魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~   作:火神はやて

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あらすじをちょっとだけ変えました。
本編はシリアス続き。色んな「決着」があります。

ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。



第16話 決着と告白とファーストキス(後編)

「……いよいよ、シュテル達は追い詰められたな」

 VIP観覧席のシグナムは、ボソリと呟いた。

「あぁ、しょーじきアレだ、隠し玉でも無い限りもう無理なんじゃねーの?」

 ヴィータもそれに続き、相槌を打つ。

 

 ルイス達の作戦は、移動砲撃による一方的な撃墜にこそ意味があった。

 断続的に理外の攻撃を続けることにより、イニシアチブを常に握り、反撃の隙を与えぬままの決着。

 それこそが、最大にして唯一の勝機であっただろう。

 おおよそ、人が混乱から立ち直る為の時間は二十秒程度とされる。

 そのリミットを過ぎると、冷静な思考が可能となる。

 シュテル達は、その僅かな秒数に死力を注いでいたのだ。

 だが、予期せぬアクシデントにより、遠の昔にその時間は過ぎ去った。

 

 おまけに、ディアーチェという魔導師は、魔法の才能以前に戦いにおけるセンスが突出している。

 的確な状況判断に冷静な分析、緻密さと大胆さを兼ね備えた作戦行動。

 その全てが卓越し、そしてそれに驕らぬ精神力もある。

 そんな魔導師を墜とすとなれば、それこそ同じだけの怪物でなければ不可能だ。

 

 実際、作戦は途中まで上手くいっていたのだ。

 虚を突く一撃は、間違いなくディアーチェの喉元を噛みちぎらんと迫っていた。

 だが、寸前の所で起きたトラブルが、全てを水泡に帰した。

 ディアーチェに同じ手は二度と通用しない。

 それを分かっているルイス達であるからこそ、綿密に伏線を張り巡らせていたのだ。

 その全てが機能しなくなり、だがそれでも、彼らの眼は死んでいない。

 むしろ、より苛烈に燃えている。

 絶望的とも言えるこの状況で、彼らが笑う意味とは何か。

 

「ふん。あのルイスって野郎がヘマこいたのは間違いねーがよ……」

 ビルの陰から現れた二人の顔つきを見て、どこか満足げにヴィータは口角を上げた。

「ッハ。アイツら、まだ諦めてねーな。だったら、お手並み拝見といこーじゃねぇか……!」

「……あぁ、楽しみだ」

 

 シグナムとヴィータは壁に寄りかかりながら、戦いの推移を見守る。

 元々、二人はルイスに対し懐疑的な部分があった。

 だから、この場を借りてルイス達を見極める為に参列していたのだ。

 だがいつしか、二人は試合そのものを熱心に見つめていた。

 幾重もの修羅場を潜り抜けてきた彼女達には、必死とも、決死とも思えるその刃に、少なからず思う所があったのだ。

 理屈では無く、直観に近い物ではある。

 けれど、彼女達は確かな感覚があった。 

 今この時において、彼は確かに「ひたむき」なのだと。 

 

 そして。

 

(あぁ……。なんと、寂しい剣だろうか……)

 

 修羅の道を歩む者特有の「影」を、シグナムは青年から感じた。

 もしも自ら望んで進んだ道なのであれば、それは自業自得というものだろう。

 だが、彼はどうにも。

 そう、どうにも苦しそうに、鬼気迫る様に笑うのだ。

 

(これではまるで、溺死する寸前の様ではないか。抱く夢に溺れ、あてど無い水面を目指す様な……) 

 

 シュテルが入れ込む理由も少し分かるな、とシグナムは表情を変えずに思う。

 

(あぁ、そうだとも。彼の生き様は、どこか私達と似ているのだ。だからどうしようも無く、目を背けたくなるのだろう)

 

 シグナムは真横で苛々と体を揺するおさげの少女を見る。

 

(振り切り、今を生きると決めたというのに。まるで過去の自分が顔を覗かせている……そんな気分、だな)

 シグナムは、同室にいる面々を順に眺めた。

 今こうして笑顔でいられる事が、奇跡そのものだと、改めて思う。

 それだけ、ここにいる者達の過去は「壮絶」であり、暗澹たるものであったのだ。

 

(私以外にも、彼と過去の自分を重ねる者は多いのだろう。こういうのは、直観的に分かるものだ。それこそ、嫌という程骨身に染みているのだから)

 

 シグナムは画面に映し出される、傷だらけの青年を見る。

 何を考えているか分からぬ、光の無い一律の笑顔。

 ギュっと、シグナムは腕に込める力を強めた。 

 

(私達が共感出来てしまう程に、彼の日常は地獄だったのだろうか。普遍の道を生きていたのならば、私達と同じ「空気」を纏う事はなかったはずだ。それだけ、あの青年が進んでいる道はどうしようもなく……)

 

 ふっと、シグナムは目を細める。

 

(あぁ、そうか。シュテルは、私達がこうして笑い合えている場所に、彼を引っ張り上げたいのだな……)

 シグナムは、車イスに座り無邪気に応援する少女に、薄く笑む。

(ここは、居心地がいい。あぁ、そうだ。「これ」を一度でも味わうと、存外に手放したくないと思うものだ)

 

 シグナムは、思う。

 シュテルも自分も、水底から掬い上げられた先で、光を浴びているのだと。

 

(ならば、勝て)

 シグナムは、心の内で眼下の少女にエールを送る。

(ここで負ける様では、その青年を救えはしないぞ、シュテル)

 

 無表情に表情を変える、どこかの少女とよく似た少女を、見た。

 

 

 そして観客席は、二人の再登場で熱いどよめきで揺れている。

 叱咤激励をする者。

 純粋に声援を送る者。

 無言で腕を組み、頷く者。

 

 けれど、青年と言葉を交わした事のある、幾人かだけは。

 どこか胸が締め付けられながら、青年の笑顔を見守っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ルイスとシュテルは、姿の見えないディアーチェをあてどなく探すーーーー事はしなかった。

 二人がビルの陰で体制を整えるまでに要した時間は大よそ四十秒。

 一分にも満たない僅かな時間ではある。だが、戦いに置いては致命的なロスに他ならない。

 

「多分、ディアーチェはそこかしらにトラップを仕掛けているだろうね」

「ええ、私達が地上しか移動出来ず、ディアーチェは空を翔ぶ。となれば、一方的に設置型のバインドを張り巡らせているでしょう」

 

 ルイスはガシガシと頭を掻き、どこか嬉しそうに溜息をついた。

 そして、とあるビルディングの一角に視線を流す。

 何かを確かめる様に頷き、にやりと笑ってみせた。 

 

「それで、ディアーチェの耐熱レイヤーは全部剥がれている頃合いかな」

「ええ、それは間違いないかと」

 

 耐熱レイヤー。

 それは、バリアジャケットに搭載される複合防御機能である。

 通常時であれば起動しない機構であり、想定以上のダメージを受けた際にのみ発動する。

 ジャケットの換装と同時に張られる表層レイヤーを消費する事で、特定の攻撃に対して威力の減退をはかるのだ。

 バリアジャケットを四散させて威力を反らす「リアクトパージ」と呼ばれる防御機構を発展させたものだ。

 耐熱や耐冷、耐電といった様々な種類のレイヤーがあり、どの属性にも対応出来るよう基本的には全て張り込まれている。

 今回、ディアーチェはシュテル達と対峙する事が分かっていた。

 そのため、特に熱に対するレイヤーを重点的に仕込んでいた。

 だが、度重なる砲火により、ディアーチェの耐熱レイヤーは全て塵となっている。

 むしろ耐熱レイヤーを厚くしていなければ、すでにディアーチェは撃墜されていただろう。

 幾度の実戦経験から、シュテルはディアーチェが置かれる状況を看破してみせたのだ。

 

「だったら、やっぱりアレをやるしかないよね」

「はい、それしかないでしょう」

 ふっと一拍を置き、

「……ですが、スカートはしっかりと押さえておいてください」

 

「大丈夫、シュテルのパンツは僕が守る!」

「……言い方は気になる所ですが、お願いします」

 

 シュテルは少し躊躇いも見せつつ、仰向きで寝転がった。

 ルシフェリオンは抱える様に構えている。

 そして、どこかホッとした表情も見せていた。

 今まで通り、普通に話す事が出来ている事への安堵が、そこにはある。

 シュテルは先頃のまでのやり取りを今は忘れ、目の前に聳え立つ壁の事を考えた。

 

「では、お願いします」

「はいよ! それじゃ、よい、しょっと!」

 

 ルイスはシュテルの両足を脇に挟み、グッと持ち上げた。 

 スカートが捲れ上がらない様に、しっかりと抑える事を忘れない。

 

「ーーせぇ、のぉ!!」

 

 グッと力の籠った掛け声と共に、ルイスはシュテルの足を掴んだままグルグルと回転していく。

 俗に言う、ジャイアントスイングだ。

 意味の分からない動作に首を傾げる者が多数いたが、その謎はすぐに解ける事となる。

 

「ーーブラスト」

 

 強烈に圧し掛かる遠心力に少し呻きながら、シュテルは魔力を注ぎ、叫ぶ。

 

「ーーファイァアアアア!!」

 

 瞬間、ルイス達を中心に熱線が360度放たれた。

 ジャイアントスイングの要領で、放射線状に破壊の火柱が拡散していき、余すところなく訓練室を燃え滾らせていく。

 

 それは砲撃による、広域攻撃だ。

 本来であれば、砲撃は直線的に進むだけである。

 だが、照射中に回転を加えれば、当然破壊の光は拡散していく。

 誰も見た事の無い、「広域拡散型砲撃魔法」がこの場に体現したのだ。

 禊魔法により初めて完成したこれは、ルイス達の「切り札」に他ならない。

 

 

「ーーええい!! 無茶苦茶過ぎるぞ貴様らァ!!」

 

 ひしめき合うビルは次々と薙ぎ倒され、空を覆う建造物が失わる。

 当然、空中で身を隠す場所は減り、結果としてディアーチェの姿も露呈する。

 そしてそこは、先頃ルイスが隠す様に視線を飛ばしていた箇所に他ならなかった。

 

「っはっはー! 大当たりぃ!!」

 

 ルイスは回転しながら、からからと無邪気にはしゃぐ。  

 両手が塞がっていなければ、ガッツポーズもおまけに付いていた事は優に想像が出来た。

 

 ディアーチェはミドルレンジの距離をギリギリで保ち、様子を伺っていたのだ。

 どうにもルイスの様子が演技と思えず、警戒しつつも確認をしに来ていたのである。

 そのまさにドンピシャのタイミングで、またしても理解不能な砲撃魔法が飛んで来たのだ。

 

 当然、誰もこのような砲撃魔法の対策を知るはずもない。

 砲火にさらされるディアーチェにとってしても、まさに青天の霹靂だ。

 

 それでも当たれば撃墜は必須な炎の柱が、縦横無尽に容赦なく奔り続けた。

 周りのビルは倒壊し、地は抉れ、土煙がスモックの様に充満していく。

 

「ーーだが!! これで我を墜とす事なぞ出来はしないぞ!!」

 

 ディアーチェは魔力を一点に絞り、防御体勢に入る。

 

(恐らく、これが奴らの最終兵器だろう。ならばそれを全て受け切り、我は勝つまでよ!!) 

 

 ディアーチェは僅かにひび割れる障壁に舌打ちをしつつも、決して破れる事はないと確信していた。

 

 一点を照射し続けたのであれば、シュテルのブラストファイアを受け止めきれる者はいない。

 だが今は熱線は拡散するが故に、その威力は激減する。

 魔力が尽きるまで撃ち続けたとしても、堅牢な楯を突破する事は出来ないであろう。

 

「ーーああ、そうだろうね」

 

 ルイスは、笑う。

 

「でも、ラインは整った!!」

 

 ルイスは、見る。

 崩れ落ち空を舞う、ビルの断片を。

 空に現れた「足場」を、見る。

 

「禊魔法! 祓ぇえ!!」 

 

 大音声。

 裂帛の叫びを気合いとし、ルイスは駆ける。

 ルイスが遠心力を走力に上乗せし、足を踏み出すと同時、シュテルは炎の放出を止めた。

 コンマ一秒の遅れも無く、二人は矢の如く「空の足場」を掴み、走る。

 地表に張り巡らされた、ディアーチェの罠の上を飛び越え、征く。

 

「ーーーッぐ!」

 

 巻きあがる土煙がディアーチェの行動を遅らせた。

 物理的に視界を塞がれ、ほんの僅かなズレが出来る。

 だが、それでいい。

 その僅かな隙さえあれば、いい。

 

「シュテル!!」

「ルイス!!」

 

 二人の声が同時に響く。

 そしてそれは、砲撃を推進力としたロケットブースター射出の合図だ。

 ルイス達は自身を弾丸とし、真っすぐに突き進む。 

 

 くしくも、状況は同じ。

 最初の模擬戦で行った、ブラストファイアによる超加速。

 あの時はルイス達の敗戦という決着であった。

 だが今この時は、果たしてどちらに振り子は揺れるのだろうか。

 

「ーーく、ぉぉおおおおお!!」

 ディアーチェは、だがそれでも対応する。

 彼女とて、歴戦の魔導師。 

 命のやり取りを幾度も制してきた自力は、確かだ。

 

「まだまだ、甘いわァア!!」

 

 集中防御を構え、ルイス達の突撃を待ち受ける。

 通常の防御魔法に比べ、攻撃命中箇所に壁を集中させる事で格段に耐久度を上げる技術だ。

 これを突破するには、相手の反応速度を超えた攻撃を繰り出すか、防御力を上回る攻撃をする他にない。 

 

「ーーーー」

 だが。

 ルシフェリオンから放たれる熱線が、突如掻き消えた。

 ディアーチェならばこのタイミングで集中防壁を張るだろう、と予想していなければ行えない、そんな動作。

 そして。

 

「ディザスタァー……」

 次の魔法の名が、くる。

「……ヒート!!」

 

 間髪入れずに、砲撃が華となり空を彩る。

 ディザスターヒート。

 つまり、ブラストファイヤを三連射する砲撃魔法が、咲く。

 

 一度目は斜め下に。

 得ていた速度はそのままに、ルイス達の往く軌道が上を向く。

 

「ーーお」

 

 二度目は、直線に。

 ディアーチェを跳び越えるだけの高さで、更に前へ進む。

 

「ーーおお」

 

 最後は、上空へ。

 そしてそこは、ディアーチェの直上。突撃出来る位置に、来た。

  

「ーーお、おおおおおお!!」

 

 さながら、砲撃による空中での八艘飛びだ。

 ディアーチェの集中防御を跳び越え、防壁の無い上方へと躍り出る。

 

「ブラスト……ファイアァアアアア!!」

 

 そして、ここで渾身の砲撃魔法が炸裂する。

 最後の火薬が弾け、ルイス達は再び一つの弾丸へと姿を変えた。

 文字通り全霊の魔力を賭して、シュテル達は最後の攻撃を開始する。

 

「ーーーーッ?!」

 

 最早喋る余裕もなく、ディアーチェは改めて集中防壁をルイス達へと張り直す。

 

 だが、当然突貫で行われた魔力行使では、その強度はーー

 

「ーーこ、のぉ、おおお……!! この、我が負ける、はずがァ……!!」

 

 継ぎはぎだらけの防壁に、大きな亀裂がはしる。

 それは徐々に防壁全てに広がり、ビシ、と嫌な音を立てた。

 ルイスのデバイスはディアーチェの張る壁を削りながら、前へと進む。

 

 この機会を逃せば、正真正銘もう太刀打ち出来る手段は、無い。

 故に。

 彼らは、全ての力をここに結集する。

 持て得る限りの何もかもを、熱へと昇華していく。

 

 

「「…………貫けぇええーー!!」」

 

 

 --パリン、と乾いた音がした。

 

 

 それは、ガラスのコップを落した様な、どこか間の抜けた乾いた音。

 集中防御が破られた、破砕の音。

 

 そしてそれとほぼ同時。砲撃で加速した一撃が、めりっ、とディアーチェの胸に突き刺さっていた。

 刃が、初めてディアーチェへと到達し、そしてーー

 

 炎の弾丸はディアーチェを貫いたまま押し進み、地表へと叩きつけた。

 ビルの瓦礫が風圧ではじけ飛び、爆散した火の粉が篝火の様に空へ逆巻いていく。

 小さな地震の如き揺れはやがて収まるも、濛々とした煙は訓練室を埋め尽くしたままだ。

 

「ーーーーッ!!」

 

 立ち込める土煙。

 びゅう、と一陣の風がそれを攫う。

 徐々に晴れる視界の中、二人の人影が立っていた。

 ひと際輝く、黄金の手枷で繋がれた、二人が。

 

 魔力の欠乏でフラつきながらも支え合い、

 

「ーーーー」

 

 グッと、その手を空へと掲げる。

 その姿はまさに、ルイスとシュテルが勝者である事を雄弁に語っていた。

 

「「おおおおおおおおおおおおおお……!!」」

 

 数瞬遅れ、観客席からは割れんばかりの歓声が飛んだ。

 

 ここに、模擬戦は決着を迎えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ーーそれ、味わって食うがいい」

 ディアーチェは、包帯が薄く巻かれた手でカレーを配膳する。

 大きなエビフライが主張も激しくカレーに乗っており、シュテルの皿には三尾もあった。

 今日の模擬戦の結果により、シュテル達は正式に黒獣捜索の任に就くことが出来るだろう。

 いわば、これはその餞別なのだ。

 

「ディアーチェ、私もお手伝いします!」

 ユーリが怪我を負っているディアーチェを気遣い、残りの皿を請け負う。

 レヴィはすでにルンルンと鼻歌交じりにスプーンや飲み物をテーブルに並べていた。

 大好きなカレーが食べられる事は勿論だが、いつにも増してレヴィはどこか嬉しそうである。

「すまんな、ユーリ、レヴィ」

「今日は王様達が主役だからね! 準備は僕たちがやるよ!」

 ディアーチェは照れ臭そうに頬を掻き、ふん、と小さく鼻を鳴らす。

「後は皿を運ぶだけだ。頼んだぞ、レヴィ」

「わかったー!」

 ディアーチェはこうなる事も予期していたのか、事前にカレーの下拵えを済ませていた。

 あとは皿によそうだけであり、その事に気付いているユーリは満面の笑みである。

 

 配膳されたカレーはいつもと同じで、ユーリとレヴィは甘口。

 ディアーチェは中辛で、シュテルとルイスは超が付く激辛である。

  

「うーん。相変わらず、すっごい辛そうだよね」

 レヴィは毎度匂いを嗅いでは、涙目になりながら首を横に振るのである。

 大好きなシュテルの好物である為、どうにかして自分も食べたいというのが理由だ。

 もちろん、一度としてそれが達成された事はない。

「レヴィ、いいから早く自分の席に座るがいい」

「は~い……」

 どこか名残惜しそうに、レヴィはルイスのカレー皿を離し、席に着いた。

 誰が音頭を取るでもなく、自然に全員が合掌し、

「「「「いただきます」」」」

 挨拶の後に食事が始まる。

 

「ふん、まさかこの我に勝つとはな。多少は認めてやらんでもない」

 ディアーチェはカレーを頬張り悪態をつく。

 だが、言葉と裏腹にどこか機嫌は良い様に見えた。

「……だがまぁ、馬の骨。なんだ、身体の方は、どうだ?」

 まるで、思春期の娘を相手にする父親の様に、ディアーチェは遠慮がちに聞く。

 模擬戦での一幕は、やはりどこか気になってはいるようであった。

 

「あぁ、うん! 模擬戦後にメディカルチェックは受けたから、大丈夫だよ。ありがとね、心配してくれて」

「……ふん、なら構わん。それに、明日は貴様が隠し立てている事全て、しっかりと話して貰うからな」

「うん。分かってるさ。明日、ちゃんと話すよ」

 模擬戦後、ルイスは特に念入りにメディカルチェックを受けていた。

 クロノとシャマルはその結果に息を呑むも、ルイスをはじめ模擬戦メンバーは疲れ切っていた。

 その為、明日改めて中心メンバーが全員集まり、ルイスについての話を行う事となったのだ。

 

「よかろう。だが、うむ。今日の所は、まずしっかりと休め」

「…………」

 ルイスは驚きから、カレーを掬う手を止めていた。

「なんだ、その間抜け面は」

「いや……何か、今日ディアーチェやけに優しいなって」

「ほぉ。気に入らんなら、いくらでも鞭で叩いてやるが?」

「や、やや! 王様は優しい方がいいと思うなー! うん!!」

 

 まだルイスを受け入れていなかったディアーチェが、どこか彼を認めた瞬間であった。

 それはレヴィ達家族であれば、すぐに分かる変化だ。

 レヴィとユーリは顔を見合わせ、思わず微笑みを浮かべた。

「うん! 王様のカレーはやっぱ最高だなー! おかわりー!」

「レヴィ、もっとしっかり噛むがよい。食べるのが早すぎる」

 

 王家の食事は、いつも賑やかではある。

 だが、今日はひときわその色を濃くしていた。

 特にレヴィはひとしおで、身体いっぱいを使って美味しさを表現しては、ディアーチェに咎められていた。

 ユーリがその光景に微笑む、緩やかな時間。

 今日もその例に漏れず和やかな空気が流れている。

 

 だが、突然ルイスが椅子をガタンと倒し立ち上がった。

 

「ーーう、ぐ」

 

 ルイスは口元を押さえ、フルフルと肩を震わせる。

 嗚咽に似た悲鳴を零し、ルイスは俯き顔をしかめた。

 身体は小刻みに震え、至る所から汗が吹き出し服はビショビショだ。

 

 ポカン、と全員が唖然とした視線を向ける中、ルイスはカハッ、と息を吐き出し、

 

「ーーえ、ちょ、なにこれ辛過ぎじゃない?! いや、っていうか痛い! このカレー痛いんだけど!?」

 

 思うままに大絶叫した。

 

「……別段、いつもと味付けは変えてはいないが」

 普段のルイスであれば、ケロリと平らげていたものだ。

 実際、途中までは美味しそうにパクパクと口に運んでいたのは確かだ。

 ディアーチェは動揺を隠せずに思わずたじろぎ、首を捻る。

 模擬戦でやはり何かあったのかと、表には出さないも心配しているようであった。

 

「ルイスさん、どうぞ!」

 ユーリが慌てて水が並々注がれたコップを手渡す。

 半分ひったくる様にルイスはそれを受け取り、一気に飲み干した。

「あ、ありがとうユーリ……助かったよ……」

「い、いえ……でも、どうしたんですか? いつもは美味しそうに食べていましたけど……」

「そ、そうなん……だけど……」

 どうやら、ルイス自身が一番驚いている様であった。

 口元を押さえ、茫然としている。

 キツネにつままれた、という表現がしっくりくる、そんな驚き方であった。

 

「ルイス、どうしたの? やっぱり、どこか悪いの?」

 レヴィも驚きと心配が入り混じった様子だ。

 スプーンを握る手にも、力が込められている。

「……その、なんだ。食べられぬなら、我の分と交換してもよいが」

 ディアーチェも流石に動揺を隠せず、自分の皿を突き出した。

 けれどルイスはふるふると首を振り、ひり付く唇で断りの弁を立てる。

「ううん、大丈夫。ちょっと……っていうか、滅茶苦茶痛いけど、これを食べたいんだ」

 ルイスはイスに座り直し、自分の皿に再びスプーンを入れた。

 無理をしている、というようでも無い。本当に、刺激そのものを楽しんでいる様子だ。

 定期的に悲鳴を上げつつも、心の底から楽しんでいるルイスに、ディアーチェは思わず苦笑する。

 

「……まったく、おかしな奴だ。だがどうして、普段よりいい顔をする」

 いつもより楽しそうに食事をするルイスに、ディアーチェは訝しみながらも悪くは思っていないようである。

 兼ねてより、ルイスは笑顔を絶やす事はないが、今この時は確かな「嬉しさ」が見て取れた。

 

「…………」 

 

 だが、叫びながら食事をするルイスの横、シュテルはいたって静かだ。

 チラチラとルイスを気にかけてはいる様だが、話しかける事も無く黙々と食事を続けている。 

 

「…………?」

 レヴィはジッとそんな二人を交互に見比べ、不思議そうに小首をかしげた。

「……ねぇ、ルイスとシュテるん何かあった?」

 

 ピタリ、と二人の手が止まる。

 

「……いいや、何もないけれど。どうして?」

 ルイスが固まったまま動かないシュテルをチラリと見ながら答える。

「んー、何かいつもと様子が違うなって。ルイスがいつにも増して変なのに、シュテるん何も言わないしさ」

 

 ディアーチェとユーリが特にレヴィを静止しないあたり、二人も何か思う所があったのだろう。 

 これはレヴィの純粋さあって出来た質問だ。そうでなければ、どことなく気まずい二人の空気に切り込めはしなかったはずだ。

 内心、ディアーチェはレヴィに感謝を送る。

 どうにも、ディアーチェにはシュテルが必死に気落ちしている自分を隠そうとしている事が分かっていた。

 その為、どう聞き出すべきかと思案を重ねていたのだ。

 

「あー、ほら。あれだ、呆れてるんじゃないかな。ね、シュテル」

「え、ええ……」

 絞り出す様にシュテルは何とか相槌を打った。

 だが、フッと視線がルイスと合うや否や、シュテルは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「ふーん……」

「ほらレヴィ、お喋りしてばっかだとカレー冷めちゃうよ?」

「あ!! ホントだいけない、食べなきゃ!!」

 まだ納得のいっていないレヴィであったが、大好物のカレーに興味が移ったようだ。

 ディアーチェの何か言いたげな視線にシュテルは気が付くも、慌てて目を逸らした。

 

(やれやれ、また何か面倒な事になっておるのか……)

 

 シュテルのどこまでもぎこちない様子に、ディアーチェは誰にも気付かれず溜息をついた。

 ディアーチェが詰めよれば、おそらくシュテルは胸の内を吐露するだろう。

 それが例え、望まぬ事であったとしてもだ。

 だから、シュテルは思わず視線をディアーチェから外したのだ。

 これ以上問われたくは無いのだという、意思表示だとディアーチェは受け取った。

 

(待つのも我の務め、か。なに、シュテルならばいつか打ち明けてくれる時が来ようて)

 

 それぞれに思いが巡る中、食事は続いていく。

 

「うむ、美味い」

 

 ディアーチェは、自分の作ったカレーに頷き、舌鼓を打った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ルイス」

 夜も更け、シュテルとルイスは布団の上で座り向かい合っていた。

 今ではもう、ルイスはす巻きにされる事も無く、普通に就寝している。

 否、入院中に一緒に寝る習慣がついてか、それからはずっと布団は共有していた。

 ルイスはやんわりと拒絶していたが、シュテルはその逆に「一緒の方が何かと効率がいいので」と望んだ結果だ。 

 

「その、えっと……」

 歯切れも悪く、シュテルは口ごもる。

 明日は、ルイスが皆の前で事情を話す事になっていた。

 その為、二人はすでに寝間着であり、支度は万全といった所だ。

 普段より一時間ばかし早く就寝しようと部屋に引き上げた矢先、シュテルが話を切り出したのだ。

 

「今日は、本当に申し訳ありませんでした」

 

 シュテルが俯き顔も赤く謝るのは、模擬戦の中で起きた一幕についてだ。

 今でも自分の行動が信じられず、シュテルは慙愧の念を抱かずにはいられない。

 食事の際も、「あの事」が頭に浮かび続け、まともにルイスを見る事すら出来なかった。

 

「僕は気にしていないよ。というか、僕の方こそゴメン。僕なんかとキスするのは嫌だっただろうし」

 

「ーーいえ! 決してそのような!」

 

 反射的に大声を出した自分自身に驚き、シュテルは思わず俯いてしまう。

 

「……その。いや、だった……わけではありません、ので……」

 堰を切った様に、シュテルから言葉が溢れた。

 強く否定する意味にシュテルは気が付き、カッと顔が熱くなる。

 だが、このまま黙る事は出来ず、震えながらも続ける。

 

「むしろ、私は嬉しささえありました。あんな非常識な事をしておいて。レヴィの気持ちを知りながら、自分の浅ましさに腹が立ちます」

 

 シュテルは、ぽつりぽつりと、続ける。

 気がついてしまった、自分の気持ちを、吐き出す。

 

 ーーこの、胸の痛みと高鳴りは。

 

「最近、おかしいのです。今まで抱いた事のないこの感情の処理が、どうしても出来ないんです……」

 

 ーー心の中から広がるこの気持ちが、目頭を熱くさせる。

 

「初めは、正直貴方を煩わしいと感じていました」

 

 ーー温かく、熱く染まる炎の様な。

 

「でもいつしか、私は貴方が隣にいる事に安堵を抱いていたのです。もっと、ずっと。共にいる事が出来たならば。そんなせん無き事ばかりを考えるのです」

 

 ーー貴方を見るだけで口角が上がりそうになるのを、必死に理性で抑えた。

 

「この気持ちを言葉にする事を、どうか許してください」

 

 ーーいつしか、私は。

 

「私は……きっと私は、ルイスの事を……」

 

 ーー幼い感情は、自覚すれば止まらない。痛みと甘美を伴って、溢れ出る。

 

 ギュッとこぶしを握り、シュテルは意を決して口を開ける。

 自分の正直な気持ちを、伝える為に。 

 

「私はルイスの事をーー」

 

「ーーその気持ちは間違っているよ」

 

 だが、シュテルが続けようとした言葉をルイスは断ち切った。

 笑顔を、ルイスは湛える。

 

「こんな近くに異性がいるっていう状況が、君をそうさせたんだろう。まぁ、よくある勘違いってやつさ」

 

 シュテルが吐きだそうとした言葉は、声にならず宙に溶けていく。

 受け取って貰う事すら叶わず、シュテルの中で重く沈んでいくばかりだ。

 

「……さ、明日は早いんだしもう寝なくちゃ」

 

 ルイスは布団を被り、背中を向ける。

 シュテルは小さく返事をし、電気を消した。

 潜り込んだ布団の中、すぐそばで横たわる温度に、シュテルは触れる事が出来ない。

 

(拒絶されるか、果ては咎められると思っていました。いいえ、あわよくば……)

 

 

『ーーよくある勘違いってやつさ』

 

 

 ルイスの言葉が、シュテルに冷たく刺さった。

 

(初恋は実らない、と何処かで読んだ気もします。あぁ、つまりはこういう事なのですね)

 

 シュテルは、自分の手が震えている事に気が付かない。

 とめどなく溢れる涙を拭えない。

 張り裂けんばかりに胸が痛み、唇をギュッと噛みしめた。

 

(せめて、否定か肯定は貰えるものだとばかり、思っていました……)

 

 だが、齎された言葉がそのどちらでもなく。

 想いその物が間違いなのだと、悟すものであった。

 

(あぁ、その位置にすら、私は立つことを許されないのですね)

 

『ーーーー』

 

 ルイスの言葉がシュテルの頭に再び響く。 

 心地よかった感情も、時には苦しかった想いも。

 名状しがたいこの感覚の正体が、理解出来なかった。

 だが、今ならハッキリと分かる。

 この感情が意味するものを。

 そしてその、名前を。

 

(私は……)

 

 言葉にする事は許されず、心の中で吐露する。

 

(ルイスが、好きです)

 

 

 気付かずにいた自身の想いを知り、けれどその瞬間に最も残酷な結末がそこにはあった。

 爆発した高ぶりは行き場を失い、シュテルの内を駆け巡る。

 そしてそれは、計り知れない痛みとなった。

 

(私のこの気持ちは、間違っているのでしょうか……)

 

 シュテルは必死に嗚咽を隠し、止まらぬ涙を流し続けた。

 

 

 夜空には、満月が輝いている。




まさかこんなにたくさんの人に見て頂けるとは想像もしておらず、ただただ感謝です。
投票していただいた方、コメントしてくださった方、本当にありがとうございます。
続きを書く原動力になっております。


次回ですが、コミケやゲームマーケットにサークル出展する事もあり、遅れると思います。申し訳ないです。
このシーンで一旦止まってしまうのはどうにも……とは正直思うのですが……12月中に更新出来れば御の字くらいですので、今しばらくお待ちいただければ幸いです。
それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。
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