基本的に重い展開はナシで、肩の力を抜いてみくりーなを眺めたい方向けです。
なお作者の妄想が相当な割合で含まれていますので、キャラ改変等苦手な方はご注意ください。
表向きは迷惑そうなみくだが、実はこっそり李衣菜の好物を買い込んでいて……。
ジリリリ、ジリリリ……静かな部屋に目覚まし時計の音が響いた。
「りーなちゃん、ほら起きて起きて、遅刻しちゃうよ」
と相棒を揺り起こす少女の声もどこか眠そうだ。
少女の名は前川みく。今年で16歳になる。
「んー…もうちょっと寝かせてよ…」
起きる気0の声で答えるのは多田李衣菜、みくより1年年上の高校二年生だ。
二人が一般的な女子高生と”少し”違うところ、それはどちらにも「アイドル」という肩書がついているところだけ。
「りーなちゃん、この前も遅刻してたじゃん!…ほら、りーなちゃんの好きなフランスパン焼いてるから、起きてよ」
「ほんと!?」途端にガバリと身を起こす李衣菜。
「いやー、寮で食べられるなんて思ってなかったよー、ラッキーラッキー」
「…りーなちゃんって、案外軽いんだよね…」みくは小声でこぼした。
みくはプロダクションの女子寮に住んでいるが、李衣菜は実家住まいである。それがどうして寮で目を覚ましたのか…事の起こりは前日の夕方まで遡る。
「お疲れ様でしたー!」
アイドル達の元気な挨拶が響いたこの一室は、346プロ内のレッスン室だ。
ここにいるアイドルはみなプロダクションの中でもトップクラスの売れっ子アイドル達だが、仕事のない時は基礎レッスンを欠かさない。
元々はプロデューサーの方針がそうだったのだが、良いやり方ということでいつの間にかシンデレラプロジェクトのみならず346プロ全体に浸透し、今では基礎レッスンを怠るものは誰もいない。
「気をつけて帰れよー」
トレーナーの声を背に受けながら、みくが荷物をまとめて帰ろうとしていると、後ろから声がかかった。
「みくちゃーん、ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「どしたのりーなちゃん?」
「実はさ…今日、みくちゃんの寮に泊まらせてくれない?」
「え? 突然なんでにゃ」
いきなりの申し出に困惑顔のみくに、李衣菜が事情を説明する。
「今日、うち親が出かけてて、誰も居ないんだよね。一人で過ごすのもアレだし、せっかくだから…さ」
既にみくが申し出を受けたと思っているのか、別に寮に人数制限とかないでしょ、と李衣菜は付け足す。
「まあ、いいけど…流石に着替えとかは用意できないし、自分で持ってきてにゃ?」
さっすがみくちゃん!と李衣菜は嬉しそうな表情でガッツポーズをする。
「着替えとかは一旦帰って持ってくるからさ、先、行っててよ」と言うなり、みくの返事も聞かず李衣菜はレッスンルームを飛び出して行った。
実は、李衣菜がみくの寮に泊まるのは初めてのことではない。以前から、李衣菜は何かと理由をつけては寮に泊まるのだ。
みくとしては純粋に嬉しいという気持ちもあるのだが、複雑な気分でもあった。というのも、寝起きの李衣菜は(女性のみくから見ても)あまりにも無防備で、みくは普通ならあり得ない気持ち―と、みくは思っている―になってまともに李衣菜を見られなくなるのだ。
当の本人は全く自覚がないらしく、一人でどぎまぎしているみくとしてはなんだかバカバカしくなったりもするのだが、本当のところ李衣菜がどう思っているのかはわからない。
そういったわけで、李衣菜がみくの部屋にやってきたのが昨日の18時過ぎだった。
みくとしては当面の差し迫った課題である定期考査をどうにかしないといけないのだが、既に試験を終えた李衣菜は気楽そうに動画を見たりしている。
「りーなちゃん、ちょっと勉強してるんだから静かにしてにゃ…」
たまりかねたみくが声をかけたのは、夕食を終え問題を解いているみくのそばに、鼻歌を歌いながら音楽を聴いている李衣菜がいたからである。
「え…あーごめん!みくちゃん勉強してたのか…夢中になってて気づかなかったよ…」
そんな李衣菜にため息を付きながら、みくはふと、問題集の一点を指差した。
「そういえば、りーなちゃんこの問題わかったりする?」
ん、どれどれ、とみくに近寄る李衣菜。
「あーこれ懐かしい!私も去年やったなぁ…」
ふわり、と李衣菜の髪がみくの顔に近づいた途端、シャンプーの良い香りが鼻に届いた。
みくの心に、これまで生きた16年では経験しなかった感情が湧き起こる。
(あれ…なんで私、こんな気持ちに…いつもの寮の、同じシャンプーなのに…)
「…で、こうやるとオイラーのなんちゃら定理が使えるでしょ。…ちょっとみくちゃん、聞いてる?もーせっかく私がロックに説明してあげてるのにー」
そんな李衣菜の軽口でさえ、今はみくの動悸を加速させる。
「…ッ!ごめん、ちょっとぼーっとしてた…」
「?…みくちゃん大丈夫?顔赤いよ?」
熱でもあるの?と聞きながら李衣菜はみくの額に手を当てた。
「だ、大丈夫だから!ほら続けてよ!」みくは努めて平静を装って答えた。
ほんとに大丈夫なの?と心配そうな李衣菜に覗き込まれると、みくは何とか笑いを作ることしかできなかった。
その気持ちを思い出し、みくが一人で赤くなっていると、李衣菜が待ちかねたように言った。
「パンまだ焼けないのー?」
「…いま準備してるんだから、ちょっと待つにゃ…」
共同生活をする寮である以上、好き勝手なものが食べられるわけではない。週のはじめに各々が食べたいものを記入するシートが配られるので、そこに欲しいものを書いて管理人に提出する。すると、それぞれの好みに配慮しながら、衝突しないようなレシピで献立が組まれるわけだ。
ただ、朝は比較的自由に用意された物を組み合わせて食べられる。なのに、みくはいつも、特に好きでもないフランスパンをシートに書いてしまう。どうしてなのか、みく自身もわからないのだった。
チーンという軽妙な音とともに、フランスパンが焼けたとトースターが知らせる。
「お、焼けた焼けたー!朝はやっぱりこれだよねー!この歯ごたえのある食感、ロックでしょ!」
「相変わらずりーなちゃんの好みはよく分からないにゃ…」
柔らかいパンが好きなみくとしては、どうもわざわざ硬いものを食べる感性は理解できない。
「またまたー!実は好きなんでしょみくちゃんも?」
「な、何が!?」答えたみくの声は上ずっていた。
「だからフランスパンが…って、そんな真剣な顔して、どしたの?」
何だパンの話か、とみくは心中胸をなでおろす。
(私、変に意識しすぎてる…)
「い、いや、なんでもないにゃ。それより、何でりーなちゃんはみくがフランスパン好きだって思ったの?」
そりゃあだって、と李衣菜はごく当たり前という表情で返す。
「そうでなきゃ、わざわざ寮にフランスパンを申請したりしないでしょ。まさか私一人のために買うわけないしー」
え、と思わずみくは李衣菜を見つめた。李衣菜は気づかないようでパンを齧っている。
(何で私、毎週フランスパンを頼んでるんだろ……)
寮を出てしばらく歩くと、いつもみくが使っている駅についた。李衣菜はここからみくと反対方向の電車に乗って学校に通っている。「それじゃあみくちゃん。…いつも、」
李衣菜は少し照れくさそうな表情だった。
「そんな、気にしなくていいってー。またいつでも泊まりに来てにゃ。なんだかんだ言って、みくもりーなちゃんと一緒に寝られるの、嬉しいし?」
何気なく言って、みくは李衣菜の顔に目をやった。するとそこには、これまでみくが見たことのない表情が浮かんでいた。
「そ、それじゃあ、学校行くね!」李衣菜はそそくさと改札に入っていった。
(もしかして…りーなちゃんも、みくと同じ気分に…)
なぜかはわからないけれども、不思議な嬉しさにとらわれるみくだった。
実はこの話、元々別の短編の導入部分(序章)になるはずでした。が、書いているうちにすっかり長くなってしまい、悩んだ末切り分けて一つの短編となったのでした。
というわけで初投稿&初小説がこんな経緯になってめちゃくちゃ混乱しております。
元々勢いで書いてはみたものの、その後どうすべきか分からず、バリバリ小説を書いている知人に校正をしてもらった結果、ひとまずここに投稿してみようという結論になったのでお試しがてら投稿してみます。
李衣菜がフランスパン好き、という設定は机の前にぼーっと座ってたらなんとなく考えついたものなので特に由来とかはないです。
実際の寮ってどのくらいまで好きなもの食べられるんでしょうね?自分には寮に入った経験がないので想像で書きましたが、こんなことありえねーよ!みたいなのあったら教えてほしい。
ただ「好きな献立を紙に書いて出す」というのは自分が入院してたときにあった形式です。もっとも、好きな食事を楽しめるのは退院間際で比較的健康な人だけでしたが……。
拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。