アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














結15

その戦争が終わったのは、エ・ランテルの鐘楼からアインズ・ウール・ゴウン軍の旗が消えて一週間後の事だった。

 

 

 

 

戦勝国にバハルス帝国とアインズ・ウール・ゴウン国が名を連ね、敗戦国にリ・エスティーゼ王国が置かれた。

会議場の場所はエ・ランテルが選ばれ、中立状態にする為にアインズ・ウール・ゴウン軍は一旦トブの森へと撤退。

 

更に数日後、各国の代表がエ・ランテルに到着。

極度の心労で倒れたランポッサ三世に代わり、名代としてザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

バハルス帝国の代表はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

アインズ・ウール・ゴウン国は、仮面をかぶった支配者、アイダホ・オイーモ。

 

一週間に渡る会議の後、戦争後の版図が決められる事になった。

 

 

アインズ・ウール・ゴウン国はトブの大森林及び外郭の領土化を王国及び帝国から承認。

リ・ブルムラシュールと周辺地域の割譲を認められた。

 

ブルムラシュール侯はこれに反発したが抗えないと判断すると、財産を持ってバハルス帝国へと亡命した。

尚、その後の彼がどうなったかについては皇帝曰く「主君を朝履き替える靴下程度に考えてる奴など知らぬ」らしい。

 

バハルス帝国はエ・ペスペル及びエ・ランテルを割譲。

地図の表記的にはエ・レエブルと王都の鼻先まで接近した。

皇帝が本心で望んだ王国領土の大規模な割譲までには至らなかったが、王国の首都の近くまで領土を広げれたのは僥倖だろう。

 

 

結果として、リ・エスティーゼ王国は全領土の内三割以上を失う事になる。

 

国内では失われたあまりにも多くの貴族達、及び侯爵の領土の整理。

アインズ・ウール・ゴウン国とバハルス帝国に割譲された領土の貴族達の転封。

これらの政治的作業は、心身共に弱り果て畏敬を損ねたランポッサ三世には処置出来ないと判断された。

ランポッサ三世はザナック王子を王太子と承認。

年明けに戴冠式が行われ、王位が継承される事になる。

 

 

リ・エスティーゼ王国は黄昏の年末を迎える事になった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロ・レンテ城 王太子宮殿

 

 

 

 

今や、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフこそがこの宮殿の主だった。

その最奥、防諜をガッチリと行った会議室で、供回りすら室外に押し出して三人の男が話し合いをしていた。

 

 

 

 

「もう、二度とやりたくないぞあれは」

 

帝国産のワインをボトルからグラスに注ぎながら、アイダホは呻いた。

随分飲んでいるらしく、空のボトルが数本傍に並んでいる。

 

「ニニンバオリ、ですか?」

「そうだよレエブン候。私の故郷でやる芸当だけどな、政治的な意味合いでも使われるんだ。

 それをどうにかしてあの皇帝との交渉で使えないかと考えていたらいい魔道具があったからそれを使ってやったんだ」

 

要は、喋り対応するのはアイダホでも、どう交渉するか考えを巡らせるのはラナーという事だ。

優れた盗聴能力を持つマジックアイテム【ロバの耳】と、【伝言】のアイテムを組み合わせればその場に居なくてもどのような会話が行われているかは一目瞭然。

常軌を逸した知啓と状況判断力を持つラナーがそれを用いれば、アイダホを介してラナーが交渉できるという仕組みだ。

アイダホは外見的に取り乱さず、堂々とした態度を取り続ければいいのだ。

ラナーの指示をこなし続けるという精神的ストレスを除けば、だが。

 

 

「これを使えば今後の交渉も便利だと思うかもしれないが私はご免だ。君らもあのラナー姫の指示に従って一挙一動をさせられると想像してみればいいさ。終戦時の交渉だって、ジルクニフ相手の時はずっとそうだったんだからな」

「「……………それは」」

 

ザナック王子とレエブン侯が顔を見合わせ【うわぁ】な顔をしている。

二人とも、あの王女の異常とも言える知性を知ってはいても、理解までは出来ない。

そんな女とマンツーマンで交渉事とか、ゾっとするものがある。

 

「ともあれ、帝国全軍を率いたジルクニフ相手にあれだけ立ち回れただけで御の字だと私は思う。エ・ペスペルからエ・ランテルの突出部も帝国軍に距離と孤立の問題を産む事になる。ブルムラシュール領割譲に絡むアインズ・ウール・ゴウン国のエ・レエブルに対する安全保障条約も、新領土に配置された帝国軍に対する牽制になるだろう。ラナーの狙い通り、貴方の願い通り、現状を維持し尚且つ帝国に今後の国の再編を邪魔だてされずに済む」

 

ここまではかなり上手く行っていると言えるだろう。

 

領土の二割以上を帝国に掻っ攫われたのは痛い。

位置的に王都の前まで進まれてるのだから、ぱっと見ではかなり危険な状態だ。

 

王国単体の話であれば。

アインズ・ウール・ゴウン国と、かの国のバックに存在する法国が居なければ。

量を単一の質で容易に圧し潰す存在と、背面をナイフで刺せる位置にある国は帝国に迂闊な軍事行動を許さない。

どれだけ新領土の帝国軍が充実しようとも、エ・ランテルが陥落されれば新領土はそのまま帝国軍の袋小路となる。

エ・ランテルを今以上の難攻不落にしようとも、アインズ・ウール・ゴウン軍に手も無く陥落させられた前歴が重く伸し掛かる。

現状の技術で出来る補強をしたところで、相手はそれを遥かに上回る戦力を保持しているのだから。

 

だから、ジルクニフは当面動かない。

動かずアインズ・ウール・ゴウン軍の戦力に対抗できるだけのものを揃える為に奔走する筈だ。

それがラナーの見解だった。慎重な、悪く言えば慎重すぎるジルクニフの性格を読んだうえでの答えだった。

 

アイダホ的には彼の活躍に期待している。

そうなれば東方の異形種による侵略はいい具合に阻害されるだろうから。

アイダホが提唱している【人類生存圏の確立】の成就への大いなる助けになるだろう。

勿論、アインズ・ウール・ゴウンの脅威になりそうであれば、相応の対処はするつもりだ。

 

「私もそうなればと願っているよザナック王太子。とはいえ、やる事は更に山積みになっているんだが……」

 

揚げたジャガイモをフォークで刺しながら、アイダホは重い溜息を吐く。

帝国によるこれ以上の侵攻は防げるにしても、今のリ・エスティーゼ王国の現状は酷いの一言だ。

 

 

領土を三割以上も奪われた事は、元々凋落していた王国の国威を更に貶めてしまった。

居留守役なのに何の手も打てず、エ・ランテルを陥落させたザナックが王太子に就いた事も拍車をかけている。

バルブロ第一王子がアイダホの手によって討ち取られ、他の王族でこれと言った人材が居ないが故の消去法で選ばれたとしてもだ。

カッツェ平野で戦死した貴族達の領土と遺族の処遇、割譲された領土の貴族達の転封。

更には六大貴族の内、戦後の今まで残ったのは半分という事も貴族の派閥に大きな動揺と混乱を招いていた。

 

王派閥は戦争による惨敗により権威を失い弱体化。

大貴族派閥もその主導者の半数を失い構成員である貴族が多数戦死した為混沌としていた。

 

支配層も酷かったが、支配される側も酷い有様だった。

三つの都市と領地を失った事で、物資と人の循環に混乱が生じていた。

国内最大の鉱山地帯であるブルムラシュール領が奪われた事で、国内の貨幣事情の悪化が懸念されていた。

今まではエ・ランテルが最前線だったのに、二つの都市が奪われた事で国内の多くが前線へと変貌した。

この事は元々底辺を張っていた民心が地に這いずり、地中に減り込む事を意味する。

今回の戦争で五万人以上もの若年層を含む労働者を失い、収穫期を損なった事で作物の生産量は低下した。

 

このままにしておけば、2年も持たずして自壊するというのがラナー、レエブン侯の見解である。

 

 

 

一方の戦勝国であるアインズ・ウール・ゴウンも、難題を幾つも抱えていた。

 

森林の外回りを支配下にすることで幾つかの村や小さな町を領地に抱える事になりこれらを治めなければならない。

エ・レエブルの影響で細い回廊で繋がれたブルムラシュール領の支配も同じく。

急激に増えた領地はか細い国庫と人材を圧迫し、それを何とか回すのに一苦労だった。

フールーダ・パラダインの構想であるアンデッドの労働力化、これを先んじて導入する事すら検討されている始末である。

アイダホとしてもこれ以上法国の力を借りるのは色々と拙いので、手持ちの秘蔵のアイテムを幾つか切る事を視野に入れていた。

そして、あの超がつく程苦手な魔性の王女に、これまで以上に力を借りる事も。

 

「後々を考えれば、アインズ・ウール・ゴウンにとってもリ・エスティーゼ王国の立て直しは急務だ。それはあなた方も承知だと思う」

 

今の状態で王国が崩壊すれば、アインズ・ウール・ゴウン国も巻き添えを食らう。

現状の国力では、間違いなく国家崩壊だ。

唯一笑うのはバハルス帝国なので、その結果を避けたいのは満場一致と言える。

 

「故に国内の統制強化、レエブン侯を軸にした貴族派閥の再編成、そして、八本指を掌握し、奴らをラナー王女が使う手足にする事だ」

「なるほど、それなら世間体に囚われる事なく、存分に使い倒せますな」

「……確かにいい案だが、ラナーに裏方を任せるのは正直恐ろしいぞ……それ以外手が無いのは理解しているが」

 

巨大犯罪結社の八本指をラナーの手足にする。

これは王国の裏側の経済と武力を、ラナーが統括する事に他ならない。

八本指の影響力は王国の隅々まで行き渡り、構成員達は各地の裏社会に溶け込んでいる。

それは既に帝国の支配地に変わった旧王国領土でも変わらない。

そしてそれらの潜在力は巨大な商会と武装組織に匹敵する。

支配層、それこそ故第一王子すら癒着していた程に彼らの浸透は王国内に及んでいるのだ。

 

「だからこそ、混乱する王国を制御する要となる。それこそ、表ざたには出来ない案件も片づけることが出来る。今は一刻を争う事態だ。悪と毒を持って国難を制す。これしかない」

 

本当は、ラナーに力を借りたくないんだという三人の本心は現実によって圧し殺された。

現実は何時でも無情だなと、ラナーに渡されたシナリオをアイダホは思い出していた。

 

そのシナリオはざっくり要約すると、

 

 

【八本指に挑む英雄的少年騎士! その身を案じる姫の手を振り払い少年騎士は巨悪と戦い打ち破り姫をその腕に抱くに相応しい王国の勇者になる!!】

 

 

 

勿論、その少年騎士はラナーが執着する彼であり。

その少年をアダマンタイト級に鍛え上げ、英雄に相応しい装備を与え、ラナーが整えた勧善懲悪の舞台に載せるのがアイダホの仕事だ。

 

(他にもバレイショに別荘を建てて欲しいとか……俺の国をセーフハウス代わりにするとか、よくやるよあの魔女は)

 

アイダホはグラスに残っていた白ワインを一気に飲み干した。

朝からまた忙しくなるだろう事を確信しながら。

何せ、国内の動きには敏感である八本指に悟らせず、彼等を制圧する戦力を整えなければならないのは、アイダホの役割なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都、リ・エスティーゼにある八本指のアジト。

 

その奥深くに存在し、幾重にも配下の者達により厳重に警備された円卓の会議室。

そこに座する結社の幹部達は、この国の裏側を支配し権力者達すら操れる暗黒街の顔達であった。

 

 

今では、過去形である。

 

 

 

 

「いやー、ありがとねーヒルマちゃん。おかげでこいつらを一網打尽に出来たわ。流石元幹部。いや、もう一度幹部就任するんだっけ?」

「ひ、ひゃい……そうれふ……」

 

赤い粉塵の様なモノが宙を舞う会議室の中。

幹部達が軒並み……一番剛健そうな警備部門の長であり、部門最強と謳われる【闘鬼ゼロ】ですらぐったりと円卓にうつ伏せになっていた。

外に居た護衛達も全員刺突武器で喉を穿たれており、皆殺しにされていた。

 

そんな悪夢の中でケラケラと笑っている変な壺を持った女と、その傍でぼんやりと佇んでいる女。

彼女らの指には【毒無効の指輪】が嵌められており、耐久力の高い筈の幹部達ですら一瞬で麻痺させた毒を跳ね除けている。

 

「ま、いっか。どうでもいいしさ……さてと、こいつらに楽しいお注射をしないとねー」

 

女はニヤニヤと悪意と嗜虐に満ちた笑顔で、取り出した注射器に密封された瓶から怪しげな液体(タブラ印のあやしぃ薬)を注入していく。

それを見たヒルマという女は何かトラウマでもあったのか、全身をガクガクと震わせながら失禁してしまった。

 

「うわ、きったねー。いい年して小便なんて漏らすなよったく。任務じゃなきゃぶっ殺してたよ? ……よし、こいつからお注射してあげよっか」

 

アンモニア臭の漂う会議室で、惨劇は始められた。

彼女の最初の獲物は、八本指の力の象徴である【闘鬼ゼロ】。

麻痺されながらも意識はあるのか、血走った眼でヘラヘラと笑っている女と、隣で自分の髪を掻き毟っているヒルマを射殺さんばかりに睨んでいる。

 

「おー、こわっ。そう睨むなよー。これっていわゆる公徳って奴なんだから。チマチマ麻薬作ったり賄賂を受け取るようなショッパイ真似は止めてさ。神様の国をこの地に作る為のお手伝いをするんだからー」

 

【神の国を作るだと? 何をふざけた事抜かしてやがる手前!!】

 

ゼロが口を開けたらこんな罵声が飛び出しただろう。

だが、今の彼は動くどころか口を開く事すら許されない。

全身に刻まれた呪文印(スペルタトゥー)を発動する事も出来ない。

 

彼は以前幹部達にこういった。

 

「俺達が王国を掌握すれば、強さによって全てが決まる時間の始まりだ!」

 

確かにそれは事実だった。

強さによって耐えられる試練に、打ち勝てない者は這い蹲るしかない。

ゼロはその敗北をもってして、己の論理の正しさを証明したのだった。

 

レベル50以下の、アンデットまたは完全耐毒性持ち以外を全て瞬時に麻痺させる霧状の魔法生物。

笑う女の持っている壺に封じられた危険生物に抗うには、英雄の領域にある女にとっても指輪が無ければ耐えられなかった。

 

(全く、とんでもない代物ばかり持ってるよねうちの新しい神様はさー)

 

麻痺しながらも必死に抗おうとするゼロ。

そんな彼に、あえて認識させるようにじっくりと注射液を注いでいく。

怒りに満ちた顔が、やがて狂気と狂喜がミックスされ溶けて混沌としていく。

 

「――――――――――――――――――――――――――ッ!」

 

円卓の間に声にならない叫び声があがる。

彼等は麻痺してろくに声も発せれないのに、引き絞るように叫んでいた。

かの薬に浸れば、マフィアの顔役も裏社会最強の男も変わりない。

グラデーションで構成された正気と狂気の狭間に飛びこまされ、やがてはヒルマの様な傀儡に成り果てるのだ。

 

「ギャハハハハハ、たのしー!! 見てみてヒルマちゃん、あいつらの顔! 荘厳的っていうか、すごーい!!」

 

阿鼻叫喚の地獄をケタケタと笑いながら見やる自称神の尖兵と、ブツブツと意味不明な呟きを繰り返すヒルマ。

 

 

 

 

 

そして、八本指は本人達が知覚できないままに作り替えられ。

末期の王国が生み出した若き英雄と青の薔薇によって滅ぼされるまでリ・エスティーゼ王国の表と裏で暗躍し続ける事になる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いかないんですか。本当に」

「……もう既に引退した身だ。今更顔は出せないよ」

 

人工の太陽光が降り注ぐ応接間。

彼が半休をとったと聞いて、自宅へと伺った後に聞いた返事。

ギルドマスターの願いに、比較的暇があった彼が誠実に応じた結果である。

 

「そうですか」

 

目の前に置かれた、半分ほど飲んだオーガニックティーを見つめる。

目の前の恩人であり、その正しさに誰よりも憧れた人が一度口にした言葉を撤回することはないのを男は良く知っていた。

故に、彼が出来るのは返事をギルドマスターに伝える。ただそれだけだ。

 

「わかりました。モモンガさんにはそう伝えておきます……お茶、ご馳走様でした」

「いいのか、まだ来て少しじゃないか。あの子も遊びたがっていると思うぞ?」

「いえ、折角の半休ですし、ご家族で過ごしてください。では」

 

キッチンで何か拵えていた奥方に目礼し、近寄って来た幼い少女の頭を軽く撫でてから彼の家を辞去した。

 

家を出て暫く歩いた後、すこしだけ振り返る。

応接間と外界を仕切る強化ガラス越しに、背の高い人影がこちらを見送っている様な気がした。

マスクをする必要のない街並みを歩きながら、男は口に出したかった言葉を胸の中で転がしていた。

 

(あなたが、あの世界を俺に紹介してくれたんじゃないですか。俺達のギルドの元を作ったんじゃないですか。最後のひと時位、戻ってもいいじゃないですか)

 

彼の立場は知っている。

その多忙さも理解できる。

ここ数年で急速に悪化したアーコロジー周辺の状況に対応する為とも。

これは恩人だけではない。自分の伝手で連絡してみた、かつてのギルドメンバー達にも通じることだ。

 

ガス抜きの娯楽さえも満足に味わえなくなった、追い詰められた社会。

ゲームだけではなく、人間の生きる世界も黄昏に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

もう一度、彼の家の方を振り返る。

 

何故か、純白のフルプレートを纏い、赤いマントを翻した聖騎士が其処に居た。

 

 

「どうして、一緒に来てくれなかったんですか。たっちさん」

 

一歩詰め寄る自分の体から、黒きエレメンタルが流れ落ちる。

エルダー・ダーク・エレメンタルたる、暗黒の集合体が、神器級(ゴッズアイテム)を纏って立っている。

課金で強さを繕ったと皮肉を飛ばされた事もある、ギルドメンバーの姿で立っていた。

 

「一人でナザリックに行って、たった一人で訳の分からない場所に放り出されて、自分が人間じゃない何かになってしまった」

 

もう一歩踏み出す。

聖騎士は、かつての陣頭での振る舞いの如く、悠然としていた。

 

「寂しかったんですよ! 居る筈のモモンガさんにも会えず!! 俺はたった一人で、化け物になってずっと百年以上も存在しなきゃいけなかった!! 俺の中身は、人間なのに!!」

 

エルダー・ダーク・エレメンタルは、目の前のたっちに向かって慟哭した。

 

「あなたが来ていたら望まない転移に巻き込んでしまったでしょう! それは分かっています!! でも、それでもあなたが一緒に来てくれれば、こんな孤独や寂しさを味わう事も無かった!!化け物の精神になり切ってしまう恐怖も、人間の近くに居ながら人間になれない中途半端も、どっちに身をおけば正しいのか分からない気持ちも!! 神様扱いされて、身の丈に合わない事柄ばかり押し付けられることも!!こんな気分は、もうたくさんだ!! 俺は、たった一人でこんな世界に来たくはなかったんだ!! この、俺の気持ち、あなたにはわかりますかっ!?」

 

今まで無自覚にため込んで来たフラストレーションを、理不尽だと自覚しつつもアイダホは堰を切る様に聖騎士に向かって吐き出す。

それでも何の返事をしてくれないたっち・みーに、アイダホの精神は煮えくり返るようないらだちに満たされた。

沸きあがった衝動に促されるように右手を彼に向かって伸ばす。

 

「返事をしてくださいよ、たっちさん!!」

 

 

 

 

 

「きゃっ!!」

 

右手の手袋が掴んだのは、華奢な女性の手だった。

アーコロジーの風景が、瞬時に見覚えのある執務室へと切り替わる。

 

「なっ………あれ?」

「い、痛い……」

 

手を離すと、メイド……ツアレがこちらを驚いたような顔で見ている。

彼女にとって、主であるアイダホは乱暴を働くことの無い主人だった。

 

執務椅子に座ったまま、ずっと動かない彼に声をかけた直後、いきなり手を掴まれたのだ。

自身が抱いている信頼と女性としての恋慕からか、痛みによる恐怖や怯えよりも困惑が上回った。

 

「……ツアレ、あれ、たっちさん……?」

 

フラフラと伸びた手が、元のサイズに縮んでいく。

掴んだ自分の手によって、ツアレの手首が赤く腫れているのを知覚する。

 

「あ、アイダホ様?」

「………!!」

 

困惑と、痛みによる涙で潤んだツアレの蒼い目と視線があった瞬間。

アイダホは衝動的に上位瞬間移動(グレーター・テレポート)を唱え執務室から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




漸くここまで至った。
結は次回で終ります。

完結まであともうちょっとだ頑張れ私


>末期の王国が生み出した若き英雄と青の薔薇によって滅ぼされるまでリ・エスティーゼ王国の表と裏で暗躍し続ける事になる……。

上辺の悪の組織はゼロ達と共に滅びましたが組織自体は滅ばず、王国が完調に至るまで酷使されています。ラナーマジ怖いマジ

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