して?」
「多分、直接手を出していなかったと思う。犯人の依頼は今回みたいなことをしていたんじゃないかな、笑う棺桶に」
「そ、そんな、なんで彼は私たちの計画に賛同したんだ!?」
「アンタ達はグリムロックに計画のすべてを説明したんじゃないか?だったらそれを利用して指輪事件を永久に闇へ葬ることができると思ったんだ。三人が集ったところをまとめて消した方がいいと」
キリトの言葉にシュミット達は理解する。
この場に笑う棺桶の三人がいたことも納得できる。
「もしかして、グリセルダさんを殺害した時から……笑う棺桶とつながりがあった?」
「多分、だけどな」
ノビタニアンの言葉にキリトが頷く。
「キリト君」
「見つけたよ」
その時、茂みが揺れてアスナとユウキが現れる。
彼らの傍には長身で革製品の衣服に身を包み、マルメガネのようなサングラスをかけた男性プレイヤーがいる。
彼が逃げないようにユウキが剣を突き付けている。
男、グリムロックは彼らを見渡して穏やかに話しかけた。
「やぁ、久しぶりだね」
「グリムロック、さん、あなたは本当に私たちを殺そうとしたの?」
ヨルコは未だに信じられないのだろう。
尋ねる声はとても震えている。
その質問にグリムロックは答えない。
「なんでなの!!グリムロック!なんでグリセルダさんを!奥さんを殺してまで指輪をお金にする必要があったの!?」
涙を流しながら叫ぶヨルコ。
カインズやシュミットもグリムロックの動向を伺う。
「金?……金だって?」
やがて、グリムロックは小さく笑い声をあげる。
「金のためじゃないさ。私はどうしても彼女を殺さないといけなかった。彼女がまだ愛する妻だった間に……」
グリムロックは語る。
現実世界においてもグリムロックとグリセルダは夫婦だった。
彼にとって一切不満のない妻だったという。
彼女自身も彼のことを大切に思っていた。
しかし、デスゲームに囚われた時、明らかな差異が起きる。
閉じ込められたことに怯え、疎んだのはグリムロック。
前に踏み出し、生きようと決意したのはグリセルダだった。
その姿を見てグリムロックは悟ったのだ。
現実世界よりも生き生きしている彼女は、既にいない。グリセルダ――ユウコは消えたのだ。
「だから、だからこそ!この殺人が合法的に可能な世界で『ユウコ』を!永遠の思い出の中に封じてしまいたいと思った私を、誰が責められるだろう!?」
「そんな理由で、アンタは奥さんを殺したのか?」
静かな怒りを込めてキリトが問いかける。
「十分すぎる理由だ。キミもいずれわかるさ。探偵君、愛情を手に入れ、それが失われようとしたときに」
狂気を含んだグリムロックの瞳と目が合って、キリトは言葉が出ない。
愛情。
キリトにおいて理解できない領域だ。
もしかしたら自分もという不安が彼の中に生まれる。
「そんなもの愛情じゃない!!」
キリトは顔を上げる。
ギリリとこぶしを握り締めてノビタニアンはまっすぐにグリムロックを見据える。
「そんなの愛情じゃないよ!」
「ならば、なんだというのかな?」
答えようとしたノビタニアンよりアスナが先に動く。
「あなたが奥さんへ抱いていたのは愛情なんかじゃないわ。グリムロックさん、あなたが奥さんへ抱いていたのはただの所有欲と支配欲。それだけよ」
睨みながら指摘したアスナ。
本心を暴かれたことによる驚きか、グリムロックは地面に膝をつく。
そんな彼にシュミットとカインズが歩み寄る。
「キリト、この男の処遇は俺たちに任せてくれ」
「心配しないでください。私刑にだけはしないと約束します」
キリトは頷いた。
グリムロックを抱えて二人は背を向ける。
ヨルコはその後に続くがすぐに振り返り。
「ありがとうございました。キリトさん、アスナさん、ユウキさん、ノビタニアンさん、これでグリセルダさんも浮かばれます」
深々とお辞儀をしてカインズ達の後を追いかけていく。
「……帰ろうか」
ぽつりと漏らしたノビタニアンに全員が頷く。
少し歩きだしたところでユウキがノビタニアンへ尋ねる。
「ねぇ、ノビタニアンはさ、好きな人の知らない影の部分を見た時、どうする?」
「……うーん、僕は戸惑うけれど、受け入れるよ」
「どうして?」
「それでも、僕は」
――その人のことをもっと好きになると思うから。
ノビタニアンの言葉にユウキは目を丸くして笑う。
「ちょっと!?なんで笑うのさ!」
「べっつにぃ、ノビタニアンは面白いな~って」
「おーい、置いていくぞ?」
「ノビタニアン君?ユウキ~~」
「お先に~~」
「あ、待ってよ!」
二人は先を歩く仲間の元へ急ぐ。