原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
ご注意ください。
15年前にこの世界で生を受けた少年にとって、実家とは非常に不可思議な場所だった。
どうしてこうなのか、と聞いても教えてもらえなかった。
「お前が一家の責務を背負える様になったら教えてやる」とだけ、父に言われた。
彼の生家は旧都であり【大森林の街】バレイショ。
大きなお屋敷には使用人達も多く、少年は何不自由なく育っていった。
魔法の才能があり、10歳でラナー・アカデミーと賢者の学院に入学するまではそこが少年の世界だった。
館には両親と祖母と祖父と姉が居たが、あまり家にはいなかった。
他にも親戚(分家が幾つか)が居るが、年に数回会えるかどうかの接点でしかない。
少年にとって身近な存在は、姉とバレイショに用事がある度にやってくる高祖母、偶にやってくる変なおじさんだった。
姉は少年にとっての自慢だ。
3歳年上の彼女は才色兼備を体現した女性ともいえる。
金髪碧眼で人形の様に整った顔立ち。
少年が苦手だった礼節作法を完璧にこなしたそれは、貴族令嬢以上に気品を感じさせられる。
国営教育機関であるラナー・アカデミーを飛び級で進学し首席で卒業。
卒業時に発表した論文は学会を驚嘆させ、僅か18歳という異例の若さで学院の講師として教鞭を振るっている。
卓越した弁舌と知性、判断力と行動力を買われ、立候補可能な年齢になり次第連邦議会の議員に立候補する様学会から薦められているという。
少年は姉が【国母ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの再来】であると呼ばれているのを誇りに思っている。
少年から見ても姉は完璧すぎる存在だったし、何時も聡明で弟である少年に対し笑顔で優しく導いてきた。
少年は姉が笑顔を浮かべてない時を見たことがない。
そう姉に対する気持ちを変なおじさんに語った所「……まさか、こんな短期間で戻って来たとかないよな……」とか変な事を呟いていた。
変なおじさんは少年にはよく話しかけるのだが、姉には全く接触しない事に少年は気づかないでいた。
高祖母も少年にとって自慢の一つだ。
人類で唯一の第10位階を操る大魔法使い。
大陸中央部からの大規模侵攻が発生した時に、それら侵攻部隊の一部を大魔法
更に親友が残した脅威度150を誇るアダマンタイトゴーレムの部隊を操り外敵が勢力圏に雪崩れ込む事を防いでいた。
あの人類勢力圏の東側を統一した
術師のカテゴリとしては、連邦における魔法付与技術の根幹を築いた彼女の親友ニニャ・ベイロンを神の如く崇拝しているがそれに負けない位に高祖母も尊敬している。
少年の奇異に見える研究についても理解を示し、無理解な苦言を発するロード達に対しても抑えを利かせてる様なのでそこは申し訳ないと思っていた。
「アルシェを気遣えるお前はいい玄孫だな。飴ちゃんをやろう」
変なおじさんは感心した様に頷くと、少年の手に色とりどりの飴をぎっしりと握らせた。
飴は美味しくて、いろんなバフがかかった珍しいお菓子だった。
きっと、神々の国のお菓子というものがあればこんな感じなのだろう。
少年にとって変なおじさんは、変なおじさんである。
本人が言うにはマスケラと呼ばれるお面をかぶっている。
オレンジ色のローブを羽織っていて、肌を見たことがない。
怪しさ極まりない、街で見たら直ぐに衛兵を呼ぶところだ。
だが、何故だろう。警備が厳重らしい(警備の姿は見た事ないが)我が家に出入りをし。
それを家の者達は咎めず、挨拶すらしている。
自分も不思議な事に彼を怖いと思った事がない。
おじさんは別に特別な事はしない。
世間話をし、愚痴や不満を言い合い、旅の土産やお菓子を置いて去っていく。
実の父親があまり館に居ない所為か、普通の家の父親とはこんな感じかと思ったりもした。
一度、家の関係者なのかと尋ねたら「そうだ」と答えた。
親戚なのかと聞いたら「お前がこの家の当主になったら教えてあげよう」と言われた。
少年は頬を膨らませて抗議した。「当主は間違いなく姉さんがなるだろうから、僕には分からないじゃないか」と。
おじさんは暫く考えた後、人差し指をピンと上にあげて提案した。
「じゃ、お前が俺をして『凄い』と言わせれる世界的革新を成し遂げたら俺の正体を教えてあげよう。どうだ?」
以降、少年は自らの才能が発芽してからというもの、自分のアイディアを練りに練っている。
幸い、彼には術師の才能が有り、その才能は学院で言うところの前代未聞の規格外だった。
15歳で第7位の位階に至る。
脅威度にして170超。かの大魔術師の玄孫という資質をみても異常極まりない。
大魔術師の若き頃は極めて早熟で在り、十代半ばを過ぎた頃に第三位を超えて四位に手を伸ばしていたという。
それを更に上回る。否、かつての先駆者であるフールーダ・パラダインが二百年を超える歳月を経て第六位階に至った経緯を考えればふざけるなと言いたくなる出鱈目具合だ。
ただ、その評判について少年は特に不思議には思わなかった。
自分の姉といい、親戚といい、彼の属する一族にはこの世界の常識を逸脱した才能を輩出する事が多い。
そしてそれ故にいろんなものが近寄ってくるということも彼等一族は知っていた。
常軌を逸した力には、招かざる運命が引き寄せられてくることも。
少年は賢者の学院とラナー・アカデミーの両方に属している。
同じ国立である事と、社会的な教養をアカデミーで学び、術師としての素養を学院で磨くというスタイルはこの時代では珍しくない。
魔法技術の革新により経済や軍事の面にまでその裾野を広げた魔術師は、様々な分野で活躍する為の教養やスキルを必要としたのだ。
少年も「教養の欠如で恥を掻く様な事を防ぐべし」との姉の言葉に従い、アカデミー4、学院6の割合のスケジュールで通っている。
だが、学院での生活よりも、アカデミーでの生活はまさに波乱万丈だった。
「ねー、卒業したらさ、私と結婚して子作りしようよー」
「ちょ、予習しているんだから寄りかからないでよ」
隣の席にいる法国からの留学生が、ニヤニヤと笑いながら寄りかかってくる。
耳が少し尖っている事から、恐らくはハーフというよりクォーターなのだろう。
瞳の色は黒に近い茶色で、濡れ鴉ような黒髪にうっすらと銀髪のメッシュが入っている。
見た感じ十代半ば手前位だろうか。もっとも、エルフの血が流れているのであれば外見=年齢ではない。
そんな彼女が法国の出身で、尚且つ二人もの御付きに近い留学生を連れているのだからおかしなものだ。
法国とエルフの国は数十年前に休戦して戦闘は行われていないものの、未だ関係修復は為されていない。
当時の君主であり暴君だったエルフ王が何者かに暗殺され休戦への糸口を掴んだものの、散々殺し合った両国の国民感情が直ちに癒える訳ではない。
エルフの奴隷制度はなくなったものの、法国は基本エルフ種の入国を拒否している。
エルフを拒絶している法国から、彼女の様なエルフの血が流れる存在が妙に丁重に扱われているのだ。
しかも本人はマイウェイを地で行く人間性で、御付きの二人は振り回されてばかりいる。
そして、何故か自分に構ってくる。
出会って初日から何かと絡み、付き纏ってくるのだ。
本人曰くひとめぼれ、らしい。運命を感じたそうだ。
(出会い頭にそういう事言うのって、大概詐欺師か腹に何か隠した存在だって姉さんは言ってたなぁ……)
にしては、好意があけっぴろげ過ぎる気がする。
結婚と子作りを初手に持ってくる辺り即物過ぎる感じもするが。
「困っているようですよ。少し遠慮したらどうですか?」
「うっさいわねー。別にいいじゃないさ」
「う……」
傍に控えていた射干玉色のロン毛少年が、少女に睨まれ反射的に一歩後退る。
入学当時は強気な態度であれこれ彼女の行動に口を挟んでいた彼であるが。
同じ側仕えのルーイン曰く、あまりの口煩さに切れた少女に馬小屋で半殺しにされた挙句馬の小便で顔を洗顔されたらしい。
ルーイン……まだ二十歳前なのに老け顔で生真面目な青年はその隣でオロオロとするばかりである。
同じクラスメイトであるダークエルフ等に対して嫌悪を隠し切れないものの、それはお国柄であり彼個人の性根は悪くないと思う。
ただ、暇さえあれば法国の理念の素晴らしさや、六大神と新しい来訪神、人類賛美を延々と聞かされるので少年としてはうんざりしている。
少年は生粋の指導者である姉とは違い、政治や思想にはあまり興味を持っていない。
ルーインの話が世間的にどれだけ素晴らしい事であっても、大して興味が無いので苦痛なだけなのだ。
だから、ルーインがあんまり煩い場合はこう言う事にしている。
「
「承知しましたぁぁぁぁぁぁ!!!」
こういえば彼は条件反射的に、購買部へと猛スピードで突っ走っていくのでその間に別の場所に移動すれば楽勝だ。
ちなみにAセットとは隣の席の少女の好物であり、昼食の時間になるとルーインは全力ダッシュで買いに行かされる。
なおこれらAセットのメニューは昼食に付き合わされている内に、少年の好物にもなっていたが蛇足な話である。
他にも、機会があれば話しかけてくるクラスメイトはそれなりに居て。
バハルス帝国から留学(冷戦状態ではあるが交流はかなり活発に行われている)して来た、皇家に連なる大貴族の娘。
わざわざ南方の大森林から留学に来たダークエルフの娘(族長の嫡女らしい)も何かとコミュニケーションを取ろうとしてくる。
自然と同級生の男どもからは白い目で見られてしまい、あまり同性の友人が居ないのが少年の悩みである。
数少ない男子の級友にどうしたものかと相談したら、「ははは、贅沢な悩みだな。爆ぜろよ」と一蹴された。
学生寮にやって来た変なおじさんにこの事を話したら、
「お前、何そのエロゲ?」
と呻かれたと同時に、
「ハーレムはダメだからな! 二人とか三人求められたらすっごい苦労するんだからな!!」
とハーレム危ないと念入りに釘を刺された。
何か身に覚えがあるのだろうか?
少年はそう思ったが多分話してくれないと思ったので、聞くのは止める事にした。
そんなこんなで学生生活を謳歌する少年の楽しみの一つは、自分が作った飛行装置を偶の休日に都市から離れた場所にある草原で飛ばしてみる事だ。
しかし、今日は無手で外出する事にした。先週まで続けていた試験飛行が装置の空中爆散により中止となったからだ。
その所為で高祖母からこってりと説教を受け、暫く試験飛行を自粛するよう言われたおかげである。
『若ー、このまま街道を迂回してカルネタウンまで行くでござるか?』
「うん、あそこでハーブティーとサンドイッチを買ってから行くのが好きだからね」
学生寮から複数の隠蔽魔法を使用して抜け出して来た少年は、大魔獣に跨り平野を疾走いた。
こうでもしないと、女生徒の誰かがどこともなくやってきて休日を一緒に過ごそうと言い出してくるのだ。
特に隣の席の少女は、半端な隠蔽手段では見抜かれて捕まってしまう。
なので少年は知恵と魔法の使い方をよく練り上げ、ロード達の探知ですら完全に掻い潜れるだけの手段を手に入れている。
「悪いなハムタロー。久しぶりにトブの大森林に戻って来たんだろ?」
『滅相もないでござるよ。それがしは殿と若にお仕えする事に生き甲斐を感じておりますゆえ!』
嬉しそうにいうこの魔獣は、変なおじさんに引き合わされる事で付き合いが生じた存在だ。
歴史の教科書に出て来る国父が乗っていた大魔獣と同じ種族らしい、と変なおじさんは言っていた。
魔獣自身もそういう事でござるよ、と変なおじさんに肘で突かれて言ってたのでそうに違いないと少年は思った。
しかし、やはりこうして街道から離れた草原を走るのは気持ちがいい。
いい陽気と草原を駆け巡る風は、日常から離れた非日常を少年に感じさせる。
(来年辺りには、飛行装置に乗ってこの辺を飛んでみたいものだ)
少年はそんな事を考えながら、遠方に見えるカルネタウンに向かってハムタローを走らせた。
ああ、きっと今日は素敵な一日になる。少年はそう確信していた。
タウンの入口には大きな広告版があり、その半分程を【ポーションをお求めなら、バレアレ商会へ!】というバレアレ商会の広告が占めていた。
笑顔で赤っぽい紫色のポーションを掲げている鳥巣っぽい髪形の女性冒険者の巨大なポスターがはっきりと見えた辺りで少年はハムタローから降りる。
「じゃ、少し待っていて。テイクアウトしてくるから」
『がってん承知でござる!』
カルネタウンは人口千人位のアーリー・スターチ近郊にある町だ。
アーリー・スターチで消費される麦や野菜、畜産物を生産している。
森林沿いにバレアレ商会の広大なハーブ園と薬草園があり、タウンの主な収益の一つになっていた。
かつて村だった頃よりも居住区画は数倍に膨れ上がり、3階建ての集合住宅も幾つか存在している。
連邦になってから魔法生物の生活利用が奨励され、スライムの浄化槽などが導入した結果こうした町などの衛生概念は格段に向上していた。
十数の店舗が並ぶ商店街の一角にある、目的地である喫茶店のドアを少年は押し開く。
カランカランという涼しい鐘の音と共に、給仕姿の少女が笑顔でこちらを見た。
「あ、いらっしゃいませ! お久しぶり」
「やぁ、また来たよ」
カフェ・ネム。
少年にとってカルネ・タウンで一番好みの合う喫茶店である。
このタウンの初代町長に選出されたエンリ・バレアレの実家で在り、店名は彼女の妹の名前を冠している。
何時もはここでゆっくりと茶と軽食を楽しんでから草原に向かうのだが、街から出るまでかなり手間取ってしまったのでテイクアウトだ。
(まさか、予備の
また新しい逃走手段を思いつかないと次の休日の安寧は無いかなと少年はため息を吐いた。
「どうしたの、学生さんそんな顔して。折角のお休みなのに」
「ああ、少し考え事してただけだよ」
「そうなの? はい、チキンサンドとハーブティー。お茶は持ってきた魔法瓶に入れておいたから」
「ああ、ありがとう」
「今日はテイクアウトなんだね。学生さんのお話、楽しみにしてたのに」
「ごめん、次来た時に面白い話するから」
品物を渡し銅貨を渡すと、少女は少し残念そうな顔をする。
奥に居たマスターが横目でそんな自分の娘を見ていたが、やがて肩を竦めて皿磨きを再開した。
娘がこっそりハーブティーの量を多めにし、チキンも少し厚めに切り分けていたのも見なかった事にした。
「あー、気持ちいいなー」
カルネタウンから10km程離れたなだらかな丘の上で、少年は遅い昼食を済ませてのんびりと寛いでいた。
ハムタローには帰りは
普段であれば昼食の後で丘の向こう側に広がるただっぴろい草原にて飛行実験を行うのが常であった。
「まぁ、しょうがないか。今日は構想に意識を巡らせよう」
少年はそう呟くと、羊皮紙を広げてそこに描かれた設計図に意識を巡らせる。
彼にはタレントが備わっており、『魔力の流れを解析する魔眼』を生まれつき持っている。
この魔眼は相手の使用する魔法を看破できるだけでなく、マジックアイテムの効果、魔法生物の核を見抜く事も可能だ。
そして魔法装置を作成する際に、どうすれば上手く装置が動くかを容易にする事が出来るタレントだった。
少年は実物を組み立てて魔力を流した時の事を思い出しつつ、設計図を脳内で組み立て直す。
どうすればより効率的に魔力を循環出来るか、暴発しないように出来るか、パーツに負担をかけないように出来るか。
そんな事を考えている内に、少年はウトウトと微睡んでいた。
寮周辺を駆け回ったり、普段よりも魔法を使用した所為かなぁと思いつつ、彼の意識は眠りと覚醒の間で揺蕩っていた……。
ガサリ。
何かが草を踏みしめるようなイメージが脳裏をよぎって少年の意識を覚醒させる。
素早く設計図を折りたたんでポーチにしまい、反応があった方に目線を向ける。
彼が仕掛けておいたのは四方に術式を刻んだ石を配置してラインを引くことにより、警戒線を張る事が出来る付与魔術だ。
少年はこの装置を作る事に長けていて、警戒ラインを踏んだ相手に気づかれずにこちら側だけ警報を受け取る様にも出来た。
探知の反応からして、相手はこちら側の警戒装置を作動させたことに気づかずまっすぐに近づいてくる。
(逃げるか?)
少年の中で選択肢が開いた。
一番最善なのは逃げる事だ。
護衛足り得たハムタローは既に大森林に戻り、
一応護身の方法は充実してあるものの、不覚を取れば大事に至りかねない。
こんな辺鄙な場所に現れたのだから、自分を知っている上で拉致しようとしている相手だからかもしれない。
(一応、見定めてからにするか……)
そして隠してある複数の護身術式を封じたマジックアイテムを何時でも使用できる様にする。
これであれば、逃げるに徹すれば問題ない。
少年はそう判断した。
果たして、その判断は正しかったのか。
それは誰にもわからない。
ただ、何気ないこの少年の判断が、その後の世界の運命の一端を選択したのは事実だろう。
草を踏みしめる音が規則正しく近づいてくる。
そしてそれは少年が寝っ転がっていた丘の向こう側、草原の方からやってきた。
「もし、其処の御方……」
少年の眼に映ったのは、黒装束の暗殺者や鎧を着込んだ襲撃者ではなく。
棘付きのごついガントレットを両腕に装備し、鎧と意匠を組み合わせたメイド服に身を包んだ女性。
独特の髪形に蝋人形の様に白い肌、切れ長の目線は眼鏡に隠されている。
女神の彫像の如き美貌は、静かに少年を見据えていた。
「少々お尋ねしても、よろしいでしょうか?」
クイッと神経質な仕草で眼鏡の位置を合わせ、大きな胸を張る様にメイドは尋ねて来た。
少年が些か天然だったり迂闊だったり無謀なのはお年頃だということにしてくださいなんでも島村!
次回、最終回予定