魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~   作:火神はやて

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シュテルに甘やかされたいだけの人生だった。
シュテルの母性はきっと高い。ワッショイ。


第11話 黒と獣とシュテルの添い寝

 レヴィは、その光景をただ見ていた。

 もうダメだと観念したその時、凶器と自分の間に滑り込んだ人物を。

 

 傷だらけの体に、優しい微笑み。

 大好きな少女と手枷で繋がれた、我が家の奇妙な居候。

 ルイス=シュヴァングその人の姿を。

 

 シュテルを覆いかぶす様に抱きかかえ、ルイスは背中でその爪を受け止めた。

 凶刃に狙われたレヴィを庇ったのだ。

 

「ルイス……!!」

 

 聞こえるはシュテルの叫び。

 悲嘆の色を濃くした、普段ならば聞けない焦った声色。

 

 ルイスのその薄いバリアジャケットは、まるで紙切れの様に軽々と裂かれていた。

 飛び散る真っ赤な血液は、傷の深さを物語る。

 抉れる様に出来た爪痕から、脈々と血が噴き出した。

 

「あ……」

 

 思考のブレーカーが落ちた状態で、ただ呆けてレヴィは口をポカンと開けた。

 自分を庇う為にルイスが楯となったのだと理解はすれど、思惟が追い付かない。

 ルイスに深々と刻まれた爪痕は、致命傷だと一目で分かる程のものだ。

 痛みを伴う赤色が鮮烈に網膜に焼き付き、レヴィは棒立ちとなる。

 それでも、染みついた経験からレヴィの体は無意識に戦闘に加わろうと動く。

 

「……!?」

 

 だが、その瞬間レヴィは思いきり突き飛ばされていた。

 ルイスが安全圏まで移動させる為、強引に掌底を放ったのだ。 

 吹き飛ばされた先でレヴィは尻もちをつき、徐々に覚醒する思考が、切歯扼腕で染まる。

 

「レヴィ! け、怪我は! 怪我はしていないですか!!」

 ユーリはレヴィに駆け寄り、涙目で抱きしめた。

 九死に一生を得たレヴィの無事を喜び、けれどすぐにルイスの事を思い出し青ざめる。

 百面相のユーリに抱かれながらも、レヴィは茫然とルイスから視線を外せないでいた。

 足に力も入らず、立ち上がる事すらままならない。

 

「なんで……僕……」

 

 闘いこそが至上である彼女にとって、生と死の境は曖昧なものであった。

 希死念慮では決してないが、闘いの中で死ぬ事は摂理なのだと直感的に理解していたのだ。

 だからこそ、レヴィは恐怖こそすれど、それを糧として命の輝きを増す気質を秘めていた。

 死をも恐れぬその精神こそがレヴィの強さの根底であり、「力のマテリアル」として意図的に与えられた構造でもある。

 

 闘いに塗れた日常であれば都合のいい物であるが、今この平穏な日々を送るうえで、この思想はあまりにも危険なものであった。

 命を賭す必要はもうなく、如何に生還するかに比重が置かれる毎日。

 帰るべき温かな場所を勝ち得たからこそ起きる、必然の変化。

 海鳴市での生活は、確かに彼女に良い影響を与えていた。

 

 大よそ初めて得られた平穏な時間は、彼女の心と考えを解きほぐすには十分なものであった。

 であるからこそ、今この瞬間レヴィの足はすくんでしまう。

 そばで泣くユーリの温度から離れ、「アレ」に立ち向かう事が、どうしても出来ない。

 

「…………」

 

 そして何より、レヴィがへたり込み続けているのには、もう一つの大きな理由があった。

 

 それは、ルイスに見惚れていたからに他ならない。

 庇われた事への純粋な感謝はもちろんある。

 元来、最強の一角である彼女は護りこそすれど、逆の立場になる事は稀有だ。

 むず痒く慣れない感情が芽生えたのは仕方がない事とも言える。

 

 だがそれ以上に、苛烈な闘志を剥き出しにするルイスに心酔していた。

  

 言うなればその姿は、かつての自分そのもの。

 まるで、古ぼけた映像を見ている様な。

 命を軽く扱い、闘いの中でこそ幸せを得ていたあの頃の自分がそこにはいた。 

 生と死が混在するルイスの体躯に、レヴィだからこそひと際目を奪われたのだ。

 どこか羨ましくもあり、けれど、この在り方は間違っていると、レヴィは笑う青年にただ見入ってしまう。

 失ってしまった危うき輝きは、甘美でいて、心がざわついた。

 

「ーーオラァ!」

 レヴィの視線の先。

 ルイスはレヴィを突き飛ばす為に伸ばした軸足にそのまま力を乗せ、その場でグルリと半回転を行った。

 それはそのまま右脚を鞭の様にしならせ、小型の獣の下顎を狙う動きとなる。

 もとより、ルイスの登場は獣にとっても虚をつかれた形だ。

 間髪入れずの敏捷な蹴りは、簡単に小型の獣の顎門へと命中した。

 バキ、と骨のひしゃげた鈍い音と共に、獣は空へクルクルと無様に舞う。

 

「ーーまずは一匹」

 大型の獣が大跳躍で距離を開けたと同時、空中にいる獣が霧散し跡形もなく消え去った。

 亡骸すら残らない辺りは、おおよそ生物と呼ぶには似つかわしくないものがある。

 サラサラと、黒い雪が降っては解けた。

 

「ルイス、貴方は……」

 今までにない体術の「キレ」に、シュテルは目を見張る。

 模擬戦で見せてきた時とは最早別人だ。  

 重傷を負いながらもより一層の力強さをみせるルイスに、シュテルは戸惑いしか浮かばない。

 

「ーール、ルイス! 傷が!!」

 だが、シュテルの思考はルイスの身体の異常によって中断された。

「これは……石化魔法……?!」

 シュテルが目にした光景が、叫びとなって現れる。

 ルイスの背中。黒の獣に裂傷を与えられた箇所が急速に石となっていくのだ。

 それは石英の様に美しく、けれど決して生き物が持つはずの無い物。

 傷口からまるで毒の様に広がるソレは、あっという間に背中を覆いつくした。

 

「ーー禊魔法、祓」

 

 しかしルイスは一切慌てる様子も無く、冷静に魔法を放つ。

 瞬間、石は消え去り、肌色が戻る。それと同時、塞がれていた傷が外気に触れ、赤い血が再び滴り落ちた。

 シュテルの声に反応したという素振りは無い。自身の背中に一瞥をくべる事すらしていないあたり、この事態を初めから知っていたかの様であった。

 

「よぉ、久しぶりだなクソ犬」

 

 ルイスは、怪我もシュテル達の事も抜け落ちているのか、ただ獣を改めて見据える。

 呑気な挨拶。だがその声色はどこまでも硬く、どこか夢心地の色を持っていた。

 

「ーーーー」

 

 そこには、目を細め口を釣り上げたルイスがいた。

 その感情をシュテルは読み取れない。

 形の上では笑みを浮かべているが、心の奥底に何か別の思いが首をもたげている事をシュテルはハッキリと認識する。 

 

「ルイス、ここは私が!!」 

 シュテルはルイスの状態を鑑み、前へと出る。

 ルイスにこれ以上戦わせてはいけないと、嫌な汗がじっとりと頬を伝った。

 何より、重傷と称すべきルイスの傷を思うと当然の行動と言える。

 だが、それよりもシュテルの心中には言い知れぬ不安が首をもたげていた。

 このままでは、彼が戻れぬ場所に踏み出してしまう。そんな、言葉に表せ無い不安がじっとりと浮かんだのだ。

 

(……何故、今私は思い出しているのでしょうか。いつか夢にみた、あの田舎町の光景を)

 シュテルは、ルイスの背中に赤黒く彩る爪痕が、どうにも見覚えのある物に思えてならなかった。

 あの燃える見知らぬ町に付けられた、獣たちの痕跡。

 それと、どうにも奇妙にも符号しているではないか。

 思い過ごしかもしれない、獣の爪痕がたまたま似通った物であっただけなのかもしれない。

 だが、あの石像の様に硬く冷たい石になるルイスを思わず空想し、シュテルの肌は粟立った。

 

「……」

 

 だが、ルイスはそんなシュテルの肩を強引に掴み、無言で脇に退ける。

 いつもでは考えられない乱雑さで、煩わしそうにシュテルを押しのけたのだ。

 

「……?!」

 

 あっけにとられるシュテルを無視し、ルイスは低い唸り声を上げる獣と視線を交差させる。

 互いに殺気をぶつけ合い、緩やかに歩みを進めーー 

 

 ーー獣が弾け出す様に走り出した。

 

 大きな爪で土を掴み、その巨体に似つかわしくない速度でルイス達に迫る。

 まさに肉を以て弾と為す、黒い暴力の塊そのものだ。

 

「ーーそら!!」

 

 だが、ルイスは獣めがけてデバイスを全力で投擲した。

 魔力を込められたナイフ型デバイスは、風を切り獣へと突き進む。

 唯一の武装を放棄するに等しい行為であり、通常であれば間違いなく行われないだろう攻撃。

 デバイスは魔法の演算補助を行う、いわばコンピュータが内臓された武器である。

 失えば魔法の処理に多大なロスを生じる事になる為、魔導師にとってデバイスはまさに生命線なのである。

 だからこそこの行動は完全に虚をつき、獣は避ける挙動すら取る事すら叶わない。

 数瞬後、獣の左目へとデバイスは見事に突き刺さった。 

 

「ガアァアァ!?」

 

 思わず獣は怯み、痛みを開いた口から音として表現する。

 崩れた体制は転倒を誘発し、その速度だけ硬い地面に体を打ち付けた。

 

 ルイスはズンズンと足音も大きく歩み寄り、右の拳を握りこむ。

 あまりにも強く力を込めている為か、爪が肉を裂き、文字通り血が滲んでいた。

 

「……!!」

 

 ルイスは息を吐きながら、無言でその黒塗りの口内へ唸る様な正拳突きをぶち込んだ。

 犬歯を叩き折り、自らの左腕を強引にねじ込む。

 獣の咬合力を前には、意かな鍛えられた腕であったとしても小枝を折るが如き簡単な所作で済むだろう。

 ルイスがあえて危険な行為に身を投じるだけの理由は、当然あった。

 

「ーー喰らいやがれ」

 

 ルイスの言葉が切れると同時。

 ドガン、と低く響く爆発音と強烈な閃光が発生した。

 それは獣の口の中からであり、次の瞬間には濛々と黒煙が吐き出される。

 声にならない悲鳴を上げ、獣は頭から派手に崩れ落ちた。

 

 

「ルイス、手が……!」

 閃光で眩んだ視界が戻ったシュテルが目にした光景は、青ざめるに足るものであった。

 無理もない。

 シュテルの目線の先、ルイスの左手は大よそ正常な形を保っていなかったのだから。

 指はひしゃげ、爪も殆どが剥がれ落ちている。

 赤黒く染められたその手は、痛々しく破壊されていた。

 

「貴方、まさか自分で……?!」

 

 シュテルは先ほどの爆発音とこの惨状から、ある結論を導き出していた。

 ルイスは魔力を右手に収束し、故意に暴走させたのだ。

 行き場を無くした魔力は甚大な暴発を招き、結果としてそれは簡易な爆弾となる。

 それを体内で炸裂されたとあれば、いかな強固な鎧があろうと関係がない。

 

 だが、その代償はあまりに大きい。

 当然、爆心地にあるのは他ならぬ自らの手なのである。

 それが、どのような結末を意味するかは、誰の目からしても明らかであった。

 しかしルイスは気にした素振りすら見せない。

 並みの者であれば痛みで気を失っていてもおかしくない程の傷を負っても尚、その意志は揺らがない。

 

「ーーディアーチェ!! いまだ!!」 

 

「ーー我に命令するでないわ馬の骨ぇ!!」

 

 と、獣が地に伏したと同時、ディアーチェが遅れて現れた。

 状況の把握もままならないが、それでもルイスの言葉と周囲の光景を一瞬で呑み込みんだ。

 ディアーチェは瞬時に魔法陣を展開、コンマ一秒の遅れもなく魔法を射出する。

 

「喰らうがいい我が魔力!! インフェルノォ!!」

 

 ディアーチェは数多ある魔法の中から、あえてインフェルノを選択した。

 広域魔法ではルイス達を巻き込んでしまう可能性があるも、生半可な威力では通用しない相手だと看破したのだ。

 インフェルノは、四つの中型魔力弾からなる射撃魔法である。

 射程自体は短いが高い火力を持ち、爆風も比較的拡散するものではない。

 速度は決して速いわけではないが、内側からの爆発で伏した獲物を狩るには十分過ぎるものであった。

 

 今この時に置いては最善の選択肢であり、瞬時にそれを導きだせたのは、まさに経験の成せる技である。

 

「ーーーーッ!!」

 一つでも魔導師を捻り潰すには十全な威力を誇る魔弾である。

 それが同時に四つも直撃したとなれば、誰であろうと無事では済まないだろう。

 おまけに、ディアーチェの激情がそのまま上乗せされた為か普段よりも数倍増しの威力となっていた。

 事の顛末は分からずとも、少なくともユーリが涙している。

 それだけで、ディアーチェにとっては最優先の殲滅対象と成り得るのだ。

 暴力が凝縮された暗黒の球体が黒の獣の全身を押しつぶし、あらぬ方向に四肢が分断されていく。 

 

 ーーゲヒ、と空気の抜けた悲鳴を小さく上げ、獣はついにサラサラと霧散した。

 もともとルイスの自爆で弱り切っていた所に、ダメ押しのディアーチェの大出力の砲撃だ。

 欠片も残さず塵となったのは必定と言えた。

 

 

「ディアーチェ、ルイスが……! ルイスが……!」

「…‥ッチ」

 目尻に涙を浮かべながらシュテルは、地上に降り立ったディアーチェに縋った。

 初めてみるシュテルの狼狽と、ルイスの傷の具合にディアーチェはしかめっ面になった。

 

「ありがとうディアーチェ、おかげさまで皆は無事だよ。いやぁ良かった良かった」

 

 だが、当の本人は獣の完全な消滅を確認してか、いつもの様にニコニコと笑顔だ。

 ポカンと口を開けるディアーチェ。

 そのあまりにも予想外な発言を、上手く咀嚼出来ずにいたのだ。

 満身創痍の人間が朗らかな笑みを浮かべる光景は、筆舌に尽くしがたいものであった。

 やっと言葉の意味を理解したディアーチェはわなわなと震え、エルシニアクロイツで地面をガンと激しく突く。 

 

「ーー馬鹿が! 貴様が無事ではなかろう!!」

 ディアーチェの激昂。

 今までとは比べ物にならない憤怒の色で瞳が燃えている。

 確かに、ルイスの事をまだディアーチェは受け入れていなかった。

 だがそれでも、この惨状はレヴィやシュテル、ユーリを庇っての結果だと理解出来る。流石に無下にする事は、ディアーチェの性格を鑑みるに不可能だろう。

 もしもルイスが人並みに傷の痛みを訴えでもしていたのなら、すぐにでも労いの言葉をかけていたはずだ。

 だがルイスは誰よりも傷ついて尚、いつもの何ら変わらない笑顔を浮かべるだけであった。

 

 それは、自身の命が勘定に乗っていない、というわけでは無い。

 ただただ、傷つく事に慣れ過ぎているのだ。

 彼にとってこれは、最早息を吸う事と同義であるかの様な。

 悲惨ともいえるこの状況が、彼にとっての当たり前なのだ。

 

 ルイスに対し強烈な嫌悪感を抱くと同時、ディアーチェは歪んだ心に歯がゆさも僅かに感じていた。

 その姿は紛れもなく、ほんの少し前の自分達と同じではないのかと、そう思えたのだ。 

 

「あー……僕は慣れっこだから大丈夫だよ、そんなに怒る事でもないでしょうに」

「ヘラヘラと……! そのにやけ顔が一番気に食わん!!」

「あはは、元からこういう顔なんだ。勘弁してよ」

 

 ルイスは、おずおずと事の成り行きを見るしか出来ないでいたレヴィを見つけ、優しく微笑みかけた。

「あ、そうだ。レヴィごめんね、急に突き飛ばしたりして。痛かったでしょ?」

 それは、ディアーチェの追及をかわす意味合いがあっての行動だろう。

 レヴィもそれは理解していたが、命の恩人であるルイスの発言を無下にする事など、出来るはずもなかった。

「ううん! そんな事ないよ! それより、その……ごめん、なさい……そんな怪我までさせちゃったし……」

「レヴィが謝る事なんて何もないよ。あ、ホントに責任とか感じないでね」

「う、ん……」

 レヴィも戸惑いと困惑を胸に、どう気持ちの整理をつけていいのか分からず、口籠ってしまう。 

 その横で、シュテルがギリっと奥歯を噛みしめた。 

 

「ーーいい加減にしてください!!」

 

 大音声。

 とてつもない怒りが込められた咆哮に、ルイス以外の全員がビクリと肩を震わせた。

 その声の主が、いつも冷静で物静かなシュテルであったからである。

 

「貴方は……! 貴方は一体何を考えているというのですか?!」

 

 笑顔でいて、けれど別の感情を抱く青年はただ無言で、ジッと燃ゆるシュテルの両目を覗き込む。

 感情任せに叫び息を荒げる、華奢でいて屈強たる少女はそれを睨み返した。

  

「シュテル、僕はね……」

 静かに話し出すルイスであったが、続きの言葉は出なかった。

 糸の切れた人形の様に、ガクリとその場にへたり込んでしまう。

 

「……あれ」 

 ルイスの足元には赤い水たまりが出来ており、倒れた拍子でペシャと嫌な水音が鳴った。

「あー……流石にちょっと血を流し過ぎたかなぁ……」

 

 完全に支える力を失い、ルイスは前へと倒れていく。

 右手は破損し、左手は手枷で繋がれている故に、ルイスは頭から地面に打ち付けた。

 赤く湿り気のある地面に自身の温度を奪われながら、ルイスの瞳は徐々に閉じられていく。

 

「ーー! ーー!!」

 

 すぐ側でシュテルが叫ぶ声を聞きながら、ルイスの意識は段々と失われていく。

 

(何で君がそんなに悲しそうな顔をするのかねぇ……)

 

 暗闇の中に沈む直前ルイスは、ぼんやりとそう考えていた。

  

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 白を基調とした壁と寝具が規則的に並ぶ部屋がある。

 アースラの病室だ。 

 使用中のベッドは一台だけであり、そこには包帯が巻かれたルイスの姿があった。

 室内灯は消えており、薄暗い空間がそこにはある。 

 今まさにルイスの瞼は薄く開けられ、所在なさげに視線を彷徨わせた。

 

「気が付きましたか」

 

 ベッドの横。

 小さな黒い椅子に座り、心の底からホッと息を吐いたのはシュテルだ。

 ルイスは周りをキョロキョロと見渡し、自分が置かれている状況を把握する。

 誰かが治癒魔法を施したのだろうとルイスは推察するも、軋む体は如何ともし難い。

 例え手術が成功したとは言え、すぐには歩く事が出来ないのと同じだ。

 傷は癒えているとは言え、それはあくまで表面的なものでしかない。

「…………」  

 ルイスは右の手に巻かれた治癒魔法が掛けられた包帯を眺める。

 背中の傷は治っていたが、いまだに右手だけは物々しく治療が施され続けているようであった。

 幸いにも欠損は無く、微かに動く五指が神経の繋がりを証明している。

 満足に動かない己の手を眺め、ルイスは柔らかな枕へと溜息交じりに頭を置いた。

 

「……傷、痛みますか?」

「あぁ、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」

「そうですか」

 つっけんどな返答をするシュテルに、ルイスは眉を下げる。

 いつもと変わらぬ無表情なようでいて、どこか硬く冷たい物がシュテルにはあった。

「ーーね、シュテル。もしかして、怒ってる?」

「いいえ。ちっとも」

 言葉では否定すれど、シュテルは不機嫌そのものだ。

 拒絶の意志からか、ルイスからあえて目線を外しているようであった。 

 ルイスは罰の悪さから開口が出来ず、ただ曖昧に笑うのみである。

 シュテルも自ら口を開ける事は無く、暫く気まずい無言の空間がそこには広がっていた。

 

 

「……何故、あんな無茶を?」

 

 シュテルは低く小さく、震える声でそう問うた。

 いまだに目線は合わせず、両の手はギュッと強く握りしめられている。

 悔しさと哀しみ、何より憤りの感情が混ぜこぜになり、出口を失った想いを必死に押し殺しているようであった。

 

「…………」

 ルイスは口を開くも言葉は出さずにすぐに閉じ、瞼をおろした。

 シュテルがみせる態度に思う所があったのか、逡巡の後に改めて口を開く。 

 

「……皆が、いたからね。家族思いの君たちなら、きっとそれぞれが無茶をするんじゃないかとおもってさ」

 

 そっぽを向くシュテルへと、初めて視線を向けながら。 

 

「だから、強引にでもアイツをすぐ片づけないとダメだと思ったんだ。誰かが死ぬのは見たくはないからね」

「……貴方と、いう人は」

 

 シュテルは深く、深くため息を吐く。

 それには、やり場のない怒りと快味の色が見て取れた。

 吐き出したい感情が幾つも浮かぶも、多すぎて逆に言葉とならない様に。

 だが、どこか毒気を抜かれたのか、シュテルは向き直り二人の視線が交差した。

 

「いいですか、もう二度とあんな無茶はしないと約束して下さい。貴方は自分自身を、何より大切にするべきです」

「……あはは、そんなに大仰にならなくてもいいんじゃない?」

「お願いです。約束、してください」

 

 おどけて話しを流そうとするルイスであったが、シュテルは決してそれを許そうとはしない。

 ルイスも観念したのか、ハハハ、と乾いた笑みを浮かべた。

 

「……分かった、分かったよ。君の前でもう無茶はしない。約束する」

「はい。ちゃんと約束、しましたからね」

 シュテルはふっと頬を緩め、満足そうに頷いた。

「ん、ってもう夜の七時なのか。しまったな、あの獣の報告をクロノにしなくちゃいけないのに。今、彼は時間あるのかなぁ」 

「ダメです、何を言っているんですか。今は大人しく寝ていて下さい」

 ルイスは病室の壁にかけられた時計が目に入ったのか、驚きを声にした。

 立ち上がろうとするルイスを、しかしシュテルは制する。

 

「いやでも、流石にそういう訳には……」

「クロノには私からすでにある程度の報告はしています。それに、頃合いを見て面会に来て頂く手はずをとっていますのでご安心ください」

「……いやはや、相変わらずそつがないね。ありがとう」

「いえ、当然の事ですから」

 

 ルイスは観念したのか、起こした体をもう一度寝具に沈めた。

 

「お言葉に甘えたい……んだけども、そうなるとシュテルはどこで寝る事になるんだろうか……」

 ここは病室であり、当然ベッドの合間にはカーテンで仕切られている。

 選択肢としては、床で寝るかベッドを無理やり引き寄せて隣り合わせるかーー

「何だったら、一緒に寝る?」

 ルイスは悪戯っぽく笑い、シュテルを手招きした。

 

「そうですね、お邪魔致します」

 

 シュテルは靴を脱ぎ、綺麗に並べた後に布団の中へモゾモゾと入り込んだ。

 その動作に淀みはなく、ぴたりとルイスに密着する。

「……あの、シュテルさん?」

「はい、なんでしょうか」

「いや、さっきのは冗談というか何というか。これって所謂添い寝というやつではないですかね」

「ええ、その認識であっていますよ。貴方から誘ってきたと言うのに、何か問題ありましたか?」

 シュテルは吐息がかかる程の距離で、潤んだ瞳を更に近づけた。

 全身から伝わる柔らかい感触に、ルイスは挙動不審となる。

 

「んや、これってきっと明日の朝に僕はディアーチェにぶっ殺されるんじゃないかなって思ってさ。僕が床で寝るから勘弁してください」

「いいえ、ダメです」

 ベッドを抜け出そうとするルイスを逃がさない様にと、シュテルは薄い胸元にルイスの顔をゆっくり引き寄せ、ぎゅっとうずめた。

 成長途中とはいえ少女特有の柔らかさがちゃんとあり、ふわりと花の様な香りが漂う。

 また、細く折れそうな体躯はガラス細工に似ており、抱きしめる事を躊躇ってしまう可憐さがあった。

 

「こうすると落ち着くらしいのですが……どうでしょうか」

「いやぁ、どう答えるべきなのかなぁこれ……」

 シュテルはくすりと薄く笑みを浮かべ、ルイスの頭をやんわりと撫でた。

 まるで母親が赤ん坊を宥める様に。

 ゆっくり、優しく、髪の毛に手を差し入れ、よしよしと愛撫した。

「大丈夫、今日はゆっくり休んでください。貴方が寝るまで、こうしていますから」

「……何か、今日はやたら積極的じゃない?」

「はて、そうでしょうか。私はただ、自分のしたい様にしているだけですよ」

 ルイスは初め居心地の悪そうにしていたが、今はされるがままになっていた。

 今のシュテルには何を言っても梃子でも動かないと把握したのか、諦めた様子である。

(あぁ…‥でも……)

 ルイスの眼が静かに閉じられていくのを見て、シュテルはどこまでも優艶な微笑みを浮かべた。 

 

「ルイス、お休みなさい。私の家族を守って下さり、ありがとうございました」 

 

 優しく、柔らかく、シュテルはルイスを抱きしめ続けた。




レヴィルートという囁きを友人からされつつ。当初は確かにあったifルート……。
仕事の都合上、次の更新は少し遅れるかもしれません。
戻ってきたらば、またよろしくお願い致します。
劇場版のディスクにヴァイス参戦と、最近シュテル祭り真っただ中なので人生楽しいです。
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