ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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生きるために

 治療し、休息した。ビーツはホームに配達されていた食品もたっぷりと食べた。

 タケミカヅチのところで修行もした。レベル2ふたりがかりで打ちまくられ、動きを基本から磨きなおした。

 ヴェルフ・クロッゾは武器や防具を打った。

 二度、10階層で勘を取り戻すべく遅くまでダンジョン探索もして、ついでに(瓜生に頼らない)軍資金やドロップアイテムも稼いだ。

 エイナ・チュールに渡されたクーポンで耐火護符『サラマンダー・ウール』も買いこみ、ついに中層……13階層への冒険が始まる。

 ふたりのレベル2。

 ベルは椿・コルブランド作の打刀『ドウタヌキ』と脇差『ベスタ』、さらにヴェルフ・クロッゾの『フミフミ』の3本。背には軽めのシールド、頭も頑丈なヘルメット。

 ヴェルフが作った鎧は軽装ながら、特に手首から肘まで・胴体の急所・膝などを堅固に守っている。下には瓜生がくれた鎖帷子と防刃服。

 ビーツはトンファーと、金属条で強化された長槍、手斧やナイフ。鎖帷子に加え、槍も拳も妨げないよう動きやすさを徹底した防具。何よりも大量の食糧を背負っている。ハードチーズ、ミューズリーやレーズン、ナッツ類。リュックに詰められる限り、できるだけ多くのカロリー。

 ヴェルフ・クロッゾは大型のバンカーシールドと大刀。鎧も一応完成させ、必要なところはかなり分厚い防御をしている。

 リリルカ・アーデも大型のシールド、連射弩と強力なクロスボウ、それに消音アサルトライフル。

 

 ミノタウロス戦で、銃器は失った。

 だが、ヘスティアはそういうときのために、いくつかの銃器弾薬を預かっていた。

 前回の反省がある。

 ベルの銃は、ミノタウロス戦では役に立たなかった……ほんのわずかだが、準備時間が必要だから。なら、最初から盾を持つ後衛が管理し、前衛は刃で素早く対応するほうがよい。

 特にリリがそう判断し、リリとヴェルフが消音アサルトライフルを持つ。拳銃は持って行かない。

 彼女のスキルにより、膨大な重量の弾薬と予備食糧、大型のシールドを背負っても負担はない。

 

 シールドはどれも、瓜生が事前に用意してくれた防炎の半軍事用。

 ポーションも補充した。

 

 もうすぐ完成する根拠地(ホーム)……廃教会とその隣の遺跡、土地としてはやや不便だがかなり広い範囲を使っている。

 大きく見れば三つの建物。

 一つは、【ヘスティア・ファミリア】のホームであり、地下室とその上に当たる。地下1階・地上3階。【タケミカヅチ・ファミリア】のメンバーも格安で招く予定だ。

 一つは、瓜生が出現した祭壇前だったところ……小さい部屋ぐらいの中庭にしている。

 もう一つが、2階建ての小さい体育館。教室ぐらいの広さだが雨の日も運動できるし、がっちり地面を固めていてウェイトトレーニングや激しい震脚にも耐える。

 それを見上げ、必ず帰ってくると、いつも通り主神に見送られて……

 

 

 上層は特に何事もなかった。むしろ急ぎ足で通過した……ビーツの腹というカラータイマーがあるのだから。

 10階層で少し手を慣らし、新品の消音銃を試射した。

 そしてビーツの腹をチーズと乾パンで満たし、荷物を少し軽減した。

 あらためてポーションを確認した。

 11階層で8頭ものトロルに襲われたが、文字通り秒殺だった。

 ビーツが槍で突きながら高速で走り、ベルもそのすぐ後ろから足を止めずに斬り続ける。前に、ベルがヤマト・命の後を追ったように。

 ヴェルフの目では追えないほど、疾風や飛燕、いや雷光のような速さだった。

 手や足をやられたトロルがリリを襲うが、大きい盾を地に置いたヴェルフの大刀が一撃で切り伏せる。

 ベルのスキル、【英雄願望(アルゴノゥト)】についても確認していった。

 最大チャージ時間は3分。

 付与魔法なしでも、ベルが走る速度も刀の威力も上がる。だが付与魔法にチャージを加えると、ただでさえむちゃくちゃな威力がさらに桁外れになる。

 仲間が使う武器に魔力を付与するときには無効。

「『リトル・バリスタ』の矢があんな威力になればいいんですがね、でもレベル2の威力だけでもとんでもないですが」

 リリなどはそういったものだ。

 リリも、ソーマに改宗待ちにしてもらい、正式に【ヘスティア・ファミリア】に入っている。長く更新せずにいたが、ステイタスはさほど向上していない……だがそんなことは重要ではない。自由の身だ。そしてベルの役に立てる。

 それで、

(じゅうぶん……)

 である。

 ビーツのスキル、【武装闘気 (バトルオーラ) 】も力・耐久・敏捷すべてをバランスよく強化する。そのためには心のありかた・呼吸・動きが正しくなければならないが。

 12階層でも余裕だった。シルバーバックとトロルの群れも。

 そして、

『最初の死線(ファーストライン)』

 と恐れられる、13階層に踏み込んだ。

「ここからは、すべてが変わります。今までの延長とは思わないでください」

 リリの厳しい言葉。

 エイナも、何度も注意してくれた。

 深呼吸し、呼吸を整え、砂糖を入れた塩水を飲んで通路に足を踏み出す。

 

 

 前日から屋台を休み、命・桜花・千草を含めたフルメンバーでダンジョンに潜っている【タケミカヅチ・ファミリア】は追い詰められていた。

 それはまさに、ダンジョンの悪意だった。

 ポーションをほぼ使い切り、帰ることを考えていた……最近収入を得られるようになったとはいえもとが貧乏ファミリアで、ポーション、特にハイポーションの大量準備が習慣に入っていない。

 余裕に思えた敵だった。

 それが、突然のモンスター大量発生。

 どうにか切り抜けたところに、アルミラージの奇襲。投げ石斧に千草がやられ、戦力が落ちたところに、どっと敵が増えた。

『怪物贈呈(バス・パレード)』を考えた桜花が見たのは……何度も組んだ、仲間だった。

 赤い瞳。

 ベルは、即座に前に出た。

「……まかせて、行って!」

 叫びに、桜花ははっとした。

「……すまない」

「ばかな」

「千草さんを、死なせないでください!」

 ベルの叫びに、命が強く唇をかみしめる。

「行けっ!」

 叫んだヴェルフも腰を落とす。

「これだから……」

「ならお前も」

 ヴェルフがリリにかけた言葉に、

「ベル様に従います」

 とリリはシールドを地面に置いた。

「ビーツ」

 無言でビーツは、槍を伏せて敵の群れに突進した。

「ばかにも、ほどがありますよ!」

 リリは叫んで、背中から銃を取り出す。

 

 涙ながらに走り去る【タケミカヅチ・ファミリア】。

 ベルは迫る壁のような多数の敵を見据えながら、走り去る友を見もせず一言送った。

「呼吸を」

「ああ、呼吸を!」

 呼吸が一番大事……武神タケミカヅチに、何度も教えられている。桜花や命は、小さいころから十年以上の年月。

 呼吸をととのえ、腰を据えなければ刀は切れない。

 そのことだけは、人間でもモンスターでも変わらない。

 呼吸を鎮めたベルは、静かに刀を抜いた。

「そうだな。鍛冶でも、呼吸と腰がすべてだ」

「リリも……ひたすら息をひそめていました。人間とモンスター、両方から隠れ、一日生き延びるために」

 とリリは言って、ベルに弾倉を差し出す。

「ベル様」

「うん。……【ヴァジュラ】」

 雷鳴が響き、雷光が広く照らす。

 そして、音もなく銃口炎がひらめき、雷鳴が連発で響く。

 

「あ、あの音は」

 命が振り返った。

「……あのときに、似てる」

「『妙な音』。ベル殿……または瓜生殿……」

「い、いのちの恩人を、そして屋台の……二重三重の恩人……」

「泣くな!返したければ地上に急げ、絶対に生きろ!死ねば恩を返すこともできん!」

 桜花は血を吐くように叫び、肩に食いこむ千草の体重にうめきながら走る足を速めた。

 呼吸を切らさぬギリギリのペースで。

 次々と出現する敵を、命が切り伏せていく。

「絶対に地上へ……どんなことをしても、この恩を!」

「死ねば恩は返せない!」

 

 叫びながら遠ざかる声にほっとしたベル、ほっとしたのはほんの一瞬。

 雷火を帯びた銃弾が目前の敵を30近く斃していたが、さらに別の通路からもモンスターが押し寄せる。

「ヘルハウンド!」

 リリが叫び、撃ち尽くした弾倉を交換し、セミオートで確実に仕留めていく。

 ヴェルフとベルが、リリを襲い続けるアルミラージから必死で守る。

 ビーツが高速で走り、シルバーバックを突き倒す。

 ベルとビーツの強さは、とうていなりたてのレベル2とは思えない。レベル3だと誰もが言うだろう。

 ベルが稲妻のような速さで敵の死角に踏みこみ、右足を踏みしめると同時に袈裟の一閃。深い傷を負ったモンスターが反撃しようとしたときには、もう別のところに移動し振りかぶっている。

 ビーツの速度と突きの正確さもまったく劣らない。よく見れば、薄く輝く何かをまとっているように見える……呼吸と姿勢が正しい限り、気が全身と武器を覆い、事実上ランクアップと言っていいほど力も速度も底上げする。

 ヴェルフもそれを常に見て、歯噛みをしながら鍛錬している。大刀の切れはすさまじいものがあり、大盾を構えても絶対に引かない。

 

 だが、それだけでは足りないのだ。

 着実に、中層は冒険者たちの心身をむしばんでいく。上層とは違うのだ。

 最初は勝てた。

 だが、極端に次のモンスターが出現するのが早い。

 汗を拭いていないうちの次、目に汗が入る。

 水分補給をする暇もない。ポーションを口にする暇がない。

 ベルもビーツも、体力には自信があった。

 瓜生が厳しく言う休養日以外ほぼ毎晩、重りつきのフルマラソン。時にはフルマラソンと長距離のエアロバイク、さらにフルマラソンと、事実上トライアスロンもこなす。

 ランクアップしてからは、100メートル10秒台ペースでマラソンを二度、しかもどちらの手にも10キロのダンベル、どちらの足にも3キロのアンクルウェイト、という狂気の沙汰もやっている。

 だが、ここはダンジョンだ。ホームではない。

 女神の慈愛の目があり、運動が終われば瓜生か、そのためにやり方を何とか身につけたヘスティアが作ってくれる食事……ベルはプロテインとブドウ糖を大量に入れたホットミルク、ビーツは業務用炊飯器いっぱいの炊きたてご飯に業務用圧力鍋いっぱいのひき肉とトマトのカレー……が待っていることもない。

 そしてモンスターの、ダンジョンそのものの殺気は、安全なホームとは比較にならないほど体力をむしばんでいく。

 

 気がつくことはない。

 いつのまにか、戦いながら、逃げながら、13層もかなり奥まで入っていることに。

 ハイポーションを消費してしまっていることに。

 ビーツの腹が鳴り始めていることに。

 

 そしてダンジョンの武器は、モンスターだけではない……

 突然、天井に無数のひびが入る。

 コウモリの怪物が多数、同時に岩と土砂。

 さらにハード・アーマードとヘルハウンドの奇襲。アルミラージが投げた斧が、ヴェルフの銃を破壊する。

 

 気がついたときは、ダンジョンにできる縦穴を落ちていた。

 ポーションも多くが割れた。

 落ちた直後にヘルハウンドの奇襲、ビン入りのオリーブ油が引火し、弾薬が過熱に暴発する。

 死人が出なかっただけ、

(もうけもの……)

 といったところだ。

 食料も弾薬もわずか。

 ハイポーションも尽き、リリはまともに歩けない。ヴェルフも右腕が動かない。

 

「さて……どうするか」

 足に重傷を負ったリリが、痛みをこらえて言う。

「完全に、位置を把握できなくなりました。ここは15階層である可能性もあります。

 上に戻るか、それとも18階層……安全階層、リヴィラに向かうか。

 決めるのはベル様です」

 ベルは息を呑んだ。

 以前、リリを殺すかどうか瓜生にゆだねられたことを思い出す。

 生命を背負う。決断する。

 それが団長であり、パーティのリーダー……

【タケミカヅチ・ファミリア】のみんなを助ける、そう決めたことからこの窮地が始まった。だが、誰も一言も責めない。

「18階層には、【ロキ・ファミリア】がまだいるかもしれません。ウリュウ様も」

「いたら、必ず助けてくれる」

 装甲車で寝ていれば地上に戻れる。

 ビーツも、いくらでもおなかいっぱい食べられる。

「前に、進もう。18階層に。幸運を待つんじゃなく」

 上を目指すのは、道を、別の冒険者との出会いをあてにする幸運目当て。

 それに対して下に行くのは、遠いが確実な道。

「ビーツ……今ある食物、全部食べてしまって」

 彼女がうなずく。

「僕たちも、少しずつでも食べておこう」

 食糧のほとんどはビーツが食べたが、ベルたちもブロックチーズ、シリアルバーを食べた。

 ヴェルフが残った荷物と、リリを背負う。

 盾は一つ以外捨てる。

 特に重いビーツのトンファー……だが、置いていかなかった。前の持ち主は、

(これを置いて行かなければ生きていたかもしれない……)

 と、リュー・リオンに聞いている。

 彼女の、そしてシルたちの表情を、ベルもビーツも思い出す。

「必ず帰ろう。『豊穣の女主人』のおいしいご飯を食べよう」

「……ああ!」

 ヴェルフが叫んだ。

 ビーツは、

「腹七分目……」

 と言いながら目を輝かせ、立つ。

「女の顔を思い出して立ち上がるのは不快ですがね。そうそう……本当にどうしようもなければ」

 リリが言うのに、

「絶対に置いていかない」

 ベルが誓った。

 そこに、ミノタウロスの群れが出た。

「ビーツ様、行って!ベル様はこの矢に呪文を」

 リリが指示し、『リトル・バリスタ』を構えた。

 強力なほうのクロスボウ『豚弩』は銃弾の過熱暴発で失われた。

 だが、連弩はまだ生きている。足は動かなくても射撃はできる。

「……うん」

 ベルの呪文が稲妻に。

 リリは、壊れたほうの消音銃から外したフラッシュライトを短く放ち、ビーツを援護した。

 食べて、呼吸と心、姿勢を武神の指導どおり調和させたビーツは、『気』を全身にまとわせてスピードも力も大幅に向上している。

 ミノタウロス3頭の強襲にもひるまない。

 烈光に目がくらんだ巨牛人の胸を、正確に長槍が貫く。

 ダンジョンの壁や床を陥没させる勢いの攻撃を紙一重でかわし、螺旋を描く槍の動きでそらす。

 アレン・フローメルがやってのけたように、呼吸と流れを支配し『投げ』ることさえする。

 すさまじい力と速度、技が敵を圧倒する。

 だが、次々とモンスターは加わっていく……

 そこに、稲妻の矢が連打された。

 かなり遠くにいるうちから、リリの『リトル・バリスタ』が正確に急所を貫く。直後、レベル2で強化された雷電が矢じりから解放される。

 すさまじい電撃と炎が、内部から中層の大型モンスターを焼き滅ぼす。

 

 旅は長かった。

 時間もわからない。時計も壊れた。

 ベルは、アイズ・ヴァレンシュタインに丸半日、一瞬の休みもなく気絶も許されず追われ続けたことを思い出す。それと毎日のように積み重ねた、フルマラソンやエアロバイクで鍛え抜かれた足腰心肺が、体を動かし続けた。

 それ以上に、ここで会った人たち。

 憧憬してやまぬアイズ・ヴァレンシュタイン。

 愛する家族、神ヘスティア。自分が死んだら死をまぬかれぬビーツ、リリ、ヴェルフ。

 もう昨日か一昨日かもわからない出発前に、

「ご無事で」

 と言ってくれたエイナ・チュール。

 ……毎日の営業言葉、でも間違いなく、本当のこころがこもっていた。

「必ず帰ります」

 と約束した。こんなことになるとは知らず、気軽に。

『豊穣の女主人』のシルやリュー……リューはビーツの家族でもあり、どれほど……

 ランクアップ祝いの刀を打ってくれた、椿・コルブランド。

「負けませんからっ!」

 深層で戦っている仲間、レフィーヤ。

 

 ミノタウロスの群れ。

 10秒のチャージ。ベルの刀に、稲妻が落ちる。

 呪文と突進攻撃……能動的行動が増幅される。

 ただでさえ速いのが倍の高速となり、稲妻を帯びた刀が振るわれる。巨大なミノタウロスが一撃で両断され、内部から焼き尽くされて灰と化す。

 次々と。

 だが、【英雄願望】の代償は大きい。そしてベルの精神も消耗していく。

 消耗したそこを襲う敵、リリとヴェルフが必死で支える。

 ベルは残り半分のポーションを飲み、激しい呼吸から呼吸を整え、重すぎる足を引きずって前に出る。

 かろうじて撃退しても何倍も消耗する。

 その姿を見たリリは、ポーションを見て何か確信した表情をする……

 

 どれだけ歩いたのか。

 どれほど戦ったのか。

 何十のミノタウロスを、ライガーファングを殺したのか。

 臭い袋も尽きた。

 ポーションも、食料も、弾薬も矢もない。

 ビーツは空腹で力尽きている。

 リリは後ろからの奇襲を盾で受け止め、踏みつぶされて人事不省だ。

 ヴェルフが必死で、2人を担いでいる。戦力にはならない。

 ひたすら、ベルが斬り続ける。

 歩く。斬る。歩く。突く。歩く。5秒チャージ、加速してかわし、斬り、そのまま歩く……

 稽古通り。ひたすら愚直に。

 何百度、ミノタウロスの剛力で振り回される石斧、ライガーファングの牙を受けただろう。固い皮や肉、骨を断ったろう。早くも、椿・コルブランドの刀はゆがみ、鞘に入らない。

 だが折れない。切れ味もまだ鋭い。何度も、ヴェルフが敵の血を使って研ぎ直したからでもあるが。

 その刀もまた、ベルを励ましてくれる。

 折れず、主を守りぬく刀が。

(折れん!主も折れるな!)

 一撃一撃ごとに、刀が叫んでいるのが伝わる。会ったことのないハーフドワーフ女の気合が、刀から流れてくるようだ。

 その一本だけではない。ヴェルフが打った片手脇差も、神ヘスティアが手に入れた『ベスタ』も、瓜生が出してくれたナイフも酷使に耐え、ベルを、パーティを守り続けている。

(刀が折れない限り、僕も折れない……)

 そう心で叫び、必死で息をする。

 一歩、一歩、引きずるような足を前に出す。

 

 それを見たヴェルフが、奮い立たないはずがない。

 あれほど嫉妬した、都市最高の鍛冶師が、折れないことだけに心血を注いだ刀は、これほどに持ち主を励ます守り刀と化している。

 鍛冶師のすさまじい高みが目の前にある。

 激痛にうめき、歯を食いしばり、二人の小さな重みを支えてまた一歩、足を踏み出す。

 

 どれだけ、どれだけ戦いは続くのか。

 また出現したミノタウロスを斬る。

 また、生き延びた。

 また一歩、歩けた。

 歩いているのか這っているのかもわからない。

 

 壁があった。

 できあがろうとした本拠地の、東側の一枚板のような壁に似ている。

 美しい一枚岩。

 気がつくと、モンスターの気配がない。

 すさまじいプレッシャーだけがある。

 背後で、ヴェルフが力尽きくずおれた。

 ぴしり。

「あ……あああ……」

 慣れきった音、だが今までとは明らかに質が違う音。

 巨大な壁に、巨大なひびができる。

「あああああっ!」

 ベルは残った力全部で絶叫し、三人を引きずって走った。

 ぴしり、ぴしり。

 巨大すぎる絶望……階層主(モンスターレックス)ゴライアス。

 巨人。

 絶望をそのまま形にしたような。

 近くて遠い、通路。

 18階層への。

 どれほど多くの冒険者が、この通路をめざして走りつつ死んだだろう。

 まさに、

(嘆きの壁……)

 である。

 間に合うか、それとも間に合わないか……

 その差は、なんだろうか。

 普段、どれほど走ったか?

 どの程度強かったか?

 わからない。

 ただ、生きる者があり、多くは死ぬ。

 それだけだ。

 拳。ベルの頭より大きな拳。

 装甲車のような拳。

 どうなったかわからない。

 激しい衝撃と破片。

 圧倒的な痛みと疲労。

 なにがなんだかわからない。

 

 ……そして、最後の意識で、ベルは人の足をつかんでいた。

「どうか、仲間を……」

 たすけて。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは軽い驚きをもって、血まみれの冒険者を見下ろした。

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