魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~   作:火神はやて

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大変遅くなりました、申し訳ないです。
活動報告にも載せましたが、今少しバタバタとしております。
なかなか事態が終息はしておりませんが、のんびりと書いていければと思っております。
今回は箸休め的なそんな感じお話です。

ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


第12話 病院とベッドと見舞いの言葉(前編)

【side クロノ】

 

 次元航空艦アースラ。

 今現在は次元の海に停泊し、海鳴市で発生している古代遺産の収集任務に就いている。

 呪詛を持つ古代遺産が大量にバラ撒かれるという非常事態ではあるが、艦内は活気と賑わいに満ちており、士気も高い。

 それは、過去に何度もこの世界で任務をこなし、アースラスタッフにとっても馴染みの土地となっていた事が大きい。

 また、なのはを含めこの世界出身の者が頻繁に出入りをしているのだ。

 そうなると俄然親近感は湧き、普段の任務以上に熱が籠るのも理解は出来た。

 そして何より、「彼女達に良い所を見せねば」と意気込んでいる男性スタッフも少なくはない。

 

 そんなアースラの内壁には、超薄型の映像投影フィルターがあちこちに設置されている。

 休憩所や通路、場合によっては個室にもそれはあり、通称『窓』と呼ばれているものだ。

 もちろん便宜上そう呼んでいるだけであり、防衛の観点からも実際にガラスがはめ込まれているわけではない。

 あくまで本物の窓があるかの様に設計されたモニターなのである。

  

 アースラはその特性からも次元の海を渡る回数は非常に多い。

 また、長期任務の際には次元の海で停泊する事もあるのだが、そこで一つ大きな問題が浮上する。

 それは、次元の海には朝や夜といった概念が存在せず、常にオーロラの様な光が鈍く照らし続ける、という点だ。

 この環境下で生活をしていると、生物時計と環境時計のズレが起こり、深刻な身体症状となって表れてしまう。

 任務を遂行にあたり健康維持は必須項目であり、その対策として用いられているのが件の『窓』なのである。

 まず、艦内照明を用いて人工的に昼夜を再現し一日のサイクルを作り出す。

 そして、『窓』を介してそれとリンクした仮想映像を流すのだ。

 これにより、時間があやふやな次元の海で確たる軸が生まれ、アースラスタッフの健康維持は飛躍的に向上してのである。

 

 また、アースラではスタッフのガス抜きという観点からも定期的に、『窓』の映像をどの様な物にするか投票するイベントを開催していた。

 一部から「チキチキお次の景色はなんでSHOW」と評されるそれは、スタッフの要望に限りなく添った映像を流すものである。

 もちろん、公序良俗に反しない限りは、という但し書きはあるが、そのギリギリを攻めるチキンレースに挑む者も少なくなかった。

 

 そんな数多の思惑が注がれる『窓』は今現在、海鳴市の街並みを映している。

 これはスタッフの希望映像ではなく、実地任務が入った際には現地の映像を流す規定がある為だ。

 理由としては、緊急時に海鳴市に出動した際、スタッフのパフォーマンスを最大限保持するためである。 

 例えば、煌々と照らされた艦内から海鳴市に降り立ったとして、もしそれが深夜であったならば。

 その微妙な時間のズレが戦闘に影響する可能性は大いにあるのである。 

 実力が拮抗している者同士では、その小さな揺らぎが原因で決着に至る事もある為、出来得る限りの工夫を施す必要があるのだ。

 任務地と時間をリンクさせる事は、長期的な任務をこなす上において、特に今回の様な戦闘に重きを置いたケースでは必須の措置ともいえた。

 

 その為今は、艦内照明その全てが海鳴市と完璧に同調している。

 現在のアースラは、海鳴市に朝日が照らされる頃には明るみ、天気が崩れた際は雨音が聞こえる状態となっているのだ。

 

 そして、今。

 アースラの病室にある『窓』からは、柔らかな朝日が差し込み、三人の人影を包んでいた。

 

「ルイスさんすいません、安静にしていなければならないというのに」

「いやいや、大丈夫だよクロノ。むしろ時間を持て余していたくらいだからね。それで……ええと、例の黒い獣……名前を『黒獣(こくじゅう)』にしたんだっけ?」

 

 一人はクロノと呼ばれた、管理局の制服に身を包む小柄な少年。

 その話し相手は、傷だらけの体躯でベッドの上に胡坐をかく、ルイスである。

 ルイスの右手から伸びる金の手枷の先には、シュテルがいた。

 シュテルは二人の会話を邪魔しない様にと、ベッドの横にある丸椅子に座り、口を噤んでいる。

 

「はい、シュテルやルイスさんから受けた報告を鑑みるに、今後も同型の古代遺産が出現する可能性は高いと思います。名称がある方が伝達は円滑になりますからね、勝手ながら付けさせて頂きました」

  

 クロノはルイスから黒獣について文章での報告を受けてはいた。

 だが、そこに記された一文が大きな波紋を呼んでいたのだ。

 報告書には、「遺跡で出会った個体とは明らかに別の物である可能性が非常に高く、あの獣型古代遺産は分裂し増殖する能力がる」と記されていた。

 それは、レヴィをも出し抜きルイスと痛み分けをしてみせた怪物が、複数体海鳴市に存在している可能性を意味していた。 

 もちろんあくまでも可能性ではあるが、それでも最大限の警戒をするには十分過ぎる情報であはある。

 その為、ルイスの容体が落ち着く頃合いを見計らってクロノは直接聞き取りに訪れていたのだ。

 

「しかし……本当に申し訳ありません。結果的に貴方に怪我を負わせてしまいました、謝罪します」

「やー、これに関しては完全に僕のせいだからねー。気に病む必要はないよ。んじゃま、そろそろ始めよっか。この話し、かなり大事だと思うしね」

「ええ、分かりました。ありがとうございます」

 クロノはルイスとの会話を記録する為、空中にキーボードを展開する。

 今回の事件において、クロノは現場指揮を執る立場にある。その中に置いて、負傷者を出してしまった事は明確な失敗だと言えた。 

 更には、直近として一名の隊員も一時的には床に臥せていた事もあり、警戒を強化していた最中に今回の件は起きたのだ。

 クロノが歯がゆさと後悔の念に支配されるのは言うまでもなかった。

 だが、ルイスはどこ吹く風でケラケラと笑い飛ばしてみせたのだ。

 それはもちろん、クロノの心境を察した上での行為である事を、その場の全員が理解していた。

 クロノはフッと息を吐き、気持ちを切り替える。

 時空管理局執務官の顔となり、クロノは続けた。

 

「早速ですが、やはり黒獣の特性は分裂と呪詛、とみるべきでしょうか」

「んー、多分そうだろうねぇ。実際、レヴィとの戦闘中に分裂したみたいだし、僕が遺跡で遭遇したヤツも同じように増えてたよ」

 ルイスは思い出した様に、「あぁ」と言葉を漏らす。

「あとあれだ。もしかしたら各個体で特有のスキルを有しているのかもしれない」

「ほぉ……?」

「僕が遺跡で遭遇した黒獣、火属性の魔法を操っていてね。海鳴市で戦った奴はそんな気配はなかったし」

「ふむ……遺跡の黒獣が特別であったか、もしくは本当にそれぞれが何かしら固有能力を有しているのか……」

「まだ遭遇した黒獣の総数も少ないから、確証は持てないだろうけど……それぞれが独自のスキルを持っていると考えて動いた方がいいかもね」

 あくまで現状は情報の精査を行う段階であり、互いに断言を避けながらも話しを進める。

 

「そうなると、なかなかに厄介ですね。おまけに、呪詛魔法を備えている可能性が高い、と……」

「うん、十中八九そうだろうねぇ。僕の出会った個体も肥大化した爪があって、そこに呪詛が掛かっていたから」

「ああ、実はそこも確認しておきたかったんです。シュテルから聞く限りでは、普通の石化魔法と相違ないとも思えたのですが……厳密にはやはり違うんですか?」

「そうだねぇ、これはもう感覚の世界なんだけど、うーん。僕は呪詛や状態異常を付与する魔法を何度も経験しているんだけれど、黒獣のアレは完全に別物なんだよ」

 ルイスは名状しがたい感覚をどう伝えるべきかと、言葉に迷う。

 思案しながら左手を遊ばせ、その度に金の鎖が静かに揺れた。

 

「こう……なんだ、命が冷たく固まっていく感覚っていうか……石にするというより結果的に石になってしまうというか……うーん、説明は難しいんだけれど、兎に角普通の石化魔法ではないのは確かなんだ」

 ルイスは拳をギュッと握った。

「これだけは間違いない、断言する。だからヤツの攻撃を迂闊に受ける事だけは絶対にやめるべきだよ」

「ふむ……」

 容量の得ないルイスの説明であったが、それでもその言葉には妙な説得力と熱があった。

 事実、黒獣の攻撃を唯一経験しており、尚且つ呪詛の専門家がそういうのだ。これは留意すべき内容だ、とクロノは強く感じた。

 もし仮にルイスの予想が正しいのであれば、黒獣は相当に危険な相手という事になる。ただのかすり傷が致命傷に成り得るからだ。

 クロノは周りにバレない様、顔を顰めた。

 

「多分だけど、普通の解呪魔法では効力を発揮しないかも。そうなるとやっぱり、禊魔法を持つ僕が対処するべきだと思うんだ」

「それは……」

 理屈の上で言えば、ルイスの進言は正しいだろう。

 だが、今この状況においては、素直に首を縦に振る人間はおそらくいない。

 当然予想していた提案ではあったが、クロノもすぐに答える事が出来なかった。

「大丈夫、次からはもっと上手くするよ。戦う度にベッドとお友だちになっているようじゃあ、クロノも大変だろうしね」

「いえ……」

 だがクロノにとっては、正直な所この提案は受けるべきものであはった。

 そもそもが呪詛への対策としてルイスを招き入れてた経緯もあり、ここで断っては本末転倒もいい所だ。

 

「ま、確かに信頼してくれと言っても、言葉だけでは土台無理だとは思っているさ。だからね……」

 ルイスはウィンクをクロノへ投げる。

「退院次第、ディアーチェと模擬戦をしたいんだ。それを見て、最終的に判断をして欲しい。それと当然、ディアーチェには事前に打診をして承諾して貰っているから」

「……」

 落とし所としては妥当か、とクロノは内心頷いた。 

 この状況では了承を得られない事は、ルイスも理解をしている。

 だからこそ、これは一種の交渉なのだ。

 再び第一線へ立つ為には、戦線離脱という汚名を雪ぎ、信頼を勝ち得る必要があるのだ。

 

「分かりました、それでしたら問題ありません。模擬戦の手筈は僕が整えておきます」

「うん、ありがと! あ、今度は別に皆に観戦して貰っても大丈夫だからね」

「……。分かりました、そのあたりも考慮しておきます」

 指揮官が納得としたとしても、現場スタッフが懐疑的では齟齬も生まれるだろう。

 ボタンを掛け違わない為にも、一般スタッフに観戦させ力を示す必要もあった。

 ルイスの意図をクロノは理解し、許諾する。

 だがそれは同時に、万が一にも敗北したならば、余計に心証は悪くなる事も意味していた。

 勝つ自信があるのか、とクロノは訝しむも、この二人ならば無策にこの提案をしないだろうと内心で首を振る。

 

「しっかし、黒獣ってのは出鱈目もいい所だよね。あんな即死級の呪詛を維持しようと思ったなら、どれだけの魔力が必要になる事か……」

 ルイスはため息いっぱいに、やれやれと首を振って見せた。

 少しおどけた口調であり、眉間に皺の寄っていたクロノも小さく笑みを浮かべる。

 

「ええ、釈迦に説法かもしれないですが、人を死に至らしめる呪詛を常に維持するとなれば、それこそ収束魔法を撃ち続けるくらい膨大な魔力が必要でしょうね」

「うん、その通りだね。到底、普通の人間では出来得る芸当じゃあない」

「それを可能としているのは、やはり古代遺産というべきでしょうね。僕たちが及びもしない超効率的な魔力返還を有しているのか、はたまた独自の魔力素でもあるのか……」

 

 黒獣が次に現れたとして、やはりどうしてもルイスの力が必要になるだろう、とクロノは認識を新たにした。

 ある程度呪詛魔法についての対抗策を講じるつもりではあるが、今回の規格外の相手となればどこまで機能するか怪しい。

 本来、呪詛魔法はここまで戦闘に影響を与えるものではないのだ。

 せいぜいが嫌がらせを行うが関の山、といった魔法であるはずなのである。

 つまりそれは同時に、現時点でまともな対抗手段が少ないという事実も表していた。

 となれば必然、禊魔法を有するルイスが対応の筆頭候補に上がる。

 

 朝日の色が濃くなる『窓』へと目を向けながら、クロノは歯がゆさから両手に力を込めた。

 この一件は、呪詛魔法への考えを改める契機になるだろう、とクロノはこの事件の重要さを改めて感じずにはいられない。 

 

(自分の力の無さが悔やまれる。今の僕に出来る事を最大限、そして全力でやらなければ)

 クロノは内心で決意を固め、更に強く拳を握った。

 

「ありがとうございました、古代遺産は勿論、特に黒獣には最大限の警戒を行います」

「うん、ありがとうね。また現場で!」

 

 クロノは二人に会釈をし、病室を後にした。

 扉をしめた後、はたとクロノは立ち止まり、壁の向こうへといる青年へ見えぬ視線を送る。

 その瞳には、僅かな猜疑が燻っていた。

 

【side ディアーチェ】

 

「ふん、なんだ馬の骨。存外と元気そうではないか」

「あ、ディアーチェじゃないか! もしかしてわざわざお見舞いに来てくれたの?」

「はん、そんな訳がなかろうて。妙な事をくちばしった対価に眼玉を抉るぞ」

「わーい具体的で凄く怖いねその脅し文句」

 

 クロノが立ち去り暫くした後、ディアーチェが小包を片手に病室を訪れていた。

 ルイスは予想外の来訪者に驚きおどけて話すも、いつもの様に一蹴されてしまう。

 そんな中、シュテルは鼻をくんくんと鳴らし目を輝かせた。 

 

「王、この匂いはもしや……!」

「うむ、見舞いの品としてエビフライを持ってきてやったぞ。病院食にも飽きてきた頃合いかと思ってな、感謝するがいい。丁度、朝飯時だろうて」

「……!!」

 シュテルが珍しく鼻息も荒く、隣にいるルイスの袖をぐいぐいと引っ張る。

「ルイス、ルイス! 今日はとても良き日です、ディアーチェのエビフライはこの世のどんな物より美味なのですよ!」

「お、おう……。そんなに好きだったんだエビフライ」

「はい、それはもう。ルイスも絶対に気に入ると思いますよ、美味しいものは人を幸福にするものですから……!」

「……。うん、そうだねぇ」

 見た目の年齢相応にご機嫌な態度をとるシュテルに、ルイスは苦笑いを浮かべた。

 シュテルは普段より無表情で落ち着いている様に見えるが、その実コロコロと小さく表情を変えている。

 殆どの人にその変化を読み解く事は出来ず、最近になってようやっとルイスも分かり出していたのだ。

 だが、今のシュテルは誰がどう見ても「興奮している」と評すはしゃぎっぷりである。

 

「っていうか怪我してるの僕なんだけど、何故にシュテルの好物を……」

「はん、我が貴様の好物なぞ知るはずもなかろう」

「えぇえ、今は同じ家に住んでるんだからもっと興味持とうよー」

「微塵もそんな気は起きぬな、貴様はただの居候にすぎん。あぁでも、我でも知っておる事があるぞ。自身の身を憂う事のない阿呆だという事はな」

「……あはは、痛い所をつくなぁ」

「事実だろう。それ故に貴様は消毒液臭いこの部屋におるのだからな」

 ディアーチェはいつもと変わらぬ悪態を吐くも、苛々とした面持ちで頭を掻いた。

 

「……ッチ、今日はこんな事を言いに来た分けではないのだが。ええい、どうも貴様の顔を見るとムシャクシャする!」

 ディアーチェは顎を上げ、不遜に腕を組む。

 どこか意識的にポーズをつけているようであり、それは気持ちを誤魔化す為の行為であった。

「いいか馬の骨! 一度しか言わぬからしかと聞くのだぞ!!」

「え、あ、は、はい!!」

 何事かとルイスは慄き、思わず正座する。

 シュテルも普段らしからぬそわそわとしたディアーチェに、視線を注いだ。

 

「ーー我の家族を護ってくれた事、感謝する」

「…………」

 ディアーチェは、深く頭を下げた。

 予想外の行動にルイスは目を見開き、隣のシュテルは静かに微笑みを浮かべた。

 シュテルはディアーチェが義理堅く、礼節を重んじる人柄であると知っている。

 だから、ディアーチェがこの部屋に訪れた時から全てを察していたのだ。

 おそらくは、手土産も一種の言い訳なのだろう。

 この部屋にくる大義名分が欲しかったのだ。

 

「……あはは、ありがと。でも頭を上げて欲しいな、君がそんな事をする必要なんて、本当にないんだから。もとはと言えば僕が原因なわけだしさ」

 困った様にルイスは頬を掻き、事実上ディアーチェの意志をやんわりと拒絶した。

 ディアーチェは苦々しい顔で再び腕を組み、小さく舌打ちをする。

「……感謝は素直に受け取るが礼儀だと思うが」

「うん、確かにその通りなんだけど、それでも僕は受け取れないかなぁ。その資格もないしね」

「…………」

 爽やかに笑うルイスに、ディアーチェは無言で眉を上げる。

(……まぁ、この男ならばそう言うだろうと思ってはいたが。しかし、面と向かって言われると妙に腹が立つものよな。多少は受け入れる素振りでもみせれば可愛げのあるものを)

 この状況を微かに予期していたのか、妙な納得の色がディアーチェにはあった。

 気持ちを切り替える為か小さく息を吐き、ディアーチェはいつもの調子で声色を重くする。

 

「ふん、まぁよかろう。我は我の筋を通しただけだからな。それを無理強いでもしようものなら、それこそ不義理というものよ」

「うん。ディアーチェの気持ちを頂く事は出来ない。でも、それでも。ありがとう」

「全く調子の狂う。やはり我は貴様が気に食わん」

 

 ディアーチェは、拒絶される事を分かっていたがそれでも行動を起こした。

 それをするな否かでは雲泥の差があり、例え結果が分かっていたとしてもディアーチェは自分の義を通したのだ。

 だがルイスの言い分も理解出来るからこそ、拒否される方がまだ気持ちの良い反応であるとディアーチェは内心で感じていた。

 もちろんそれを口にする事はないが、何も思考せずただディアーチェの言葉を受け入れるだけよりは余程いい。

 「自分を持っている」人間を好むディアーチェにとって、実はルイスのリアクションは非常に好感の持てるものであった。

 

「……ところでシュテルよ、少し落ち着いたらどうだ」

 ディアーチェは「確認作業」を終え一息ついた所で、ガサガサと音を立てる人物を見る。

 そこには、シュテルがいそいそとエビフライが詰まった弁当箱を開封している姿があった。

「おぉ……ディアーチェ特性のタルタルソースまで……至福です……エビフライ祭りです……」

 まるで恋する少女の様に頬を赤く染め、目を輝かせていた。

 完全に一人の世界に浸っているようだ。

「ねぇディアーチェ、シュテルってエビフライを前にすると毎回こんな感じなの……?」

 くくく、と喉を鳴らしながらルイスは問う。 

 どうにも普段クールなシュテルが年端もいかぬ子供の様に浮かれた姿は、微笑ましくあったのだ。

 シュテルの初めてみせる顔に、ルイスは柔らかな笑みを浮かべた。

「まぁ、うむ。そうだな、大体いつも「こんな感じ」だ。レヴィがカレージャンキーなら、こやつはエビがそれにあたるであろうな。それにしても毎回本当に大袈裟なことよ」

 ディアーチェは間違いなく嬉しさで顔を綻ばすも、必死で我慢しているようだ。

 ルイスが近くにいるという事もあるが、ディアーチェもディアーチェで素直な感情表現は苦手なのであった。

 

「あぁ、そういえば馬の骨。一応確認だけはしておくのだがな」

 エビフライを頬張りふるふると打ち震えるシュテルを横目に、ディアーチェはルイスに向き直る。

「貴様よもや入院にかこつけて、シュテルに不貞をはたらいてはおるまいな?」

「ーー……うん!! 何もしてないよ?!」

 一瞬の間にディアーチェはピクリと反応する。

 ルイスはワザとらしい笑顔をただ顔に置くのみである。

 

「ルイス、ルイス」

 脂汗を背中にかくルイスに気付かず、シュテルはくいくいと袖を引く。 

「はい、ルイスもどうぞ」

「ん、ありがと」

 口を「あーん」と開けて、ルイスはエビフライを頬張った。

 どこまでも自然に行われるその光景に、ディアーチェは唖然と口を開ける。

 お互いに恥じらうでもなく、完全に「慣れきった行為」である事は明白であった。 

 

「ほぉほぉ。仲の良さそうな事で何よりだ。ところで、「ソレ」は毎度の行いなのかな? ん?」

 ルイスは「しまった」と発汗量を増しつつも、咀嚼途中であるエビフライが邪魔で反論を封じられる。

 一方のシュテルは、小首を傾げて何やら考え、「あぁ」と納得の声を上げた。

「はい、ルイスは利き腕に怪我を負っていますので、食事はいつも私が食べさせてあげているのです。傷はもう癒えてはいるのですが、どうにもクセが抜けていないようですね」

 額を押さえながら天井を仰ぎ、ディアーチェはその姿勢のまま続ける。

 

「……シュテルよ、不快に思っておったら正直に言うのだぞ。今すぐコイツの頭蓋を叩き割ってやる」

「いえ、むしろ楽しんでおりますので。犬を飼ったならばきっとこんな感じなのでしょうね」

「え、そういう感覚だったの?!」

 エビフライを飲み込んだルイスが、愕然としながら叫ぶ。

「ええ、食べている時のルイスは随分と可愛らしいと感じていますよ」

「え、あ、うん。そ、そっか……」

 どう反応するべきか困るルイスに、シュテルは「でも思いのほかルイスは小食ですよね」と呟きながら、

「まぁ確かに、私が食べさせられる側になった時は少々恥ずかしさもありましたが」

 ほんのりと頬を染め、俯いた。

 ディアーチェは、口角を吊り上げたまま親指で首を掻っ切るサインをルイスに送る。

「馬の骨、辞世の句くらいは許してやろうではないか」

 涼しげな口調とは裏腹に、ディアーチェは鬼と見紛う形相へと成り代わっている。

 ルイスは滝汗を流しながらシュテルの両肩をガシっと掴み、首を激しく横に振った。

 

「シュテルさんお願い誤解を解いて欲しいな! あれは君が何度も頼んでくるから仕方なくだね! だって上目遣いでせがむんだもん、流石の僕も断り切れなかっただけだよ?!」

「十四回目のアタックでようやく陥落してくれましたよね、えっへん」

「前から思ってたけど威張るポイントちょくちょくおかしいよね君!」

「はて、そんな事はないと思いますが。いえーい、ぴーすぴーす」

 シュテルはどこまでも無の表情でピースサインを作った。所作と裏腹に、その言葉からは感情を読み取る事は難しい。

「あ、でも……」

 何かを思い出したのか、シュテルはルイスへとジト目を送る。

 

「寝相が悪いのは何とかしてください。たまに抱きしめられて寝苦しいですから」

 

「ーーーーおいまて、貴様まさか」

「ちょちょちょちょ、誤解!! 誤解だから!! いやホント、一緒に寝てるのは確かだけどそういう意味じゃないからね?! 僕は一切そんなこと望んでなんかないから!!」

「む。誘ったのはルイスからだったと記憶していますが」

 頬を少し膨らませたシュテルが、感情の読み取れない瞳を揺らす。

 ディアーチェはシュテルの言葉を一字一句咀嚼し、かつてない笑顔を咲かせた。

 だが額には大きな青筋がクッキリと浮かんでいる。

 

「よぉし分かった! あい分かった!! そういえば今度模擬戦をするんだったな!! ぎったんぎったんにしてやろう!! 完膚なきまでに叩き潰す!! そして豚の肥料に変えてやろうではないか!!」

「ぬああああ誤解だぁ!! いや間違いではないんだけどさ!! シュテルも一回黙ろうか?! 火に油を注がないで欲しいな!!」

「あ、ふみまへん。エビフライがおいひふてですね」

 いつの間にか食事を再開していたシュテルが、もごもごと口を動かしていた。

 恍惚とした表情でゆっくりと味わい噛みしめるシュテルに、ルイスはベッドの上で突っ伏す形となる。

「くっそ! 呑気か!! 君そんなお茶目なキャラだっけ?!」

「よいか!! 首を洗って待っておれ!! シュテルの貞操は我が護る!!」

 

 ディアーチェは大いなる誤解をそのままに、足音も大きく病室を飛び出ていった。

「あぁぁ……模擬戦の難易度が増したよ……誤解なのに……」

 

 ルイスは頭を抱え蹲り、シュテルは四本目のエビフライに舌鼓を打っていた。

 

 

【side なのは&ユーノ】

 

「ルイスさん、大丈夫ですか?」

 なのはが心配そうにルイスの顔を覗いた。

 『窓』からは昼光が燦燦と注がれた頃、なのはとユーノが見舞いに訪れたのだ。

 

 面会が許可された昨日の夜から、入れ替わり立ち替わりで何人もの人がルイス達のもとを訪れていた。

 それは二十四時間体制で古代遺産の警戒にあたっているからであり、各自が交代する合間を縫って来訪しているのだ。

 まだ付き合いは薄いとはいえ、それを理由に病室に訪れない人物は彼らの中には誰一人としていないのである。 

 

「わざわざありがとね、もう大丈夫だよ」

「知らせを聞いた時はビックリしましたよ、でもお元気そうでよかったです。あ、お見舞いに果物を持ってきたんですが、ここに置いておきますね」

 なのはの横に立つユーノは、「お返しだ坊主」とメッセージカードが雑に張られた酒瓶の横に、果物が詰まったバスケットを置いた。

 その他にも「合法的見舞いの品」とメモ書きが添えられる合成なフラワーアレンジメントや、様々なお菓子といったお見舞いの品がある。

 どこか嬉しくなり、ユーノはフッと微笑みを浮かべた。

 

「やーありがとうね、後でいただくよー! いやはや、それにしても面目次第もございませんで」

 頭を掻くルイスの左手が揺れ、金の枷がユラユラ揺れる。

 僅かな金属音の出元をみて、ユーノは瞳を僅かに細めたた。

 

「……その手枷ですけど、解析は順調なんですか?」

 ユーノは心配そうに声色を低くした。

 ルイスは朗らかな笑みを称えてそれに返す。

「うーん、残念ながら。どうにもお手上げ見たいだねぇ。シャマル先生が色々と解析を試みてはくれているんだけれど……」

 まるで玩具を扱う様にルイスは鎖の部分を指で弾こうとするも、虚しく空をきった。

「やっぱり、物理的に触る事が出来ないっていうのが最大の難点だよねぇ……いやほんと、どうしたものか……」

「僕たちもあれから調べてみたんですが、すいません。類似する物を見つけだす事は出来ませんでした……」

「私も一緒にお手伝いしたんですけど……ごめんなさい、力になれなくて」

 

「ありゃ、二人とも調べてくれてたのか。ありがとう。んー、しっかし管理局のデーターベースをもってしても分からないとなるといよいよ困ったな」

「一応、スクライアの皆にも事情を話して何か情報は無いか調べて貰っています」

「おお! あのスクライア一族ならもしかしたら……!」

「生きた情報なら、おそらく皆が一番精通しているとは思いますので。今回の古代遺産はかなり特異な物ですし、なにかあればすぐ僕に連絡が来る様になっています。ただあまり期待はしないでくださいね」

「いあいあ、こうして動いてくれているだけでも僕は嬉しいよ」 

 ルイスはカラカラと笑い、ユーノとなのはに感謝を告げる。

 シュテルもそれにならい、どこか嬉しそうに頭を下げた。

「師匠とナノハも忙しいでしょうに、ありがとうございます」

「大変なのは二人だからね、これからも僕達に出来る事があれば何でも協力するよ!」

 ユーノはどこか自信なさげに、けれど瞳には強い光を宿し胸を張った。

「私も! ユーノ君みたいに調べ物は得意じゃないけど……がんばりますっ」

「ナノハ、師匠ありがとうございます。何か変化があればすぐにお伝えしますので」

「あ、そうだ。一応シャマル先生の検証データがあるんだけどね」

 ルイスはユーノとなのはに纏められた書類を手渡す。

「もしかしたら何かの手掛かりになるかもしれないしーー」 

 

 シャマルから口伝された情報をもとに、ルイスは二人に手枷の情報を話していく。

 その様子を横で見ていたシュテルは、突然いそいそとコップにお茶を満たし始めた。

 大体容器の半分くらいで手を止め、それをルイスへと差し出した。

 

「ーーはい、どうぞ」

「ん、ありがとー」

 何の脈絡もなく、シュテルはルイスにお茶が注がれたコップを渡した。

 ルイスはそれに驚くもなく、笑顔で受け取り美味しそうに飲み干していく。

 

「……えっと。なんか、とっても仲良しさんだね」

 なのはは驚きながらも、どこか嬉し気に微笑んだ。

 ルイスは喉が渇いた素振りを一切見せておらず、少なくとも対面していたなのはとユーノは全く気が付いていなかった。

 だがシュテルだけはルイスの気持ちを察して、お茶をだしたのだ。

 二人の関係は最早、以心伝心という表現がしっくりとくるものがあった。 

 

「そうかな、まぁ文字通りずっと一緒に生活してるしねぇ」 

「まぁ、そうですね。しかし、ルイスが何を考えているのか最近不思議と分かる時があるのです」

 シュテルは追加で二人の分もお茶を淹れながら何てことはない様にサラリと流す。

 

(仲の良い兄妹か、いやまるで夫婦みたいだ……って言ったら怒られるかな)

 ユーノは内心で苦笑しながら、チラリと横にいるなのはへ視線を投げるもすぐに外した。

 頬を少し掻き、誰にも気付かれない小さな溜息の後、ユーノは渡されたお茶を流し込んでいく。

 

 一方のなのはは、照れながらも「恋する女の子」を見守る目となっていた。

 瓜二つの顔を持つ者同士、どうしてもお互いに意識をする事は多い。

 その為、なのはは自然とシュテルと接する機会もあり、それなりに彼女を理解出来ていた。

 そんなシュテルが、自分には見せた事のない表情をルイスの横ではよくしている。

 親しい者でなければ感じ取れない些細な変化ではあるが、なのはソレを「恋」と受け取ったのだ。

 もちろん、だからと言って無遠慮なお節介をするわけでもなく、なのは内心「何かあれば一緒に悩んであげたい」という気持ちで一杯だった。

 

 最も、なのはの予想が当たっているかは、当の本人達を含め誰も正解を知る者はいない。

 

「あ、そうです。実は、つい先日新魔法を開発しまして。少々意見を頂きたい事があるのです」

「え、シュテルの新しい魔法?!」

 だが先ほどまでのしおらしさから一転、なのはは燦然と目を輝かせて身を乗り出した。

 シュテルもなのはの反応が嬉しかったのか、薄く口角を上げる。

「その名を『ヴァニシング・ルイス』と言うのですが」

「え、なにその物騒な名前」

 同じ顔の少女が姦しく話す光景を微笑ましく見ていたルイスだが、思わず声を上げる。

 その名の通り素直に訳すと、自身が消える事を意味するわけで、ある意味当然ではあった。

「まぁ無視して話しますと。直接触れている間、対象者の五感を一時的に失わせる魔法でして。主にトイレやお風呂の際に使用する目的があります」

「…………」

 押し黙るルイスの肩にユーノはポンと軽く置いた。

 首を横に振り同情の視線が向けられる。

 

「少々細かな調整が上手くいかなくてですね、助力を頂けるならば嬉しいです」

「う、うん! 私が分かる範囲でなら!」

 

 他でもないシュテルの頼みである。協力する事そのものは何もやぶさかではないが、その理由があまりにもデリケートであった。

 それでもなのはは視線を泳がせながら、ぎこちなく笑みを浮かべ了承した。

「師匠と、あとはルイスも可能ならば手伝って頂けると嬉しいのですが……」

 おずおずと提案するシュテルに、ユーノとルイスはすぐに頷きを返す。

「うん、僕は大丈夫だよ。あともう諦めたけど師匠呼びはやめてね」

「元を辿れば僕のせいですので全身全霊をもって協力する所存でごぜーます」

 

 

 その後、四人は知恵を絞りながらシュテルの新魔法の最終調整にいそしんだ。

 それぞれが扱える魔法の特性が違う事もあってか、途中から魔法戦の談義になっていったが、全員から温かな笑みが零れていた。

 

 

 不思議と居心地の良い勉強会は、その後なのはとユーノの休憩時間が終わるまで続いた。

 




サブタイにもある通り後編に続きます。
もともとは前後編わけるつもりはなかったのですが……。
次はレヴィさんやユーリさんが出てくる予定でごぜーます。レヴィさんメッチャ乙女。可愛い。
あとシュテルと毎晩添い寝とか羨まし過ぎるので代わって欲しいですね。

もしかしたら次もちょっとだけ遅れるかもですが、ご容赦下さい。

それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。
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