魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~ 作:火神はやて
ポロポロとお話の中核が見えだしてます。
シュテルと密着出来ているのにこれ以上何を望むというのだルイスさん。
お風呂。
その歴史は古く、紀元前4000年の頃よりすでに行われていたとされている。
その目的としては、新陳代謝を促し老廃物を排出する事に始まり、宗教的な側面を多く含む場合もある。
また、精神面においても向上が期待出来る為、脈々と受け継がれてきた文化なのである。
「いいですかルイス、絶対に。絶対に目隠しを取らないで下さい」
「わ、分かってるってば! シュテルの裸を見るつもりは毛頭ないから安心して!」
「…………それはそれで何やら腹立たしい気もします」
「え?! っていう事は見ていいんだやったー!」
「ぶっ飛ばしますよ」
「じゃあ僕にどうしろっていうのさ!」
ディアーチェとの最初の模擬戦から数えて、十日が過ぎた昼下がり。
ルイスとシュテルは、王家の浴室で共に湯浴みを行っていた。
シュテルは浴槽に浸かり、ルイスは洗い場で目隠しをされ座っている。
「……ふぅ。久方ぶりという事もあるのでしょうが、やはりお風呂はいいものです」
シュテルはどこまでも幸福な溜息を吐き、湯を掬いうっとりと眺めた。
一糸まとわぬ細く綺麗な体をグッと伸ばし、シュテルは満足げに目を弓にする。
「あ、あのーシュテルさん。今更なんですけど、この状況非常にまずいのではないでしょうか……」
一方のルイスは、風呂場にいながら冷や汗を流しつつ、おずおずと敬語で言葉をかけた。
腰にタオルを巻きながら、何故か姿勢よく正座をしているルイスに、シュテルはチラリと視線を送る。
「いいえ、大丈夫です。万が一ディアーチェの逆鱗に触れたとしても、危害が加えられるのは貴方だけでしょうし」
「わーい理不尽だぁ……」
ディアーチェに敗北を喫したあの日から、ルイス達は毎日の様に模擬戦に臨むも連戦連敗。
禊魔法の種が割れた事も相成って、勝ち筋がより一層細くなっていたのだ。
今日も今日とて、連敗記録を更新したルイス達は早々に帰宅の途についていた。
いつもの様に泥だらけで自宅に戻ったシュテルであったが、虚ろな目で「もう限界です、お風呂に……」と呟いた事から今に至る。
もちろん、今まで二人は魔法により清潔さを保ってはいた。
元より戦時下において、不衛生は最も唾棄すべき敵と言ってもよい。
疫病の原因ともなり、それこそ怪我の悪化へ直接的に繋がるものだ。
だが、戦の中において、のんびりと湯船に浸かる事が出来ない状況は往々としてある。
だからこそ、衛生状態を整える魔法はかねてより存在しているのだ。
衣類はもちろん、身体に積もった汚れも綺麗に落とす事が出来る汎用魔法であり、二人はそれを多用し今日までを過ごしていた。
理屈だけで言えば、入浴の必要は一切ないわけである。
けれどシュテルにとってお風呂は、云わば心の洗濯の意味合いが非常に大きかった。
この家の中で一番の長風呂をするのは彼女であり、リフレッシュの時間となっていたのは間違いない。
だというのに、ここ最近は一切の入浴が出来ず、おまけにシュテルが経験したことの無い連敗数を叩き出しているのだ。
精神的な疲労がピークに達していたシュテルが強行手段に訴えたのは、分からない事ではなかった。
「あぁ、生き返ります……」
うっとりと両眼をとろけさせつつも、シュテルは洗い場で身を縮こませているルイスをチラチラと気にしている様であった。
どこか名残おしそうにシュテルは湯船から立ち上がる。
「ルイス、交代しましょう。貴方も温まって下さい」
「え、僕もいいの?」
「ええ、もちろんです。そもそも、私だけというのもどこか気が引けますし」
「あ、じゃあお言葉に甘えるよー」
ルイスはいそいそと立ち上がり、浴槽へフラフラと歩みを進める。
慣れない場所に視界も奪われている事もあってか、かなり足取りはおぼつかない。
「ルイス、滑りやすくなってますので気を付けて下さい」
「うん、ありが……とおぉおおっとぉ?!」
ルイスの絶叫。
それは、足元に転がる石鹸を踏んでしまった故のものである。そして当然、さしものルイスであってもバランスを崩し前のめりに倒れていく。
「わ、わ……!」
蹈鞴を踏み、ルイスはすがる様に前へと手を伸ばす。
人間であれば誰しも、転倒する際には無意識に行うであろう動作。
だが、当然その先にはシュテルがおりーー
「ん、何だ? この小さいけれど、どこか柔らかく心地のよい感触は……」
ルイスは自分の手に収まる正体不明の物体を、ゆっくり揉みしだいた。
小首を傾げながら、ルイスはまさぐる様に両手を動かす。
「……この!!」
バチーン、と甲高い打音。
わなわなと震えるシュテルの平手打ちが、ルイスの頬を叩いた音だ。
「ちょ、ちょ?! シュテルなにするんーー」
首がゴキリと曲がる程の不意の一撃。
自然、縛っていた目隠しがハラリと解け、ルイスの視界は開ける。
「……あ」
そこには、顔を真っ赤に染めている産まれたままの姿のシュテルがあった。
身に纏う物など何もなく、その身体の全てを完璧にルイスの前に曝け出している。
「…………」
新雪を思わせる美しい柔肌は、湯の温度でほんのりと桜色となり、微かな色気を醸し出していた。
丸みを帯びた柔らかい肩に、平坦に近いが僅かに主張をするささやかな胸元。
何もかもが未成熟のその身体は、華奢でいて、けれど確かに女性らしさを見せつけていた。
そして、ルイスの両手はシュテルのその小ぶりな胸をしっかと揉んでいた。
「あ、あはは……」
ルイスは乾いた笑みを浮かべ、けれど視線は一切動かさず、シュテルの裸体に注がれ続けていた。
手はその動きを止めていたが、今だにシュテルの胸元に置かれたままである。
「……それで、どうですか?」
「え、っと。まさかとは思うけど、触った感想を言えってことかな?」
「…………」
こくりと頷くシュテルの目は、いたって真剣だ。どこか期待に満ちた眼差しすら感じられる。
だが緊張と恥ずかしさから両の手をギュッと握りしめ、不安を押し隠している事も分かった。
(……んん?! これってどう答えるのが正解なんだ?!)
問答無用で制裁が加えられると考えていたルイスは、予想もしていない展開にクエスチョンマークが乱舞していた。
(どうしよう、柔らかいって言えばいいんだろうか。いやでも正直そこまで柔らかいわけでないんだよね……まだ揉むほど無いというか。うん、でもこれをそのまま言ったらバッドエンドだと流石に分かるね!)
ルイスは頭を振り、次の選択肢を思考する。
(綺麗だ、と言って流そうか……。実際、そこは嘘じゃないからなぁ。細くてまっさらで、まるで白磁みたいで可憐というか。うん、この方向でいいかな?)
よし、と口を開こうとしたルイスであったが、寸での所で言葉を呑み込んだ。
瞳を潤ませながらもおずおずと答えを待つシュテルが、目に入ったからだ。
(……あー、いやでも、話しを逸らしているってシュテルなら絶対分かる、よな。そっちの方が失礼と言うか、うーーん)
ルイスは深呼吸をし、グッと丹田に力を籠める。
(よし、真実だ。どんな事になっても事実だけを言おう! それがせめてもの礼節というもの! というか正直、全裸で見つめ合ってるこの状況を早く終わらせたい!!)
決意の意志を漲らせたルイスは、口を開いた。
真剣に、思い浮かべた言葉を並べる。
「えーっと、その。あれだ。うん、とっても綺麗だとは思うんだけどまだ成長期だものね!! 大丈夫、そのうちバインバインになると思うよ! 気にしない気にしない!!」
自分が何を口にしているのか途中から分からなくなりながらも、ルイスはまくし立てる様に言い切った。
シュテルはルイスの言葉をゆっくりと咀嚼し、ビクリと肩を震わせる。
薄く涙を滲ませながら、シュテルは拳を更に握りこんだ。
「小さくて……」
鼻声交じりの震える声と共に。
「悪かったですね!!」
放たれた渾身のゼロ距離ボディブローが、ルイスを枯れ葉の様に宙へと吹き飛ばしていった。
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「今帰った……が、どうしたというのだ」
帰宅したディアーチェの前に広がる光景は、混沌としたものであった。
ルイスに背を向け、膝を抱えて座るシュテル。そして五体投地で全霊の謝罪を行うルイスの姿である。
また面倒な事があったに違いない、とディアーチェは深いため息と共に頭を抱えた。
「理由は分からぬが、馬の骨が悪いに決まっておるな。うむ、死ぬがよい」
「酷くない?! いや確かにそうなんだけどさ! ごめんなさい!!」
ルイスは大地に伏す姿のまま、自分の非を認め吠えた。
ディアーチェは冷ややかな目線でそれを見ながらも、ルイスに声をかける。
「して、何があった。いつもと明らかに様子が違うわけだが……」
シュテルは壁の一点をただ凝視し、ぼそぼそと呪詛めいた何かを断続的に呟いた。
どうやらディアーチェが帰宅している事にも気付いていないようである。
その虚ろな目からして、とても平常心とはいえぬ様相であった。
と、ディアーチェは転がるルイスの頬に咲いた小さな紅葉を見つけ、にこやかに微笑みを浮かべる。
シュテルが思わず手を挙げる程の事があったのだと、そうディアーチェは確信したのだ。
「そこの馬の骨、弁明の機会をやろう。そうさな、折った骨の数で誠意を量ろうではないか」
「あの、冗談に聞こえないんだけれど……」
「ああ、冗談ではないからな」
「…………」
「…………」
ディアーチェはどこまでも楽し気に笑みを浮かべるのみである。
怒りの沸点を跳び越え逆に冷静になっているのだとルイスは気が付き、ただ引き攣った笑みを浮かべるしか出来ない。
「え、えっとですね。その、一緒にお風呂に、ですね……?」
「ほぉほぉ、それで?」
「あー、んー……と。その、揉んでしまい、まして……」
「ほぉほぉ、なにを?」
「シュ、シュテルの、そ、その、お胸、といいましょうか……」
「…………」
「…………」
互いに笑顔で見つめ合う、ルイスとディアーチェ。
たっぷり十秒の沈黙。
「ーーーー死ね」
王家のリビングでけたたましい爆発音が響いた。
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「生きてるって素晴らしいなぁ……」
ディアーチェはあらゆる手管でルイスの息の根を止めんとしたが、シュテルの制止もあり死人は出ずに済んでいた。
渋々ではあったが、被害者であるシュテルの言という事もあり、ルイスは半殺しで解放と相成った。
「あれは事故ですし、私の方にも問題がありましたので」
シュテルはルイスの横にちょこんと座ってはいるが、どこか居心地の悪そうに視線を逸らす。
更には、ギュっと自分の胸を隠す様に腕を組んでいた。
「月夜ばかりと思うでないぞ」
家畜を屠殺するかの如きディアーチェのかつてない視線と脅しの文句。
ルイスは小さな悲鳴を上げつつシュテルの後ろに隠れる。
「よいかシュテル、先の出来事でそう落ち込まずとも良いのだからな。その男は……そうさな、云わば路傍の虫ケラだ。いくら触られた所で数のうちに入らぬ」
「こ、今回ばかりは反論出来ない……!」
馬の骨から虫ケラに降格処分を受けたが、ルイスは甘んじてそれを受け止めるより他はない。
シュテルの裸体を弄った上で、こうして生きているのだ。それだけで十分奇跡と呼べる物であろう。
「ありがとうござます、ディアーチェ。けれどやはり、私には女としての魅力がないのかと正直落ち込んでしまいます。外見だけで言えばナノハの現身ですので、俗に言う美少女だとは思うのですが……」
「……シュテル?」
予想外のシュテルの返しに、ディアーチェはピタリと動きを止めた。
当たり前の思考ではあるが、ルイスに胸を触られ事に対す負の感情があるものだとディアーチェは考えていた。
だが、どうにもシュテルとの会話が噛み合わない。
シュテルは触られた事など露程も気にした様子はないのだ。
ただただ、ルイスの理想と自分のギャップに落ち込んでいる少女そのものでしかない。
「定期健診の度にシャマルの胸を凝視していますしこの男は……。いえ、肉体年齢の側面で言えば私も正常な発育だと理解しているのですが。私の胸がもう少しでも大きければ魅力的に映るものなのでしょうか」
「いや、いやいや。待ってくれシュテル、お前は何を言っているのだ。あの男が不愉快であったという話しではなかったのか……?」
「確かに恥ずかしくはありましたが……。別段、不快だとは思っていませんよ?」
「ーーーー」
顔を顰めるディアーチェに、きょとんと小首を傾げるシュテル。
ルイス自身もこれには驚愕しているのか、目を丸くしている。
(これは……どう考えてもおかしい、決定的だ。最近、シュテルの言動に違和感を覚えてはおったが……)
先ほどのシュテルの言葉に、ディアーチェは激しい焦りを見せた。
ルイスという当人を前に、自分がどうすれば魅力的に見えるかを口にする時点でそもそもおかしくはある。殆ど愛の囁きのソレだ。
だがシュテルは無自覚なのか、自分がとんでもない事を口にしているとは思ってもいない様子ではある。
その姿は、ディアーチェが今まで共にしてきたシュテルから程遠いものがあった。
(この短期間で、あのシュテルがこうまで心を許すなぞあり得るものか? 否、決して否だ。この状況、あまりにも不可解ではないか)
ディアーチェは、正座するルイスと、それをチラチラと気にかけるシュテルを繋ぐ手枷に視線を落とした。
(もしや。いや、やはりーー)
≪王様! 大変!!≫
ディアーチェは突然の念話に、手枷へと伸ばしていた手をピタリと止める。
どうにも焦りがありありと伝わる声色であり、仕方なしにディアーチェは体を起こした。
≪どうしたレヴィ、今取り込み中なのだが≫
≪でもでも、僕もちょー緊急事態なんだけど!≫
≪ーー……ふむ。分かった、何があったか話してみよ≫
いつになく慌てたレヴィの声に、ディアーチェは一旦思考を切り替えた。
町に出ているレヴィからの緊急入電という事は、それだけで大きな意味を持つ。
ディアーチェにとって目の前のシュテルの対応も大切ではあったが、優先事項を整理しレヴィとの念話に集中する。
≪えーっと! 今ユーリと一緒に藤波町公園で遊んでいたんだけど、変なヤツを見つけたんだ!≫
≪変なやつ、とな?≫
≪うん、何か黒くておっきな獣がいるんだ! 絶対この世界の生き物じゃないよ!≫
「黒い獣……?」
思わず声を漏らすディアーチェ。
タイミング的に考えても、古代遺産である可能性は非常に高い。
そしてそれは、以前ルイスが遺跡で遭遇した生物と、特徴が一致していた。
「ーー黒い獣だって?」
ルイスの、どこまでも穏やかな声がした。
ニコニコと、いつもの笑顔がそこにはある。
「ーーーーッ?!」
けれど、傍にいるシュテルだけはルイスの笑みに違和感を覚えていた。
ほんの一瞬、わずかにルイスは異質な笑みを浮かべていた気がしたのだ。
それは、まるで猛禽の様な。腹をすかせた肉食獣が見せる、残忍なもの。
すぐにその表情は無くなっていた為か、ディアーチェは気付いた様子が無い。
「ルイス……?」
シュテルはルイスの袖を震える指で思わず引く。
そこには戸惑いと怯えがあり、自分の感じた鬼胎を否定して欲しいが為の行いだった。
「ディアーチェ、そいつは何処にいるの?」
だが、ルイスはそれを無視して静かに問うた。
否、シュテルの行為に気が付く余裕すらなかったのか、そこには焦慮が見える。
「……何故貴様に教えなければならんのだ」
ルイスの質問の意図する所を予想し、ディアーチェは渋い顔になる。
いよいよもって古代遺産が現れたのだ。やはりルイスとしては、自身で解決に乗り出したいと思うのは明白だろう。
だが、その場合は当然シュテルも危険が伴う現場に出る事になる。
ディアーチェの懸念を理解しても尚、ルイスは食い下がった。
「ディアーチェ、多分さっき念話してたよね。つまり、誰かがその獣と相対しているっていう事だと思うんだけれど。だとしたら、それはちょっとマズい」
「……ほぉ?」
ディアーチェは言葉を切り、続きを促す。
ルイスが管理局に黒い獣について報告を行っている事は、ディアーチェも当然把握していた。
つまりは、件の獣と交戦経験があるのはルイスだけだという事になる。
そのルイスが齎す情報というものは、価値ある事は明白だ。
ましてや、ユーリとレヴィの安否に関わる可能性が高いとなれば、流石に無下にする事など出来はしない。
本音で言えば、ルイスの発言の悉くを否定したいディアーチェであったが、一時の感情には流されず、冷静に判断を下した結果だ。
ディアーチェから否定の言葉が出ない事を確認し、ルイスはホッと息を吐いて説明を続けた。
「時間もないし端的に言うと、そいつの攻撃は即死級の呪詛がかかってる。掠りでもしたら、もうそれで終わりなんだ。誰かが交戦しているならあまりにも危険過ぎる。でも、僕には対抗策があるのは知っているだろう?」
「……ッチ、成程な。だから貴様も連れていけ、というわけか」
舌打ちをしつつ、ルイスの言葉をディアーチェは咀嚼する。
いまだルイスに対する疑念が完全に払拭したわけではなかったが、それでも頭からこの情報を否定するわけにもいかない。
もし言葉の全てが真実なのだとしたら、レヴィとユーリに明確な危機が迫っている事になるのだ。
そして、ルイスの言う通り、有力な対抗策は明らかに禊魔法だけだろう。
となれば、ルイスが現場へ赴く事は何より重要な案件に当たる。
≪レヴィ、そいつに手を出すでないぞ。すぐに我も征く≫
≪……うん、分かった≫
最悪のケースだけは避ける為、ディアーチェは素早く念話を飛ばした。
いつものレヴィであれば、「ご馳走」を前に御預けとなれば文句の一つでも言う所だが、それも無い。
つまりこれは、目の前の敵が厄介な相手だという事を、レヴィも感じ取っていたという事だ。
(ーー最悪だ。いつの日かクロノ話しておった事が現実のものとなるとはな)
ディアーチェはルイスの言葉とレヴィの言動を鑑みて、内心ではすでに結論を出していた。
今すぐに、ルイス達を現場へと向かわせるべきだ、と。
確かに、シュテルとルイスの連携はまだ合格点に達していない。
ある程度の動きは出来る様になってはいるが、一撃必殺の技を持つ相手に対してはあまりにも心もとないものであった。
本来であれば、そんな状態で現場へ赴かせるのはあり得ない事である。
だが、事態がそれを許してはくれない。
レヴィとユーリが今まさに危機に瀕しており、それを覆す手段を持つのはルイスだけである。
ディアーチェは葛藤に苛まれつつも、苦々しく口を開く。
本音を言えば、まだ万全とは言えないシュテルを出す事は避けたくはあった。
けれど、呪詛魔法を相手にするとなれば、必然的にルイスの力に頼らざるを得ない。
ここで拒否をしようが、どのみちルイス達が戦場へと駆り出される結果になるだろう事は想像が付いた。
そして何より、『禊魔法』を用いた状態のルイスは、ディアーチェより移動速度は格段に勝る。
いち早くレヴィ達と合流出来るのは、今は彼らしかいなかった。
だからこそ気持ちを押し殺し、選択肢から客観的な最善を選ぶ。
「……藤波町公園だ」
「分かった、ありがとう」
ディアーチェから受け取った答えに、ルイスは間髪入れず応答する。
その瞳には、感謝と決意が輝いていた。
「いいか馬の骨、シュテルに傷一つでも付けたならば容赦せぬからな……!!」
「ああ、心得ているよ。シュテルは命に代えても僕が護る」
(ッチ、即答しおって)
忌々しくもあり、けれど同時に頼もしさも僅かに感じ、ディアーチェはもうそれ以上言葉を重ねない。
今は、兎にも角にもレヴィとユーリの元へ向かう事が第一であった。
「シュテル、いけるかい?」
ルイスは窓を開け、一点を見据える。
くしくも、シュテルと初めて邂逅したあの場所を。
「ええ、問題ありません」
シュテルの頷きを確認し、二人は同時にバリアジャケットを換装する。
数秒で戦闘装束へと身を包み、すぐさまルイスはシュテルをひょいと抱き上げた。
シュテルは振り落とされない様にと、ギュッと両手でルイスにしがみつく。
「ーー禊魔法、祓」
次の瞬間には、ルイス達の姿は既になかった。
開け放たれた窓は数秒遅れで軋み、思い出した様にカーテンが五月蠅くはためく。
ディアーチェは自分より先に家族の下へとたどり着くであろうルイスに小さく舌打ちをした。
「ーー我も征かねばな」
クロノへと念話で状況説明を行いつつも、ディアーチェは即座にバリアジャケットを展開し、飛び立った。
ルイス達を追う形で、ディアーチェも藤波町公園へと急ぐ。
もぬけの殻となった王家のリビングに、一片の黒羽が舞った。
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シュテルを抱きかかえ、ルイスは跳ぶ。
屋根を踏み移動する、最短距離での走行だ。
ルイスはシュテルから海鳴市の地理を叩きこまれていた事もあり、一部の迷いも無く目的地へと迫る事が出来ていた。
「……あの、ルイス」
ルイスに抱えられたシュテルは、これから実戦が行われると知りながらも思わず声をかけていた。
ディアーチェが「黒い獣」と口にした時、ルイスは明らかに様子がおかしかった。それが、どうしても心に引っかかっていたのだ。
(あれは、いいえ。間違いなく……殺気でした)
普段のルイスからは想像もつかない一面は、シュテルを揺さぶるには十分であった。
恐々と、今自分を抱いているのはルイスで間違いはないのかと。よくにた別人ではないのかと、シュテルは自分で馬鹿げていると感じても、そう思わずにはいられない。
「ん、どうかしたの?」
「あ……いえ、その……」
だが、飄々と答えるルイスに思わず戸惑い、言い淀んでしまう。まるっきり、ルイスはいつもの様子に戻っている。
それでも、どうにも確かめずにはいられなかった。
否。
確かめなければいけないと心が叫んだ。
このままでは、ルイスが手の届かない何処かへ行ってしまいそうな、そんな感覚があった。
「あの、大丈夫、ですか……?」
「あはは、やっぱり僕じゃあ力不足かな。ごめんね不安にさせてしまって」
シュテルが絞り出した問いは、ルイスを心配する気持ちが主である。
だが、ルイスはどうにもその意図とはズレた答えを返した。
これから行われるであろう戦に対しての不安だと、ルイスは受け取ったのだ。
慌ててシュテルは否定の言葉を口にする。
「いえ、そういう事ではなく……その、ルイス自身は今、冷静、なのですか?」
「ん? うーん、そうだなぁ。けどまぁ、確かにいつもとはちょっと違うかな。何たって、僕は一度その黒い獣と戦って負けちゃってるからねぇ、そら少しは不安にもなるさ」
確かに、ルイスの返答は理屈としては通っているだろう。
一度は敗走を余儀なくされた相手とあらば、平静でいる方が難しい。
だが本当にそれだけなのだろうか、とシュテルは率直に思う。
もしルイスの言葉が真実であるならば、そこには恐怖の感情があって然るべきだろう。
だがあの瞬間のルイスには、どうみても歓喜の表情があった。恐れなど微塵も無く、ただ、ただ喜びに震えていたように見えたのだ。
「ルイス、何か隠している事は無い、ですよね……本当にそれだけです、よね?」
シュテルはルイスが何かを隠しているのだと、そう確信していた。
せめて自分には話てくれるのではないか、とそんな淡い期待を胸にシュテルは問う。
「ーーうん、本当にそれだけだよ」
だが、ルイスはあっけらかんと即答した。
シュテルは眉を僅かに下げるも、口を噤んだ。
ルイスとの間に明確な壁を感じ、シュテルの心は僅かに軋む。
受け入れたいという思いを否定され、唇をキュッと噛み締めた。
「というか、僕としてもシュテルの言動も気になるんだけどね」
「私、がですか?」
「まぁ、分からないならそのまま気付かず忘れてくれた方がいいんだろうけれど」
「あの、すいませんよく意味が……」
「さ、もうお喋りはこのくらいにしてそろそろ集中しないと」
シュテルはまだ吐き出したい言葉はあったが、グッと呑み込む。
頭を振り、無理やりに自分の気持ちを切り替えた。
「分かりました、今はレヴィとユーリの安全確保が第一です。これ以上の問答はよしましょう、申し訳ありません」
ルイスにとって自分とはどういう存在なのだろうかと、シュテルの中で良くない感情が渦巻いた。
僅かの間とはいえ、共に過ごした時間が否定されたような気がして、心が痛んだ。
距離は近づいているのだと感じ、喜びを抱いていたのは自分だけだったのかと、寂しさが募った。
目の前の青年の考えが分からず、シュテルはただ、より強くしがみついた。
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レヴィはユーリを庇う様に黒い獣と対峙する。
すでに結界は張り終え、バリアジャケットにも身を包んでいた。後は目の前の異物を討伐すれば事が済む。
(ーーなんか、ヤバい)
しかし、レヴィは一歩が踏み出せずにいる。
もちろん、ディアーチェの命令あっての事でもあるが、それ以上に彼女の警戒心が不用意な攻撃を躊躇わせていた。
普段からして彼女は、戦いの中での強敵を希う事が常である。
食事、睡眠、戦闘。それがレヴィの三大欲求であり、彼女を突き動かす基本原理だ。
普段は子供の思考回路とでもいうべき言動をとるレヴィであるが、こと戦闘に置いては卓越した技能を誇る。
彼女は理論や戦術といった物を全く持ち合わせておらず、ただただ独自の感性だけを頼りに行動していた。
一見すると無茶苦茶でしかないが、しかしレヴィは事実として最上級の戦力と称しても差し支えない存在である。
それはやはり、ひとえに才能という二文字が全ての答えだ。
彼女が鼻歌交じりの思い付きで行う戦闘行動は、凡百の魔導師では到達出来ない程高度な物なのである。
天賦の才を欲しいままにするその姿は、まさに「力のマテリアル」という名に恥じぬものであった。
だからこそ、戦闘におけるレヴィの勘という物は決して無視出来るものでは無い。
むしろ、どの様にうず高く積まれた情報であっても、彼女の第六感を凌駕する事はないだろう。
(なんだろ、このすっごく嫌な感じ)
レヴィと対峙する黒い獣。
暗闇がそのまま四足歩行の獣を象ったかの様な、漆黒の体躯を持つ異形の塊。
狼を思わせるフォルムであるが、優に三メートルはあろうかという巨体を誇っている。
そして、右前足のカギ爪だけが不釣り合いな程に発達しており、他の爪と比べても五倍は肥大化していた。
鋭利という言葉がそのまま当てはまるソレは、殺傷のみを目的に携えられたものだと誰が見ても想像出来るだろう。
距離にして十五メートル。レヴィにとっては一瞬で詰められる間合いであり、相手が何をしても対応出来うる距離である。
黒い獣はゆっくりと、牛の歩みでジリジリと二人ににじり寄っていた。
ジッと、レヴィとユーリをその闇色の瞳から外す事は無く、ゆっくりと。
今すぐにでも飛び掛からんと低い唸り声をあげはすれど、一向に襲う気配は無い。
それが返って、不気味さを際立たせていた。
「レヴィ、私も戦います……!」
ユーリは明らかな怯えを見せつつも、その瞳に確固たる意志を灯し前へ踏み出そうとする。
「ダメだよ、ユーリは下がってて」
だが、レヴィはそれを制した。
グッと腕を伸ばし、それ以上ユーリを前へと踏み出させようとはしない。
「で、でも……!」
尚も食い下がるユーリに対し、レヴィは獣から注意を反らす事無く言葉を返す。
「いいから。ユーリ、まだ力の制御が上手く出来ないんでしょ?」
「うぅ、そうですけどぉ……」
紫天の盟主、ユーリ・エーベルヴァイン。
闇の書の防衛システムと同等、もしくはそれ以上の力を持つ少女。
体内に「永遠結晶エグザミア」を有し、莫大な魔力を秘めた闇の書の闇をも超える力が彼女にはある。
彼女とマテリアル達は四基一組からなる独立稼働プログラム「紫天の書」と呼ばれ、もともとは夜天の書を強引に支配する為に作られた存在だ。
だがその動力炉とでもいうべきユーリ自身に制御機能は無く、幾度となく暴走を繰り返してきた経歴がある。
かつてより誰一人としてユーリを制御しきれなかったのは、管制人格であるディアーチェやその補助を務めるシュテルとレヴィが一度に揃わなかった為であった。
だが今現在は四人が一堂に会している為、かつてない程の安定を保っている。けれど、全てが揃った今であっても、暴走の危険性は完全になくなった訳では無い。
そのあまりにも大きすぎる力は健在であり、しかもまだまともに制御が出来ていないのも事実だ。
以上を鑑みて、管理局は彼女に出力リミッターを掛けるに至った。
委嘱魔導師として管理局に加わるにあたり、彼女を制御下に置く事は必須だったのである。
管理局の一部からは、ユーリを含めマテリアル達は即刻破壊するべきだという声もあがっていた。
だが、エグザミアと紫天の書を完全破壊しようにも、その特性からしてそもそもそれが出来得る物ではないのである。
例えアルカンシェルによって蒸発させようとも、何十年という時を経ていずれ復元する。エグザミアとデータが消えない限り、何度でも復活する不滅の存在なのだ。
となれば、管理局の監視下に置き抱きこむ形を取るしか残された道はなかった。
上手くすれば最上級の戦力が手に入るばかりか、彼女が持つ未知の魔力素「特定魔導力」の全貌を解明出来る可能性すらあるからだ。
管理局にとっても彼女達の持つ力は非常に魅力的であり、まさにハイリスクハイリターンといえた。
故に、敵対関係では無く融和の手を差し伸べるに至ったのだ。
もちろん、ディアーチェ達もその狙いは百も承知であったが、ユーリが今の生活を望んだ事もあり、甘んじて受け入れている。
だが万が一暴走の危険性ありと判断された場合、一時的に幽閉処置が施される事となっていた。
これもまたユーリ自身の提案であった為、ディーアチェも渋々了承をしてはいる。
自身の力が原因となり、誰かを傷付けたのだとしたら。一番に嘆き悲しむのは、他ならぬユーリだと理解していたからだ。
だからこそ、力の制御が出来る様になるまでユーリは戦闘行為に参加しないという事を取り決めていた。
訓練室を使い、魔力制御を練習してはいるが、まだ実戦で活かせるレベルでは無く、何らかの拍子で暴走する可能性すらある。
レヴィもそれはよく理解しており、だからこそ戦闘に参加させる事だけは許諾出来なかったのだ。
自由を求め勝ち取った先で、また束縛の闇に沈む事は、家族たるマテリアル達は誰一人として望んでなどいない。
(ユーリに何かあれば王様が悲しむし、なにより僕もいやだ。ぜったい、やだ! ユーリと一緒に、もっともっと楽しい事をするんだもんね!)
ゆっくりと、けれど確実に近づく黒き獣。
レヴィ達も近づかれた分だけ距離を開けてはいるが、それでも公園には端というものはある。
このまま壁際に追い込まれてしまう事は、スピードを戦いの根本とするレヴィにとっては大きな障害であり、生存率を大幅に低下させる行動であると言えた。
(王様は待ってろ、って言ったけど……)
レヴィは譲歩できる限界まで後方へと下がるも、いまだにディアーチェ達は到着の兆しを見せない。
(これ以上は、さすがにマズイかも)
ならば。
「ーー僕が一人でやっつける!!」
レヴィは意を決し、地を抉りながら疾走する。
初速の一歩目を足跡として陥没させ、音を置き去りにした。
ただ、黒い獣へと真正面から突き進む。
ディアーチェの命令に反する事にはなるが、愚直に約束を守り死んでしまっては何の意味もない。
むしろ、そうなってしまった方がディーアチェは悲しむだろうとレヴィは考えていた。
そして何より、レヴィは明確な恐怖を抱いていた。
目の前に佇む不気味な敵。腹に重くのしかかる程の嫌なプレッシャー。
歯ごたえのある戦いに震え喜ぶ気持ちもあれど、同時にユーリだけは守らねばと思いが募る。
「ーー?!」
並の者であれば反応すら出来ない速度で、レヴィは十五メートルを一歩で詰めた。
だが、黒い獣はレヴィに正確に狙いを定め、右のカギ爪を振りかざす。
つまりは、神速とでもいうべきレヴィの速度に対応をしてみせたという事だ。
(……でも!!)
レヴィはそれを予期していたのか地面を強く右に蹴り、進行方向を大きく曲げる。
もし仮にスピードに対応出来ないのであれば、そのまま切り伏せ倒してしまえばいい。
万が一追い付かれたのであれば、その攻撃を避け、生まれた隙を叩く事が出来る。
どちらの選択を行ったとしても、レヴィにとっては好ましい結果に直結するだろう。
それに、獣の一挙手一投足はレヴィの挙動に比べてあまりに鈍い。
獣が一つの動きを見せる間に、レヴィは三つの行動を割り込めるだろう。
となれば必定、レヴィの多段攻撃に対応のしようも無いというものだ。
「ここだぁ!!」
レヴィは黒い獣の真後ろに回り込み、その大鎌を振りかざす。
相対する獣は今まさに地面を殴りつけた瞬間であり、そこから次の動作へ移行するにしても幾分かの時間を要するのは明白だ。
速さを生かした完璧な攻撃。
あとは、そのまま叩き斬って終着となるーーはずだった。
「ーーえ?」
だが、レヴィは視界の中にそれを見た。
黒い獣の中から、もう一体の獣が踊り出てくるのを。
まるで水面を掻き分ける様に、闇色の毛皮の一部が霧散し獣の形となったのだ。
体躯はレヴィと同程度。だが、その右肢は母体の獣と同じく、巨大で鋭利に発達している。
命を刈り取るには、十分過ぎる凶器だ。
そして、レヴィが後ろに回る事を予期していたかの様に、ドンピシャのタイミングでその爪を振るった。
(あー……やっちゃった……)
誘導されたのだ、とレヴィは気付く。だがすでにバルニフィカスを振りかざす動作に入っている。最早、軌道の修正を行える状態ではない。
いかな速さに重きを置く魔導師であったとしても、動作の最中に別の可動を加える事など出来はしない。
まさに、そのタイミングを狙われたのだ。
獣は、汚らしく笑みと思しき表情で顔を歪ませた。
(くっそぅ……)
伏兵の存在を考えず、これ見よがしに見せた隙に飛びついてしまった結果だ。
ユーリを守らねばという焦りが、本来のレヴィの動きを阻害してしまっていたのだ。
普段通りのレヴィであれば、不覚を取る事はまずなかったはずである。
(僕がケガをしたら王様、泣いちゃうかなぁ。あぁ、それは、いやだな……)
獣の爪牙が、レヴィに向けて振るわれーー
(王様、ごめん)
ーー赤い、血しぶきが空を舞った。
最近何かと忙しく、なかなか書けない日々が続きました。申し訳ないです。
人生初の投稿ですので、平均のアップスピードはよく分かりませんが、少なくとも遅い部類に入ると思います……。
可能な限り早く上げられる様にしていきたいです、頑張ります。
めげそうな時に頂いたコメントを読み返していると、うおーやったるぞーわっしょーいって感じになるので本当ありがとうございます。