魔法少女リリカルなのは~ブレイジング・ルミナス~ 作:火神はやて
ではでは、ほんの少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
事務机に来客用のソファ、そして僅かばかりの観葉植物がある部屋がある。
次元航空艦アースラの執務官室だ。
クロノの仕事部屋であるそこには、二つの人影がある。
「その、クロノ君……実は……」
一人は、その瞳を動揺と寂寞で揺らす女性、シャマルだ。
彼女は相談がある、とクロノを訪ねて来ていたのだが、そわそわと落ち着かず口籠り、どうも言葉にしていいかを迷っている様であった。
「ルイスさんの事でしょう、シャマルさん」
シャマルの会話の相手、黒髪の少年ーークロノは、自身の席に腰を降ろしていた。クロノはシャマルを気遣い、彼女が言いたいであろう名を口にした。
「あ……。うん、その……」
「メディカルチェックの報告書を読んだ時は、流石に何かの間違いかと思いましたが……」
チラリと、シャマルがぎゅっと握りしめ皺の寄ったメモと思しきものをクロノは見た。
「どうやら、彼自身には自覚があるようですね。ソレ、僕も貰いましたよ」
「ええ……その、皆には黙っていて欲しいって書いてあって…‥。でも、私、どうしたらいいか……」
「一つ確認をしますが、ルイスさんの状態は例の手枷が関係している、という事は無いんですか?」
クロノは、シュテルとルイスを繋ぐ金の枷を思い浮かべた。
あの手枷は古代遺産に他ならない。装着者にどのような影響が出ても不思議はなかった。
(もし仮にルイスさんの身体症状が手枷の効果のせいであったのなら、おそらくシュテルも……そうなれば、最悪な展開だ)
眉間に皺を寄せ、普段より明らかに「仕事モード」なクロノに、しかしシャマルは首を横に振った。
「いいえ、大丈夫。この件に関して、手枷は無関係よ」
「……ふむ。それはつまり手枷の解析が出来た、という事ですか?」
断定とも言えるシャマルの口調。
彼女は少々ドジな一面こそあるが、しかし憶測で物事を判別し、報告する事は決してしない。
そんなシャマルが断言するからには、何かしらの確証があるのは間違いがなかった。
シャマルの性格をよく知るクロノは、当然の思考として彼女が手枷の特性を把握出来たからか、と推測をしたのだ。
けれどシャマルは力なく、「いいえ」と否定の言葉を発した。
「ごめんなさい。あの手枷の解析は相当手こずりそうなの……」
「では、何故関係がないと言えるのですか?」
「ルイス君から、直接聞いたから」
悲し気に、シャマルは俯いた。
「『大丈夫、コレは最初からなので』って……」
「……なるほど」
クロノは改めてメディカルチェック表を手に取り、深く、重い息を吐く。
(つまり、彼にとってこれは触れられたくない秘密、というわけだが……いや確かに、自ら言いふらす物でもないのは分かる)
苛立ちから無意識に指で机を叩く。
(メディカルチェックを受ければ自ずと露呈するのは分かり切った事。だからこそ、僕とシャマルさんには口止めとしてメモを渡した、という訳か)
クロノがチェック表を机に戻したと同時、
ーーコンコン、と乾いた音がした。
執務官室の扉を叩く、ノックの音だ。
「……どうぞ」
部下が報告にでも来たのかと思い、クロノは少し間をあけ、息を整えてから返答する。
今は厳戒態勢ともいえる状況である。事務手続きや現場報告など、クロノの元へは多くの部下が訪ねてきていた。
非常時だからこそ部下に余計な不安を与えないようにと、毅然とした態度をクロノはとる必要があったのだ。
「おじゃましまーす、うおー! 何か凄い部屋! かっけー!」
「失礼致します」
現れたのは、手枷に繋がれた二人。ルイスとシュテルだった。
どこまでも呑気に、まるで異国へ初めて訪れた観光客が如くルイスはキョロキョロ部屋を見渡す。
一方のシュテルは無機質で事務的に、挨拶だけを行った。
件の人物の登場にクロノとシャマルは一瞬息を飲むも、努めて冷静に振る舞う。
「ルイスさん、シュテル。どうかしましたか? 検査も終わったので、暫く休む様に伝えたと思いますが」
「あー、えっとね。シュテルとも話し合ったんだけど、今から僕らも古代遺産の捜索チームに合流したいんだけど、いいかな?」
「それは……」
流石のクロノも言い淀む。その姿を予期していたかの様に、ルイスは今日一番の笑顔をたたえる。
「クロノ、
「いやしかし……」
「いいかいクロノ、僕にとって古代遺産を追いかけるのは日常茶飯事なのさ。それこそ
「……本当に、大丈夫なんですね?」
「うん、僕にとってはこれがいつも通りなのさ。それにほら、クロノも
ルイスの問いは、メディカルチェックの結果を見たうえで、「最前線への参加を管理局として許諾するか」という意味も込められていた。
意図を隠し、しかし互いに疎通を果たし、クロノへと決断を迫る。
(先ほどの戦闘……)
クロノは思い返す、進化する狗の石像を。
確かに、ルイスの戦闘に何ら違和感はなく、むしろクロノの評価は高い。だからこそ、本件においてルイスの存在は有効となり得ると判断されたのである。
(実際、ルイスさんはあの状態で戦闘をこなしていたという事になる。となれば、本当に問題がないと考えるべきなのか? 事実、彼は今まで遺跡の発掘に携わってきた実績があるわけだし……)
ただ笑みを浮かべ続けるルイスを、クロノは見上げる。
(あの闘いは、自分の有用性を伝える一種のパフォーマンスも兼ねていた、という訳か。しかし、事実ルイスさんの力が必要だという事は証明された。となれば今は、彼の行動をよく観察し、これからの為に少しでも情報を得るのが先決、だな)
クロノは大きく息を吐き、立ち上がる。
「……分かりました、許可します」
「クロノくん?!」
シャマルにしては珍しい、棘の込められた大声。シャマルの「患者」とも言えるルイスを気遣っての意思表示であった。
「シャマル……?」
見慣れないシャマルの態度に、シュテルは目を細めた。
「あ、えっと……」
言葉に詰まるシャマルは、メモを隠すように握りしめる。
この場で吐露したい衝動にシャマルは駆られるも、感情の読み取れないルイスの笑顔を前に、ついぞ言葉は出せないでいた。
「あぁ、シュテル。きっとシャマルさんは僕の怪我を心配してくれているんだよ。ほら、君だってさっきまでしつこく僕に『本当に問題はないのですか』って聞いてたじゃない、それと同じさ」
「あ……そ、そうなの! お医者さんの立場からしたら、やっぱり心配だなーって!」
心を殺し、シャマルはぎこちなく笑みを浮かべる。
本当にこれでいいのかと、そう自分に問いかけながらも、シャマルはルイスの願いを優先する事にした。
訴えるように向けられるルイスの視線を前に、どうしても話す事ができなかったのだ。
「シャマル、現実問題としてルイスは捜索班に合流しても問題ないのですか? 医師としての見解を求めます」
シャマルの動揺は、ルイスの怪我が予想以上に深刻であるからなのか、とシュテルは考えているようであった。
たじろぎながらも、シャマルはたどたどしく口を動かす。
「う……ん、大丈夫、だけ、ど……」
「そうですか。しかしでは何故先ほどからーー」
「ーー全く、シャマル先生は心配性だなぁ」
シュテルの言葉を掻き消すように、ルイスが言葉で割って入った。
「ルイス君……」
「いえいえホント、シャマル先生の治療のおかげですっかりよくなってますから!」
「で、でも……」
「心配してくれてありがとうございます、でも、うん、本当に平気なんです。それに、これはもともと僕が引き起こした問題です、黙って寝ている事なんて出来ません」
「……分かった、わ。でも無理は。本当に無理はしないでね」
諦めか果ては覚悟をきめたのか、もしくはその二つの感情が混ざっているのか。シャマルは苦虫を噛み潰したような顔を伏せた。
クロノはシャマルを庇う様にルイスの前まで移動し、真剣な眼差しを向ける。
「ルイスさん、貴方たちが捜索隊に加わる事も含めて、
「……そだね、うん。オッケー分かったよ。民間協力者になったばかりでもあるしね」
「…………?」
三人のやり取りにどこか引っ掛かりを覚えたのか、シュテルは怪訝な顔になった。
拭えぬ違和感の正体を考えようとするシュテルであったが、クロノは会話を先へと進めその思考を中断させる。
「なのはとユーノの二人が今丁度商店街にいるはずだ、今回は彼らと合流してくれ。君たちは念話が使えないだろうし、僕から連絡は入れておく。落ち合う場所は、そうだな……翠屋の前としよう」
「…………はい、分かりました。それならば転送ポットの近くでもありますし、ちょうどいいですね」
「わーいシュテルとデートだデートー」
「……断じて違います、もっと緊張感を持ってください。移動の際に町の地形や構造を頭に叩き込むつもりですので、そのつもりで」
「ええ、もっと楽しくいこうよー……」
「前線にでる以上、海鳴市を知る事は必須項目ですので。さぁ、無駄口を叩かずに行きますよ」
「うっへぇ、優しくしてねー。さってそれじゃ行きますか!」
「はい。では、失礼いたします」
「ああ。よろしく頼む」
「何かあれば、すぐ戻ってくるのよ。ね?」
「はーい! じゃーまたあとでー!」
ルイスは場違いな笑顔と陽気な声をあげ、そのままシュテルと扉をくぐり地上へと向かっていく。
部屋に残された二人には、重い沈黙がのしかかっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
海鳴商店街の中ほどに進んだ所に、「翠屋」がある。喫茶店兼洋菓子店であるそこは、名前の通り緑を基調としたデザインの外観である。
屋根はもちろん、看板も綺麗な翡翠色に塗られていた。
店の前にはオープンテラスとなっており、部活帰りの高校生と思しき女学生がケーキとコーヒーに舌鼓を打っている。
そんな店先の端、邪魔にならない様にと立つ人影が二つ。
なのはとユーノだ。
黄昏に沈む時間の為か、その影は長く延びていた。
「ナノハ、師匠。お待たせしました」
「お、ここかー……」
そんな二人の影を踏み、声をかけたのはそれぞれがシュテルとルイスだ。
何故か肌に艶がある程元気なシュテルと裏腹に、ルイスはどこかゲッソリとしている。
「あ、シュテル! ううん大丈夫だよ! って、ルイスさん、どうしたんですか……?」
なのはが心配そうにルイスを上目遣いで見つめた。
「いやぁなに、ここに来るまでの道すがら、シュテルから海鳴市についての授業をして貰っていたんだけどね……」
「あー……」
ユーノが何かを納得したのか、乾いた笑みを浮かべた。
「いつまた戦闘が行われるか分かりません。立地を知る事は闘いの基本ですし、海鳴市に来て間もないルイスだからこそ理解しておくべき知識のはずです」
「そうなんだけど、だけどさぁ……」
「……もしや、余計なお世話でしたか?」
「あ、いや、そういうつもりじゃ! ただこう、もっと優しくして欲しかったなーって」
「いえ、十二分に配慮をしたつもりだったのですが」
「いやいやうっそだーー! いきなり海鳴市の海抜とか人口推移とか経済状況とか日照時間とか畳みかける様に言われもさぁ! 覚えられるわけないじゃん!! しかも後半なんて海鳴市内で闘う場合のお薦め戦闘スポットとか物騒なランキング発表しだすし!」
「……え?」
きょとんと首をかしげるシュテル。どうやら、彼女は本当に分かりやすい説明をしていると思っていたようであった。ルイスの訴えに、理解しかねると瞳が告げている。
見かねたユーノがフォローの言葉をかけるため、二人に近づいていった。
「まぁまぁ。シュテルは確かに数字には強いから分かりにくいかもしれないけど、普通はなかなか理解できるものじゃあないんだよ」
ユーノへと向きなおったシュテルは、何かを納得したのか力強く頷きを返す。
「成程、理解しました。つまり、ルイスは阿呆なので相手にする時はもっと会話のレベルを落とせばいいわけですね」
「え、今アホっていった?」
すごむルイスを無視してシュテルは続ける。
「いいですかルイス、海鳴市はその名の通り海と隣接しています。あ、海というのはですね。大きな水たまりの様なものでして、わかりますか?」
「こ、このー! ほんっとに馬鹿にしてるなー! 知ってるわいそれくらいー!」
「素晴らしいですね。おりこうさんです。はい、では次の問題です。海の水はしょっぱいか甘いか、どちらでしょう」
「いやあのねぇシュテルいい加減に……」
「正解したら一緒にお風呂に入ってあげますよ」
「え、お、うん……?」
シュテルの言葉を咀嚼し、ルイスは一瞬動きを止める。
「……えぇ?!」
思わず声を上げるルイス。なのはとユーノもきょとんと固まって動けない。
カフェテラスにいた女子高校生を含め、その場にいた全員が動きを止めていた。
周りからはひそひそと、「通報した方が」「ていうか手枷してるやばい」「ロリコン」と言った声と鋭い視線がルイスに集中する。
そして当の本人たるシュテルはどこまでも無表情だ。顔の筋肉が一ミリも動く様子すらない。
シュテルは周りを見渡し、うむ、と頷きながら親指をグッと立てた。
「シュテルんジョーク大成功です。いえい。これで場はとても和んだと判断します」
「果たして成功かな?! 僕今すっごい気まずいし視線が痛いんだけど! それにほらあれよ! 冗談はもっとこうさ、笑いながらしようよ! 淡々と無表情で言われてもさ! ビックリしたわ!!」
「我ながら渾身の出来だと思ったのですが、不満でしたか。現状を皮肉りブラックユーモアを提供したつもりだったのですが……やはり感情とは奥深い。分かりましたルイス、次こそは爆笑の渦へとご案内致しますのでお楽しみに」
「うっそ次もあるんだ?!」
笑顔と戸惑いを顔に張り付け絶叫するルイスと、それをしれっと受け流すシュテル。
なのはは二人のやり取りを満面の笑みで見つめる。
「にゃはは、もうすっかり仲良しさんだね」
「シュテルの冗談は本当に笑えないのが多いからね……」
なのはは二人のやり取りを微笑ましくそう評した。
ユーノは何か思い出す事があるのか、若干引き気味に頬を引きつらせていた。
「さて。いつまでもお店の前にいては邪魔になりますし、そろそろ移動しましょう」
騒ぎを大きくしていた張本人であるシュテルが、しれっと先陣を切って歩き出した。
「うん、そうだね! あ、残りの担当区域は商店街から聖祥学園にかけてだよ」
「成程、分かりました。では、このまま商店街を抜けていくのがいいでしょう」
「にゃはは、シュテルと一緒に登校してるみたいで何か楽しいなー」
「ええナノハ、任務中なのは承知していますが、確かに心が躍ります」
四人は談笑しつつも、しっかりと周りの警戒を怠らず歩を進めていく。
先頭をシュテルとルイスが行き、その後ろになのはとユーノが続いた。
「あ、そういえば。ルイスさんって遺跡の発掘をしているんですよね!」
なのはが明るく前を行くルイスに話しかけ、ユーノもそれに続く。
「実は僕も気になっていたんです。同業者に出会うのは珍しいですし」
ルイスは困った様に眉を下げ、苦笑交じりで振り返った。
「うーん、僕の場合はそう褒められたものでもないんだけどなぁ。ほら、君の名前、スクライアっていったよね。確か発掘を生業としている一族、だよね。こっちの業界じゃ有名だから、むしろ僕の方がお会いできて光栄だよ」
「僕は拾われた身ではありますけど、家族をそう言っていただけるなら嬉しいです。それに、やっぱり僕も古代遺産とか遺跡の話は大好きなので、よかったらルイスさんの体験したお話も聞きたいです」
「ん~、そんなに面白い話は出来るか分からないけど……あ、そうだ。丁度この前、塩を砂糖に変える古代遺産を見つけたよ」
「えぇ……何というか、その……」
「言いたい事は分かるよ、うん、まぁ地味の極みだしね。いやでもそれがさ、そいつが勝手に起動して携帯食を全部甘くしちゃったみたいでね。知り合ったキャラバンの人に振舞ったら阿鼻叫喚の地獄さ。干し肉の獣臭さはそのままで砂糖味とか最早兵器だよね」
「それは……ある意味恐ろしいですね。でも確かに、用途が謎な古代遺産って結構ありますもんね。僕も昔、似たような物を見たことがあります」
可笑しさと苦さを含んだ顔で、ルイスとユーノは笑い合った。
古代遺産に常人より触れる機会が多い二人だからこそ、それぞれが経験した過去の思い出が頭の中を駆け巡り、それを理解し合える存在に気を緩めたのであった。
「古代遺産にも色んなものがあるんですね……わたし、もっと危なくて怖いものばかりだと思っていました」
二人のやり取りを聞きながら、なのははかつて自分がしてきた体験を思い浮かべながら、神妙に頷いた。
ルイスはどこか優し気に目を細め、なのはへと言葉を返す。
「うん、確かに有名な物は殆どがド派手で危険なことの方が多いしね。そういう印象になるのも無理はないさ。ただ、古代遺産っていっても、それはあくまで昔の人が使っていた生活の道具だからね。その使用場所が台所であるか戦場であるかの違いなのであって」
足を目的の場所へと向けながら、ルイスは続ける。
「確かに危険な物も多いけど、ソレが生まれた事には必ず何かの意味があるんだ。塩を砂糖に変えるに用途しろ、星ごと塵に変える代物にしろ、ね」
ルイスの言葉に、三人は耳を傾ける。
「古代遺産っていうのは、気の遠くなる程昔に誰かが作り出した物だよね。それこそ名も消え、存在すら忘れ去られるくらい大昔に」
シュテルが、ルイスの横顔を盗み見る様に見上げた。
そこには、変わらぬ笑顔がある。
「でも、作り上げた人々は確かにいたんだ。もう会う事も、話す事も、何も……何も、出来ないけれど。僕はね、古代遺産は彼らが生きていたという証だと思うんだよ」
ルイスの屈託ない笑顔の横で、シュテルは思う。
古い魔導書の形をした古代遺産の事を。
その本を作ったであろう、自分の記憶に残っていない故人の事を、シュテルは初めて考えた。
「そして、だからこそ、ソレを今度は僕が未来の誰かに託すんだ。昔年の人々が繋いだ証を、これからも残す為に」
歩みをやめたルイスに、つられて皆もその場で止まる。
「誰からも忘れられるって、僕はとても寂しい事だと思うんだ。せめて一人でも覚えていてる人がいれば、なんかこう、救われるじゃない。もう居なくなったという事実そのものさえ忘れられる事は、残酷だよ。だから僕は遺跡に潜るんだろうね」
失われたものは決して戻らない。けれど、そこにあったというのは歴然とした事実なのだ。
全世界の人から存在を忘却されたのだとしたら、それは完全なる死と呼べるものとなるだろう。
故に、長い時間土の中に埋もれていたそれが誰かの視界に再び収まり、認識されたならば。もう一度、時を刻み始める事が出来る。
古代遺産を見つけるとはつまり。何物でも無くなってしまった存在に、再び命の光を灯す事に他ならない。
虚像を実像に。幽霊を生者に。忘却を想起に。
忘れ去られたという事実を覆す、時間の蘇生なのだ。
「ルイスさん……」
「あ、何かごめん。そんなしんみりしないでよ」
再び足を動かしながら、ルイスは慌てて口調をもとに戻した。
「厄介なものが多いってのは事実だからね。現にほら、コレだってその一つなわけだし」
ルイスは誤魔化す様に自分の手にはまる金の手枷を指さした。
「あ……やっぱりそれ、危険なものなんですか?」
「ナノハ、それは私から説明しましょう」
ルイスの横を行くシュテルがなのはを振り返り、説明を続ける。
「実は、メディカルチェックの際に簡易な検査をしようとしたのですが……百聞は一見に如かず、よく見ていてください」
シュテルは手枷の鎖の部分に手を伸ばし、掴もうとするがーー
「え……?」
思わず、なのはが驚きで声を上げた。
シュテルの手は鎖をすり抜け、空を切ったからだ。
「この様に、物理的に触れる事が出来ないのです」
溜息交じりにシュテルは続ける。
「確かにこの手枷はここにあります。今もこうして、金属の冷たい感触もありますし、僅かな重さも感じます。ですので、先頃までこうして触れないという事実にも気付けない程でした」
「それは……なかなかに厄介だね。二人の身体に異常はないんだよね……?」
心配しながらも、どこか惹かれるものがあるのか、ユーノがまじまじと手枷を観察する。
「ええ、一応シャマルから身体的な異常は見受けられないと太鼓判は頂きましたが……そこも要観察ですね。遅効性である可能性も捨てきれませんし」
「確かに、相手は古代遺産だからね。あらゆる可能性を考えておいた方がいいかもしれない。僕に協力できる事があれば何でもいってね、知り合いにもあたってみるよ」
「ありがとうござます師匠、頼りになります」
触れる事が出来ないという事実には、大きく二つの意味がある。
一つは、解析を著しく阻害するという点だ。
基本的に分析とは対象の本質を解明する事にあるが、そもそもその第一歩を踏み出せないのだ。
どういった方法であればこの手枷の正体を探る事ができるのか。まずその手法から探す必要があり、それは解析するにあたって大きな遅れとなるのは必定である。
もう一つとして、物理的な破壊を行う事も出来ないという点も大きい。
最終手段として、無理やり外すという選択肢が取れないという事だからだ。
何かしらの異常をきたした場合、やむを得ず破壊するという、賭けすら取ることが出来ない。
原因究明には時間を要し、万が一の緊急回避すら封じられる。
この世にあってこの世にない特異物質である謎の手枷。それそのものが厄介の極みであり、その解決方法は現時点で欠片もない事は明白である。
シュテルとルイスを繋ぐこの手枷は、相当に厄介な相手である事は間違いがなかった。
「おっと、商店街抜けたね。ここまでは異常なし」
先を行くルイスとシュテルの足は、商店街に面する歩道を踏んだ。
商店街を抜けた先は住宅街となっており、市内へと繋がる大きい道路がある。
朝方であれば通勤や通学する人々で賑わうが、今は陽も暮れかけた時間という事もあり、そこまで人は多くない。
海鳴市は中心に行くにつれビル群がその数を増やしていくが、周りは多くの自然が残っている。
商店街はまだ自然が幾ばくか見られる場所にあり、この大通りを進んでいけば自ずと鉄の色が濃くなっていくのである。
シュテル達は目的地を目指し、そのまま道に沿って歩いていく。
大きな家々が立ち並ぶそこを越え、さらに少し奥に進むと、聖祥学園が見えてくる。
なのは達が通う学園であり、小学校から大学までが一緒になった、エスカレーター式の市立学校である。
目的地である学園までは後十五分少々という距離だ。
「あ。そういえば、ルイスさんってしばらくどこで生活するんですか?」
なのはが歩調を速め、ルイスの横に並び、聞いた。
「え、あー。そうだ、考えてなかった……その辺で野宿、ってわけにもいかないしねぇ……」
ルイスは困った様に頭を掻いた。
自分の左隣にいるシュテルを自信なさげに見ながら、「うーん」と迷いを言葉にする。
「僕一人なら野宿も慣れてるし問題ないんだけどねぇ。流石にシュテルと一緒じゃそういうわけにもいかないし」
「クロノに確認するのが一番でしょう。少々お待ちください」
シュテルはポケットから小型の携帯端末を取り出した。
慣れた手つきでクロノの番号をタップする。
『シュテル、何かあったのか?』
数秒のコール音の後、クロノの声が端末から響いた。
「すいません、古代遺産関連ではありません。私的な質問になってしまうのですが……」
今の状況からして、まず探索の成果報告では無い旨をシュテルは告げた。
『成程、大丈夫だ。どうかしたのか?』
シュテルがただ雑談に興じる為に連絡をしない事はクロノもよく分かっていた。
その為、声に少し柔らかさを混ぜて疑問を投げる。
「ありがとうございます。実は、今後のルイスの拠点はどこになるのか、という話しなのですが…‥」
『あぁ、すまない、僕とした事が伝え忘れていた。その件については、ディアーチェと話し合いをすませていたんだ』
「ほぉ……して、ディアーチェは何と?」
『彼女の希望もあって、しばらくは『王家』で過ごして貰う事になると思う』
「え、そうなんだ……てっきりアースラで寝泊まりするものかと思ってた」
クロノの答えが予想外だったのか、ルイスも会話に混ざる。
『ああ、ルイスさん。何でも『我の目が届く範囲に留めておかねば馬の骨が粗相をした時に撃ち滅ぼせぬではないか』という事でして。何というか、色々と気を付けて下さいね』
「あ、ははは……」
「ルイス、忠告しておきますが、ディアーチェはやると言えば本当にやるお方ですので」
「肝に銘じておきます、はい……」
ルイスは冷や汗を流しながら空を仰ぎ見た。
と、その時、携帯端末からクロノとは異なる声が微かにした。どうやらクロノを呼ぶ誰かの声であるようであった。
『ーーすまない、別件が入った。探索の報告はまた後で頼む』
「分かりました、ではまた後程に」
「ーー誰か怪我をしたの?」
ルイスの脈絡もない言葉。通話を切ろうとした指を止め、シュテルは訝し気に視線を向けた。
「いやごめん、今クロノを呼ぶ声が微かに聞こえてさ。医務室に、って聞こえた様な気がしたから。もしかして、狗の石像が関係してたりするのかな」
新たな古代遺産が発見されたのであれば、間違いなくシュテル達にも連絡が来るはずだ。それも無く、そして直近で行われた戦闘は一つだけ。
誰かしらが怪我を負う原因となり得るとするならば、間違いなく件の闘いが関係しているだろう。
『……ええ、その通りです。けれど、命に別条はありませんので』
クロノは一呼吸置き、そうハッキリと口にした。
言うなれば、ルイスの連れて来た古代遺産により、クロノの部下が怪我をしたという事実を伝えた事になる。
「……ごめん。よく考え得れば、そりゃそうだよね。呪詛が掛かっているっていう事実を知るには、誰かがその影響を受けないとだもの。あぁ、本当に、申し訳ない…‥」
「いえ。故意ではないと思っていますし、こちらの落ち度も確かにありました。勿論、心穏やかというわけではないですが、誰のせいでもないと僕は思っていますから」
クロノの言葉が真実であったとしても、しかし部下が負傷した事実はそのまま残る。
ルイスはクロノと僅かな会話しかしていないが、それでも誠実は人物である事は重々承知していた。
まず間違いなく、部下が傷ついた原因を作った事に良い感情を持つはずがない事も想像できた。
「……それでも、ごめん」
『はい、次はない様にして頂ければそれで。さて、では僕はもう行きますね。そちらも気を付けて下さい』
「ありがとう、それじゃあまた」
「えっと、あまり気にし過ぎるのもよくないですし、その……」
「あはは、ありがとうなのは。うん、大丈夫だから」
気遣うようになのはがルイスへと声をかけた。
その瞳は僅かに揺れている。
「っと、ここがその学園かな?」
「あ、はい……」
ルイスは会話を強引に断ち切る。
四人は目的の場所、聖祥学園の正門にいつの間にかたどり着いていた。
「ほら、今は大事な任務中だからさ。僕を気遣ってくれるのは嬉しいけど、優先順位を考えなきゃ」
重い空気を気にしてか、ルイスは大げさに声を張り、ウィンクをした。
「…………」
ルイスの気宇を見て、ユーノは頷きを返し、なのはは小さく深呼吸をする。
「ん、特に変わった所はなかったと思うけど、皆はどこか違和感を感じたかな」
「いや、僕もなのはと同じで問題箇所はなかったと思うよ」
「ええ、私も同意致します」
「僕も特に変な気配も感じなかった、かな」
四人はそれぞれ視線を交え、力強く頷いた。
「よし、僕たちの探索範囲内では異常なし、と。報告は僕からしておくよ」
「ありがとうございます、師匠」
「どういたしまして。さて、それじゃあ今日はここまでかな」
「ええ、そうですね。今後も探索任務は続くでしょうし、戦力回復も大事な務めです」
ユーノとシュテルのやり取りに、一転して弛緩した空気が流れた。
安堵のため息が小さく聞こえる。
「それじゃあシュテル、ルイスさんお疲れさまでした!」
「お疲れさまでした!」
なのはとユーノが同時に仲良くお辞儀をする。
「ええ。ナノハ、師匠またお会いできるのを楽しみにしております」
「おつかれー! またねー!」
手を振りながら、なのはとユーノは並びながら元来た道を戻っていく。
正門の前には、二人だけが残された。
「それでは、私たちも帰りましょう」
「あー……シュテル、ちょっと寄り道をしてもいいかな」
「構いませんが……しかしどこに行くのですか?」
「うん、ちょっとね」
「……ふむ。分かりました、付き合いましょう」
ルイスがいつになく真面目に声を硬くしていた事もあり、シュテルは頷き承諾する。
そのまま、二人は会話もなく歩を進めていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
白い床に白いベッド、そして白いカーテンが揺れるここは、アースラ内に設置された病室だ。
病室は合計4室からなり、AからDのナンバリングがされている。
それぞれの部屋には十五床のベッドが配置されており、災害時には他の部屋も病室として利用できる様に設計されている。
任務の最中であれば賑わいを見せ、通常航行時には伽藍と化す、そんな場所。
病室Bのベッドの1つには「ハロルド・オーエン」と名札が掲げられており、三十代半ばと思しき男が横になっていた。今病室を利用している唯一の存在である。
彼は病室用の寝間着に身を包んでいるが、ボタンを掛け違えている所を見るに、性格が想像できた。
そんな締まりの無いハロルドその横には同じくらいの年齢と思しく男性が立っており、胸元に「エリアス・インベルト」とバッチが光っていた。
「あー、あれか。要するにあの石の狗っころをこの世界に連れて来たのは坊主って事か」
「はい、ごめんなさい。危険な目に合わせてしまったと聞きまして……」
寝ぐせでボサボサになった髪もそのままに、ハロルドは目の前で謝辞を述べるルイスと面倒くさそうに会話をしていた。
「あー、あれだ。ルイスっていったっけか。まぁ兎に角頭をあげろって」
「いえ、でも……」
「確かに、お前さんの非はあるかもしれんが、諸悪の根源の狗っころを倒してくれたのもルイス、お前だよな。俺にとっちゃ、感謝こそすれど恨むつもりは毛頭ないね」
「…………」
押し黙るルイスに、ハロルドは乱れた頭を掻き毟り溜息を吐いた。
「はぁ……あー、じゃああれだ。ここの商店街に海鳴酒店ってのがあるんだが、そこの酒は外れがねぇ。そこで良い酒でも差し入れてくれりゃあ、それでいい」
「……ありがとうございます」
ルイスは今一度、頭を深く下げた。
(やれやれ、誠実というか生真面目というか。苦労する性格だねぇ、もっと緩く生きりゃあいいものを)
何も罰さない事こそが、何よりも大きな苦痛を伴う。
罰を欲する人間にとって、何も与えられない事こそが一番耐えがたいものなのだ。
例え何かしらの形であったとしても、明確な贖罪を行えるからこそ、人は先へと進む事が出来る。
そうでなければ、永遠に心のささくれとなり、引きずる事になるだろう。
ハロルドはそれを理解し、故に明確な行動を提示した。
(ま、ただ酒呑めるのは素直に嬉しいがな。しっかしこれから先苦労するだろうねぇこの若人は。俺は嫌いじゃないけどもなぁ)
「当の本人がこう言っているんだ、甘んじて受けとけばいいってもんさ。いやっていうかよ、お前さん方、その手枷は何だ……?」
話しが一段落ついたと判断したのか、エリアスはどこかおどけた調子で会話に混ざってくる。
「私から説明しましょう、これは……」
奇異な目で見られる事にも慣れてきたのか、シュテルはため息交じりに説明をしようとする。
しかし、シュテルの言葉をハロルドが強引に制止した。
「ばっか! お前それはあれだ、聞いてやるなよ」
「おおっと、そうかこいつは失礼……まぁ、人はそれぞれ。趣味も色々。頑張れよ坊主たち」
「あの、非常に不快な誤解をしていると思われるのですが」
「みなまで言うな、大丈夫秘密にしておくから」
「いえですからーー」
シュテルがエリアスと話している隙を確認してか、ハロルドがルイスを手招きした。
そのジェスチャーは控えめで、まるで内緒話をするかの様である。
ルイスもその意図を汲んでか、こっそりと近づいていく。
「いいか坊主、SSSには気をつけろよ……」
「えっと、なんですそれ……?」
ハロルドはルイスにだけ聞こえる様に、耳元で小声で会話を続ける。
「『スキスキシュテルん』っていうファンクラブだ、奴らに見つかったら死を覚悟した方がいい。いいか、『合法』って言葉を多用する奴はSSSだと思え」
「えー、と。なんか僕が思っていたより管理局って俗世に染まっているんですかね。いや確かにシュテルは可愛いと思いますしファンクラブは不思議ではないですが……」
「ハハハ、あの子のファンはかなーり多いぞ。それに、結局お堅い職業だろうがやってるのは所詮ただの人間さね。酒は飲むし美女には弱い、そういうものさ」
「うーんそういうものですか。でも、ハロルドさんがまともな人で助かりました、ええっとその、ご忠告ありがとうございます」
「うむ、俺ほどまともな奴はそういまい……。あ、ちなみに俺の所属はNNNだからそこんとこよろしく。我らがなのはさんに手を出したらぶち殺しちゃうぞ?」
「あ、どうやらまともじゃないっぽいですね。よく分かりました」
「アースラスタッフは大体が何かしらに所属していると言っていい。なんせ美人しかいないものでな、正直最高の職場だね。生きててよかった」
「うーん、管理局のイメージが壊れていくなぁ……」
「ルイス、お話は終わりましたか?」
ーーと、シュテルがルイスの袖を引っ張り、小首を傾げた。
「あ、ごめんごめん。うん、もう大丈夫だよ」
「そうですか、ならばそろそろ。仮にもここは病室ですし、あまり長いしてはご迷惑かと」
「ん、そだね。ハロルドさん、エリアさん、今度お酒を差し入れますね」
「おう、期待してるぜー!」
「またなーお二人さーん」
病室を出た所で、二人は同時に安堵のため息を吐いた。
「ふぅ……緊張した……」
「ええ、直接謝りに行くと聞いた時は驚きましたが……よかったですね、ルイス」
「うん、シュテルもごめんね面倒な事に付き合わせて」
「いえ、私は大丈夫です」
シュテルは気付かれないように、ルイスの変わらぬ笑顔をちらりと見上げる。
(罵詈雑言を浴びせらる覚悟で来たのは明白、ですね。彼の覚悟と誠意は、信頼できる物なの、かもしれないですね)
心の内ではルイスを褒めるも、しかしそれを決して言葉にせず、シュテルはルイスの手を鎖で引いた。
「ではルイス、戻りましょう」
「うん、そうだね。行こうか」
「はい」
同じ歩調で行く二人の距離は、ほんの少しであったが、近くなっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「帰ったか、さっさと席につくがいい。飯が冷める」
王家の扉をビクビクと開けるルイスの耳に届いたのは、ディアーチェの棘はあるが優し気な言葉だった。
「あ……えっと……」
予想外のディアーチェの応対に、ルイスは戸惑い思わずシュテルへ視線を逃がす。
「私たちの到着を待ってくれていたのでしょう。早く席に着きますよ」
おそるおそるルイスは、シュテルに促された席へ腰をおろした。
やはり手枷でつながれている為、シュテルの隣の席となる。
見ると、食卓にはすでにレヴィとユーリが座り、犬が「待て」をされている様な顔で何かをこらえていた。
レヴィに至ってはすでにスプーンを握りしめ、ブンブンと振り回している。
「シュテルん! ルイス! おーそーいーよー! 待ちくたびれちゃったじゃんかー!」
「おかえりなさい、怪我はしていないですか?」
口を尖らせるレヴィと、優しく微笑むユーリ。
シュテルは今までに見せた事のない、どこまでも柔らかな笑顔を見せる。
それは、家族にだけ向けられる、特別なシュテルの顔であった。
「馬の骨、特別に確認してやろう。今宵はレヴィが五月蠅いので仕方なくカレーになったわけだが、どれにするか選べ」
質問の意味が分からず首をかしげるルイスであったが、台所に並ぶ三つの鍋を見つけ合点がいく。
「ああ、味が三種類もあるのか、凄いな。んー、じゃあせっかくだしシュテルと同じのにしようかなぁ」
「……ほぉ、自決するとは見上げた根性だ」
「え、カレーを前にして初めて聞くんだけどその言葉」
「いやなに、止めはせんさ。うむ、そうだな。むしろ存分に食え、そして華麗に朽ち果てるがいいアッハッハ」
見たこともないディアーチェの爽やかな笑顔に、ルイスは滝の様な汗を流す。
「わーおルイスってばチャレンジャーだね」
「あのその、やめておいた方が……」
レヴィとユーリのリアクションを見て、いよいよもってルイスは挙動不審になる。
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って! え、なに、え、え?!」
戸惑うルイスをよそに、ディアーチェはカレー皿を二つ運び、レヴィとユーリの前に置いた。
黄の色が強いカレーであり、淡いルーの色からして「甘口だ」と見て分かる。ある意味二人の外見と符合しているものがあった。
ついで、ディアーチェの席には絵に描いたような茶色のカレーが置かれる。
特段おかしなところは見受けられない、純粋に美味しそうなカレーだ。見る者の空腹を刺激する、香辛料の特有の匂いが湯気と共に香った。
「……えっとぉ」
そして、最後にルイスとシュテルの前に運ばれて来たのは、赤を通り越して黒に染まるカレーだった。
もともとは辛さの権化たる赤から構成されている事は微かに伺えるが、最早原型は残されていない。
バラエティ番組に取り上げられそうな、どの角度から見ても「激辛」の文字が浮かぶ代物であった。
「いやしかしシュテルよ、望まれる故に我も作りはするが……それは、本当に美味なのか?」
「ええ、とても。嗜好の一品と言ってもよいでしょう。ディアーチェも一口いかがですか?」
「いや。遠慮しておこう、以前それでひどい目にあったからな。そもそもあれだ、作っている最中に湯気で目が痛いのだ。ソレを口になぞ入れたくないわ。もう次は作らぬからな」
「しかし、ディアーチェはそう言っていつも作ってくださります。心優しき王の従者である私は、やはり幸せ者ですね」
「う、五月蠅いわ戯けめ! 冷めぬうちにさっさと食わぬか!」
気恥ずかしさを誤魔化す為にスプーンを取るディアーチェを見ながら、しかしルイスは固まって動けないでいた。
「ルイス、無理はする必要はないですよ。食事はそれぞれの好みの物を美味しくいただいてこそです」
そういいながらも、どこか気落ちしているシュテルを前に、ルイスは天井を仰ぎ見て覚悟を決める。
「ーーよし!! いただきます!!」
「待て馬の骨、流石に半分は冗談でな、止めておけ」
「気持ちはありがたいけど男に二言はない!!」
驚きから制止したディアーチェを振り切り、ルイスは勢いよくルーを掬い頬張った。
「……む、ぐ!」
一口頬張るルイスであったが、ビクリと体を震わせる。
「ルイス、心遣いは嬉しいですがやはり無理はーー」
「ーー美味い」
「「「……え?」」」
その場にいた全員がポカンとルイスを見た。
「いや、美味いよこれ。うん、うまいうまい」
ガツガツと、胃に最早香辛料の塊といっていいカレーをルイスは放り込んでいく。
「……そうですか」
どこか嬉しそうに、シュテルもカレーを口に運ぶ。
「信じられん、このカレーをシュテル以外が食えるなぞ。馬鹿な……」
「す、すっごー。僕なんてちょっと舐めるだけでもダメだったのに」
「お、美味しいんでしょうか……わたしも一口……」
「いやユーリ、やめておけ死にかねん。あの二人が特殊なだけだ」
まだどこかぎこちない食卓に、ルイスの「おかわり」の声が響いた。
シュテルに搾り取られました(献血ポスターがそれはもう可愛い)。
最近何かと忙しくて更新遅くなってしまい申し訳ないです。
投稿というもの自体が初めてで、お気に入りも最終的に100行けば奇跡だな、って思っていたんですが、気づけばそれも越えていて、感謝の言葉しかないです。
コメントもまさか頂けるとは・・・投稿してよかったなぁって思いますね。
それでは、読んでいただき本当にありがとうございました。