原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
ご注意ください。
ナザリック大墳墓に座するアインズ・ウール・ゴウンに使える戦闘メイドプレアデス。
そのリーダーにして長女を務めるユリ・アルファはその日、初めてナザリックの外に出た。
ハウススチュワードたるセバス・チャンと共に。
彼女らが大墳墓から出た理由はただ一つ。
ナザリックの外部に広がる異常を確認し報告する事。
果たして大墳墓の出入り口を出た二人が見たもの。
それは毒々しい蛙のモンスターであるツヴェークが群れる禍々しい沼地ではなく。
なだらかな丘と草原。
照りつける太陽。
全く想像と異なる、未知の世界だった。
自分達の偉大なる主はこの事を想定して調査を命じたのだとセバスとユリは考える。
まさに神に勝る叡知を持つ慈悲深き御方と賛美し、張り切って指定の範囲を二手に別れて調査し始めた。
のだが、ユリ・アルファは少々焦っていた。
彼女の担当した方角は、この一帯で【文字通り草原となだらかな丘しか存在しない】ポイントだった。
時たま顔を出すのは兎や地面から顔を出すネズミもどきばかり。
アンデッド特有の生者に対する気配感知も、小動物程度しか感知できない。
(どうしましょう……セバス様が、街道を見つけられたので最悪そちらに向かえばよいのですが)
逆側に向かったセバス・チャンは数km向こう側に街道を発見したという。
更に遠くには大規模な街らしいものも見えたとか。
セバス・チャンが貴重な情報を得たという点では安堵できるが、狂信に近い忠義をナザリックの主に抱くユリ・アルファは内心落ち込んでいた。
(セバス様は有益な情報を獲得したのに、ボクときたら何も発見出来てないじゃないか……これでは、モモンガ様、創造主たるやまいこ様に顔向けできない……!!)
ただでさえ、セバス・チャン側のメッセージには守護者達からの催促が矢の如く降り注いでいるらしい。
偉大なる支配者であるモモンガの盟友にして至高の御方々の一柱たるアイダホ・オイーモ。
ナザリック全体が異常事態に陥る前に訪れていた御方が、発生したと同時に姿を消した。
ナザリック内部の捜索は指輪が発見された以外は成果が無く、自然と外部の調査に期待が向けられたのも致し方ないかもしれない。
更にセバスとユリを……守護者達を焦らせているのは、ナザリックの長であるモモンガの激しい苛立ちだった。
玉座の間の、直前の大扉まで来て居たかもしれない。
事実、第十層に居た僕達もかの御方がスキルを使用しつつ猛スピードで玉座の間に向かうルートを進むのを目撃している。
そして玉座の間の大扉の脇にある神像の隅に、彼のサインが刻まれた指輪が落ちていたのだ。
何故そこからアイダホ・オイーモが姿を消したのか、彼がどこに姿を消したのか。
それはナザリックの知恵者と名高いデミウルゴスにも、索敵と捜索に特化したニグレドにも分からなかった。
来てくれていた筈の仲間が、大事なギルドメンバーがいない。
物証があるのに、その存在がナザリック内部に存在しない。
何故、消えたか。どこに去ったのかも不明。
初めから誰も居ないのであれば、モモンガがこのように荒れる事はなかっただろう。
確かにいた、存在した、しかも直ぐ傍まで来ていた筈だ。
その期待と、期待が見事にぬか喜びになった事に対するフラストレーションが死の支配者の勘気を逆立てていた。
これでもし彼に不死者特有の精神安定が無ければどうなっていたか。
守護者達が止めるのも聞かず、自ら外部に飛び出して捜索を陣頭指揮していたかもしれない。
いや、それどころか。
このままでは、最後に残ったモモンガですら、
【使えない
死に勝る絶望とさえ言えるこの言葉をモモンガより賜る事になったら。
ナザリックの僕達は煉獄すら生温い虚無へと生きながら墜とされるだろう。
最悪の想像に、ユリは全身を身震いさせた。
高ぶり過ぎた負の感情を即座に精神安定が沈静させるが、それでも目の端から涙がこぼれ落ちてしまう。
そんな時だった。
彼女が、丘の向こう側に存在する、人の生命に気付いたのは。
そして、任務の遂行に行き詰っていたユリ・アルファがその人間にコンタクトを求めるのは当然だった……。
「ええ、そうですよ。この辺りは【連邦】って呼ばれてます。あなたのいう地名は知りませんね」
「そうですか……理解しました」
少年は近づいてきたメイド……ユリ・アルファとの対話に困惑を覚えていた。
彼女の言う地形や地名、ナザリック地下大墳墓なる遺跡も聞いた覚えがないからだ。
そう、いきなり全く環境が異なる場所からやってきた旅人の様な。
しかし、メイド服のまま旅行に行く事なんてありうるのだろうか。
それこそ、貴人の車列に同行するなら分かるが単独での移動や旅行など考えられない。
正直、少年が不審を抱いてもおかしくはないレベルだ。
「しかし、本当に向こう側の草原にその大墳墓なる施設が存在するのですか?」
「当然です。ナザリック地下大墳墓は神聖不可侵にて神にも等しき尊き御方々がお創りになられた世に二つとない理想郷なのですから」
「は、はぁ……」
しかも、彼女が指し示す先にあるのは、彼が頻繁にその上空を舞った事がある単なる草原地帯だ。
間違っても人目に付くような所属不明の建築物など発見された事がない。
事前に問題が発生しないように、魔法のアイテムまで使用して丹念に確認したのだから間違いない。
(嘘はついてない……【真実の指輪】がそう判断している。少なくとも彼女が妄想を本気で拗らせてるとかでなければ本当なんだろうけど……)
それこそ、ユリが妄想を真実として信じている精神を患っている存在でなければ。
つまり、ユリは少年に対して嘘をついていないということになる。
(こりゃ、しくじったなぁ……間違いなく厄介ごとだ)
少年は確信した。
彼女は間違いなく【トラブル】であり、平穏を愛するならば関わってはいけない相手であると。
何故なら目の前にいる女性は、少年に対してこう申し出てきたのだから。
「それで、申し訳ありませんが、どうか私と共にナザリック地下大墳墓へご同行願えませんか? 我らの主人が、是非現地の情報を知りたいと仰っておりますので」
「は、はぁ……」
他人から聞けば、怪しささく裂の物言いである。
あるが、これでもユリ・アルファがそのカルマにより物言いと手段を緩めた具合だ。
本来、二人にオーバーロードたるモモンガから発せられた命令は、
「大墳墓を出、周辺地理を確かめ、もし仮に知的生物がいた場合は情報を取得後、有無言わさずここまで連れてこい」
だった。
そもそも至高の御方の捜索、という緊急性が無ければここまで強硬的にはならなかった。
モモンガの命令も精々『友好的に接し、敵意や不愉快を買わないようにナザリックに来てもらう様要請しろ』だったろう。
モモンガの焦りと苛立ちがもたらした弊害だったが、命じられた以上下僕はその命令を全うしなければならない。
接し情報をある程度取得した時点で、ユリ・アルファは少年を力づくでもナザリックへ連れて来なければいけないのだ。
こうして申し出たのは、ユリ・アルファが数少ない善性の持ち主であるからこそ。
だが、少年が首を縦に振ればこそ、横に振っても結局は連れて行くのだから心苦しいと彼女は思う。
思うが、至高の御方の命令は世界の摂理すら上回る絶対の理。
申し出に思い悩む仕草を見せる少年を見て、ユリ・アルファの中で諦めの吐息が流れた。
恐らくは、拒否の構えだろう。受諾をするにしても、時間がかかり過ぎてしまえば意味はない。
(せめて情報提供後に、この方が無事に地上へ戻れるよう進言致しましょう。慈悲深き御方であるモモンガ様ならば……)
予備動作なしの一瞬の一撃、反応すら許さず鳩尾に一撃を入れて気絶させる。
ガントレットを装備してても、体術の達人である彼女であれば怪我をさせず昏倒も可能だ。
が、ここでユリは何故か躊躇した。
本当に、自分はこの少年に当身と言えど手をあげてもいいのかと。
(……何故、そんなことをボクは考えてるんだ? しょうがない、至高の御方の御命令は絶対なのだからしょうがないじゃないか)
だが、ユリの心の中にある何かが、本能と言うべきものだろうか。
それが訴えかけてくるのだ。この人間に対し、手をあげていいのかと。
否、この不可思議な感触は少年を視界に収めてから感じ続けていた。
ただの人間の筈なのに、危害を加えるなんてとんでもない、と思わせる不思議な雰囲気が。
困惑と任務に挟まれたユリは、少年に一撃を加えるのを諦めた。
代わりに問答無用で担ぎ上げ、ナザリックに運び込む事にした。
これなら傷つけずにすむ。驚くかもしれないがそれは後で謝ろうと思った。
セバスに人間では聞こえない程の小声でメッセージを入れ、人間を一人連れ帰る旨を伝える。
(しょうがないんだ。これが、最善なんだから……)
そして、いざユリが実行に出ようとした一歩踏み出した瞬間。
「……ちょい待ち」
まだ考え事をしていた少年と、少年に集中していたユリ・アルファはギョッとして声が聞こえて来た方向に向き直る。
「そこのメイドっぽいの。私の彼に何をしようとしてるのよ。あんた誰?」
「あ、あれ君、なんでこっちに来てるのさっ!?」
少年が泡を食った面持ちで何時の間にか現れた少女……同級生の隣席の少女を指さす。
少女は担いでたモップをブンブンと振り回すと、まるで釣師の様に肩に担いだ。
「そりゃ、どっかの誰かが出した影武者が偽物だって気づいたからだよ? 他の間抜けな連中と私とを一緒にしないで欲しいんだけど」
「ま、まぢかよ……あれ作るの、婆様にも協力願ったのに見破るだなんて……」
モップが、少女の肩でトントンと揺れる。
少年の知る限り、そのしぐさはあまり機嫌が良くない時にするものだ。
そして、その視線はユリ・アルファの方に向けられている。
(まさか、ここまで接近されてボクが気づかなかった!? 何者……)
少女は間違いなく生きる者であり、ユリ・アルファはその気配に敏感である。
また、白兵戦特化に役割をあてられた彼女であるが故に、他者の接近などにもプレアデスの中では察しやすい。
その彼女が少女が声をかけてくるまで、全くその存在に気付けなかった。
これは彼女よりも幾ばくかレベルが高く、クラスの編成上アサシンとしての役割を担っているソリュンシャン・イプシロンが相手でもあり得ない事だ。
少女の黒に近い茶色の瞳が細められ、ユリ・アルファは反射的に身構えた。
「というか、あんた……なんか、妙な感じがするんだよねぇ?」
(気配遮断の護符は付けているのに、まさか看破された?)
アンデッドであるユリ・アルファはトラブルを回避する為、出発時に種族の気配を遮断する護符を付けている。
その為、よほどのポカを……それこそ、自分の首を落とすといった最悪レベルのミスをしない限り、外観は肌が透き通る様に白い麗人のメイドだ。
「なんか、アイテムで自分の正体を隠してるのかなぁ? 小賢しい真似だねぇ。それで、この子に近づいて何を企んでるのよ?」
すっと一歩踏み出される。
滲み出て来る戦意を感じ、発すべきスキルがユリの脳裏をよぎる。
それだけの得体のしれない威圧感を、少女はその体から発していた。
「帝国は考えづらいよね? 中央世界の六か国の諜報員か何かかしら? あいつらなら、攫おうと狙ってもおかしくはないと思うけど……」
どうすべきだ、とユリ・アルファは焦った。
少女が言っている意味はさっぱり分からないが、自分をこの少年を拉致しようとしている相手と見ているのは確かだ。
しかも、それは事実である為ごまかしようがない。
いかなる理由があれ、同意も得ないまま少年をナザリックに連れ去ろうとしたのだから。
「ま、その辺は後々ゆっくり聞くとするか……抵抗せず、おとなしくしてくれるとありがたいんだけど?」
「おいおい、この人を捕獲するのか?」
「そーよ。どう見ても怪しいじゃない。だったら捕まえて……っ」
二人の所まで後十数歩の所、そこまで近づいた少女の姿がふっと消える。
次の瞬間には十数メートル後ろまで後退し、適当に握られていたモップはしっかりと構えられていた。
「ユリ・アルファ、下がりなさい」
「セバス様!?」
少女の目は、既にユリ・アルファを見ていなかった。
猛禽の様に細められた目つき、無感情に引き結ばれた口元。
少年に対し、普段は見せないであろう、戦闘者としての顔立ち。
そんな少女のモップのブラシ部分を突きつけられているのは、セバス・チャン。
見上げる様な長身に、鋼の様に鍛え上げられた体。
皺ひとつ見当たらない漆黒の執事服に身を包んだ初老の男は、少女とユリ・アルファの間に割って入った。
「これは一体、どういう事ですかな?」
「……見ての通りよ。あんた達、その子をどうするつもりさ?」
ユリ・アルファは静かに目を伏せ、少年は困惑した様に彼女とセバスと少女を交互にみやる。
セバスはユリ・アルファの様子を見て、彼女がどう少年を連れて行こうとしたのかを察した。
(……彼女には申し訳ない事を実行させようとしました。恐らく、連行しようとしたのでしょうね)
基本的には人間に対しても善意を持って接する事が出来る、ユリ・アルファが自分の行為に苦悩したのは言うまでもないだろう。
ただ、例えセバスが同じ境遇になったとしたら、やはり連行という形でこちらを見ている少年をナザリックに連れて行ったのは間違いない。
至高の御方の御命令は、全てに優越する。
例えカルマが極善のセバスでも、そうしろと命じられたのであれば極悪に値する行為を躊躇せず行う。
それがナザリックの僕なのだ。善悪の前に、絶対者に対する従属と服従が存在する。
内心での心苦しさをそっと沈め、セバスは少女に対して向き直った。
姿勢はあくまで自然体。しかし、既に戦闘状態にある少女が攻め入って来た場合は即時戦いに応ぜられる。
巌の如き防御。迂闊に近づけば、その剛拳にてひとたまりもなく打ち砕かれるだろう。
「お嬢さん、申し訳ございませんが構えを解いて頂けませんか? 無益な殺生は致したくありません」
セバスの構えを見た少女は、すぐさま相手がユリ・アルファなど比較にすらならない高みにあると理解した。
恐らくは、全盛期時代の母や、父、あるいは評議国の真なる竜王に匹敵するレベルの存在。
更に彼女の卓越した戦術眼は、この執事が外見だけでない事を看破した。
つまり、更なる強化が行えるという猛者である事に。
自分の本気を出すのに値する敵である事に。
そう、敵だ。少年を害そうとする相手は間違いなく敵だ。
どのような意図があったとしても少年を誘拐するつもりであれば、それは断じて許される事ではない。
「無理ねぇ。その子に手を出すつもりなら、何が何でも許さない」
少女からすれば、少年に手を出すという時点で妥協など存在しない。
そして、相手が自分と渡り合えるレベルの存在であれば是非もない。
ユリ・アルファ相手なら適当に叩きのめして、それで終わりだろうがセバス・チャン相手なら話は別だ。
膨らんでいく少女の戦意を見て、セバスは覚悟を決めた。
(これは、私の本気を出すしかありませんね……!!)
本気を出して組み合う。
その隙にユリ・アルファを逃がして大墳墓から増援を出させる。
呑気に目の前でメッセージを使える相手ではない。
みしり、とセバスの全身から軋む音が響く。
セバスの呼吸が深呼吸になり、全身を覆っていた気配が一瞬で重々しくなる。
これは、セバスが本気を出す……即ち、竜人としての本性を出す前兆だ。
「へぇ、やっぱりその姿は変身前って事ね。じゃあ、こっちも相応になるわよっと!!」
次の瞬間。
ラナー・アカデミーの制服姿だった少女は、一瞬で装具を自分の身体に展開していた。
少女の装備は私物と番外席次と別れており、六大神の装具は今なお神殿に保管され番外席次としての任務遂行時に装備される。
そして私物としての装備は、彼女の父親が所持または取得したものから、少女のスキルやステータスに最適なものを選りすぐって与えられた。
それらは任意により、瞬時に少女の身体を覆う様設定されているのだ。
神器級の鎧。
脇を固める伝説級の装具。
そして何時の間にかモップと入れ替わっていた、伝説級の槍。
全て、父から与えられたユグドラシルの装備。
「そ、その装具、そのサインは……!!」
赤く光り輝いてたセバスの視線が神器級の鎧を捉え、驚愕に見開かれる。
何故なら、その装備はセバスにとって見覚えがあるものだから。
それは、セバス・チャンにとって至福の時であった。
彼が一身に忠義を誓うたっち・みーの私室。
そこに侍る機会を与えられた日。
『で、ようやくドロップしたデータクリスタルを使って出来たのがこれなんです』
『おー。いいスペックじゃないか。でも、少し君には相性が低くないか?』
『そうなんですよねー。もう少し種族的相性値が高ければ今の神器級とメインで入れ替えても良いんですけど』
『運営は異形種の装備のバランスにはあまり気を使ってないみたいだからなぁ。人間プレイヤーがメインなのはわかるけど』
『全くですよあの糞運営は……ま、これはこれでいいものですから鎧の予備にしておきますよ』
応接間のテーブルを挟んで語り合う、たっち・みー。
そしてその友人であった……。
「その、装具は、アイダホ・オイーモ様の装具ではございませんか!?」
「………………は? なんで、パパの名前知ってるの?」
セバスが凝視する神器級の鎧。
その鎧には、確かに数円課金で追加された二つのサインが刻まれていた。
アインズ・ウール・ゴウンのギルド・サイン。
アイダホ・オイーモの個人サイン。
「あ、貴女は……一体何者なのですか?」
どんどん送り付けられる着信のメッセージすら頭に入らず。
セバスは呆然と少女を見つめた。
今度こそ次回、最終回予定
二代目番外席次の瞬間装着は「速攻着替え」のデータクリスタルで着替えています
アインズ様に本気でやれと言われて冒険者スタイルから一瞬で着替えたアレですね