憲兵さんの日記   作:晴貴

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19話 夜戦よりも・・・

 

 

「大変だよ瑞鶴!ニュースニュース!」

 

 息を切らせながら私のところへ駆け寄ってきたのは同期の夕張。

 かなり焦ってるみたいだけど、また変な物でも作ったんじゃないでしょうね?物作りが趣味なのはいいけど、いざそれを使ってみようってなる度に付き合わされるのも結構大変なんだけど。

 

「落ち着きなさいよ。何が大変なの?」

 

「せ……せっ……!」

 

「せ?」

 

「川内が戻ってきてるの!」

 

「川内って……あの夜戦バカが?」

 

「そう!」

 

 川内と言えば私や夕張と同時期にここ横須賀鎮守府で建造された艦娘の1人。いわゆる同期ってやつね。

 私達とは違って何年か前に別の鎮守府に転属になったけど。

 

「ふーん。もしかしてうちに異動になったの?また騒がしくなるわね」

 

 アイツ夜戦夜戦うるさいのよねぇ。何度文句を言いに行ったことやら。

 

「いや、それがそういうわけじゃないみたいなんだけど……」

 

「そういうわけじゃないって……じゃあなんでこっちに戻ってきたのよ?」

 

 夕張の言っている意味が分からずそう聞き返す。

 すると夕張は辺りをキョロキョロと見回してから、声をひそめて私に耳打ちする。

 

「……実は川内のいた鎮守府が再編されるみたいで、その関係で一時的に戻って来てるんだって」

 

「再編ってまさか……」

 

 鎮守府において大がかりな再編が行われる理由は主に3つ。

 1つは少将より上の将官を務める提督が退役ないしは転属する場合。鎮守府の規模や提督の階級で所属させられる艦娘の数が異なるから将官クラスが抜けると部隊の再編が行われることになる。

 でも近々そんなことがあるなんて話を聞いた覚えがない。

 

 なら2つ目の理由。これは鎮守府や多数の艦娘が深海棲艦の攻撃を受けて壊滅的な被害を受けて、轟沈したり命は助かっても四肢欠損などの損害を受けて復帰が難しいと判断されて除籍となる場合。

 こっちに関してもそんな大規模な作戦や戦闘があったなんて聞いてない。数ヵ月前に深海棲艦の襲撃事件があったけど、そこは川内が着任した鎮守府とは関係ない場所だし。

 

 となると考えられるのは3つ目の理由。ある意味、私達艦娘にとっては2つ目の理由よりも受け入れ難いこと。

 

「うん。どうやら川内がいたのはブラック鎮守府だったみたいで……」

 

 ブラック鎮守府。艦娘の人権なんて歯牙にもかけない提督が運営する、地獄のような鎮守府。

 違法の建造や出撃は当たり前。中には艦娘に性的な暴行を加えるような連中もいる。想像するだけで身の毛がよだつわ。

 まあそれが理由で再編になるってことはその鎮守府の提督は捕まったってことなんだけど……。

 

「アイツは大丈夫なの?」

 

「分からないわ。ただこっちにいる間なら会えないことはないみたい」

 

 会えないことはない、か。詳しい状況については語らないように緘口令が敷かれてるでしょうけど、会えるっていうなら取り返しのつかない状態まではなってないってことよね。

 

「あ、でもこのことは秘密よ?同期だったからって提督がこっそり教えてくれたんだから」

 

「分かってるわよ。まあ会えるなら顔くらい見に行ってあげようじゃない」

 

「素直に心配だからって言えばいいのに」

 

「べ、別に心配なんてしてないわよ」

 

「またまた~」

 

 夕張がニヤニヤと笑う。そういえば昔はこうしてからかわれる私を見て、川内も笑ってたっけ。

 アイツも夜戦さえ絡まなければ普通なんだけどね。

 

「ふん。それで川内はどこにいるの?」

 

「提督の話だと第3庁舎にいるらしいから、今の時間だと食堂とか中庭に行けば会えるんじゃない?」

 

 げっ、第3庁舎っていったら加賀さんが秘書艦を務めてる周防提督が管轄してるところじゃない。あまり会いたくないわね。まあここの鎮守府は人が多いし、あの一航戦ならどうせ仕事に没頭してるでしょ。

 夕張から聞いた提督の話しぶりからしてどうせ掛け合ってもすんなりはいかないんだろうし、会えたら運がよかったくらいに考えて行ってみるか。

 夜に行けばどこにいるか分かりやすいんだけど。そんなことを考えながら第3庁舎まで足を運ぶ。

 

 時間帯のせいもあるけど人がごった返している。いつも通りの光景といえばそうだけど、あまり訪れることのないところに来ると慣れないのもあっていつも以上の人の多さに感じる。

 この中から川内を見つけ出すのって至難の業よね。そもそも横須賀鎮守府に所属している川内だっているから、パッと見だとさすがにすぐには判別できない。せめて真正面から顔を見ないと……。

 

 それから30分くらい食堂内を探し回ってみたけど結局見つけられず。

 やや空席が目立ち始めた席にぐったりと腰かける。

 

「疲れた……」

 

「空振りだったね~。まあ1ヵ月くらいはこっちにいるみたいだからその内会えるよ」

 

「はあ!?なによそれ、最初からそう言いなさいよ!」

 

 じゃなきゃここまで必死に探してないってば。

 

「あはは、ごめーん」

 

「ごめんじゃないわよ、まったくもう……」

 

 ああ、なんかどっと疲れたわ。

 笑みを浮かべながら蕎麦をすする夕張を見て思わずうなだれる。そのまま頼んだ日替わりランチをつつき始めた時だった。

 

「あ、瑞鶴だ。それに夕張も」

 

 懐かしい声がした。

 それに反応して私と夕張は声がした方に勢いよく顔を向ける。そこにいたのは紛れもなく、私達同期の、あの川内だった。

 探していた時はまったく姿を現さなかったくせに、一時的に捜索を諦めた瞬間に現れる神出鬼没さはある意味川内らしいと言えなくもない。けれどあまりに唐突で、私はすぐに言葉が出てこなかった。

 

「久しぶりだね!隣いい?」

 

「え?あ、うん……」

 

 夕張も似たようなもので川内の問いかけにただ頷くことしかできていなかった。

 そんな私達に構うことなく、川内はマイペースに話を続ける。

 

「2人に紹介するね。私の妹の神通と那珂だよ。生まれは向こうの鎮守府だけどよろしくね」

 

「初めまして、よろしくお願いします」

 

「お願いします!」

 

「え、ええ……」

 

「こちらこそ……」

 

 神通は大人しそうに、対して那珂は元気よく挨拶をしてくれる。

 川内はそのまま私達の紹介に入った。

 

「で、こっちの2人は私が横須賀にいた時の同期だった正規空母の瑞鶴と、軽巡洋艦の夕張」

 

「お会いできて光栄です、瑞鶴さん、夕張さん」

 

「那珂ちゃんも感動だなー。うちには軽空母の人達しかいなかったし」

 

「そ、そう?ありがとう」

 

 いつの間にか川内型3姉妹との相席になる。いや、それは別にいいんだけど。

 問題は……。

 

「それにしても本当に久しぶりだね。ここで一緒だったのはもう4年前とかかな?」

 

「そうね。それくらいにはなるかも……」

 

「いやー、懐かしいなぁ。そうだ、ちょっと聞きたいんだけどさ……」

 

「――って、待ちなさい川内!」

 

 久方ぶりの再会もそこそこに雑談を始めようとした川内の会話をぶった切る。3姉妹がキョトンとしてるけどそんなこと知ったことじゃないわ。

 それよりも!どうしても言わなきゃいけないことがあるのよ!

 私は川内を睨みつけると、言葉を叩きつけるように叫んだ。

 

「なんでアンタ、そんな普通に元気そうなのよ!?」

 

 それは心の叫びだった。ブラック鎮守府に4年もいたんだからそこまで重症じゃなくても少なからず傷付いてると思って心配してたのに!

 にっこにこじゃない!昼間なのにここまで元気な川内なんてかなり貴重なくらいよ!

 

「な、なんで瑞鶴はこんなに怒ってるの?」

 

「あー、それはね……」

 

 尋ねられた夕張が状況を分かっていない3人に軽く説明する。

 私達は川内型姉妹がここにいる理由を知っている、と伝えるだけで充分だったけど。

 って、興奮したとはいえこんなの勢いで触れる話題じゃなかったわ……。川内が気丈に振る舞っているだけだったかもしれないのに。

 そう思って恐る恐る川内達の顔を窺う。そこに浮かんでいたのは沈痛な表情だった……ということはなくて、なぜか苦笑していた。

 

「うーん、なんと言ったらいいかな……」

 

「詳しくは言えませんが、私や那珂は姉さんが守ってくれてましたし……」

 

「お姉ちゃんも今は幸せそうだもんね」

 

 幸せそう?そりゃ確かにブラック鎮守府から解放されたらそうかもしれないけど、那珂の口ぶりからしてそういう意味じゃないわよね。

 

「どういうこと?……って聞いても無駄か」

 

「はい、残念ながら」

 

 やっぱり口止めされてるのね。まあ上層部からしたらあまり外に出したくない話題だし、漏洩を防ぐには当事者達の口をしっかり塞いでおくのは当然の手段だ。

 特にあんなことがあったばっかりだから、世間から悪印象を持たれる不祥事が表沙汰になるのは避けたいんだろうし。

 

「も、もうこの話題はおしまい!それより瑞鶴達に聞きたいことがあるの」

 

「聞きたいこと?」

 

「何よ?」

 

 川内の聞きたいこと。それは横須賀鎮守府近辺のお店についてだった。

 以前行きつけだったお店はまだあるかどうかだとか、センスのいい服屋や美味しい飲食店は新しくできたかとか、そういう話。

 なによ、遊びに行く気全開じゃない。もしかして本当に心配する必要なかったわけ?

 微妙に納得いかないけど、まあ元気ならそれに越したことないしいいんだけどさ。

 

「……とまあこんなところかな。服を買いに行くなら『Marine Blue』が私のオススメかなぁ。どうせ買うの夏物でしょ?」

 

「うん。前のところじゃ外出もできなかったから新しいのなくてさ。神通や那珂なんて出かけるための服もないし」

 

「あー、そういうの買い揃えて妹達と遊びに行きたいのね」

 

 なるほど、いい姉してるじゃない。やっぱり夜戦さえ絡まなきゃまともなのね。

 

「う、うん。まあそんな感じ……かな」

 

 川内の歯切れが悪い。そして彼女の妹2人は微笑ましいものを見るような顔をしていた。

 なんなの?

 

「あれ、それじゃあ今神通達が着てるのは?」

 

「これは私の服だよ。簡易服は支給されたんだけど那珂が『こんな服装じゃ人前に出られない!』って言うから貸したんだ」

 

「だって那珂ちゃんアイドルだよ!?あんなダサダサの服を着てたらファンのみんなを悲しませちゃう!」

 

 ああ、この子もしっかり那珂だなぁ。別にデビューしてるわけでもないのにここまでプロ意識持ってるのってある意味すごいわよね。

 そして夜戦バカとアイドル志望に挟まれてる次女の気苦労が偲ばれる。まあ彼女もいざ戦闘になれば『華の二水戦』と呼ばれ、かつて世界最強と目されていた艦隊の旗艦を務めた武闘派ぶりを発揮するわけだけど。

 

「まあそんなわけでいいお店がないか探してたんだ。ありがとう、2人とも」

 

「別にお礼を言われるほどのことでもないけどね」

 

「そうね。それにお礼をするくらいなら夜中に夜戦夜戦騒ぐのを止めてもらう方がうれしいわ」

 

「確かに」

 

 私の言葉に賛同して夕張が腕を組んでうんうんと頷く。

 まあそんなこと川内に言っても無理な注文だってことは分かり切ってるけど、それでも一応言っておきたかった。アンタのせいで何度眠りを遮られたことか……。

 

「ねえねえ、瑞鶴さん」

 

 過去の記憶を思い返していると、すすっと近寄ってきた那珂が私に耳打ちをする。

 

「なによ?」

 

「お姉ちゃんに『今日夜戦しない?』って聞いてみてください」

 

「ええ、嫌よ。そんなこと聞いたら夜戦騒ぎに巻き込まれるじゃない」

 

「大丈夫ですから。ね?」

 

 大きな目をキラキラと輝かせながら那珂が上目遣いで私を見る。

 自称アイドルだけあってなかなかあざといわね……。まあ女の私にはほとんど効果ないけど。

 それでも那珂のお願いに根負けして渋々口を開く。

 

「ねえ川内」

 

「ん、何?」

 

「今夜、私と夜戦しない?」

 

 夕張が『何言ってんの?』みたいな視線を向けてくる。私も立場が反対ならそんな顔してたわよ。

 川内に夜戦のお誘いをするってことは、今夜は徹夜で出撃することと同義。出撃命令がないのにそんなことしたがる艦娘なんてほぼいないと言っていい。当然私もその1人。だって私、空母だし。

 だから恨むわよ那珂。

 

 そう思っていた私の考えは、川内本人によって裏切られる。

 

「あー……嬉しいけどごめん。今日はちょっと予定があるから……」

 

 川内が、夜戦の誘いを断った。

 その状況が上手く飲み込めず、私と夕張は固まる。例えるなら目の前で天変地異が起こったようなものよ。固まりもするわ。

 そして事態をじわじわと理解して、事態の大きさに驚愕する。

 

「川内、アンタ大丈夫なの!?どこか具合が悪いんじゃ!」

 

「ええと、こういう時はまず医務室に……!」

 

「ちょちょ、ちょっと2人とも落ち着いてってば!私なら大丈夫だから」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 アンタが夜戦を断るなんてそれほどのことよ!実は相当ヤバいんじゃないの!?

 ああもう、ほんと滅びろブラック鎮守府!

 

「そう、お姉ちゃんは大丈夫じゃないんです」

 

「那珂!な、何か知ってるの?」

 

「もちろん。実はお姉ちゃん、病気なんですよ」

 

「びょ、病気?」

 

「はい。それもかなり深刻な」

 

 深刻な病気。その一言に血の気が引いていく。

 夜戦バカの川内が夜戦を断るほど、体が病魔に侵されてるとしたら……。

 

「な、何言ってるの那珂!」

 

 川内が慌てて那珂の口を塞ごうとしたけど、それを私と夕張が制止する。

 なんで、なんで……。

 

「なんで隠そうとするのよ、川内……」

 

「そうよ。私達にくらい、本当のこと教えてくれてもいいじゃない……」

 

「え、ええー……」

 

 川内が気まずそうに口ごもる。

 もしかしてそんなに悪いの?まさかさっきのも妹達と最後の思い出を作るために?嫌な考えがとめどなく湧き上がってきてしまう。

 騒がしい食堂内とは裏腹に、私達3人の間には重苦しい沈黙が降りる。そんな時だった。

 

「あ、噂をすれば病気の原因が来ちゃいました」

 

「……はい?」

 

 病気の原因が……来た?那珂の言葉の意味が分からず首を傾げる。

 意味不明な発言をした当の那珂はある一点を指差していた。私と夕張の視線はそれにつられて那珂が指を指している方へと向かう。

 やや少なくなったとはいえ未だに人が多い食堂。そんな中、私の視線が捉えたのは憲兵の服を着た、20そこそこだろう年若い青年だった。

 

 他の艦娘……あれは五十鈴ね。五十鈴と食事をしていた彼は私達の視線でも感じたのかふと顔を上げる。

 その黒い双眸がしっかりと私達の方を向いた。そしてひょいと右手を上げると軽く左右に振ってみせる。なんの合図?

 なんて思っていると、今度は川内型が盛り上がっていた。

 

「ほら姉さん、振り返さないと」

 

「えぇ、人前では恥ずかしいよ……」

 

「何言ってるの?そんなんじゃ五十鈴ちゃんに取られちゃうよ?いいの?」

 

「い、一緒にもらってくれるなら私はそれでも……」

 

 そんな押し問答の末、結局川内は青年に手を振り返した。顔を真っ赤に染めながら。

 これはまさか、そういうこと?あの川内が?う、嘘でしょ……?

 夜戦を断られたのと負けないくらい大きな驚愕と混乱。夕張も何が起きているのか分かってない顔をしている。

 

「ね?だから言ったでしょ?」

 

 困惑する私達に、那珂がいたずらに成功したような笑みを浮かべてそう言った。

 

「お姉ちゃんは夜戦より好きなものを見つけちゃったんですよ」

 

「そして今は、恋の病に侵されてしまいまして……」

 

 川内が夜戦を断るくらいの理由。好きな人ができた。今夜は予定がある。

 普段は割とさばさばしているアイツが初心に赤面するほど深刻な……恋の病。

 

「あーもー!言わないでよー!」

 

 顔を両手で覆い隠して身悶える川内。それはつまり、彼女の妹達の言っていることが真実だと意味している。

 

 川内が、恋をした。

 

 

 

「「えええええええええええええ!?」」

 

 私と夕張の渾身の絶叫は食堂を飛び出して中庭、果ては演習場まで木霊した……という。

 

 

 


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