魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~   作:火神はやて

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5話に続いてのBパート的イメージ。
アイキャッチとかを妄想してしまうのは性でしょう。


ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


第6話 紅蓮と禊とケモノイシ

「藤見神社」と名を冠するその場所で、魔力による戦いがあった。

 1体の狗の石像と3人の魔導師による、魔法戦だ。

 

 黒と青と銀の色を持つ彼らの名は、それぞれがクロノ、レヴィ、ディアーチェである。

 

 境内は激しい戦闘の為か、石畳のそこかしらに亀裂が生じていた。

 神社を覆う様に植えられている広葉樹も、ほとんどが傷つき折れている。

 魔導師3人にダメージらしきものは見受けられないが、疲れの色が見え隠れしていた。

 

 ーーと、そこに一筋の光が射した。

 

「……来たか」

 銀髪の少女、ディアーチェがそう呟き、苦々しく光の中より現れた二人を見た。

 その先にいるのは、金の鎖に繋がれた、深紫と漆黒のバリアジャケットを着こむ男女。

 シュテルとルイスだ。

 

「お待たせいたしました、ディアーチェ、レヴィ、クロノ」

 ぺこり、とシュテルはお辞儀をしながら微かに笑みを浮かべる。

「よーし! やったるぞー!」

 続いて、鼻息荒く意気込むルイスが口を開いた。

 

「もー遅いよー! さっきから僕ばーーかり頑張ってたんだからなー! 王様とクロノはずーっとお話してるしー!」

「レヴィ、ありがとうございます。後は、私たちに任せてください」

 

 ふくれっ面でテコテコと近づいて来たレヴィの頭を、シュテルは優しく撫でた。

 目を細めて喉を鳴らすレヴィを横目に、ディアーチェはルイスへと攻撃的な視線を投げる。

 

「さて馬の骨。お前はこやつの対処が可能と聞いたが?」

「うん! そのつもり……で来たんだけど、その、ねぇシュテル……」

 気まずそうにシュテルへと視線を降ろすルイスである。

「……そうですね。これは、私たちは必要だったのかと思ってしまう光景ですね」

 

 シュテルとルイスの視線の向こうには当然件の石像がいる。

 いるのだが、その両足はすくい上げるようにバインドを受け、足払いを「され続けて」いるのだ。

 起き上がろうとしたその瞬間を狙い、引っ掛ける様に新たなバインドが絡みつく。

 その為、石像は一向に起き上がれず、陸に上がった魚の様相を呈していた。

 

「いや、実際これは一時凌ぎでしかないんだ。どうにもあの石像はバインド対抗魔法がかけられているらしい」

 クロノの言葉通り、足に絡みついた幾重ものバインド魔法が、まるで弾け飛ぶ様に掻き消えた。

 

「……今みたいに、何度拘束してもすぐに解除されてしまうんだ。どうにも、力で引きちぎるというより、何らかの方法で掻き消している、という感じなんだ」

「全く厄介極まりない代物だ。我らは攻撃も拘束も逃走も出来ん。戦時下であったなら、これほどはた迷惑な兵器もそうないであろうな。最も、最初からそれが狙いの代物なのだろうが」

「……なるほど、それは面倒な相手ですね。そして現時点では撃退に有効な方法がない、と」

 

 クロノは引き続きバインドで足払いをしつつ、ため息交じりにシュテルと会話を続ける。

 

「あるとすれば再生速度を超える大火力で塵にする事、か。僕やレヴィ、ディーアチェも高火力の魔法がないわけではないが、やはりシュテルの集束砲に勝るものはない。この一帯には魔力も十分散っているだろうから、それなりの威力にはなるはずだ」

「成程、確かに。バインド魔法と言えど、これほどまでに重ねて撃って頂いたおかげでしょうか、辺り一帯を焦土に変える事ぐらいは出来そうです」

「怖い事をサラッと言うね君は。まぁ、でもまずは……」

「ええ、そうですね」

 

 クロノとシュテルは頷き、ルイスへと視線を向ける。

「して、ルイス。戦闘準備は万全ですか?」

 

 屈伸やアキレス腱を伸ばし準備体操をしながら、ルイスは答える。

 まるで軽いランニングにでも行くかの様な、そんな仕草である。

 

「オッケー! いつでもいけるよー!」

「成程、わかりました。元気はいいようで何よりです。では、一点だけ確認したいことがあるのですが」

「ん? なんだい?」

「いえ、貴方は飛行魔法は使えますか?」

「え、んー、ごめん使えないよ」

「……そうですか、わかりました」

 

 困りましたね、とシュテルは内心で呟いた。

 どうにも、陸戦という形を取らざるを得なくなったからだ。

 相手はどう考えても陸戦特化の形状をしており、制空権を確保する事は何より重要であった。

 また、ルイスの秘策が失敗に終わった際、大よそ集束砲で塵にする方向に事が進むわけだが、その際に空中にいるか否かは攻撃方法の選択の大きな要因となる。

 

(……ふむ)

 

 シュテルがルイスを抱えて飛ぶという選択肢もあるが、体躯の差は事空中制御においては大きな壁だ。

 普段ならばかからない空気抵抗や体幹のズレ、それらを修正しながら臨むには、あまりにも危険な賭けといえる。

 集束砲を撃つならば「踏ん張る」必要もあり、一朝一夕の修正で済む話しではない。

 

 シュテルの周りには当然の様に飛行魔法を扱える者ばかりがいたが、そもそもが決して簡単な魔法ではない。

 もとより、空を飛ぶ肉体的構造を持たない生物が、飛行するのである。その独特の感覚には得手不得手がハッキリと現れる。

 

 実際、飛行魔法は一般魔導師には困難な魔法と認識されていた。

 

 落下速度を緩和したり、ただ浮遊する魔法であればある大多数が習得できるが、「飛行」を戦闘に用いるとなれば、一気にその難易度が跳ね上がるのである。

 

 また、空に留まる間は常に魔力を消費し続けているという点も、使い手を選ぶ大きな要因だ。

 飛行そのものはあくまで戦略の一環であり、直接的な攻撃魔法を使用するには当然別途魔力を消費する必要がある。

 いかなセンスがあれど、基礎魔力が足りなければ、空をただ飛ぶだけにしかならず、攻撃に回せる魔力が残らないのである。

 魔力量が少ないものにとっては、そこが一番のハードルであると言えた。

 

 飛行魔法を扱えない者は、独自の空中歩行術を編み出したり、そもそも空中戦を捨て、陸戦に特化する魔導師もいる。

 ルイスはどうやら、空中戦を想定した魔導師ではない事が伺えた。

 

(さて、どうしましょうか……)

 

 シュテルは「高町なのは」という、生粋の空戦魔導師の情報を色濃く受け継ぐマテリアルである。

 故に、当然の如く空は彼女にとって第二の世界なのである。

 それは即ち、陸戦の経験が極端に少ないことも意味していた。

 

(一応、陸戦の訓練も行ってはきましたが、いささか不安は残りますね)

 

 空中戦が封じられた時を想定し、陸戦の技術も学んではいる。

 だからこそ、魔力運用の訓練以外にも、走り込み等の肉体的なトレーニングは常に行ってきていた。

 しかしやはり本来シュテルの居場所は空にあるのだ。

 明確なアドバンテージを使えず、あまつさえ相対者の領域である地上戦を行わなければならないこの状況は、あまり望ましいものではなかった。

 

 陸戦魔導師と空戦魔導師。

 その二人が物理的に離れられないという事は、陸戦を強いられるという事であり、どう足掻いてもシュテルにとって不自由な戦闘になる事を意味していた。

 

 

「ーーん、あれ。こいつ急に大人しくなったぞー?」

 

 シュテルが考えを纏めていたその時、レヴィが不思議そうに小首をかしげ呟いた。

見ると確かに、石像はまるで諦めたかの様に動きを止め、完全に静止していた。

 

「……皆、注意を怠らないように」

 

 明らかに先ほどまでとは異なる挙動。

 クロノがするどく目を見据えた、その時だった。

 

 バキ、と石像の背中に大きな亀裂が走ったのだ。

 

「なんだ……?」

 

 そのヒビは徐々に大きくなり、ズルリ、と其処から二本の腕が伸びた。

 長く鋭い爪を持つ双手は人の物ではなく、明らかに獣のものである。

 

「ーー!?」

 

 と、まるでセミの幼虫が脱皮をするかの様に、割れた石像の背中から、二回りは小さい石の獣が現れた。

 

 四足獣の石像から生まれたソレは二足歩行となり、狗から狼とでも言うべきフォルムへと変わっている。

 ずんぐりむっくりとした姿から一変し、かなりスリムに、無駄を削ぎ落した形となっていた。

 また、胸の中心には赤い光が怪しく灯っており、まるで鼓動の様に明滅している。

 

 石の人狼とでも言うべきソレはゆらりと立ち上がり、尻尾を鞭の様に打ち鳴らし、吠えた。

 

「ルォオオオオオ……!」

 

 人狼が唸ると同時、その姿がクロノたちの前から消えた、否、後方にある鳥居の上に移動していた。

 人狼が先ほどまで立っていた石畳には、足裏の形の陥没があり、後ろへ大きく跳んだ事がわかる。

 目にも留まらぬ速さでの、大跳躍であった。

 

「ーーほぉ」

「うおー! び、びっくりしたー! あいつ滅茶苦茶速いよ!」

 ディアーチェが目を細め口を弓にし、何故かレヴィは嬉しそうに大鎌をブンブンと振るった。

 

 闘いそのものを楽しんでいるかの様な彼女らをよそに、クロノは内心確かな焦りを感じていた。

 

(まずいな、速さだけで言えばフェイトといい勝負かもしれない。かろうじて動きは捉えられたが、まだ「次」があるのか?)

 

 クロノは過去に発見された古代遺産を思い浮かべていた。

 それは、一定時間経つと「変質」する特性を持っているものであった。

 初めは豆粒程度だったソレは僅か1日で100メートル超の巨人へと進化を遂げたのだ。

 それは石の身体を持ち、驚くべき生命力を有しており、並みの魔導師では太刀打ちが出来なかった。

 

 後に『キュクロプスの巨人』と名付けられたソレは、集った精鋭魔導師数十人による一斉砲撃により消失した。

 もしあと一歩遅ければ、どうなっていた事か。

 管理局の中でも、非常に大きな衝撃が走った事件なのである。

 

(ーー落ち着け、まだそうと決まった訳ではない。けれど、万が一という事もある)

 

 クロノの推論にはいくつか根拠があった。

というのも、不意打ちとも言える初速を逃げの一手に使用した点が大きい。

 突撃し、致命傷を与えるだけの威力を誇っている事は、その膂力からも容易に想像できる。

 だというのに、何の迷いもなく単純な後方への跳躍を選択した。

 

(それでいて、今はこちらと一定の距離を保ち続けている……)

 

 逃走が主の目的であるのならば先ほどの行動も納得は出来るが、何故いまだに境内に留まっているのか。

 

(この場にいる事が目的であるとしたならば……それはやはり、進化の為に一定の魔力が必要だからか? 集束砲と同じ原理で、霧散した魔力を吸い集めている……? この世界での魔力源といえば、それこそ僕らしかいないわけだし)

 

 もし一定時間ごとに「進化」する性質を持っているのであれば、ここで止めなければいよいよ手だてがなくなる可能性もある。

 

(あくまで推測でしかない。だが、過去に時間経過で成長する古代遺産があったのも事実。コレがその亜種だとするならば……)

 

 クロノは鳥居の上の人狼から片時も目を離さず、シュテルの側に移動する。

 

「シュテル、すまないがゆっくりしている時間はなさそうだ」

「ええ、その様ですね。もし『キュクロプスの巨人』と同じだったならば、非常事態とも言えます」

「……知っているなら話しが早い。いけるか?」

「ええ、問題ありません。ルイス、準備はいいですか?」

「おうともさ、大丈夫だよ」

 

 魔法による攻撃は出来ず、バインドも無力化される。

 おまけに飛行魔法も封じられ、速度すら奪われた。

 となれば、残る方法は一つだ。

 

「ルイス、呪詛魔法への対抗策なのですが……」

「ああ、大丈夫。任せて。あ、でも、んー」

「何か問題が……?」

「いや、大丈夫。でもシュテル、先に謝っておくね」

 

 言うや否や、ルイスはシュテルをヒョイと抱き上げた。

 俗に言う、お姫様抱っこの形だ。

「あ、あの……?」

 大よそ戦闘中に行われるはずもない姿勢に、シュテルは目を見開いた。

 後方からは「あの馬の骨粉々にしてくれるわ」と低い唸りも聞こえてくる。

 

「ルイス、今ふざけている場合では……」

 両手もふさがり、攻守共に行える状態とはとても言えない。

 さらにはそのバランスの悪さから、地上戦において最も大切となる足を自ら封じ、一体何ができようというのか。

 シュテルは身じろぎ、ルイスから離れようとするも、より強い力で抱きしめられた。

「ル、ルイス……?」

 シュテルには珍しい狼狽をハッキリ表し、混乱した瞳を揺らす。

 一方ルイスは、ニコリと晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「ーーしっかり掴まってね」

「いえ、ですから……」

「ーーいいから」

 

 有無を言わさぬルイスの言葉。

 シュテルはまだ理解しきっている風ではなかったが、とりあえずルイスのジャケットをギュッと掴んだ。

 ルイスが小声で何かを呟いた、かと思ったその瞬間。

 

「ーーっふ」

 

 息を吐き、一歩。

 

「ーーーーッ」

 

 一歩の踏み込みで、最高速度に到達した。

 

「ーーっく!」

 

 シュテルは予想打にしていない加速による重圧で、小さく呻いた。

(何ですかこれは……?!)

 

 空中で急加速を行った時と同様の、押しつぶされる感覚。

 幾多の空中高速戦闘の経験から、シュテルは既にトップスピードに乗っている事を理解する。

 進路の先にいるのは人狼。ただ一直線に目標に向け、ルイスは走る。

 人狼もそれを把握してか、鳥居より飛び降り、全力の疾走を開始した。

 だがそれは、逃走の意思のみで行われた走りであり、人狼は追うルイスから遠ざかる為だけにその足を使っている。

 

(やはり逃げはすれど、この領域から出ようとはしませんね……いえ、しかし今はそれよりこの魔法です……!)

 

 のんびりとした歩調からの爆発的な加速に面食らったという事もあるが、それ以上の不可思議をシュテルは思っていた。

 

(解せません、この動作には初速という物が感じられませんでした)

 

 瞬間的な速度の上昇といえど、徐々に速度が上がるのが世の理である。

 しかし、ルイスはどうも全てを飛び越え、いきなり最高到達点に至ったのだ。

 

 加速を得意とする魔導師は確かにいる。シュテルの知る限りではフェイトがまさにそれだ。

 フェイトのソニックフォームも、一瞬で最高速度に到達はするが、それでも「速度の出し始め」というものは確かに存在する。

 

 普通車が100キロに到達するのに数十秒を要するとして、レーシングカーがその半分の時間で目標速度に達するのと同じ様に。

 あくまで、最高速度への到達時間が短く、その終着速度の数値が常人より高い位置にある事が、速さを武器にする魔導師たる所以である。

 

 けれどルイスの加速は完全に異質であった。

 終着速度に行きつくまでのラグがなく、文字通り「一発で最高速度」へと至ったのだ。

 

 予備動作もなく、ただ歩くように踏み出した一歩から、最高速の走力を生んだ事は、あまりにも不自然な現象であった。

 

(それに……)

 

 シュテルを抱き上げている不安定な状態をものともせず、ルイス軸のブレない走りを見せていた。

 よく鍛えられ、実戦を持って練りこまれた下半身からなる、鍛錬の賜物である事はシュテルはすぐに察する。

 陸戦に特化しているからこそ成せる技量であり、シュテルにはおそらく真似の出来ない芸当であった。

 

(この体術からも、この速度は肉体強化の魔法によるものかとも思いましたが……しかし、どこか違和感があります。バリアジャケットの気質からして、フェイトと同じ類の魔導士かとも推測は出来ますが……)

 

 訳が分からず、ちらりとルイスの顔を覗くシュテルは、ふっと疑問に似た感覚があった。

(……?)

小さな違和感。

けれど、その正体はすぐに分かった。

 

(髪が、なびいていない……?)

 

 シュテルが思わず身じろぐ程の速度である。

 実際、シュテルのジャケットも髪もバサバサと乱雑にはためいている。

 しかし、ルイスは平常時と何も変わらない。

 加速による風の影響はあるはずなのに、一切の揺れがない。

 まるで、ルイスがこの世界から抜け落ちてしまったかのような、不思議な光景であった。

 

 

「凄いなこれは……」

 クロノは目の前の光景をジッと観察する。

 それはまるで、高速で行われる鬼ごっこだ。

 ルイスが鬼で、人狼は逃げる子だ。

 ディアーチェは腕を組み、レヴィははしゃぎながら観戦の呈を保っている。

 

 人狼は神速であり、追いすがるルイスは僅かにそれに遅れている。

 けれど、間違いなく肉薄している。

 その理由は、ルイスが人狼の動作を予測している所が大きい。

 最短のコース取りをし、時には人狼の進路方向へと割り込むように躍り出て、人狼の動きを制限している。

 

「ーーーーッ!!」

 

 人狼もそれを分かってか、やり難そうに回避の行動をとり続けていた。

 

「ーーシュテル、5秒後にバインドを地面スレスレに撃って」

「ーー分かりました」

 

 突然のルイスの声。

 有無を言わさない凛然とした響き。

 シュテルはルイスの狙いを正確に読み解けてはいなかったが、しかしその指示に従う。

 ルイスの闘いを見て、サポートに徹する事が今は最善だと判断したからだ。

 

 と、きっかり5秒後、ルイスは垂直に跳んだ。

 それと同時にシュテルはバインドを放つ。

 円状の紐型バインドが形成され、収束するその中心。

 

「ーーガァァ?!」

 

 そこに丁度飛び込む様に、人狼が足を踏み入れた。

 当然、人狼は拘束魔法に絡めとられていく。

 

 上位の魔導師と同等の速度を誇る人狼をバインドで捕らえる事は、そもそもが難しい。

 ルイスはそれを誘導と行動予測を用い、見事罠にはめたのだ。

 

「やりますね」

「いやーシュテルのバインドもなかなか頑丈な事で」

 

 宙で滞留する僅かな時、シュテルとルイスはフッと薄く笑みを浮かべ合う。

 

「さーて、じゃあ……」

 ルイスはシュテルを左手のみで抱きかかえる形に変え、右の手でデバイスを握りなおした。

 そしてそのまま、ルイスたちは物理法則に従い、地へと落ちる。

 当然そこには、網に絡まる石の獣がいる。

 バインドを解除するまでの僅かな隙を、狙う。

 

「よいしょ、っと!」

 

 緊迫感の欠片もないのんびりとした声で、ルイスはデバイスを人狼に突き立てた。

 重力による加速に加え、魔力が込められた一撃。

 

「ーーーーッ!」

 

 人狼の胸を正確に捉えた一撃は、しかし小さな亀裂をつけるに終わった。

 すぐさま傷は再生してしまい、人狼はひときわ大きく跳び、距離をとる。

 

「ーー馬鹿者! 話しを聞いておらんかったのか!!」

 ディアーチェの怒号。

 そこには焦りの色も濃くあった。

 ディアーチェの狼狽も仕方のない事である。何故なら、ルイスは魔力の籠ったデバイスで人狼を傷つけたのだ。

 即ち、魔力による一撃。呪詛の発動条件を満たした事になる。

 

 あまりに自然に行われたその行為に、ルイス以外の皆は戦慄する。

 

 と、黒靄に似た魔力がルイスを包み、呪詛をその身体へ染み込ませていく。

 

 強力な呪い、呪詛の魔法だ。

 

 ソレはルイスを浸食せんと迫り、果ては体を全て包みこんでしまう。

 

「ルイス!!」

 

 シュテルの叫び。

 目の前の光景に思わずまろびでた声。

 

「大丈夫だよ」

 

 顔すら見えぬ黒い霧の中、ルイスの声がした。

 シュテルは、何故か微笑んでいるルイスが優に想像できた。

 

 

 

「ーー禊魔法(みそぎまほう)

 

 

 

 ポツリ、とルイスの声がした。

 静かに雄々しく、どこか優しみのある声で。

 

 

 

「……(はらえ)!」

 

 

 

 ーー瞬間、ルイスを覆う黒靄が文字通り吹き飛んだ。

 

 

 

 明瞭な視界。そこには、やはり微笑み立つ、ルイスの姿があった。

 

「ーーーー」

 

 シュテルは静かに息を呑んだ。

(今のは……?)

 

 日頃から魔法技術の研究に熱を入れているシュテルであったが、しかし全く知り得ないルイスの魔法に魅入っていた。

 シュテルの知識のどこにも該当しない未知の魔法。

 

(稀少技能、でしょうか。悪い癖だと自覚はしますが、しかしやはり興味をそそられますね)

 希少技能。レアスキル。その名の通り、唯一無二の希少なスキルである。術者そのものの絶対数が少ない場合も認定され、八神はやての蒐集行使もこれにあたる。

 滅多なことでは出会えない代物であり、バトルマニアを自他共に認めるシュテルが興味を持つのは当然といえた。

 

「……グルルル」

 人狼も完全に予想外だったのか、虚を突かれ一瞬硬直を見せていた。

が、すぐに脚を駆動させ、高速の世界へ入る。

 

「うへぇ、ここに来てまだ速度あがるのかぁ……」

 

 辟易を文字通り感情へのせ、どこまでも気だるげな溜息を漏らすルイス。

 言葉通り、人狼は明らかにそのスピードを上げていた。

 

 今までですら神速とも言うべき速度を誇っていたが、更に磨きがかかり、尚最早姿が見えない程の域に達していた。

 それを見てか、ルイスはピタリと動くのを止めている。完全に直立不動である。

 

「……ルイス、見えますか」

 諦めたように突然足を止めたルイスを心配してか、シュテルはルイスに問いかけた。

 幸い、シュテルにはギリギリの範囲で人狼を追う事が出来ている。

 故に、人狼が逃げの一手から攻める機会を伺っている事も察していた。

 

「いやぁ、全然。というより、正直ずっと前から目で追えてはいないよ」

「……。では、何故?」

 追えているのですか、とシュテルは思う。

 高速戦において、空間把握と敵機の認識は基本中の基本である。

 それが出来ずして、何故先ほどまで闘えていたというのか。

 

「なんていうか、あれだよあれ。気配、みたいな?」

「…………」

 実際、先読みをしているとしか思えない行動をルイスがしていたのは確かだ。

 しかし、気配という曖昧な物一つだけで、今の速度を得た人狼を相手にするのは不安要素でしかない。

(それに、この急激な変化。いえ、進化、ですか。クロノの予想が的中している可能性は高いですね)

 

 となれば、最早ルイスの動向を監視するよりも撃墜の方が重要であると、シュテルは判断した。

 

「ルイス、ここからは私がーー」

「ーー大丈夫、もう終わるよ」

 

 ルイスは飄々とした口調で、前に出ようとするシュテルを押さえた。

 そして、数歩右に移動し、ピタリと止まる。

 その行動の意味が分からず戸惑うシュテルを隠す様に、自分の背中の後ろへと移動させ、デバイスを突き出す姿勢をとる。

 左足は後ろへと伸ばされグッと地面を掴み、ルイス自身が一本の強固な柱の様に固着された。

 

「速いってのはそれだけで武器だけど、急に止まれないし方向転換も効かないのは難点だよなぁ」

 

 ルイスの言葉が終わると同時、それは来た。

 

「ーー衝突注意、ってね」

 

 ドン、という強烈な衝突音。

 そこには、ルイスの突き出したデバイスに貫かれる、人狼の姿があった。

 まるで地面に突き立った杭に刺さる様に、人狼はルイスのデバイスに胸を抉られている。

 極限まで加速した自身のスピードが、そのまま直撃したのだ。

 

 形だけみれば、ルイス自身は一切の挙動を見せず、ただデバイスを突き立てただけである。

 だが、僅かな動作で人狼の行動を誘導し、進路を逆算。

 破れかぶれの行動が産んだ結果ではなく、全てがルイスの思惑によるものだと、その場にいた全員が理解した。

 

 

「大体この手の古代遺産には、核があるもんだ」

 

 ルイスのデバイスの切先。野球ボール程の真っ赤な球体が突き刺さっている。

「これを、こうして、っと!」

 心臓の様な鼓動があるソレを、ルイスはパキン、と音を立て、叩き切った。

 赤い核が真っ二つになったと同時、人狼とその抜け殻はサラサラと砂になり、あっけなく、完全に消滅した。

 

 

「ーーはぁ、よかったぁ何とかなった」

 特大のため息を吐くルイスであったが、それは安堵からくるものであり、その表情も弛緩しきっていた。

「ふぅ、シュテル大丈夫だった?」

「え、えぇ……しかしこれ程とは。正直、想像以上です」

 

 シュテルは素直に感嘆を述べる。しかし、シュテルは内心で真逆の感情が渦巻いているのを感じた。

(……なんと、なんと薄氷を踏む様な闘い方でしょうか)

 

 

 

 防御魔力をその身に纏い、凄まじい衝撃に耐えうるだけの備えは行っていたのは分かる。

 けれど、全ての威力をそれでいなしきれるわけがないのも確かだ。

 事実、受け止めた右腕や軸となった左足。砕け飛び散る破片を受けたあらゆる箇所から、赤い血が滲みでていた。

 

 それでいて、庇われる様に背中で護らたシュテルは、一切の傷を負っていない。

 

(確かな使い手だとは認めますが、しかし、自分の命を勘定に入れていない様なこのスタイル、好きにはなれません)

 

 シュテルは自分が想像していた以上の戦果を見せたルイスを、相反する瞳で見つめた。

 

 優れた魔導師としての興味と、同時に見せる特異な脆さ。

 自分を抱きとめる様に支えるこの青年に、シュテルは明確な興味を抱いている事を自覚する。

 

 禊魔法という聞きなれない魔法技術。

 奇妙な加速に相当な場数を踏んだ事が分かる陸戦技能。

 それでいて、今まで生き延びてきたのが不思議な程の戦闘スタイル。

 

 先ほどまでは疑惑と不都合さを強く感じていたが、この闘いでそれは少し薄らいでいた。

 

 駆け寄るクロノたちに手を挙げ応えながら、シュテルはニコニコといつもの笑みを浮かべるルイスをそっと見上げる。

 

(しかし、兎にも角にも無事撃退出来たのは、何よりルイスのおかげです。今はそれでよしとすべきでしょう)

 

 シュテルの誰にも気付かれない小さな笑みと共に、一陣の風が、人狼だったモノをサラサラと空へと巻き上げていった。

 




ルイスとシュテルの共同作業、これにて終着。
おそらく次回に我らがなのはさんもちょっぴり出たり。

シュテル可愛い!! ってシーンがこれから書けたらなーって思う所存でございます。しかし、師匠も走り回る忙しさと名高き師走が迫っております。ちょっぴり更新遅れるかもですが、その時はご容赦くださいませ。


それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。
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