幻想狂縁起~紅~ 《完結》+α   作:触手の朔良

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恋愛教官十六夜咲夜

「うーん……」

 咲夜がメイド業から開放される時間は少ない。監視すべき権兵衛と、仕えるべき主人――彼女もすっかり昼行性蝙蝠となっていた――が寝ている僅かな時間しかなかった。しかし彼女は身体を休めるでもなく、厳しい顔してパチュリーから借りた本とにらめっこしていた。

 今後どうするか、その方策を練っているのだが。皆に相談したおかげで大部分の筋道は既に完成している。

 まず大前提として、権兵衛とフランの接触だけは絶対に避けなければならない。

 咲夜には前回の記憶があるといえ、その記憶は最早ほとんど役に立たなくなっていた。記憶を持つ咲夜が、未来を変えようと意識的に異なる行動を起こした為か、おおよその出来事、それ以外は見事に変化してしまっている。

 ではおおよそとは何か。美鈴が門番に従事している、パチュリーは図書館に引き篭っている、程度の事である。

 権兵衛とフランが出会ったのは何故かと、記憶を呼び起こせば何を隠そう自分こそが原因ではないか。目を覆いたくなるような失敗であった。墓の中にまで持ち込んで誰にも知らせず、二度と思い出さぬよう厳重に封印したい程の失態であった。

 しかし咲夜は忘れない。忘れてはいけない。自戒も込めて深く、深く己に刻み込む。

 ……私が原因を作ったのならば話は早い。かの提案をしなければ、権兵衛とフランが関係を深める事は、少なくとも以前の、最悪の事態は起こらないだろう。

 他に万一、彼らが出会う可能性があるとすれば。

「満月の日、かしらね」

 普段は大人しくしてくれている妹様が唯一、好き勝手が出来る日。好き勝手を赦される日。館の誰からも黙認されて、少女を咎める者はいない。特に主人たるレミリアの負い目は強く、妹の行いがよっぽど度が過ぎない限り、彼女が自ら動くようなこともなかった。

 妹様が徘徊する満月の夜だけ、特に警戒をしておけば、事が成就する前に彼と彼女の出会いは避けられる。

 満月――つまり今日だ。今日一日を平穏無事に切り抜ければ、計画一番の峠を越えたも同然となる。

 紅魔館の大時計が、零時を知らせる鐘を鳴らす。

 権兵衛がフランと遭遇しないよう、咲夜は半刻毎に巡回へと出かけていた。こんな手間も時計が壊れていなければ、する必要もないのだが仕方ない。

 ベッド横の燭台の火をランタンへと移し変え、準備は万端。いざ、と咲夜は部屋を発った。

 あれほど騒々しかった館も、皆が寝ればこんなにも静かになるものなのか。廊下に、自分の靴が床を蹴る音だけが響く。

 見回る順路はまず権兵衛の部屋へと向かい、そこからフランの部屋へと進む。さすれば行き違う間違いも起きない。そうして男の部屋へと往く途中。ランタンの明かりがぼうっと人影が浮かびあがらせた。

「……何をなさっているのです、権兵衛様」

「お、おぉ……? 咲夜ちゃんか。びっくりしたぁ」

 いなければ良いものを、男の姿を見つけてしまった。

「夜中にはあまり出歩くなと、お嬢様にも厳しく言いつけられておいででしょう?」

「小腹空いちゃってさ、寝付けないんだよ」

 その理由に咲夜は呆れ果てた。

 男の言葉を肯定するかのように、ぐぅと腹の音が鳴る。

「申し訳ありませんが、明日の朝まで我慢して、……っ!」

「ん、後ろがどうかしたの?」

「いえ……」

 否定はしたが、無論どうもしていない筈がない。

 ――いる。

 廊下の奥、光が届かずに未だ暗闇の中にあるが、抑えきれぬ魔力――そも抑える気は甚だ無いのだろう――を垂れ流す気配が近づいていた。

 幸いにも彼女(フラン)は遠く、こちらに気付いている様子はない。

 それも時間の問題だろう。

「っ! ……私がお夜食をお作りしますので、それでよろしいでしょうか?」

「そりゃ助かるけど、迷惑じゃない?」

 私が持ち掛けたのだ。良くない筈がないだろう!

 こんな問答する時間すら惜しいのに、この男の呑気さと言ったら!

「こちらへ、早く……!」

「お、おう……」

 察しの悪い男の手を取り、駆け足と早足の間くらいの速さで、調理場へと向かう。

 中へ入るとすぐさま鍵を締めて、扉へと張り付き廊下の様子を伺う。

 ……追ってくる気配はない。

 跳ねる鼓動を抑え、咲夜はほぅと息を吐いた。

「へぇ、こんな風になってたんだ」

 だのに男は呑気に、初めて踏み入れた調理場を物珍しげに見て回っている。

 自分の気苦労も知らない男の様子にイラッときた咲夜は、冷たく言い放った。

「あまりウロチョロとしないで下さい。本来なら客人を招き入れる場所ではないんですから」

「す、すみません」

「……有り合わせのもので簡単に作りますので。そこでお待ち下さい」

 年下の少女に手厳しく注意され、大の男は指定された椅子に腰を下ろし縮こまった。

 咲夜は食材を確認する。一週間以上も大所帯が引き篭って暮らすのだ。食材自体はたんまりとあるが、本格的に調理するわけではない。探しているのは、そういうのでないのだ。

 ……あった。

 米と夕飯の残りのスープ。

 その存在を確認し、咲夜はフライパンを熱して油を敷いた。頃合いを見計らって一片に投入する。グツグツと、スープが煮え滾り気泡が弾ける。その動きに合わせて米は跳ね躍り、スープを吸い込んでふっくらと炊き上がってゆく。後は時折、万遍なく火が通るよう、ヘラで掻き回すだけ。

 単純な調理に、思考の暇が生まれた咲夜はふと思う。

 何をしているのだろうか、私は。

 主人でもない、こんな嫌っている男の為にわざわざ夜食を作るなんて。まるで尽くしているようじゃないか。

 馬鹿馬鹿しい事だが、これもひいては主人の為だと思う事にして、フライパンの中でリゾットとなったものを深皿へと開ける。

 最後に料理の際に余ったチーズの切れ端を入れて完成である。

「まかない程度ですが。どうぞ」

「おぉ、いただきますっ」

 余程空腹だったのか、男は料理も冷めやらぬまま口に含んで、その熱さに咽ている。馬鹿なんだろうか。

「いかがでしょうか?」

 別に男の為に美味く作ろうだとか、そんな意識は無かった。しかし不味いと言われるのはメイド長としての沽券に関わる。

 ちょっと緊張した面持ちで言葉を待っていると、男はそんな不安を払拭するように笑顔で言い放った。

「いやいや、美味しいよ! すっごく美味しいって!」

「そ、そうですか」

 あんまり力説するもんだから、こっちが気恥ずかしさを覚えてしまう程だ。

 その返答に一先ず咲夜は安堵した。良かった――良かったが一つ、別の気掛かりが生じてつい聞かなくてもいいのに、咲夜が嫌う無駄話が口から滑ってしまった。

「普段は、いえ。普段の料理はそんなに美味しく、ありませんか……?」

 そうなのだ。こんな権兵衛の喜びっぷりを咲夜は見たことがない。それが意味する所は、と思って質問したのだ。それはそれで許せない、と。

「んー、いつものはいつもので美味しいんだけどさ。なんて言うか上品過ぎてさ、いっつも外食してる気がしてね、落ち着かないっていうか。俺は大雑把でも、家庭的な味付けの方が好きだな」

「……そういうものですか?」

「そういうものなんです」

 咲夜には権兵衛の言う事が、あんまりピンと来なかった。単に舌の好み、という訳ではなさそうだった。美味しいものは美味しい。不味いものは不味い。それ以外の何がどう起因して、味を左右するというのだ。

「ふぅ、ご馳走様」

 権兵衛がガツガツと食べる様を眺めている間中ずっと考えてみたが、答えは出なかった。彼の言葉の内容を、いつか自分も理解出来る日が来るのだろうか。

 そんな事を考えていたら、くしゃりと。

「ありがとう、美味しかったよ」

「なっ! なななっ――!」

 男は咲夜の頭を撫でた。撫でるというには乱暴な手つきだったが、カチューシャごとぐりぐりと撫で回される。びっくりして咲夜はぴしゃりと、男の手を払い解いた。

「何をするんですか貴方はっ!」

「え、何って。……感謝の気持ち?」

「それがどうして、頭を撫でる行為に繋がるかと聞いているんですっ!」

「いやぁ、丁度いい高さにあったもんで。つい」

 つい!? ついでこの男は女の髪に触れるのか!?

 なんというケダモノだろう! こんな男の為に自分は料理を振舞ってやったというのか。

 あぁ、やっぱり、すぐにでもこの男を包丁のサビにしてやりたいっ! 叶わないと分かってはいるが、思わずにはいられなかった。

「もう、戻りますよっ……!」

「あぁ。そうだね咲夜ちゃん」

 男の返事なんて聞く気はない。戻ると言ったら戻るのだ。

 だのに男は一々言葉に返事をしてきて、咲夜は踏み出した足を一歩で留めて振り返る。

「……それと前にも言いましたが、その咲夜ちゃんって言うの。止めて頂けませんか?」

「前に?」

「こほん。こちらの話です。……兎も角、子供扱いみたいで嫌なんです」

「えーっと、じゃぁ咲夜? これでいいのかい?」

「出来れば口調の方も。……まぁいいでしょう」

 今度こそ戻ろうと踏み出して丁度そのタイミングで、「咲夜」と早速男が呼び止めるもんだから、少女は危うくコケそうになった。再度振り返り、恨みのたっぷり篭った視線を向けてやる。

「……なんでしょうか」

「それならさ。咲夜の方も俺の事を様付けで呼ぶのは止してくれよ。正直、呼ばれるたんびにむず痒くて」

「貴方様は客人なので、そんな気安くお呼びする事なんて、一介のメイドにはとてもとても。畏れ多くて出来ませんわ」

 よよっと。顔を逸らし目を伏せ、口元を手で隠す。私、嘆いてますと言わんばかりに大袈裟なリアクションを取る。勿論、そんな悲しむ気持ちなんてこれっぽっちもない。覆い隠された少女の口角は僅かに釣り上がり、内心はお前の頼みなんか聞いてやるものか、と嘲笑っていた。

「そうかぁ。残念だなぁ~。客人に快適な環境を提供するのが一流のメイドだと思ったけど、仕方ないよなぁ咲夜ちゃん」

「くぅ」

 いつもは苛立たせるほど呑気している癖に、こういう時だけは忌々しくも頭が回る。

「……行きましょうか権兵衛さん」

「ん、そうだな咲夜」

 今度の今度こそ調理場を後にして、二人揃って廊下を進む。横へと目を送れば男は、「腹一杯になったら眠くなっちゃったよ」とでかい欠伸を隠そうともしない。随分と満足そうだが、対象的に咲夜の胸中には、深い霧が掛かった様で。

 何とも形容し難く、すっきりとしない気分だった。

 

「今日はお二人に、クッキーを作って頂きます」

「やんややんや」

「やんややんや……、じゃないわよ! どうして突然クッキーを作る事になってるのよ!」

「お嬢様? そのように叫ぶのは、淑女にあるまじき行為ですよ」

「そうだぞレミィ。クッキーを作るなんて、楽そう……。楽しそうじゃないか」

「だー! アンタらもアンタらで何息合わせてんのよ!」

「お聞き下さい、お嬢様」

「ぁによ……」

 咲夜は調理場の隅へとレミリアを連れて一冊の本を見せた。

 表紙を見る。コッテコテのラブコメ漫画だった。

「この本によれば、男性は女性の手料理には弱いと描かれています。聞けば一緒に時間を過ごす事で仲も深まるとも。ならばお二人が協力して一つの料理を完成させれば、相乗効果で権兵衛さんもお嬢様にメロメロになるはずです」

「な、何!? メロメロか!?」

「えぇ、メロメロです!」

「そうかっ。権兵衛がメロメロに……、ってなるかアホー!」

 切れの良いスナップが咲夜の頭部を叩く。小気味よい音が調理場に響いた。

「……痛いですお嬢様」

「アンタそんなバカしてたっけ!? 手料理一つで男を落とせたら苦労しないわい!」

「ですがこの本には……」

「そりゃ漫画だからだろうが! あーもー!」

 元気だなぁと、部屋の隅の漫才を権兵衛はボーっと眺めていた。

 権兵衛はと言えば連日の肉体労働でヘロヘロである。疲れない事だったらなんでも歓迎であった。

「あーアホらし! 私帰る!」

「お、お待ち下さいお嬢様!」

「ええい、纏わりつくんじゃぁないわよ!」

 この漫才はいつまで続くんだろうと権兵衛も飽きて来たので、ぼそりと呟いた。

「レミィの作るクッキーか。興味はあるな」

「何をしてるの咲夜! さぁっ、早くこの私にクッキーの作り方を授けなさい!」

「お嬢様……」

 男の一言で、恐るべき早さの変わり身を見せたレミリア。

 やる気を出して頂いた事に喜ぶべきか、自分と権兵衛との扱いの差に悲しむべきか。考えると気が滅入りそうだったので、咲夜はひたすらクッキー作りを教える事で考えないようにした。

 一概にクッキーと言っても種類がある。今日作って貰おうとしいるのは本当に基本となるクッキーである。

「まずはボウルでバターをほぐしましょう。堅いと思ったら湯煎で少し柔らかくしてみて下さい。注意すべき点として、湯煎の温度が高すぎるとバターが溶けて出来上がりの際に風味が落ちてしまいますから。人肌ぐらいの温度でやるといいですよ」

「了解、湯煎ね」

 言われた通り、バターの相手に手こずっている権兵衛が湯煎の準備をしていると、横からレミリアが割って入った。

「ふふん何だ権兵衛。この程度で音を上げちゃってさ、だらしないの。どれ、貸してみろ。これを、こうっ、してっ! ふんっ!」

 吸血鬼の怪力がいかんなく発揮された。

「どうよ!」

 そして自信有りげに差し出されたボウルの中には、十分にほぐされたバターも、ダマのままのバターも、全てが飛び散り何一つ見当たらなかった。

「お嬢様。ほんの少し力をいれ過ぎでしたね」

 という幸先があって、権兵衛は先行きが早速不安になった。

「次は泡立て器でよく混ぜて下さい。……今度は加減をして下さいね?」

「任せない!」

 言われた通り、レミリアは力加減を調整してかき混ぜた。正しく扱えれば、彼女の怪力はこの上なく役に立つ。順調そうな様子に、ほっと息を吐いた権兵衛だったが、甘い。甘すぎる。

「では塩を一摘み入れて、それからグラニュー糖を少しずつ―――」

「えー、塩なんてしょっぱいのは嫌よ。砂糖も一杯入れた方が美味しくなるに決まってるだろう」

 グラニュー糖の袋を逆さにして、全投入するアホ当主。最早バター風味の砂糖と化している。しかし吸血鬼の怪力は砂糖とバターを、なんと混ぜあわせてしまった。

「……次に卵黄を」

「卵ねっ」

 グワシィ!

 明らかに割るのを失敗している。ところどころに見える殻のアクセントも、レミリアが混ぜあわせれば一瞬で跡形もなく消え去った。

「…………最後に薄力粉を」

「何だか非力な名前だな。こっちの強力粉って奴の方が強そうだ」

「あぁっ!」

「咲夜っ!?」

 嫌な予感はしていた、していたのだ。だのに主人可愛さに咲夜は注意を怠った。その結果としてクッキーとは掛け離れたものが出来るのは想像に難くない。咲夜は恐るべき未来を想像してしまい、遂には目眩を覚えて倒れてしまった。

 慌てて権兵衛が駆け付けた事で、どうにか床へ倒れ込む自体は免れたものの、枷の外れたレミリアという凶獣は意気揚々と完成した生地(?)をオーブンへとぶち込んだ。オーブンの中は適温に熱されておらず、生地もまた、レミリアのセンスで妙ちくりんな形が作られている。

「後は焼き上がるのを待つだけか。ふふん、楽しみにするがいいさ権兵衛」

 むしろ焼き上がらないよう権兵衛は天に祈った。祈りは届かなかった。天のアホ。

 時間が止まるなんて奇跡は起きずに、刻一刻と、運命の審判はすぐそこまで迫っていた。

「完成っ! ふふ、自分の才能が怖い……」

 権兵衛も怖い。確かに才能である。

 ただのクッキーをここまでカオスな出来にするとは、才能と呼ぶ他ない。

 オーブンを開けた瞬間には、胸焼けを覚える程の甘い香りがぶわと拡がった。権兵衛と咲夜は思わず口元を押さえた。中から取り出したる物体は、最早クッキーではないナニか。十分に焼きが足りなかったソレは、レミリアの整えたとも言えぬ形もすっかり跡形も無く、正しく形容し難き形状をしている。

 無理くり形容するならば、塩釜焼きならぬ砂糖釜焼きだろうか。

「さ、権兵衛。私の手料理が味わえること、喜びに震えながら一口一口噛み締めて食べなさいっ」

 どんと、突き出された物体を、勇気を以って手に取ってみる。ベリっと、明らかにクッキーが発する音ではない。砂糖が溶けて固まっているのだ。その割に、割った間から見える中心部の生地は未だに生のままだ。

 ……クッキーと思わずアメだと思えばイケるか? いや、やっぱ無理だな。逝けそうには、ある。

「レミィ、味見とか……」

「無論していない。私が失敗するはずがないからな。そ、それに、初めては権兵衛に食べて欲しかったから」

 どれだけの世の男性が、上目遣いの頬を赤らめた美幼女に健気な台詞を吐かれるなんて経験をされるようか。おそらく、ほんの一握りも一握りの中の男性だけだろう。そのあまりの羨ましさに、権兵衛を妬む者も少なくなかろうて。

 羨ましい、と思うのなら是非代わって貰いたい。

 だが、向けられるレミリアの無邪気な瞳の前では、辞退も交代も許される筈もない。

 最後の望みと咲夜へと目を向ける。視線で助けを訴えてみるも、彼女は今までで一番いい笑顔で喉を震わせずに唇を言い放った。

 ガンバレ――。

 初めて、咲夜からまともな励ましを貰った瞬間だった。

 神は死んだとは誰の言葉だったか。その人物を思い出そうとして、権兵衛はふと、全く別の事に思い至った。この館は悪魔の、吸血鬼の館だったのだ。どうして神が救ってくれようか。

 その事実に、権兵衛の心は完全に絶望で塗り潰された。

 自棄を起こしてクッキーのようなものを一掴みし、口いっぱいに頬張る。

「ね、ねぇ。どうかしら……?」

 一口噛む毎に、男の顔から血の気が引いていくが、レミリアは彼の感想が気になって気になって仕方ない。もじもじ、もじもじと権兵衛の様子を伺っては、彼の百面相にも気付かない。

「……重い」

 そう、口にするのが精一杯だった。

 飲み込もうとすると身体が拒絶してえづいてしまい、口内のクッキーのようなものは一向に減らなかった。むしろ唾液を吸って増えてる気さえする。なんなんだこれは。

「はぁ!? 重いって何!?」

 彼が美味しいと喜ぶと疑っていなかったレミリアは、まるで食べ物にする感想ではない事に腹を立てた。そんなレミリアに、権兵衛は無言でクッキーのようなものの一部を差し出す。

 受け取り、レミリアは迷いなく口に放り込んで、すぐさま吹き出した。

「ぶーーっ! ぺっぺっ! な、何よコレ……」

 クッキー、のようなモノした、キャンディー、のなり損ない、にもなれなかった憐れな成れの果て。こいつを無理矢理五味で言葉にするならば、まず間違いなく甘いである。甘くて甘過ぎて、ジャリジャリとした歯応えをして、ベタベタとした舌触りをして。

 そこまで非道いものなのかと好奇心を持った咲夜も一口摘み、食べた瞬間に慌てて吐き出した。

 これは人の食べるものではない。

「……重い」

 もう一度だけ呟いて、権兵衛は涙を堪えながらやっとの思いで飲み込む。そして再び、レミリアの手作りクッキー(?)に手を伸ばした。

「ば、バカっ! 何食べようとしてるんだ!」

 余りの衝撃的な味に、権兵衛は気でも違ってしまったのか。レミリアは慌てて止に掛かるも、権兵衛はやんわりと制した。

「……折角レミィが作ったのに勿体無いだろ」

「っ! 何だよ格好なんかつけてさ! バカだバカだと思っていたが、こんなの食べ続けたら身体を壊すどころか、下手すれば死ぬぞ!?」

「ははっ……。自分で作った料理をこんなの扱いだなんて、レミィはおかしいな」

 というか既に大分ぐったりしている。権兵衛は伸ばしていた腕をレミリアの頭に置き、ぽんぽんと軽く叩いた。

「ばっ! おまっ! 子供扱いしないでよっ!」

 幼子をあやすその動作にレミリアのカリスマがブレイクした。

 だけど振り払うような真似はしない事が、レミリアがどんな思いを抱いているのか、如実に語っている。

「うー! 咲夜! このクッキーを厳重に処分しなさい! このバカが食べるよりも早く! 咲夜! …………咲夜?」

「……えっ! あ、はい! かしこまりました」

 権兵衛に指摘された事を気にして、こんなのがさらりとクッキーへと格上げされている。

 幻想郷では名前は重要とはいえ、流石にクッキーが化ける事はない。産廃は産廃、似合いのゴミ箱にでも捨てろと主人のお達しである。

 咲夜はちょっと返事が遅れた。

 その事を気に掛ける者は誰もいない。権兵衛はへばって、レミリアは彼を心配している。咲夜自身、甘ったるい匂いに気でもやられただけだと深く考えはしなかった。

 ただ瞼には、権兵衛がレミリアを撫でる光景が焼き付いて。中々離れてはくれなかった。

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