原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
原作ネタバレ、及びあちこち改変しておりますので閲覧にはご注意ください。
アイ・ライク・トブを既に閲覧済みであることを前提として書いております。
また、アイダホさんの設定も変動しておりますのでご留意ください。
「お久しぶりですねリイジーさん」
「こちらこそお久しぶりですじゃウカリさん」
リイジー・バレアレ。
エ・ランテルで高名なポーション制作業者である錬金術師。
彼女の様な有力な技術者とのお付き合いと根回しも、スメイロトにとって重要な仕事である。
応接間に移動しソファへ腰を落ち着け、いつもは祖母に付き添っている青年の姿が居ない事を尋ねた。
「そういえば、今日はンフィーレア君は不在で?」
「ああ、孫は知人の無事を確認する為にカルネ村に行っておるので今はおらんのですよ。夕刻には戻る予定ですな」
「となると例の襲撃でカルネ村の人々……特に彼が懸想してた娘は無事だったのですか?」
供された来客用の紅茶に一口付けた後、スメイロトは気になっていたことを尋ねた。
「ええ、ワシも都市長からの発表を聞いただけじゃが、カルネ村の住民は負傷者こそ多数出たものの全員無事との事でしてのぅ」
「全員、無事?」
風花聖典が都市行政からすっぱ抜いた情報によれば、開拓村のほとんどが焼き払われ凄惨な殺戮が行われた。
そして僅か数人の生き残りだけが、盗賊の集団に襲われたと救援に来た戦士団へと口々に証言したらしい。
「盗賊のやり口としては温いですね。殺し奪い犯し攫う、が一般的なやり口でしょうにどうしてカルネ村だけ」
「ワシとしてもその辺は不思議に思ったんじゃが、詳細の確認の為にもとンフィは出かけてしまったんじゃ」
「……冒険者は付けたのですよね?」
「勿論じゃ。できればクラルグラを付けたかったんじゃが他の件で出払っておって、結局銀級のパーティーと……黒い鎧と術師の二人組の新人と出かけていってしもうたよ」
もう少し待てと言ったが、これ以上待てないと押し切られてしまったわと苦々しい表情でリイジーは紅茶を口に含んだ。
(情熱的だねぇ。以前からかった時の反応から相当に熱を上げてるようだったが、渦中に突っ込んでいくとは予想以上だな)
そこまでの強い想いを抱ける異性か。全く、羨ましい事だ。
こちとら、もう前世と合わせて厄年越えた筈なのに甘酸っぱい恋愛なんざした事がない。
恋愛童貞のスメイロトは勝手に落ち込んだ気持ちを振り払い、商売人としての精神を再構築した。
「そうですか。向こうで無事が確認されるといいですね……それと、これが今季の試薬品のリストですのでよろしくお願いします」
「ふむ、拝見しますぞ」
いくら平時においての交易が認められているとは言え、帝国商人に対して深入りをし過ぎれば都市長などに睨まれる危険性は発生する。
そこにはリイジーの保身も含まれているだろう。彼女も幅広い交友を持つ商人で見識も深い。
対帝国の戦いで帝国が優位になり王国が更に状況を悪化させているのに気付いているだろう。
最初は様子見止まりだったスメイロトとの取引も、最近はこうした試作品などの作成も請け負う辺り市場の主が変わる事も想定しているのかもしれない。
暫くリスト表を見つめてはいくつか質問をした後、リイジーは自分達で試作可能な薬品をリストに署名してスメイロトに提示した。
「それで結構です。試薬が出来ましたら何時もの便にてこちらへ配送してくださいね」
「承知いたした。しかし、今回も興味深い薬効ですな。ワシもポーションは色々作ってきたが、除草や薬草を育てる薬を作るとは思わなんだ」
「はは、ポーションと一言に言っても色々と種類はありますからね」
エ・ランテルでの滞在ももう終盤だ。
終わらせるべき事は王都に向かう前に終わらせておこうと、スメイロトは急いでいた。
そこまで考えて、カルネ村から戻ってくるンフィーレアについて思いを巡らせる。
丁度いい。手軽に情報を手に入れられるのであれば時間を取る価値はあるだろう。
「ああ、そうだリイジーさん。夕刻にもう一度立ち寄らせて頂いてよろしいでしょうか」
「はぁ、ワシは組合に顔を出しとると思うので恐らく孫だけですが何か?」
「例の……カルネ村の件ですが、個人的に少々気になりまして。向こうで何が起きたかンフィーレア君から詳しく聞きたいのですよ」
『外なる目』を閉ざし、『寵姫』はゆっくりと瞼を開いた。
場所はスイートルームの彼女の寝室。
手にしていた漆黒聖典で愛用しているスタッフを軽く打ち払う。
途端に部屋に広がっていた占術の術式が霧散し、体から引き出されていた魔力の消耗が止まる。
彼女の希少な生まれながらの異能……タレントの『魔法上昇を使用可能、二つ重ねがけも可能』は強力な分魔力の消耗も激しい。
聖遺物級のマジック・スタッフは勿論、神の宝物庫から貸し出された未知の宝石が嵌め込まれたアミュレットや水色と白色の法衣等のバックアップが必要不可欠。
これらこの世界には存在しなかった装備があってこそ、儀式や神官達のバックアップ無しで彼女は第六位の位階魔法を連続使用する事が可能だ。
儀式用のアイテムで儀式を行えば更に上昇させることができ、第七位階の魔法も使用可能になるがこれは奥の手である。
「ふぅ……」
ハンカチで顔に浮いた汗をそっと拭う。
風花聖典の調査と彼女の占術によって、既にクレマンティーヌの潜伏位置は把握済みだ。
問題はクレマンティーヌだけでなく、危険な連中と手を組んでいて潜伏先がその本拠地であるという事だ。
ズーラーノーン、高位の死霊魔術師達で結成された危険思想集団。
恐らくはクレマンティーヌは彼らと前々から渡りをつけていていたのだろう。
土の神殿から『叡者の額冠』を盗んだのもズーラーノーンからの要請かもしれない。
(忌々しい。こうも問題を増やしてくれるとは)
あのような暴挙を働いたクレマンティーヌに殺意すら混じった苛立ちを覚えながら、『寵姫』は風花聖典にメッセージで連絡を送る。
風花聖典からの返答は明日エ・ランテルに集結した応援部隊と協同して拠点を強襲。
クレマンティーヌを捕縛もしくは抹殺。ズーラーノーンは全員抹殺するようにとの事だという。
(明日ですか。できれば今日にでも強襲を仕掛けた方がよいと思うのですが……)
風花聖典が慎重になるのもわかる。
相手は漆黒聖典に属していた英雄級のフェンサーだ。
位置や情報の特定に繋がりやすい漆黒聖典専用の装備は置いていったからかなり弱体化はしているだろう。
それでも、漆黒聖典の隊員よりも戦闘力で劣る風花聖典の隊員にとって危険極まりない存在であるのには変わらない。
街道の封鎖用の人員は外部に残すにしろ、他の捜索隊は全てエ・ランテルに戻して総力で攻撃をかけたくなるのは道理だ。
(戦力の集結が完了する明日までクレマンティーヌやズーラーノーンが大人しくしてくれてるのでしょうか)
問題はクレマンティーヌだけでなく、ズーラーノーンがこの街で何を企んでいるのか不明だということだ。
潜伏先と思われる市営墓地の聖堂地下から、墓地全体に少しずつ負の力が蓄積し始めているのは彼女の探査魔法によって確認済み。
アンデッドの使役を得意とする者達である為、絶対にろくでもない事を目論んでいるのは言うまでもないだろう。
その悪い予感がするからこそ、彼女は風花聖典の決定に不満を抱いていた。
(しかし、この任務の決定権はあくまで風花聖典にある。私は臨時の協力者に過ぎないからどうしようもありませんね)
決定権も指揮権もない彼女に、これ以上出来ることはない。
明日まで連中がふざけた真似をしでかさない事を祈りつつ、魔力の回復に努めるだけだ。
漆黒聖典の装備を保管ケースに戻していく。
法衣を脱いで畳んでしまい、装飾の一切ない頑丈さと蒸れない事が利点の軍用下着も脱いで畳んでしまう。
このケースは収納した物品へ自動的に『清潔』の魔法がかかるので非常に便利だ。
「…………ん」
ふと、彼女は部屋に配置されている大きな姿見の鏡に映る自分を見る。
同世代の女性と比較して標準よりいくらか上程度ではあるが、ボディバランスは黄金比である白い裸体。
スメイロトに仕えてから伸ばしている金色の髪に、やや垂れ目でぼんやりとした印象の銀色の瞳。
顔立ちは従姉であり同じ漆黒聖典の『神聖呪歌』と似ているが、冷厳さが際立つ彼女より愛嬌が強めと周囲に評されていた。
鏡から視線を外し、『寵姫』は普段使っている衣装ケースを開く。
そこには彼女がいつも着用している絹などの高級生地でできた、衣服と下着が几帳面に並べてあった。
意匠として煽情的な意図が垣間見える下着を装着。
普段着ている青と白のワンピースを着用し、姿見でバランスを確認する。
薄い化粧を施し、口紅を薄目に下品に見えない程度に着ける。
スメイロトを観察し、彼が濃い化粧を好まないのに彼女は気づいていたので好みを読んで化粧をしている。
最後に何も魔力もバフもない見栄えだけと高価なだけの宝石や貴金属。
術師としての価値観で言えば無価値の装飾品を身に着け、『寵姫』としての身支度が完成した。
帝城で『寵姫』と呼ばれる彼女の本名はジュンノ。
六大神による開国から連綿と続く法国でも名家の血を引く令嬢だ。
薄いながらも神人としての血を引いている家柄であり、200年前には神人を輩出した事もある。
彼女自身は神人ほどの資質はなかったものの、早期に英雄級に及ぶ才覚を発現させた。
火滅聖典での教練で頭角を顕し、15歳を過ぎた時には漆黒聖典に選抜され16歳で聖典の任務に参加。
今では第四位階魔法を自在に使いこなし、タレントと併用すれば第五位階、第六位階の魔法も使用する事が出来る。
このまま成長を続ければ20歳までには第五位階に達すると見なされ、将来的には帝国最強のフールーダを凌駕する逸脱者の大術師になると持て囃された。
そんな彼女がスメイロトの『寵姫』に選ばれたことはある意味当然かもしれない。
ジュンノの才能と血筋は法国上層部にとって、本人だけに収めておくには人類にとっての損失として見ていた。
この才媛の血筋を如何に残すかについて聖典は勿論実家も動いていて、15歳の時には複数の婚約話が持ち上がっている。
本人が『模範的な法国の人間』であり政略結婚も当然と受け入れていたこともあって、漆黒聖典である程度実績を積み上げてから結婚へと至る予定だった。
その矢先に出てきたのが、帝国の皇弟スメイロトである。
最初期、法国は彼の存在を不可思議には思いつつも、特に重要視はしなかった。
中央集権化の為に不要な親族の悉くを誅殺した鮮血帝が、例外として生かして残した弟。
神官長達は万が一の時に皇族の血を残す為の保険程度、という認識だった。
故に陽光聖典がトロールの族長を単身で討ち滅ぼしたのを偶然目撃し、その報告を聞いた際には驚愕した。
希少なタレント持ちなのか?
それとも覚醒した神人なのか?
何れにしろ難度90を超えそうなモンスターをあっさりと打倒できる存在に法国が興味を示さないわけがなく。
バハルス帝国に駐在している風花聖典が総出でスメイロトの事を調べ上げた。
彼が何をしているのか、兄たるジルクニフとの関係はどうなのか、女性関係や趣味や嗜好品の事まで念入りに。
そうして監視をしている内に、最悪人類国家が崩壊しかねない事件が起きた。
超巨大なイビルツリー、破滅の竜王の覚醒だ。
この事件は漆黒聖典の隊員の一人第十一席次である占星千里がその復活が間近であると予言。
大森林の監視に当たっていた一人師団の使い魔がその巨体を発見した事で復活を確認。
その際に竜王の侵攻が予想される方向に位置した新都市に居たスメイロトへ声をかけたのである。
彼をこの事件に引き込み、彼の持つ力を試してみる為に。
元々竜王に対する勝算はあった。本来であればかの竜王に勝利するには3人の神人を総動員しなければならない。
だが、法国には神人以外の切り札が存在する。神の遺産『傾城傾国』により竜王を魅了し支配する事だ。
この場合『傾城傾国』を使用できる術者カイレを、秘宝を発動できる距離まで竜王に接近させる必要がある。
調査結果により彼が植物を操る事が出来るのを把握していた法国は、イビルツリーである竜王にも有効ではないかと考えていたのだ。
そしてカイレと彼女を護衛する本隊と、陽動を行う部隊と別れ。
陽動を行う方にスメイロトを配置したのだった。
法国の作戦を聞いてスメイロトは「無茶言うなよ」と蒼白の面持ちで呟いていた。
しかし、ここまで来たのであれば付き合う以外にないと覚悟。
法国から「あれが復活したのは、あなたが推進した大森林の開拓も関係あるのでは?」と突っこまれ逃げ道をふさがれた事もある。
初めて顔を合わせた漆黒聖典の面々に囲まれながら、『傾城傾国』が発動するまで破滅の竜王の注意を引く役割を果たしたのだ。
危うく部隊全体が突進してくる竜王に轢かれそうになり。
スメイロトが全神経を集中させて竜王の動きを十数秒止めていなければ全員ひき殺されていただろう。
陽動部隊には警戒要員としてジュンノも参加しており、全力を使い果たして穴という穴からいろんなものを垂れ流しつつ気絶したスメイロトを介護する羽目になった。
二人の出会いはこれが初めてだったが、ある意味散々な出遭いかもしれない。
この破滅の竜王事件をきっかけに、法国はスメイロトの価値を認めて本格的に引き込みに入る事になる。
(そして、私はあの方の元に送られる事になった)
あの事件の後、彼女は火の神官長ベレニス・ナグア・サンテイニ、並びに土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンに呼び出される。
「本来であればあなたの婿は我が国の有望な若人とする筈だったのですが、状況が変わりました。貴女の実家との協議により、現在の婚約は破棄となります」
「君にはバハルス帝国の皇帝の弟たる、スメイロト殿に嫁いで貰う事になる。とはいえ彼は皇籍を剥奪され、皇帝に結婚と子作りを禁じられておるから内縁の妻となるな」
告げられたのは、スメイロトが法国にとっても重要人物になった事。彼の異能を法国が欲している事だった。
数回しか顔合わせしておらず私的な話すらまともにしてない婚約者とは速やかに別れさせられた。
スメイロトという男と引き合わされる事になっても、彼女はただ受け入れるだけだった。
「今現在、わが国はジルクニフ皇帝と彼の扱いについて交渉中となっている。順調に行って半年以内には君は皇弟の元へ赴く事になるだろう」
「貴女にはそれまでに花嫁修業をしてもらいます。今まで教養などで学んでもいるでしょうが……風花聖典の集めた情報により、より適正化して貰います」
「適正化、ですか?」
ジュンノの問いに、二人の神官長は重々しく頷く。
「その通りだ。スメイロト殿が好む女性になるための修行だ」
「これも我が法国が人類を守護する為の稀有な才能を得るための試練なのです。彼が今後も我が法国の選ばれた花嫁を受け入れ続けられる為の先鞭が貴女となります」
ベレニスは既に重婚の予定がある事すら口に出した。
げに恐ろしきは神人という超戦力が齎す恩恵と、神人の誕生を望む者達の執念というべきか。
しかし、この時の彼女は特に思うこともなく、わかりましたとだけ返答をした。
(今の私は、その役割に相応しいのだろうか?)
ふと、自分が腰かけているダブルベッドのシーツに手をのせる。
このエ・ランテルに到着してからそれなりに時間が経つ。
その間で閨を共にし体を重ねたのは片手の指にも満たない。
別に彼がジュンノに対して拒否感や嫌悪感を抱いているわけではないのは理解している。
彼が『寵姫』に対して婿としての義務を果たしてはいるのは分かる。
だが、子作りにそれほど乗り気ではないのはうっすらと気づいていた。
政略結婚の駒として送られてきた自分を、どこか哀れんでいる事も。
(スメイロト様……貴方はどうしてその様な)
彼が居ない部屋になんとも言えない胸の中の騒めきを感じた。
彼女は胸中で燻るその感情がなんであるかを知らなかった。
知らなかったがその穴埋めをするには、早めに彼を宿に戻せばいいと判断した。
一番早く連絡を取れそうなのは宿のベランダで呑気に夕暮れの日光浴というか光合成をしている同行者。
だが、法国の人間らしくあの手の存在を毛嫌いしている彼女に、まず初めにそいつを頼るという発想はなかった。
「ブレイン、今すぐ出れますか?」
「ああ、出れますけど……」
従者用の小部屋のドアをノックし、出てきたブレインに用を申し付ける。
「もう夕暮れです。スメイロト様へ宿に戻るよう探してきてください」
「はぁ、確かに夕暮れですがわざわざ呼び戻すので? 夕食はもう少し後ですしこの時間帯は自由時間ですよ」
一応敬語が使えるようにはなったが、立ち振る舞いに粗が出ているのがジュンノの気に障るが今はそれを指摘する時ではない。
「状況が緊迫しているのは貴方にも伝えている筈です。夜分になれば特に警戒しなくてはならないのにあの御方一人で歩き回るのは危険なのです。わかりましたか?」
「……承知しました。それじゃ探してきます」
彼女の声の苛立ちを察したブレインは、そそくさと従者の部屋のドアを閉めて足早に階下へと降りて行った。
それを見送ったジュンノは、流石に自分の言動に棘が出ていた事に気づき聊か自省をしつつ部屋に戻った。
とっぷりと日が暮れた街へと探しに出たブレインは職人街でバレアレ工房店の窓を覗き込んでいるスメイロトを発見。
直後に窓から飛び出してきたスティレットの先端でスメイロトは眉間を突かれ。
更にはその先端から炸裂した強烈な雷撃がスメイロトの頭部を直撃した。