幻想狂縁起~紅~ 《完結》+α   作:触手の朔良

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準備は万全に

 男の体調も上々になってきて、咲夜は仕事の幅を広げた。

 と言うより、権兵衛の身体の事なんてちっとも、端から気にもかけていなかったが、ちょっと咲夜は或る事を一つ思い付いたのだ。それを実行に移すには行動範囲を広げる必要性がる。それは権兵衛の制限を緩める事を意味し、危険も孕んでいたが損益を秤に掛けて実行する事に決めた。

「パチュリー様。よろしいでしょうか」

 魔女へと話し掛けるも、彼女は依然として本から顔を背ける事をしない。しかし多少の付き合いのある咲夜には、パチュリーが十分に聞く体勢をとっている事を分かっていた。 

「少しお知恵を拝借したいのですが」

「……厄介事なら遠慮したいのだけど」

 ちらりと、ほんの一瞬パチュリーは本から視線を外して、咲夜の方に目を向ける。咲夜ではなく、咲夜の方にである。彼女の視線の先にはメイドの背後、せっせと本を運ぶ男と、男を馬車馬のように扱き使う小悪魔の姿があった。

 今日権兵衛にさせている仕事は図書館の整理である。以前にパチュリーから要請があったのを事を思い出し、咲夜の思い付きもまた図書館への用であった。これ幸いと、権兵衛を連れてヴワル魔法図書館へとやって来たのだ。

 さて、メイド長が一体何を思いつき魔女に尋ねようというのか? 質問の一つ二つ、一人の時にでも来ればいいとも思うが、前回の手痛い失敗が咲夜をここまで徹底させた。能力が使えない事も、警戒に拍車を掛けていた。権兵衛への監視の目は、決して緩めない。

「ま、貴女の頼みですもの。聞くだけ聞いてあげるわ」

「ありがとうございます」

 他人に興味を示さないように見えて、意外と面倒見のいい彼女だ。聞くだけと言った時点でほとんど承諾してくれているようなものだ。

 すすっと、咲夜は無言で身を寄せてきたものだから、ぎょっとしてパチュリーはその分だけ身を引いた。

「パチュリー様、それでは意味がありません」

「残念だけど咲夜。貴女の期待に沿えそうも無いわ」

「いえ、貴方様が一番適任なのです」

「き、気持ちは嬉しいけど、私そっちの趣味は無いの……!」

「何を仰ってるんですか貴方は」

 引いた分だけ更に咲夜は距離を詰める。引くパチュリーに寄る咲夜。ソファーの長さにも限界があり、遂にパチュリーは端へと追い詰められてしまった。

 にじりと咲夜の顔が近付く。間近で見るとよく分かる、彼女の均整のとれた顔が。通った鼻筋、長い睫毛。女の自分でも嫉妬してしまうぐらい美しい。

 咲夜の顔もまた、緊張のせいか赤くなっている。

 どうにでもなれと。観念したパチュリーはぎゅぅっと目を瞑り、来るべき衝撃に備える。

「……その、恋愛を題材とする本を幾つか貸して頂きたいのですが」

 咲夜は小さく、恥ずかしそうにパチュリーの耳元で囁く。

 そうして長い沈黙を経て、パチュリーはようやく口を開いた。

「……………………は?」

 は? は? はぁ~~~~? である。

 それ以外にどの様な表現を以ってすれば、自身のこの感情を言葉に現せようというのだ。数多の智識を持つパチュリーでさえ持ち併せていなかった。

「そんなに肩を落とされて、どうなさったんですか?」

「いえ、ホッとしたと言うかちょっと残念と言うか……」

 今度はパチュリーが一体何を想像したのか、真っ赤になった顔を背けて言い放った。

「でも勘違いしないでね! 私にソノ気は無いんだから!」

「はぁ」

 指を鼻先に突き付けられる何のことやら。

「それにしても、ねぇ」

 パチュリーは小悪魔にせっつかれてる権兵衛を見た。先程のように一寸視線を送るだけではなく、値踏みするかのように見て、それからまた咲夜をと、交互に二人の顔を眺めた。

 その視線を感じ取ったのは小悪魔である。男を追い立てるのを止めて、小さな羽というか耳というか、をピクリと動かして二人の会話を聞き逃す事無いようしっかりと聞き耳を立てた。

「あの咲夜が、恋愛、ねぇ……」

「なんですなんです!? 恋ですか愛ですか! 甘酸っぱいですね青春ですね! 羨ましいですコノコノッ!」

 面白そうな話題だと解ると、物凄い速さで小悪魔が接近していた。続けて物凄い勢いで捲し立ててきた。

「や、ちょっ! 突かないで頂戴!」

「……よくもまぁ、聞いていたものね」

「デビルイヤーは地獄耳なんですエッヘン」

 ぴこぴこと、自慢げに立派な胸を張って、耳なのか羽なのか、髪から覗くよく分からないものを小悪魔は指差す。

「恋はいいものですよ」

「悪魔が恋愛を語るって、おかしくないかしら」

「ナニ言ってるんですか。悪魔である前に女の子なんです! コイバナが嫌いなわけないでしょ」

 異様に高いテンションの小悪魔に、恋愛に対して人並み程度の興味もない二人は若干引いている。

「……で、お相手は誰ですか? なーんて聞かなくても分かってます。彼ですね、彼なんですね!」

 相変わらず小悪魔は身体を寄せてぐいぐいと、咲夜へ肩を押し付けた。

 先程からパチュリーとも、どうにも会話が噛み合わないと思ったら、そういう事だったのか。咲夜はようやく、彼女らの思い違いに気付いた。

 どうしたものかと悩む。素直に話して逆にややこしい事態にならないか逡巡して、自身の考えを、お嬢様の方針を、皆に皆周知させた方が案外牽制になるやも。そう判断した咲夜は二人に事情を語った。

 小悪魔はどうか知らないが、パチュリー様ならお嬢様の良き味方となってくれると思ったのだ。協力者は、多いに越したことはない。

「ふー。何勘違いしているのか分からないけど、お嬢様のお話よ。お嬢様と、その、権兵衛様との」

「レミィの……!?」

 咲夜は主人の名前を口にする際、一層声を控えて、男の耳に届かぬよう細心の注意を払う。まさか友人の名前が出てくるなんて、思ってもみなかったパチュリーは驚きに目を丸める。

 だってあのレミリアなのだ。子供も同然の思考回路のあの子が恋だなんて、ちゃんちゃらおかしい。

「はぁー……。それで、恋愛ものなんて借りてどうする気? あのお子ちゃまへ寝る前に読み聞かせるつもりかしら」

 その考えは咲夜には思い付きもしなかったが、悪くないとので後日ぜひ採用しよう。

「いえ。私が熟読して、お二人に指南するつもりだったのですが」

「随分と回りくどいわね……」

「なーんだ。ワタシはてっきり咲夜さんが……。そっちの方が面白そうだったのに……」

「小悪魔? 何か言ったかしら」

「いーえ、なーんにも」

 小悪魔はあからさまにがっかりした。あんな吸血鬼相手じゃ、絶対につまらない。小悪魔は誰にもバレぬようしいっと唇を歪めた。

 だから――。

「色々思う所はあるけど、いいわ。小悪魔。こういうのって、貴女は得意なんでしょ? 二三、見繕ってあげなさい」

「……はいはい。了解ですよ」

 パチュリーの指示を受けて本を探しに行った小悪魔と入れ替わりに、本を片付け終えて手持ち無沙汰になった権兵衛がやってきた。

「楽しそうだったけど、何の話しをしてたんだ?」

 貴方とお嬢様を、どうくっつけるかという話しよ。なんて言える訳がないのに。

「貴男に関係のある話よ」

「パチュリー様っ!」

 ご友人は何でもない様にバラすので、慌てた咲夜は批難の色も強く魔女の名前を叫んだ。

「人が盛り上がり易い話題って知っているかしら? 答えは悪口よ。聞きたい?」

「……心が折れてしまうので、遠慮しておきます」

 最初から、彼女とて話すつもりは持っていなかった。だが冗談を言うにしても普段の態度と何ら変わりないのは良し悪しである。おかげで咲夜の寿命が縮まってしまった。

「お待たせしまし、たッ!」

「あら、早かったわ――」

 ね、小悪魔。との、パチュリーの言葉は名前の途中で途切れる。

 パチュリーばかりではない。咲夜も権兵衛も頬を引き攣らせている。

「いやぁ、もう大変ですよ。重くて重くて」

「当たり前でしょっ。加減というものを知らないのかしら貴女は」

「てへ。つい張り切ってしまいまして」

 ドスンと音を立てて、三人の前には二十冊近くありそうな本の山が築かれた。文庫サイズの小さいものもあれば、分厚い表装をしたハードカバーもちらほら見える。

「はぁー……。馬鹿が馬鹿してきたけど、どうする? 私がこの中から選りすぐってあげましょうか?」

 パチュリーは中でも一番重量のありそうな本を手に取る。そして一仕事終えてソファーで満ち足りた顔をしている小悪魔の頭上目掛けて落とした。

「あがっ……! な、なんたる悪魔的仕打ち!」

「いえ、折角のお気持ちです。全部借りて持っていきますわ。権兵衛様が」

「え、ちょっと待って」

「そうね。頑張って全部持って行って頂戴。権兵衛が」

「決定事項かよ!?」

 頭を抱えて痛がる小悪魔と、人として真っ当な抗議を挙げる権兵衛をスルーして、咲夜とパチュリー。二人は上品に笑い合った。

「まぁ、女の子に重い物は持たせられないからいいけど。よっと」

「へぇ、男の甲斐性ですね。中々カッコいいじゃないですか」

「うおっと! 突っつくなってば」

 権兵衛は重さを感じさせずに本の山を抱え込んだ。

 もう回復したのか、小悪魔は早速権兵衛にちょっかいを出している。権兵衛の両手が塞がっているのを良いことに、これ見よがしにちょっかいを掛けてきた。最早彼に出来るのは三十六計の他ない。

「咲夜ちゃん咲夜ちゃん! もう今日の用は終わったよね!?」

「あっ、はい。片付けの方も済んでいるのなら――」

「よしっ! すぐ帰ろうさぁ帰ろう! それじゃぁパチュリー、またなっ」

「また来るのかしら」

「ワタシには挨拶ないんですね酷い男です」

 小悪魔の魔の手から逃れる為に、権兵衛は早足で出口へと向かっていった。

「今日は本当にありがとうございましたパチュリー様、と小悪魔も」

「ま、上手くいく事を祈っているわ」

「また何かあったら遠慮なく相談して下さいね。恋愛百段の小悪魔ちゃんが助けてあげますよっ」

 小悪魔には相談したくないなと思った咲夜は、曖昧に笑みを浮かべて、一礼をしてから男を追い掛けた。

 二人が去り、二人が残る。姦しさも無くなった。

 メイドが姿を消した方角を見て、パチュリーは尋ねた。

「あの二人、どう思う?」

「うーん、良い感じなんじゃないですか?」

 パチュリーも同意見であった。咲夜は絶対に認めたがらないだろうが、結構仲が良さげに見える。友人の事を思えばそれはきっと、良い兆候ではない。

「……厄介な事にならないといいんだけど」

「恋愛を厄介って、夢がないですねパチュリー様は。何時まで経っても結婚出来ませんよ」

「余計なお世話よ」

 いつもの様に、読書をするだけの置物へとパチュリーは戻った。

 話し相手もいなくなったので、小悪魔は書架の迷路へと身を投じる。うず高く積まれた書架の隙間を往き、小悪魔はせせら笑った。

 わざわざ自分が種は撒く必要もない、既に芽が見える兆候すらある。

「あんなお子様相手じゃぁ、つまらないじゃないですか。だから、面白くしてあげますよフフっ」

 

 我先にと悪魔の手から逃げ出した権兵衛だが図書館の扉の前で、咲夜が来るのを待っていた。待たざるを得なかった。

 何せ両手が塞がっているのだ。一人じゃ扉を開けることもままならず、途方に暮れながら咲夜の到着を待つしかなかった。

 合流した咲夜が彼に呆れたのは言うまでもない。

 図書館を出てからは、咲夜はスタスタと、権兵衛に歩幅を合わせる事もせず行ってしまう。

 本の山は権兵衛の視界を遮り、少女の歩みに追いつく事を困難にしているが、どうにかこうにか離されない速度だけは維持していた。

 永い廊下であったが、二人の間に会話は無い。

 無言に耐え切れなくなって、権兵衛は口を開いた。

「それにしても意外だな」

「何がでしょうか」

 必要のある会話でさえ、彼女の言葉遣いは事務的だった。まして雑談など不要なもの、彼女の口調は厳しい。

「咲夜ちゃんもこういう本を読むんだって」

「それは私の様な女には恋愛なんて無縁で本を読むなんて焼け石に水。全く、これっぽっちも、必要の無い無駄無価値無意味極まる非生産的な行いであると。権兵衛様は仰るのですね」

 彼女の物言いは冷たい。

 あー、確かにそんな捉え方も出来てしまう言い方になってしまったが、彼が言いたいのはそうじゃないのだ。何だか咲夜の言い方が拗ねた子供の様で権兵衛は笑ってしまう。

「ははっ、違うよ。可愛い所もあるんだなって思っただけさ」

「なっ――!」

 何を言ってるんだコイツは!

 馬鹿ですか貴方は! そんな簡単に可愛い可愛いって! そんな大事な言葉、お嬢様の為に取っておきなさい!

 咲夜の頭の中じゃ、男に詰め寄って説教する自分の姿が浮かんでいる。しかし、現実の自分は赤くなった顔を見られなのに必死で、歩幅を大きく早足に、男を置き去る事しか出来なかった。

「ちょっ、待ってくれよ!」

 現状の速度の維持だってギリギリなのに、この上速度を上げられたらをついていけない。限界をゆうに超える速さの咲夜にぐんぐんと離される権兵衛。だからといってこちらも下手に脚を速めれば、山が崩れるなり足をもつれさせるなりと、惨事を引き起こしかねない。

 結果として、権兵衛は一人取り残された。

 

「咲夜さんが相談ですか? 私に?」

「貴方を見込んでの事なんだけど……、どうしたのよ?」

「ちょっと感動を噛み締めてまして」

 丁度朝から昼に変わろうという時間。メイド長が噂の男を連れて来たから何事かと身構えたが、自分に相談なんて、今日はナイフでも降るのかな降らないのかな?

 嗚呼、思えば咲夜さんに頼られたのは何時以来か、と試しに過去を掘り起こしてみる。最近なんかは全く、もっぱら注意しかされていない。少し前も、寝過ぎだサボリだと怒られて。更に前なんかは容赦無いナイフの雨に晒されて、待てよ?

「んん? んんん~?」

「うんうん唸りだして、突然何よ。トイレかしら?」

 花も恥らう乙女に対してトイレは無いだろう。そこはせめてお花摘みと言葉を濁して欲しかったが、問題はそこではないのだ。

 ……自分が彼女に頼られたのって、むしろあったっけ?

「いやいやいや! 忘れてるだけっ、忘れてるだけですって!」

 今や上司と部下の関係だが、美鈴は咲夜の事を妹の様に思っているのだ。妹に頼られない姉なんて、存在するはず無いじゃないか。

「いい加減現実に戻って来なさい」

「嫌っ! 辛い現実を突き付けないで下さい!」

「あら。現実よりもナイフがお好みかしら?」

「何でありましょうかサー!」

 メイド軍曹がナイフを取り出して掌の中で弄び始めたので、美鈴は背筋を伸ばしての敬礼を行った。

「そこまで肩肘張らなくても構わないのよ? そんなにされたら、私だって話しにくいわ」

 美鈴の態度がおかしくて、咲夜は頬を掻いて苦笑した。

 ……おや?

 美鈴はちょっと違和感を覚えた。

「それで美鈴に相談って言うのは――」

 ちょいちょいと、耳を貸せと無言のジェスチャーを繰り出す。こんな門の前で、遠慮が必要になる相手なんて何処にもいないのに何故。と考えて美鈴はすぐに心当たりが浮かんだ。

 そして見る。せっせと庭の手入れをしてくれている男を。

 ははぁ~ん?

「ちょっと何よその顔」

「いいえ、そんなそんな。いつもと変わりませんて」

「いつも以上に気持ち悪いのだけど」

「あんまりだ!」

 今日はまだナイフの一本も飛んできていないが、言葉のナイフはいつも以上な気がする。

「……彼の事なんだけど、……って、だからどうしたのよ」

「ですから感動を噛み締めてるわけでして」

 ひそりと、男の様子を気に掛けながら何処か照れた様子を見せる咲夜を見て、美鈴は確信した。さながら雛鳥の成長を喜ぶ親鳥の心境ではあった。

 あの咲夜さんが、人を切り刻むことに快感を覚えていた(美鈴の勘違いです)咲夜さんがっ! こんなに女の子してるなんて!

「不肖この美鈴! 全力でお助けする所存です!」

「え、えぇ。それは、助かるわ……」

 咲夜の手を取って、美鈴はがっちりと両の手で包んだ。何があっても、自分はあなたの味方だと、そんな意思を繋いだ手から相手に伝えるぐらいの気迫で。

 図書館に住み着いている悪魔もこんな風にやる気を漲らせていたが、恋の話は女を狂わせるのだろうか。女という生き物はそうなのだろうか、咲夜には分からなかった。

 だが、協力的でいてくれるのは正直ありがたい。

 例えそれが、普段から寝て門番としての能力に疑問を持っているような人物でも。

 そんな仕事の評価が散々な人物に話したのも、ひとえに美鈴に対する信頼しかない。館内で咲夜が信頼を寄せる相手というのは、片手の数しかいなかった。

「話を戻すけど、仲を深めるのに良い手って、美鈴は思い付かないかしら?」

「う~ん、そうですねぇ」

 暫し思案する。

 何でも優秀だと思われがちな咲夜だが、長い付き合いの美鈴だからこそ彼女の優秀さが及ばない部分がある事を理解していた。それこそ優秀さに起因するのだが。

 即ち、他人との協調である。自分一人で何でも出来てしまうからこそ、一人で抱え込んで結果、行き詰まるまで気付かない事があるんじゃないか。常日頃から美鈴姉さんは心配していたのです。

 そんな咲夜が自分に、しかも恋の相談なんて。感動もひとしおであった。

「思ったんですけど。やっぱり長く一緒の時間を過ごせば、自然と仲は深まるんじゃないですかね」

「ふむ。一緒に、ね」

 相談してみるものだ。

 美鈴にしては、至極真っ当な意見である。素直に聞き入れる事にして、今一度問う。

「手段はどうすればいいかしら。ごく自然にってなると、限られてこない?」

「だったら、同じ作業なんかをすればいいんですよ。例えば花を育てるとか、後は、そう。料理なんかぴったしだと思いますよ。昔から言うじゃないですか、男を落とすなら胃袋を掴めって」

「……お嬢様はレバーが苦手なのよ」

「物理的にじゃないですよ!?」

「冗談よ。それぐらい解りなさいな」

 いや、だって。メイド長なら男の腸を切り裂いて、引き摺り出した新鮮な肝臓を料理する事も難なくやってのける。そんな情景が易易と想像出来てしまうのだ。

 彼女は日頃の行いを振り返り、自分がどう思われているか鑑みる必要があるんじゃないか……?

 そんな事、主人に注意されなければ気にしないか。目の前の少女はそういう質で、仮にそんな事が出来る人格だったら美鈴とてここまで感動しなかったろうに。

「でも料理ね。参考にさせてもらうわ」

 謝意を述べて、咲夜はスカートを翻す。

 枝切り鋏を手に植物相手に格闘している権兵衛に一声掛けて、彼女らは連れたって館へと姿を消した。

 今は咲夜が、相手に合わせる様子もなく一人先を行ってしまったが、いつの日かあの二人が並んで歩く光景が見られるのかもしれない。そう考えると、自然と美鈴の口元は緩むのだった。

「あーあ、羨ましいなぁ。私も良い人見つからないかなぁ」

 辺鄙な館の門番なんて、ただでなくても出会いは少ない。

 美鈴の春は遠い。

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