幻想狂縁起~紅~ 《完結》+α   作:触手の朔良

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初デェト

「デートだぁ?」

「はい。デートにございますお嬢様」

 夕食も終わりレミリアが一人になった事を見計らって、咲夜は早速事を伝えた。

 てっきり大喜びするものだと思ってたが、レミリアは懐疑的である。少し唐突過ぎたかと、あまり芳しくない反応をそう判断し、咲夜は畳み掛けるように続けた。

「お二人の仲をお深めになるのにこれ程お(あつらえ)向きなイベントもありません。権兵衛さんの初めて外出、という事も相なれば彼も断る道理は無いかと」

「しかしだなぁ……」

 尚、レミリアは歯切れ悪い。抱いていい感情ではないのは理解していたが、咲夜は煮え切らない主人の態度に苛立ちを覚えた。

「周囲から見てもお嬢様と権兵衛さんの仲を、見紛う筈もありません。同時に皆、歯痒くも思っています。もうそろそろ、次のステップにお進みになる時期かと存じ上げます。次の、つまり恋仲の関係です」

「む」

 恋仲、と聞いてちょっとレミリアが食い付く。

 吸血鬼だって煽てられれば悪い気はしない。

「そうまでして言うのだから、よほど良い案があるんだろうな」

「勿論にございますお嬢様。この咲夜に必勝の計ありです。まずは――」

「……ほう。ほうほう」

 まるで歴戦の勇者の様に自信満々に胸を叩く咲夜。彼女とてそんな経験皆無だろうに、どこから自信が沸き上がってくるのか。レミリアも恋に逆上(のぼ)せていなければ冷静な判断を下せる思考も残ってたろうが、心は既に権兵衛とのデートに浮ついていた。

 考えに考え抜いた計画を、レミリアへと教授する。

 恋愛素人が恋愛素人に指南する、なんとも珍妙な光景が繰り広げられた。

 そして迎えたデート当日。

「い、いい天気ね権兵衛」

 レミリアの口調は柔らかい。館の外、当主という責務から開放されての事か。はたまた男との初デートに浮かれているのか。

「え? あー、吸血鬼にはって事ね。そうだな、ものの見事に曇天だ」

 道往く人々は皆何事かと振り返っていた。そらそうだろう。真昼間から天下の往来を、吸血鬼が堂々と歩くなんてそうそう無いのだから。

 計画の通り、二人は人里へとやって来ていた。

 大通りは人混みに溢れ、雑踏に巻き込まれて(はぐ)れぬよう、権兵衛とレミリアの指はしっかりと絡んでいた。ちなみに男の空いている方の手には――分厚い曇天が太陽を隠しているとは言え――フリルが沢山あしらわれた日傘が握られていた。

 レミリアの顔は赤い、繋いだ権兵衛の顔を見上げられぬ程に。蛇の如く絡められた指は所謂恋人繋ぎなのだ。恥ずかしくない訳がない。デートの間中は、可能な限りずっとそうしていろとの咲夜からの勧めだった。

 しかし、たかだか手を握るという行為がこんなに恥ずかしいなんて、五百年生きて彼女は初めて知った。実は咲夜からは腕を組め、と言われていたのだが、指先だけで顔から火が出る思いなのだから。そんなの出来っこないと案外と淑女なレミリアだった。

 そんなに恥ずかしいのなら離せばいいのに、彼女の握る力は弱まるばかりかより強くなった。だって、節くれだった指から伝わる男の体温は、レミリアに恥ずかしさだけではなく、幸福な気持ちにさせてくれるのだから、離す訳がない。

 初めての外出、ともなれば権兵衛を誘う事は簡単だった。

 ただデートという事実は男には伏せてある。そんな事を下手に滑らせて、男の方も意識してしまっては成功するものもお釈迦になってしまうかもしれない。そんな咲夜の配慮であった。

 レミリアがゆでダコに、権兵衛が平然と。男女の間には若干の温度差があった。それは余裕のある権兵衛がレミリアをリードする、という最良の形を持って成されていた。

 そんな二人を遠くの影から見守る、妖しいグラサンとマスクを装着した人物がある。

 勿論、咲夜である。こそりこそりと、気取られぬよう離されぬよう。二人との距離を一定に保ち様子を伺う。

 そんな咲夜に向けられる視線の数は、二人の比ではない。明らかに不審者の体を成していたが、彼女を通報する人間はいない。何せ咲夜の変装は誰から見てもバレバレで、メイドの見守る先にはレミリアと、手を繋いでいる見掛ぬ男の姿があるのだから、「なんだ。紅魔館の従者か」との感想以上を抱く者はいなかった。

「幻想郷って、思ったより人が多いんだな。いつもこうなのか?」

「わ、私も結構引き篭もりがちだからあんまり……。ただ今日はバザーが開かれるからって、いつもより多いかも」

「へぇ。だから出掛けようって言ったのか」

「そう、そうなのよっ」

 道々の左右に御座を広げて商品を並べている人が多いのにはそんな理由が。

 商品と言っても、ほとんどの出店には統一性はない。使わなくなったもの、要らなくなったものと、外の世界で言うフリーマケットと変わらない。その活気、賑わいは中に交じるだけでも不思議と気分を高揚させるものがあった。

 様々な、何に使うかも分からない品々を見て回るだけで十分に楽しい。

 ただあんまりお喋りに夢中になったせいで、つい注意が疎かになってしまった。

「きゃっ」

「っと。レミィ、大丈夫か?」

「へ、平気よ。ありがと……」

 溢れんばかりの人混みと、接触を避け続けるのは困難も困難。

 如何に吸血鬼とはいえ所詮体躯は幼女のそれである。覆し様のない体格差はどうしようもなく、レミリアは大の男に突き飛ばされてしまった。慌てて咲夜が飛び出そうとするも、杞憂だったようだ。

 あわや転倒という寸前に、権兵衛はレミリアを抱き留めた。

 大男とて悪気は無い。一言だけ謝り、足早に去ってしまった。

「参ったなぁ。流石に人通りが多すぎてうかうか楽しむことも出来やしない。ちょっと早いけどお昼にしないか? 昼時に見て回れば人も少なくなってるかもだし。どう思うよレミィ。……レミィ?」

「……へ。あ、あぁうん、そうだな! 先にお昼にでもしようか!」

 何だかレミリアが惚けている?

 人混みの熱気にでもやられて酔ってしまったのか。こりゃ一刻も早く休める場所を見つけださなければ、と勘違いする男、権兵衛。

 二人に何事も無かった事で咲夜は肩を撫で下ろした。万一にでもお嬢様が怪我でも負っていたら、大男は従者の手によってきっついお仕置きをされていたろう。

 命拾いしたわね……。

 当の男と今まさにすれ違った咲夜は、心の中で男の幸運を呟く。元より、そんな下らない騒ぎを起こす気は、あんまり無いのだが。あんまり、無いのだ。

 そんなどうでもいいことに気を取られ、二人を見失ってしまいそうになる。慌てて少し早足で距離を詰めると、丁度二人が店へと入るところを目撃した。

 暖簾には大きな丸に『甘』の一文字が入っていた。

「レミィは何にする?」

「うーん、そうねぇ……」

 少女の緊張もすっかり解れたのか、メニューブックを前に睨めっこしている。

 そんな愛らしい姿を目にして男はくすりと笑い、助け舟を出すかのよう言った。

「何でもいいんだぞ。お金なら俺が持ってるからな」

「ふぅん。何でもいいんだ。……決めたわ」

 パチンと指を慣らして給仕を呼び付けるレミリアは、様にはなっているが、ぶっちゃけ厨二病だろう。権兵衛はちょっと恥ずかしさに身を縮こまらせた。

「給仕、ここからここまで全部持ってきなさい」

「えっ」

「ふふっ、冗談だよ。だからそんな、慌てて財布の中身を確認なんかするな」

「心臓に悪いからやめてくれ……」

 レミリアの冗談に給仕の女性も苦笑している。

 だから分かり難い冗談はあれ程やめろと。手持ちの金は咲夜からデートの前、労働の賃金として渡されたものがある。労働の対価にしては随分と多く感じたが、おそらく、このデートを見越して色を付けていたのだろう。払えないことはないが、まだ何の店も回っていないのだ。その為にも出来る限り、軍資金は減らしたくなかった。

 幸いなことに、権兵衛らが入った甘味処は簡単な軽食も取り扱っていたので、権兵衛はオススメとされているナポリタンを頼んだ。

「お待たせしました~」

 然程待つ事無く、盆に注文した品を載せた給仕がやって来た。

 権兵衛は目の前に置かれたナポリタンをフォークで一巻きし口に放り込む。うーん、可もなく不可もない、無難にお店のパスタといった所だと彼は思った。オススメにしては今ひとつではないか? とすら思ってしまったが、それは彼の舌が咲夜の料理で贅沢になってしまったのが原因である。

 レミリアが頼んだのはイチゴパフェだ。そんなんで腹が膨れるのかと聞くと「別腹だから大丈夫」だそうだ。別腹ってそういう意味と違うんでは……。

 まぁ、レミィが幸せそうだからいっか、と権兵衛も自分の皿を空にすることに意識を傾けた。

 自然と会話の数が減る。特に麺なんて食べ物は尚更で、権兵衛が食べることに集中していると。

「うぉっほん……! んっ、んんっ!」

 ちらちらとこちらに視線を送り、何ともわざとらしく咳き払いをするレミリアがいた。

 何事かと気にもなったが、碌でもない考えに違いないと気付かないフリをして更にパスタを貪る。

「んんんっおっほん!」

 パスタは湯水の如く湧き出るものでもない。早く食べればそれだけ早くに無くなってしまい、空の皿を前にしては気付かぬフリにも限界が訪れていた。仕方なくレミリアに声を掛ける。

「どうしたんだよレミィ。パフェでも喉に詰まらせたか」

「ん、んんっ! なんだ権兵衛っ、パフェが気になるのか! 仕方のないヤツだなぁ、ちょっとだけなら食べさせてやらんでもないぞ!」

 抗議の意味も含めて嫌味を言ってやったが、レミリアは聞いちゃいなかった。

 生クリームを一掬いすると、そのままスプーンを差し出してきた。俗に云う、あーんと呼ばれる行為である。

 そういう事か、と得心言った権兵衛は仕方なく少女の思惑に乗ってやろうと口を開けて、止まった。

 ――注目されている。

 レミリアは当然の事として、店の従業員も客と問も、皆が皆こちらの一挙手一投足に注目していた。幸いと言っていいのか、皆の視線は迷惑そうな客に向けるものではなく、生暖かい、仲睦まじい兄弟の微笑ましい光景を眺めるおじいちゃんおばあちゃんの視線だった。

「どうした権兵衛。食べないのか? わ、私のパフェは食べれないのか?」

 すっかり固まってしまった男の反応に、レミリアの声が震える。真ん丸の瞳にはうっすらと涙すら見えて、周囲の視線が冷めてゆく。

 身の危険を覚えた権兵衛はままよと祈り、スプーンに食らいついた。

「……甘い」

「そうかそうか! まだまだ沢山あるからな、ほらっ」

「い、いや。レミリアの分が無くなるし、もういいよ」

「遠慮するなよ。あーん」

「んあー」

 最早権兵衛は観念するしかなかった。少女から、こんなにも無邪気な笑顔を向けられて、断れる男がいようか。

 周囲から向けられる視線を素知らぬフリをして、ただ無心で食べる機械と化す努力をした。

「あの、もしもしお客様? ご注文は……」

「水」

 その傍ら、店の隅。入店してからずっと同じ言葉を繰り返す客がいた。いや、注文も行なっていないのだから彼女を客と呼ぶには語弊があろうか。

 グラサンとマスクの、言わずもがな咲夜である。

 遠慮がちに置かれた水を、彼女は一息で飲み干す。その姿は自棄酒を煽る、仕事に疲れた女性社員を連想させた。

 自分の指示を悉く見事にこなすなんて、流石お嬢様と心の中で喝采を送る。親バカならぬ主人バカ。

 計画は順調に推移している。懸念となるものは、一つ一つ丁寧に潰してきた。二人の仲を妨げるものなんて、ありはしない。

 なのに何故。

 何故、こんなにも胸が苦しいのか――。

「あ、あのすいません。流石に何か注文を頂かないと」

「勘定よ」

「えっえっ?」

「釣りは要らないわ」

 勇気ある給仕が今一度注文を取りに行くのと同時、謎の客は突如立ち上がり、一枚のお札を置いて止める間もなく店を出て行ってしまった。

 権兵衛らに動きがあったからだ。

 そそくさと、身近な物陰に隠れて様子を伺う。咲夜の視界には店の軒で、やれ美味しかっただの恥ずかしかっただの、楽しげに会話に興じる二人の姿が移った。思わず咲夜は目を逸らしたが、監視が目を離す馬鹿さを思い出してすぐに視線を戻した。何故そのような無駄な行為をしたのか、疑問が湧き上がるも、ひとまず自答は後回だ。

 咲夜は頭を振って、意識を前方にだけ集中した。

「なぁ権兵衛っ。コレなんか可愛いじゃない!?」

「えっ? あー、いいんじゃないか、うん。悪くない」

「何よ気のない返事ね」

 レミリアが指差したのは一つの人形だった。

 人形なんて可愛い女の子らしい趣味じゃないかと権兵衛は笑った。その人形の容姿が、珍妙不可思議なものでなければ。

「おっ! お目が高いねお嬢ちゃん! これは彼の有名なボンガボンガ族が祀り上げてた神様を模した人形なんだぜ」

「へぇ」

 ボンガボンガって何だよ……。

 聞いたことも無い民族の名前に権兵衛は警戒心を強めるが、レミリアときたら珍品っぽいものを発見した自分の審美眼に酔っているのか、店主の胡散臭い話をキラキラと目を輝かせている。

 由来はどうあれ、欲しいのならと思い値札を見て零の数に驚愕する。

「レミィ、行こう」

「やっ! ちょっと待ちなさいよ権兵衛!」

 視線が人形へと釘付けになっているレミリアを、ぐいと引っ張りその場から引き離す。背後から男の舌打ちが聞こえた。

 それ見たことか。バザーにはそれこそ多様な品と、人間がいる。考えたくはないが、中には詐欺紛いの商売をしている者もいるだろう。多分に漏れず先程の男も、ぼったくりの類だと、聞こえた舌打ちに権兵衛は確信を持った。

「あーあ、可愛かったのに」

「ほら、あっちの人形の方が可愛いと思うぞ?」

「ふーん、権兵衛が言うんなら……。あっ」

「いらっしゃいま……。あっ」

「あっ?」

 通り向かい、人形作りを実演しながら、完成した人形を売っている店があった。物珍しさに足を伸ばすと、レミリアと店主。それぞれが姿を確認すると同時に声をあげた。

「……いらっしゃいませスカーレット嬢」

「ふん、いらっしゃってやったぞ。光栄に思うんだな」

 レミリアの口調が、当主のものに戻る。

 店主もまたほんの一瞬驚いた顔をしたが、隣に見知らぬ男が居たのですぐに外面用の仮面を被り直した。……のも一瞬だった。

「珍しい事もあるのね。吸血鬼が昼間っから里にやってくるなんて。しかも男連れで」

「おい、こっちは客だぞ。口の利き方がなってないんじゃないか?」

「まだ客じゃないわ」

 両者の反応から、二人が知り合いだと察するのは容易い。そして仲の良い友人でない事も分かる。

 女店主はちらりと、権兵衛へと目を向ける。視線が、絡む。

 よくよく見なくとも、かなりの美少女だ。レミリアのドレスともまた違う、フリルの沢山あしらえられた服と相まり、人形のような可愛らしい印象を受ける。

「行くぞ権兵衛。こんな店じゃ呪われた品しか見つからない」

「えっ、少しぐらい見て行かないか? この人形なんてほら、凄く丁寧な作りだし」

「あら。こっちの方は物の価値が分かるみたいね」

 今度はレミリアが男を連れ去ろうと試みるも、彼女の思惑から外れ権兵衛はアリスの人形に興味を持ってしまったようだ。確かに、彼女の人形は一つ一つ丁寧な職人芸で以て作られている。この女への感情を抜きにして見れば、それはそれは立派な人形である事は認めざるを得ない。

「アリス。アリス=マーガトロイドよ」

「ご丁寧にどうも。俺は、名無しの権兵衛って名乗ってるんだ、よろしく」

「名無しの……? 本名じゃないわよね」

「あぁ、記憶が無いからね」

「ふぅん……」

 しかし、しかし。目の前の光景に、どうして感情を排除出来ようか。

 自分以外の女と仲良さげに話すなんて、デートにやる事じゃないだろ……!

 如何ともし難い苛立ちがレミリアに募り、その光景を目にしてくなくてそっぽを向く。組まれた腕をトントンと忙しなく叩く指先は、彼女の心情を如実に現している。なるべく見ないように聞かないように、レミリアは話が早く終わらないかと強く念じていた。

「……そう、大変なのね。ここで出会ったのも何かの縁ね。良かったら一つ買っていかない? サービスするわよ」

「そうかい? 悪いねぇ。レミィっ、サービスだってさ。何か一つ――」

「いらんいらん! 敵の情けは受けないわ!」

「敵ってあなたね……」

 アリスは特別気を悪くした様子もなく、ただただ呆れた。

 権兵衛も頬を掻いて苦笑する。プイとそっぽ向いたまま、お嬢様の臍曲がりは治りそうもない。

 改めて人形達を見る。

 そのどれもがきちんと作られて、アリスの愛情がどれだけ篭められているのか、聞かずとも分かる。その一つ一つを手に取って権兵衛は頭を悩ませた。

 ここまで話し込んで、折角サービスもしてくれると言う相手に、買わないという気が引ける。

 しかし当のレミリアは要らないというのだから、どうしたものか。

 ならもう一人、権兵衛の脳裏に世話になってる人物の姿が浮かんだ。浮かんだのだが、彼女の性格からして人形で喜ぶ姿を想像出来なかった。

「……アリスさん。売ってくれるのって、人形じゃなくてもいいのかい?」

「え、売り物なんて、人形くらいしか無いけど」

「ええっと、それとか……」

 言って権兵衛は指差す。

「これ? ……別に構わないけれど」

「幾らぐらいになりますかね」

「折角だけど、ご遠慮するわ。売り物じゃないものね。それにサービスするって言っちゃった手前、ね」

 アリスのウィンクは、権兵衛の鼓動を小さく跳ね上げた。

「終わったか? 終わったな! 行くぞ、もう行くからな!」

「またのお越しを、お待ちしてるわね」

「二度と来るか!」

「あなたには言ってないもの」

 二人のやり取りに痺れを切らしたレミリアが、ついに実力行使に出た。権兵衛が商品を受け取るやいなや、男の襟首を掴みズルズルと引き摺ってゆく。流石は吸血鬼の怪力である。

 徐々に小さくなってゆく後ろ姿に、アリスは小さく手を振った。

「レミィっ! 歩く、歩くからっ! そろそろっ」

「むぅ~」

 天下の往来で、幼女に首根っこ掴まれる大の男の図とは、あまりにも情けない。

 ではそんな少女に許しを請うのは恥ずかしくないのか、という話だが。勿論、恥ずかしさはあるものの、今はこの見世物状態を一刻も早く回避する方が先決である。

 男の懇願に一応、レミリアは足を止めて手を離してくれた。

 首根を擦り調子を確かめる。……どこも痛めてはいないようだ。

 そしてレミリアは離したはずの手を、再度突き出してきた。

「んっ」

 その意図が分からず頭にクエスションマークを浮かべていると、レミリアの不機嫌オーラが目に見えて強くなってゆく。

「んっ!」

 更にずいと、差し出された手の意図を察し、自分の手を重ねる。どうやら正解だったようで、機嫌がほんの少し良くなった。少しである。未だ彼女は口をアヒルの風にしてはブー垂れている。

 どうしたものかと、レミリアに悟られぬようポケットから一切れの紙を取り出す。

 咲夜が授けたデート虎の巻である。レミリアの機嫌を損ねた場合どうすればいいか、付き合いの長い彼女の事、きっと解決策が書かれていると思い目を通して見るも、そんな都合の良い項目は無かった。

 代わりに権兵衛の目を引いたのは贈り物作戦の一文字だった。その項目には、有り難い事にレミリアの趣味嗜好が事細かに記入されている。

 何か良さそうなものは無いかと、周囲の出店とメモの内容を照らしあわせて、ふと、一つの店が目に入った。そこの店は丁度人垣が割れていて、一際男の目を引いた。並べられた品物もメモのものと一致する。権兵衛はむくれるお嬢さんを(なだ)めすかしながら、その店を目指す事にした。

 極力レミリアに負担が掛けぬよう人混みの波を掻き分けて、やっとの思いで辿り着く。

「見てもいいですか?」

「…………」

 一つ断りを入れるも、女店主は無愛想と無言と、鋭い目つきを返してきた。

「げっ」

 その店主の顔を見た途端に、レミリアは明らかに嫌そうな顔をした。何だかデジャヴュである。

「風見幽香っ!」

「そういうアンタは……、誰だっけ?」

 レミリアは憎々しげに女店主の名前を吐いた。不穏な空気が周囲を、包みそうになるも幽香の言葉にレミリアはずっこけた。

「えっえっ、ちょっと待ちなさいっ。まさか、本気で言ってんじゃないでしょうね……?」

「本気も本気よ。アンタの事なんてちっとも知らないわ。仮に会っていたとしても、私弱者は記憶に残らない主義だから」

「言ってくれる……!」

 やっぱり不穏な空気が周囲を包み込む。

 今思えば、どうしてこの店の前にだけ人がいなかったのか。どうしてそこんところをよく考えないのか、過去の自分を叱りたい。

 人波が二人を避けて、空白をより大きく広げた。レミリアと幽香。二人の強者の圧力がみるみる高まり、一等傍にいる権兵衛はモロに食らう羽目になり、全身から冷や汗が吹き出した。

 正に一触即発。二人の間には目に見えぬ火花が散り、逼迫した空気は今にも破裂しそうであった。

 最早どちらが先に仕掛けるかは時間の問題に思えたが、ふっと、レミリアの殺気が突如として萎んでいった。

「今日はやめとくわ。デートに喧嘩なんて、無粋ですもの」

「あらデートだったの? これは失礼したわね。私はてっきりはじめてのおつかいと心配になってついてきた保護者かと思ったわ」

「っ、こんのっ……! いえ、落ち着くのよ。落ち着くのよレミリア……。権兵衛の前、淑女たれ淑女たれ……」

 挑発的な幽香の物言いにレミリアの怒りが振り切れる寸前だったが、良くぞ堪えたものだ。好きな男の前では女らしくありたいと、これもひとえに愛のなせる技であろうて。幽香は少し驚いた。

「レミィ、この人は?」

「あー、オマエはずーっと知らなくていいタイプの妖怪だぞー。近づくこともしない方がいい」

「失礼しちゃうわね。そういう風に言われると、意地でも名乗りたくなるわ。風見幽香よ。別によろしくする気はさらさらないわ」

「あ、俺は――」

「興味がないって言ったわ」

「はい、そうですか……」

 ツンケンとして全く人を寄せ付けない。こんなんで客商売して平気なんだろうかと心配になってしまう。 

「で、何? 冷やかしなら余所でやってくれない? 吸血鬼が店の前に居据わっちゃ、おちおち商売も出来ないわ」

「来る前から閑古鳥が鳴いてた様な……。いえ、何でもないです」

 ただ事実を指摘しただけなのに、恐ろしいほどの眼光を向けられた。あれは人を殺した事のある目だ。あ、妖怪だから当たり前か。

「行くぞ権兵衛。こんな所じゃ、妖しげな花しか手に入らないだろうし」

「え、ちょっと待ってくれよレミィ。俺は花を買いに来たんで」

「花なんて他の店でも買えるっ」

「ここの品揃えとか凄いし……」

「あら。男の癖に中々見る目あるんじゃないの。そっちのお嬢様なんかよりよっぽど、ね」

 またこの流れかと、レミリアは地団駄を踏んだ。

 まぁまぁと、そんな彼女をどうにかあやす権兵衛。「時間は取らせないから」と言い聞かせて不承不承納得させた。

「んー?」

 本当に、多様な花がある。どれくらい多様かって、季節感を無視した四季折々の花々が所狭しと並べられているぐらい、沢山の花があった。

 彼女も妖怪だと云う。ならばこの目の前で咲く花々は、そういうことが出来る妖怪なんだろう。

 まぁ彼女がどんな妖怪だろうと権兵衛には関係ない。むしろ、どんな花であろうと揃えられているという幸運だけが重要な点でだった。権兵衛は散々悩みに悩み、パチュリーから借りた本の浅知恵と照らし合わせながらまじまじ花を観察する。

「この花を下さい」

 ふと、一際彼の目についたのは見事な真っ赤な色をして、いっぱいのフリルを詰めた風に花開いている。何だかレミリアみたいだと思って直感的に選んだものだ。 

「ふぅん、ベゴニアね。……ま、いいんじゃないかしら」

 幽香は手慣れた手付きで花をくるりと包んでくれた。先刻レミリアと衝突しそうになった事や、他人への興味関心の薄さから幽香の事を粗暴な妖怪、という印象を権兵衛は抱いていた。しかしどうだ。この驚くほどに手慣れた手付きからは、幽香の女性らしさを垣間見た気がした。

「はいどうぞ。……何よその目は」

「いや、どうもありがとう」

「礼は要らないわ。対価も貰っているし」

 応答は相変わらず素っ気ない。権兵衛は花を受け取ると、早速その花をレミリアへと手渡した。

「はい、レミィ」

「私に……?」

「そうだよ。最初からそのつもりだった」

「権兵衛……」

「ねぇ。そういうのって余所でやってくれない?」

 店の前で突如としてラブシーンを演じられては幽香も堪ったものではない。しっしと、二人を犬かなんかのように追い払おうとする。

 権兵衛は幽香に軽く会釈して、レミリアの心はプレゼントされた花に囚われて風見幽香の事なんてすっかり忘れて、去っていった。

 特に客足が忙しい訳でもないので、幽香は雑踏の影に飲まれ往く二人の影を眺めた。

 道を往く権兵衛とレミリアの手は自然に握られていたが、遠くから見る幽香からすれば恋人なんかよりも、精々仲の良い兄弟にしか見えない。

 赤いベゴニアの花言葉は幸福な日々。そして片思い。

 幽香は花言葉の暗示する未来を想像し、さぞ艱難辛苦が待ち受けているのだろうと胸を躍らせた。しかし全然自分には関係ないことを思い出して、すぐに忘れてしまった。

 

「……」

 もう一人。レミリアと権兵衛を見送る人物がいた。

 二人の姿はどんどんと小さくなり、監視しなければと思っても、自分の足はその場に縫いついたように一歩も踏み出せなかった。

 何をしているんだろう、私は……。

 胸は、ずっと痛かった。だが使命感から痛みに耐えてずっと二人を見守っていたが、権兵衛がレミリアへ花を渡す場面を前にした時、それは限界を迎えた。

 咲夜は尾行している立場である事も忘れ、呆然と立ち尽くす。

 それから足が、一歩も動かないのだ。

 もう、二人の姿は影も形もない。

 急いで探し出せばそう距離も離れておるまい、時間も掛からずに見つけ出せるだろう。

 そして咲夜は、ようやく一歩を踏み出した。二人の行った方向とは真逆に。

 これ以上、見守る必要がどこにあるのだ。お嬢様と権兵衛の仲は、もう疑いようもない。事はトントン拍子に進んでいる。デートの最後はきっと、ハッピーエンドで終わる事だろう。全ては何事も無く、この上無く至上の結末を迎えようとしているのだ。これ以上の出歯亀行為は無粋というもの。どこぞの記者と違って私にその趣味は無い。

 だから、これ以上心を痛める必要もないのだ。

 そも、どうして痛いのかすら原因は不明のままだが、きっとお嬢様が成長して離れていく事に、一抹の淋しさを覚えていたのだろう。この胸の、寂寥感は。

 彼女とてここの所、権兵衛の監視もあってずうっと館に篭りっ放しだった。

 久々の人里。自分の用向きも済ませなければならない。咲夜は暖簾を潜った。

 店の中は煩雑としており、掃除も行き届いていないのだろう。商品は埃を被っており、メイドとして我慢ならないものを覚えるが、己の居住ではないのだ。余計な思考は挟まず、粛々と用事だけをこなそう。

「御免下さい」

 店の中に店主の姿が確認できなかったので、咲夜は奥へと声を掛けた。「はいよ」としわがれた声と共に現れたのは、これまた皺くちゃなお爺さんだ。

 店は所謂、骨董品屋だった。

「おぉ、咲夜ちゃんか、よう来たのぉ。今日もかい?」

「えぇ。今日もです。よろしくお願いします」

「そうかい。どれ、貸してみなさい」

 壊れた時計を渡す。

 この店の主人は客とのやり取りをあまり好まない。それを咲夜は気に入って贔屓にしている。特に今は、必要以上に口を開きたい気分では無かった。

 それに何より、主人の腕がいい。

「少し待つようじゃが、ええかいの?」

「いえ、他に用は……。ありませんので」

「……そうかい」

 言葉を交わしつつも、老人の手は休む事は無かった。ガサゴソと、煩雑に積み上げられた――咲夜にはガラクタにしか見えない――山々から、目的の物を見つけ出す。

 キズ見を装着して、彼の手の中であっと言う間に時計が分解される様は、それこそ魔法のようだ。老爺は部品の一つ一つを手に取って、真剣に見詰める。

「歯車が欠けちゃってるねぇ、面も。……ふむ、運がいいねぇ。この型は丁度余りがあるから、直ぐにせるよ」

「本当ですかっ」

「本当じゃとも」

 老店主は再びガラクタを漁り始めた。今度は中々見つからないのか、先程よりも時間が長かった。

 それにしても、良かった。時計の無い不便さは、咲夜にとっても困難な日々であった。そうでなくても、レミリアに権兵衛にと、手間の掛かる人々を相手に大変な日々だったのだから。

「……後悔だけは、しないようにな」

「えっ」

「…………」

 今の今まで、老人は作業の途中に口を開いた事は無い。だから咲夜も危うく聞き逃す所だった。

 後悔、か。咲夜の胸にある空虚感がは、誤魔化しようのない事実だった。彼女とてそれは認める。だが後悔とは、読んで字のごとく事が起きた後に悔やむものである。

 何がどう起きれば後悔するのか、それすらも分からない咲夜には、何をどうすれば後悔せずにいられるかなんて難題も問題であった。

「……ほれ。直ったよ」

「あ、ありがとうございますっ」

 それっきり会話も無く、時計が直った頃にはすっかり日も落ちようとしていた。

 しかしこの瞬間から、彼女が時間に追われる事は無くなったのだ。代金を支払い主人に礼を言って、咲夜は店を出る。

「……ちょっと急ごうかしらね」

 懐中時計は、再び時を刻み始めた盤面を見て、咲夜は時を止めた。

 この感覚も久々ね――。瞬間視界からは色が消え、喧騒も一瞬にして失せ、自分だけが、世界から切り離される感覚。

 雑踏の中にあって尚少女は孤独を覚え、少し寂しくなった。

 ……帰ろう。

 少女がその身を夕闇に投げ出すと、みるみる人里が遠ざかってゆく。

 彼女の感覚を刺激するのは、自身が空を切る、風切り音だけ。

 そんなんだからだろうか、考えるのはお嬢様と、権兵衛の事。二人は大丈夫だろうか? デートは上手く行ったのだろうか? なんて心配が浮かんだ。

 いいや、上手くいく確信があったからその場を離れたのだ。ならば二人はこれから恋仲、という訳か。これからは気安く男を、扱き使えなくなってしまうなと咲夜は苦笑した。

「ふふっ……」

 自嘲気味な笑みだった。同時に久しぶりの笑みだった。ほんの少し、胸に開いた穴が満たされた気がした。

 既に紅魔館も目と鼻の先となり、咲夜は能力を解除する。

 関心な事に美鈴は、日も暮れたというのに門の前で構えていた。いつもこれくらいのやる気を見せてくれれば、彼女としても心配の種が一つ減るのだが。

「あっ! おかえりなさい咲夜さん!」

「ただいま美鈴」

 出迎えてくれる者が居るのというのは矢張り良いものだ。今日のように心身疲れた日には特に身に染みる。年寄り臭いと言われても、そう思わずにはいられなかった。

「今日ってデートだったんですよね。で、どうだったんですっ」

 あまり触れられたくない話題だと言うのに、美鈴は遠慮なく尋ねてきた。そりゃ美鈴は事情を知らないのだから、その無遠慮は刃物となって咲夜の心を襲った。

「あれ、権兵衛さんの姿が見えませんが……、咲夜さん。咲夜さん?」

「っ! そろそろお夕飯の準備をしなくちゃ! それじゃ美鈴っ」

 声を張り上げて空元気を振り絞り、白々しい宣言を残し咲夜は早足に館へと逃げる。

「咲夜さん……」

 それだけで、美鈴には十分だった。十分理解させるものだった。上手くいかなかったのだと。

 と言うよりも美鈴。未だに勘違いしたままなのは如何なものか。

 

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