魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~ 作:火神はやて
猛暑と忙殺のダブルコンボで完全にまいっていました。皆様もお気を付けください……。
さて、ぼんやりとストーリーの輪郭が見えだします。
そしてある意味レヴィ回。
ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
【side レヴィ&ユーリ】
『窓』から夕陽が差し込み、病室は東雲色に染められていた。
度々訪れていた見舞客も今は落ち着き、病室には手枷で繋がれた二つの人影があるのみである。
シュテルは本に視線を落とし、その隣にいるルイスはデバイスの手入れを行っていた。
二人の間に会話はなく、けれど心地の良い静けさがそこにはある。
「やっほーー!! ルイスにシュテるんー!! 僕がきたぞーー!」
「レ、レヴィ! ノックも無しに失礼ですよ!」
だが、二人の少女の来訪により静寂は喧騒に塗り替えられる。
シュテルは薄く笑みを浮かべ、本をパタリと閉じた。
「レヴィ、ユーリ、元気そうでなによりです」
「うん! 元気いっぱいだぞー! ハッハッハ、シュテるんも僕に会えて嬉しいだろー!」
「ええ、そうですね。とても嬉しいですよ」
「へへー僕も僕もー!」
レヴィはシュテルに抱きつき、ゴロゴロと喉を鳴らす。
シュテルもまんざらではないのか、優しく目を細め優しく頭を撫でた。
「うー……」
一方のユーリは、モジモジと顔を赤らめ俯かせている。
だが一歩を踏み出せず、ただ羨ましそうにチラチラとシュテルを見るばかりである。
「おや、レヴィがリュックを背負うとは珍しいですね」
シュテルはレヴィの背に珍しい物を見つけた。
それは青空を彷彿とさせる鮮やかなリュックであり、普段はあまりレヴィが携帯しないものである。
基本的に手ぶらで気の向くまま、どこへなりとも遊びに行くのがレヴィのスタイルだ。
それこそ、どこか遠出をする時にしかこのリュックは使われた事はないのである。
レヴィはシュテルの指摘に「ハッ!」と何かを思い出したのか、ガバリと起き上がった。
「ーーあ、いっけない! 今日はルイスを元気づける為に来たんだった!」
レヴィはピョンとベッドから降り、慌ててカバンの中をガサガサと探し出した。
以前使用したまま整理されていなかったのか、リュックの中は雑然としている。
兎に角好きな物を詰め込めるだけ詰め込んでおり、それは最早おもちゃ箱と言っても遜色なかった。
「むぅ…‥あっれーおかしいなぁ……どこにいっちゃったかなぁ」
どうにもなかなか目当ての物を引き当てる事が出来ないのか、レヴィはリュックの内容物を次々に出しては並べていった。
シュテルはその光景にため息を吐くも、続いておずおずと頭を差し出すユーリに気付きよしよしと撫で始める。
眼を細め「えへへ」と頬を緩ませるユーリを、ルイスはホクホクと眺め何度も頷いた。
「あ! あったあった! よかったー、忘れたかと思っちゃった!」
レヴィは目当ての物をカバンから引き抜き、ルイスへと一直線に駆け出した。
「ルイス! はいこれ! 革命戦士ゲコクジョウ映像データの14巻! 一緒に観ようよ!!」
「うぶ、ちょ、レヴィ近い近い!」
レヴィはルイスの顔にディスクパッケージをゴリゴリと押し付ける。
興奮しているのか距離感を見誤っているようであった。
「ねーねーいいでしょー!」
「分かった分かった! だから取り合えず押し付けるの禁止!」
「わーいやったー! じゃあ早速ぅ!」
レヴィはいそいそとパッケージを開け、ディスクを映像機器に取り付けていく。
ルンルンと擬音が聞こえて来そうなレヴィに、ルイスは素朴な疑問を口にした。
「しかし、レヴィとユーリはよくこの作品を知ってたよね。だってこれ、僕が子供の頃にやってたやつだよ?」
レヴィはリモコンを弄りながらルイスへの疑問に答えを返す。
「んー、きっかけは王様だよ。結構前だけど、ミッドチルダまで仕事に行った王様が帰りに借りて来てくれたんだー」
「ははぁ、成程。魔法世界の片田舎で流れてた気もするけど、ミッドチルダならレンタルもしているかもね。でも意外だね、ディアーチェが子供向け番組が好きだなんて」
「うーん、王様は僕たちの為に借りて来たんだと思うよ。それこそちょっと前の僕らはね、今よりもっと自由が無かったし、ずーっと検査ばっかで退屈だったから」
「あぁ、成程……。君たちの事情は聞いているけれど、うん。やっぱりディアーチェは良い家長だね」
「うん、だから僕は王様大好きだよ! それに、最近は委嘱魔導師の仕事をしたらご褒美として借りて来てくれるんだー!」
マテリアルという特異な存在であるからこそ、委嘱魔導師になるまでには様々な関門が聳え立っていた。
ディアーチェは必要な事務手続きや根回しの為、局員に付き添われ各地を飛び回っていたのだ。
彼女たちの安全性と利便性を伝える為ではあったが、心無い言葉が何度もあったのは確かである。
ディアーチェはただそれに耐え、ユーリが望む「未来」を目指した。
そしてディアーチェが奮闘している間、特定魔導力の算出や「いざという時」の為にも、慎重で執拗な検査をレヴィたちは受け続けていた。
当然その間は魔力戦など出来るはずもなく、特にレヴィの苛立ちは一入であったのは想像に難くない。
だからディアーチェは無理を承知で僅かな希望を押し通したのだ。
もともとは外出や模擬戦の要望を出していたが当然却下され、行きついた先が子供向けの映像記録媒体の購入だったのだ。
当時は外部の情報を遮断する意味も込め、テレビそのものが設置されておらず、件の映像媒体もくまなく検閲が入った。
せめて気晴らしにでもなれば、とレヴィ達を想っての行動であったが、当時はそれすらも幾多の手続きを要した。
また、シュテルの為に魔法書を持ち帰れないかという話しも揉めに揉め、結局はクロノが私物を貸し与える事で落ち着いた。
クロノとシュテルが本の貸し借りをする習慣も、元を辿ればここから来ているのである。
ディアーチェには当初多くの心労が積み重なっていたはずだが、その素振りを一切見せず、ただただ奔走した。
彼女たちはディアーチェの行動を知っているからこそ、いつ終わるとも知れない長い検査に耐え続けたのだ。
「さ、準備出来たよー! 一緒に観よう! 楽しもう!!」
今こうして談笑していられるのもひとえにディアーチェの存在があったからであり、だからこそ彼女たちは王に仕える。
ようやっと掴んだ未来の端を逃さぬよう。そして誰よりもそれを望むディアーチェの為にも。
「よいしょ……っと!」
チャンネルを合わせたレヴィは、胡坐をかいていたルイスの上にポスンと腰を降ろした。
ルイスを背もたれ代わりに、レヴィは体を密着させる。
レヴィが完全に気を許している事は明白であり、それこそこれは家族に求める甘え方であった。
誰とでも仲良くなるレヴィであっても、ここまで懐くのはなかなか珍しいといえる。
一方のルイスはごくごく自然な笑みを浮かべており、兄妹だと言えば誰もが信じる光景がそこにはあった。
シュテルは「あっ」と小さく声を漏らし制止しようとしたが、その理由が思い当たらず手をこまねくだけである。
それでもどうにも収まりがつかないのか、思いついた様にレヴィへと言葉をかけた。
「…………レヴィ、その、暑くはないのですか?」
「ん? べつに平気だよー」
「し、しかしルイスにも迷惑だと思いますが」
「僕は別に大丈夫だよ、シュテル」
「そう、ですか…………」
一人落胆するシュテルであったがそれ以上何も言えず、仕方なく画面へと目を向けた。
「あ! ほらほら! 始まるよ!!」
レヴィは目をキラキラと輝かせ両手をギュッと握りこんでいた。
まるで子供そのものであるが、その無邪気さは誰しも頬が緩むというものである。
また、ユーリはいつの間にかシュテルに膝枕をされながらも、真剣な眼差しを画面に向けている。
けたたましい爆発音と共にオープニングテーマが流れ出し、おかしな鑑賞会はいよいよもってスタートした。
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「……はぁ。やっぱりこの話しは何度見てもカッコいいなぁ!」
レヴィは何故か得意気に鼻を鳴らした。
頬は緩み、感嘆がため息となって口から洩れる。
「……しかし、やはり私には登場人物の全てが狂人に見えて仕方ないのですが」
シュテルは自分以外の全員が頷きあうこの状況に戸惑いつつ、映し出される画面に再び向き合う。
そこには燃ゆる寺で高笑いする男が映し出されており、絵面だけ見るととても子供向けとは思えない。
「いやシュテル、ここから次話の展開が急転直下で最高なんだって。『ざまぁねぇぜ三日坊主』はある意味伝説回だからね」
「はぁ……そうですか……」
興味が湧かないのか、シュテルはどこか退屈そうではあるが、それでも手元の本は閉じられたままだ。
分からないなりに歩み寄ろうとはしているのか。果ては、自分だけ会話に混ざれないが故か。
いずれにせよ、シュテルは不思議と居心地が悪くないと感じている自分に驚いていた。
以前であればにべも無く読書に耽っていただろう事を思うと、自身の変化に首を傾げるばかりである。
「そういえば、ゲコクジョウってルイスが子供の時にやってたんだよね。アハハ、なんか子供のルイスって想像出来ないね」
レヴィはディスクを丁寧にパッケージも戻し、再びルイスの膝の上に座り直した。
そのまま腕を絡め、ルイスにしなだれかかる。先ほどよりも更に密着し、最早抱き合っている程であった。
だが、その様は艶やかさとはどこか違い、無邪気さだけが感じられる。
「いやいや、これでも玉の様な可愛い子だったんだから」
「自分で言う事じゃないと思うけどなーそれー」
密着している二人をチラチラとシュテルは見るも、少し頬を膨らませるしか出来ないでいた。
ユーリはそんなそわそわと落ち着かないシュテルに、驚きが含まれた視線を向ける。
微かな嫉妬がそこにはあり、そしてそれは少なくともシュテルが今まで見せた事のない感情であるのは間違いなかった。
「ねー、ルイスって昔から古代遺産ハンターになりたかったの?」
「なんだい、藪から棒に」
「んー、わっかんない。ただ何となく気になっただけー。それで、結局どうなんだよー」
「うーん、そうだねぇ。まぁ、今の暮らしは正直想像もしていなかったのは確かだよ」
眼を細め、ルイスは過去を覗き込む。
その顔には、微かな寂寞があった。
「……本当に子供の頃だけれど、僕はパン屋さんになるのが夢だったんだ」
「え、以外だなー。ルイスって結構味音痴だしさー」
「む、そんな事無いと思うけどな」
「えー? だって、シャマルの料理も美味しいって食べちゃうじゃん。それに正直、ルイスの料理ってあんま美味しくないし」
「は、はっきり言うね君……」
否定して欲しさに、ルイスはシュテルへと向き直るも、首を横に振られてしまう。
「確かに、ルイスとは料理当番の時一緒に作っていますが……その、味付けは壊滅的ですよね」
「えぇ……シュテルまで酷いなぁ……」
次いでユーリとも目が合うルイスであったが、気まずそうに目線を逸らされてしまう。
ユーリからも望んだ反応を得られず、ルイスはガックリとうなだれる。
「まぁ……ですが、不思議と調理そのものの腕はあるというか……三枚おろしも出来ますし。その辺りどうにもちぐはぐですよね」
シュテルは精一杯のフォローと共に、かねてからの疑問を口にした。
ルイスはそれこそ、塩と砂糖を間違えるベタな失敗すらしでかす事もあった。
だが、料理の手順や手さばきは素人のものとは思えず、味付け以外はディアーチェと遜色が無いのだ。
基本以上の事が出来ているが、その実、味には無頓着。
ここまで極端に料理の技能に差が出るなど、少なくともシュテルにとっては理解が出来ない事柄であった。
「んま、確かに僕の味の好みは特殊だというのは認めるけれどもねぇ。それにパン屋は昔の夢だから、今はもう諦めてるさ。良くある話で、子供の時に食べたパンに感動して漠然と僕も作ってみたいと思ったでだけでね」
「ねーそれってどんなパンなの? 青い?」
「アハハ、青くはないよ。雪みたいな白色さ」
ルイスは遠くを見据え、瞳に映らぬどこかの風景を心に灯した。
「そのパンは僕の故郷でしか採れない特別な木の実を使っていてね。少なくとも僕は、あれ以上に美味しいパンを知らないねぇ。あと名誉の為に言うと、特産品だったから僕以外の人も美味しいって言ってたからね」
味音痴だと散々言われた後での話題故、ルイスは少し不貞腐れながらも解説をした。
レヴィも申し訳なさそうにしていたが、それ以上に無邪気にはしゃぐ。
「へー! 僕もそれ食べたい! ね、ね! ルイスそれって作れる?!」
ルイスの腕をぐいぐいと引っ張るレヴィに、シュテルは微笑みとため息を同時に吐いた。
「レヴィ、あまり無茶を言うものではありません。リコの実がこの世界にあるはずもありませんし」
「ーー……なんだって?」
シュテルの何気ない言葉にルイスは驚きを隠す事も出来ず、ポカンと大口を開けていた。
普段見せる事のないルイスの表情に、シュテルは訝しみ首を傾げる。
「……ルイス?」
「いや、今シュテルなんて言った?」
「……ですから、リコの実は地球に無いですし作れはしない、と」
「……………………」
ルイスは一瞬息を止め、顔を顰めた。
誰にも気付かれない様に視線を金の手枷へと移し、ゴクリとつばを飲む。
だがすぐに表情をいつもと同じ笑顔をに変えた。
何事もなかった様に、ルイスはレヴィの頭を優しく撫でる。
「いや、うん。確かに、シュテルの言う通り食材が無いとどうしようもないか……。ゴメンね、レヴィ」
「むぅ……じゃあ今度、ルイスの故郷に一緒に行って食べようよ! 約束だからなー!!」
「アハハ、うん、そうだね。機会があれば、ね……」
ルイスに撫でられている事もあってか、レヴィはご機嫌だ。
ルンルンと鼻歌交じりに体を揺らし、まるで遠足前の子供そのものである。
「あ、それでそれで。そのパンってどん味? 甘い? 甘いと僕はとっても嬉しいぞ!」
「レヴィは甘いの好きだものねぇ。それで、えぇっと、味か。えーっと。そうだね、んと、あれ……」
ルイスは視線を天井へと伸ばす。
まるで何かを探すように、確かな迷いがそこにはあった。
「あぁ、うん、そうだ。とっても甘いパンなんだ。でもリコの実はちょっと塩っ気があって、それがまた絶妙に合うんだよ」
「おお……! うん、甘い物と青い物に悪いヤツはないからな! きっと美味いに違いない! ユーリもシュテルも一緒にルイスの故郷に行こうね!」
「は、はいっ。私も食べてみたいです」
「ええ、是非。ディアーチェも何だかんだ言って来てくれるでしょうし」
ふっと和やかな空気が流れ、誰とも知れず笑みがこぼれた。
レヴィは立ち上がり、『窓』から洩れる星の光を視界にいれる。
すでに陽は傾いていた。
「あ、そうだ。それかさ、この事件が解決したら海鳴市でパン屋を開いちゃえば? 大丈夫、僕が味見役になるからさ!」
ドン、と胸を張りレヴィは手足をパタパタと動かした。
妙案だ、とホクホクと顔を綻ばせ上機嫌だ。
「あー、うーん、そうだね。ハハハ、まぁそれもいいかもねぇ」
「む……冗談だと思ってるなー? 僕、結構本気で言ってるんだぞ。ちゃんと考えてよ」
「いやはや、まぁそういうのもアリだとは思ってるよ、うん」
「嘘だ、絶対真剣に聞いてないでしょ!」
「レ、レヴィ、無茶を言ったら駄目ですよ。ルイスさん困っちゃってます」
ユーリが慌てて止めに入るも、レヴィは提案を取り合って貰えずに口を尖らせたままだ。
ルイスは眉根を下げ、「うーん」と頬を掻く。
「ありがとユーリ。でも、レヴィも急にどうしたの?」
もとよりレヴィは直情的な所はあり、思い付きのまま突っ走る事もしばしばあった。
だが、どうにも今回は様子がおかしい。
落ち込み方がいつもと明らかに違い、最早落胆と表現できる程であった。
「……だって」
不満と哀傷を双眸に浮かべながら。
「この事件が解決したら、ルイスはどっか行っちゃうんでしょ?」
レヴィは何かを希う様に、グッとルイスを見据えた。
ルイスは質問の意図する所を理解するからこそ、苦笑を浮かべる。
「あー……まぁ、そりゃ当然そうなるけども……」
「僕はそれが嫌なの!! もっとルイスと一緒にいたいの!!」
殆ど怒鳴る様にレヴィは吠えた。
自分との温度差に苛立った事もあるが、本人から直接言葉にされるとより現実味が増した事も大きい。
感情をせき止める事が出来ず、そのままに吐き出したのだ。
パン屋を勧めたのも、結局はいずれ居なくなるルイスを繋ぎとめたかったからだろう。
「……気持ちは嬉しいけれど。いやはや、またえらく懐かれたものだね」
レヴィを動かす原動力がわからず、ただただルイスは困惑する。
一緒の空間で生活をしていたとはいえ、何がどうしてここまで思われるのか、どうにも解せないといった風だ。
「……だって僕、最近変なんだ」
レヴィは首を傾げるも、どこかその頬は赤く染まっている。
「遊んでる時も、仕事中も、夢の中も、カレーを食べている時でさえ、ルイスの事ばかり考えちゃう」
胸の高鳴りの意味も分からず、レヴィは居心地が悪いのか身を捩った。
「だから、居なくなって欲しくない。ずっと一緒に遊んでいたいって思っちゃうんだ」
「レヴィ、貴女……」
シュテルはあっけにとられポカンと口を開けた。
一方のユーリはまだよく分かっていないのか、ただ疑問符を浮かべるだけである。
それは、恋というにはまだ幼い、淡いだけの感情。
おそらくは、黒獣から助けられた時の興味関心が昇華しただけの拙いものだろう。
だがそれでも、レヴィにとっては本物である事は間違いがなかった。
だが、外見も中身もまだ未成熟なレヴィにとって、その感情はまだ理解の外にある。
(……?)
胸をチクリとした痛みが刺し、シュテルはその意味が分からず困惑する。
(なんでしょう、この気持ちは……)
レヴィの無自覚な告白に、シュテルはいまだかつて抱いた事のない胸のざわつきを覚えていた。
勿論、恋愛感情というものをシュテルは知識として知っている。
全ては本から得たものだが、人の心にそういった機能があるのだと理解はある。
だが、実際にシュテルが対面したのはこれが初めてであり、むしろ胸中には戸惑いしか浮かんでこなかった。
(……何故、私はこんなにもショックを受けているのですか?)
自問自答するも答えが出ず、シュテルの心はモヤモヤと影を帯びていく。
シュテルは、本来なら喜ぶべき家族の成長を素直に喜べないでいる自分が、どうにも信じられない様子でった。
他人の感情の機微には聡く、けれど自身の事となるとシュテルは途端に鈍くなる所がある。
チリチリとした嫉妬と焦りの正体に気づかぬまま、静かな狼狽をシュテルは続けるしか出来ない。
当事者の悉くに自覚はないが、ルイスだけは何かを察し、どこか悲しそうに眉根を下げた。
「……気持ちはありがたいけれど、僕にも成し遂げなくちゃいけない事があるんだ。だから、この事件の決着が付き次第、僕はいくよ」
ルイスの口調は先ほどと違い、明らかに真面目なそれとなっていた。
その言葉には嘘偽りが無いのだと分かる。
「………………」
レヴィは押し黙り、視線を床に落とした。
誰からも見えぬその顔には、悔しさがありありと滲んでいる。
鑑賞会の時とは打って変わり、居心地の悪い静寂がその場を支配した。
「……ねぇ」
その沈黙を崩したのもまた、レヴィであった。
「ルイスは、何で戦っているの?」
顔は上げぬまま、声を下に落としながら。
「そんなに傷だらけになってまで、何をしようとしているの?」
「……」
唐突に放たれた、最早詰問とでもいうべき問い。
ユーリはレヴィの言う意味が全く分からず、押し黙るしか出来ない。
だがシュテルはレヴィの問いに得心したのか、静観の構えとなっていた。
シュテルはレヴィと同じく、ただルイスの言葉をじっと待つ。
そこにあるのは、「希望」と「怯え」の色であった。
「……さてまぁ、そんなに大した理由なんかじゃあないさ」
ルイスがはぐらかしているのは明らかだった。
肩を竦め、無言で「事情を話す気はない」と意志を発する。
だが、レヴィは気にも留めずに話しを続けた。
「昔の僕とルイスはよく似てるんだ。だから、分かる事もある」
悲しそうに、首を傾げた。
「ルイスは、きっと死ぬ為に戦っているんだよね」
「……」
シン、と空気が張り詰める。
レヴィはベッドを降り、『窓』へと視線を向けた。
囁く星を眺め、レヴィは言う。
「目的の為なら、簡単に命を差し出せる。でもそれは命の価値が分からないからじゃあ決して無い」
レヴィは、ただ無言で笑みを浮かべるルイスへと向き直る。
「むしろその逆。命の重さを理解しているからこそ、それよりもっと大切な事があるって分かるんだよね。だからこそ、自分の命をぞんざいに扱えるんだ」
レヴィは包帯に包まれたルイスの手に、右手を重ねた。
「……でもさ。ルイスはこの手で、何が出来るの?」
痛々しく壊れたそこを、愛おしく、まるでガラス細工を触る様に。
「この手で、何を掴もうとしているの?」
慈しむ様に、優しく、そっと撫ぜた。
「昔の僕はね、大切な事を成す為に、その為だけに戦い続けた」
レヴィは、ユーリへとどこまでも優しく微笑みを浮かべた。
ユーリは申し訳なさそうに、けれど嬉しさも滲ませ、曖昧に頬を緩める。
「でも、ダメだった。当時の僕は何も出来なかった。ただただ、目の前の敵をブッ飛ばすだけで、何も掴めなかったよ」
目を弓に細めるルイスへと、尚眼光を鋭くしレヴィは言う。
「だから、ハッキリ言うね」
一度息を吸い、口を開ける。
「ルイス、このままじゃ君は何も果たせない。何も出来ずに終わってしまう。同じ道を辿って失敗した僕が言うんだ、間違いないよ」
ルイスはそれでも何も語る事はないだろう。
きっと、いつもと同じ笑顔を浮かべるだけだろう、とレヴィは分かっていた。
だが、それでも言わずにはいられない。
(ーーきっと、あの黒獣ってヤツが『理由』なんだよね)
レヴィはルイスの「目的」に薄々感づいていた。
勿論、具体的な事情は分からないが、何かを「取り戻そう」としている事は強く感じていた。
まさに過去の自分が辿った道をそのまま行くように。
だから、どうしても見過ごす事が出来なかった。
お気に入りの青年が突き進む未来の先に待ち受ける物を、レヴィは見てきたのだから。
「……ッ」
ギリ、とレヴィは歯を軋めた。
言葉とは裏腹に、レヴィは心の内から湧き上がる羨望の念を必死に押さえる。
ルイスの有り様は、レヴィがかつて捨てた『強さ』そのもの。
いつの日か自分が切り捨てた強さを見せ付けられ、心が掻きむしられた。
それは懐かしくもあり、また甘美な匂いがある。
だが、その気持ちは決して抱いてはいけないものでもあった。
これから皆で歩んでいこうと誓った時間をーー
殺したはずの自分自身をーー
その全てを、否定する事になる。
生き方を変えようとも、レヴィが「力のマテリアル」である事に変わりはない。
彼女が闘いに興じる度、マテリアルとしての本質が本能となり内側から叫び続けた。
赴くままに壊し、殺し、奪い、果てに自身を塵にしろ、と。
けれど、それではダメなのだ。
そんなものは、みなが悲しむ未来でしかないのだ。
けれど彼には、何も無いというのだろうか。
その在り方を憂う誰かが、本当にいないとでも思っているのだろうか。
(だから、ルイスの居場所はそこじゃない。あっていいはずがない)
焦がれてしまったこの高鳴りを。
羨ましいと感じたこの眼差しを。
本当の心を押さえつけてでも、レヴィは護りたいものがある。
それは、外れた道程の先にあった、想像を超える幸福だ。
本当に些細なきっかけで勝ち得た、失いたくない「今」だ。
それ故にレヴィは、ルイスの有り様を憂う。
彼を思うからこそ、その生き方が歯痒くて仕方がない。
「ーーだから」
ふっと、レヴィは自分と同じ顔を持つ、金髪の少女が浮かんだ。
真っ向からぶつかり、打ち破られ、そして手を差し伸べてくれた存在。
優しく気高い、大好きなオリジナルの少女。
--今度は、僕が。
「ルイスの夢は僕の夢だ。だから、一緒に叶えたい」
レヴィは手を伸ばした。
僅かに震える指を必死に隠し、すがる様に。
「…………」
だが、ルイスはただ微笑みを浮かべるばかりで握り返す事はしない。
それでも思う所はあったのか、その笑顔は少し歪みを見せていた。
真正面からぶつかってくれた少女に、どこか感謝の念を抱きながら。
「……レヴィは、本当に優しい子だね」
ぽつりぽつりと、口を開く。
「僕はね、どうしても取り戻したい物があるんだ。その為なら、僕は何だってやるんだろうね」
くっと腕に力がこもり、金の鎖が僅かに揺れる。
「……だから、あぁ。気持ちはう嬉しいのだけど、これは僕自身が成すべき事だから」
「ーーうん、ルイスならそう言うと思った。でもね、やっぱり一人より皆の方が楽しいよ」
ルイスは、自分の言動が冷酷そのものだと自覚はある。
それだというのに、目の前の少女は屈託のない笑顔を向け続けていた。
それは、信頼と慈しみからくる行動であり、完全なる好意そのものだ。
「……分かった。少し考えさせてくれないかな」
ふっと、ルイスの頬は自然な笑みに崩れ、迷いながらもそう答えを返していた。
言葉を出し切った後に、ルイス自身が驚きに固まっている。
「うん! 僕待ってるから!」
レヴィは、終ぞ結ばれなかった右手を引いた。
一抹の寂しがあるも、どこか納得した様子である。
完全な拒絶ではなく、ほんの少し歩み寄ってくれたのだと感じたからだろうか。
「ーーあ、ヤバ! もうこんな時間か!」
レヴィはハッと壁時計に目をやり、残念そうに口を尖らせる。
その声はどこか穏やかで、充足感に満たされていた。
「さて、僕らはそろそろ帰るよ。あんまり遅くなると王様も心配するだろうし」
「ーーレヴィ」
リュックを背負い直すレヴィに、ルイスは慌てて声をかけた。
「ん、なーに?」
「……」
だが言葉が続かず、彷徨う様に拳をどこまでも強く握りしめた。
「……いや、何でもない。気を付けて帰るんだよ」
「うん! それじゃあまたねー! いこ、ユーリ!」
「は、はい! それでは、お邪魔しました!」
レヴィとユーリがバタバタと退出し、病室には再び沈黙が訪れた。
『窓』から零れる星光と月光が二人を照らし、その影は重ならずに別れたままだ。
「…………」
「…………」
シュテルとルイスは言葉もなく、交わらぬ視線を宙に燻らすのみであった。
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「……レヴィ、どうしてあんな事を?」
病院を出てすぐの道程で、ユーリはそう声をかけずにはいられなかった。
戸惑いに塗れたその声色は、僅かに震えている。
先ほどの話しは、明らかにルイスの心の奥底へ土足で踏み込む行為ではあった。
レヴィは確かに子供染みた気質はあれど、善悪の判断は間違えはしない。
ユーリはレヴィの行動にどの様な意味があったのか、聞かずにはいられなかった。
「だって……」
レヴィは、空を見上げる。
燦然と、星の瞬きがそこにはあった。
「だって、僕はルイスに笑って欲しいんだ」
「……?」
レヴィの言葉の意味が分からず、ユーリは怪訝そうに小首を傾げた。
「ルイスさん、いつも笑ってません? お家で一緒にご飯を食べる時も、ゲコクジョウを見る時も……ニコニコ笑っています、けど……」
「…………」
レヴィは立ち止まり、ユーリへと向き直った。
きょとんとした表情を浮かべ、レヴィは言う。
「ルイスが笑っている所なんて、僕は一度もみた事ないよ?」
「え……?」
ユーリは、驚きから固まってしまう。
言葉の意味は理解できるが、上手く咀嚼されない。
なぜならユーリにとってルイスは、誰よりも一番多く、そして明るく笑みを浮かべる存在であったからだ。
笑顔以外の表情を、一度も見た事が無い程に、彼はいつも笑みを湛えていたのだから。
「ルイス、いっつも苦しそう。笑っているようで、全然笑ってない」
レヴィは思う。
普段から「不動の笑顔」を浮かべる青年の姿を。
彼はどんな時であれ、絶えず笑顔を浮かべていた。
それこそどんな状況であれ、その笑顔は決して崩れる事が無い。
それこそ、まるで能面の笑尉の様に。
表情が変わらぬ事を無表情だというのであれば。
常に笑顔を張り付ける彼もまた、ソレと同義であると言えた。
レヴィは、それこそ出会った時より何となくルイスの「深み」を察していた。
理解した上で尚、彼女は躊躇わずにそこに潜ろうとしている。
その理由は単純で明快だ。
彼の「素顔」がみたい。
ただ、それだけの為に。
本当に、彼女の望みはささやかな物であった。
「ーーだから」
自分の行いがどういう意味を持つか分かっていても尚、レヴィは止まらない。
否、だからこそ前へと進む。
「僕は決めたんだ、ルイスに心の底から笑って貰うって」
レヴィはそこで口を噤み、拳を握りしめる。
「その為になら、僕はもう一度ーー」
その瞳には、確かな決意の灯がある。
覚悟を決めた少女が、そこにはいた。
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【side シュテル】
「……レヴィに言われた事、気にしているのですか?」
いつになく静かなルイスへと、シュテルは柔らかく声をかける。
どう考えてもレヴィとのやり取りが要因であるのは明白だ。
となれば、このまま触れずにいるわけにはいかなかった。
「……あはは、まぁ流石に思う所はあるかなぁ。効いたなぁ、アレは」
「彼女を責めないで下さい、悪気があった訳ではないのです」
「大丈夫、むしろレヴィの言葉は正論だと思ってるから。だからこそ突き刺さるんだよねぇ……」
「そうですか。なら、良かったです」
「えぇ? どゆこと?」
「私も正直、レヴィに同意する所が無いわけではないですよ? ですが、痛みを感じるのであれば、まだ貴方に言葉が届くのでしょう」
「……。あー、もしかして全部お見通し?」
「いえ、流石にそこまでは。ですが、こう見えても私は貴方よりずっと年上なので」
「ま、確かにそう思える時が何度かあったよ。見た目は子供だけれど、時々シュテルはお姉さんみたいに思えるし」
「ええ。だからこそ分かっているつもりですよ。貴方が何かを隠しているという事は」
「……それでも、何も聞かないんだね」
「はい。いずれ貴方はきっと全てを話してくれるのだと、信じていますから。けれど、やはり悲しくはあります」
シュテルはふっと息を吐く。
今までずっとルイスに聞くべきか迷っていたシュテルであったが、レヴィの行動がその背を押す形となった。
その事に感謝をしつつ、同時に小さな嫉妬心が芽生えている事にシュテルは恥じる。
うだつが上がらない自分より、先んじて行動したレヴィに、どうして妬く事が出来ようか。
(ーーおそらくは、「黒獣」と貴方の間には浅はかならぬ『何か』があるのでしょう。ヤツと戦っていた時の貴方は、酷く愉しそうでしたから。そして、レヴィもきっとそれには気が付いているのでしょうね)
憎悪と愉悦。
相反する感情は、しかし根本は同一なのだろう。
心の内より湧き上がる情動はいずれ小さくなり、後は頭が理解するだけとなる。
怒りから始まった激情は長い時間をかけて変質し、理性の檻に囚われる。
鮮度を失った怒気は沈殿し、拭えぬ泥となり体を淀ませていくのだ。
そしてその汚れを取り払うには、根源たる要因を払拭する他にはない。
となれば、ソレをぶつけるべき相手との出会いそのものが希望となり、快然へと至るのだ。
ルイスは黒獣を追ってこの町に来たのではないか、とそうシュテルは考えていた。
自分や管理局を欺いているのだろう、と疑念もある。
だが、何も語らぬだけの理由もまたあるのだろうと、シュテルはそう感じていた。
理論や理性とはかけ離れた、希望的観測。それは、今までのシュテルならばあり得ない解釈。
シュテルは自身の結論に激しい違和感を覚えつつも、それでも感情に従い、頷いた。
「私は、思うのです。貴方は何かを後悔している、と。懸命に、一人で何かと戦っているのだと」
「……」
ルイスは押し黙り、シュテルから目を逸らした。
そこには、笑顔がある。
どこか、ひび割れた笑顔がある。
(……もしかしたら、貴方がこの町にやってきた事も。そして、この手枷すら貴方の計画の内なのかもしれませんね)
突然の出合いに初めは戸惑い、嫌悪すら抱いた事もあった。
だが、今ではその真逆の感情ばかりが募っていく。
(もし私の推測が正しく、この事件と貴方に深い関わりがあるのだとしたらーー)
委嘱魔導師として、裁くべき立場にシュテルはある。
頭では職責を全うすべきなのだと理解出来る。
(ーーですが)
意志を強く、シュテルは思う。
決して揺らぐ事の無い、確かな胸懐がそこにはある。
(例え事情を話してくれないのだとしても、それでも私は貴方の味方となりましょう)
だから、それを言葉とする。
言わねばならないと直感が囁く。
「これだけはルイスに伝えたいのです」
シュテルはルイスの頬にそっと手を添え、視線を無理やりに交えさせた。
「私は……私は、どんな時でも貴方の味方です。そしてこの先何があろうと、貴方の傍にいると約束します。ですからどうか……」
横道に逸れ、おそらくは破滅へと突き進む少年の隣に、それでもシュテルは立ちたいと感じた。
救おうなどと大それた事ではなく。
ただ、そこが自分の居場所であるとでも言わんばかりに。
「…………」
満月に近づく月の光が、ふっと二人を照らしていた。
「…………」
ルイスは、終ぞシュテルの言葉に応える事が出来なかった。
夜は、更けていく。
【side ルイス】
シュテルの静かな寝息をその耳で受け止めながら、ルイスはゆっくりと起き上がった。
『窓』から見える映像は、夜の闇に溶ける海鳴市だ。
その空には、満月に近づきつつある大きな明かりがある。
「ーーもうすぐ、もうすぐだ。やっと、奴らの息の根を止められる。あぁ、これできっと皆を……」
ルイスは、薄く伸ばした双眸で、それを見る。
どこまでも柔和な、慈しむ様な笑みに顔を歪め、呟いた。
「フィリア……」
少女と思しき名を口から零し、ルイスはただ鮮烈に笑う。
「……」
キュッと、シュテルがルイスの手を握った。
起きる気配は無く、どうやらまだ夢の中だ。
ルイスはシュテルの髪を撫でようとするも、寸前でその手を止めた。
まるで、触れる事を禁じられているかの様に。
「君たちの気持ちは、嬉しい。うん、そうだ。久方ぶりにこんな気持ちになれた気がするよ」
自分の掌を、ただじっと見つめる。
「あぁ、でも駄目だ。もう、僕はそこには戻れない」
自嘲気味に笑みを浮かべ、ルイスは言う。
「……残されるのは、もうたくさんなんだ」
独白は誰の耳に届く事もなく、夜の気配に溶けて消えていった。
思えば「謎」ばかりを撒いて明確な解答を一つも用意していないとも思いつつ。
ルイスの思惑や金の手枷、メディカルチェックに0話の内容エトセトラ。
察しのいい人には全て見破られているのだろうな、とは思いますが、いつかきちんと明示はするので少々お待ちいただければ。
次回、王様が暴れまわります。
それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。