魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~   作:火神はやて

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難産でした。
更新遅くなって申し訳ありません。
ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


第9話 夢と戦と大きな背中 ※挿絵あり

(ーーあぁ、これは夢なのでしょう)

 

 シュテルはゆっくりと瞼を開く。

 その先には、見慣れぬ町並みが広がっていた。

(明晰夢、と言いましたか。夢の中で夢と認識する現象ですが、不思議な感覚です)

 シュテルはまるで幽霊の様にふわふわと浮く感覚に違和感を覚えながらも、周りを見渡してみる。

 

(はて、しかし夢というものは詰まる所記憶の反芻のはずですが……この場所に心当たりはないですね) 

 

 そこは、街というより町と評すべき場所であった。

 山間の中にポツリとあり、豊かな自然に囲まれた田舎町。

 陽の光が真上にあり、石畳で舗装された道を燦然と照らしていた。

 

(ふむ……)

 

 おそらく名物であろう、木の実のパイを絵にした看板がかかる店。

 ガラス細工の工房には、煌びやかな調度品が並んでいる。

 道ばたに並ぶ露店の数々には、アクセサリーや熟れた果物が置かれていた。

 広がる光景は素朴ではあるが、だからこそとても輝かしくシュテルには映った。

 

(けれど、これは一体どういう事でしょうか)

 シュテルの疑問。

 それはこの場に立てば誰もが思う問いであった。

(いくら町の入り口付近とはいえ、誰の姿も無いのは妙ですね)

 ゴーストタウンというわけでは、決してない。

 食事処の机上にあるマグカップからは湯気が踊り、明らかに食べかけの料理が残された皿もある。

 蓄音機からは優雅に音楽が鳴り、編みかけの衣類が安楽椅子の足元に散らばっていた。

 先ほどまで、日常の風景がそこに広がっていた事は優に想像できた。

 

(……これは)

 

 町中へと足を踏み入れ、少し行った先。

 シュテルは、路傍や家々、その多くに残される鋭利な傷跡をみつけた。

 石の外壁に削り付けられたそれは、どう見ても獣の爪痕に思える。

 明らかに平穏な町の中で浮いており、害意がある事はすぐに見て取れた。

 不穏な空気を感じながらも、シュテルは町の中心部に向けて足を進めていく。

 

(…………)

 

 進めば進むほど、爪痕の数は増えていく。

 あちこちに獣の痕跡が見て取れ、いくつもの建物から火の手もあがっていた。

 間違いなくそれらは、争いによって生み出されたものだとシュテルは判断する。 

 何かがここで非道を行ったのだ、と。 

 

(……それに、これは一体何なのでしょうか)

 

 シュテルの静かな狼狽。

 それは、不自然に鎮座される人の形をした石像を見てのものだった。

 マネキンの様な石像はそこかしらにあり、まさしくその光景は異常の一言に尽きる。

 

(しかし、何と悪趣味な……)

 その石像は、ほとんどが恐怖と苦痛に顔を歪ませていた。

 痛みで地面をのたうち回る格好のまま固まる者。

 子供を庇う様に抱きしめ、固まる者。

 諦めて呆然としたまま固まる者。

 

 三者三様の、しかし純然たる恐怖がそこに刻まれている。

 美しい石英の材質から美術品を思わせるが、しかしそのリアルさは最早不気味の権化であった。

(これはやはり……) 

 誰もいない町。

 何モノからか逃げまどうポーズで固まる石像。

 シュテルの脳裏に、嫌な想像が浮かんでしまう。

 この石像は、もしかしたらーー 

 

(-ー今、なにか)

 延々と続く凄惨な光景を前に、けれど推察を深めるシュテルであったが、ふっと足を止めた。

 誰かの声が聞こえた気がしたのだ。

 けれど、見渡す限り命の気配はまるで無い。

(ですが、確かに聞こえました)

 シュテルは妙な胸騒ぎを押さえながら目を細め、じっと耳を澄ました。

 

(……!)

 次は、ハッキリと聞こえた。

 シュテルは自然と、音のする方へ足早に進んでいく。

 一歩を踏み出す度、ソレは大きくなっていった。

(これ、は……)

 聞こえてきたものの正体を、シュテルは理解した。

 それは、泣き声の色が混ざった、誰かの絶叫だった。

 

(く……)

 

 シュテルは自分の胸が締め付けられる感覚に襲われた。

 聞いたことも無いはずの誰かの叫び。

 だというのに、シュテルの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。

 

(そこにいるのは、誰なのですか)

 

 血反吐を吐き出す様に鳴く声の主を求め、シュテルは行く。

 おびただしい石像の群れを超えたその先。

 大きな噴水のある広場に、誰かがいた。

 石像だらけの町で一人、色を持った人間が、いる。

 

(貴方は、一体……)

 泣き叫ぶ少年の腕には、満面の笑みを浮かべる少女の石像が抱かれていた。

 割れんばかりに強く抱きしめ、少年は怨嗟の雄たけびをあげる。

 

(だめ……)

 泣き止んでほしくて、シュテルは手を伸ばした。

 その姿があまりにも憐れで。

 哀しみから憎悪に変わる少年の声色が、怖くて。

 だから、手を伸ばした。

 抱きしめたいと思った。

 けれど、進めない。

 いくら意志は込めれど、前へと足が進まない。

(どうして……!)

 今までは自由に歩けていたというのに、急に縫い付けられたかの様にシュテルはその場を動けなくなった。

 まるで誰かに拒まれる様に。不可視の力でシュテルは抑えられ、進む事が出来ない。

(お願いです、動いて! 動いてください!!)

 伸ばす手は、しかし届かない。

 一向に距離が縮まらない。

 シュテルは気付けば涙を流し、それでも尚少年へ手を差し伸べようとしてーー

 

「……ッ」

 

 シュテルは、そこで目を覚ました。

 見慣れたいつもの天井に、使い慣れた寝具。

 間違いなく、自分の部屋である。

 

「ーー何故」

 私は泣いているのだろう、と、シュテルは目元をぬぐった。

 

 夢の中の映像が鮮明に脳裏に焼き付いて消えない。

 それがどうしても悲しくて、苦しくて、涙が感情となって溢れ出す。

 

「ーーーー」

 

 自身に渦巻く感情が理解できず、シュテルは膝を抱えて蹲った。

 何故これ程悲しいのだろう。

 何故これ程苦しいのだろう。

 何故これ程怒りが湧いてくるのだろう。

 

「…………っ」

 

 シュテルはしばらく、止められぬ涙を拭い続けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 シュテルの自室は、シンプルな物となっていた。

 八畳程の広さの部屋に置かれた家具は、シングルベッドと本棚に衣装箪笥、そして読書をするための座椅子に小さなテーブルだけだ。

 基本的に趣味の読書と休息を取る以外の機能はこの部屋にはない。

 

 ベッドのすぐ傍に窓はあり、そこには小さな猫のぬいぐるみがあった。

 以前なのはから貰い受けた物であり、シュテルのお気に入りのぬいぐるみである。

 事務的な匂いのする部屋の中でそのぬいぐるみはどこか浮いてはいたが、ここでシュテルの部屋なのだと確かに告げていた。

 

 まだひんやりとした空気の中、ベッドの横に置かれた目覚まし時計は六時を指している。

 薄紫色のパジャマ姿のシュテルは身震いしながら、チラリと床へと視線を投げた。

「ルイス、起きてください」

 シュテルはベッドから降り、床に置かれた敷布団に乗る物体をツンツンとつついた。

 来客用の敷布団の上に乗るのは、春雨の様に掛布団で体をぐるぐる巻きにされたルイスだ。

「む、むむぅ……」

 もぞもぞと布団の簀巻きお化けが反応を見せたため、シュテルは溜息交じりに拘束を剥がしていく。

 

「ぶっは、息苦しい!」

「おはようございます」

 布団の拘束から解かれたルイスが、ゴロゴロ転がりなが現れた。

 元よりボサボサであった髪はさらに乱れ、ひどい寝ぐせとなっている。

「あ、シュテルおはよう……って、どうかしたの? 目、赤いよ?」

「え、あぁ……欠伸をした時にでも擦り過ぎたのでしょう。問題ありません」

「そう? ならいいけど……」

 

 まるで夜泣きをした子どもの様だと思い、シュテルは気恥ずかしさからルイスに夢の事を言わないでいた。

 実際、夢を見て泣いたなどと羞恥心からも言えるものではなかった。

「えーっと、シュテル、僕の顔に何かついてる……?」

「……あ、すいません」

 無意識にシュテルはルイスを見つめていたらしく、慌てて目線を逸らした。

 

「あ、あぁ……そうです、着替えを行いたいのですが」

「そういう事か、ごめんごめん。んじゃコレを付けるね」

 ルイスは言うや否や、黒色の鉢巻きを取り、自身の目を覆い隠していく。

 昨晩、ディアーチェが「着替えの時はコレをつけろ、もし覗けばその眼球抉り取ってやるわ」とルイスに突き付けた物である。

「はーい、もう大丈夫だよー」

 ルイスの緊張感の無い声にシュテルは視線を戻し、目隠しをしたのか一応確認する。

 しっかりと布が巻かれているのを見て、シュテルは寝間着をはだけた。

 現れるのは、白の下地に赤い小さなリボンがあしらわれたスポーツブラだ。

 下も同じく白を基調にしたシンプルなパンツであり、特売日に纏めて買い込んだ物である。

 当然色気とは無縁の代物であるが、シュテルの外見からして違和感は感じられなかった。

 

「…………」

 シュテルはチラチラとすぐ側で目隠しをするルイスを気にしては、ほんのりと頬を赤に染めている。

 いくら見えないとはいえ、すぐ横に異性がいるこの状況ではどしても羞恥心が掻き立てられてしまうのだ。

 素早くシュテルは寝間着を脱ぎ、昨日のうちに用意していた着替えを掴む。

 檸檬色の少しダボついた上着に、太ももを隠す長さの赤のスカート。黒いオーバーニーソックスを履き、いつもより足早に着替えの服を着込んだ。

 

「お待たせしました、もう大丈夫です」

「おっけおっけー、お。いいねー可愛いじゃん」

「……それはどうも」

 目隠しを取り頭を振るルイスは、シュテルの私服を見てニコニコと褒める。

 一方のシュテルは感慨もなく、ため息で流した。

「貴方も早く着替えを」

 シュテルは無表情に、しかし何故かルイスにそっぽを向きながら男性用のYシャツとスラックスを手渡した。

「ありがと、準備いいね」

「ディアーチェが昨日のうちに買ってきてくださったようですよ」 

「そうなのかー。後でお礼言わなきゃだね。んじゃーさっそく」

 ズボンをおろしだしたルイスからシュテルは慌てて視線を外した。

 シュテルの耳まで真っ赤になっている事に気付かず、ルイスはのんびり欠伸をしながら着込んでいく。

「お待たせシュテル……って、どったの?」

「何でもありません、ええ、何でもありませんから」

「そ、そう? 何か怒ってない?」

「いいえ決して。兎にも角にも、早く仕度をしましょう」

 膨れっ面のままシュテルはスタスタ歩きだし、ルイスは首を傾げながらもそれに続いた。

 

 シュテルの部屋を出てリビングまで続く廊下の左側に、洗面所へと続く扉がある。

 そのまま二人は洗面台で、口をゆすぎ顔を洗った。

 ルイスは来客用の洗面用具を使い、シュテルと横並びで歯を磨く。

 濡れた顔をタオルでふき取り、リビングに向け二人は歩き出した。

 

「シュテル、今日も町の探索でいいのかな」

「まだ分かりません。朝食後にクロノに確認をしましょうか」

 眠気も完全になくなった二人は、そのままリビングへと移動しながら会話を続ける。

「朝食はどうするの?」

「昨晩のディアーチェカレーがまだ残っていますし、それを頂きましょうか」

「うーむ美味しかったけど朝からまた重たい物を……」

「そうですか? ふむ、簡単な物でよければ私が何か作りますが」

「んー、や。ありがと。多分カレーを前にしたら一気に食欲湧きそうかも。カレーってそういう食べ物だしねぇ」

「そうですか、ならいいのですか」 

 シュテルは少し残念そうにしながら、リビングの扉を開けた。

 

「おはようございます、ディアーチェ」

「おはようディーアチェ! この服ありがとうねー!」

「うむ、起きたか。今日は随分と遅かったのだな」

 

 リビングには一人、新聞を片手にコーヒーを啜るディアーチェの姿があった。

 電源の付いたテレビからは、ニュースキャスターが今日の天気を告げる声が漏れている。

 

「え。まだ朝の六時だけど、いつもはもっと早いの?」

「ええ、普段は朝のトレーニングを行ってから朝食になりますので、五時前には。今朝は休息を優先しようと思っていましたので」

「そっかー、確かに今日も町を探索するかもしれないしねぇ」

「ええ、何があるか分かりませんし、昨日は正直疲弊しましたから」

「あー、なんかごめんね……」

「いえ、決してそういう意味ではありませんので」

 

 ディアーチェはコーヒーを啜りながら、二人の会話をさえぎった。

「シュテルに馬の骨。今日貴様らの予定は探索ではない」

「え、そうなの? もしかしてクロノと打ち合わせしてくれたのかな」

「うむ、その通りだ」

「してディアーチェ、では私たちは本日どのような……?」

「なに、簡単な事よ」

 ディアーチェは飲み干し空になったマグカップをテーブルにカン、と置いた。

 

「ーー我と闘え」

 不敵な笑みを湛えディアーチェは言う。

「え、っと?」

「ディアーチェ、どういう事でしょうか」

 予想外のディアーチェの言葉に、二人は明確な戸惑いを見せた。

 だが、笑いこそすれどディアーチェの目はどこまでも真剣だ。

 

「なに、ただの模擬戦だ。そう構えずともよい。兎に角、朝食後にアースラに赴くぞ」

 

 それ以上ディアーチェは言葉を作らず、コーヒーのおかわりを淹れるため立ち上がる。

 

 ディーアチェの背を視線で追いかけながら、シュテルは「ふむ」と小さく呟く。

(無意味な行動をディアーチェがとるはずがありません、有事の際に模擬戦をするだけの理由はきっとあるのでしょう。ともすれば、私は王の判断に従うのみです)

 シュテルはルイスの腕を引き、力強く頷いた。 

「ルイス、本日の予定は相当ハードになるかと思われます。しっかり食べ、英気を養いましょう」

「了解、事情はよく分からないけど、合点承知だよー」

 

 席に着き激辛カレーを頬張る二人を、ディアーチェは眉を顰め眺めていた。

 

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 次元航行艦アースラ。

 巡航L級8番艦であり、その全長は244.7メートル、全高は64.8メートルにも及ぶ。

 主な固定武装としては対空パルスレーザーとビーム砲塔があり、有事の際にはある程度の戦闘行動を行う事は出来る。

 また、特定の状況下に置いては、管理局が保有する武装の中でも屈指の威力を誇る「魔導砲アルカンシェル」を装着する事も可能となっている。

 

 だがアースラの本質は戦闘ではなく、むしろ魔導師の輸送を主として設計された船である。

 長期哨戒の任に着く事の方が多いため、居住性に対しては秀でた物があった。

 艦内には娯楽施設を始め、航行時にも訓練を行える様にと、模擬戦用の広域空間が設けらている。

 

 強装結界と封時結界を合わせて張られたその場所は、ブリッジの次にアースラ内で防衛力が注がれている場所とも言えた。 

 通常であれば模擬戦や魔法開発に使用され、有事の際は強固なシェルターとして機能する。

 戦場で民間人を救護した際、この空間がそのまま防護目的で使用される事も多々あるのである。

 

 また、設定コンソールを叩けばある程度は空間の内装を調整する事も出来る。

 朝から夜までの時間設定は勿論、様々なオブジェクトを生成する事も訳はない。

 密林でのゲリラ戦を想定した訓練の場合はジャングルを作りだす事も出来、更に水で満たし水中戦を行うという事すらも可能だ。

 現在は市街戦を想定してか、ビル群が立ち並んでいた。

 時刻は朝であるはずなのだが、何故か訓練室は夕日が射している。

 ディーアチェが「どうせなら逢魔時にせよ、その方が闇統べる王である我に合っておる」とクロノに頼んでいた結果だ。

 ディーアチェが訓練室を利用する際は必ず夕方の時間設定であり、アースラ内でも通例と呼べる程になっている。

 訓練室が夕日に染まると、ディアーチェのファンが何処からともなく集まる光景も最早日常であった。

 

「ああ、来たか。いつでも始められるよう準備は終えている」

 ルイス、シュテル、ディアーチェの三人がアースラの訓練室に足を踏み入れると、スピーカーからクロノの声が響いた。

 訓練室の上階にあるラウンジにいるクロノが、備え付けのマイクを手に話す声だ。

 

 休憩室でもあるラウンジにはソファーや冷蔵庫、複数のカメラから流れる模擬戦の様子を映すモニターがある。

 クロノはカメラの位置を微調整しながら続ける。

「今日は一日君たちの貸し切りにしてある、気にせず存分に戦ってくれ」

「すまんなクロノ、礼を言おう」

「なに、僕も同じ考えだったわけだから問題ないさ。さて、シュテル、ルイスさん。検討を祈ります」

「はい、ディアーチェとの模擬戦は久しぶりですので。存分にやらせていただきます」

「うーん、何が何だか分からないけど頑張るよ」

 

 今、ラウンジにはクロノの他にリンディ、そしてシャマルの姿があった。

 いつもであれば自由に観戦出来る空間であるが、今は出入り口に「入室禁止」の立て看板がある。

 また、ある程度の計測機器はもともと設置はされているが、別途複数の観測機が持ち込まれていた。

 ルイス達とディアーチェの模擬戦が、管理局にとっても大きな意味があるのは明白であった。 

 

 やはりその理由としては、ルイスの稀少技能について調べる事にあった。

 呪詛という特異な魔法に対抗するにあたり、ルイスの稀少技能は必ず必要となってくる。

 けれど、稀少技能故にその資料は無いに等しく、本人の言と実際に観測したデータ以外に知る術はないのである。

 

「いよいよですね、艦長」

「ええ、ルイスさんの稀少技能……禊魔法といったかしら。今回の事件は彼の魔法が鍵に成り得るもの。その特性を知っておく事は必須事項よ」

 リンディはしかし、深いため息を吐く。

「それで、ルイスさんについて昨日聞いた報告にも驚いたけれど……この報告書もなかなかに解せないわね」

 リンディが持つのは、ルイスの魔導師ランクが印字されている資料だ。

 メディカルチェックの際に、簡易ではあるがルイスの魔力数値等も検査されていたのだ。

 

 魔導師ランク。

 それはあくまで「規定の課題行動を達成する能力」を示す一種の資格である。

 このランクで直接的な戦闘力を測る事は出来はしないが、それでもある一定の指標にはなる。

 戦闘を主体とする魔導師がSランクを取得しているのであれば、それだけの実力である事は明白であるからだ。

 

 その中において、ルイスのランクは「E-」と記されていた。

 

 一般的な武装局員では、DからCランクが最も多いとさている。逆に言えば、そのランク程度の実力が無ければ務まらないという事だ。

 その点からして、ルイスが示した数字はあまりにも低いものであると言えた。

 

「正直、アースラの武装局員の中でも、数値だけ見れば最弱ね。特に基礎魔力量が異常なまでに低いわ。この数値、魔力訓練をしていない一般人より下手をしたら低いくらいだもの。彼のバリアジャケットが薄いのも、この魔力量故なのかしら」

「おそらくそうでしょうね。防御に魔力を割く余裕すら無いのであれば、全てを避けきる以外に選択肢がない、という事でしょう。だからこそより軽装で動きやすく、またジャケットを維持する為の魔力も少なくて済むように考えているのかもしれないです」

「そして、飛空魔法を使えない、というのもここに原因があるわね。翔ぶだけでガス欠になっていたのでは、闘いどころの話しではないでしょうし。けれど、これだけデータ上は不利な要素しかないわけだけど……」

「ええ、彼の実力は本物です。そういう意味では、今回の模擬戦は僕たちにとっても大きな意味があるでしょう。彼の力の根源を知る事が出来るでしょうし」

 クロノは心配そうに窓から眺めるシャマルへと向き直り、柔らかく微笑みを浮かべる。

「シャマルさん、彼の秘密を知るのは今この場にいる三人だけです。ですから、万が一の時はお願いします」

「ええ、その為に私はここにいるんだもの。医者として、何かあればすぐにでも中断させて貰うわ」

「助かります……さて、始まるようですね」

 

 観戦室の窓から外界を見下ろしていたクロノが、動きをみて腕を組んだ。

 三人はそれぞれバリアジャケットに換装を終えており、すでに臨戦態勢である。 

 

「それでディアーチェ、なんで模擬戦なのかな。そろそろ説明して欲しいかも」

「ふん、無駄口を叩くでないわ。黙って貴様は剣を振るえばよい」

「うーん、正直こんな事をしている場合じゃないと思うんだけど。今この瞬間に古代遺産が暴れ出してもおかしくないわけでさ。やっぱり、探索に加わった方がいいと思うんだ」

「まぁ確かに正論ではあるな。ふん、だが……今の貴様らが戦線に立った所で足手まといでしかないわ」

「いやいやディアーチェ、僕とシュテルはこの前古代遺産を倒してるんだよ? 結構役に立つと思うんだけど」

 ルイスが口を尖らせ、珍しく明確な抗議の意思を見せた。

 だがディアーチェは歯牙にもかけずに鼻で笑ってみせる。

「戯け、あんな猪の様な直線的な輩に勝ったくらいでいい気になるでないわ」

「えーでもさー」

「くどい! 大口を叩くのは我に勝ってからにしてもらおう!!」

 一喝、ディアーチェは苛立ちを魔法として放出する。

「喰らうがいい我が魔力!! エルシニアダガー!!」

 

 会話の最中に密かに溜めていた魔法をディアーチェは炸裂させ、模擬戦開始の合図とした。

 高速で飛来する破壊の鏃を受け、シュテルとルイスは慌てて回避行動を取る。

「ーーあぁもう! いきなりだなぁ!」

「ーールイス! 来ますよ!」

 

 的となった二人は、当然反射的に避けようと行動する。

 シュテルは左に、けれどルイスは右に。

 

「ーーえ」

「ーーな」

 

 結果、鎖で互いに引っ張り合う形となり、二人は踏鞴を踏んで尻もちをついた。

 

「ーーほれ、見たことか」

 ディアーチェの飽きれた声と同時、二人に光弾が激突した。

 

「ふん、非殺傷設定で命拾いしたな。戦場であったならば死んでおっただろうに」

 立ち込める土煙の外、ディアーチェは冷ややかな視線を投げる。

 

「ぐ……シュテル、ごめん」

「いえ私こそ、迂闊でした」

 非殺傷設定であるとはいえ、痛覚はそのままに残る。

 鈍い痛みに顔を顰めつつも、けれど二人は立ち上がった。

 

「どうだ、理解出来たか? 今の貴様らではむざむざ死にに行くようなものだという事を。非殺傷設定なぞ、まさか戦場で拝めるとは思っておるまい?」

 出来の悪い生徒を諭す様に、ディアーチェはどこか優しさを含め言葉をかける。

 だが、ルイスは首を横に振る事で応えた。

「ああ、つまり「今の」僕達でなくなればいいわけだ。早い話がディアーチェに認めて貰えればいいんだろう? なら、案外簡単かもね……!」

 不敵に微笑むルイス。

 ディアーチェは言葉の咀嚼に一瞬の間を置くも、ルイスの挑発を理解し奥歯を噛みしめた。

「ッハ、吠えたな塵芥めが。存外イラつかせてくれる……! もとより加減はせぬつもりであったが、心おきなく潰してやろう」

「こっちこそ、望むところだよ」

 ルイスはディーアチェの殺気を飄々と受け流し、どこまでも笑顔だ。

 と、ルイスはおもむろにシュテルへと向き直り、両肩を掴み真剣な眼差しを送る。

「あの……?」

 唐突な行動にシュテルは当然訝しむが、ルイスは構わず続ける。

「シュテル、以前君から提案された件だけど、うん。この戦いが終わったら、一緒にお風呂に入ろう」

 

 

「ーーは?」

 

 

 観戦席を含め、全員が静寂に支配された。

 シュテルとルイスに、奇異の視線が集中する。 

 

「……いえあの。あれは冗談だと言ったはずなのですが。え、えっと、その、困ります」

 シュテルが何とか立ち直り、驚きと羞恥で混乱の極みに達しながらも何とか答えた。

 顔は俯き表情は見えないが、頭から煙が立ち上っているのは確かだ。

 

「……殺す」

 ディアーチェからドロリとした殺意がルイスに向けて放たれる。

 目は完璧に坐っていた。

「完膚なきまでに殺す。魂ごと殺す。肉を焼き骨まで消し炭にして殺す」

 ブツブツとディアーチェは呟き、まだどこか上の空のようであった。 

 ルイスはそれを確認してか、シュテルの手をギュッと握る。

「いまだ! 行くよシュテル!」

「え、あ。は、はい!」

 

 ルイスは強引にシュテルの手を引き走り出す。

 ディアーチェに背を向ける形で。

 つまり、逃走だ。

 

「き、貴様! 逃げるというのかこの腑抜けが!!」

「戦略的撤退だね! あ、これってシュテルと逃避行してるみたいでちょっといいかも」

「ーーーーッ!!」

 明らかな青筋をディアーチェは額に浮き上がらせる。

 憤怒の炎を瞳に宿し、叫ぶ。

「ーーくたばれこの塵芥めがッ!!」

 

 迸るアロンダイトの光。

 しかし、先ほどまでの冷徹かつ正確な射撃はそこに無かった。

 どこか感情の赴くままに放たれる弾丸。

 故に、ルイス達は辛うじて回避に成功した。

 

「く、この……!」

 すぐに冷静さを取り戻したディアーチェではあったが、すでにルイス達の姿はすでにそこに無かった。

「おのれ……! あの馬の骨ぇ……!!」

 

 ディアーチェの慚愧と怒気が含まれた叫びが空に響いた。

 

 

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 訓練室内で再現されたオフィスビル。

 その一室、『事務室』と看板があるそこに、ルイスとシュテルは滑り込む様に入室する。

 等間隔に設置されたデスクの上には書類の山やPCがあり、室内の中でも更に遮蔽物が多くある場所となっていた。

 二人は身を隠しながらも膝を立て、警戒の形は緩めない。

  

「ふぅ、後でディアーチェには謝っておかないとねぇ」

 ルイスは申し訳なさそうに頭を掻いた。

 ディアーチェから遠ざかる為にある程度の距離を走ってはいたが、一切息も乱れていない。

「……もしや、先ほどの言動はわざと?」

 一方、シュテルはうっすらと額に浮いた汗を手で拭いながらルイスに問うた。

 少し、息も乱れている。

「うん、ディーアチェが家族思いだってのは流石に分かるからね。それこそ、どこの馬の骨とも知れぬ輩がシュテルをかどわかす発言をすればそりゃ怒るわね」

「成程……」

 シュテルは静かに呼吸を整えながらも、幾ばくかの驚きの感情があった。

 

(……抜け目がない、と言えば聞こえはいいですが。躊躇なく弱所を攻める姿勢、闘いに置いて間違いではないですが……予想外といいましょうか)

 ルイスがディーアチェに行った揺さぶりは、シュテルからしても予期していたものでなかった。

 シュテルの勝手なイメージではあるが、ルイスはもっと正面からぶつかるタイプであると分析していたのだ。

 そのしたたかさに理解はすれど、意外であるとシュテルは感じていた。

 

(……むぅ、しかし)

 勝つためであらば正しい選択だとシュテルは理解はしている。

 けれど、先ほどの言葉は作戦の為だけの物だと思うと、妙にモヤモヤとした気持ちが湧いてしまっていた。

(いけません、今は集中しなければ。というか何故私は「残念」などと考えているのですか、ふしだらな)

 頭を振り、シュテルは切れかけた集中力を再び強固に結びなおした。

 

「ルイス、しかしディーアチェの言い分も最もかと思います。私も存外やれぬ事は無いと思っていましたが、やはり考えが甘かったようです。実際、先程とんだ失態を犯しましたし……」

「あれはシュテルのせいじゃないよ、僕の方が悪かった。うーんしかし、ディアーチェに認めて貰うのは一筋縄でいきそうにないねぇ……」

「ですので、ルイス」

 シュテルはルイスと正面から視線を交える。

「貴方の持つ稀少技能、『禊魔法』についての説明を求めます」

 一拍の間。

 ルイスは顔を綻ばせ、頷きを返した。

「うん、確かに。僕の魔法について知らないと作戦も何も立てられない、か。それに僕、禊魔法しかまともに使えないからねぇ」

 チラリと自分たちに向けられる収音機能付きカメラを見ながら、ルイスは笑みを浮かべた。

「えっとね、僕の魔法はーー」

 

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(……さて、どうするか)

 ディアーチェは辺りを俯瞰し、ルイス達の所在を探っていた。

 空から市街地を見下ろす故に、死角の数はあまりにも多い。

 ビルの中に家屋の裏、草が生い茂る公園。

 身を隠すポイントは、そこかしらに無造作に転がっていた。

 建物の中は当然として、遮蔽物に隠れられては見つけることなど出来はしない。

 

 高度を下げればルイス達を探す事は可能となるが、それは逆襲を受ける危険性が孕む行為である。

 ルイス達の本領が発揮されるのは地上戦であり、その事はディアーチェも良く理解していた。

 となれば、地上から最も遠い場所で陣取る事こそが最善であり、事実ディアーチェは高度を上げ、背の高いビルからも距離を置いている。

 

(必ず彼奴らは仕掛けてくる。我はただ待てばよい) 

 ルイス達が逃走し身を潜めてから十分程が経過している。

 その間に、ディアーチェは()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、ディアーチェの視線は下へと向けられ続ける。

 当然だ、相手にするのは飛べぬ陸戦魔導師と翼を失った空戦魔導師なのだ。

 ともすれば、襲撃するにしても地上からなのは目に見えている。

  

 故に。

 だからこそ。

 ディアーチェの頭上は完全に意識の外にあった。

 

(……?)

 空より聞こえた壁を踏みしめる僅かな靴音。

 あり得ないと思いつつも、ディアーチェは視線を上げた。

 そこに飛び込んで来たのは、直上から急降下して迫るルイス達の姿であった。

 

「ーーな、にぃいい?!」

 

 本来いるべき所で無い場所に、彼らはいる。

 飛べぬはずの存在が、空より襲い掛かる不条理。 

 例えるなら、戦闘機が空中で戦車に襲われる様なものだ。

 

 あり得る事のない意味不明な状況。

 誰しもが想定していない、完璧な奇襲。

 ディアーチェの思考が混乱の極致に沈むのは、無理の無い事であった。

 

「くっそ、気づかれた! シュテル!!」 

「ーー……はい!」

 ルイスの掛け声から僅かに遅れ、シュテルは最大火力のブラストファイアーを放った。

 迸る眩き炎柱は、大気を燃え散らしながら尚輝く。

 当たれば必滅。まさに一撃必殺のシュテルの砲撃は、しかしディアーチェとは反対方向に射出された。

 

「いっけーーーーッ!!」

 それは狙いを外したのでは、無い。

 強力な集束砲を放つ場合、基本的に自身を固着させる必要がある。そうしなければ、射出時の衝撃で後方へと吹き飛ばされるからだ。

 ともすれば逆に、固定しなければ必然、砲撃先とは真逆に飛ばされるという事に他ならない。

 つまり、外された集束砲からルイス達が得た物は、ロケットの様に突き進む推進力だ。

 高速で落下する二人は、更なる加速を宙で行う。

 唸る風切り音と共に空を焦がし進む彼らは、最早一個の巨大な弾丸と化した。

 

「ぐ、おぉおおぉお……!!」

 避けられないと悟り、ディアーチェは防御の意思を見せた。

 必要最低限の箇所にのみ魔法障壁を展開。

 急造であるからこそ、一点に魔力を集中させ、硬度と強度を高めたのだ。 

 その直後。ルイスのナイフ型デバイスの切先が、寸前で張り終えられたディアーチェの障壁とぶつかりーー

 

「ーーーー!!」

 赫々と火の粉を撒き散らしながら、ディーアチェごと地表に向けて押し進んだ。

 

 

 数秒後。

 地面を揺らす凄まじい轟音が、辺りの建物の硝子を揺らした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まるで忍者だな……」

 観戦室でクロノは思わず立ち上がり、ポツリと言葉を漏らす。

 ルイス達の行動をカメラを通して見ていたからこそ、クロノには模擬戦の一部始終が理解出来ていた。 

 

 広域の空間であったとしても、ここはあくまで艦の中だ。

 彼方まで続く街並みも、宇宙へ通じているかの様な空も、全て立体映写された物に過ぎない。

 歩けば果てには壁があり、空を駆け上がればおのずと天井に頭をぶつける。

 故に。

 ルイス達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本来であればあり得ない挙動。物理法則を根底から無視した無茶苦茶な作戦だ。

 だが、それを成し得たのはルイスの稀少技能があったからに他ならない。

 

「彼の魔法、面白いわね」

 リンディも唸りながら腕を組む。

 模擬戦中、ルイスがシュテルに語った希少技能の正体。

 収音マイクから聞こえるルイスの解説を聞いていたリンディは初め、何の冗談かと目を丸くした。

 けれど、それが事実だと裏付ける行動を現に彼はとったのだ。

 それらを鑑みて、リンディは続ける。

  

「禊魔法……要するに、この世の理から外れる魔法、といった所かしら」

 クロノは神妙な面持ちで、だがどこか心躍らせ、リンディの言葉に同意を示す。

「ええ、不必要な事象を削ぎ落とし、物理法則の枷から解放される強化魔法……つまり、重力や斥力、自重。そういった法則の影響を受けずに行動が出来るというわけですね」

 

「そうねぇ……例えば、風の抵抗や摩擦といった走る事に邪魔な要素を排除する。そうして結果的に速度を上げる事も可能なわけね。だから、狗の石像と戦った時にあれだけの速さを出す事が出来た」

「そして今回の模擬戦で言えば、重力の影響を無くし自重も調整したのでしょう。だから壁を垂直に走れたし、天井を移動するなんて芸当をしてのけた、と」

 

 クロノとリンディはお互いの見解に相違がない事を頷き、確認する。

 

「狗の石像から受けた呪いも、同じ要領で解除する事が出来たのでしょうね。呪詛を自分には不要な物とし、祓って消した」

「……ええ。全く、正真正銘の稀少技能ね。聞いた事も無い魔法だわ」

 

 ルイスの持つ稀少技能、「禊魔法」。

 実際クロノ達の推測は正しく、云わば自分自身を削ぎ落す魔法であった。

 不必要と選択したモノを祓い、能力を上昇させる。ある意味身体強化の亜種の様な魔法である。

 生きている上で等しく降りかかる自然法則。それを都合の良いように改変が出来るのだ。

 利便性は高く、応用も効きやすい。地上戦を得意とする陸戦魔導師にとって、これ程都合の良い魔法はないだろう。

 

 だが、その範囲が及ぶのはあくまで自分だけである。

 例えば他者にかかる重力を祓い、浮かび上がらせる等と言う芸当は出来ないのだ。

 シュテルと初めて共闘した際、彼女だけは様々な自然法則から抜け出せていなかった点からも、それは伺える。

 今回も、シュテルは浮遊魔法を使用しルイスの壁走りと並走していたに過ぎない。

 だが、果ては因果律さえも凌駕する能力であり、ルイスの力の根底を支えるに足る魔法なのは確かであった。

 

「……しかし、どちらかと言えば補助魔法の系統ですね、これは。確かに面白い魔法ではありますが、禊魔法単体では直接的なダメージには成り得ないですね」

「ええ、確かに。思えば、あの石像へ与えていた攻撃も、単に魔力を付与したデバイスでの近接攻撃だったものね」

 

「となれば、ここからどうでるか……見ものですね」

 クロノ達は再び、目下で起こる戦いに熱い視線を送った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 地上に叩きつけられたディアーチェは、しかし思いのほかダメージと言えるものは少なかった。

 寸前の所で直撃を避ける事が出来たという点も大きいが、激突の際に背の羽を上手く使い、衝撃を逃す事に成功していた。

 練り切れていない防壁など、本来であればたやすく突破されていたかもしれない。

 けれど、基礎魔力量が著しく低いルイスの決死の一撃は、それでも決定的な打撃にはならなかったのだ。

 

 渾身の一撃は届かず、唯一落下によるダメージはあったが、それすらも上手くいなされた。

「ぐ……! この我を地に墜とすだとぉ……!?」

 しかし、それでもグラつく平衡感覚はすぐには収まらない。

 天地が逆転する程のスピードでの落下に加え、何よりこの状況で動転しない方が難しいだろう。

 濛々と立ち込める土煙で視界は奪われ、尚焦りを助長した。

(まずい、早く…‥! 早く飛ばねば……!)

 地表は相対者が最も優位となるフィールドだ。ディアーチェにとっての最優先事項は、何よりもここより離脱する事にあった。

 その為、黒羽をバタつかせながらディアーチェは真上に飛び上がろうとする。

 その顔は明らかな焦りと忸怩に歪められていた。

 

「ーー逃がさないよ!」

 空からの奇襲は一度目でしかその効力を発揮しない。

 これ以降は地表以外にも注意が行き、最早ディアーチェに近づく事は困難になるのは明白だ。

 つまり、再び空へと上がる事が出来れば、実質的にディアーチェの勝ちが決まってしまう事になる。

 しかしそれはルイスもよく理解していた。

 これが唯一無二の機会だという事を。

 故に、体が無意識に動く。

 己が最善の行動を取るために。

 

「ーーーー!」

 

 だが、ルイスとシュテルの二人が決定的に違う点があるとするならば、それは奇襲が成功したか否かの認識にある。

 ルイスは自分の魔力量の低さからして、仕留めきれない場合も過分にある前提で動いていた。

 一撃で打倒し得る魔法を持たぬが故、如何に素早く追撃に移るかがルイスにとっては必定の行動であったのだ。作戦の失敗、それが彼にとっての前提条件なのである。

 だが、それはシュテルにとって大きく異なる考え方だ。

 恵まれた魔力に大火力の砲撃。

 基本的には一撃必殺。そして何より、失敗する前提で彼女は行動をしない。

 常に最善を探り、如何に失態を犯さぬかで物事を裁量する。

 そもそもシュテルでなくとも、「状況の確認」という行程を必ず挟む事が常であろう。 

 

 だからこそ、ノータイムで追撃の構えをとったルイスの動きに、シュテルが遅れたのは必然と言えた。

 

「……?!」

 

 連携の乱れ。

 不慣れな二人三脚がバランスを崩した先に待つのは、転倒という結末。

 それは戦闘スタイルが真逆故に起きた結果であり、二人の息が合っていない何よりの証となった。

 

「ふん、やはりか!!」

 その隙をディアーチェが見逃すはずもなく、指をパチンと打ち鳴らす。

「っぐ……!」

 

 途端、設置型のバインドがルイスとシュテルに何重にも絡みついた。

 ルイス達を待ち受けている間に、ディーアチェが地表に忍ばせておいたトラップだ。

 姿勢を崩した所を狙い何重にも絡みつくバインド。そう簡単に解ける代物では、無い。

 

「…………」

 

 動けぬ二人に、ディアーチェはエルシニアクロイツを静かに向けた。

 その表情からは、明らかな落胆の色が見て取れる。

 更には、ディアーチェは完全に空に陣取り、制空権を確保していた。

 そこにはもう焦りなどなく、晴れた視界の先には、ただ悠然と佇む王の姿がある。 

 

「紫天に吼えよ、我が鼓動……!!」

 紫天の書がバラバラとその頁を捲り、本の中ほどまで進んだ所でピタリと止まった。

 瞬間、紫の光を発する魔法陣が五つ展開する。

「出よ巨重……」

 その陣全てから漆黒の光弾が飛び、二人を囲う様に空中で着弾する。

 

「ーージャガーノートォ!!」

 

 ディアーチェの怒りの籠った叫びと共に、それは炸裂した。

 

「ーールイス!!」

 

 シュテルがルイスを庇う様に体を前に出す。

 バインドで満足に動けはしないが、それでも必死にもがき、シュテルは矢面に立つ形となる。

 

「ちょ、シュテーー」

 

 驚愕するルイスの言葉を吹き飛ばし、ディアーチェの大魔法が炸裂した。

 

 魔力による超巨大な爆発。

 五つからなる漆黒の魔力弾が弾け、吹き荒れる暴力の渦と成る。

 その中心に立つ二人を滅多打ちにし、それでも尚押しつぶす。

 次第に高濃度に圧縮された五つの魔力の塊は一点に収束し、眩い閃光と共に特大の暴発を引き起こした。

「ーーーッ」

 小さな悲鳴を掻き消し、破壊の嵐はその身を沈めた。

 見ると、あたり一面のビルは軒並み倒壊し、離れた建造物も爆風でガラスを四散させていた。

 土煙が薄まる頃には、爆心地を中心に草木一本残らない焦土の姿がある。

 

「ーーふん、つまらん」

 

 吐き捨てる様にディアーチェは呟き、地に倒れ伏す二人を冷めた目で見降ろしていた。

 模擬戦は、ルイス達の完全なる敗北で幕を閉じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーーあ、シュテル気が付いた?」

 混濁する意識の中、シュテルはルイスの声を聞いた。

「ん……」

 人口灯が作り出す夕日が、薄く開かれたシュテルの目を射した。

 どうやら気絶していたらしい、とシュテルは冷静に分析する。

 そして、自分達が負けたのだという事も、同時に理解した。

「……ルイスは、無事ですか」

「あはは、開口一番が僕への心配とは、これまた嬉しいねぇ。うん、おかげさまで大丈夫だよ」

 勝敗も重要ではあるが、何よりもまずシュテルはルイスの身を案じていた。

 ディアーチェの魔法の威力を熟知している事もあるが、気絶していた自身の事よりもまず、ルイスの無事が無性に気になったのだ。

「そうですか、それはなに……よ……り……」

「ん、どったの?」

 尻すぼみするシュテルの声量。

 ふるふると羞恥に揺れる体。

 キュっと、シュテルは左手に力を込めた。

 

「ルイス……その、降ろして頂けないでしょうか……」

 

 シュテルは、自分がルイスにおんぶされる形となっている事に気が付いたのだ。

 おまけに服の所々は破け、あられもない姿となっていた。

 

「えー、だってあんな無茶したんだから。休んでないとダメだよ」

「いえその、確かにそうなのですが……その……恥ずかしい、です……ので……」

「だーめ。もとはと言えば、僕なんかを庇ったのが悪いんだからね。いいから大人しくしてなさい」

「むぅ……」

 

 黄昏の光が仮想空間を染め上げる中。

 シュテルは、諦めた様にルイスに身を委ねた。

(じ、実際、今は一人で歩く事は困難ですし……効率的な行動かと判断します)

 シュテルは言い訳の様に自身に言い聞かせ、体を静かに密着させる。

 

(…‥背中、大きいのですね)

 自分とは全く違う、ガッシリとした筋肉質の広い背中。

 シュテルは胸の鼓動が速まるのを感じた。

(男性ですもの、ええ、私と違うのは当然です)

 だが、妙に意識してしまう自分に、シュテルは驚きと戸惑いを隠せない。

 夕日に照らされるシュテルの顔は、やはり紅く染まっていた。

 だが、どこかその頬は緩んでもいた。

 

 胸の奥が息苦しい。

 もやもやした気持ちがとめどなく溢れてくる。

 シュテルは、苦しくはあれど、けれど何処か不思議と心地よい軋みを感じていた。

 

(この感情は、一体何なのでしょうか……)

 

 救急セットを持ち駆け寄るシャマルと合流するまで、シュテルはルイスの背で微かに笑みを浮かべていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 模擬戦の後、ディアーチェは一人、アースラ内にあるサロンでコーヒーを啜っていた。

 結果で言えば模擬戦はディアーチェの完勝であったが、彼女の表情はすぐれない。

 どうにも苛立っているのか、足を小さく揺らしていた。

 

「やぁディアーチェ、お疲れ様」

「ふん、クロノか」

 ディアーチェは振り返る事もなく、ぶっきら棒に返答を行う。  

「しかし、今日は中々に厳しくしたね」

「たわけ、温いくらいだ。実際、すでに戦いの火ぶたは切られておる。不特定多数の古代遺産がいつ稼働してもおかしくないのだ、これが焦らずしていられるか」

「確かにそうだけど……。随分と熱が入っていたと思ってね」

「ふん、呪詛なぞという魔法のせいで、馬の骨が出撃せねばならぬ状況はいずれこようて。そうなれば必然、シュテルも同席するしかないであろう。しかし今のあやつの闘い方ではシュテルもいずれ巻き添えをくらう。それだけは避けねばならんのだ」

「だから、急ピッチでコンビネーションの向上を?」

「無論だ、そうでなければ我が手を貸すはずがなかろう。全てはシュテルの為でしかないわ」

 

 ディアーチェは紙コップを揺らし、もう殆ど残っていない黒い液体を覗く。

 

「シュテルもシュテルだ、らしくもない。普段のあやつからは考えられぬ言動が多すぎる、一体どうしたというのだ」

 ディアーチェは納得いかないのか、トントンと指でこめかみを叩く。

「何故あのような馬の骨なぞに……ええい気に食わん、気に食わんぞ!」

 クロノは自販機でホットココアのボタンを押しながら、ディアーチェへと疑問を口にする。

「シュテル、どこかおかしかったかい?」

「ああ可笑しい、有り得ない。あのような態度を取るシュテル、初めて見るわ。特に最後に馬の骨の事を身を挺して守っていたが……何故あんな行動に……」

 ディアーチェは模擬戦の内容より、シュテルの言動が気になっているようであった。

 頭を掻きながら、苦々しい顔つきを隠そうともしない。 

 

「家族だからこそ分かる事もある、か……僕にはいつも通りな気もしたけれど」

 クロノはディーアチェの横に座り、ふぅ、とため息を吐いた。

「あ、そうだ。確認なんだけれど、しばらくはこのトレーニングを続ける、という事でいいのかな」

 クロノはココアに息を吹きかけ、冷ましながらディアーチェに問う。

 熱すぎるのか、まだクロノはココアを口に出来ていない。

「無論だ、それ以外あるまい。だがよいか、何があろうと我が納得せぬうちは戦線へ立たせぬからな? これは決定事項ぞ」

 本来であれば、委嘱魔導師であるディアーチェにそのような権限は無い。

 だが、そんな事で遠慮をする彼女ではなく、堂々と物おじせずにそう宣言した。

 

「不服とあらば、我が奴らの分を含め二倍仕事をこなそうではないか。それでもまだ足りぬというのであれば三倍働いてやろうぞ」

「……君は本当に素直じゃないというか。その提案、シュテル達にはどうせ言わないつもりなんだろう?」

「言うてどうこうなるものでもあるまい。臣下は王の為に、そして王は臣下の為に。これすら守れぬ者は王ではない、ただの暴君だ。我は高潔なる闇の王ぞ。故に、やるべき事はただ一つ、だ」

「ふふ、ディアーチェのそういう姿勢は素直に尊敬するよ。大丈夫、仕事については僕が調整しよう。アースラのスタッフも動員する事になると思うし、ディアーチェに負担が無いようにするさ」

「……そうか、すまんな」

「なに、立場上僕は一応上司だからね。君の考えを見習ってみようと思っただけさ」

「ふん、小僧が減らず口を」

 言葉だけ取れば剣呑としたディアーチェの口調であるが、その実どこか顔は嬉しさを滲ませていた。

 クロノはココアを一口飲み、顔を少し緩ませるも、すぐに苦笑いを浮かべる。 

「ただ、今日みたいに撃墜まで追い込むのは出来れば控えて欲しいけどね。もしもの際に出動出来ないと困る、呪詛魔法に対抗出来るのは今のところ彼くらいなのだし」

「ふん、まぁ気が向いたらな」

 くく、と喉を鳴らし、ディアーチェは首を縦に振る事なく受け流した。

 

「それで、ディアーチェとしては今日の模擬戦はどうだった?」

「見込み無し……と言いたいが、それは嘘になるな。正直、陸戦魔導師相手に空中で我が不覚を取るなぞ想像しておらなんだ。ふん、禊魔法とかいう代物、詳細を先ほど聞いたがまた面倒な代物よな」

「実際、客観的に見ても良い内容であったと思う。直接戦ったディアーチェの評価と一致しているならば何よりだ。となれば、後は……」

「うむ、シュテルと馬の骨が如何にして息を合わせられるか、だな。事実、奇襲時に砲撃で加速をしておったが、その際にも若干のタイムラグがあった。あれがなければ我は墜とされていたやもしれん」

「成程……意外に薄氷を踏む思いだったわけだ」

「戯け、ただの言葉の綾であるわ」

 

 ディアーチェは鼻を鳴らすも、その実どこか楽しそうである。

 すでにディーアチェのコップの中には何も残されてはいなかったが、彼女は立ち去る事なくクロノと会話に華を咲かせていた。

 

「あ、でも実際お風呂はどうするんだろうか……」

 暫く続いた会話の中、クロノが何気なく口にした疑問。

 ディアーチェは頭を抱え押し黙るしかなかった。

 

 ある意味模擬戦よりも困難で激しい戦いが、今宵繰り広げられる事になりそうであった。

 

 

【挿絵表示】

 




とても素晴らしき挿絵は、「んにゃら」様に描いて頂きました。ありがとうございます!
んにゃら様pixiv→https://www.pixiv.net/member.php?id=1437319

不定期更新で申し訳ないです、すいません。
停電テメーコノヤローって呪いをここで放っておきます。

次回、お風呂回……に、なるかはわかりません。どうなんでしょう。望みの声があるのならば。
それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。
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