魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~   作:火神はやて

16 / 19
前後編にわけるつもりがまさかの中編突入です。
頑張れシュテるん負けるなルイス。

ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。



第15話 決着と告白とファーストキス(中編)※挿絵あり

「ね、ねぇクロノ君……移動しながら砲撃なんて出来るの……?」

 VIP観戦室の一室で、なのは隣に座るクロノへ困惑の視線を向けた。

 はやてもポカンと口を開け、小さく「えぇ……?」と疑問を言葉にしている。

 

 まだ魔法と出会い日の浅い二人は「そもそも可能なのか」という疑問。

 それ以外の魔法を熟知する者は「あり得ない挙動」に眉をひそめる状態だ。

 クロノも目の前で起こる不可解な戦闘に、一魔導師として肌が泡立つのを自覚する。

 

「……通常であれば、不可能だ。君たちだってそれはよく分かっているはずだ」

「う、うん……でもだったらどうして……?」

「考えられるとすれば、やはりーー」

 クロノは、模擬戦中とは思えない微笑みを浮かべる青年を、見る。

「まず間違いなく、ルイスさんの稀少技能だろう」

 クロノの回答に、はやてはどこか腑に落ちないのか口を尖らせる。 

「ルイスさんの稀少技能……禊魔法言うんやんね。確か、あらゆる事象からの干渉を打ち消す魔法やった思うけど……でも、資料を読んだ限りやと、効果範囲は自分だけとちゃうん?」

「ああ、それは間違いない。第三者に禊魔法を行使する事は出来ない……が、恐らく、ルイスさんがシュテルのデバイスに触れているのがミソだ」

 クロノは記録映像を砲撃の瞬間まで巻き戻す。

 

 そこには、砲火を上げるその瞬間、シュテルの代わりにルシフェリオンを握るルイスの姿が映っていた。

 魔術コマンドの詠唱が完了したと同時、コンマ一秒のズレも無く、シュテルはデバイスをルイスへと受け渡していたのだ。 

 確かに、衝撃を受ける主体がルイスとなる事で、強大な反動は全て受け流す事が出来る。

 逆にシュテルはデバイスに僅かに触れ、魔力の供給と調整を行うだけでいい。そして照射が終わると、またルイスからルシフェリオンを受け取る流れだ。

 ルイスが支え、シュテル維持する。まさに完璧なコンビネーション。寸分の狂いもなく、攻撃中にデバイスのバトンを行ったのだ。

 一歩間違えれば魔法が暴発しかねない、危険な行為である事は間違いない。

 それを平然と行えるなど、一体どれほどの信頼関係があるというのか。 

 

「禊魔法は自身へ加わるあらゆる事象を排除する魔法だ。つまり、本来あるべき衝撃を不要な物として祓った、という事だろう」

 クロノは続ける。

「通常は砲撃主であるシュテルが負うべき負荷だ。けれど、魔法が成立し、後は魔力を流すだけとなった絶妙なタイミングでルイスさんがデバイスを代わりに支える。そしてその負荷を祓った……」

 

「なるほど…‥そういう事かぁ。せやから、砲撃魔法特有の硬直が無くなった言うわけなんや。いやでも何ていうか、メッチャ綱渡りやな……」

 クロノの言葉をはやてがリレーし、首を縦に振る。

「せやけど、笑えるくらい息ピッタリやね。わたし、どんだけ練習してもあんな芸当出来る気せーへんで」

「……全くだな、何から何まで無茶苦茶だ。だが、事実それをやってのけているあの二人、相当に修練を積んだのか、果ては……」

 クロノとはやては思わず苦笑していた。

 仮にも魔法に携わる者として、最早サーカスとでも評すべき二人の行いに、ただ関心するばかりである。

  

「んー、けどあの二人って今は念話を使えないんよね? それでよーあそこまで連携とれるわ、心が通じ合っとるみたいで妬けてまうな」

「まぁ、確かに念話を用いていないのは驚異的だな。だけれど、そうだな。シュテルの足を見てみるといい」

「……んん?」

 はやては映像データを、デバイスの譲渡が行われる直前まで巻き戻す。

「……なんや、シュテルがルイスさんを思いっきり蹴っとるな。そういう趣味なんか?」

「君の冗談は笑っていいのか毎度困るな。それで、まぁ手信号……というより、足信号とでも言えばいいのか。おそらく、シュテルが蹴る角度や強さによって、ルイスさんは進行方向や取るべき行動を決めているんだろう」

 ディアーチェがルイスを馬の骨と呼んではいるが、文字通り手綱を握っている状態だな、とクロノは思う。

 しかし、それだけで完璧にコミュニケーションを取れているこの状況は圧巻と言うべきものだ。

 いくら親しい間柄でも、同じ様な芸当が果たして出来る者がどれだけいるか。

 

「ははぁ……驚かされてばかりやな。後学の為にもよー見とかなあかんなぁ」

「ああ、実際ここまでの連携はそうそう見られるものじゃないからね」

 

 解説を聞き終え、再び観戦に集中し始めたなのは達の隣で、クロノは思考にふける。

 言葉にすれば何てことは無い単純明快な戦術だ。

 だが、その難易度はさる事ながら、「移動しながらの砲撃」とは、現代の魔法戦を根底から覆す行いであった。

 まだまだ実戦経験の少ないなのはとはやては理解出来ていない所もあるが、後方で腕を組み観戦するシグナムの表情は険しい。

 ルイス達が行った意味合いに気付いているのだ。実際、観客席の半数以上が応援も忘れ口を半開きにしていた。

 彼らもよく理解出来ているのだ。

 二人の行いが齎す可能性の大きさと、そしてその脅威を。

 

 ミッドチルダ式魔法を大きく分類すると、射撃、砲撃、打撃(斬撃)、魔力斬撃、遠隔発生、広域攻撃の六つに分類出来る。

 この中において、砲撃と広域の魔法は基本的にその威力は群を抜いて高い。

 そしてそれは同時に、術の前後で非常に大きな隙が生じるという事でもある。

 

 つまりは、砲撃特化の魔導師にとって、「如何にして砲撃を当てるのか」が最重要課題なのである。

 当たればそれは勝利に直結するが、策が無ければ掠りもしない。

 だからこそバインドという魔法が生み出され、足止めの役割として射撃魔法に数多くのバリエーションがあるのだ。

 豊富な射撃魔法や、いくつものバインドを駆使する者がいたりと、砲撃主体の魔導師のスタイルは様々だ。だが、結局その全てが「一撃必殺の魔法を当てる」事に帰結する。

 ある意味で彼らは、「相手の動きを止める」スペシャリストとも言えるのだ。

 

 威力の落ちる魔法程、溜めの時間も挙動も少ない。

 威力の高い魔法程、その代償として多大な魔力と隙が生じる。 

 兎にも角にもこれが基本であり、魔法戦における絶対的な定めなのだ。

 

 だが、禊魔法の恩恵を受けたシュテルは、その枷から完全に解き放たれた。

 シュテルは高町なのはを元としたマテリアルである。

 当然、その魔法の殆どが射撃と砲撃だ。

 良くも悪くも、大威力の魔力砲をタクティクスの根本に据えて行動する。

 

 そんな生粋の砲撃魔導師が、欠点を完璧に無くし利点のみを極限まで高めたならどうなるか。

 それは、想像するに容易いというものだ。

 

 今のシュテルはまるで、対艦砲を担いで歩く砲兵だ。

 みなが立ち止まり砲を放つその中で、ただ一人立ち止まる事も無く、どこまでも優位に火を噴き続けるのだ。

 魔法の制約や距離での優劣は、今のシュテル達を前にすれば全て過去の物である。

 どこからでも、どのタイミングであっても。

 当たれば確実に墜とされるだけの炎が、常に牙を剥くのである。

 最早、出鱈目もいい所だ。

 今の彼らは、事実上射撃戦で無敵の存在だと言っていい。

 

 そして何より、ディアーチェが追い立てられる要因はもう一つ存在していた。

 それは、「現代の魔法戦の在り方」だ。

 

 魔導師が編隊を組んでぶつかり合うは過去のもので、現在の戦闘は主に艦隊決戦で雌雄を決すが常である。

 艦隊戦での敗北は同時に、軌道爆撃の始まりを意味している。

 遥か「空」からの絨毯爆撃は根こそぎ地上を薙ぎ払い、決定的な決着へと繋がるのだ。

 

 詰まる所、艦隊戦の勝敗が争いの全てであり、最早個人レベルで銃火器を持つ時代は廃れて久しい。

 それ故に、現在のミッドチルダでは質量兵器の全廃を掲げられ、またそれを完遂しているのだ。

 赤子や老人がボタン一つで世界を滅ぼせる質量兵器を悪とし、「クリーンな兵器」である魔法を導入する。 

 勿論、質量兵器の保持を許可される例外も存在するが、管理世界においては旧世代の武器は何一つ残されていない。

 これが達成できた要因も、やはりは艦隊戦が主戦場に移り変わったからに他ならない。 

 

 だがそれでも、どうしても戦略的に艦隊を派遣出来ないケースは存在する。

 例えば、観察対象である管理外世界上での戦闘行為。もしくは、灰にするわけにはいかない重要拠点がある場合、などが該当する。

 そして、そういった場合において派遣されるのが、やはり魔導師なのであった。

 

 そうなると必然、魔導師が相対する者は、同業者か質量兵器、又は古代遺産という事になる。

 そのため現在の魔導師は、対魔導師と対質量兵器の二つの戦闘スタイルを使い分ける事となるのだ。

 

 いまだ質量兵器を使用する管理外世界や、果ては古代遺産が眠るかもしれない荒廃した星。

 そういった場所で戦う場合は、魔導師の常識が通用しない場合も多い。

 特に古代遺産を相手にする場合は、自走しながらの大出力の砲撃が無いとも言い切れない。

 そういった場合には、対魔導師戦という想定を捨て、対質量兵器戦の動きへと移行する。

 

 だが今回ディアーチェは、当たり前であるが対魔導師戦を想定して臨んでいた。

 魔導師との闘いであれば、最適化された戦闘スタイルというものが幾つも確立されている。

 そうなれば、その選択肢を選ばない者はいない。

 ましてや、でこぼこコンビとはいえ、一級の空戦魔導師であるシュテルの砲撃は無視できる代物ではない。

 その為、「大火力砲を持った陸戦魔導師」と相対する前提で作戦も練っていた。

 だからこそ、その根本に揺らぎが生じた事が何よりも大きい。

 

 そしてそれはどの様な魔導師であっても初見で対応する事など不可能だろう。

 故に、今この場にいる魔導師は、眼下で起こる模擬戦に魅了され、時には恐怖すら覚える。

 

 今この時、この場所は。魔法戦の定理から、大きく外れた位置にあった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ディアーチェは、焦っていた。 

 自身を襲う理不尽な砲火に痛む体。

 冷静ではないと自覚出来ない程に、彼女の意識は錯綜していた。 

 何故だと疑問がある。

 どうして、今自分は追い立てられているのだと、憤りが込み上げた。

 油断も余念もなく、本気で臨んだはずの模擬戦で、確実に後手に回っている。

 自分の力の無さに、ディアーチェはただただ憤慨する。

 

 そして同時に、不可解だと訝しんだ。

 どうして、あのシュテルがここまで危険な戦術を選択したのか、と。

 

 彼女の知る限り、シュテルはいくら戦闘マニアの気があったとしても基本的には安全を第一としていたはずだ。

 余程の緊急性がない限り、こんな強行策を選ぶ事はしない。 

 だが、実際に彼女は魔法が暴発する危険も顧みずに、デバイスのバトン渡しを行ってみせた。

 

(シュテルは変わった。おそらくは、奴と出会ってから)

 

 ディアーチェは、幾多の経験からくる防衛行動を無意識に行いつつ、思う。

 自分の知るシュテルが、段々と薄くなっているのだと。

 それは嬉しくもあり、けれどどこか寂しさもあり。 

 混乱した戦況の中で、どこかのんびりとしたそんな思考が頭を振っても湧いて出てくるのだ。

 

 家長として、王として。

 シュテルの人間らしい成長は、むしろ望む所である。

 これからは一人の少女として、人間として生きていくのだ。

 シュテルがどのような感情を得ようとも、それは歓迎すべき事柄であるはずであった。

 

 だが、そこにどうしても小さな違和感が浮かんでは消えない。

 素直ではあるが人一倍警戒心も強く、どこか達観しているからこそ、他人との間に壁がある。

 そんな少女が、特殊な状況だからといって、こうも簡単に異性に心を許す事があるのだろうか。

 否。ディアーチェの知る限り、それはシュテルから最も遠い心の動きだ。

 

 ディアーチェは、シュテルがルイスに対し抱く感情には気がついていた。

 もちろん、それに口出しする権利は自分には無いと理解はしている。

 だが、漠然とした「嫌な予感」があった。

 この状況を作り上げた、黄金の手枷から感じる気配は、どうにもーー。

 

「ーーーーッ」

 

 降り注ぐ火柱に思考を断ち切られ、ディアーチェは我に返った。

 走馬灯の様なぼんやりとした取り留めのない考えは、外に追いやる。 

 

 尚も続く砲火を寸前で避け、時には受け止め、ディアーチェは滑空した。

  

「この、いい加減に……!!」 

 

 ディアーチェはエルシニアダガーをルイス達へ反射的に射出した。

 それは、執拗に追い立てられるこの状況からの焦りで、ただ咄嗟に放った魔法である。

 可能な限り広範囲にばら撒き、少しでも足止めになれば、という狙いはある。

 だが、それは明確な失策といえた。

 どんなに小さくても、魔法を行使する際は隙が出来る。  

 一呼吸の跳躍で肉薄する距離にルイスを置くこの状況で、その一瞬の隙が致命的である事は間違いなかった。

 当然、ルイス達はそれを見逃さない。 

 踏みしめる大地を陥没させ、跳ぶ。

 勝負を決する為に、空気を切り裂き突き進む。 

 

(ーーあぁ、これで我の負け、か) 

 

 くく、とディアーチェは喉を鳴らした。

 勝敗の行方を察し、僅かに顔を歪ませる。

 恐らく、ルイス達は弾幕を無視して最短距離を突破してくるだろう。

 この場を脱する為、苦し紛れに弾幕をバラ撒いたが、完全に仇となった。

 肉を切らせて骨を断つ。

 あとは強引に体を捻じ込ませ、一気に喉元に食い破られるだけ。

このタイミングであれば、防壁を張る余裕も無い。 

 

(はてさて。存外、清々しいものよな)

 

 冷静でなかったと、今になってディアーチェは思う。

 普段であれば、絶対にしない安易な攻撃であったと。

 

(ふん、認めよう完敗だ。さて、まぁ……今宵の食事は何にしようか)

 

 ディアーチェが内心で惜しみない拍手を送ったその矢先。

 だが、ソレは起きた。

 

「ーーが、あ、ぁあぁああああ?!」

 

 ディアーチェの弾幕に突っ込んだルイスが、突如悲鳴を上げて倒れこんだのだ。

 見ると、ルイスの肩に砲弾が直撃したようだった。

 確かに、衝撃と痛みはそれなりにあるだろう。

 だが、斉射範囲を広げる為にも、ディアーチェの魔法の威力はかなり抑えられていた。

 歯を食いしばれば、それこそ耐えられない事はないはずだ。

 しかも今回は直撃する可能性を見越して突き進んでいたのだ。

 尚の事、ルイスであれば耐えきれる算段は大きかったはずである。

 

 だが、当のルイスは冷や汗が噴き出し、目の焦点も定まっていない。

 撃ち込まれた右肩を押さえ、その場にへたり込み動く事が出来ないのだ。 

 

「ーール、ルイス?! どうしたというのですか?!」

「な、んで、だ……? どうして、ぐ、くそ、痛ってぇ……」

 譫言の様にブツブツと呟き、最早そこにいつものルイスはいなかった。

 痛みと混乱に支配され、飄々とした姿は影も形もない。

 ただひたすらに疑問と苦悶を口から零し、地に蹲って小さな痙攣を繰り返していた。

 

「……………」

 ディアーチェもあっけにとられ、ポカンと口を開けて空に佇む。

 眼下の二人はどうにも、演技をしている様には見えない。

 知る限り、ルイスは致命傷と思しき傷を負っても平然としていたはずだ。

 あの時の公園で、自らの腕を爆破させて尚、絶えず笑みを浮かべていたではないか。

 だというのに、今のルイスはどうだ。

 まるで赤子が如く、痛みでその身を硬直させ倒れ伏しているではないか。

 

(ーー罠か?)

 

 ディアーチェの思考は当然と言えた。

 散々に策を弄す老獪さがあり、しかも痛みに対する耐性は化物並みだという事も知っている。

 ディアーチェの把握するルイスとかけ離れた光景は、好機よりも不気味さしかない。

 

(しかし……)

 

 だが、ルイス達はあのまま突っ込んでいれば間違いなく勝利を手にしていただろう。

 わざわざそれを放棄してまで張る罠とは如何様なものか。

 

(分からん、なんだこの状況は……!)

 ルイス達は、あのままディアーチェを追い立てる以外に選択肢はなかったはずだ。

 一度体制を立て直せさえすれば、ディアーチェとしてもいくらでも戦略を組み立てる事が出来る。

 それを放棄してまで、ここで罠に誘う狙いがどうしても分からない。

 罠だとしても、これは好機ではないのか。

 

 このまま反撃に転ずるか、果ては一旦この場を逃げ切るか。

 

(ーーーーッ)

 

 だが、ディアーチェは、後者を選択した。

 

 観客からすれば、何故ディアーチェが当惑しているのか分からず、ざわつきは大きくなる。

 仮に実況解説の席があったとしても、疑問の弁を述べるばかりだっただろう。

 事情を知らぬ者を置き去りに、模擬戦に黒い雲が立ち込めつつあった。 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーールイス! ルイスどうしちゃったんだよ!!」

 レヴィはただ青年の名を叫ぶばかりであった。

 ここからでは声も届かぬと理解はすれど、感情は口からまろび出る。

 画面の奥で起きている状況は、明らかに異常だ。

 シュテルとルイスの表情を見れば、レヴィにはそれがすぐに分かる。

 彼らに、不測の事態が起きているのだと。

 そして、このままでは二人が負けてしまうだろうと、レヴィは焦る。

 

「ク、クロノ君……! これって……?!」

 シャマルは何かに気が付いたのか、その顔からは血の気が引いていた。

「……どういう事だ、いやしかしこれは」

 クロノも思わず立ち上がり、苦悶の表情を浮かべるルイスを見る。 

 

「ーーーーッ」

 

 シャマルは外へと繋がる扉へと駆け寄り、取手に手をかけた。

 

「ーー待ってください、シャマルさん」 

 

 だが、クロノは振り返らず、言葉のみでシャマルを止める。

 

「……クロノ君。私、彼を助けにいかないと」

「いえ……。彼らにも何か考えがあるのかもしれないです。もう少しだけ、様子をみましょう」

「でも、でもそんな事を言っている場合じゃあないかもしれないのよ……?!」

「勿論分かっています……。危険と判断出来たならば、すぐに止めます。ですので、彼らの為にも、ここはどうか」

 シャマルが見せる医師としての険しい顔に、その場の皆は息をのむ。

 二人の雰囲気が明らかに切迫したものに変わった為か、傍にいたなのは達も顔を見合わせた。

 何か、事故が起きたのだ、と。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ルイス、ルイス!! しっかりして下さい!!」

 シュテルは何が起きたのか分からず、脂汗をかくルイスに声をかけ続ける。  

 当然、これは演技や計略などではない。そんな打ち合わせはしていない。

 幸いにもディアーチェは警戒してかこの場を去っている。

 

「…‥‥ッ!」

 

 シュテルはルイスの重く大きな体を必死に引っ張り、建物の影に移動する。

 この模擬戦は、ある種のパフォーマンスなのだ。自分達が如何に有用なのかを証明する舞台にしなければいけない。

 逆に言えば、醜態を晒し続ける事だけは避ける必要がある。

 だからシュテルはルイスの安全と当初の目的を果たすため、カメラの死角となる物陰まで無理にでも移動したのだ。

 

「ご、め……シュテ……」

 息を荒げ、ルイスは謝罪した。

 不遜とも言える笑みは見る影もなく、小さく弱々しい青年がそこにいる。  

「……ルイス、これが何本か分かりますか?」

 シュテルは指を2つ立て、ピースの形をつくる。

「え……?」

 だが、ルイスは応える事すらままならない様子だ。

 耳から入った言葉を脳は咀嚼せず、ただ煩雑に踊るだけ。

 簡単な質疑も、最早成り立つ気配は無い。

「ーーっ」

 現状への理解は全く出来ていないが、シュテルはルイスの身に何かが起きたのだという事だけは分かった。

 そして、この状況を打破しなければ自分達に未来はないのだと。

 

「……どう、しましょうか」

 シュテルは考える。

 この状態で模擬戦を続ける事は危険ではないかと。

 今ここで降伏し、中断するというのも立派な道ではないのかとさえ思う。

 

(ーーいいえ、ですがそれは……。今日ここで勝たなければ、ルイスが黒獣捜索の任に着く機会はもう訪れないでしょう)

 

 目の前で震える青年が、何故か黒獣に固執しているのは明白だ。

 なら、シュテルがこの試合を投げだせるはずがなかった。

 ルイスの思いを無下にする事なぞ、今のシュテルには到底出来はしない。

 恨み言を言われても止めるべきと理解はすれど、情動がそれを上回る。

 

 理のマテリアルとして、最も外れた選択を、彼女は取った。

 

(けれど、ルイスがこの状態では勝ち目など‥‥…)

 シュテル達の作戦は、ルイスの機動力あってこそだ。それを欠いた状態でディアーチェと勝負になるはずがない。

 予想すらしていなかったこの状況に、混乱はシュテルにも伝播する。

 刻一刻と、自分たちは不利になっていく。その確かな感覚が、じっとりとした汗となって滴り落ちた。

 ディアーチェがいつまでも彼らを放置するはずもない。

 もし異常を悟られ、このタイミングで攻勢をかけらたならばひとたまりもないだろう。

 

(この窮地、どうすれば……)

 

 打開する方法は単純だ。

 ルイスが正気にさえ戻ればいい。

 それさえ叶うのであれば、まだ「秘策」はある。勝機はあるのだ。

 

「……ッ!」

 故に、シュテルは思考する。

 この状況を打破できるだけの術を。 

 膨大な知識を掻き分け、取るべき方策を探る。

 医学書や民間伝承、果ては戯曲の知識までも総動員して頭を回す。

 

「今のルイスはショック状態にあると判断します。となれば、やはり乱暴ですが別の何かでソレを上書きするのが得策でしょうか」

 頭を引っ叩いてみましょうか、とシュテルは思うも、ルイスはどうやら「痛み」が原因で錯乱しているきらいがある。

 となれば、痛覚を伴う刺激は出来る限り避けるべきだ。

「では……」

 

 シュテルは短いながらも、ひたすらに濃密であったルイスとの生活を思い出す。

 ルイスのリアクションが他より大きかったものは何か。

 つまりは、ルイスの感情を最も昂ぶらせたものは何か。

「…………」

 ただ考え、反芻し、シュテルは過去を覗き込む。

 目の前で苦しむ青年との日々を、我武者羅に思い浮かべる。 

 

「…………分からぬ、ものですね、何も」

 

 だが、シュテルはそれが分からない。

 結局、彼はいつどんな時もただ笑っていただけ。

 食事の時も、朝の挨拶の時も。お風呂に一緒に入った時でさえ、彼はただ変わらず笑みを浮かべていた。

 同様で一律の、愛想笑い。

 表面的には大袈裟に振る舞っていても、その実どこか冷めた目でいた事をシュテルは知っている。

 

「…………」

 悔しい、とシュテルは思う。

 あれだけ傍にいたというのに、何一つとしてルイスを知らないという事実に。そして何より、どうしようもなく悲しかった。許されるのであれば、思うままに叫びたい衝動さえ込み上げてくる。

 

(もし……もし、この場にレヴィがいたならば……)

 ともすれば、あっという間に解決していたのかもしれない。

 恐らく、自分よりもルイスの事を理解している青髪の少女を思い浮かべ、シュテルは泣きたくなる程に胸の奥がズキリと痛んだ。

 

「……ルイス」

 小さく、自分でさえ聞き取れない声で、シュテルは呟いた。

 縋る様に、求める様に。

 痛む胸の鼓動を和らげたいのだと、願う様に。

 潤んだ瞳と、赤い頬。

 シュテルは、ルイスへと顔を近付けていく。

 

 それは、いつか観たメロドラマ。

 陳腐な恋愛慕情だと、溜息をついた行為。

 永遠の眠りを覚ます、魔法の行い。

 

「ーーーーっ」

 

 シュテルは無意識に、ルイスと唇を重ねた。

 

 口を離し、数秒。

 自分のしでかした事実に気が付いてか、シュテルの頬は羞恥に赤く染まり、目は落涙寸前まで潤む。

 

「………………」

 ぼう、っとルイスはシュテルを見た。

 呆気にとられ、ただ、驚きの表情を注ぐ。

 焦点の定まらなかったルイスの視線が、シュテルを捉えた。

 

 しばし、無言で二人は見つめあう。

 どことなく気まずい空気が、重たく、その場を包み込んだ。

 

「……落ち着き、ましたか?」

「え、っと……う、ん……」

 絞り出す様に、シュテルは微かに震える声で続ける。

「ショック療法……です。後でどのような叱責も受ける覚悟です。ですが、どうか今は……」

 それは自分に言い聞かせるように。

 酷い言い訳だとシュテルは思う。

 自分の行為に正当性を持たせ、保身に走っているだけだと。

 恥ずべき行為であると、怒りさえ湧いてくる。

 

「ーーーーッ」

 ルイスの顔をまともに見る事が出来ず、思わずシュテルは背中を向けた。

 罪悪感と、そして確かな嬉しさもあり、感情が混ぜこぜになったシュテルの視線はただ惑う。

 

「……ごめん、シュテル」

 冷静さを取り戻したのか、ルイスはよろよろと立ち上がった。

 自分の不甲斐なさが、シュテルに望まぬ行為をさせたのだと、そう思ったのだ。

 

「……いいえ」 

 悪いのは私です、と続ける事が出来ない。

 ルイスは震えて言葉も出せないシュテルの頭を、そっと撫ぜた。

 

「ーー勝とう、シュテル」

  

 ルイスはディアーチェが飛び去ったであろう方向を見た。

 ここまでシュテルにさせたのだ、勝たねば全てが嘘になる。ルイスの視線には、そんな意志が込められているように見えた。

 シュテルはぎこちなく表情を固め、視線の行く先をルイスと同じくした。

 だがそれでも纏わり付く罪悪感に足は竦み、慚愧の念が意志を蝕んでいく。 

 ギュっと、シュテルは双眸を瞑り、頭を振った。

 ハッ、と小さく息が吐きだされ。

 

 --パン、と乾いた音が続けて響いた。

 

 シュテルが自分を平手で叩いたのだ。

 赤くひり付く頬はジンジンと痛みを伝え、溺れる感情を解いていく。

 スッと息を吸い、そこには何かを振り切る様に決意の意思を燃やすシュテルがいた。

 

「ーーはい。勝ちましょう」

 

 ルイスはシュテルに一瞥もくれず、静かに頷く。

 そして二人は前へ進む。

 ここで終わらせはしない為、前へ。

 ビルの陰を抜け、光の先へと、彼らは足を踏み出した。

 

 

 

【挿絵表示】

 




劇場版公開されましたね。早く観に行きたいでございます。

さてまぁ、知り合いに見せたら「お、あれか?キスするから中編なのか?そこんとこどうよ」って突っ込まれましたけれど、偶然なので悪しからず。確かに「ちゅう編」ではありましたが。

それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。

※挿絵追加しました

この素晴らしき挿絵は、「んにゃら」様に描いて頂きました。ありがとうございます!
んにゃら様pixiv→https://www.pixiv.net/member.php?id=1437319
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。