幻想狂縁起~紅~ 《完結》+α   作:触手の朔良

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清く正しく姦しく

「女のところに入り浸っているらしいな」

 開口一番、レミリアの口調は憮然としていた。

 場所は二階の、庭を一望出来る――美鈴の菜園も――テラス。時刻は陽が、少々傾いてきた時分。咲夜特製のブレンド紅茶とお手製ジャム、そしてクラッカーがテーブルの上にそれぞれ二セット並べられていた。

 おやつの時間である。

 行儀悪く頬杖突きながら、がじりがじりとクラッカーを食べる姿はとてもお嬢様のしていい行儀ではない。その小さな全身からは不服のオーラを隠そうともせず、通りかかった妖精メイドが慌てて引き返すほどだ。

「入り浸るって、レミィ。人聞きの悪い……」

 吸血鬼の不機嫌なぞ、一般の人間が正面から受け止めでもしたらチビるか、意識を失うかである。だが権兵衛はもう慣れたもので、頬を掻き苦笑を返した。

「ふん、否定はしないんだな」

 彼女の言う女とは、美鈴とパチュリーのことだ。ん? 他にもいた? ハハハ気のせいサ!

 と言うか、自身に許された行動範囲から推測するのも容易かろうて。

 レミリアはテーブルに突っ伏し「私のところには呼ばないと来ないくせに」とブーたれ土饅頭と化している。記憶を戻そう、と行動すると行き先は図書館になるし、気晴らしに、となると庭園に赴く事が多かった。

 そもレミリアとは活動時間が真逆に近い。最近は自分との時間を増やそうと、昼型に変わろうという努力をしている。このお茶会も、その努力の賜物だった。

 権兵衛からすれば夕餉の前の軽食、という程度だからさして気にならないが、レミリアからしたら寝起きして直ぐのティータイムである。辛くないのか、と少々気掛かりであった。

「まぁ許してやろう。私は寛大だからな」

 言葉ほど、レミリアの機嫌は良くなっているようには見えない。気性も荒くガリガリとクラッカーを齧るもんだからテーブルのあちこちには食べカスが散乱している。溢れ落ちた食べカスは、気付けばパッと消えている。すぐ後ろに付き従う咲夜が、きっと処理しているのだろう。

 咲夜が細やかに気を配っているのは給仕ばかりではない。照りつける日射しからレミリアを守る為に、傘の大きいパラソルが立ってはいるもの、太陽は刻々と僅かながら確かに位置を変えている。給仕をしていない時の咲夜の手には日傘があり、些細な日の角度の変化も見逃さず、万一に主人に当たらぬよう少しずつ立ち位置を変えていた。それでいて給仕の質を落とさないのだから、メイド長はその優秀さを存分に奮っていた。

 言動と態度がまるで一致していない、困った御令嬢になんと声を掛けようか権兵衛が思い悩んでいると、ふと、魔女との出会った際にした遣り取りを思い出した。いつかは聞こう聞こうと、その機会も何度も訪れていた筈だが、今の今まですっかり忘れていた。

「そういえばさ。最初に会った時、俺を気に入ったなんて言ってただろ? いや、その言葉を疑うわけじゃないんだけど、聞かせてもらえないか。一体俺の、どこを気に入ったんだ?」

 その問いは、一見無関心に給仕を続けている咲夜にしても興味深いものだった。以前、彼女も主人の真意を聞き出そうと尋ねたこともあったが、メイド長という立場にあるとはいえ、一々と従者の言葉に耳を傾けては頂けなかった。

 話す気はない。それが主人の意向ならば、それ以上踏み込むことは叛意である。以降、咲夜がレミリアに同じ問い掛けをすることは無かった。その答えが、今明らかにされようとしている。

「ふふん。知りたいか?」

 レミリアは悪戯っ子の笑みを作り、ずいと身を乗り出してきた。

 主人の咄嗟の動きに、咲夜の日傘が慌ただしく動く。レミリアと権兵衛の距離は文字通り、目と鼻の先となった。少し身体を傾ければ触れ合ってしまう程の近さに、従者の視線が人を射殺さんばかりの殺気を持つ。権兵衛は背を仰け反らせ、少しでも距離を取ろうと試みた。

 レミリアは彼の心中など歯牙にも掛けず、その、死人を思わせるような、白磁の如き指を男の頬へと這わせてきた。その流れるような美しい所作は、彼女の見た目には不釣り合いな、妖艶さを多分に持ち併せていた。

「それはだな――」

 無意識の内、二人の人間が息を飲んだ。レミリアの唇がはぁと吐息を漏らし文字を紡ごう、と正にその瞬間。

 ――パシャリ。

 幻想郷ではあまり聴き馴染みのない音が鳴った。

「紅魔館の主に熱愛発覚!? 次号の一面はコレで決まりですねっ!」

 ある者は不思議そうに。ある者は不機嫌そうに。三者三様の反応を見せながら、音の出処へと振り向く。三つの視線の先には、太陽を背に大きな翼をはためかせた人影があった。

「咲夜」

「はい」

 主人のただ一言。それだけで全てを察知した忠実な従者が動く。

「いやぁ大スクープですね! やはりネタは自分の足で探すにかぎるってあややややや!?」

 瞬間、カメラを持った少女を無数のナイフが取り囲んだ。三百六十度、全てを取り囲むナイフの包囲網。

「あや、あややや! これはこれは、随分と熱烈な歓迎ですねっ」

 権兵衛は彼女の死を予見した。だが彼の予想は瞬時に裏切られる。

 一見逃げ道の無いように見えたナイフの雨を、彼女は黒い翼を一閃はためかせ、曲芸もかくやという動きで、いとも容易くナイフの隙間を縫ってみせた。まるで優雅な舞のようなその動きに、権兵衛の目は奪われた。

 そして虚しく宙を切ったナイフを突風と共に置き去りにし、ふわりと、カメラを掲げ権兵衛の前に降り立った。

 その展開の早さに、ただ唖然とするしかない。

「どうもどうも! 私、清く正しい射命丸、射命丸文でございます!」

 舌打ちが二つ、重なった。

「何をしにきた出歯亀が」

「亀だなんて、あんなノロマと一緒にしないで欲しいですね。私を指すならせめて出歯鴉、そうお呼び下さい。この射命丸、スクープのある所になら如何なる時、如何なる場所だろうと出張りますよ、ええ。権兵衛さん、以後お見知りおきをっ」

 射命丸は権兵衛へ向き直ると、意味深にウィンクを飛ばしてきた。そして無理やり名刺を握らされる。クシャクシャに丸まったそれを広げると『射命丸文』の文字と横に『文々。新聞編集長』という、短い文面が載っている。

「貴様、何故権兵衛の名を知っている? 返答次第では無事で帰れると思うな。――あぁ、返答がどうだろうと無事で帰す気は無かったな」

 その幼い見た目から想像もつかぬ程の、濃密な殺気がレミリアから立ち昇る。始めて見る彼女の、吸血鬼らしい姿。殺気が向けられている訳でもないのに、権兵衛を例えようのない寒気が襲った。そしてレミリアの言葉にハッとする。どうして面識の無い彼女が、自分の名を知っているのか。

 もしや、という淡い期待が浮かぶ。始めての記憶の手掛かり(かもしれない)に、権兵衛の胸が高鳴る。

 間を置かずにそれは裏切られるのだった。

「ふふっ。天狗の情報網を、舐めないで下さい。私は読売を生業としてる者ですよ? どこそこよりも早く、とうに情報は掴んでおりますとも、えぇ」

「あぁ。あの烏どもは貴方の差し金だったのね」

「ふむ?」

 咲夜は文と名乗った少女と、何度か刃を交えた事がある仲だ。しかし烏と文が結びついたのは、彼女の姿を見てようやく思い出した、というところである。完璧で瀟洒と呼ばれる彼女でも、どうでもよいこと――主にレミリアが関わっていないこと――に頭を割くほど暇人ではないのだ。

「咲夜さんの言う事は……、今一要領を得ませんが、えぇ。確かに、私はこちらの烏から情報を提供して頂きました」

 一羽の烏がカァと一鳴きし、文の肩に留まる。

「何の話だ咲夜?」

「いいえお嬢様、献立の話ですわ。お歓び下さい、今晩の夕食は美味しい美味しい鶏胸肉のソテーですわ」

「ほう。それは楽しみだな」

 その物騒な遣り取りに、幻想郷の少女とは皆こう血の気が多いのだろうか、との考えが過ぎる。だとしたら、幻想郷で生きるというのは権兵衛が思うよりずっと大変なことなのかもしれない。

 誰も彼もが愛らしい外見に反して、いやさ愛らしさに比例して人の話を聞かない者ばかりだ。その有り余る血の気を抜いてレミリアにくれてやれば、少しは平和になるんじゃないのか、と思う権兵衛だった。

 幻想郷でも指折りの実力者である吸血鬼とメイドに睨まれても、烏天狗は飄々とした態度を崩すことはなかった。

「あやや、恐ろしいですねぇ。女の嫉妬とは」

 嫉妬と、唐突に場違いな単語を呟いた天狗に、眉を顰めざるを得ない。

「確かに確かに。お二人は食べられるほど十分に育っているように見せませんから。それはそれは仕方ないのかもしれませんね」

 文はわざとらしく腕を組み、己の或る部位をこれでもかと強調した。

 そして権兵衛はゆっくりと、文に咲夜、最後にレミィと順に、ある箇所を眺め「あぁ――」と納得してしまった。

「いででででっ!」

「どこを見ている! このスケベがっ!」

 おもっくそ耳を抓られた。吸血鬼の怪力で、思いっきり、憎しみの篭った力で。耳が千切れることを覚悟した。

 その行為こそが、レミリアが自分の身体つきに如何なる心情を抱いているのかという自白に他ならなかった。もし、権兵衛がうっかり口を滑らせ指摘でもしようものなら、彼の命は二人に奪われていたこと間違いなしだ。

「やはり権兵衛さんも男性、と言ったところでしょうか。無いよりもある方がお好きですよねぇ。もし私の独占インタビューを受けて頂けるのなら――あややややっ!?」

「それ以上鴉如きが喚いて紅魔館を穢すな……!」

 先程の倍以上ものナイフが文を取り囲んでいた。瞬く間に天狗目掛けて収束してゆく殺意の塊を、文は華麗に躱し切る。先程の焼き増し以上の事は怒らなかった。

「っととっ。それでは、名残惜しいですが私めも暇な身ではありませんので、えぇ。次なる読者が私の新聞を心待ちにしているのですよ! ではでは、権兵衛さん。お話は後日また改めまして」

「さっさと失せろ! この駄鴉!」

 レミリアの怒声は、おそらく文の耳には届かなかったろう。何故なら彼女の姿は既に豆粒大に、空の向こうへと飛び去ってしまったからだ。まるで台風のような印象を抱かせる少女だった……。

 とりあえず。何か、大切な話の途中だった気がする。

 その続きを聞こうとレミリアを見て、彼は絶望した。

 今迄で見た中でも最上級に不機嫌極まるレミリア。その彼女を前に、口を開くだけの度胸を権兵衛は持ち合わせていなかった。

「……とりあえず、オマエは今日の晩飯抜きだからな。……何だその目は、文句あるのか?」

「いや、……ないよ。うん」

 昔の人は言っていた。円満な夫婦生活を送る秘訣とは、男が尻に敷かれるぐらいが丁度いいのだと。

 目は口ほどに物を言うとはその通り。二人の少女の視線は本気と書いてマジであった。突如として日に二食という悲劇に襲われた権兵衛は、雀の涙と分かっていても、おかわり自由の紅茶を腹一杯に詰め込むことにした。

 

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